艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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天敵

 敵潜と敵機の襲来に怯えつつも、それから丸一昼夜を経て、損傷艦の一団は敵に遭遇することなく無事にタロタロ島の半月湾へと入港することができた。数日前、湾の入り口で多くの艦がやられたので、艦隊は一層緊張して進んだが、敵潜の動きは一切見られなかった。

 

「見て、那智さん! 足柄さんだ! かなり損傷してるけど、ちゃんと無事に戻ってるよ!」

 

 半月湾に入ってまもなく、艦橋で双眼鏡をのぞき込んでいた提督は後部煙突とマストが崩落している妙高型重巡を見つけて歓声をあげた。まるで瓦礫置き場ともいえる半月湾の奥に重巡足柄は僅かに右にかたむいたまま係留されていた。無事に帰港したうえに、着底も横転もしていないことに提督は胸をなでおろした。那智もすぐに気づいたようで顔がほころびる。

 タロタロ島もシューズ・ベラ島と同じく、着底したり、係留ブイに繋がれてかろうじて浮いていられる艦が港内のいたるとこにあった。

 

 那智と提督は投錨作業を終えるとすぐに内火艇をおろして重巡足柄へと向かったが、艦の主は留守だったので、一路泊地の司令部へと向かうことにした。内火艇を桟橋につけるとすぐに艦娘の足柄が姿を現した。大きなケガはなさそうだったが、額や腕に包帯を巻いた姿は痛ましいものだった。

 

「あ、足柄さん……」

 

提督が声をかけようとすると、足柄はかかとをを打ち合わせて厳しい表情で敬礼した。那智もその正面に少し間合いをあけて姿勢を正し答礼する。

 

「姉さん……」

 

足柄は那智に歩み寄って勢い良く抱きついた。そして、那智の肩に顔を押しつけ鉄砲水のように泣き出した。

 

「ね、姉さんが無事で良かった……。金剛や扶桑が戻っているのに姉さん達が戻ってないと聞いて……。わたしてっきり……」

「ああ、わたしは大丈夫だ。こっちも心配したんだぞ。……よく戻ったな、偉いぞ」

 

那智は力強く妹を抱きしめながら鼻をすすり気丈に言う。だが、その目には涙がたまっていた。

 

「でも、わたし悔しい。第三戦隊は……。は、半分しか戻らなかったのよ……。どうして!」

 

そう大声で泣き叫ぶ足柄を那智は強く抱きしめ続けた。

 

「泣くな足柄……。泣いたって、誰も戻ってこない。誰もだ……」

 

トビウメ提督はそんな姉妹の様子を黙って見守り続けた。

 

 ひとしきり泣いてようやく落ち着きを取り戻した足柄はようやくトビウメ提督へ顔をむけた。

 

「ごめんなさい……。提督も負傷してしまったのね。でも大きなケガでなくて安心したわ。姉さんを無事に導いてくれてありがとう」

「いや、僕は何も……」

「ああ、こいつの判断が大勢を救った。もちろん私の命もな」

 

いつも厳しいことしか言わない那智が、珍しく足柄の言葉をそのまま肯定した。生前からあまり褒められることに慣れていない提督は困った顔を見せる。

 

「いくら人の体を手に入れようと、わたしたちは艦だ。指揮者があってはじめて動ける」

 

提督は無言でうなずきながら頭を掻いた。

 

「第二戦隊のトビウメ提督でいらっしゃいますか? 作戦参謀より、至急基地指令部まで出頭するようにとのお言伝てを預かっております」

 

 突然声をかけてきたのは基地の司令部付きの職員だった。提督がうなずくとその職員は案内するのでついてくるよう提督を促した。

 

――やっぱりきたか……

 

いくら適切な行動だったとはいえ、作戦行動中に命令を受けずに避退行動に移ったのだ。何らかの叱責や処分があることは提督自身も覚悟はしていた。

 

「わたしも一緒に行こう」

「やっぱり、僕らの本当の敵は深海棲艦じゃなくて人間だよ」

 

提督はそうつぶやくと、同行を買って出た那智を伴って職員について歩いていった。

 

 

 

 案内されたのは出撃前に会議を行ったあの司令部のある洋館の会議室だった。

 

「トビウメ君か、よく来てくれた。楽にしてくれたまえ」

 

肩をいからせて会議室へと入った二人を、腕やひざに包帯を厚く巻いたフルカワ作戦参謀が笑顔で迎えた。室内にはフルカワただ一人のみ。モトヤマと艦娘の金剛の姿はなかった。

 

「モトヤマ長官は重傷なので、病院へ入っておられる。それにしてもこの度の大脱出、実によくやってくれた。私も長官も君には感謝しているよ。なにせ、君のおかげで無事に帰ってこられたんだからな」

「は、はぁ……」

 

相手が噛みついてきたら、こちらも言いたいことだけは叩きつけてやろうと身構えていたトビウメ提督は冒頭から調子を狂わされた。

 

「それにしても、敵の真ん中へ少数で踊り込むとは、君、見かけによらず大胆なことを思いついたな」

「あれは、その、この那智と相談して過去の戦史から……」

「それにタ級戦艦二隻を大破、中破相当のダメージを与えたことは複数の艦からの情報で確認済みだ。これが今回の唯一、最大の戦果といっていい」

 

トビウメ提督の返答をろくに聞く気もなく、フルカワは話し続けた。

 

「ところでトビウメ君、今回の我々の敗因はなんだと思う?」

「そ、それは、敵の戦力を軽視して無理に……」

「それは火力不足に拠るところが大きい」

「へ?」

 

さも当然という態度でフルカワは言い放った。

 

――どう考えても、情報不足と楽観的な憶測に基づいた作戦計画が原因じゃないか

 

「振り返ってみても作戦自体には大きな誤りはなかった。問題は我々が敵の火力を圧倒できなかった点にある。それだけに、君の活躍もただただ惜しい。実に惜しかった」

 

フルカワは無念でしかたがないという表情で目を閉じた。

 

「君がもし最初から戦艦に乗っていたら、必ずやの憎き敵戦艦を二隻とも海の底へ叩き落としていただろう。そればかりが実に惜しまれる」

 

その刹那、那智が息をのむ気配が感じられた。一方、提督も慌てて首を振り、傍らの那智の顔を見た。那智は眉間に皺が寄った険しい表情で真正面の虚空を凝視していた。

 

「いや、そんなことは……」

 

そんなことは、鈍速の戦艦にはできっこない。そう言いたかったが、トビウメ提督はそれを言葉に出して言うことができなかった。それ以前に、この眼前の作戦参謀から出てくる言葉ひとつとつが、トビウメ提督の認識とかけ離れたことばかりなので呆気にとられてしまったのだ。

 

「トビウメ君、私はすでに本土の軍令部に即時反攻を訴え、軍令部もそれを支持するといってきた。私はモトヤマ長官と協議し、可能な限り早く連合艦隊を再編成してポート・フリスビーへ突入をはかるつもりだ。その時には君にも、巡洋艦なんぞでなく戦艦に乗って出撃してもらいたい」

 

それからフルカワは那智を一瞥して言った

 

「それから、重巡那智といったか? 今回はご苦労だった。二人ともしばらくは傷を癒し、反攻に備えてほしい。以上だ」

 

フルカワは上機嫌にそういい終え、二人に退出を許可した。

 

 司令部の建物を出るまで二人は無言だった。

 

「あの作戦に誤りがなかったなんて、受け入れられるのか?」

 

玄関を出たところで那智が足を止めて提督に詰問した。トビウメ提督は少し怯んだ表情で那智を振り返る。

 

「まさかそんな……」

「だが、貴様には、あの者にもっと言うべきことがあったのではないか?」

 

提督の顔が一方的に叱られようとしている子供のように情けなく歪んだ。

 

「ごめん那智さん……。でも、駄目なんだよ、僕は。ああいう自分の事ばかりを前面に押し出してくるタイプは特に。前の世界のときから人間相手は嫌なんだよ」

 

古傷をえぐられたような顔をする提督の顔を見て、那智は自分が思っている以上に相手を追い詰めている事に気付いた。那智はため息を押し殺して顔を背けた。

 

「貴様、次は……。その、戦艦に乗り換えることになるかもしれないぞ」

 

那智はうつむき加減に低い声で言った。だが、提督は少しほっとしたような顔になって無理に笑って見せた。

 

「思いつきであんな事言ったって、そんなのがすんなり通りはしないよ。戦艦なんてどこの隊でも欲しがられてるし、おいそれと建造できるものじゃない。今回だって無理矢理、よそから金剛と比叡、扶桑を供出させたって聞いたよ」

 

それに僕は戦艦なんか乗ったことないんだから指揮できないよと提督は笑うが、それでも那智は笑わなかった。

 

「もし私の艦の主砲がもっと大きく、装甲も厚かったら、あのタ級を沈められていたかもしれない。貴様はそうは思わないか?」

「え? それは……」

 

トビウメ提督は言葉を詰まらせた。

 

――確かにあの距離まで肉薄して大口径の砲弾を撃ちまくれば一隻くらいはやれたかもしれないけど……。でも……

 

先のフルカワの甘い言葉のせいで調子の良い想像が一瞬浮かんだ。だが、鈍速で、雷装も機動力もない戦艦であのカウンター・アンブッシュ戦法の指揮ができるかと問われれば、その答えははっきりしている。戸惑いつつも、そこまで考えたことを言葉に組み立てて伝えようとした矢先、那智がそれを制した。

 

「すまない、今のは忘れろ」

「いや、だけど……」

「いいんだ。無意味な問いだった」

 

那智は、眼前の提督がそんなことないと即答してくれることを期待している自分に急に気が付いたのだった。完全に相手に甘えた期待をした自分を律するように、那智は一度深呼吸して早口に言い添えた。

 

「わたしなりに今回の海戦での我が隊の反省点を洗い出しておく。貴様は作戦面の点での総括をしておいてくれ。同じ失敗は繰り返さないぞ」

 

那智はそう言うと、振り返りもせず足早に桟橋の方へ歩いて行ってしまい、司令部の前には罪悪感と自己嫌悪に肩を落とすトビウメ提督だけが残された。

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