イエロー・フラッグの血まみれ妖精   作:うみ

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復ッ活ッ

無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ

してェ…




就労してェ~~~~~~~~~~~~…


ロアナプラは今日も平和です

 ミハイルの朝は、早くも遅くもなる。

 より具体的には、双子がスター・トレックやなんやらの深夜番組を視聴しているかどうかで変わる。双子が早寝した日であれば朝早くから自然と起こされ、遅くまでテレビに夢中であれば三人揃って昼前まで惰眠を貪っているからだ。

 

 ――早寝早起きの日は、不思議と朝の海綿体膨張もとい生理現象が起きないので、医者にかかってみるべきかと真剣に悩んでいるのはミハイルだけの秘密だ――

 

 早起きした日であれば、昼ごろまでは双子の遊び相手を務める。

 遊びの内容は大抵同じだ。2年ほど前まで、つまり九歳までは、おままごとやかくれんぼが主だった。だが、双子が十代になってからは知的遊戯に興味を示しだしたようで、たとえば昨日は謎かけだ。それも子供らしからぬ、少しひねりの入ったものが好きらしかった。

 

「お父様、なぞなぞよ! 入る時は固くて乾いてるの。でも出る時は柔らかくて濡れてるの! なにかしら? ちなみに。私もニコも、これが大好きよ!」

「ヒントはね、僕たちは最低でも、週に一度は口にしてるものさ」

「うーん、そうだなあ。チューインガムかな?」

 

 両腕でペケ印が帰ってきた。ミハイルは結局、最後まで答えられなかった。双子も答えを教えてはくれなかった。

 二人でチェスをしているシーンもよく見かけた。ミハイルは二人の勝負をゆっくり眺めるのが好きだった。対局中の会話から、なにかを賭けて勝負しているのはわかったが、軽く聞いても教えてくれなかった。ミハイルも別段、無理に聞こうとは思わない。少しの秘密と、子供のしたことは許されるべきだ。子供の秘密となれば尚のことそうだ。

 

 昼になってからは、バオの開店作業や仕入れの手伝いである。ミハイルが仕事をしている間の双子は、日中であればマダム・フローラや教養ある娼婦、そしてバオから勉学の手ほどきを受けている。

 ロアナプラにも一応、学校というものは存在する。が、地域的な治安の悪さとミハイルの立場の微妙さを考え、双子は通わせていない。ミハイルからすれば、初めてロアナプラに到着した当日の夜の内に、双子が強姦されかねなかった――地場のギャング崩れの犯行で、もちろん皆殺しにしたが――という事実を考えれば、考慮することすら馬鹿馬鹿しかった。

 また、英語の読み書きや算数の基礎ならば娼婦たちでも教えられるだけでなく、店を経営するフローラとバオならば実用的な数学まで身に着けているので、どうしても通わなければならないものでもなかったのだ。

 フローラなどは、双子の情操教育や社会勉強のためにも、きちんとした教育機関に通わせることを強く勧めたのだが、安全を優先したいというミハイルの言葉には流石に反論できなかった。彼女自身、このロアナプラで一方ならぬ辛酸を舐めてきた女性だ。千に一つ、万が一、なにかが起ころうものなら――そう思ってしまうのは無理からぬことだと納得するのは当然とも言える。

 ちなみに。

 

「おい、なんでこの俺がガキの面倒なんか……」

「バオ……アタシからもお願いするワ。ネ?」

「ああああわかった、わかったから抱きつくな唇を近づけるんじゃ――ギャーッ!?」

 

 バオに対し、暇な時で良いので双子の教師をやってほしいと頼んだ時の一幕である。

 当初はこのように、嫌々ながらも片手間に教えていたバオだが――

 

「おじさま! いつもお勉強教えてくれてありがとう!」

「ニコと二人でケーキを焼いたのよ! どうぞ食べて!」

「おう、ありがとよ。そこにマンゴージュースあるから、遠慮なく飲みな」

「……怪しい」

 

 ロアナプラではダイヤよりも希少な、純粋無垢な信頼に心打たれたのか。現在では、ミハイルから疑惑の目を向けられることもあるほどの父性を発揮しつつあった。別に性的暴行を云々の心配はなくとも、双子が自分以外の人間を父のように慕うのは、なんとなくミハイルにとって面白くないことだ。

 それを横目に見て、バオがニヤリと笑うのもなんだか気に入らなかった。

 閑話休題。

 

 昼に買い出しに出たミハイルが行く店と、やることは、大抵同じである。

 行きつけの酒屋を三軒ほど周って、それぞれを比較しつつできるだけ安く酒を注文し、荒くれが壊した備品を買い足す。日によっては、自分を路地裏に連れ込み身ぐるみはいで犯そうとしたホモセクシャルを神の御許に送り込んで終わりだ。それも開店準備が遅れないよう、可及的速やかに。

 

「クソッ、おかしいだろうがよ! なんで当たらねえんだよぉッ!」

「喚くンじゃねえ、撃て、撃ちまくれ! 早く殺さなきゃ俺たちも゛ッ!?」

 

 下から弧を描くように掬い上げられた鉈が、味方を鼓舞している最前列の男の下顎を骨ごと砕き断つ。

 仲間の骨と血からなる噴水を浴び、残りの二人は悲鳴を上げて逃げ出した。その内一人の背中は寸暇も空かず切り裂かれ、一人だけが遠く逃亡を成功させんとする。

 ミハイルの腕が柳の枝の如くしなり、彼の膝裏にナイフを投げつけなければそうなっていたことだろう。だが狙い違わず、右膝裏の筋と軟骨を刃で貫かれ、最後の男が成す術もなく倒れる。

 哀れっぽく涙を流す命乞いは無駄に過ぎず、死に際の世迷言なぞ聞いている暇はない。引き絞った弦から放たれた矢のように、鉈の切っ先を眉間に突き立てる。アイスピックで氷を割るように、幾度か頭骨と大脳を鉈でミックスすると、男はびくりと震えてズボンを濡らした。僅かにアンモニア臭が立ち込めて、ミハイルは思わず顔をしかめた。

 血や脳漿が跳ねないようゆっくりと鉈を引き抜き、汚れて少し重たくなった刃を、ちょうど都合よく目の前にある死人のシャツで拭う。

 幾度このやりとりを繰り返したのか。結構な頻度で絡まれることを思うと、いい加減うんざりしていた。顔が良くとも、良いことばかり起きるとは限らない好例である。中性的な顔立ちのミハイルは、なぜかその戦闘能力までか弱い女性並みに見られることが多かった。勿論、その勘違いのつけは悪漢自身の血と臓物によって購わせている。

 いっそマッ○マックスのモヒカン面に生まれていればよかったと思ったことも一度や二度ではない。なんなら髪型だけでもスキンなりモヒカンなりにするか悩んだこともあるが、それは双子が泣きながら止めるので断念した。

 

「お父様がつるつるになっちゃったら、僕たちだってそうしてやるんだ!」

「お父様がモヒカンになったら、私たちだってハンコウキよ!」

 

 こんな涙あり、怒りあり、妥協ありの家族会議の果てにミハイル髪型ワイルド化計画は頓挫したわけである。

 今さらそれを蒸し返して、第二回家族会議を開くつもりはない。ないのだが――こうも絡まれると、やはり肩が重くなるというものであった。

 

 男たちの死体に囲まれるミハイルの耳に、悲鳴が届き始める。

 ロアナプラは決して野蛮な土地ではない。秩序ある悪法によって統治されるサタンの王国だ。一般市民に死体が見られようものなら通報されることは間違いないし、警察も体面上、警官を差し向けねばならなくなる。

 となれば逃げるに越したことはない。三十六計を知らずとも、最適解を選ぶことは簡単なものだ。ミハイルは大鉈を大きな買い物袋の内側にしまい込み、足早に立ち去った。

 その直後、頭蓋を割られた男の脳が路上に零れ落ちて、より大きな悲鳴が上がったが、気にも留めなかった。

 

 さて、夕方、開店時刻の直前になると本格的に忙しくなる。

 ロクデナシが、その日の儲けやなけなしの金、そして銃器を手に来店し始めると、酒場の店員としても用心棒としても仕事が増えるものだ。腕相撲で負けた腹いせに拳銃を抜くバカだって中にはいるものである。

 ロアナプラのバカをただのバカと同じにするなかれ。人生を投げているという一点において、彼らはアメリカのチンピラ風情とはレベルが違う。後先考えない無鉄砲ぶり、まさに歩く死人の面目躍如である。

 そんなバカしかいない街で、わざわざ酒場と売春宿を開いている。これでトラブルの起きないはずがない。ミハイルとて殺しはしないが、関節を捻り上げて客を叩き出したのは一度や二度ではない。

 

「……ミハイル」

「はーい」

 

 今も然り。バオが渋面を向けているのは店内で喧嘩を始めた男たちだ。タイマンを張って決着したのは良いが、どうも勝者がヒートアップしすぎている様子だった。倒れ伏した相手の後頭部をスタンプし続けている。あそこまでやると、殺しに発展しかねない。

 殺すなとは言わないが、やるのなら店の外に連れ出して、人目のないところでやるべきなのだ。店の中で死体をこしらえられては売上にも響く。そもそも、誰がその死体の始末をするのかという話である。掃除屋は意外と金がかかるサービスなのだし。

 やれやれ、と肩を回したミハイルは、キッチンナイフを袖口に忍ばせカウンターを出る。カウンター席にいるダッチが酒の肴を見る目を向けてきたことには気づかないフリをした。

 喧嘩を見物していた立ち見客たちが、ミハイルの接近に気付くとモーセの逸話よろしく道を空ける。おっかない見張り番がイエロー・フラッグに就職したことが周知のことになった証と言えよう。抑止としての職責を全うできていることを確認して、ミハイルはひとつ頷く。

 さて、見物客はみな遠巻きになったが、当事者たちはミハイルに気付く様子がない。踏む側は頭に血が上って周囲が目に入っていないようだ。踏まれる側は顔面が床と融合しかかっているので、そもそも気付けるはずもない。

 仕事に忠実なバーマン兼バウンサーは、加害者の身体一つ分背後に立ち――漂ってきたヤクの煙の残り香でなんとなく察した。こいつは話が通じない。

 もはや脅しつけるのも面倒になり、ナイフの柄で後頭部を思い切り殴りつける。声も上げずに気を失った後は、足を引きずって店の外の裏路地にデリバリーした。踏みつけられていた男も店の邪魔なのでセットで放り出しておく。

 カウンターに戻ると、愉快そうな表情のダッチが拍手で出迎えた。

 

「見事な手並みだな。ギムレットを頼む」

「銘柄にご希望は?」

「なんだって構わんさ」

 

 ミハイルにしてみれば、自分の不幸を肴にされたことがどうにも気にくわず、ゴードンジンを手に取って眉根を寄せた。

 

「――お褒めに預かったところになんですけど、別にやりたくてやってるわけじゃないですよ。バカとキチガイがもう少し減ってくれれば仕事が楽なんですけどね」

「それもお前ェの給料の内だ」

 

 バオにまでばっさりと切って捨てられ、ダッチからは笑われ、どうも腑に落ちない。たしかに用心棒も兼任しているのだから給料の内ではあるのだが、それはそれとして文句くらい自由に言わせて欲しいものである。

 ロアナプラという街は、悪徳が幅を利かせるだけあってなかなかに栄えた都市なのだが、店への礼儀を弁えた紳士というものにはとんと縁がない。ミハイルの憂鬱と同様、これまた致し方ないことである。そもそも紳士が来るイエロー・フラッグは、ロアナプラのイエロー・フラッグと呼んでいいものか悩ましくもある。

 

 ――否、一人だけいる。

 

 ミハイルは、完成したギムレットを提供しながら、以前バオから聞いた話を思い出していた。

 曰く、ロクでもない客の中にもたまには偉いさんが紛れてるもんだ。あの食いしん坊もその内の一人でなァ……。

 

「邪魔するよ」

 

 声がする。顔を上げると、思考の空白に忍び寄るように、男が出現していた。

 青いスーツにパリっとしたシャツ、しっかりと結ばれた赤ネクタイ、黒の革靴。髪型までワックスで完璧にセットされている。ロック以上にこの町に似つかわしくない服装だ。

 しかし、その格好に文句をつける人間は誰一人としていない。この有名すぎる人物に対し、酒の勢いで絡むのはモグリのチンピラくらいのものだ。

 ミハイルはおしぼりを用意して、すっと頭を下げた。

 

「こんばんは。お元気ですか?」

「どうにかやれてるよ」

 

 男は曖昧に笑って、まっすぐカウンターまで歩み寄る。背筋に鉄の芯棒が通っているかのような美しい歩法は、武術を修めた者に特有のそれだ。

 選んだのはダッチの隣だった。男の存在に気づいていたダッチに、彼は礼儀として声をかける。

 

「ここ、いいか?」

「ああ、構わんさ。あんたみたいな有名人と飲むのも、たまには悪かねえ」

「どうも」

 

 すっと席についた男は、バオに軽く手を振った。バオもグラス磨きの手を休め、右手を上げて返答する。

 

「よう、旦那。メシでいいよな」

「うん……飲み物はミネラルウォーター。で、ネムザン(揚げ春巻き)一人前、チャーカーラボン(ライギョの炒め揚げ)とブン(ビーフン)のセット、食後には……バインフラン(カスタードプリン)とコーヒーを。甘くないやつで」

「あいよ。ミハイル、ここは任せたぜ」

 

 注文をさっと書き取って、バオは奥の部屋の厨房に入っていった。

 ダッチが口笛を吹いて男に笑いかける。

 

「この店には珍しい客だな。あんた、いつもこんな調子なのか?」

「そうでもないさ」

 

 短く答えて、男は内ポケットからパーラメントを取り出した。吸うか悩んでいるのか、指先で弄んでフラフラさせる。が、しばらく悩んだ末に、また箱の中に戻した。

 ミハイルは、このたった二十秒ほどの間に、期せずして噂の幾つかが本当らしいと知ることになった。武術の心得がある、タバコは食後に吸う、人付き合いはそれなり程度で済ませる。

 

 ゴロー・イノカシラ。ロアナプラ有数の使い手にして、穏やかな個人輸入商。そして指折りの食欲の持ち主だ。

“Mr.食いしん坊(ピッグ)”、“暗がりの凶手(ナイトストーカー)”、“ジャップ・ザ・ターミネーター”など、二つ名には事欠かない男でもある。

 眼前に座すその人は、三合会の幹部にしてロアナプラ支部の頭目たる(チャン) 維新(ウァイサン)とも昵懇の仲であり、共に鉄火場を潜り抜けてきたプロフェッショナル。いわばロアナプラ草創期の英傑にして大悪党の一人。

 今は殺し屋稼業を引退し、三合会とも距離を置いて、たんまり作った貯金で個人輸入商をやりながら趣味のグルメを満喫しているらしい。張の要請に応じて凶刃を振るうことは何度かあるが、四巨頭間のもめ事には首を突っ込まないと明言しているため、他勢力から睨まれることもほとんどない。

 そして、何をトチ狂ったのか、バオの料理に惚れ込んで、酒も飲めない癖に酒場に通ってきている物好きらしい。酒も飲まねェ儲からん客だよ、とバオにはしかめ面をされているが、なにせ食いしん坊のことである。気にも留めずに通ってくるのだ。相手が相手、バオも「酒も頼めバカ」とは言いにくいとのことであった。尤も、最近はご無沙汰だったらしく、ミハイルも見たことはなかった。

 それはさておき、ゴローは背広を脱いで背もたれにかける。白シャツにネクタイを締めた姿はただの日系ビジネスマンといった風だが、不思議な威圧感を放っている。すぐそこにいるミハイルには、イエロー・フラッグの喧騒がどこか遠くに感じられた。ゴローの存在感がカクテルパーティ効果を生み出し、自然とゴローに注意が向いてしまうのだ。当の本人は何をするでもなく、手帳を見ながら何かを書き込んでいる。

 イエロー・フラッグには似つかわしくない風体の男が、似つかわしくないことをすること五分ほど。ゴローがダッチに話しかけたのは唐突だった。

 

「ところでラグーン。また明日にでも電話しようと思ってたんだけど、ちょっとした仕事を頼みたいんだ」

「ほう? なんだねそいつは」

「往復で雇いたい。往路は俺、復路は俺と商品。依頼内容は運送、および現地の海賊を皆殺しにする助っ人として二挺拳銃(トゥーハンド)のレンタルになる」

 

 サングラス越しでもはっきりとわかるほどに、ダッチの目が大きく見開かれた。ミハイルも一瞬グラスを磨く手が止まる。すぐにまた手を動かすが、耳はしっかりと二人の会話に向いていた。

 

「ふむ……」

 

 ダッチは小さく唸って残るギムレットを一息に飲み干すと、自前の禿頭を撫でる。

 ゴローは焦らず、ダッチの返事を待っているようだった。沈黙はそう長くは続かず、ダッチの身体がゴローを向く。

 

「たしかに、うちは金と契約書さえあれば、荷も仕事も引き受けちゃいるがな……剣呑な話なら事前説明はしてもらうぜ」

 

 当然だ、とゴローも応じて、ネクタイを緩めた。

 

「うちはベネチアングラスやら高級食器やら、色々扱ってるんだが、会員制のショールームを作る話が持ち上がった。ありがたいことにサンカン・パレスあたりから要望があったんだ。ちょうど三合会から良い空き店舗も買えたところだったんで、これを機に商品をロアナプラに集めるべく船便を手配した。レムチャバン港で荷を下ろし、三合会の品と積み合わせて陸路でロアナプラへ……ところが」

 

 そこでゴローの眉間に皺がよった。気を紛らわすように水を一口、ため息をついて話が続く。

 

「ところが、レムチャバンに着くはずの船から連絡があった。スールー海を通過中、海賊に襲われて荷物を全部取られました、だとさ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そいつはお気の毒に。で?」

「積み荷をやられたのが二日前。調べてみると、パラワンを拠点にしてるチンケな海賊の仕業だった。しかも買い手がつかないんで倉庫で腐らせてる。薬や銃ならすぐ売られて消えたろうが、うちの商品は値を付ける富裕層がいなきゃ二束三文なのが幸いした。未だ海賊の倉庫というわけだ」

 

 ゴローは傍らの鞄から書類を取り出し、ダッチに手渡す。ミハイルの目にもチラと見えたのは、アジア人らしき男の写真だ。いかにも海賊らしく、よく日に焼けた色黒の顔が映っている。ダッチは内容に軽く目を通し、悩むように顎を掻いた。

 

「二十人規模の小型高速艇集団、とはいえチンピラの徒党の域か。で、俺たちはあんたをパラワンまで運び、レヴィとあんたが首尾よく荒事を済ませた後に商品を積み込んでロアナプラに戻ると」

「そうなる。返事は明日中に――」

 

 ゴローの言葉は、勢いよく扉を蹴り開ける音で遮られた。バオが厨房から戻った音だ。両手で持つトレーの上には料理がずらりと並んでいる。

 

「きたきた。じゃあそういうことで頼んだよ、ダッチ」

「あいよ。また電話する」

 

 そういうと、ダッチは代金を置いて店を出た。

 かたやゴロー、もうダッチのことなど眼中にないという風で、夢中になって夕飯を口にしている。よほど腹が空いていたのか、箸が止まらない。しかしながら、その食事姿がまた実に上品なのだ。ロアナプラのチンピラは大抵が汚い食べ方で、例えるなら「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」という具合なのだが、ゴローの所作は落ち着いている。一口一口、きちんと味わっているというか。

 噂通りの食へのこだわりを目の当たりにしたミハイルは、なにやら可笑しくなってきた。闇の世界で恐れられる殺し屋が、春巻きの皮をこぼさないように食べるなんて。物を噛む時はちゃんと口を閉じて噛むなんて! なるほど、このギャップが“Mr.食いしん坊(ピッグ)”なる異名の由来なのだろう。

 ミハイルは、手を洗うバオにひそひそ声で話しかける。

 

「良い食べ方ですね。礼儀正しいというか、落ち着いてるというか……」

「へッ。酒飲まねえから払いは悪いし、メシ作らされるから時間はかかる。立場を考えりゃ文句も言えねェ。厄介な客だぜ、ったくよ……」

 

 ならなんで笑ってるんですか、と聞かないだけの分別はミハイルにもあった。

そう、ボソボソと愚痴るバオだが、よく見れば笑顔が口の端に乗っているのだ。自分が作ったものを、あんなにも美味そうに食われると悪い気はしないのだろう。ゴローのことを、金を落とさないだの手間がかかるだの愚痴りつつも、決して無下にしない理由は、立場や力関係だけではなくて――ミハイルは、それがなんとなく分かった気がした。

 

 陰謀、暴力、流血、冒涜、あらゆる汚濁の渦巻くロアナプラ。その中にあって、メシを食う日本人と、それを笑んで見守るバーテンダーというのは、どこか場違いなほどに穏やかに映る。バンコクの屋台で、馴染みの客と店主が過ごす光景となんら変わらない。

 

「神は天にいまし、世は事もなし。そういうことかな」

 

 ふと呟いた一言は、ロアナプラにはおよそ似合わぬ言葉だが――今、この場にだけは使っても良い。そんな気がした。




2年ぶり。自分の文体を思い出せないレベルのブランクである。
なお超遅筆の理由ですが、仕事を辞める予定が決まったら急に書けるようになったので完全に心因性です。人間は就労と趣味を同時にはできない証明をしてしまった。QED
ぼちぼち無職やりつつ良い働き口を探す日々になります。小説もぼちぼちやるんでよろしくお願いします。

それと挿絵の地図についてですが、Craft Map様から拝借してます。黒矢印は元の予定ルート、赤い×が襲撃された場所です。
地名いくつか出してますが詳しい位置はGoogle Maps見てください。(そこまで書くのめんどい)


ではいつもの解説コーナー


入る時は固くて乾いてるの。でも出る時は柔らかくて濡れてるの!
=米国の友人から聞いたジョークです。答えはマジでチューインガム。双子は何を言わせたかったんだろうね。わからないね。えっちなのはいけないと思います。
 ナチュラルボーン凌辱されマンな生活を送っていたミハイルには下ネタがすごく通じにくいので、やらしい方の意図に気付くこともなかった。残念でした。

ゴロー・イノカシラ
=孤独のグルメ in Thailand。絶対面白いからやってほしい。でも松重さんの落ち着いたイメージはバンコクの屋台にはちょっと違う気もする。
 Mr.ピッグはベイブと対になる感じで考えました。あとは、食いしん坊を英語にすると"horse"か"pig"が主なんだけど、ロアナプラ民は絶対にpig使うよなってことで。
 他作品からの特別出演だけど、今後も普通に出していくキャラになると思う。好きだし。

神は天にいまし、世は事もなし
=原作でもよく出る一節。原典はロバート・ブラウニングの『ピッパが通る』という作品の"God's in his heaven. All's right with the world"。神様が天にいて見守ってくださっている、世界は今日も平和だなあ的な意味。ロアナプラで使うと実に皮肉である。
 今回の執筆にあたって調べてみたら、エヴァのネルフのマークにも書いてあるとかなんとか。僕はエヴァ見たことないんで皆さん見る機会があれば気にしてみてください。
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