艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
宝石湾の中央に駆逐艦不知火は停泊していた。その右舷には、艦舷が高く駆逐艦不知火の数倍の排水量を誇る工作艦明石が接舷している。
その明石の艦娘はやたら陽気で、独り言の多い艦娘だった。
「随分とやられていますが、船体内部の被害はさほどでもないですねー。このぶんならすぐに修理できそう! それにしても、これは珍しい配置ですね」
明石は駆逐艦不知火の甲板で、艦首と艦尾の兵装を見比べた。艦橋構造物に寄りかかってぼんやりと空を眺めていた不知火はそうですねとぼそりと呟いた。さっきまでは快晴だった空も急に雲量が増えてきた。不知火が待っている司令はまだ来ない。
「艦橋前や甲板に機銃を増設しているのに、二番砲塔は撤去していないんですねー。オリジナルですか?」
それまでいい加減に相槌をうっていた不知火は明石へ視線を戻した。
「先日、内地で妹さんの雪風ちゃんにも会ったんですよ。完全に近接対空強化の装備で機銃のハリネズミのようでしたねー」
「それは話し合って決めたんです、司令と。今の戦況では、極力火力を維持した方がいいということで二番砲塔を残しました。そのお陰で今回も生き延びることができました」
「そうなんですかー。前世でやらなかった配置もオツですねー」
明石は興味津々といった様子で何度もうなずいた。
内火艇の一艘がこちらへと近づいてきた。デッキにトビウメ提督の姿が見えた。
「司令がいらしたようです」
不知火は艦橋の壁から背中を離し、艦首楼甲板から下の甲板へと颯爽と飛び降りた。
内火艇が駆逐艦の舷梯に寄ると、ツナギとヘルメット姿のトビウメ提督がよろよろと舷梯へ飛び移った。
提督はゆっくりと階段から上がって不知火と明石のいる甲板へやってきた。
「遅刻ですよ、司令」
「うん……。遅れてごめん、ぬいぬい。あ……」
そこまで言って、提督はそばに立っているやや背の高い元気そうな艦娘に気がついた。
「ぬいぬい? ああ、不知火ちゃんの愛称ですかー。仲いいんですねー!」
不知火は耳まで真っ赤だ。まぁそうですねと少し弱り顔でトビウメ提督はうなずいた。ただ、どことなく表情は硬い。普段ならもっと怒ってみせるところなのだが、不知火は少し怪訝な顔で提督を見た。
トビウメ提督はわざわざヘルメットをとって明石に会釈した。
「えっと、明石さんですよね? ヤムヤム島のトビウメです。今回はよろしく……」
「はい、工作艦の明石です! 不知火さんの修理ならお任せください! ざっと状態を見せてもらいましたが、損傷は見かけより軽微ですねー。機関系、航海系は簡単な修理で済みそうです。あとは兵装ですが、大きな修理は魚雷発射管と歪んだ主砲の砲身の交換となります」
提督とは対照的に、明石はハキハキとした声で説明する。
「それは良かったです……」
提督はかすかな笑みを浮かべてみせた。
「司令、酸素発生器の搭載ですが、本当に加古さんよりも先に不知火がいただいてよいのですか?」
トビウメ提督は、酸素魚雷に酸素を充填するための設備の復旧を誰よりも先に不知火からすることに決めていた。補充の資材には限りがあり、指揮下の艦船で魚雷を最も有効に使える艦は駆逐艦に他ならないとの判断だった。遠慮がちにそう聞く不知火に提督はうなずいた。
「もちろん、もちろん。魚雷こそ駆逐艦の切り札だし、加古自身が、先にぬいぬいにって……。加古も普段はあんな風だけど、何も考えてない訳じゃないんだよな……」
穴だらけになった不知火の煙突を見上げながら、トビウメ提督はぼんやりと言った。
「そうですか。後ほど改めて加古さんへはお礼を言っておきます。それにしても、あの後ろの砲塔、よかったです」
破片や砲火を受けて穴だらけの二番砲塔を見ながら不知火が言った。
「え? ああ、そうだね。どうする? 兵装このままでいいかな?」
不知火はうなずいた。
「次の反攻作戦も近いのでしょう? 不知火はこのバランスの良い兵装が気に入っています。ところで司令、どこか具合でも悪いのですか?」
いつも以上に歯切れも反応も悪いトビウメ提督を見かねて不知火は言った。提督はなんとも弱々しい笑顔で首を振る。
「ごめん。大切な修理だからちゃんとしないとね……。ちょっと疲れているだけだよ」
「そうですか。ならよいのですが……」
そう言ってるそばから、トビウメ提督は被弾でめくれたリノリウム甲板の裂け目に足をとられて危うく転びそうになった。
「うーん、提督も故障してるかもしれませんねー。一緒に修理しちゃいます? なんちゃって~」
電動ドリルを手にした明石が頭を指さしながらおどけてみせる。不知火がものすごく怖い顔で睨んだので、明石は冗談ですよ冗談と笑いながら作業に戻った。
その後、明石を含めた三人で修理すべき箇所の確認に回っていると、ついに空からゴロゴロと雷鳴が鳴り出した。
「ああー、お天気悪くなってきちゃいました。雨降ると修理の能率も落ちるんで、少し作業を見合わせましょう」
明石に島に戻っていていいと促され、不知火とトビウメ提督は一旦内火艇でアズライ島へ戻ることした。
ぽつりと頭に水玉の当たる感触を感じて空を見上げるや、二つ目、三つ目……。その後は、みるみる土砂降りのスコールとなった。操舵輪を握っていた不知火は内火艇に備えてあった洋傘を開いた。後ろのデッキには呆然とした表情で濡れるがままになっているトビウメ提督がすわりこんでいる。
「あの、司令……。その、もし、よかったら、い、一緒に入ったらどうですか」
不知火はそっぽを向きながら歯切れ悪く言った。トビウメ提督の耳には不知火の言葉が全く届いていないようで、ぼんやりしたままだ。不知火はゴホンと大きく咳払いした。トビウメ提督はようやくびっくりしたように不知火を見る。
「司令、申し訳ありませんが。傘を持っていてくださいませんか。今は不知火が舵を取っているので」
「ああ、ごめん! 舵は僕がとるから」
「いえ、司令は不知火より背が高いので傘のほうを持っていてください」
慌ててトビウメ提督は不知火の手から洋傘を受け取って、濡れないように空へかざす。ピンク色のなんとも女の子らしい傘だ。
「へぇ、意外にかわいらしい傘使ってるんだね……」
「意外は余計です」
「そうだね……ごめん」
真っ赤になった不知火がドスを利かせた声で言うので提督は条件反射的に謝った。
「おや、あれは荒潮ですね」
内火艇のずっと右手を、駆逐艦が停泊場所を求めて微速で進んでいる。
「そういえば近海の哨戒任務から帰ってくる時間だったね。無事に帰ってきたね……」
不知火がそっと見上げると、ようやく少し生気が戻ったような表情のトビウメ提督の顔があった。不知火の仏頂面にも少し笑みが浮かぶ。
「ふふ、司令、手をふってみましょう」
そう言って不知火が大きく手をふる。つられてトビウメ提督も安全第一ヘルメットを持った手を大きくふると、汽笛の音とともに、スコールにも関わらず艦橋の窓から艦娘の荒潮が身を乗り出して手を振った。
「勝利の女神はここよ~、早くつかま……あらあら大変」
離れていたので内火艇まで声は届かなかったが、内火艇の上で同じ傘に入っている二人を見た荒潮の顔が凍る。内火艇上の不知火にだけはそれが判った。
「あーあ、こんな雨の時にわざわざ外まで出て来なくていいのに……」
無邪気な提督は苦笑いしながら、遠くの荒潮に手を振り続ける。
「司令、よい雨ですね……」
「え?」
「よい雨です。とても……」
荒潮の嫉視を存分に感じながら、不知火は一人ほくそ笑んだ。
スコールは激しさを増してゆく一方だった。本島へ戻り、トビウメ提督と不知火が宿舎へとたどり着く頃には二人ともずぶぬれの有様だった。
「そういえば、艦娘も風邪って引くの?」
「当然です。その状態で戦闘となったら、艦の統制にも大きく影響します」
「じゃあすぐ着替えて暖かくしないと」
慌てて言うトビウメ提督に不知火もピンクの傘を畳みながらうなずいた。
「そうします。南方の雨は時として冷たいので、司令も風邪には気をつけてください」
「確かに寒いね。まさかこんな南の島で寒さを感じるとは思わなかったな……。何か温かいものでももらっていこうか?」
「不知火もご一緒します」
そう言って提督達が食堂の出入り口へやってきたところで、出会い頭に食堂から加古がとんできた。
「ちょっと、提督! どうなってんのさ? 那智をクビにして他所の艦隊にやっちゃうって嘘だよねぇ?」
開口一番、加古は泣きそうな顔で叫ぶ。不知火もこれには驚いたようで、言葉を呑んでトビウメ提督の顔を見上げた。
「ど、どうして……」
トビウメ提督の顔は死人のように真っ青だ。
「みんな噂してるよ! 戦艦を配備するために那智を解任するって。ねぇ、提督はこの半年ずっと那智と一緒にうまくやってたでしょ?」
不知火も驚いた表情でたずねる。
「司令、加古さんの言うことは本当なのですか?」
「そんな……。まだ何も決まっていないはずなのに……」
トビウメ提督はそうつぶやくだけだ。
「戦艦が欲しいからって、そんなのあんまりだよ!」
トビウメ提督は立ち尽くしたまま何も答えない。今心配だったのはこの話が那智の耳に入っていなければいいが、ということだけだった。
――もうこんなに噂になっているだなんて。とにかく那智だけには僕からは話さないと
トビウメ提督は慌てて食堂内を見回す。いない。すぐに探しに行こうと宿舎の玄関へ歩きだした提督は、ぴたりと足を止めた。
「あ……」
思わず息を呑んだ。まるでシャワーのような雨のなか、傘も差さずにずぶ濡れの那智が立っていた。
トビウメ提督はうなだれ、那智は身じろぎもせず険しい表情でトビウメ提督を見据えていた。追いかけてきた加古と不知火もそんな二人の様子を見て、かけるべき言葉がみつからない。
「あらー司令官、荒潮もこんなに濡れてしまったわ~、暖めてくれても……って、あらあら?」
どうみても、わざと傘を持たずにずぶ濡れになって宿舎までやってきた荒潮も一同のただならぬ雰囲気を前に押し黙る。
覚悟を決めたようにトビウメ提督が言った
「那智さん、話しが必要だね」
「そうだな」
那智もそううなずいた。
「なんだか修羅場って感じね~」
白いブラウスが濡れて体に張り付いた状態の荒潮が不知火の横までやってきて小声でささやいた。不知火はいたたまれない気持ちになってつぶやいた。
「ええ、本当の修羅場です……」
食堂では人目もあり、落ち着いて話もできないので、那智とトビウメ提督は基地の正門近くにあるカフェへとやってきた。ずぶ濡れの二人組を前に店主のおばさんは一瞬だけ嫌な顔をしたが、元々この世界の人々は艦娘にはやさしい。二人はすぐに屋根付きバルコニーにある席へ通された。雨のせいで店内には他に客はおらず、貸し切り状態だった。
席についても、しばらく二人とも言葉が出ない。猛烈な雨音と時々雷の轟音が聞こえるだけだ。湯気の立つココナッツ入りのコーヒーを一、二度口にしてから、トビウメ提督は今日の出来事をとつとつと語った。
「マツエダ……」
トレードの相手方の名前が出たとき、那智は少し顔を上げてそうつぶやいた。
「それで、貴様はどうするつもりなんだ?」
一通りの経緯を聞いた那智は提督を見据えて問う。
「やっぱり、その、つっぱねる……べきだと思うけど……」
艦娘の事に気をつかいつつも、それでいて頼りなくもごもごと煮えきらない提督を、那智は内心とても苛立たしくも、一方でとてもいとおしく思った。顔の表情は険しくとも、那智はトビウメ提督が彼なりに必死になっていることだけはよくわかり、そのことだけは嬉しかった。
「言っておくが、わたしには決められんぞ。人と同じ体と考える頭、そして心を手に入れたが、あくまでわたし達は戦うための船。一緒に考えてやることはできるが、重い決断を下すのは貴様たち提督の仕事だ」
那智はわざとそう突き放すように言った。今言ったことは真実だし、もう行く末はだいたい決まっている。それが最善かどうかは那智にもわからなかったが……。
一瞬、テラス席も紫色の雷光に照らされ、轟音が空をふるわせる。どうやら宝石湾の中に落ちたのだろうか? かなり近かったようだ。
だが、今の二人にとっては雷鳴など遠い世界の事だ。身じろぎもせず、湯気の立たなくなったコーヒーを見つめる。
「知っての通り、わたしには敵の戦艦を葬るだけの力はない。これは現実だ。そのことで作戦上不都合なことが予見されるなら、迷う余地はないのだぞ」
提督は黙っていた。
「貴様……」
「一つだけ。一つだけいいかな……」
那智の言葉を遮って提督が言った。
「那智さん個人の考えでいいんだけど。この変な世界で、那智さん達は何のために生まれてきたのかな?」
那智はコーヒーコップから顔を上げた。
「艦娘や僕たちは何のために戦っていると思う? 前世でやり残したことをこっちでやり遂げるためなのか、それとも……」
提督は店の奥でテーブルを拭いているおばさんへと目をやる。
「この不思議な世界の人々をあの船の化け物から守るためなのかな?」
那智自身その疑問は何度も抱いたこともある。確かに前世のどす黒い、苦い記憶を少しでも「そそぐ」ことが、この世界で生きてゆく大きな糧であることは間違いない。だが、それだけなのか。得体の知れない化け物に浸食されつつあるこの不可思議な世界で、自分の『道具』としての本分を忘れたことは一度もなかった。
「きれいな世界だな。こっちの世界も、前の世界も……」
那智はスコールの降りやまぬ椰子の植えられた街路へと顔を向ける。
――前世の業を乗り越えることも気にならない訳ではないが……
「戦うことと守ること、兵器としての本分を忘れたことはないさ。今、ここで求められることに最大限力を尽くすのみさ……。だから貴様も私情は捨てろ。なにが一番大切か、それを考えて決めるんだ」
「そう、わかった。ありがとう……」
トビウメ提督は苦しそうにうなずいた。また雷が鳴った。ブーメラン島の陸軍部隊救援が今求められている最大の課題だった。時間も機会もそう多く残されてはいない。火力、タ級戦艦、二十・三センチ砲、インターナル・アーマー……。
トビウメ提督は深く深呼吸してから真剣な顔で那智を見据えた。
「決めた。軍令部の指示に従い、那智さんを遊撃打撃艦隊旗艦の任から解くよ。代わりに戦艦を艦隊に迎えることにする」
那智は一度目を閉じてからうなずいた。
「承知した。貴様が熟慮の上、決めたことだ。異議はない……」
那智はそう言ってニッと笑って見せた。ひどい笑顔だった。
「よく決めたな。貴様はよくできたやつだ。それにしても、少々甘かったがうまいコーヒーだったな。ここはわたしが払ってやる」
那智はそう言って立ち上がると、水を吸ってクニャクニャになった軍票をテーブルに置いて逃げるように店から出て行った。
トビウメ提督は動かなかった。追うべきだと思ったが、体が動かなかった。今日のスコールはずいぶん長く、まだ止む気配はない。トビウメ提督はすっかり冷たくなったコーヒーを飲み干した。さっきまで甘かったはずのコーヒーが、今はなんの味もしないまずい液体にしか思えなかった。
那智は喫茶店を後にして足早に桟橋へと歩いていった。無理につくった笑顔は店を出るときすでに崩れていた。こみ上げてくるものをとにかく腹に飲み込む。基地の門を過ぎたところからはひとりでに走り出していた。
今、自分の顔を誰かに見られたり、声をかけられることだけは避けたかった。
桟橋まで走ってきた那智は自分の内火艇に飛び乗るとすぐに第五ドックへと舵をきった。猛烈な雨が顔当たるのもかまわず、那智は内火艇を駆って第五ドックの建屋へと駆け込んだ。
休憩時間だったのか、幸い工事中の艦に作業員の姿はない。那智は駆け足で自分の艦の艦長室へやってくると中から鍵をかけた。この部屋は那智が私室として使っている。すぐに戸棚からウィスキーの瓶を取り出しコップに注ぐと一気にあおる。ダルマを何かで割りもせずに飲み込んだのでのどが焼けてゲホゲホとむせた。
ジャワ島、アッツ、そしてフィリピン……。この世界で自分の元から去っていった提督連中、タ級戦艦とその写真、トビウメ提督……。前世とこの世界での思い出が一気に脳裏にフラッシュバックした。
「また、半端な終わり方なのか。こっちでもわたしは……クソ! トビウメ……トビウメ……」
那智は艦長室の寝台に顔を沈めて嗚咽した。
辛気臭い部分を書くのが特に下手くそです。その点、なんか明石とぬいぬい部分は書きやすかったな。
先日、同じ提督やっている友達とご飯を食べていた時のこと。
その友達が最近は萩風にご執心だと知り、よせばいいのに喧嘩をふっかけた。かつて彼が不知火を「不審火」呼ばわりしてdisっていたことを思い出したのだ。
私は萩風を「健康マニアとかいって、あの子絶対、磯風と並ぶ隠れメシマズちゃんだよねw」と煽ったらからさぁ大変。
「は?何いってんの? 体にいい食事作ってくれるんだぞ!」
「体にいいものが美味いわけないだろ!」(←この時、私たちはハンバーガーを食べていた)
そんな調子で危うく殺し合いになりそうになった。
その後、お互い冷静になり、「同じ陽炎型でもこの有様だから、宗教の話はほんと気をつけないと」と反省しました。