孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

31 / 40
本当に随分と久しぶりになってしまいました。待っててくれてた方が万が一いましたらごめんなさい。。
仕事がようやく一段落ついたので、またぼちぼち更新していければと思います。
今回は記念回。孤独のグルメ夏の特別編欠点&クロス先の映画化第2弾決定記念ですね。というわけで今回はクロス先は1つだけ。(実は厳密にはクロスしてないけどモデルにした別作品の人がいたりしますが。笑)
ではどうぞ~


第二十九話 東京都新宿区花園界隈の赤いウインナーと甘い玉子焼き

 

「――はい。ご連絡ありがとうございます。

 お届けした品はお気に召していただけましたでしょうか?」

 

『うむ。まさに儂が注文した通りの黒茶碗よ。五郎よ。お主、ますます目利きを上げたの』

 

「ありがとうございます」

 

 ノートPCの画面に向かって頭を下げながら気づかれないようにそっと息を吐く。この人はこうやって時折俺に商品を選ばせることをする。幸い、今まで不合格を貰ったことはないが……正直、疲れる。これさえなければ良い顧客なんだが。会話も日本語で大丈夫だし。

 

『うむ。やはり茶碗には歪みがないとの。この「ほにゃあ」とした歪みと「ぬしゅぱぁ」とした艶がたまらんわい。大陸の品もよいがやはり儂にとっては――』

 

 長々と茶碗に関する持論を語っているが相槌を打ちながら適当に聞き流す。こうなると止まらないのだ。この、フールーダ・オリーヴェという人は。

 遠くイギリスの貴族の血を引くというイギリス系アメリカ人である彼には、日本の血は一滴も入っていない。にも関わらず日本の茶器――特に安土桃山時代のもの――に魅せられていて、時折こうして俺に茶碗等々を注文してくるのだ。まあ、俺も見返りとして輸入のつてを紹介してもらったりもしているが。……如何せん話が長い。悪い人ではないんだけれども。

 

「――はい。はい、ありがとうございます。いえいえ。それでは、失礼します」

 

 最後にもう一度深く頭を下げてからビデオ通話を切る。同時に、ふうーっと大きく息を吐いた。毎度のことながら、疲れる。

 指と指を絡ませ、掌を上に向けて思いっきり腕を天に向かって伸ばす。凝り固まった身体が一気に伸びて、力を抜くと同時にふっと緩む。机に突っ伏しながらちらりと壁にかかった時計をみると、午前1時半を過ぎた所だった。……30分以上話していたのか。これは、残りを片付けると確実に朝までかかるな。

 

 ――夜食でも食べて、一息つくか。

 

「うん。そうしよう、決まり!」

 

 誰もいない事務所でひとりごちる。正直、声でも出さなきゃそのまま寝てしまいそうだ。

 勢いよく椅子から立ち上がって上着を着る。ついでに散歩でもすれば、眠気もましになるだろう。

 

 

 

 

 

 ――さて、何を食うか。

 

 気の向くまま、脚の向くままに暫くぶらぶら歩いていると、予想通り眠気も幾分かましになってきた。こうなると腹が減る。動くと腹が減る。うちゅうのほうそくがみだれても変わらないこの世の心理だ。問題は、俺は今何腹か、ということなんだが……。

 この前も、もう1つ前も。コンビニと商店街で色々買って、事務所飯を食った気がする。事務所に戻ると、また仕事が気になってしまうかもしれないし。ここは外で食べるべきだ。しかし、そうなると今この時間にやっている店はあるんだろうか。

 夜中の2時でもやっている店。まあ、普通は24時間営業の店だろう。となると、まずはファミリーレストラン……は、さすがにハンバーグやステーキは重過ぎる。ハンバーガーショップは、反対にお手軽過ぎてなんだか食べた気がしないし。かと言って、こんな時間に男一人で牛丼ってのも間抜け過ぎる。なんというか、こう、普通の飯でいいんだ。白いご飯と、味噌汁と。あとはおかずがいくつか。そういう普通の飯が食いたい。最近では、和食専門のファミリーレストランなんかも増えてきたっていうから、そういう店があればいいんだが――。

 

「どうみても近くにはありそうにはないよなあ」

 

 辺りをぐるっと見回してみる。一応は大きな通りを歩いてきたが、既に駅からは結構離れている。店は大抵閉まっているし、見えるのは街頭やコンビニの灯りだけだ。一本裏の道を覗いて見れば、すっかり真っ暗。こんなんじゃ、夜食を食える店なんて――。

 

「…………あったよ」

 

 真っ暗な裏路地。そこの角。そこにぽつんと、めしやののれんと提灯の灯りが見える。単にめしや、ってことは、定食屋か何かなんだろうか。

 たたたっと小走りで近寄る。小走りって、俺みたいなおじさんがやるとせこくて格好悪く見えるんだが……もうそんなことはどうでもいい。せこくても構わない。俺は、腹が減っているだけなんだ。腹が減って、死にそうなんだ。

 如何にもな木製の引き戸の前に立って、呼吸を整える。木材の年季の入り方、よし。暖簾の汚れ方も、俺好みだ。確か暖簾ってのは、屋台で素手で何かを食べた時、客が手を拭いて帰るためのものだったってオリ—ヴェさんから聞いたことがある。暖簾が汚れてるのは、それだけその店が繁盛してるってこと。つまり、この店は名店決定。

 

「……こんばんは」

 

 心持ち静かに、カラカラと引き戸を開けて、そっと中を覗く。昔ながらの、コの字型のカウンター席。その奥に、腰に手を当てて立っている怖顔の――多分マスター。それと、銘々何かを食べながら一斉にこっちを見る客数人。……なんだか皆驚いているように見えるのは気のせいだろうか。なんとなく気後れして、その場で立ち止まっていると。

 

「はいんな。真夜中とはいえ外は蒸し暑いだろ。扇風機、あるよ」

 

 そう大将が声を掛けてくれた。見た目と違って、意外と優しい声だ。促されるままにおずおずと端の席に座る。腰をおろしてから、もう1度マスターを見ると――やっぱり、見間違いじゃない。右のこめかみの辺り、縦にすっと傷跡がある。この人、元ヤクザだったりするのかもしれない。実は2人くらい殺してるとか言われても納得してしまいそうだ。

 そんな益体もないことを考えながら店内を見回す。俺の他には、どう見ても常連ですって感じの客しかいない。めざし食ってるボーダーのおじさん。ちょっと太めで眼鏡掛けてるお姉さん。店の中なのにキャップ被ってるおじいちゃん。それに若いカップルが1組。……やっぱり、なんだか見られてないか?俺、なにかついてる?

 次に目に入ったのは、壁にポツンと1枚だけ貼られた縦書きメニューだ。豚汁定食、六百円。ビール(大)、六百円。酒(二合)、五百円。焼酎(一杯)、四百円。食べ物は豚汁定食1つだけ。後は銘柄も何も書いてない酒だけだ。左端に、小さめの字で『酒類はお一人様三本(三杯)まで』って書いてある。前に、メニューは煮込みだけって店に行ったことがあるが、ここもそういう類の店なんだろうか。一応は聞いておこう。

 

「あのー、メニューはあれだけなんですか?」

 

 俺の方を向き直ったマスターが軽く笑う。

 

「好きなもの注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよ、ってえのが俺の営業方針さ」

 

 そりゃすごい。

 

「私は夜中まで仕事してて、突然夜食が食べたくなったクチなんですが……正直、驚きました。こういう『めしや』がこの時間に営業してて、お客さんもいるなんて」

 

 それを聞いて、またマスターが愉快そうに笑う。

 

「それが結構来るんだよ。営業時間は、深夜12時から朝7時頃まで。人は『深夜食堂』って言ってるよ」

 

 深夜食堂。なるほど、言い得て妙だ。

 

「さて、腹減ってるんだろ?何が食べたいんだい?」

 

 さて、何を食うか。とりあえず、ご飯と味噌汁は確定してたから、基本は豚汁定食でいい。そこにおかずをいくつか足していく組み立てでいこう。なんというか、こう、普通の飯がいい。子供の頃食べてたような、暖かい飯。定番中の定番。うん、それがいい。それでいこう。

 

「それじゃあ、ご飯と、豚汁。おかずに、赤いウインナーを炒めたやつと、甘い玉子焼きください。あとほうれん草のおひたしで」

 

 俺の注文を聞いて、今度はおかしそうに笑うマスター。

 

「あいよ。折角だから、タコの形で炒めてやるよ。ちょっとまってな。すぐ作るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせ。ご飯と……豚汁。赤いタコウインナーと甘い玉子焼きの盛り合わせ。それと、ほうれん草のおひたしだ」

 

 

 五郎セレクションin深夜食堂

 

 豚汁

 大根、人参、玉ネギ、牛蒡。野菜たっぷり肉たっぷり!こいつだけでも十分おかず。

 

 赤いタコウインナーと甘い玉子焼き

 昔懐かし真っ赤なウインナーがタコの形でてんこもり!玉子焼きは優しい甘い味付けで。

 

 ほうれん草のおひたし

 たかが葉。されど葉。意外と侮れない爽やかな味。

 

 

 来たよ。きたきた来ましたよ。これぞご飯。ザ・ゴハン。

 

「いただきます」

 

 いそいそと割り箸を割って、まずはやっぱり汁物から。豚汁のお椀を両手で包み込むように持ち上げて……ふーふーしながら、ずずっと一口。

 

 

 

 美味い。

 

 

 どれだけ色々なものを食べようとも、結局はここに戻ってくる味噌汁の味。インスタントやファミレスのものなんかじゃ満たされやしない。手作りの幸せ。そして追っかける白い米。これだけで、残りの仕事も全部乗りきれる気がする。

 次は……玉子焼き、だな。1つだけ、箸で持ち上げて、半分をかじり取る。これが、旨い。ドロドロでもなく、カチカチでもない、とろっとした層を上から下から歯で噛みきっていく幸せ。玉子焼き、最高。5きれもあるけれど、半分はちょっとおいておく。大事に食べよう。

 そして――いよいよ、本日の主役、登場。タコさんですよ、タコさん。この、自然の肉にはありえない真っ赤な色と、その中身との色の差が、逆に食欲を唆るんだよなあ。まるごと、ばくっと口の中へと放り込む。

 

 ――旨い!

 

 チープなのに、しっかりとした肉の味。タコの形に切っているからなのか、中までしっかり暖かい。これだけで、ご飯が何杯でも食えそうだ。慌ててご飯をかっ込む。この味が口の中に残っている間に米を食わないともったいない。米と、ウインナー。ソーセージじゃなくて、ウインナー。これで、いい。これが、いい。ひとしきり繰り返した後、豚汁をずずっと飲んで一息つく。俺って、今、満たされてる。

 

「すいませーん。ご飯のおかわりください」

 

「あいよ」

 

 マスターがおかわりをよそってくれてる間に、おひたしに醤油をちょんと垂らして、ぱくり。適度に冷たくて、水々しい。箸休めっていうのは、脇役だ。でも、なくちゃだめだ。奇をてらっていない、素材そのままの土旨さ。マスター、中々の強者だ。

 

「はいよ、ごはんお待たせ。大盛りにしといたよ。サービスだ」

 

「ありがとうございます」

 

 マスターから大盛りご飯を受け取って。さあ、復帰明けに、大本命。

 

 半分残しておいた玉子焼きの上に、タコウインナーをのせて……一緒に食べる。

 

 ――お弁当の2大スター、最っ高。

 

 気がつけばご飯をかっ込んでいる。箸を動かす手が止まらない。ウインナーと玉子焼きよ、俺をでぶにしたいのか。でも、ずっと食べ続けてると、水分が欲しくなってくる。そこで豚汁。たまにおひたし。完璧だ。自然界の完璧な生態系がここに再現されている。日本の『ごはん』って、素晴らしい。 いつまでも続けていたいのに、あっという間になくなってしまいそうだ。おかずがもうない。残っているのは、ご飯と豚汁が少しだけ。なら――。

 ご飯の上から豚汁をかけて、啜り込む。全部一気に流しこむと、あーっと大きな息が出た。

 

「ごちそうさまでした」

 

 本日も、美味しゅうございました。

 

 

 

 

 その後、俺が食後の一服をしていると、地元のヤクザの兄さんが舎弟を連れて入ってきた。竜ちゃんと呼ばれるその男の顔は、サングラス以外は俺とそっくりだったのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回はオリーヴェさんのモデルに『へうげもの』ものより『古田織部』。
そしてもう1つはもちろんマスターを代表する『深夜食堂』面々です!作者の拙い文章で居合わせた常連客が誰かわかるといいのですが。汗
夏のスペシャルも深夜食堂の映画も今から楽しみでなりません!深夜食堂をまだ読んだ、見たことがない方はぜひ!この作品を読んでくださっているあなたならきっと気に入るはずです!
感想お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。