艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

16 / 53
インターナルアーマー

 寝苦しい一夜だった。夜勤の事務官に案内された仮宿は司令部の小応接間で、エアコンがない部屋だった。窓を大きく開けて、小さなソファーへ足を折って横になるとすぐに意識が無くなった。

 夢を見ていたが、暑さに耐えかね何度か目を開けたようだったが、思い出せない。前世のことを思い出すような夢だったが記憶に残る前に外界から呼び起こされてしまった。

 

「おい、そろそろ起きろ」

 

 肩を揺すられトビウメ提督は目を開けた。ぼやけた視界のなかで那智の顔がこっちを見下ろしている。

 

「あ、那智さん、おはよう……」

「とっくに起床時間だぞ。五分で身支度しろ。ほら、はじめ!」

「そんなぁ……」

 

そう提督をせきたてる那智の顔には少し笑顔が戻っていた。寝汗で湿ったシャツは不快だったが、提督は少し元気を取り戻したような那智の表情と声を聞き、ほっとしたような気がした。これでいつも通りの自分と那智に戻れるだろうと。

 提督は頭をかきながら腕時計を覗く。時刻は0720。まだ四十分は寝ているつもりだったのだ。提督が不満を言うと那智は鼻で笑う。

 

「なにを言っている。貴様に出頭するよう命令がきたぞ。そんな寝ぼけた顔ではみっともないな」

「出頭?」

 

聞けば、体育館へ司令部付の事務官がトビウメ提督を探しに来たというのだ。

 

「特に話すことなんか無いはずだし、提督の会議は明日の予定だよ」

 

ぶつぶつ文句を垂れながら提督は毛布をたたみ、汗だくのシャツの上から白い制服を羽織った。

「不安ならば、わたしも同行するが……」

「え?」

 

提督は一瞬、迷った。先日のようなこともあるが、憂鬱そうだった那智が少し元気になってきたので、一緒に来てもらうように決めた。那智と共通の用事がほしかった。

 

「うん、じゃあ一緒に行こう」

 

 

 呼び出された場所はその建物の二階にある戦域司令官執務室だった。

 那智を伴って入室したトビウメ提督を迎えたのは、軍令部参謀のフルカワを筆頭とする数名の幕僚達だった。

 どうやらトビウメ提督達よりも一足早く、飛行艇に乗ってこのローリー諸島まで逃げてきたようだ。前回、タロタロ島での面会以来、独善的で強引な言動が目立つフルカワ参謀は、トビウメ提督にとって極力関わりたくない相手となっていた。トビウメ提督の顔は入室するやすぐに硬く強ばってしまった。

 居心地の悪さと不安感のせいか額から嫌な汗がふきだしてくる。なぜか、意識不明のまま今もタロタロ泊地に残されている、元気の良かったあの艦娘金剛の顔が頭をよぎる。

 どうやら、那智も同じような心持ちらしく、その表情はいつになく怖いものだった。それは海戦中に深海棲艦を見据える眼差しそのものだ。

 

 だが、フルカワは二人の硬い表情に気付く様子もなく上機嫌だった。

「よく来てくれたトビウメ提督。こっちへ着いてからというもの、君の話題で持ちきりだよ」

 

フルカワの言葉に幕僚達も笑みを見せて軽くうなずいた。

 

「この度、負傷されたモトヤマ長官の代理として急遽私が長官代理の任に着くことになった。

軍令部も即時反攻を大いに支持している。ブーメラン島解放はそれだけ急務ということだ」

 

――解放? 敵の包囲網を突破して陸軍を救出するのが目的だったんじゃ……

 

そもそもの作戦目標が変わってしまっていることに戸惑うトビウメ提督をよそにフルカワ長官代理は続ける。

 

「しかし、君惜しかったな。戦艦に乗っていたら敵戦艦を最低でも二隻は葬っていたろう」

 

フルカワは顎をしゃくって言った。

 

「やはり、何事も勝負は火力だ。こういう男には早々と戦艦を手配しとくべきだったな……」

「そうですね。急ぎ戦艦を用意させましょう」

「戦艦さえあれば次こそ深海軍を粉砕できますね!」

 

フルカワとお付きの幕僚達は勝手に盛り上がり始めた。

 

――失敗だ……。那智さんを……那智さんを連れてくるんじゃなかった!

 

トビウメ提督に今の那智の顔を見る勇気はなかった。だが、前回タロタロ島の司令部で言いそびれた自分の思いが自然に口からでた。

 

「お言葉ですが、あれは中型艦、小型艦の機動力と、敵の攻撃態勢が整う前に反撃できたから成功したまでです。戦艦であれをやろうとしても、回頭する間もなく敵の集中砲火を浴びることになったと思います」

 

フルカワ達は一瞬、呆気にとられたような顔でトビウメ提督を見つめていた。それは那智も例外ではなかった。

 

 フルカワは露骨に不機嫌な顔になる。

 

「何を言っている。先の海戦の第一の敗因は戦艦不足による火力不足というのが、我々と軍令部の共通見解だ。そもそもトビウメ、貴官自身がその一番の証しを我々に提供してくれたんだぞ」

 

そう言って、フルカワはファイルの間から数枚のモノクロ写真を引っ張りだしてテーブルに叩きつけた。

 

「これは……」

 

その数葉の写真を前にトビウメ提督と那智は言葉を飲んだ。

 それは、いつも現像に使うL版の写真ではなく、一回り大きな印画紙に現像した軍艦の写真だった。間違いなく先の海戦でトビウメ提督自身が撮影したあのタ級戦艦の写真である。

 

「貴官が情報部へ提出した写真は非常に鮮明だった。ネガを飛行艇で急ぎこの島の参謀部に送って調べさせ、いろいろと分かったことがある」

 

おそらく情報参謀と想われる白衣の第二種軍装に金の飾り緒をつけた一人がそう言った。

 

「え?」

 

トビウメ提督は戸惑いを隠さずふと那智へ視線を送ると、那智は唇を噛んで下を向いていた。

 

「トビウメ提督指揮下の水雷戦隊、特に重巡二隻の健闘は認めよう。写真に写った二隻のタ級戦艦の損傷がなによりの証明だ。だが、同時にこの写真は重巡の火力の限界も証明しているのだ。情報部の分析によれば、写真に示された損傷状態では、敵は戦闘力を半減させつつも、バイタルゾーンへのダメージは皆無、もしくは軽微であり撃沈には程遠い状態であったという。また、敵戦艦の二番艦は魚雷を受けて大きく浸水しているが、未だ復原力を大きく保持している」

 

そう言うフルカワ長官代理を前に、提督も那智もまさにぐうの音も出ない有様だった。

 

「タ級は外見こそ大きく破損しているが、タ級のバイタルゾーンを守る水平装甲、垂直装甲ともに重巡の二十センチ砲弾の浸徹をほぼ完全に防いだ模様と、参謀部は報告していきている」

「要するに火力不足ということです」

 

フルカワと情報参謀の言葉を、提督は呆然と、そして那智は歯を食いしばって聞いていた。普段の那智ならば、わかったような口をきくなと激こうするところだが、今日は反論の余地が無かった。何より、重巡洋艦たる自分の存在価値そのものを理詰めで否定されてしまったのだ。悲しいかな、弁舌軽やかに相手の主張をやりこめる余裕が今の二人には無かった……。

 

「でも、僕には戦艦に乗った経験すらありません。こんな緊急時にいきなりそんなもの貰ったところで、ものの役に立たないと思いますが」

 

いつもは人間相手だと万事押され気味になるトビウメ提督が今日は珍しく食い下がった。

 

「おいトビウメ君、いい加減にしたまえ! くたばる前の世界じゃそうかもしれないが、この世界の戦いなんてゲームみたいなものじゃないか! ゲームには必ず攻略の方程式が存在する」

 

フルカワが苛立ちもあらわに言った。幕僚の一人がなだめるように間に入った。

 

「まぁまぁ長官代理。それにトビウメ提督。これは戦略上の要請だし、いうなればこれは上司からの業務命令だよ。君だって会社勤めをしたことがあれば判るだろう?」

「いや、僕は普通のサラリーマンをやったことはなくて……」

 

トビウメ提督が戸惑いながらもそう答えると、フルカワや室内の幕僚達の顔に軽蔑の色が露骨に浮かんだ。

 

「とにかく、火力押しはともかく、僕がわざわざ戦艦なんかに……」

「もういい、もうよせ。これは、命令だ……」

 

言葉を遮ったのは他でもない那智だった。

 

「命令は承知した、長官代理殿。我々なりに戦艦との合同戦術を急ぎ策定する。よろしいか?」

「ああ、それでいい……。もう下がってよろしい……」

 

 那智に制されてトビウメ提督も不承不承に敬礼し、なんとか執務室から出ることができた二人の間には重苦しい沈黙が訪れた。

 最初に口を開いたのはトビウメ提督だった。

 

「なんで止めたの?」

「命令だ。どんな馬鹿げた命令であっても命令は、命令だ……」

「それが昔のあの惨めな敗戦の原因だったとしも? この戦いがゲーム? どうかしてる! あれだけの艦が生きた艦娘もろとも沈んでいったのに……」

 

感情的に言い返す提督に那智は、辛そうな笑みを浮かべて見せた。

 

「それが、私たちの性というものさ。今も、昔も……」

「そんな……」

 

珍しく怒りに震えている提督へ那智は優しい口調で諭す。

 

「貴様に恥ずかしい思いをさせて済まなかった。やつらの言うとおりこれが重巡の限界だ。それに、うちの艦隊に新しく戦艦が来るだけのことじゃないか。貰ってしまった後の運用は、こっちで好きにやればいいことだ。だからそんな顔をするな……」

 

提督は無言でうなずいた。確かに、戦艦をくれてやると言われただけのことだ。

 

 二人が司令部庁舎から出ると。熱帯の太陽が二人を焼いた。

 

「私は戦艦との共同作戦のあり方を考えておく。貴様もその独創的な脳みそでまたおかしな作戦でも考えておいてくれ」

那智は笑って提督の肩を叩いた。

 

「じゃあ、一緒に考えよう。一人より二人。脳みそは多い方がいいよ」

「すまない、少し一人にしてくれないか。……自分の艦で、一人で考えたいんだ。頼む……」

 

 那智は逃げるように提督を残して歩きだした。日頃から対人恐怖症と言ってはばからない提督が、珍しく司令部の者達に毅然とした態度で応じてくれたことは素直に嬉しかった。だが、そんな提督に、軍令部の者達に自分が痛く傷つけられたことを悟られたくなかった。そして、まさか自分が一瞬でも戦艦になりたいなどという荒唐無稽な思いを抱いてしまったことを気取られたくなかった。悔しさとやり場のない怒りを隠す自信がなかったのだ。

 

――今夜は酒が必要だな……

 

とにかく今は誰にも会いたくなかった。暗くなるまで艦で雑務をこなし、日が暮れたら酒を探しに街へ出ようと那智は決めた。それは、苦くてからい、悪い酒になることはわかっていたが、それでも酒が欲しいと那智は思った。




更新が一カ月あいてしまい申し訳ありません。
別の原稿に追われ、更新もままならない有様でした。
実は今月30日のコミケ2日目に出店する友人の手伝いに行く予定なのですが、何を血迷ったのか、艦これ二次小説の短編でも出してみようかなと思いいたった次第です。(さすがに売れるとは思ってないです……。ただ、本になったら楽しいなと思って……。)
The Bridgeの共通世界でのまったく別の泊地を舞台にした短編です。
年内に最低でもあと一回は更新できる予定なので、詳細は後々。

次回は、このお話のもう一組のキーとなる提督と艦娘が登場する予定です。更新は今月中旬から下旬を予定しております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。