ちなみに私は醤油派。異論は認める。
「う~ん……っと」
思いっきり背伸びをして、首を左右に曲げる。ついでにラジオ体操のように身体を前後に反らしちゃったりして。身体のコリも、心もほぐれた気がする。太陽の光が気持ちいい。やってきました、岡山県。
中国地方といえば広島県、というようなイメージが強いかもしれないが、岡山県も中々どうして発展している。県庁所在地の岡山市は政令指定都市だ。とはいえ、東京のような発展しすぎた喧騒はそこまででもない。良い意味で過ごしやすい、田舎過ぎない都市とでも言うべきだろうか。
NPOが毎年発表している「田舎暮らし希望地域ランキング」では上位の常連だったらしい。それもあってか、男女の初婚年齢が香川県と共に全国屈指の早さだそうだ。ま、俺には関係のない話……でもないか。今回の客は、結婚を期に脱サラしてカフェを始めようっていう夫婦なんだから。上手くいくかいかないかは別として。
そんなことをつらつらと考えながら、長時間座席で固まっていた身体をほぐしていると、スーツ姿の男女が少し離れた所で同じようにあれやこれやしているのが横目に入った。男は40手前くらい、女は20代だろうか。カップル、には見えないな。上司と部下で出張だろうか。
「岡山県、か」
男のほうがポツリと呟く。えらく真剣な、哀愁漂うような声だった。過去になにかあったんだろうか。
「岡山がどうかしたんですか、金田一主任?」
あ、主任なのか。やっぱり出張かな。
「あ、いや。俺じゃなくてじっちゃんなんだけど。色々、あったからね……八つ墓村とか……」
うーん、シリアスな雰囲気。そして面構え。結構格好良い。隣の子に通じるかどうかはわからんが。さ、俺も仕事仕事……。
。
。
。
つ、疲れた……。いや、商談自体は順調に進んだんだけど。その後ご夫婦に勧められて一緒に居酒屋で食事を取ったら、隣のテーブルの人が毒殺されてしまった。たまたま同じ店に飲みに来ていた駅で見かけた男女――金田一さんと葉山さんのおかげで犯人自体はすぐに捕まったが、目撃者ということで事情聴取やらなにやらで深夜まで警察に拘束されてしまった。ソファで仮眠を取らせてもらったけれど、まるで寝た気がしない。
しかし、見事な推理だったなあ金田一さん。しかもあの金田一耕助の孫らしい。高校生の時は探偵として有名だったとかなんとか。うーん、毛利探偵やコナン君と同じ匂いがする。杉下さん……は違うか。あの人、暇だったら自分から事件探して首突っ込むし。
ぼーっとした頭でそんなことを考えながら腕時計を見ると、午前7時30分。昨日の疲れも相まって、なんだか――腹が、減った。何はともあれとりあえず飯だ。俺の何色か知らない脳細胞と胃袋が飯を、栄養を求めている。となると、何を食うか言えば――ガイドブックに載ってた、あれだな。
――日本人の朝飯と言ったら、ご飯と卵と味噌汁でしょう。異論は認める。
岡山県久米郡美咲町、黄福広場。うん、間違いない。お目当ての店は此処にあるんですよ。
しかし黄福広場と言うだけあって、見事なまでの黄色推しだ。飲み物の自動販売機まで黄色。中には、岡山県観光支援自販機と書いてある。うーん、こういうのを見ると、なんだか嬉しくなっちゃうな。デザインも良いし。さてと、目的地は……あったあった、ありました。『食堂 かめっち』。
暖簾いっぱいにどーんと書いてある、たまごかけごはんの店の文字。たまごかけごはんがひらがななのが、また良し。ピース又吉。
「おっとこれは……唐揚げと、ナスか」
小躍りしそうになりながら入り口に近づくと、小さなブラックボードに手書きされた、本日の一品の文字。美咲鶏の唐揚げと、揚げナスの煮浸し。両方とも、1人前300円。美咲鶏ってことは地鶏だろうか。店に入る前から悩ませてくるなぁ~。この店、中々手強い。
「いらっしゃいませ~」
暖簾をくぐって中に入ると、そこそこの賑わいだ。朝早いってわけでもないが、平日の午前中にしたら結構客が入っている。とはいえ、混雑はしていない。ぐるっと中を見渡すと、注文は……券売機か。こういう、ざっかけない食堂感、好きです。親子丼も、オムレツもオムライスも卵焼きも惹かれる。惹かれるんだけど……今日は、これ。ポチっとな。350円也。
「たまごかけごはん……黄福定食ください」
350円でおかわり自由……これしかない。間違いない。
「黄福定食……2人前で、っと」
お、後ろの2人組も同じなのか。
「あ、おいちょっと待て。俺がまだ……」
「ふふ……おかわり自由だって言ったでしょ。このボタンは、1度に2人分頼むためのボタンなんですよ」
「な、なるほど……」
丸刈りの男の言葉に、黒スーツにサングラスの青年が感心している。ほほー、そういうのもあるのか。……俺には関係ないけれど。さ、席確保と。
「お待たせしましたー黄福定食です。おかわりの際はお申し付けください」
早い!食券を渡してから1分くらいしかたってないぞ。
黄福定食(おかわり自由、味噌汁は不可)
たまご、ご飯、味噌汁、漬物。お米は地元美咲町産の棚田米、卵は車で10分ほどの美咲ファームから産みたて直送!おかわり自由で350円!
うん、シンプル。そしてベスト。では早速。たまごを、ご飯の上で割って。箸で黄身をちょびっと崩してから、醤油をかけて、控えめにかき混ぜて――。
「いただきます」
旨い。一口食べただけで完璧に旨い。シンプルに旨い。たまごとご飯って、どうしてこんなに合うんだろう。食材と食材を、醤油と一緒に混ぜただけのものがこんなにも旨い。シンプルだからこそわかる、お米とたまごの新鮮さと、本来の旨さ。普段食べているものとは全く違う。旨さの階段を、たまごとご飯が協力して5段飛ばしくらいで駆け上がっている。あっという間に一杯食べ終わってしまった。いかんいかん、焦るんじゃない。戦いは、まだ始まったばかりだ。
「すいませーん、おかわりお願いします」
「あ、こっちもおかわり……また、ご飯は少なめで」
さっき見た2人組も早速おかわりか。それにしても、ご飯少なめ……?
「ふふ……おかわり自由なら、たまごを贅沢に使って、ご飯全てにたまごを絡めるのが得策……それに、これを見てください宮本さん……」
「ぐ、ぐぉっ……!お、大槻、これは…!」
ほー、そういう考え方もあるのか。うん?
「ふふ……醤油ベースの、のり、ねぎ、しその3種類の特性タレ……これを全て最大限に味わうには、普通盛りでは腹がすぐに膨れてしまってもったいない……浅はかな、痩せた考え……!」
うーん、そうかなあ。俺は全く問題ないんだが。
「お待たせしましたおかわりですー」
とか考えてる間に来ちゃったよ。もう来たのか。メインが来た。これで勝てる。
「今度は……こうしてみるか」
いつもはご飯の上に直接乗せる派なんだけど、今度は器に卵を割ってみる。そこでよーくかき混ぜてから……ご飯の上に流しかけて……うーん、まずはのりから試してみようか。のりのタレをちょびっとかけて、かっこむ。
――日本に生まれてよかった。
なんだか、ほっとする。佃煮とはまた違うんだけど、しっかりのりだ。それでいて、タレなところがたまごかけごはんを邪魔していない。これ味噌汁が欲しくなる。ずずずっと一口。
「あーっ、旨い」
思わず声が出てしまった。いかんいかん。照れ隠しにまたごはんを。そして味噌汁。またご飯。ご飯と味噌汁のループ。幸せなループだ。そしてあっという間に空になる茶碗と、おかわり。
次は……ネギのタレをメインにして、しそを一緒に混ぜてみるか。ご飯の真ん中にお鉢を作って、たまごを入れて、箸で少し崩してから、タレを。そして、かき混ぜる。好みではあるが、個人的にはかき混ぜすぎるのは野暮天だ。ある程度かき混ぜて、バクっと一口。
いいぞ~ネギといいぞ~これ。
醤油だけとは全く違う、香ばしさのある味わいだ。ごま油が混ざってるんだろうか。これだけだと人によっては少ししつこいかもしれないが、しそが良いアクセントになってさっぱりしている。これはおかずが欲しくなるな。
――忘れちゃいないよ、たくあん君。
漬物をぽりぽり齧る。うーん、合う。香ばしさとさっぱりさ、漬物の塩味と食感が合わさり最強だ。沢庵和尚は、もしかしてたまごかけごはんのためにたくあんを創ったんじゃないだろうか。バクバクいけちゃう、ご飯と漬物。島国の農耕民族万歳。こういうのでいいんだよ、こういうので。2切れの漬物も、残り少ない味噌汁も飲み干して、満足。今日も一日感謝して――。
「ごちそうさまでした」
うん、今日もなんだか頑張れそうだ。
その後、ほぼ一緒に店を出た例の2人組に、片方と同じような黒服が近づいてきた。店の前で宮本と呼ばれた青年が駄々を捏ねてしまいちょっとした騒ぎになるのだが……それはまた別の話だ。
如何でしたでしょうか?
今回は『金田一37歳の事件簿』より『金田一一』と『葉山まりん』と、『一日外出録ハンチョウ』より『大槻太郎』と『宮本一』の登場です。実は後1人登場させようか迷ったんですが、勿体無いので次回のお楽しみということで。笑
最近ずっとTRPG(主にCoC、たまに神我狩)ばかりで、創作もCoCのシナリオばっかり書いてるので更新は暫く先になると思いますが、暇つぶしにでも極稀に読んでやってください。笑
感想お待ちしております。