艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
「憂いの色濃くたたえていたが、今夜出逢った彼女の横顔はとても美しかった」
その日のマツエダ ヒロヨシ提督の日記にはそう書かれている。
メジロ諸島・巡航警備艦隊の艦隊司令を勤めるマツエダ提督が旗艦の重巡高雄とともにローリー泊地に到着したのはその日の昼過ぎの事だった。ブーメラン島沖での敗退により連合艦隊の再編成が必要となったため、近隣の基地や泊地からは多くの艦隊や提督がローリー島へと召集されつつあった。
艦を停泊させて艦娘の高雄とともに内火艇から桟橋へと降り立つと、熱い太陽とコンクリートの照り返しが二人をジリジリと焼いた。
「高雄ちゃん、暑ければそれ脱いでかまわないよ」
提督も自分の第二種軍装のカラーを開き、扇子でのど元をあおぐ。メジロ島では艦娘の高雄はいつも白いブラウス姿で過ごしているが、今日は司令部へ出向くとあって、正装であり戦闘服でもあるピシっとした紺の上着を身につけていた。
高雄は微笑みながら、ためらいがちにうなづくと上着を脱いでブラウスだけの姿になった。グラマスな体のラインがよりはっきりわかるようになったので、そこまで考えてなかった提督は少し困ってワイヤフレームの眼鏡をかけなおした。
高雄型の艦娘姉妹は提督連中にとても有名だ。仮に災難にあって死んでしまった者も、煩悩から解脱してこの世界へとばされて来たわけではない。言わずとしれた高雄型の艦娘達のグラマスなボディラインは多くの提督の注目と人気の的だった。特に妹の愛宕は開放的な性格も相まって、提督向けに何冊も写真集を出しているくらいである。
秘書艦である高雄も妹に負けず劣らずのプロポーションの持ち主なのだが、真面目で物静かな性格のためか、あまりそれをおおっぴらにして耳目を集めるといったことはほとんどなかった。
「会議は明0900より南洋戦域総司令部の大会議室です。やはり少し早く着きすぎたようですね、提督」
秘書艦である高雄が大きな内海を眺めながら言った。そう言っている間にも別の艦隊が次々と白波を立てて泊地へと入ってくる。湾内には損傷して修理を待つ艦も多くあり、ドックはフル稼働状態のようだ。
対潜護衛のため連れてきた指揮下の駆逐艦達には、燃料補給を終えしだい自由時間にするよう伝えてあった。
「あの子達はちゃんと小銭持ってるかな? ローリー島まで来てうっかりアイスを食べられなかったなんてことになったら、菊月なんかは泣いちゃうだろう」
「提督ったら。そんなこと言われたって菊月ちゃんが知ったら、本当に泣いちゃいますよ。あの子、一度いじけると大変なんですから」
「そ、それは気をつけないとな……ハハハ」
提督と高雄は二人でクスリと笑い合った。
「そういえば港に入るとき、愛宕君の艦が見えたね。もう来ているみたいだよ。会う約束をしてるんだろ?」
マツエダ提督は書類鞄を抱えながらそう言った。
「ええ、一緒に洋食屋さんへでも行こうって。あ、あの、提督もよかったらご一緒にいかがでしょうか? きっと愛宕も喜びますよ」
休憩時くらい自由にすればよいものを、高雄はいつも提督のことを気遣うのが常だった。久しぶりの妹との再会という時までこの調子なので提督は笑って首を振った。
「いろいろ話したいともあるだろう。姉妹水入らずで行ってきなよ」
「でも提督……。ご夕飯はどうするつもりですか?」
高雄は後ろめたそうに言うので、提督はニヤっと笑って沖を指さした。
「私のことは心配いらない。ほら、あそこの伊勢型の横に繋がれているの、見える?」
泊地の一角で投錨している伊勢型戦艦の横に並んでいる平たい小型艦を見て高雄も合点がいった。
「あれは鳳翔さんですね。ということは、今夜は……」
高雄は少し安心したように笑った。
「実は楽しみにしてたんだ。こっちはこっちで好きにやるから、高雄ちゃんも美味しいもの食べておいで」
「わかりました。でも、何かあったらすぐに呼んでくださいね、提督。近くいますから」
愛宕君によろしくと言って高雄を送り出すと、夕暮れまでまだ時間があるのでマツエダ提督は鞄を手にして軍港の外へと歩き出した。
半分は高雄の背中を押す方便だが、提督が停泊中の空母鳳翔の姿を見つけてから、今日の夕暮れが少し楽しみだったのも事実だ。
条件が許されるときにだけ寄港地の仮店舗で開かれる「居酒屋・鳳翔」。料理を得意としている航空母艦娘の鳳翔が趣味を兼ねて、寄港地の仮店舗で小料理屋を開くことがあった。その料理は非常に家庭的ながらも手間暇かけられた逸品で、本土の料亭の板前もうなるほどの出来映えと言われていた。そのため、提督や立ち寄り先の島民達だけでなく、艦娘からも評判だった。他ならぬマツエダ提督自身も、居酒屋・鳳翔のファンの一人だった。
一度、市街地にあるホテルへチェックインして荷物を置くと、再び基地の司令部庁舎に隣接した提督用のラウンジへと顔を出した。そこで知り合いの提督数人と挨拶を交わして暇をつぶしてから、マツエダ提督は外へと出てみると灼熱の太陽は西の水平線へと沈もうとしていた。
港や市街地に灯りがつきはじめる。さすがに地域の一大要港とあって、ここでは灯火管制も関係ないようだ。
――前は煮魚がうまかったが、今夜は何があるだろうか?
そう楽しい想像を巡らせながら、マツエダ提督は基地のゲートを出て市街地へと歩き出した。
市街地は低層の木造もしくはトタン張りの簡素な家屋や商店が連なっていて、時折、トラックや軍用の四輪駆動車がエンジンをうならせて通り過ぎるほかは静かなものだった。
ラウンジで会った顔見知りの提督にあらかじめお店の場所を聞いておいたので、鳳翔の小料理屋はすぐに見つかった。模造紙に「居酒屋 鳳翔」と上品な墨筆で書かれた仮看板が軒下に張り付けられていて、ガラス戸の前には赤紫色の暖簾がはためいている。木造、トタン張りの納屋のような建物にガラス戸が着いただけのシンプルな店構えだ。商い中の札がかかっているので、マツエダ提督は遠慮がちにガラス戸を右へ引いた。立て付けの悪い引き戸をガタガタいわせながらやさしく開けると、熱気ととともに醤油やみりんなどの食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐった。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
白熱ランプのともる中、やさしい声とともにカウンターから和服に袴姿の女性が迎えた。
「あら、だいぶ前ですが、以前も来てくださったことがありましたね?」
艦娘の鳳翔は静かに笑いかけた。提督は熱気で曇った眼鏡をハンカチでぬぐいながら少し驚いた声を出す。
「あんな前のこと覚えていてくれたんですか?」
「ええ、たしかベーリンガー諸島のワンコップ基地だったでしょうか?」
「そうです。ちょっと感激ですね」
「一度来てくださった方の事は決して忘れたりなんかしませんよ。さぁお好きな席にどうぞ」
簡素な建物の割に、店内は装飾こそないもののテーブルもイスもしっかりとしたもので、急ごしらえにしてはとてもおちついた空間に仕上がっていた。
店内にはすでに先客がいて、板張りの上にゴザを敷いた座敷席には四十代半ばくらいのやせた白い制服姿の男と、時代劇の渡世人のような服装のボブカットの女が卓を囲んでいた。きっと中年の男はおそらく提督で、女の方は艦娘だろうと想像した。マツエダ提督はアドミラルキャップを取って軽く会釈すると、先客の二人も軽く頭を下げた。
マツエダ提督はカウンター席のイスにつき、おしながきに目をはしらせる。
「今回は日本酒やワインもあるんですか?」
マツエダは少し驚いて言った。
「ええ、焼酎やウィスキーだけのことが多いんですけど、今回はちょうど定期便が届いたばかりで本土からの醸造酒もありますよ。ただこの暑さですから、どれも早めに飲んでいただいたほうがよいでしょうね」
鳳翔はそう言って朗らかに笑った。
「じゃあ、この本醸造の霧島とカツオのたたきを」
「はい、ただいま」
先客の二人連れは言葉少なに食事をとっているようで、しばらく店の中は包丁の音と鍋の煮える音がきこえるだけだった。
鳳翔がマツエダに冷酒のコップを差し出したとき、引き戸がガタガタと音を立てて開かれた。暖簾の陰から現れたのはすらっとしたスタイルのよい、長い黒髪をサイドテイルに垂らした女だった。
――艦娘か。雰囲気から見るに戦艦娘か巡洋艦娘か
マツエダはそう想像した。
「あら、お久しぶりね。いらっしゃい」
「ご無沙汰しています。いいですか?」
鳳翔の出迎えに、その女は軽く頭を下げてから遠慮がちに尋ねた。
「もちろんですよ。さぁ、お好きなところにかけてください」
鳳翔に促されて、その客はマツエダの右に座席一つあけて座った。
「だるまを。ロックで」
女はそう言うなり、何か思い詰めたような顔で両手を組んだ。
鳳翔は穏やかな表情を崩さず、どうぞとグラスを差し出した。お通しの海草サラダに手をつける様子もなく、その女はウィスキーに浮かびながらゆらゆらと溶けてゆく氷をぼんやりとした目で見つめている。
さっきから何となしに様子を見ていたマツエダ提督はふと声をかけた。
「艦娘さん、かな?」
声をかけられた女は怪訝そうな顔でマツエダの方を向いた。
「いや失礼、見てのとおり提督をやってる。なんだかとても物憂い感じだったから、つい……」
その艦娘は一瞬だけ無理矢理な愛想笑いを返した。
「いや、なんのことはない。心配御無用」
艦娘はそう言ってグラスのウィスキーを一気にあおると、鳳翔におかわりを注文した。
「こちらの提督がおっしゃるように、確かに元気がないようで、私もちょっと心配ですよ」
カウンター越しに新しいグラスを手渡しながら鳳翔も言う。艦娘は無言だった。
なぜだろうか。マツエダ提督には、そのまま無言でいるよりも、ふとこの艦娘の身の上を聞いてみたい欲求が起こってきた。四杯目となった本醸造の霧島が頭に効いてきたことも手伝ったかもしれない。それは単に話題を振っただけのつもりだった。
「そういえば、今、港にはいろんな艦がきているけど、君はブーメラン島へは行った組ですか?」
艦娘の表情が一瞬暗鬱なものへと変わった。
「貴官は参加したのか? あの作戦に」
「いいや、再編の命令を受けて今日到着したばかりだが……」
「そうか……。それは幸運というべきだな。作戦は……それは酷いものだったぞ」
艦娘は苦労自慢をするかのように不敵に笑った。笑みこそ見せたものの、マツエダ提督にはなぜかそれが虚勢を張っているかのようにも感じられた。やはり関心を引いたのか、座敷にいた先客の提督と艦娘がこちらを一瞥したのがわかった。店内の者達の間に再び沈黙が訪れた。
「鳳翔さん、私にもオールドのロックを。それから、彼女にも……」
マツエダはそう言って、隣の艦娘を見た。
「何かの縁だ。一杯ご馳走させてもらうよ。もしかして悪いことを聞いてしまったかな? 過酷な戦いだったとは聞いているだけど……」
艦娘は少し驚いたような顔をしたが、何故か急に辛そうな顔をしてうつむいた。
「いや、幸い同じ艦隊の者は皆、帰還できた。私の司令官は……とてもできた奴だからな。とても……」
そう言って艦娘は声を詰まらせ、口元を押さえたまま黙ってしまった。
「申し訳ない。変なことを聞いてしまった……」
そう詫びてマツエダ提督はしばらく艦娘を見つめていた。涙こそ流してはいないが、彼女の目がうるんでいることに気付き、何がこの艦娘を苦しませているのか、マツエダには想像を巡らせることしかできなかった。
だが、艦娘が次に発した問いは意外なものだった。
「貴官の艦隊には、戦艦はいるか?」
「え、戦艦? ああ、戦艦は一隻いる」
戸惑いながらもマツエダが答えると、艦娘は何度か深くうなずいた。
「そうか……。もし自分が戦艦だったら、どんなだったろうと思ってな……」
独り言のように、そうつぶやいた艦娘は遠くを見つめるような目つきで言った。
鳳翔が二人のウィスキーを持ってきた。
「提督、人も艦娘も深酒は禁物ですよ」
提督は苦笑いを浮かべるが、艦娘はグラスを受け取りながら。悲しそうな笑みを浮かべるとグラスを顔の前に掲げた。
「大丈夫、これが最後だ。沈んでいった仲間に……」
そう言ってまだあまり氷の溶けていないだるまのロックをぐい飲みした。氷だけになったグラスをカウンターに置くと、艦娘は立ち上がって鳳翔にお勘定を求めてマツエダ提督へ無理やりな笑みを返した。
「この一杯に礼を言おう。では失礼する」
艦娘はそう言って敬礼すると、鳳翔へ会計を済ませて足早に店を後にした。
一人カウンターに残されたマツエダ提督はしばらく、隣の席に置かれた空のグラスを見つめた。
「そういえば、鳳翔さん。あの艦娘さんの名前、ご存知ですか?」
先の艦娘の食器やグラスを下げようとした鳳翔に提督がたずねると、鳳翔はええとうなずき、なにか許可を求めるように座敷に座っている客達へ顔を向けた。先客の提督らしき男の方が軽くうなずいた。すると、かたわらのサムライのような服装をした艦娘が代わりに応じる。
「あれは妙高型重巡の那智。確か今は……ヤムヤム泊地の旗艦だったな」
「はい、この前のブーメラン島の海戦でも、那智さん達の活躍で全滅を免れたと評判ですね……。それなのに、何があったのでしょうか?」
――そうか、彼女は重巡の那智というのか……
那智という艦娘のもの悲しそうな横顔を思いだしながら、マツエダ提督はその艦娘の名前を反芻した。
その後、静かに食事を終えて、マツエダ提督は居酒屋・鳳翔を後にした。前回に違わず、料理は絶品揃いだったが、なぜか今回はどんな味であったか全く覚えていない自分がいた。
マツエダ提督はぼんやりしたまま、日の落ちた薄暗い市街地を抜けて海に面した基地へと戻ってきた。時計を見ると、まだ二○時を少し過ぎたばかりである。
灯火管制もなんのその、泊地には無数の艦が信号灯をともして停泊している。
――あの艦娘もこの光のどれか一つなんだろうか
そんな思いを抱きながら、マツエダはしばらく港に佇んでから、軍港に程近い宿舎代わりのホテルへフラフラと戻ってきた。
時計の針は二十一時を過ぎていた。
「あら、提督。お帰りなさい!」
ロビーで待っていたのは秘書艦の高雄だった。妹との楽しい食事もそこそこに自分よりも早くホテルへ戻ってきたのだろう。それでも、高雄はいつものように嬉しそうにマツエダ提督へ笑いかけた。
「ああ、早かったね……」
提督もかすかに笑いかけるが、どこか上の空だった。
「駆逐艦の子達はもうみんな自室に戻りました。やっぱり航海で疲れたみたいです」
「うん……。愛宕君は元気だったかい?」
「ええ、今度はぜひ提督もご一緒にって言っていましたよ」
「そうか……」
マツエダ提督は軽くうなずきながら、フロントでキーを受け取って自分の部屋へと歩きだした。
「あと、先程、メジロ島の衣笠さんから入電があったんですけど、また山城さんがいつものように艦に引きこもってしまったようです」
「ああ、またか……」
メジロ島泊地所属の戦艦山城が周期的に抑鬱状態に陥ってしまうことは、マツエダ艦隊の者達にとってはいつもの事だった。前世でのスリガオ海峡のことや、姉への想いが突発的にフラッシュバックすると、しばらく自室や自分の艦に閉じこもってしまうのが常だった。
「ええと、様子を見て衣笠君には明日以降指示するよ」
どうでもいいと言ってしまったら乱暴だが、今はあまりそのことを考えたくなかった。
「提督も、お疲れのようですね。もうお休みになりますか?」
提督はうなずいた。
「そうするよ。高雄ちゃんもゆっくりして」
「はい、おやすみなさい、提督。明日もがんばりましょうね!」
そう言って高雄は提督に頭を下げると自分の部屋へと歩いていった。
提督は暗い自室へと入り、書類鞄をソファーへ投げ出すと、シーツできれいにベッドメイキングされた寝床へそのまま寝ころんだ。
那智という名の艦娘の横顔が脳裏から離れなかった。しばらく暗い室内でそうしていたが、まだとても寝付けそうもないので、提督は部屋の明かりをつけ、窓を開け放った。生暖かい風が部屋へ吹き込んでくる。
マツエダ提督は書類鞄から黒いエボナイト製の太い万年筆と革表紙の日記帳を取り出し、物書き机についた。
その万年筆はマツエダが前世で最期を迎えるその瞬間、胸ポケットに入れていたものだった。万年筆のキャップをひねり、提督は今日出会った艦娘のことを日記帳へインキで刻みはじめた。簡単に書きとめるつもりだったが、いざ書き始めると、その筆は止まらなくなった。
本作のもう一人の主人公達ともいえる艦娘と提督の登場回となりました。
秋イベントは前半のみの攻略となりました。鹿島人気はすごいですね。元々海外艦にはあまり関心ないほうなのですが、グラーフ・ツェッペリンは欲しかったです。
あ……でも、実際にグラーフみたいなのが来るとガラにもなく那智さんが嫉妬しそう。(以下、妄想突入)そして、やきもち焼いた那智さんかわいい!超かわいい!(反対に鹿島みたいな子が来てもびくともしなさそうなイメージです)
来たる12/30のコミックマーケット89にて、このたび、同人誌を初めて出すこととなりました。友人の出店手伝いついでに出す、ほぼ自己満足の記念出版的な意味合いなのですが…(汗)
本作と同じ世界をベースにした別の泊地を舞台にした短編「The Bridge~君霞む海」を頒布いたします。
我ながら安直なタイトルですが、副題のとおり霞メイン本となります。
なんとか製本も完了し、あとは当日を待つばかりです。
二日目東D03aサークル「Royal Sovereign」内にて艦これ編みぐるみ売り場に間借りしての販売となります。
こちらでは宣伝で作品上げることが許されているかわからないため、下記Pixivサイト内にて1章のサンプルをあげておきました。関心をもたれた方はぜひこちらも覘いていただければ幸いです。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6186108
それでは、皆様もよいクリスマスをお過ごしください。