艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
五番、六番ドックは一つの大きな三角屋根の覆い屋に覆われたドックで、外からは海に面した一つの巨大な工場のように見える。内部は冷房こそきいていないが、強烈な直射日光に襲われないだけ、露天の通常ドックよりは快適だった。
覆い屋の天井近くを通るキャットウォークからドック内を見下ろすと、水を抜いた巨大な二つのバスタブのようなドックにそれぞれ巡洋艦の船体がおかれていた。普段見上げるほど巨大な巡洋艦が、この時ばかりは風呂場に置いた模型の船のように見える。
――大きいなー。スペースに余裕がありそうだから、同時に不知火の修理もできそうだな
工事はすでに始まっていた。作業の優先順位はもうすでに決めてある。重巡那智の損傷は激しく、泊地の予備資材には限りがあったため、比較的損傷の軽い加古から優先的に修理することとなっていた。
トビウメ提督はドックの底へと降り立ち、先に修理に立ち会っていた艦娘の加古と落ち合った。加古はいつもと同じセーラー服姿だったが、一応提督や周囲の作業員と同じく安全第一ヘルメットをかぶって作業を見守っていた。
「おー提督じゃん。おつかれー」
「損傷の度合いはどんな感じ?」
クリップボードと鉛筆片手に提督が聞くと、加古は両手で口を押さえながら体をよじる。
「うぷぷ、提督、そのかっこ似合わねー」
「忙しいときにふざけると怒るよ! で、修理の見通しは?」
ようやく加古は真面目に説明しはじめた。
「なんか船体のほうは大きな被害や水漏れはなくて、修理は今日中に終わるってさぁ。まぁ、喫水線下の被害は至近弾が数発のみだからそんなもんだろうねー。問題は上構で、こっちは穴だらけだから最低でも三日くらいはかかるかもしれないってさ」
あずき色の錆止めが塗られた重巡加古の艦底を見上げながら提督はうなずいた。
「修理に三日以上と……。これだけ壊れてても、三日で直るというのもすごいけどね。向こうの世界だったら修理に数ヶ月かかるよ」
「確かに前の世界じゃそうだったよねー。あたしらにとっても、この世界は不思議なことばっかだよ」
加古は錆止の塗られた赤い船底をなでながら言った。
二人は梯子や階段を何度も上がって重巡加古の上甲板へとやってきた。破片や瓦礫をのけて、作業に邪魔な機銃座や艤装を撤去してしまうと、ふだんはせせこましいと思っていた加古の甲板はなんとも殺風景でだだっ広く思えた。
「とりあえず左舷の十二センチ短装高角砲は新しく交換するって。主砲砲塔はどれもめちゃくちゃだけど、外装甲と装填機以外は交換しなくても大丈夫だってさ」
二人が前部甲板の方へと歩いてゆくと、主砲塔が納まっていたところはぽっかりと丸く穴があいている。砲塔は揚弾機ごとクレーンで吊り上げて外で修理するのだ。
「それはよかったね。とりあえず砲だけでもきちんと修理できればいいよ。問題は偵察機なんだよな」
トビウメ提督達は煙突後ろの艦載機駐機場へとやってきた。
「カタパルトの修理もそんな時間かからないみたいだけど、肝心の飛行機が今本土から輸送中らしいんで、搭載は後回しになるよ。あとは魚雷か……」
「うんうん、あたしは、水偵ってあんまり頼りにしてないから、ゆっくりでいいよ」
「つーか、少しは索敵の練度もあげてよ……。あとは魚雷か」
提督は呆れてつつクリップボードの修理要目へと目をやる。
先の海戦で重巡加古は敵へ左舷をを向けて交戦したため、損傷のほとんどが左舷に集中していた。タ級戦艦に一矢報いた左舷の六十一センチ四連装魚雷発射管も、その後の被弾で粉砕されてしまったのだ。
「魚雷充填用の酸素発生機も破損してるから、しばらくは空気魚雷のみの運用となりそうだね。機材の予備があまりないらしくて、酸素魚雷準備用の酸素発生機はぬいぬいのほうへ優先的に回したいと思ってるんだ」
加古は鎖の欄干によりかかって眠そうにあくびした。
「いいよ。あたしのメインの仕事は砲撃だと思ってるから。魚雷みたいに、もったいぶってちまちま撃つっていうのはどうも苦手でさぁ……」
「おいおい、砲撃だってちゃんと調整して撃ってよ。弾着の散布界が広すぎるって、那智さん怒ってたぞ」
「ええ~マジで? うーん、それはちょっとまずいかな……」
ようやく悪びれた様子で加古は頭をかいた。
「そういえばさぁ提督。昨日、洋上であたしを撮った写真くれたじゃん? あれを今朝、ぬいぬいと荒潮に見せたら、なんか超不評だったんだよねぇ」
「ええ! そんな……」
不意に写真のことを言われ、トビウメ提督は驚いてクリップボードから顔を上げた。生前はカメラマンを志していたトビウメ提督にとって、写真のことを言われては黙っていられない。
「なんでだろう? あの条件ではそれなりにきれいに撮れたと思ったんだけどなぁ……。明るすぎて露出過多だったかなぁ……。それとも構図の問題かなぁ」
「あたしはあれで十分嬉しいんだけどね。あの二人、随分ムキになってたよ」
「えええぇ……」
――ぬいぬいと荒潮が写真に詳しいとは知らなかったな……。軽はずみに写真なんか渡したら大変だ……。気をつけないと
提督はそう肝に銘じる。
「そういえば、那智の修理、後回しでいいの。旗艦だし一応お気に入りなんでしょ?」
無邪気に加古にそう言われ、トビウメ提督は少し照れくさく感じて苦笑いした。
「加古と一緒にはやく修理してあげたいんだけど、砲も発射管も根こそぎやられているから、今必要な部品や資材は給兵艦で本土から回航中だって」
そっかぁとうなずき、加古は右舷の魚雷発射管の上に座る。
「たださぁ提督、魚雷の射程がいくら伸びても、戦闘で有利なるかどうかは別問題だと思うんだよねぇ……」
「え?」
尻の下の魚雷発射管を見下ろしながら加古はいつになく真面目な顔で言った。提督は加古の意外な言葉に目を丸める。
「今回は運良くあたしの魚雷は当たったけどさぁ。そもそも実戦での水雷戦って敵の真ん前でありったけぶちまけて運良く一本かニ本当たればめっけものって感じなんだよね……」
ふとそうこぼした加古だが、ずっと提督が押し黙っているので急に手を合わせて謝りだした。
「ウソ、今の全部ウソ。今度からちゃんと狙って撃つから、那智には言いつけないで。この通りだから……」
「いや、そうじゃなくて……」
怖くなったのか折檻された子供のように謝りだした加古をなだめつつ、提督考えた。
深海軍より明らかに勝っていると思われる数少ないテクノロジーの一つが九三式酸素魚雷だった。その射程、速力、隠密性ともに深海軍の使うどの魚雷よりも長く、早く、見つかりにくいとされており、軍令部の指導する戦術ドクトリンもその長所を十二分に生かしたものが多かった。
ただ先日のブーメラン島沖海戦のように、魚雷が有効打になりえるのは、もっぱら肉薄した状態での魚雷戦によるもので、酸素魚雷自慢の長射程を生かした射法が、目覚ましい戦果を上げていいるかと問われれば、そうは言い切れないように思えた。
――加古の言っていることは真実かもしれない。時間のあるときに那智さんに相談してみようかな?
提督は隣のドックに見える那智の船体を見つめながら思った。
「あ、那智さん……」
隣のドックに鎮座した重巡那智の後部甲板には、破壊された五番砲塔を撤去してできた丸い穴を検分している那智の姿が見えた。
「ちょっと、那智さんのほうも見てくるよ」
「あいよー」
トビウメ提督はそう言って隣のドックへ移るため乗船橋へと行こうと思ったとき、隣のドックのへりから那智に声をかける見知らぬ男の姿に気がついた。
「あれ? 知り合い?」
それぞれのドックは余りに巨大なため、声が聞こえたり、顔がはっきりと見えるわけではないが、工場内にもかかわらずヘルメットもかぶらず、第二種軍装を身につけているので、作業員でないことはすぐ分かった。
「ねぇ加古。あれ、誰だか知ってる? あそこで那智さんと話してる人」
「いやぁ、あたしは知らないなぁ……」
「そっか……」
トビウメ提督は怪訝な顔でうなずくと加古の上甲板を乗船橋のほうへ歩きだした。誰かは、那智に直接きけば済むことだ。
そんなトビウメ提督の行く先を遮るように、薄緑色の第三種軍装を着た男二人が乗船橋の出口で待ち受けていた。
「ヤムヤム島のトビウメ提督であらせられますね?」
「は、はい」
「参謀部命令により、これよりマラカイ島の第二保養所まで出頭していただきます」
男達は能面のような顔で威圧的に命令した。この世界の住人達も前世からとばされてきた提督達と同じで、様々な人間くさい性格をもって生きているのだが、なぜか軍令部や参謀部お抱えの職員にはこういうタイプが多く、トビウメ提督は苦手意識を持っていた。
「ええ、これからぁ? 僕は今日は修理の立ち会いで……」
「いーよいーよ。こっちは大丈夫だから。あたしだって自分の艦の修理くらいは真面目にやるよ」
迷っても仕方ないので、トビウメ提督はため息をつくと参謀部の遣いについてドックの外へと歩きだした。ふと、重巡那智のほうを振り返ると、あの白い服の提督と那智は那上甲板でまだ話し込んでいた。
第五砲塔のあった場所にはぽっかりと黒い大穴が口を開けている。重巡那智の後甲板で二十・三センチ連装砲の砲塔と揚弾機構が納められていた場所だ。艦娘の那智はその穴をぼんやりと見下ろしていた。これまで疑いを感じたことのない、自慢の二十センチ砲の心臓部である。
だが、今は敵の主砲弾一発で粉砕され、自身の渾身の一撃は敵にまったく効いていなかったということを思い知らされ、那智は自分の半身ともいえるこの艦の戦闘力自体に疑念を抱くようになってしまった。
――ここに三十六センチ砲が積めたら、こんな思いはしなくて済むのにな……
あまり生産的でない想像ばかりして時間が過ぎてゆく。あのタ級戦艦の写真を見せられて以来、自分の貧弱な兵装に苛立ちばかりがつのってきていた。もうすぐ、トビウメ提督が修理手配のためにここへやってくる。
期せずして今回の海戦では本人が思っている以上に大きなことをやってのけ、それでいて、それを鼻にかけることもなく。土壇場のときに期待に応えきれなかった自分に文句一つこぼさなかったトビウメの顔を見るのがなぜかとてもつらかった。常に不完全燃焼の烙印を押された前世の苦い業が那智を苦しめていた。
「わたしはどうすれば……」
そう一言つぶやいたときだった。
「やぁ、また会えたね!」
作業員ではない白い軍服姿の男が右舷側のドックのへりからこちらへ手を振った。見覚えのある男だった。
「ちょっとお邪魔していいかな?」
男は重巡那智の上甲板へ通じる乗船橋へ首を向けてたずねた。驚きながらも那智がうなずくと男は嬉しそうに笑うと乗船橋を渡って艦の上甲板へとやってきた。
「貴官は確か居酒屋鳳翔で……」
「そうそう。重巡の那智君、だね? 申し遅れた。マツエダ ヒロヨシ。所属はメジロ諸島の巡航警備艦隊。知っての通り一応提督だ」
マツエダ提督はかしこまって踵を打ち合わせると、きりっとした敬礼を送る。慌てて那智も答礼して自分の名前と所属を答えた。
「戦艦相手に肉薄攻撃か……。さぞや凄まじかったろう」
マツエダ提督は改めて那智の被害状況を見回した。
「戦果といえるものは、無い……」
那智は苦しそうにそう言った。マツエダ提督はすぐに反論しようかと思ったが、那智の様子を見て言葉を呑んだ。
提督は話題を変えるように那智の艦全体を見回した。
「やっぱり重巡はいいなぁ。今は工事中だけど、修理が終わればきっと美しい艦に違いないだろうね……」
「え?」
予期せず、全肯定ともとれる言葉をかけられ、那智は思わず聞き返す。
「いや、私のところにも重巡が何隻かいるんだけど、どれも美しい艦だし、いざというときには頼りになるし。なによりどんな作戦にも使える」
那智は戸惑いながらも少し笑った。
「そうか、貴官の配下の重巡は優秀なのだな」
マツエダ提督は那智の心中をおもんばかり、軽くうなずいただけだった。
「修理が終わる頃、また寄っても良いかな?」
「ああ、それは構わないが……」
「ではこれにて……」
そういって笑顔で敬礼を送ると、マツエダ提督は乗船橋の上をドックの方へ歩きだした。
参謀部からの迎えがすでに自分を待っていた。マツエダ提督は再び背後のドックを振り返る。あちらこちら工事中で足場やシートに覆われている状態だったが、いつも自分が乗っている重巡高雄に負けないくらい近代的で流麗なフォルムの艦であることがよくわかった。
「綺麗だよな……」
マツエダ提督はそう一言つぶやいた。
きっと加古はいい子に違いない。
やっと更新できました。インフルエンザのせいで更新予定が一週間以上遅れてしまいました。すみません。
そういえば、次回のイベントでは通称「中攻」こと九六式、一式の両陸攻が実装されるようです。
昔から陸攻が大好きだったので、艦これでもはやく実装してくれないかなと待っていました。前イベントでは深海軍もB25らしきものを出してきたので、それへの対抗でしょうか。
The Bridgeシリーズにも、いずれ中攻を出したいなと思っていたのですが、ゲームではどんな運用となるのか楽しみですね。
次回は四月中に更新予定です。