艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
トビウメ提督は参謀部の用意した内火艇に乗せられて、ローリー諸島の内湾である宝石湾上へと連れ出された。ローリー泊地には大小六つの島があるのだが、トビウメ提督達を乗せた内火艇は司令部や工廠、市街地がある本島ことアズライ島から、丁度宝石湾の対岸にあるマラカイ島へと向かっていた。
遣いの職員に自分が召集された理由を尋ねても、理由は承知しておりませんとけんもほろろに返されるだけだった。灼熱の陽光に目を細めながら、トビウメ提督は内火艇の船縁に座って湾内の艦を眺めていた。
この日も、ローリー泊地の宝石湾には無数の艦が錨を下ろしていた。
トビウメ提督が北西の外海へ通じる水路へと視線を転じると、ちょうど艦橋の後方に大型の起重機を三基乗せた大きな艦がゆっくりと宝石湾へと入ってくるところだった。周囲には護衛の駆逐艦と軽巡洋艦を四隻も従えている。
「あれってもしかして……」
トビウメ提督は誰に尋ねるともなくこぼすと、意外にもつかいの参謀部付き職員の一人が、相変わらずの無表情ながらもトビウメ提督の疑問に答えてくれた。
「工作艦の明石かと思われます」
前世より他人にぞんざいに扱われることは慣れているトビウメ提督は、その仏頂面の職員が返答してくれたことに少し驚きつつもうなずいて言った。
「あれが明石……。大きいんですね」
提督は肩に掛けていたカメラを構えるとゆっくりと入港しつつある明石とその護衛艦の一行をフィルムに収めた。
この工作艦明石が給糧艦間宮や伊良湖と並んで、海軍にとって戦略上重要な役割を担った艦であることは那智から聞かされていた。
――このぶんなら不知火の修理も早くはじめられるかもしれない
出迎えのタグボートが明石や随伴艦の出迎えに行く様子をボンヤリ眺めながらトビウメ提督は思った。
十分ほど波に揺られてトビウメ提督らを乗せた内火艇はマラカイ島の船着き場へ接岸した。軍港のごつい浮き桟橋とは違う、田舎のマリーナにあるような木製桟橋に内火艇や手漕ぎボート、小さなヨットなどがつながれている。
その一つにもやいがかけられると、無愛想な参謀部の職員らに連れられてトビウメ提督は桟橋から椰子の灌木林へと歩いてゆく。島の奥へ続く小径にそって数棟のログハウスが建っていて、その一軒から数人の少女達が水着姿で飛び出してきた。
「海水浴もわたしがいっちばーん!」
「待つっぽい! 体操しないで飛び込むと心臓止まるっぽい?」
「はいはーい! 人工呼吸もAEDもスタンバイオーケーよ!」
――どこかの艦隊の駆逐艦かな?
ギャーギャー騒ぎながらすれ違う少女たちを振り返りながらトビウメ提督は思った。周囲を見回すと、道の反対側には短パンにアロハシャツ姿で、ビール片手にバーベキューをしている中年の男性グループの姿が見える。おそらく提督達に違いない。
ローリー諸島の北端に位置するこのマラカイ島は島全体が海軍の保養所として整備されていて、南洋随一のリゾート地といわれていた。実際に条件が許せば、提督や艦娘はこの島で束の間の休息とレジャーを楽しむことができるようになっており、奥にはビーチやゴルフ場、屋外映画館まであるという。
参謀部に呼び出されたこと自体、いい予感などしていなかったのだが、一方でもし自分の艦隊の艦娘達をここへ連れてきたらどうだろうと想像した。
――ぬいぬいはともかく、初風や加古なら喜びそうだ。こんど余裕があったら使用申請出してみようかな……
提督はよく整備されたコテージやログハウスを見回しながら思った。
少し歩くと、シュロの林の奥にひときわ瀟洒で大きなつくりのログハウスが見えてきた。建物の裏で大きな室外機がうなっているところを見るとどうやら、クーラーも完備されているようだ。
トビウメ提督はそのログハウスへ案内され、大きなコロニアル調のバルコニーから屋内へと通された。すぐに夏場の冷房特有のあの爽快感に満ちた冷気がトビウメ提督を迎えた。その心地の浸る間もなく、トビウメ提督は広くて明るい居間へと通された。
洋風のソファーやテーブルが設えられた落ち着いた居間には、案の定、連合艦隊司令長官代理のフルカワをはじめとする軍令部の幕僚達がくつろいでいた。
「ヤムヤム泊地のトビウメです……」
安全第一ヘルメットを手にツナギ姿で挨拶するトビウメ提督を、幕僚一同は怪訝な顔で迎えた。
「やっと修理が始まったところで呼び出されて、その……」
おずおずと弁解すると、フルカワはうなずきながら近くのソファーへと座るよううながした。
「それはすまなかったな。まぁかけたまえ。実は、いい知らせなんだ。君が乗るべき戦艦が見
つかった。その話をしたくて呼んだんだよ」
「ええ? は、はぁ、それはどうも……」
一瞬狼狽したものの、トビウメ提督は平静を装ってうなずいた。とにかく苦手な相手には気持ちに余裕をもって対応しなければと思った。それに、くれるものはもらっておけという那智の言葉が提督を少し勇気づけた。
「な、なんとも、喜ばしいことですね……」
調子のよいお世辞も飛び出た。なんとか乗り切れるかもしれない。
「ああ、まったくな。ちょうど次の作戦の為に、大々的に戦艦供出令を出そうとしていたところだったのでなおさらだ。我々は過去の歴史のように、戦艦を後方に遊ばせておくつもりはない。最強の連合艦隊を組んでブーメラン島を奪還する」
――こんな人でも一応戦史は読んだのか……
はいそうですねと、いい加減な応答をしながらトビウメ提督は思った。
「メジロ泊地のマツエダ提督がおいでになりました」
職員の言葉にトビウメ提督とフルカワ長官代理は振り返る。戸口から現れたのはさっきドックで那智と話していたあの提督だった。
――あれ? この人さっき……
「こんにちは。メジロ諸島のマツエダです。トビウメさんですね? よろしく」
トビウメ提督よりやや年上に見える、知性的で頭の良さそうに見える男が右手を差し出した。眼鏡の奥の柔和なまなざしがこちらを見つめている。
「ど、どうも……」
トビウメ提督もおずおずと手を出して握手をした。自分よりも数段スマートで、人慣れしている男だとトビウメ提督は思った。
「よく来てくれた。さぁこちらへ」
マツエダ提督が近くのイスに腰を下ろすと、フルカワ長官代理は身を乗り出して嬉しそうに言った。
「今回、このマツエダ提督が一番に戦艦を提供したいと申し出てくれた。確か扶桑型戦艦の……」
「山城です」
「そうそう山城。かつてフィリピンあたりのどっかの海戦では旗艦つとめたこともある優秀な戦艦だ。それを是非君に指揮してもらいたい」
「は、はぁ……」
なんとか調子を合わせていたトビウメ提督だったが、フルカワの次の発言には言葉を失った。
「しかし、戦艦と重巡のトレードとは、なんとも釣りあわない取引だが、なんとかこらえてくれたまえ、マツエダ君」
「はい、確かに苦しくないと言えば嘘になりますが、ブーメラン島の今の状況を考えればワガママは言えません」
やや厳しそうな表情でマツエダ提督はうなずく。
――え? 何、トレードって……。重巡と戦艦って何?
予想外の事に、トビウメ提督は青くなる。
「たしか遊撃打撃艦隊の旗艦重巡は……」
「重巡那智です」
フルカワの問いにマツエダ提督は淀みなく答える。
「そうだった。トビウメ提督、君のところの那智と入れ替えるかたちで山城を連合艦隊に供出すると、マツエダ提督は提案してくれたんだ」
――そんな、冗談じゃない!
「せ、戦艦を頂けるのは結構なことですが、その代わりに重巡を出せなんて、そんなの無理ですよ。こっちにだって都合がありますから……」
突然のことに真っ青になりながら、トビウメ提督は慌てて言った。それまでなごやかだった室内の雰囲気が不穏なものに変わる。黙って聞いていた幕僚たちも一様に不安そうな顔をした。それでも、トビウメ提督は喉から声を絞り出すように言った。
「長官代理が考えた最強の連合艦隊にも、戦艦主体の作戦指導にも、僕は異議はないです。でも僕が無理に戦艦に乗らなきゃならない道理もないし、うちの那智と戦艦を交換する必要もないでしょう?」
驚きつつもトビウメ提督は必死に言う。
「なんで、うちの那智なんですか。南洋戦域の地域に絞っても重巡の余力はそれなりにあるでしょう?」
トビウメ提督は必死の抵抗を試みつつ、フルカワと先ほどからずっと黙っているマツエダ提督を見た。
マツエダ提督にとってトビウメ提督の抵抗は意外だった。戦艦をくれると言われれば一つ返事で重巡と交換したがるタイプの提督だとばかり思いこんでいたからだ。実際、提督の中には、その圧倒的火力や防御力、そして戦艦娘の持つプロポーションなどに惹かれて、是非自分の艦隊にもと欲しがる者も多い。
戦艦というエサをちらつかされても配下の重巡への愛着を感じさせるトビウメ提督の様子に、マツエダ提督は少し好印象を抱きはじめたのだが、自分の発言が求められる段となったので、とどめとばかりに口を開いた。
「いくら前線から遠いとは言え、私たちは戦力の中核となる戦艦を手放すわけですから、こちらの艦隊に生じる戦力的空白も決して小さくはありません。その空白を重巡一隻で埋めなければならない。だから、重巡なら誰でもよいというわけではありません。相応の実力と戦歴、練度を保証してもらえる艦でないと困ります。そのなかで、今回目覚ましい活躍を見せた重巡那智は適任と判断しました」
淀みなくそう説明するマツエダ提督に、フルカワや幕僚連中は何度もうなずく。
「わかったな、トビウメ提督。こちらは正式な手続きを進めるので、君は艦隊再編成の準備をしておけ」
「そ、そんな……」
フルカワ長官代理の言葉にトビウメ提督は茫然自失となってつぶやいた。
マツエダ提督は自分が願ったとおりに事が進みよかったと思う反面、目の前の内気そうな若者が少し気の毒にも思えてきた。
「フルカワさん、僭越ながら連合艦隊司令部令として再編命令を出すのはともかく、トビウメ提督にも急なことですので、少し時間が必要では? 艦娘はただの機械や戦闘兵器ではありません。提督と艦娘として心情的な問題もあるでしょうし、頭ごなしに艦娘を異動させては、こちらに来てもらってからの士気にも悪影響を及ぼします。それに、トビウメ提督にも少し気持ちを整理する時間が必要でしょう」
マツエダ提督はうなだれるトビウメ提督を見ながらそう提案した。期せずしてトビウメ提督に助け船を出す形となったが、軍令部の人間の力を借りて無理矢理に艦と艦娘を取り上げるとあっては、自分としても寝覚め悪い気分だったのだ。それに今の情勢下では、トビウメ提督がどんなに拒んでも結果は変わりはしない。
一方、トビウメ提督は冷や汗に額を濡らしながらも少しほっとしたように、弱々しい感謝と親しみの笑みをマツエダ提督へ向けた。それを見たマツエダ提督がいくばくかの罪悪感を抱かなかったといえば嘘になる。
「仕方ない……。一日だけ考える時間をやるから、なんとか気持ちの整理とやらをつけておくことだ。下がっていい」
やむなくフルカワもそれに同意し、トビウメ提督に退出をうながした。締まりのない敬礼もそこそこにトビウメ提督は力なく部屋を後にした。
さほど間をおかずにマツエダ提督も応接室を辞して、桟橋へと歩きだした。保養所のログハウスを出るとマリーナへ続く小径の先に力なく歩いてゆくトビウメ提督の背中が見えた。
相変わらず風は生暖かい。ただ、先ほどの炎天下と青空はどこへやら、空は急にどんよりと曇りだした。南洋の孤島ならどこでもそうだが、天気はとても変わりやすく、一日に一度か二度は必ずスコールが訪れる。
――高雄ちゃんにもらった傘は置いてきてしまったな
マツエダ提督はそんなことを思い出しながら、自分も急ぎ足で内火艇のあるマリーナまで歩きだした。
居酒屋鳳翔での悲しそうな那智の顔と今さっきのトビウメ提督の困惑顔。歩きながらふと、そんな二人の顔が脳裏でオーバラップする
――『とてもできた奴だからな』か……
マツエダ提督は居酒屋で言った那智の言葉を思いだした。
カレンダーを読み間違えて予告より3日も更新遅れてすみません。
今回に限っては艦娘がほとんど出てこない……。
あくまで二次創作作品なので、こういう回が極力少なくなるように努力したいと思います。
以下楽屋ネタなのでどうでもよい話ですが……。
ローリー泊地の設定で自己矛盾や作中設定の混乱をいくつか修正しました。
ローリー島。六つの島嶼型の諸島で、内海は宝石湾と呼ばれる南洋戦域最大の泊地。
もっとも大きな島であるアズライ島には軍港、司令部、工廠やドックの一部、市街地などがある。
マラカイ島、作中に出てきた島全体が軍の保養所となっている。
アメシス島、主にドックや工廠、物資倉庫が集中して置かれている。
ガーネ島、いちばん長い滑走路を持つ航空基地が置かれている島。中攻も発着可能。アズライ島と橋でつながっている。
トルマリン島、第二、第三飛行場が置かれている島。主に艦載機、小型機の拠点。島の港湾部には二式大艇や九七飛行艇の拠点もある。
クォーツ島(ネタ温存のため設定未定)
トルマリン島(ネタ温存のため設定未定)
元ネタは言わずと知れたトラックとウルシー。
話にはほとんど影響ない蛇足の部分ですが、こういう事を妄想するのも創作活動の大きな楽しみだと思いますので、広い心でご容赦ください。
なお、白露は泳ぎながら足くじいて結局村雨の人工呼吸の世話になった模様。