孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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かなりお久しぶりになってしまいました。失踪と言われても仕方ありませんが、待っていてくれた方はいらっしゃるんでしょうか。笑
今回のクロステーマは漫画と若干の追悼です。
ではどうぞ~


第二十話 東京都墨田区押上の天津飯

 墨田区。

 昔は墨田と聞けばすぐ隅田川が思い浮かんだものだが、最近は違うらしい。今墨田の目玉はこの大きな大きな電波塔だ。墨田と言えばスカイツリー。今はそうなっているそうだ。

 ちょっと寂しい思いがない訳じゃないが、実際に近くで見てみるとそれも納得だった。テレビで見るのとは全く違う、圧倒的な迫力。高いというのはそれだけで圧巻だ。ちっぽけな人間は、ただただ見上げることしかできない。この高さに比べると、俺なんて蟻と変わらないだろう。

 

 ――ま、蟻で結構。今日もお仕事しましょうか。

 

 

 

 

 

 

 今日の仕事は団体のお客さん――というか、3人皆が同じマンションに住んでいる。近頃はモンスターカスタマーとかいう言葉も出てきたが、このマンションの客は皆温厚な常識人ばかりだ。同じ場所に別の用件で何回も来るのは面倒だろうと、いつも3人揃って注文をしてくれる。

 階段をいくつか登って目的の階に。中程にある部屋の前に立ちインターホンを押す。

 

『はい』

 

 

「お世話になります。井之頭です」

 

 

『――どうぞ』

 

 

 一瞬遅れてドアが開く。出迎えてくれたのは、首や手にシップを貼った、すこぶる目つきが悪い青年だった。その姿を見て、こう思う。

 

 ――ああ、締め切りだな。

 

 

 

 

「ありがとうございますー」

 

どこかのほほんとした声でお礼を言うのは都ゆかりさんだ。このアパートに住む現役女子大生にしてプロの漫画家でもある。ヨーロッパでは珍しいたぬきをモチーフにしたオブジェを膝の上においてにこにこしながら撫でていた。

 彼女が『別冊少女ロマンス』という雑誌で連載している少女漫画には、常にたぬきが登場しているそうだ。たぬきがいなければ都ゆかりではない、とまで言われていて、それが魅力の1つでもある……らしい。少女漫画なんて生まれてこの方読んだことがない俺にはさっぱりわからんが。

 

「そして……野崎先生にはこちらですね」

 

 袋から欧州の職人のオーダーメイドの万年筆を取り出す。と言っても、ピンクの包装紙とリボンで可愛らしく包装されているので中身は見えないが。

 

「ありがとうございます」

 

 野崎先生はそういいながら丁寧にそれを受け取った。彼女へのプレゼントですか?と聞くと、そういう訳ではないです、と返された。現役高校生なのだから、彼女へでも全くおかしくないと思うんだが。あるいはただの照れ隠しで、本当は彼がいるのかもしれない。

 ちなみに彼もプロの漫画家だが、世間では女性ということになっている。『月刊少女ロマンス』という雑誌で、夢野咲子というペンネームで連載しているそうだ。なんでも王道の少女漫画で、女子高生を中心に大人気らしい。

 で、最後の一人。

 

「最後に剛田先生がこちらです」

 

 シンプルながらも気品が感じられる箱に収められているのはオーダーメイドの万年筆だ。職人が1本1本手作りするこの品は、長い時には年単位で予約待ちをしなければならない。その分値段もはるが、品質は折り紙付き。もちろんサインも入っている。流麗な筆記体で、『クリスチーネ剛田』と彫られていた。

 

「どうもありがとう。

 これ、ずっと欲しかったの」

 

 お礼を言いながら微笑む剛田先生。ちなみに本名は秘密だそうだ。都先生がのほほんとした美人なら、剛田先生は活発な美人といったところだろうか。『昔はブサイクでジャイ子なんて呼ばれていたのよ』なんてほほほと笑っていたが、どこまで本当なのか。

 彼女も野崎先生と同じ雑誌で連載していて、主人公の女の子の恋を助けるために未来からやってきた青年と、主人公の幼なじみとの三角関係を描いた作品だそうだ。昔から抱いていた幼なじみへの恋心と、未来からやってきたという青年へと少しずつ惹かれていく自分との葛藤が醍醐味、らしいんだが……やっぱり俺にはよくわからん。

 

「これで今回のご注文頂いた品は全てお届けしました。いつもありがとうございます」

 

 一礼すると、3人揃ってこちらこそありがとうございますと言ってくれる。うん、やっぱり挨拶とお礼は人間関係の基本だ。

 それではこれで、と立ち上がると、郷田先生がふと思いついたように声を出した。

 

「そういえば、井之頭さんは食べ歩きが趣味だって伺ったわ」

 

 突然のことに一瞬身体が固まる。

 

「え、ええ。まあ、その通りですが。

 一体誰からそのことを?」

 

「滝山さんからよ」

 

 またお前か、滝山。

 

「それで、最近この近くに安くて美味しい中華料理屋さんができたの。きっと井之頭さんも満足できると思うから、一度行ってみたらどうかしら?」

 

 中華。中華か。そういえば、暫く食ってない気がする。最近食べたのも、その前も、確か四川だったような。そう考えると、ここらで中華の王道を突き進んでおくのも悪くない。

 いかん、一度想像してしまうと――。

 

 

 腹が、減った。

 

 

 店に行こう。

 

 

「すいません。

 そのお店の場所を教えて頂けますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――此処か。

 

 中華料理、西風。看板の上の方に小さく中華料理と書いてはいるが、見た目はあまりそうはそういう感じではない。中華屋というと、木製の店に年季の入った油染みと相場が決まっているのだが、この店はそのイメージからはかけ離れていた。小奇麗に白く塗られた壁はまるでカフェのようだ。表にメニューを書いた黒板なんか出しちゃって。

 2つ折りとでも言えばいいのか、そういう木製の枠にはめ込まれた黒板に書かれているのは本日の日替わり定食のようだ。A定食と、B定食。どちらもきっちり税込み1,000円だ。これは嬉しい。

 A定食が、餡かけ固焼きそばと春巻きのセット。B定食が、カニ肉入り天津飯と唐揚げのセット。どちらもこれにスープが付いているようだ。

 

 

『うちはライスやってないんだ』

 

 

 いつだったか、餃子ライスを食べようとして空振りした店を思い出した。固焼きそばにも惹かれるが、酒の飲めない日本人としてはやはり米粒が食べたい。

 

 ――決まり手、米粒。本日はBの日。

 

 これまたカフェのような、扉に付けられた鈴をカランカランと鳴らして店に入った。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!お一人様カウンターへどうぞー!」

 

 メニューを持って出迎えてくれた女性店員に促されるままカウンターに座る。どうやら入って正面がカウンター、その奥が厨房。両サイドにそれぞれ座敷とテーブル席という造りのようだ。

 

「こちらがメニューです。直ぐにお冷お持ちしますねー」

 

 いつもならメニューを端から端まで眺めるんだが、今日はもう表で決めてある。ここで迷ってしまっては本末転倒だ。備え付けのおしぼりで軽く手を拭いて店員さんが戻ってくるのを心静かに待つ。

 

「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」

 

「日替わり定食のB定食をお願いします」

 

 お冷を受け取って開かずにメニューを返す。水を一口飲むと、少し落ち着いた。

 カウンターの向こう側の厨房では、店主が中華特有の大きな鍋を振るっている。濡れふきん越しに鍋を持っているのがグーだ。そして脇に並んだ壺からちょいちょいと流れるように鍋の中へと入っていく調味料各種。店主のこの手つきだけで、既に俺的名店決定。

 今作っているのは固焼きそばの上に掛ける餡のようだ。鍋の中でとろみのついた野菜達がくるくると踊っている。

 

「A2つあがったよー!次B1つ入りまーす!」

 

 さすが中華だ。できるのが早い。まさに、中華は油と速さが命。

 

 

 

 

「お待たせしました!日替わりB定食です!」

 

 

 日替わりB定食

 カニ肉入り天津飯

 ご飯をしっかり卵で包んだ上からとろとろの餡が掛かってる。一番上にカニ肉がちょん!

 

 唐揚げ

 大振りな唐揚げがごろっと2つ。下味は薄めなのでお好みで調節するタイプ。レモンはかってに搾っちゃだめ!

 

 スープ

 ふわふわ卵とネギだけのシンプルなスープ。小振りなレンゲがちょっと嬉しい。

 

 

 

 

 いいじゃないかいいじゃないか。

 最近四川ばっかり食ってた俺には懐かしさすら感じる、日本らしい中華。

 

「いただきます」

 

 まずはスープだ。チャーハンに付いてくるスープが美味い店は当たりだと誰かが語っているのを聞いたことがある。レンゲをちょっと深目の茶碗入れて、ずずっと一口。

 

 

 ――うん、これこれ。これですよ。

 

 

 既成品とは全く違う、きちんとした鶏ガラの味。余計なものが一切入っていないこのシンプルな美味さ。やっぱり中華はこうじゃないといけない。

 レンゲを大振りなものに持ち替えて、天津飯を真ん中から割っていく。1つだけだと、天津飯の餡がスープに入ってしまって味が変わってしまう。こういうちょっとした心遣いが嬉しい。

 半分に割ったご飯を、また半分に割る。4分割された一欠片を、器の端から餡を寄せるようにして真ん中に向かって掬って……餡が滑り落ちないように、口から迎えに行く。

 

 

 ――美味い。

 

 

 最近はやわやわと頼りない卵が人気だと言うけれど、俺はこういうどっしりとした厚みのある卵も嫌いじゃない。しっかりと感じるおかず感。玉子焼きをおかずにご飯を食うのに通じるものがある。

 これだけだと卵の味がくどくなりそうだが、この餡が良い。仄かに醤油の香りがするようなとろとろの餡が、卵とご飯を上手く合体させている。時折僅かに顔を覗かせるカニ肉が、また良し。

 

 

 ――さて、お次はこいつだ。

 

 

 上から慎重にレモンをちょいと搾る。ここで掛け過ぎると、せっかくの肉本来の味が台無しになってしまう。3割か、多くても4割がベスト。

 横にちょこんと添えられている、お弁当に入っているカップのような銀紙の中の塩胡椒をこれまたちょいとつけて……ばくっと齧り付く。

 

 

 ――肉、旨し。

 

 

 弁当なんかにとりあえず入れられる、よくある唐揚げとは完全に別の世界だ。中まで火が通っているのに柔らかいし、しっかりと肉々しい。噛めば噛むほど溢れてくる肉汁、最高。

 下味は薄めだが、決して味がついてないわけじゃない。寧ろ、レモンや塩胡椒のおかげでその味が引き立った気もする。なんていうか、鶏の味。

 

 

 ――ここで、もう1回ご飯ですよ。

 

 

 今度は器を左手で抱えて口へと持ってくる。どぅるどぅるの餡と一緒に卵とご飯をかっ込んだ。

 

 ――肉の後、ご飯と卵で追っかける。

 

 

 字余りか字足らずか知らないが、兎に角最高。

 俺の顔より大きな天津飯の皿は、あっという間に空になった。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 店を出たところで、大きなげっぷが出てしまった。次の仕事があるからとサービスのコーヒーは辞退したが、今度はゆっくりしていきたいものだ。その時は、本棚にあった漫画を読んでみるのもいいかもしれない。野崎先生や都先生、郷田先生の漫画はあるだろうか。

 

 

 

 

 

 数日後、野崎先生から写真入りの丁寧なお礼の手紙が届いた。プレゼントを持って野崎先生の隣に立つリボンの女の子はどう見ても野崎先生に惚れているようにしか見えなかったのだが――それはまた別の話だ。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『月刊少女野崎君』から『野崎梅太郎』と『都ゆかり』。『ドラえもん』から『ジャイ子』です。
先日ジャイアン役の声優様が亡くなられたと聞いて、もともと作っていたプロットの中から少女漫画家という設定で妹さんを出させて頂きました。
感想お待ちしております。



追記 この作品を読んでくださっている方の中で、もし作者の恋姫をお待ちの方がいましたらもう暫くお待ち下さい。(土下座)
 英雄譚で次々と重要な恋姫が出てくるんだもん!魏王国四天王揃っちゃうし。蒼天航路くっしの名シーン、『兵卒の夏侯惇です』が恋姫で見られるらしいし。笑
 多分再開は作者が英雄譚の呉をやり終わってからになると思います。それまで待っていただけるという奇特な方がいらっしゃいましたら、気長にお待ちいただけますようお願い申し上げます。

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