孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

32 / 40
 あけましておめでとうございます。
 年が明けてようやく仕事が落ち着いてきました。ここ半年ほどずっと執筆する気力が湧いてこないほど忙しかったのですが、東北出張編&新シーズン決定となれば黙っているわけにはいきません!相変わらずの短めになっちゃいましたが。汗
 それでは、新年1発目の複数クロスをどうぞ~


第三十話 京都府京都市上京区のブルーマウンテンとBLTサンド

 

 ほとんど部屋から出ない日が続くと、その反動のように無性に外に出たくなることがある。今日もそんな日だ。

 年末は31日までみっちり仕事が入っていたため、年明けは初詣を済ませたら泥のように眠り込んでいた。たまに起きてはテレビを見ながら適当な惣菜やレトルト飯を食う。3が日通して絵に描いたような寝正月だ。仕事始めの4日、たまには散歩でもしてみるかと思い立ったのはいいものの、スーツ姿のいい年をした男が、平日の昼間から手ぶらで歩くのもちょっとあれだ。そんな事情もあって、滝山から回ってきた新年早々京都への出張という仕事も2つ返事で引き受けていた。なにせ依頼主の店が京都御苑のすぐ側だ。散歩にはもってこい。

 京都御苑は、京都市の上京区にある国民公園であると同時に、その周辺の地区の名前でもある。京都の住民は、この地区のことを『御所』と呼ぶらしい。古い街並みが生活にしっかり息づいている京都らしい呼び方だ。なんだか、ほっこりする。

 かといって、ただ古いだけではない。北隣に同志社大学や同志社女子大学のキャンパスがあるせいか、こうしてベンチに座って辺りを眺めているだけでも、今風の若者をよく見かける。ベンチに寝転がって昼寝をする者。教科書やノートを開いて、日差しの下で勉強する者。その反対側を見てみると、仲良く話しながら散歩に興じる老夫婦。こういう良い意味での雑多さが、なんだか嫌いじゃない。本当なら、日光浴しながらコーヒーでも飲みたいところんだが、我慢我慢。なんたって、今日の客は喫茶店なのだ。さ、仕事仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都の小路一角に、ひっそりと店を構える知る人ぞ知る名店。今流行の、隠れ家的お店。そういう言葉がぴったりなのが、珈琲店『タレーラン』だ。店の名前の由来は人の名前。中世ヨーロッパの貴族だが、例に漏れずフルネームがやたらと長いので、俺はタレーランとしか覚えていない。が、あの時代に関わる仕事をしている人なら、それで通じるくらいには名の通った人だ。俺が知っているのは、客人を招いた食事会の際、使用人が大きなヒラメを落として台無しにしてしまった。落胆する客人を前に、タレーランが指示を出すと、すぐさま同じくらい大きなヒラメが出てきたという話。美食家という話は聞いたことがあったのだが、どうやらカフェに対してもかなりのこだわりがある人物だったらしい。

 

 『良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い』

 

 こういう格言も伝わってるんですよ、と。ちょっと得意げに今回の依頼主、バリスタの切間美星さんが語ってくれた。たしかに可愛らしいとは思うが、女子高生かと見紛うほどに背が低く童顔だ。年の差も相まって、俺には娘のようにしか思えない。娘なんていたことはないし、さらに言えば結婚もしたことないんだが。だからカウンターの端に座っている青年よ、チラチラとこちらを見るのはやめてくれ。これはただの仕事なんだから。

 

「それでは、こちらは資料としてお渡しします。注文する品が決まりましたらまたご連絡ください」

 

 そう言いながら、見積書と商品画像を印刷した書類の束を手渡す。今回の依頼は、この店に合うアンティークの置時計だ。店内には壁に1つ大きな時計が掛かってはいるのだが、カウンターとテーブルに幾つか時計を置きたいということだ。時計としてだけではなく、店内のインテリアとしてもということで、実際に店内を見ながらお勧めを教えて頂けませんか、ということで京都までやってきたわけだ。

 

「ありがとうございます。そろそろお昼時ですし、何か食べていかれませんか?今回はご馳走しますよ?」

 

 そう言って微笑む切間さん。大丈夫だから。これは営業スマイルだから。だからそんなに睨まないで、アオヤマさん(さっき切間さんがそう呼んでいた)。

 

 しかし、そう言われると。なんだか……。

 

 腹が、減った。

 

 。

 

 。

 

 。

 

 よし。何か入れていこう。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて。……ちなみに、切間さんのお勧めは何ですか?」

 

 んー。そうですね……なんて言いながら、頬に人差し指を当てて小首を傾げる切間さん。横からの視線がまた強まった気がする。

 

「サンドイッチなんかどうでしょう?種類は色々ありますよー」

 

 メニューをパラパラと捲って、はいっと差し出してくれる。左上に、サンドイッチの文字。パンの種類から選べる本格派だ。

 

「お決まりになりましたらお呼びくださいね」

 

 そう言って書類を持ってさがる切間さん。横目で見ていると、そのままアオヤマさんの席まで行って書類を拡げているようだ。……やっぱり、そういうことね。やけに愛想がいいなあとは思っていたが、もしかしてわざとやってたんじゃないだろうな。ありえそうだから困る。

 まあ、いっか。今は飯だ、飯。改めてメニューを眺めると、本当に色々ある。パンは……ソフトと、ハード。なんだか、徹夜明けに行ったパーラーを思い出すな。あの時と同じで、腹はペコちゃんだから……ここは、ハードだろう。となると、フランスパンか、ライ麦パンか。ライ麦パンって、どんな味だったっけ。食べたことはあるんだろうが、あんまり記憶には残っていない。ならば、改めて攻めてみるのも一興か。ライ麦パンで、決定。

 具はどうしようか。この前のパーラーでは、肉。とにかく肉だった。ならば、今回は野菜で攻めてみたい。とりあえず、トマトは外せないだろう。サンドイッチなんだから、チーズもいきたい。そうすると、定番のツナマヨはここではずれて……大定番の、レタスが立ち上がってくる。ここまできたら、もうあれを頼むしかないじゃないか。うん、決まり。

 

「すいませーん」

 

「はーい、お決まりですか?」

 

 すすすっとこちらに来る切間さん。アオヤマさんがそれを見て和んでいた。

 

「この……BLTサンドに、チーズを追加で入れて。パンはライ麦パンでお願いします。

 あと、ホットコーヒーを1つ。銘柄は……ブルーマウンテンで。細かい部分はお任せします。」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 そう言って切間さんが一旦店の奥に入ると、なんだかほっと気が抜けた。あー、なんて言いながら、首を軽く回してみる。

 改めて店内を見てみると、平日の昼間、それも年始ながらそこそこ客が入っている。ずっとこちらの様子を覗っていたアオヤマさん(仮)と、カウンター席にもう1人。それと俺。テーブル席に男女のカップルが2組。1組は地元の学生という感じだ。もう1組は社会人のようなんだが……眼鏡を掛けている女性の髪が真っ白だ。しかも、自分の腕にマジックか何かで文章を書き込んでないか?あれ。控えめに言って、目立っている。その女性の正面に座っている男性は、なんだか幸薄そうなごく普通の青年だった。あまりデートっていう感じはしないから、まだ片思いってところだろうか。

 

「ブルーマウンテン、お好きですか?」

 

 ぼんやりと店を見渡していると、横からそんな声が飛んできた。俺とアオヤマさん(仮)の間に1人で座っている男からだ。年は俺よりも下だろうが、なかなか渋めのイケメンだ。

 

「いえいえ。あまりこういうところには慣れてませんので、聞いたことのある銘柄を頼んだだけでして。他にはマンデリンくらいしか知らないんです」

 

 コーヒーは特にこだわりがあるわけじゃない。いつだったか、ブルーベリーフレーバーなんてのも飲んだことがある。

 

「なるほど。ここのブルーマウンテンは絶品ですよ。バリスタの腕も良い。俺も普段は安い豆を自分でブレンドして似せたりはしてるんですが……やっぱりプロに淹れてもらうのが一番です。ばっちり自分好みの淹れ方をしてくれる」

 

 なんとなくそうだろうなとは思っていたが、やはり切間さんは腕が良いらしい。立ち居振る舞いを見ているだけで、『できる』っていうのが伝わってくる人だ。

 

「豆を自分でブレンドですか。それはすごい。淹れ方にもこだわりが?」

 

「勿論。通常のドリップコーヒーは約10gの豆を使い140ccのコーヒーを抽出します。ですが俺の好みは30gの豆で70ccを抽出するんです。つまり通常の6倍の濃度ですね。淹れる際には60℃の低温のお湯を使い、ネルドリップを使うんです。蒸すのに6分の時間をかけ、抽出には3分。こうして淹れたコーヒーにはまるで板チョコのような甘さがあるんですよ」

 

 一息で全部言い切った。ていうかなんだか身体に悪そうだぞ、通常の6倍の濃度って。

 

「な、なるほど……」

 

 それだけしか言えずに圧倒されていると、切間さんがクスクス笑いながら戻ってきた。

 

「すごいでしょう?冠城さんのこだわり。バリスタとして、あんまりお勧めできませんけどね。

 はい、お待たせしました。ブルーマウンテンとライ麦パンのBLTサンドです」

 

 おお。おいでなすったぞ。

 

 

 ライ麦パンのBLTサンド(チーズ入り)

 レタスたっぷりトマトがどーん!ベーコンカリカリチーズじゅわっ!固めのパンが持ちやすくて良い感じ。

 

 ブルーマウンテン(ホット)

 目の前にあるだけでわかる良い香り!ミルクと砂糖はお好みで。

 

 

「いただきます」

 

 サンドも早く食べたいが……店からすると、やっぱりここはコーヒーからだろう。左手でソーサーごと持ち上げて、右手でカップを持つ。口元まで持っていくと……良い~香りだ。コーヒー独特の、なんとも言えない香り。はっきりわかるのに、決して強いわけじゃない。鼻腔をくすぐる良い香りっていうのは、きっとこういうことを言うんだろう。

 余計なものは何も入れないで、ブラックで、1口。

 

 

 うまい。

 

 

 なんだろう、このうまさ。コーヒーってのは、普段飲んでるインスタントや、最近流行りのコンビニコーヒーなんかとはまた違う、しっかりとした豆の味。酸っぱいだけじゃなくて、苦味も、何もかもが合わさってうまいコーヒーの味。『旨い』でも、『美味い』でもなくて、ただうまい。苦味と酸味。好んで口に入れる必要なんてないのに、それがこんなにもうまい。それに温度もちょうど良い。このホット、ほっとする。

 満足してカップを置くと、横に置かれていたサンドイッチがなんだか拗ねているように見えた。

 

 ――悪い悪い。君のこと、忘れていたよ。

 

 両手でがっしり掴んで持ち上げる。ライ麦パン、厚みがあって結構持ちやすい。固さも良い感じだ。見た目はかなり大きかったんだが……持ってみると、レタスがふわふわしてたせいか、身長が縮んだ感じだ。これならかぶりつけそうだ。

 

 ――あ。ベーコン、はみ出てる。

 

 ちょっと垂れてるベーコンを、下から口で迎えにいって……そのまま、ばくり。

 

 ――俺は今、パンを食っている。

 

 いや、当たり前なんだが。なんというか、こんなにもパンをしているパンは久しぶりに食った気がする。最近のはかりもちだの、ふわふわだの、なんだか頼りないようなパンばかり見かけるが、これは違う。味の濃いチーズ、脂たっぷりのカリカリベーコンと一緒に食べても全然負けてない。パンは麦からできているということがわかる味。俺の胃袋の中に、麦の苗が植えられていくかのようだ。

 野菜も良い。ベーコンの脂を弾き返すくらいにレタスが瑞々しい。噛む度にシャキシャキという音がはっきり聞こえる。トマトの酸味もまた良し。又吉大先生だ。レタスとトマトから出る水分だけで、結構満足。でも、ここであえてのコーヒータイム。

 

 ――パンとコーヒー。考えた人、偉大だ。

 

 口の中がリセットなのに、サンドの味わいは残ってる。味の余韻を感じてるのに、またすぐ食べたくなってくる。このコーヒーさえあれば、永遠にサンドイッチを食べ続けられる気がする。もう少しで食べ終わっちゃうけど。

 

「ご馳走様でした」

 

 ――今度、東京で6倍コーヒー試してみるか。

 

 

 

 その後、俺が眺めていた方とは別のカップルが財布を盗まれたと騒ぎ出した。疑いをかけられたのは、もう1組のカップルの青年――隠館さん。

 同席していた、探偵だという白髪の女性、掟上さんや切間さん、さらには杉下さんと同じ特命係だった冠城さんの活躍で隠館さんへの嫌疑は見事晴らされるのだが――それはまた別の話だ。

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『珈琲店タレーランの事件簿』より『切間美星』と『アオヤマ』。
『掟上今日子の備忘録』より『掟上今日子』と『隠館厄介』。
『相棒』より『冠城亘』です。
相棒が出てるのに右京さんが出ないパターンになりました。笑
感想お待ちしております。

それでは皆様、良い読書と良い食事で、今年も良い人生を!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。