艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
「どうやら、荒潮の言うことに間違いはなかったようですね」
食堂の長テーブルに着いた不知火は味噌汁に沈んだ油揚げを箸でたぐりながら小声で言った。
「やっぱりそうだったでしょう? 那智さんのあんな顔、初めて見たわ。一体何があったのかしらねー」
はす向かいに座っている荒潮は、デザートのフルーツポンチをスプーンですくいながら笑った。それは緊迫した口調の不知火とは対照的に少しうれしそうですらある。
「艦娘と司令官の信頼関係の悪化は、艦隊の士気と戦力によからぬ影響をもたらします。もしも、お二人の間に不和が起きているならば、和解のため、何らかの手を打つ必要があるでしょう」
不知火は味噌汁をすすってから冷静に言った。
「あらー、それは本心かしら~」
不知火は喉に味噌汁を詰まらせ大きくむせた。
「急いで食べるのは体によくないわー」
不知火は苦しそうに何度かせきこんでから、恐ろしい表情で荒潮をにらみつけた。
「その言葉、聞き捨てなりませんね……」
「確かに自分の心の真実を見据えるのは辛いわー。でも~、もしも那智さんが旗艦じゃなくなるとしたら、その後のことを考えるのはとっても大切なことじゃないかしらー」
「そんな戯言は大概にしてください。司令と那智さんとの間にそのようなこと本当に起こると思っているのですか?」
不知火は射殺さんばかりの視線でにらむが、荒潮は全く動じない。
「あら~、私の司令官はあの人だけだけだけど、私が来るまでに、那智さんの司令官はこれまで三人も変わってるって聞いたわ。ぬいぬいは知ってるでしょう?」
荒潮がヤムヤム島配属になったのはトビウメ提督がやってくる二カ月前のことだった。艦隊運用上の都合により、元々、重巡と駆逐艦しかいなかったヤミヤム泊地に、出向という形で別の艦隊から軽巡長良がやっってきたのはトビウメ提督着任後から一月後のことである。それ以前の泊地の様子はこの拠点に配属されていた那智や不知火達しか知らないことだった。
荒潮の言葉を前に険しかった不知火の顔が沈鬱なものへと変わった。
「残念ながらこの世界にやって来る誰しもが、提督という職務に適しているわけではありません。また、指揮官としてふさわしい人であったとしても、秘書艦となる艦娘との相性がうまくゆかないこともあります。那智さんはたまたま、そのような巡り合わせが悪かったまでのこと。今の艦隊においてそのような心配をすること自体、不謹慎というものです」
不知火は箸を握ったまま、静かにそう言った。
荒潮がスプーンを置いた。どういうわけか、はるかに口数の多かった荒潮のほうが食事を速く終えてしまった。
「そんな話を聞いちゃうと、ちょっといたたまれないわねぇ……」
「荒潮はなにを知りたがっているのですか? 興味本位の詮索は司令にも那智さんにも失礼ですよ」
荒潮はしばらく窓の外へと視線をそらしてからおもむろに不知火の問いに答えた。
「わたし、噂で聞いちゃったんだけどぉ……。なんでもうちの艦隊に戦艦が来ることになりそうよー」
不知火は首を傾げた。
「戦艦……。我が隊は機動性重視の遊撃部隊のはずです。そんなのが来たところで、適切な運用が可能だともおもえませんが?」
「難しい話はわからないわ~。ただ、軍令部から無理強いされたら、わたしの司令官じゃきっと断れそうもないわね~」
「『私達の』司令です」
「あ~、ぬいぬいに荒潮じゃん。なんの話?」
気だるい声とともに加古がお盆をもってやってきた。
「なんでもありません」
「なにもないわ~」
二人の言葉に加古は瞬きした。
「まぁそーならいいけどさぁ……」
加古は荒潮の隣にお盆を置いた。
「じゃあわたし、行くわね~」
加古がイスを引く前に荒潮が立ち上がった。
「うーい、おつかれ~。そういや、提督がさー」
「なんでしょうか?」
「なにかしら~」
それまで煙たそうにあしらっていた駆逐艦の二人は急に血走った目で加古に詰め寄る。
「なになに、そんな怖い顔して? いや、夕べ提督がさ、写真くれたんだよねー。ほらー」
加古はスカートのポケットから四つ切り版のモノクロ写真を取り出した。海戦前にヤムヤム島からタロタロ島へ移動する間にトビウメ提督が洋上で撮った、重巡加古の写真だ。
「見て見て、よく撮れてるでしょ? ここの艦橋の横にいる白いのがあたしだよ。この距離じゃ豆粒にしか見えないよねー」
加古が笑って言う両側から二人は食い入るように写真を見つめた。
「この後ろの黒いシルエットは長良ちゃんだね。あ、ここにぬいぬいも、なんとか写ってるよ」
不知火は額に青筋を浮かべながら、身を乗り出す。洋上に黒いゴマ粒のように写る駆逐艦不知火の姿があった。
「こういうのって、癪よね~」
「加古さん。重巡艦娘ともあろう者がこういうものをひけらかして、恥ずかしくはないのですか?」
荒潮の威圧感に満ちた微笑みと不知火の直球の殺気を前に、加古は訳が分からずたじろいだ。
「えー、この写真そんな駄目かなー? あたしはその、まぁまぁ気に入ってるんだけどなぁ……」
「もう結構です。不知火は作業がありますので失礼します」
「わたしも哨戒の準備があるか行くわー」
はてな顔の加古をおいて、不知火と荒潮は二人仲良くお盆を手に肩を並べて歩いて行ってしまった。
朝の馬鹿らしい提督会議が終わり、トビウメ提督は泊地の病院へ立ち寄って、軍医に手足の包帯を取り替えてもらった。以前から、熱帯では些細な傷も化膿しやすいからこまめに病院へ行くよう那智からよく言われていたのだ。当の艦娘のほうは、人間より遙かに治癒力が優れているようで、トビウメ提督より重傷そうに見えた那智はとうに包帯をはずしていた。
もっとこまめに包帯を変えるよう軍医から小言をもらい、トビウメ提督は生気の失せた面もちで病院を出た。那智とはあれから一度だけ顔を合わせたが、事務的な連絡をしただけで、その後満足な会話はしていない。
この日の昼からようやくヤムヤム泊地所属の艦船にも本格的な修理が許され、重巡那智と加古はそれぞれタグボートに曳かれて五番、六番ドックへと入渠した。午後には本土から航海してきた工作艦明石が入港する予定だった。
トビウメ提督は借り物の作業着へと着替え、安全第一ヘルメットを被って、とぼとぼとドックのある工廠地区へ向けて歩き出した。
熱帯の炎天下、長袖、長ズボンで頬からあごへ玉の汗が流れ落ちる。とにかくローリー泊地は巨大な基地だ。工廠地区まで内湾を迂回して2キロほどあるようだった。
「ここ、レンタサイクルありませんか?」
宿舎がわりのホテルのフロントでそう尋ねると、従業員は一瞬えっという顔をしてからはいはいとうなずいた。
「ああ、貸し自転車の事ですね。うちではやっておりませんが、もしお出かけでしたら軍のくろがねを呼びますよ」
わざわざ自動車を呼んでまでで行く距離でもないと思ったのでトビウメ提督は礼を言ってホテルを出たのだった。
――こんなことなら、くろがねを呼んでもらえばよかったかな……
目的地である遠く入り江の反対側に見える覆い屋とクレーンの方を向きながら、トビウメ提督は岸壁にへたりこんだ。周囲は人影の少ない倉庫街で、ほとんど人影がない。一方の泊地の湾内には多くの連絡用内火艇が白波を立てて行ったり来たりしている。
「ああ、そうだ。こんな歩くくらいなら、内火艇に乗ってゆけばよかったんだ……」
提督は恨めしそうに海上の内火艇を見送る。
――ヒッチハイクするわけにもいかないしな……
こんな日の当たるところでグズグズしていられないので、仕方なく立ち上がったところで、提督は一艘の内火艇を目にとめた。ロングヘアを風にたなびかせたきれいな女性が颯爽と操舵輪を握って内火艇を駆っている。すぐにトビウメ提督は一番近くの浮き桟橋の上まで走って行って手を振り回しながら大声で叫んだ。
「足柄さーん! 足柄さーん! おーい!」
内火艇の主はちらっとこっちに顔を向けてから軽く手を振り返して、内火艇の向きをこちらへと変えた。
「あんなところまで歩く人なんて、あんまりいないわ」
風を切って進む内火艇の舳先で一心地つくトビウメ提督に艦娘の足柄はくすりと笑って言った。
「いや、本当は自転車を借りるつもりだったんだけどね……。でも助かったよ」
「姉さんは一緒じゃなかったの?」
「うん、午前中に会議があったから入渠のため、加古と先に行ってもらったんだ」
「ふーん……。姉さんの事だから時間をみて迎えに来ても良さそうなものだけど……。もしかして、喧嘩したとか?」
足柄がからかうように言うので、とっさにトビウメ提督は否定した。
「け、喧嘩なんか絶対しないよ!」
――そう、少なくともあれは喧嘩なんかじゃないんだ
「冗談よ、冗談。もう、そんなに怒らなくても……」
「別に怒ってなんか……」
「でも良かったわ。姉さんと提督の仲がよさそうで……」
冗談めかしつつも、足柄はしみじみ言うので、トビウメ提督は少し不思議そうな顔をする。
「ほら、姉さんってあんな性格で、ちょっとお堅いでしょ? 提督にもいろんな人がいるし……。トビウメ提督が来てから、姉さん前よりも笑顔が増えたような気がするの」
「そ、そうなんだ……」
トビウメ提督は戸惑いつつも、ここ最近の那智の表情がすぐれないので心が痛むのを感じた。
――今日こそ、食事かお茶でも誘ってなんか楽しいことしたいな……
「そういえば、足柄さんの艦の修理はどうなの? もう済んだの」
話題を変えようとトビウメ提督がたずねた。
「私は明日から一番ドックよ。ちゃっちゃと済ませて、はやくあの憎き深海棲艦どもギッタギタのグッチャグチャにしてやりたいわ!」
怒りいまだ冷めやらずといった表情で足柄が言う。
「ねぇ? もう次の反攻作戦の計画練っているんでしょ? 早く出撃したいわ」
「いや、その、まぁ、ぼちぼちね……」
午前中の馬鹿げた会議を思い出し、提督は少しいたたまれなくなった。
そうしているうち、内火艇は巨大な覆い屋のあるドックの前へとやってきた。
「わざわざありがとう。足柄さんの艦も修理早く済むといいね」
「そうね。あと、せっかく同じ泊地にいるんだから、姉さんも誘って三人でおいしいものでも食べましょ? 勝利への道は何と言っても腹ごしらえよ」
「うん、それはいいね」
岸壁に飛び移ったトビウメ提督は足柄に礼を言って、司令部のある港の方へ戻ってゆく足柄の内火艇を見送った。
高雄ちゃんといい那智さんといい、バレンタインボイスが実にいいですね。
巡洋艦スキーでよかった!と心から思いました。
次回の更新、ちょっと遅くなりそうです。すみません。