艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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最果ての初風

 ローリー島のはるか遠く、最前線の拠点シューズ・ベラ島。連合艦隊の主力が後方へ撤退してしまってから、この拠点には外洋航海ができないほど損傷を受けた艦とその艦娘が大勢取り残されていた。

 そんな取り残され組の一人である駆逐艦娘の初風は今日も浮かない顔で宿舎の壁に張られたカレンダーにバツ印をつけた。もう今日で十日目である。

 

「どうなってんのよ……。もうこんなに経っちゃったじゃない……」

 

初風はマジックペンにキャップをしながらつぶやいた。

 先のブーメラン島沖海戦で自分の艦は大破し、自身も重傷を負った初風は、この小さな基地の艦娘専用の病院に収容され、退院まで全治八日と診断された。

 艦娘は人間と比べて、遙かに頑強で怪我の回復も驚異的に早い。ただ、決して不死身ではなく、再生できないほどのケガを負って手足を失ってしまうこともある。

 幸い初風はそのような深刻な傷を負ったわけではなかったが、額や両腕両脚、腹部に背中と、どこも包帯とガーゼまみれで絶対安静を余儀なくされた。そうして大きな病室のベッドの上でケガの回復を待つことになったのだが……初風がこのシューズ・ベラ島を嫌いになるのにはわずか三日で十分だった。

 トビウメ提督達がシューズ・ベラ島を撤退した日の夜から、初風は毎夜、ガリ版刷りのカレンダーにペンでバツ印を付け始めた。一緒に島に残った長良は毎日見舞いに来てくれるが、夜のなると急に孤独感におそわれ涙がこぼれてくる。

 

「不知火……那智さん……司令官……なんで、みんなして行っちゃうのよー」

 

広い病室には他の入院中の艦娘も大勢寝ているので初風は枕に顔を押しつけてグスングスンと泣き声を押し殺していると、突然となりのベッドから不敵な低い笑い声が聞こえてきた。

 

――ヒッ、な、なんなのよ一体……

 

初風がぎょっとして顔を上げると、頭まで布団をかぶった艦娘がわずかに頭と目元だけを布団と枕の間から覗かせて初風を凝視している。黒くて長い前髪の隙間からギラリと光る右目がなんとも不気味だ。

 

「フフフ……。おさびしいのですね……」

「うっ。べ、別にさびしがってなんかいないわよ!」

 

初風は肝を冷やしたが、平静を装って反対側へと顔を背けた。隣のベッドは確か夕雲型の早霜とかいう艦だったと初風は思い出した。前世でもこっちでも特に関わったことはなく、物静かな艦なのでこれまで話すことはなかったが、なんとも気持ち悪い艦の隣になってしまったものだと初風は我が身を哀れんでいるうちに眠りに落ちた。

 次の日も朝一番に長良が勢いよく病室に飛び込んできた。

 

「初風ちゃん、具合はどう? 元気になった?」

「いや、その……。まだあと一週間は安静にしていないと駄目だって言われてるんで……」

 

やっと、腕の包帯一枚がとれたばかりの初風は苦い愛想笑いを浮かべる。

 

「そっかー、退院したら一緒にリハビリしようね! さーてもう一周行っちゃうかなー」

「は、はぁ……」

 

そう言いうと長良は初風にさわやかなVサインを送って、またどこかへ走っていってしまった。

 

「元気のよい方ね……」

 

またも急に低く沈んだ声が背中から投げかけられたので、初風は背筋にゾクゾクとしたものを感じて振り向いた。

 

「な、なによ……。いきなり声かけないでよ! びっくりするじゃない」

 

声の主である駆逐艦娘早霜は今度も目元まで布団をかけたまま初風を凝視している。声音こそ薄気味悪いが、どことなく嬉しそうにすら見える。初風は、自分がこの薄気味悪い隣人におちょくられているかのようで、少し腹が立ってきた。

 

「初風さん……。初風さんはあの不知火さんと同じ艦隊なのね。あなた達の司令官はいい人ね……」

 

早霜は布団をかぶったまま不意に話し出した。

 

「は? あのバカ司令官が? ふーん、どうだか」

 

そう突っぱねてみてから、初風は思う。

 

――見かけや性格は頼りないけど、まあ優しいし、今回も助けてくれたし、確かに嫌いじゃないわ……って、何考えてんのよ、わたし

 

脳内で勝手に自爆した初風は赤くなってそっぽを向いた。

 

「不知火さんは、わざわざ命令違反をしてまで、沈みかけていたわたしを助けてくれたんです。そのために、不知火さんが危険な目にあったり、なにか罰を受けてしまうのではと、心配でならなかったわ……」

 

早霜は背中を向ける初風にそう言ってまたもフフフフ……と笑った。

 不知火のことが早霜の口から出たので、実は結構気になってきたのだが、いまさらそれを態度に出してはバツが悪すぎる。初風はそのまま背中を向けていた。一方の早霜はそんなつれない初風に構わず一人でボソボソとつぶやき続ける。

 

「不知火さんそれはキラキラしていたわ。フフフ…那智さんとあの司令官は港の防波堤の先でずっと不知火さんが来るのを待っていたみたい。あなた達の司令官と不知火さんが二人になったとき……フフフ」

 

初風のやせ我慢もそこまでだった。ぐるりと早霜の方へ向き直ると頬を赤くして言った。

 

「さっきから笑ってばかりいないで、はやく肝心なことを言いなさいよ。まさかあのバカ、不知火に酷いことしたんじゃないでしょうね!」

「早霜は見ていましたよ。不知火さんは制裁を覚悟していたみたいでしたが、司令官は不知火さんの頭をそれはやさしく撫でてあげたんです。不知火さん、驚いたでしょうし、とても嬉しかったでしょうね……フフ、フフフ、フフフフフ」

 

なんともほんわかした話をまるで怪談話のように語り終えると、早霜はまたも静かに笑った。

 

「ええー! し、不知火もあんな澄ました顔して、ちょ、チョロすぎよね、まったく……」

 

そういって初風はベッドの反対側へと体を戻した。

 

――なによ不知火、抜け駆けもいいところじゃない! そういえば、荒潮も何もしてないくせに司令官に頭撫でてもらって……。って、もしかして駆逐艦で司令官に誉めてもらってないの私だけじゃないの!

 

なんとも悔しくなって、初風は布団を被って静かにすすり泣く。

 隣のベッドからの泣き声を聞きながら、早霜は口元に笑みを浮かべる。

 

――フフフ、初風さん。絵に描いたようなツンデレね……フフ、フフフ、フフフフフ

 

「おお!」

「ま、眩しい……」

「天使だ! マジで天使だ!」

 

 廊下からそんなどよめきが聞こえてきたのはそんなときだった。

「皆さん、包帯を替える時間ですよ」

病室内に柔らかい声が響き、入ってきたのはナース服姿の空母娘、翔鶴だった。

 ブーメラン島沖海戦の直前、このシューズ・ベラを出航直後に敵潜水艦の魚雷を受け大きな損傷を受けた空母の艦娘だった。艦娘の翔鶴に怪我はなかったが、魚雷二本の被雷により左舷艦底に大穴があき、現在も第一ドック修理中だった。湾内には初風や長良だけではなく、ブーメラン島沖海戦で損傷した艦が多数、座礁や着底寸前の状態で修理の順番を待っている状況だった。

 その状況に気兼ねした翔鶴は、元来の優しい性格も手伝って人手の足りない病院で負傷した艦娘の看護を買ってでたのだ。

 

「痛いところはない? 今新しい包帯を巻いてあげますからね」

 

 上下白の看護服に身を包んだ清楚な翔鶴の甲斐甲斐しい介護に、負傷したうえに自分達の司令官や僚艦と離ればなれになった艦娘達は大いに励まされることになった。だが、どういうわけか翔鶴が病院で手伝いを始めてからというもの、島に残っていた提督達や島民の間に体の不調を訴える者が続出しはじめたのだ。

 

「急にお腹が痛くなってしまった。緊急入院が必要だ」

「漁に出ていたら、釣り針で指を刺しちまったよ。ものすごく痛むんで是非海軍の病院へ入院したいんだけど」

 

先の翔鶴登場の際に廊下でうれしそうな声を上げたのはこういう手合いだった。美しい花に群がる小バエのごとく、病院もとい翔鶴へ殺到する自称患者達を病院から追い払うのに憲兵隊はとても手焼くことになるのだが、それはまた別の話である。

 同じ部屋の艦娘達の介抱を終えた翔鶴は布団をかぶっている早霜へ声をかけた。

 

「早霜も包帯を替えないとだめよ。そんなに布団をかぶって、暑くはないの?」

「ええ、実はとても暑いわ。フフフフ」

「ほんと早霜はおもしろいわね。さあ腕を出して」

 

そう優しく笑って翔鶴は早霜の腕に巻かれた包帯を解いてゆく。

 

「もう少しで包帯をとっても大丈夫そうね。でも気温も湿度も高いから消毒だけはこまめにしないとだめよ」

そういって早霜の腕にきれいな包帯を巻き直した翔鶴は、布団に身を隠す初風へ声をかけた。

 

「初風ちゃんも古い包帯は取り替えましょう。ちょっとだけ起き上がってね?」

 

翔鶴はそう優しく声をかけて掛け布団にそっと触ると、初風は突然布団を跳ね上げる。

 

「ちょっと、初風ちゃん。大丈夫よ、落ち着いて」

 

驚いた翔鶴は一生懸命になだめるが、初風は翔鶴の胸に抱き着いてわんわん泣くばかりだ。

 

「もうイヤよ、こんな島。じらぬいー、なぢさーん、じれーがーん……、はやぐむがえにぎでよぉ……」

 

初風の入院生活はまだ終わらない。

 

 

 

 物事は動きだすとあれよあれよという間に進んでゆく。トビウメ提督が連合艦隊司令部へ艦隊再編を受け入れる旨を返答したのは、トビウメ提督がマラカイ島へ呼び出された次の日の午後だった。

 重巡那智の異動に関わる書類手続きは司令部付きの役人達の手によってあっという間に処理され、あとは重巡那智の修理完了と戦艦山城の到着を待って異動日とすることが決まってしまった。

 話は少しさかのぼって、トビウメ提督が艦隊再編命令を受け入れる電報を司令部送る三時間前。

 トビウメ提督はマツエダ提督の滞在するホテルのロビーを訪れた。

 ロビーで十分ほど待たされてからやってきたのは、黒い髪をボブカットにして、白いブラウス姿のやさしそうな女性だった。

 

「はじめまして、重巡高雄です。トビウメ提督ですね? マツエダ提督はすぐに参ります。今少しお待ちくださいね」

 

そう挨拶した秘書艦の高雄はほがらかに笑った。

 

「そういえばブーメラン島でのご活躍、うかがっています。わたしの妹の摩耶を救ってくださってありがとうございました」

 

トビウメ提督は愛想笑いを浮かべていえいえと言った。

 

「そちらの艦隊には、重巡は多いんですか?」

「どうでしょう? わたしの他にもう一隻。あと那智さんがくれば三隻になります。マツエダ提督はほんとうに重巡を気に入ってくれたみたいで、わたしもすごくうれしいんです」

 

高雄は少し頬を赤くして言った。

 

「お待たせしてすみません、トビウメ提督」

 

 マツエダ提督が小走りに階段をおりてきた。

 

 シュロ林の木陰にあるホテルのテラスにおかれたテーブル席に二人は座った。すでに朝日に暖められた熱気が周囲をおおいはじめていた。

 トビウメ提督は切り出した。

 

「昨日お話しのあった件……。お受けするつもりではいるんですが……」

「そうですか」

 

マツエダ提督の顔が一瞬明るくなった。

 

「ただそれには二つお願いが。それがかなわない場合は司令部の命令を拒絶し自分の泊地へもどるつもりでいます」

 

あまり穏やかでないもの言いにマツエダ提督は顔を曇らせた。

 この世界の海軍は、体裁こそ軍隊式の組織を装っているが、内実はそれぞれの基地に散らばった提督と艦娘達の緩い結束と協力によって戦線を維持しているという体制だった。仮に軍令部や司令部から至上命令が下ったとしても、それに無視したり、抗命することができた。処罰や拘禁などということはまずありえず、重い場合でも艦隊の指揮権剥奪や物資を積んだ定期連絡船の停止などのペナルティーがせいぜいだった。もっとも、深海軍の侵攻が激しく、各地で防戦に追われる提督達が軍令部からの命令に大きく背く例は少なかった……。

 

「それで、条件とは?」

「まずは、工作艦明石のタロタロ、シューズ・ベラ進出を求める意見具申を求めるつもりです。マツエダさんからも、参謀や司令長官代理へはたらきかけていただけませんか? あそこにはまだ十分な修理ができていない艦がたくさん残されています」

「明石ですか……うーん」

 

工作艦明石の希少性と重要性はマツエダ提督も認識していたので、少し考え込む素振りを見せた。

 明石はその重要ゆえに、軍令部が前線へ進出させることをためらっていた。

 軍令部も連合艦隊司令部もすぐにはうんと言わないだろうと予想された。だが、このローリーには今でもタロタロ島とシューズ・ベラ島に自分の艦隊の艦娘をそこへ残したままの提督が多くいるのも事実だ。

 今ここで拒めば艦隊再編の提案がお流れになってしまうこともあり、マツエダ提督はそれを承諾した。

 

「ええ、いいでしょう。私からも提案してみます。それで、二つ目の条件とは?」

 

トビウメ提督は軽くうなずき、硬い表情のまま言った。

 

「こちらもとても大切なお話です」

 

 数分後、トビウメ提督が足早に立ち去った後も、マツエダ提督はテラス席にボンヤリと座ったままだった。

 

「提督、ちょっと暑くなってきました。中へ入ったらどうですか?」

 

高雄が提督を心配して外へとやってきた。

 

「ああ、そうだね」

「ところで提督、今回の山城さんと重巡の那智さんの配置転換、急なお話でわたしも少し驚きました」

 

マツエダ提督は少し歯を見せてニヤっと笑った。

 

「連合艦隊が高い火力をもつ戦艦を欲しがっていてね。山城君も泊地でじっとしているよりその方がいいんじゃないかなと思ったんだ。それに……うちに重巡が増えるのはいいことだろう、高雄ちゃん」

 

そう笑顔を見せるマツエダ提督に、高雄は元気に「はい」とこたえたものの、高雄は今まで感じたことのない理由のない不安を抱きはじめた。

 

 

 

 八日間の療養期間を経て、初風はやっとシューズ・ベラ基地の病院を退院した。入院六日目にやっとあの妙な隣人である早霜が退院してゆき、気分的に少し落ち着くことができたのだが、その後の二日間はどういうわけか猛烈な孤独感におそわれた。

 看護士・翔鶴に慰めらながらなんとかつらい二日間を乗り越え、晴れて退院となった初風を迎えたのは同じトビウメ艦隊の長良だった。よろよろと病院から外へと出てきた初風は強い陽光に思わず目眩を感じた。

 

「初風ちゃんよく頑張ったね。さぁ、これからはすぐに実戦に復帰できるように一緒にリハビリしよ? まずは島内一周のランニングからはじめよっか!」

 

元気にそう言う長良を前に初風は別の意味での目眩に襲われてふらついた。二人とも艦の修理は終わっていない。昨日やっと空母翔鶴の修理が終わったばかりで、今は巡洋艦が二隻入渠している。

 

「うーん、ちょっと体が追いついていなみたいだから、最初はまずストレッチからにしよー!」

 

長良はそう言って病み上がりの初風を炎天下の砂浜へと引っ張りだした。

 熱中症と貧血になった初風が、退院したばかりの病院へ再度かつぎ込まれたのはそれから三十分後のことだった。

 

「ごめん、初風ちゃん! わたしつい調子乗っちゃって……。今度はもっと軽いメニューにするから。だからしっかりして!」

 

そう言って半ベソになって長良が詫びる。

 

「だ、大丈夫よ……。たいしたことないわ」

 

――こ、今度って……。ああ駄目、なぜか妙高姉さんの顔が見えるわ……

 

初風はベッドの上で意識を失った。

 翌日、なんとか回復した初風は、長良に見つからないように朝一番で病院を飛び出した。初風は港で小さな内火艇を借り、湾内でブイにつながれている駆逐艦初風の様子を見に行くことにした。

 わざわざ近寄らなくとも、駆逐艦初風の損傷の酷さは一目瞭然だった。煙突はふたつとも倒壊していて、前後の魚雷発射管は吹き飛んでしまったのか影も形もなかった。三基の砲塔は、どれも上から踏みつぶされた空き缶のような状態で、どれもまともに動きそうにない。自分がいた艦橋も屋根が吹き飛んで今にも崩れ落ちそうだ。

 

――あんなところにいて、わたしもよく助かったわねー

 

初風は、内火艇の上から自分の艦の艦橋を見上げしみじみと思った。

 初風は陸へ戻ってからはずっと岸壁へ座り込んで海を眺めていた。空母翔鶴の修理も終わり、今は軽巡洋艦二隻がドックへ入って修理を行っている。だが、湾内にはまだ多くの艦が沈没寸前の状態で残っており、初風の番まであとどれほどかかるのかわかったものではない。

 空襲警報のサイレンが鳴ったのはそんな昼下がりの頃だった。島中の拡声器からサイレンのウーウー唸る音が響く。

 

――敵機襲来! どこ?

 

 初風は陽光の眩しさに目を細めながら空のあちらこちらへ視線を走らす。島の上空を薄雲が覆っているせいか見えない。周囲の艦娘や作業員も大慌てで走ってゆく。

 本当なら初風も艦を港外退避させるところなのだが、今は艦も動かせず、罐の火も落としてしまっているのでそれもできない。兵装もすべて失われていて、なにもできない状態だった。

 雲の隙間からちらっと黒いものが見えた。かなり高度の高いところに黒い十字状の物体が三つ。

 深海軍の航空機は巡航時は団子にひれをつけたようなものや手足のない甲虫みたいな形をしているが、いざ戦闘となると急に定規のような翼を伸ばし、スリムな円筒形な胴体となって、まるで前の時代の飛行機のような姿へ変化する。初風が見つけた敵機はすでに戦闘形態に変化してゆっくりと島の南側から北へ進んでいるようだった。

 すぐに基地の高射砲が一斉に撃ちはじめた。初風は両手で耳を押さえながら呆然と空を見上げる。敵機の近くで太陽の光に小さな何かがキラキラと反射した。ポツポツと高射砲の作る黒い雲の向こうから、何かが落ちてくる。敵の爆撃機はもう爆弾を投下していたのだった。爆弾はゆっくりとだが、みるみる大きくなってゆく。狙いは基地や港の施設ではなく湾内の船だった。初風は自分の艦のことが気がかりでならなかったが、もはやどうしようもない。身を隠せる場所を探そうと堤防の後ろへ伏せたとき。ついに最初の爆弾が湾内に落ちて大きな水柱をあげた。爆弾は次々に湾内に落ちて炸裂する。直撃せずとも近距離で炸裂した爆弾は付近の船舶に深刻なダメージを与える。

 

――お願い。当たらないで。大破着底くらいなら耐えられるから、お願い!

 

初風は地面に伏せながら必死で祈った。

 海面につっこんだ爆弾が炸裂する轟音はやまない。次の爆発音は大気をガンガンとふるわせて防波堤裏の初風も嫌な熱気を感じたほどだった。

 

――直撃した!

 

初風がおそるおそる防波堤の影から泊地を覗くと、目の前で擱座している軽巡の後ろ、さらに数百メートル沖にいたどこかの艦からもうもうと爆炎があがっていた。

 

「やられたぞ! 救援急げ!」

 

誰かがそう叫ぶのが聞こえた。直撃弾を受けたのが自分の艦でないことは艦娘である初風にはすぐにわかったが、それでも生きた心地はしない。

 

――お願い、早く助けてあげて

 

その瞬間、燃えていた艦が真っ赤な火の玉となって破片をあたり一面に吹き上げた。きっと搭載弾薬か魚雷が誘爆を起こしたのだろう。もう船の形をとどめていない燃える残骸と真っ黒な煙の柱が見えた。

 

「そんな……。せっかく、せっかくこの基地までたどり着けたのにぃぃぃ!」

 

初風は思わず口元を押さえて叫んだ。

 その後、すぐに島の飛行場から戦闘機が迎撃に上がったものの、すでに敵機は爆弾の投下を終えて高空へと逃げていた。

 空襲警報が止んだ。被害は直撃弾を受けて爆沈一隻。他至近弾を受けて損傷した艦多数。奇跡的に駆逐艦初風には被害はなかった。初風は警報がやんでも防波堤の上から動けずにいた。湾の中央部では爆発して木っ端みじんになった艦がまだ黒い煙を上げている。

 

「初風さん……ご無事だった?」

 

岸壁に座り込んでいた初風が振り向くと、額に包帯を巻いた早霜が立っていた。

 

「あんたはどうだったのよ?」

「幸い至近弾だけで済んだわ」

 

早霜はそういって初風の隣に腰を下ろした。

 

「やられたのはわたしたちと同じ駆逐艦の子でした。すぐに病院に搬送されましたが、もう……」

 

 艦と艦娘はお互い一心同体の存在だった。艦が修復不可能な状態まで破壊されれば、その艦娘がたとえ無事であったとしても、その艦娘に明日は来ない。

 

「そう……。ここまでたどり着いたのに哀れよね」

 

初風は強がるようにそうぶっきらぼうに言った。しばらく膝を抱えて海を見ていた初風は次第に小刻みにふるえて泣き出した。

 早霜がそっと横から初風の肩を抱きしめると、初風は激しく泣きだして早霜に強くしがみついた。

 

「わたし、嫌……。みんなに会えないままここで死ぬなんて全体に嫌!」

「大丈夫ですよ。初風さん達の司令官は必ず迎えにきてくれるわ」

――そうよね、不知火さん

 

早霜は初風が泣きやむまでその肩を抱きしめつづけた。




すっかり遅くなってしまいましたが、やっと更新できました。

次回は「(仮)那智更迭」、なるべく早く書きたいです。

早霜、結構好きな駆逐艦娘です。
わたしにとっては二人しかいない、「がばっといきたくなる駆逐艦娘」の一人です。
(駆逐艦で一番好きな艦娘は不知火ですが、あれは劣情ではなく頭撫でてあげたいほうですね)
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