ただ今回は最終話を見てからずっとやりたかったネタです。ではどうぞ!
「――ふん。まあ、これならいいだろう。よくやったと褒めてやる」
「あはは……ありがとうございます」
愈史郎さんの、相変わらずの言葉に苦笑いしつつ返事をする。ただ、言葉遣いこそぶっきらぼうだが、眼差しは優しげで、頬は若干だが緩んでいる。この人は極端な人嫌いだが「珠世」さんのこととなると優しくなったりもするのだ。
山本愈史郎さんは年齢不詳の画家で、その作品は全て「珠世」という女性を描いたものだ。その出来は写真と見間違う程の精緻さで、近年では世界的にも高く評価され注目されているらしい。ただその人となりは苛烈の一言で、噂ではインタビューに押しかけた記者に対して猟銃を撃ち放ったことがあるとかないとか。……この人ならやりかねない、と思ってしまったのは本人には内緒である。もっとも、聞いてみたら「ああ、そんなこともあったな。それがどうした?」とか全く気にせず言いそうでもある。
「金はいつもの口座に振り込んでおく……これもいつもどおり頼む。こっちだ」
言うが早いが軽い足取りでさっさと歩いていく愈史郎さん。後をついていき応接室を、廊下をしばらく進んで作業室に入る。中央に置かれたカンバスに描かれていたのは、こちらを見て優しく微笑む珠世さんだった。愈史郎さんに促され絵の下へ進み、万が一にも傷つけないよう注意しながら今回取り寄せたアンティークの額縁に収めていく。
愈史郎さんとの付き合いは10年程前からだ。突然電話できた注文は『特別な絵を収める額縁が欲しい。できれば大正頃のものが望ましい』というものだった。売り物にするのかと思ったが、希望のものを届けると、絵はそれに入れて自宅に飾っていた。その時納品したものを気に入ってくれたのか、それから時折絵が完成する度に注文をもらっている。その額縁に入れてきた絵のすべてが、「こちらを見ている」珠世さんだった。……おそらく、愈史郎さんを見つめているのだろう。
「しかし、相変わらず精緻な絵ですね……いつも、写真のように鮮やかだ。忘れられない女(ひと)、ですか」
絵を指示された位置に飾りながらそう言うと、愈史郎さんがフンと鼻を鳴らした。
「わかったようなことを言うじゃないか。……だがまあ、その通りだ。珠世様との思い出が薄れるなど、ありえない。珠世様のことを覚えていられるのは俺だけなんだからな」
いつにも増して真剣な声だった。きっと、愈史郎さんの中で珠世さんは少しも変わることなく息づいているのだろう。
「まあ、愈史郎さんほどじゃありませんが。私も色々あって結婚する気は起きないですしね……それに、以前似たようなことを言っていた人がいましたよ」
―――昔、ある出会いがあった。
おそらくは、一秒すらなかった光景。
されど。
その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。
「そう言ってましたよ。決して色褪せることない記憶はあるもんだって」
たまたま入った喫茶店で1度あっただけの人だけど、妙に印象に残っている。まあ褐色の肌に白髪だから見た目のインパクトは強かったけど。普段何して過ごしてるんだろう、アーチャーさん。
「…………ふん。ところでお前、少し痩せたか?ちゃんと食っているのか?」
「あ、いえ。近頃輸入が難しくなってるせいで仕事が立て込んでたのと……最近は気軽に外食もできなくて、つい」
頭をかきながら答える。最近、食パン2枚とかだけで済ませてたからなあ。そんな様子から俺の食生活を察したのか、愈史郎さんはハア、とため息を1つ吐いてメモ帳に何かを書き始めた。
「人間なんて簡単に、すぐ死ぬんだ。食べないで死ぬなんて馬鹿らしいぞ。……ここへ行け。お前なら、並くらい食べられるだろ」
――というわけで、やってきました秋葉原。
愈史郎さんが勧めてくれたのは、彼曰く「顔見知り」が夫婦でやっている定食屋だそうだ。ボリューム満点なのが特徴で、並盛でも男が腹一杯になる量だとか。メモに書いてあった住所に着くと、如何にも昔ながらって感じの店があった。年季を感じる木造で、引き戸。勿論自動じゃない。うーん、こういうのでいいんだよ、こういうので。中から聞こえてくるテレビの音と、揚げ物の音。独特の香り……いかん、なんだか猛烈に。
腹が、減った。
。
。
。
「店に入ろう」
ガラガラと音を立てて引き戸を開け中にはいる。今の俺は、稀に見るほどの空腹だ。ボリューミー、どんとこい。
「いらっしゃいませ!1つ飛ばしでお好きな席にどうぞー!ご注文お決まりになりましたらお呼びくださいね!」
中に入ると、ピンク色の髪を三編みにした、おそらく奥さんが元気よく声をかけてくれた。しかし、ピンク色の髪ってすご……くもないのか。いつだったか、野原さんの家の帰りに食べたピザトーストのパン屋にいた女子高生もピンク色だったし。なんなら青もいたし。
お冷を受け取りつつちょっとポケっと眺めていると、厨房の方で料理をしているマスクを付けた旦那さんにギロリと睨まれてしまった。いかんいかん、俺は腹が減っているだけなんだ。さて、メニューは……
唐揚げ定食、豚カツ定食、アジフライ、ミックスフライ、卵&ソーセージ、カツ丼、天丼、親子丼、玉子丼……全部に味噌汁がついて、それぞれ盛りが選べるのか。どれどれ?
「カツ丼1つ……!大盛りで……!」
「「「えっ!?」」」
ん?なんだ?今、他の客が動揺したような。声の方を見ると、仕立ての良いスーツを着た、いかにも幹部って感じの初老の紳士が注文をしていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
奥さんがおそるおそるといった感じで確認する。対して客の方はちょっと苛ついている様子だ。まだまだ若いから問題ない、ってことだろうか。
「舐めるなっ……!持ってこい!大盛り……!」
再びざわつく他の客。……俺は並盛りでいいか。
「すいませーん!この……鶏唐カレーを並盛りでください」
「お待たせしましたー!鶏唐カレー並盛りです!」
鶏唐カレー(並盛り)
皆大好き唐揚げとカレーを合体させるという悪魔的発想……!1皿に福神漬けとキャベツの千切りものせてある。並盛りと言いつつ普通の大盛りくらいある!
おぉー、ボリューミー。愈史郎さんが並くらいって言ってたのも頷ける。それじゃあ、いただきます。
「いただきます」
まずは、奇をてらわず白いご飯とルーを一緒に掬って、一口。
美味い。
旨いじゃなくて、美味い。玉ねぎとか色々、しっかりルーに溶け込んでるんだなって感じ。しかも上品な「飴色になるまで~」みたいなホテルとかのカレーじゃなくて、ちょっと野菜のかたちが残ってて、家のカレーっぽさが出てるのがまた良い。それでいてしっかり外食の味。うーん、すごいなここ。さて、お次は……
一旦スプーンを置いて割り箸を構える。おいおい、この唐揚げ、下手したら赤ちゃんの手より大きいくらいだぞ。落とさないようにしっかり挟んで持ち上げて、がぶり。うん、美味い。味付けは控えめだけど、肉がジューシーで食べごたえがある。なるほど、これはカレーと合わせることを前提とした味付けなんだな。
さて、唐揚げとくれば次はキャベツをいきたいんだが……ここで、普段ならちょっとできないことをやってみよう。カレーをちょっとスプーンで掬って、キャベツの千切りの上にかけてから……箸に持ち替えて、キャベツをばくり。そのあと、そのまま箸でご飯をかっ込む。
――キャベツカレー、アリかもしれません。
生のキャベツにカレーって、こんな感じなんだなあ。カレー、新世界。そして最後に、こうだ。
食べかけの唐揚げと、ご飯とカレーを一緒に大きなスプーンで掬って、全部口の中に放り込む。
――唐揚げとカレー、最強タッグ決定!試合終了解散!
あとはもう、夢中になってかっ込むだけだった。……流石に、食べ終わった時には腹いっぱいになってたけど。満足、満足。
「お待たせしましたー、カツ丼大盛りです……」
食後の熱いお茶を飲んでいると奥さんの声がしたので、大盛りとはどんなものかと振り返ってみて、吹き出しそうになった。なにせ普通の大盛りの5倍くらい量がある。ご飯だけで何キロあるんだろう、あれ。カツも4,5枚は入ってそうだ。
「ぐがっ……!な、なんっ…………!!??」
おいおいおいおい、死ぬんじゃないかあの人。心なしか、表情もぐにゃぁと歪んで見える気がする。気になってメニューを確認してみると、うん。レディースが普通の並盛りくらい、小盛り、並盛り、大盛り……大盛りの横には、ようこそ新世界へ……!なんて書いてある。そりゃ大盛り頼んだらああなるわけだ。
「あの、写真いいですか?大盛りに挑戦した人にお願いしてるんです」
にっこり笑ってカメラを構える奥さん。壁に視線を向けてみると、大柄なラグビー部3人がかりでギブアップしてる写真の横に、完食して夫婦仲睦まじくツーショットで微笑む2人の姿。写真からすると旦那さんは食べていなさそうだ。奥さんのあの体のどこにあれだけ入るんだろうか、謎だ。
「かまわんっ……!」
そんなことを考えていると、再び老紳士の声。明らかに驚愕していたのに、もう不敵に笑っていた。
「ククク……逃すなよ……?新たな伝説の瞬間……刹那のシャッターチャンス……!」
すごいなあ。できる男っていうのは、あれぐらいでなきゃいけないんだろうか。さて、お茶も飲み終わったことだし。
「ごちそうさまでした」
さあ、晩飯は何を食おうか。
その後、老紳士は見事にカツ丼大盛りを完食し、若干震えながらも勝利の記念撮影をしたそうだ。ただ、その直後に入ってきた黄色い髪をしたものすごくポジティブな少年が「うまい!」と叫びつつあっさり完食してちょっとした騒ぎになったらしいのだが……それはまた別の話だ。
今回は「鬼滅の刃」より「愈史郎」。「中間管理録トネガワ」より「利根川」です。
その他のどこかで見たような方々に関してはご想像にお任せしましょう。
ちなみに定食屋でもないし一軒家でもありませんがモデルになった店舗は実在したりします。