艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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イワシとタロイモ

 島に滞在している艦娘の人数が少なくなったので、トビウメ艦隊の艦娘達も先日のように市街地のホテルではなく軍港内の宿舎に泊まることになった。パイプベッドと金属ロッカーだけが置かれた四人一部屋の軍用宿舎と瀟洒なホテルのツインルームとでは、快適さは段違いだ。ぶーたれる加古の襟首をひっつかんで宿泊部屋に押し込むと、不知火は遅めの昼食をとるために食堂へとやってきた。

 メニューは一品のみ。給仕のおばちゃんから焼き魚定食がのった盆を受け取って不知火はすいたテーブルの端についた。

 玄米ご飯にタロ芋の煮付けと沢庵。もとより負け戦の最中に贅沢を言うつもりなどなかったが、意外だったのはメインのおかずとして焼いたイワシが二尾も皿にのっかっていることだ。

 

「ここいいかしら~?」

 

間延びしたアクセントで声をかけられたのは玄米ご飯の最初の一口を口に入れたときだった。見上げると向かいの座席にお盆を置いた荒潮が立っていた。不知火は少し表情を険しくしたものの、うなずいた。

 

「どうぞ……」

 

荒潮はニヤニヤしながら椅子に座るとお皿の上にのったイワシを指さした。

 

「今日限定でおかわり自由なんですって~、これ。穫りすぎ過ぎも考え物ねー」

 

どうりで魚だけ豪勢なはずだと不知火は合点した。

 シューズ・ベラからこのタロタロ島へ来る道中、荒潮達護衛の駆逐艦が海へ爆雷をやたらにばらまいたため、爆発による水圧でノビた魚が海面にいっぱい浮かんできたのだ。駆逐艦たちは対潜哨戒の合間にその浮かんできた魚を大量にすくってきたのである。

 

「潜水艦かと思ったらイワシの群れだったの」

「そうですか。では遠慮なくいただきます。ですが、対潜哨戒中に魚獲りとはあまり褒められませんね」

「じゃあ、ぬいぬいは三食タロ芋の煮付けがよかったかしら?」

 

 ここタロタロ島の特産品はその名の通り、タロ芋で島の中央部には有名な群生地がある。万が一、深海棲艦に海上封鎖されるようなことがあっても、島民と艦娘を含めても半年は持ちこたえられるだけの量が収穫できるらしい。

 

「それとこれは話が別です」

 

話は終わりだとばかりに不知火は食事に戻る。どうも不知火はこのノリが苦手だった。いつもはクッションになる初風や長良もいるのであまり意識しないが、さしで向かい合うといつの間にか話の主導権を奪われているので、不知火は心中で警戒しつつ黙々と箸を動かす。

 

「ヤムヤム島のトビウメ艦隊も一躍有名になったわねー。さっきも知らない艦の子から、いきなりお礼を言われて戸惑ったわ~。だってわたし、なーにも知らされてないんだもの」

 

そういわれれば、不知火自身もさっきから遠巻きに視線を感じていたのだった。

 

「すべて、司令の判断のおかげです。ですが戦略的にも戦術的にも今回の海戦は負け戦です。浮かれるようなことではありません。荒潮も平静にしていてください」

 

不知火は箸でイワシをつつきながらそう言い捨てた。ぬいぬいはクールねと言いながらしばらく荒潮も黙って食事を続ける。

 

「そういえば、ぬいぬい知ってるかしら~?」

「不知火は何も存じません」

 

沢庵をコリコリ咀嚼しながら不知火が応じるが、荒潮はかまわず続けた。

 

「司令と那智さん、夫婦げんかでもしたのかしらね~? 司令部から戻ったあと、お互い一言も話ししないのよ」

不知火は口に運びかけた箸を止める。

「こんな状況下です。きっと、お互いお忙しいのでしょう。喧嘩と決めつけるのは早計です」

「だといいんだけどー」

 

そこまで聞いてしまうと、不知火はだんだん落ち着かなくなってきた。

 

――司令と那智さんが喧嘩? 今回あれほどの活躍をした二人の間に何があったのでしょうか? もし喧嘩となれば我が艦隊の運営にも関わる一大事です。不知火には状況を把握する権利が……。いえ、きっとこれは不知火の義務です。

 

不知火はそこまで考えがまとまってから立ち上がった。

 

「このことは不知火が代表して子細を把握します。この話は繊細な問題です。不知火と荒潮の間だけのものとしましょう」

「あらー、加古さんにも言っちゃ駄目かしら?」

「駄目です。まぁ、あの人には言ったところで理解できないでしょうから、実害はありませんが」

――あらあら、随分な言いようね……

「荒潮、いいですか?」

「わかったわー」

 

荒潮は含み笑いを浮かべてうなずいた。

 

 

 その後の丸二日間、近海で哨戒任務のローテーションに組み込まれた荒潮以外のトビウメ艦隊のメンバーは修理もされずにそのまま待機を強いられた。

 日中、那智と不知火はそれぞれの艦にこもりきりで、加古だけがその待機を喜び、宿舎のベッドで高いびきをかいて過ごした。

 一方、トビウメ提督は艦娘らと顔を合わせる間もなく、艦の修理手配や補給の手続き、今後の艦隊行動の指針を決める会議に忙殺されていた。

 その日のスケジュールを一通り終えて、トビウメ提督は愛用のカメラから巻き、取り出したフィルムの現像を基地の情報課へ依頼した。

 幸い前世から持ってきたカメラは銀塩式フィルムカメラだったからいいものの、もしこれがデジタルカメラだったらどうなっていただろう。不思議なことに、この世界にはパソコンが存在しないようだった。そのうえ、流通しているフィルムはほとんどがモノクロで、カラーフィルムは希少なうえに、ひどく高価なのだという。

 司令部のある洋館から宿舎へ行くため埠頭のバース横を通りかかった時、ちょうど岸壁のクレーンが戦艦金剛をタグボートとともにドックへ引っ張りこもうとしていた。艦橋の左側に大きな破裂口があいている。敵戦艦の主砲弾がそこで炸裂したのだ。艦橋上部にある戦闘指揮所は一見そんなに壊れたようには見えないが、トビウメ提督は中の惨状を想像してため息をついた。

 フルカワ参謀は奇跡的に軽傷だったようだが、モトヤマ長官はそれほど幸運ではなかったようで、今でも面会謝絶の状態で治療中だ。そして、指揮所にいた二人を、身を挺してかばったと言われる艦娘の金剛は今でもICUで意識不明の状態が続いていた。

 艦娘は人間とは比べものにならないくらい頑強な肉体をもっており、ケガの回復も驚異的に早い。しかし、決して不死身ではなかった。中には、艦が浮いていても艦娘が「破壊」され、一切のコントロールがきかなくなり、艦を泣く泣く解体した例もあったという。

 出撃前に自分に書類とアイスティーを手渡してくれた金剛の姿を思いだし、トビウメ提督はとても気の毒に思いながらドックへ移動させられる戦艦を眺めていた。

 

 

 宿舎の大きな食堂にやってくると、すでに混雑のピークは過ぎたのか、数グループの艦娘がまばらにかたまっているだけだった。そんな食堂のすみでうどんを手繰っている那智を見つけ、提督は急いで夕飯のお盆をおばちゃんから受け取ると那智の向かいに着いた。

 

「那智さん、お疲れさまー」

 

先日のことで気が咎めていた提督はつとめて明るい声で言った。

 

「ああ、貴様もな……」

 

那智は上目遣いに提督を一瞥するとそう言って、ふたたび箸で麺をつかまえる作業に戻る。

 

「うどん? さすがに三食イワシだと笑うよね。今夜はフライだ」

 

那智は軽くうなずくだけで、黙々と食事を続ける。

 

「とはいえ、荒潮ちゃん達に感謝して……」

 

提督は両手をあわせてから玄米飯とたくわん、おかずはタロイモの天ぷらとイワシのフライという、それなりに豪勢な夕飯を堪能し始めた。

 

「爆雷が底をついている。明日からの航海には、駆逐艦一隻あたり定数の半分しか爆雷を積めないそうだぞ……」

 

那智はきつい表情でそうつぶやいた。トビウメ提督は思わず箸を止めて何とも言えない表情で自分の秘書艦の顔を見つめた。荒潮達駆逐艦が護衛任務中に悪ノリしすぎて爆雷が不足してしまっていることはトビウメ提督自身もわかっていた。そのため、対潜哨戒任務についている駆逐艦たちに口頭で一応の注意が行われたのは昨日のことだ。爆雷不足は確かに頭の痛い問題だったが、今その事を話すつもりもなく、駆逐艦達のもたらした微笑ましいトラブルを、件のイワシを肴に二人で笑い合えればと思っていた。そんな提督にとって、那智の反応はちょっとこたえるものだった。

 那智も自分のまずさを察し、すぐに口ごもったが後の祭だった。二人とも苦い味しかしなくなった夕飯を無言で噛みしめた。

 

「明日は出航の準備もある。悪いが先に休ませてもらうぞ」

 

先に食べ終えた那智はそう言うと盆を持って足早に席を離れていった。

 

「うん、お疲れさま……」

 

残された提督は肩を落として、イワシの残りを始末すべく箸と口を動かした。

 

 

 ずっと食堂の隅から二人の様子をうかがっていた不知火は提督が膳を下げてとぼとぼ出てゆくのを待ってから席を立った。

 

――どうも、荒潮の言うとおり、何かあったようですね。しばらく不知火単独で様子を注意深く見守ることとしましょう

 

不知火はそう独りで納得すると、下膳棚に食器を戻した。

 

――戦争の定石は先を読むことです。もし今後、万が一にもあの二人の亀裂がさらに深まり艦隊が再編されることとなった場合……。新しい旗艦と秘書艦が任命されることになるかもしれません。……この不知火が秘書艦になる可能性がないともいえません。

 

『司令、今日から秘書艦はこの不知火が勤めます。これまで以上のご指導ご鞭撻よろしくです』

『司令、不知火に何かご用ですか?』

『司令、今回からは駆逐艦不知火から指揮をお取りください。ご命令を……』

『水雷戦たん、突撃します。司令は不知火の羅針艦橋より指揮をとってください』

――司令が不知火の艦橋に座乗しての突撃号令……。あら? ちょっと素敵だわ……

「ぬいぬい、なんだか楽しそーねー?」

 

 少々想像が飛躍しすぎてしまい、不覚にも無防備な表情をさらしていた不知火は、食堂の外で待ちかまえていた荒潮から不意打ちを受けてしまった。

 

「一人だといい笑顔するのねー? 何を考えていたのかしらー?」

 

不知火は戸惑いを気取られないように、精一杯無表情な顔をつくろって荒潮に応じた。

 

「一体何のことですか? 荒潮はこんなところで何をしているのですか?」

 

平静を装いつつも、なぜか不知火には荒潮の笑顔がどことなく怖く感じられた。

 

「それで、司令官と那智さんのこと、何かわかったかしら?」

「いいえ。それに司令も那智さんも良い大人です。艦隊の士気にも関わりますから、周りが嗅ぎ回るのは良くないですね。荒潮もくだらないことに気をとられず、目の前の任務に専念してください」

 

不知火は真顔で、まるで一分前の自分に説教するかのように言った。荒潮は笑みを崩さずうなずいた。

 

「今だけは、そーゆーことにしておいてあげる。だけど、ぬいぬい、何かわかったら情報の独り占めは厳禁よー」

 

荒潮はそう言うと、ひらひらと手を振って宿舎の方へ戻っていった。

 一人になってから不知火は舌打ちする。

 

「どうも、あの朝潮型だけは油断がならないわ……」

 

不知火は声も低くつぶやくと自分も宿舎の方へと歩きだした。




ゲームでは荒潮の新ボイスきましたね。ちょっとうれしいです。

トビウメという男は、生前あまり風采のあがらない青年で、女性に特にもてるタイプでもないのですが、艦隊の艦娘からはそれなりに敬愛されています。

当然、主人公補正はあるのですが、トビウメ以外の提督も含めてその理由をちゃんと描けたらいいなと思います。

次回、ちょっと更新遅れます。すみません。
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