実は昔ながらの伝統の味はタレではなく塩だったりするんですね。
今回も別の作品とのクロスです。
ではどうぞ~
――男なら太平洋のようにでっかい夢を持つべきだ。
そういったのは誰だったろうか。生憎と思い出せないが、こうして櫓の上からその海を見下ろしてみると中々に深いような気がしてきた。人間は所詮自然様には適わないというが、それでも心は負けるな。そういう意味にも感じる。守るものが増えるからと結婚すらしない俺には縁のない話だが。
――貴方も、それはそれは大きな夢を持っていたんでしょうか、龍馬さん。
すぐ真横に坂本龍馬の顔。ドラマ記念だとかで龍馬と同じ目線から太平洋を見るためにと隣に櫓が建設されていた。この人もまた、海を眺め壮大な夢に思いを馳せていたのだろう。
新しい時代を切り開くため命を懸けて奔走した偉人と同じ目線でみる雄大な景色。どこまでも広がる青い海を眺めていると、なんだか。
腹が、減った。
「店を探そう」
櫓の階段を小走りで駆け下りる。最後に像の前で一礼。振り返った時には、男ならなんとかいう台詞は頭の中から消えていた。
昨日は日曜市でしか手に入れることができない掘り出し物を見るために高知城に来ていた。当たり前だが名物だけあって人ごみが物凄い。すっかり人ごみに酔ってしまった。
酒がまったく飲めない下戸の俺には想像することしかできないが、酒に酔った時もあんな風にくらくらするのだろうか。市を端から端まで歩ききった時にはとても外食する気分ではなくなっていて、昨日は結局ビジネスホテルの簡単な夕食を食べただけで泥のように眠ってしまった。
しかし今日は違う。休み明けの月曜日。平日昼間、日曜祝日等に混雑している場所を気軽に訪れることができる。こんな時、身軽な独り身、個人業者で本当によかったと思う。おかげで今日は人ごみに辟易することなくすんなりとお目当ての場所に行くことができた。
ひろめ市場。
どういう経緯でこうなったのかは知らないが、兎に角飲食店や直売店が詰め込まれている場所だということは聞いていた。情報源は例によって滝山だが。
今日は食べるものも最初から決まっている。目の前でカツオを串に刺し、直火で焼いてくれるカツオのタタキ。一般的なものと違いタレではなく塩で食べるという。その塩タタキをいただくために列に並んでいるわけなのだが……。
――月曜日でこれとは。一体何人並んでるんだ?
本当に昨日来なくてよかった。タタキにありつける前に空腹で倒れていたかもしれない。一体後何分かかるんだろう、これ。
そんなことを考えていると、数人俺の一つ前に並んでいるグループの一人、小学校低学年くらいの丸々と太った?男の子が声を上げた。
「俺も腹減りすぎだぜ。
博士~後何分待てばいいんだよ?」
「そうじゃの~。
まさか一月初頭の平日にこんなに混んでいるとは予想外じゃったわい。せっかく君らの冬休みを使って来たのにすまんかったの、当てが外れて」
男の子の言葉はまったく同感だったが、俺はそれよりも博士に釘付けになっていた。男の子以上に恰幅の良い体、禿げ上がった頭頂部に羽織った白衣。背負ったリュックの代わりに試験管でも持たせれば間違いなく『博士』だ。
「バーロー。
大河ドラマの効果で平日でも絶対に混むって最初から言ってたろ?それをお前らがどうしても行きたいって博士にごねたんじゃねーか」
「主演が人気のイケメン歌手らしいし、初回を見てキャーキャーなってた主婦がいっぱい来てるんじゃないかしらね」
子どもたちの一番後ろに立っていた眼鏡の男の子と茶髪の女の子が口々に言う。女の子の言葉を聞いて前に並んでいる奥様方が居心地悪そうに身じろぎした。
なんというか容赦がない、子どもらしくない子どもだ。まだ早い気もするが、カップルだと言われても納得できそうなほど、二人とも大人っぽい雰囲気を醸しだしている。
「でも、あゆみもお腹すいたなあ……。
光彦君、後どれくらい待てばいいのかわかる?」
今度は歳相応にこどもっぽい、可愛らしい印象の女の子が隣のそばかす君に聞く。するとそばかす君はあごを撫でながら話し始めた。
「そうですねえ……。
このお店の一番人気はカツオのタタキ定食です。まずはこの列に並んでいる全員がそれを注文すると仮定して、一人前用意するのにおよそ3分。受け渡しやお会計を考慮して一人4分ですね。今この列に並んでいる人が僕たちの前に8人ですから……およそ30分ほどでしょうか」
おいおい。何者だ、この少年。
「そっかあ……。
ほら、後もうちょっとだよ!元気だして元太君!」
最近の小学生はこんなにも頭の回転が速いのか。そして友だちもそれを当たり前のように受け入れている。最近の若者はだとか、ゆとり世代だとかよく言われるが、日本の未来もそう捨てたもんじゃないかもしれない。
「そうじゃぞ~。腹を空かしておいたほうがご飯も美味しく食べられるじゃろ?」
「はあ~い……」
皆が力の抜けた声を聞いて笑っている。もっとも、一番後ろの二人は苦笑いだったが。
「おめーはいつでも腹ペコじゃねーか……」
「あら、子どもらしくていいんじゃない?
いつでも推理馬鹿よりよっぽどいいわ」
「んだとー?」
結局、予想通りおよそ30分後に子どもたちの順番が巡ってきたのだった。
さあ来たぞ。ついに来たぞ。俺の順番が来たぞ。
「カツオの塩タタキ定食を一つお願いします」
目の前でカツオが串に刺されて火の上で踊っている。絵の具を拡げるように焦げ目がつき色が変わっていく。火の上を2、3回往復したあとくるっと一回転。淀みのない鮮やかな動き。あの熟練の手つきがカツオの旨さを引き出しているのだろう。
見ているだけで、口の中に火を消しそうな勢いで涎が溜まっていった。
カツオの塩タタキ定食
カツオのタタキ
塩でを叩いて馴染ませる。シンプルな塩で旨味が爆発!
今日のごはんと味噌汁、お漬物。
味噌汁の具とお漬物は日替わりで。ちょっと甘めの味付けの大根の漬物が優しい感じ。
「いただきます」
――まずはなんと言ってもこれだろう。
タタキを一切れ。余計なものは何も無し。こういうのはシンプルなほどいい。はぐっと口に放り込む。
思わず声が出そうになった。抜群に旨い。
俺が今まで食べていたタタキは、タレの味に覆い隠された別ものだったのか。江戸前寿司では鯛は塩で食べるのが常識と聞くが、それはカツオにも通じているのかもしれない。口の中で旨味のビッグバンが起こっている。
そのまま一切れを放り込んでからご飯をかっ込む。旨い魚で飯が食える幸せ。太古から魚を食って育ってきた島国民族のDNAが喜んでいる。
――さて、味噌汁は、どうかな。
ずずっと一口。期待通りに美味い。
タタキは魚の旨味が爆発する『旨い』だったが、この味噌汁は『美味い』だ。きちんと出汁をとり、具も下処理をしてから煮込んだ『料理』。最近は味噌汁を飲まない若者が増えているというが、こんな美味いものを飲まないなんて勿体無いぞ、子どもたちよ。
口の中を一旦リセットするために漬物へ。こりこりとした食感が心地良い。塩っ気が満ちた口を癒してくれる。
――地味な君が居てくれて、良かった。
今度はタタキをご飯の上に乗せて一緒にかっ込む。後はもう、皿が空になるまで止まらなかった。
その後、俺が食い終わった頃に窃盗事件が起きた。あの恰幅の良い博士が見事な推理を披露し犯人は御用となったのだが……それはまた別の話だ。
如何でしたでしょうか?
ん?なんで名探偵なのかって?劇場版記念に決まってるじゃねえかバーロー。笑
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