艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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ギンガ泊地

 タロタロ島の西の水平線に夕日が沈んで1時間後。基地の建物や湾内の艦船は、灯火管制により空と海面の反射のコントラストの間で黒いシルエットとしてうっすらと浮かぶだけだ。タロタロ泊地・半月湾の隅で潜水母艦大鯨に接舷している巨大な潜水艦・伊四〇一に小さな内火艇が近寄ってきたのは一九〇〇時を回った頃だ。

「あ、ねえねえ大鯨さん、提督。間宮さん達だよ」

艦娘のシオイが潜水母艦の甲板にいる大鯨とカメヤマ提督を呼ぶ。

 ほぼ出港作業を終えた二人が甲板から見下ろすと、信号灯だけを灯した内火艇が伊四〇一の横で止まり、船首に立っていたさむらい姿の日向が舫い綱を持ってシオイの甲板に飛び移った。

 シオイが係留金具をもって日向を手伝うと、バスケットを抱えた艦娘の間宮と鳳翔が足元がおぼつかない様子で日向に手を貸してもらいながら恐る恐る潜水艦の甲板へと移った。

「驚いたな。二人ともどうしたんですか?」

カメヤマ提督と大鯨は慌てて縄梯子を降りて、伊四〇一で急な来訪者を出迎えた。

「出発前のお忙しいところごめんなさい。ただ、昼間はあんな騒ぎになってしまって、せっかくの玉露をお渡しできませんでしたから」

 間宮はそう言ってバスケットから漆塗りの茶筒をとり、カメヤマ提督へ差し出した。カメヤマ提督は恐縮しつつそれを受け取ると、大鯨とシオイに見せる。

「間宮さんが持ってきたくれた本土のお茶だ。よかったなー。氷出しで冷たくしても飲めるそうだぞ」

「やったねー!」

「間宮さん、わざわざありがとうございます」

シオイと大鯨もぺこりと頭を下げる。

「それはそうと、日向さんはいつもどおりとして、そちらの二人はいったい……」

カメヤマ提督はやや困惑気味に頭をかいた。というのも、間宮も鳳翔も今夜はいつもの仕事着でなく、白地に明るい色の花びら模様を染め抜いた艶っぽい浴衣姿だった。

 二人とも顔を赤らめてうつむく。

「出撃前にこんな格好では失礼かと思ったのですが……」

「ナス提督が、浴衣姿でカメヤマ提督達をお見送りしてはと強く勧めるものですから……」

鳳翔と間宮は恥ずかしそうに身をよじりながら言った。その二人の仕草がなんとも色っぽく、カメヤマ提督は目のやり場に困ったように首を振りながら笑う。

「いやはや、こいつは眼福だなぁ。ナスさんには借りができちまった」

「お二人とも本当におきれい。わたしも浴衣着てみたいです」

「あー、わたしもー、わたしもー!」

大鯨とシオイも二人の浴衣を絶賛する。

「お返しは帰還までツケおきますので、必ず無事に戻ってきてください。無茶は禁物ですよ」

そう冗談を言いながら、内火艇から制服姿のナス提督がシオイの甲板へ渡ってきた。

「お赤飯の缶詰がいつくか残っていたので、無事帰路についたら二人で召し上がってくださいね」

鳳翔は濃緑色に塗装された缶詰五缶をシオイ達へ差し出した。

「出発前にこんな良いことばっかだと、逆に出撃後が怖くなるな」

「嫌ですわ、そんな怖い冗談……」

カメヤマ提督を間宮がたしなめる。

「ねーねー、なんで日向さんは浴衣着てないのー?」

ずっと黙って見守っていた日向にシオイが尋ねる。

「そうですよ。日向さんの分もせっかく用意しておいたのに……。提督もあれほどおっしゃったのに頑固なんですから……」

シオイと鳳翔から責められ、それまで泰然とみんなを見守っていた日向は急に分が悪くなり、困ったように少し咳払いした。

「いや、別にわたしは頑固だからって、その……」

「まぁ日向は常在戦闘ということで、ご容赦を。彼女にすれば、くつろぐのは戦の後ということですよ」

ナス提督はそう言って、困った様子の自分の秘書艦に助け舟を出した。

「そっか、おれは日向さんの浴衣姿も見たかったけど、次回のお楽しみとしとこうか」

「うむむ、わたしは少しタバコを呑んでくるぞ」

日向は照れ隠しにつぶやくと、懐からキセルを取り出し潜水艦の艦尾の方へ歩いていく。

「長居もできないな。間宮さん、その後の敵の通信状況は?」

「今日は累計で四十六回を数えています」

ナス提督が聞くと間宮は不安そうな顔で言った。敵の通信は依然、高頻度で推移していた。

「うちはとりあえず敵の近くギリギリまで寄せます。何かあれば無電ですぐ知らせますよ」

「間宮さんもいるし、うちも日向がいるので、電文は必ず拾います」

戦艦は、空中線の短い駆逐艦や展張位置が低い空母よりもずっと通信能力が高い艦種だった。少し離れたところでキセルをくわえていた日向も任せてくれとうなずいた。

 潜水艦を見送るため一同が戻ろうとしたとき、ふと気まぐれな一塵の南風が伊四〇一の甲板上を吹き抜けた。間宮と鳳翔の浴衣の裾がめくれ、一瞬だけ白い素足があらわになり、艦娘二人は小さく叫んで浴衣を押さえた。

 別に何が見えたわけでもなく、一瞬膝くらいまでめくれたに過ぎないが、分別ある中年男二人を年甲斐もなく狼狽・絶句させるには十分すぎる破壊力があった。カメヤマ提督とナス提督は、若者がやるように「ヒュー」とか「おおお!」などと声を上げて喜ぶ真似はしなかった。すぐに帽子を目深に被りなおし、バツが悪そうに素知らぬ様子を決め込む。

――そういえば、「大根足」という言葉は本来、太くて不格好な脚ではなく、白く細い美脚を意味する褒め言葉だったらしい……

ナス提督は無理やりすっとぼけたことを考え、眼前にちらつく白い柔肌の像を脳裏から追い出そうと試みた。

「提督、見ました? 見ちゃいました?」

「バ、バカ、何のことだ!」

シオイがニヤニヤしながら聞くので、カメヤマ提督はムキになって首をふるが、間宮と鳳翔は顔を真赤にしてうつむく。一方、潔癖症の大鯨は男性陣二人があきらかに色気づいた気分になっていることを察し、ショックを受けたような顔で思わず叫ぶ。

「ふ、ふ、二人とも不潔です!」

何も言い返せない「不潔」な提督と恥じらう艦娘二人を救ったのは、それまで笑いをこらえていた日向だった。

「ハハハハ、時間もそろそろ良い頃だ。出港前にカメヤマ提督が運を使い果たしてしまわないよう、失礼しようじゃないか」

「もう、日向さんたら……」

ようやく鳳翔たちも顔を上げて、潜水艦隊の一同に一礼すると内火艇へと戻る。

 カメヤマ提督とナス提督は苦笑いを見合わせて握手する。

「この上ない手土産でした。この御礼は任務で返します、な、シオイ」

「うん、まかせて!」

「ご無理は禁物ですよ」

提督二人はそう言って別れを告げた。

「提督、シオイちゃん、どうかご武運を」

間宮と鳳翔も別れの挨拶を済ます。

 ナス提督らが内火艇に戻ると、駆逐艦以上の巨体を誇る伊四〇一は大鯨からゆっくりと離れた。鳳翔と間宮は内火艇の上で敬礼し、ナス提督は手をふる。月が雲に隠れ、一段と夜の闇が増すところを見計らい、半月湾の外へと姿を消した。

 

 

「うわー! 洗濯板だぁ! 一人で一本、全部食べられるなんてすごい久しぶりだよね」

 間宮名物の煉羊羹、通称「洗濯板」にくろもじを刺した加古が喜ぶその隣では、長良が羊羹とアイスクリームを両手に首を振る。

「ああー、これを全部食べちゃったら、明日はプラス十週走らないと駄目だー、どうしようー、ああ~悩む~」

 一方、荒潮と初風はキンキンに冷やした桃缶を一人一個、たいらげていた。

「おいしーわね~。もう一つ食べようかしら~」

がっついて食べている様子はないのだが、すでに一缶目のシロップまで飲み干してしまった荒潮は氷水を張ったオスタップ(たらい)につかるパイン缶を手にする。

 闇夜の半月湾に停泊中の重巡加古の後甲板では、トビウメ艦隊によるささやかな甘味祭がひらかれていた。明かりはいくつかのランタンのみで、光が空へもれないよう、後甲板はキャンバス地の天幕で覆ってある。会場に重巡加古が選ばれたのは艦隊で一番広い甲板スペースを持っているからだ。

 不知火はアイスクリームカップにのった抹茶アイスを一口一口、味わうように噛みしめながら、艦隊の客人二人を見つめていた。その視線の先には扶桑型姉妹が折りたたみ椅子に座りながら、アイスクリームとドーナツケーキを次々と口に運んでいる。

「山城、まさかこんなところで間宮さんのドーナツケーキが食べられるなんて、夢のようね」

「はい姉様、山城感激です。姉様、もう一ついただきましょう!」

 戦艦姉妹はお菓子に舌鼓を打ちながら、二人で幸せそうに談笑している。懇親というよりも完全に二人の世界に入っている戦艦姉妹の様子を、少し離れた通風筒に腰掛けたトビウメ提督は、ラムネ瓶片手に黙って見つめていた。

「何よあの二人……。せっかく司令官のためにドーナツケーキもらってきたのに……。ほとんど食べちゃってるじゃない」

 提督のそばへ、切り分けた羊羹の乗った皿をもって初風がやってきた。

「まぁまぁ、はじめて来たお客さんだし、僕は好きなだけラムネ飲んでるから。それより早霜さんはいないのかい?」

「早霜はここにいますよ……」

トビウメ提督がそう言い終わらないうちに右の耳元にぬるい吐息とともに早霜が答えた。

「う、うわぁ、び、びっくりした……。い、いつからそこに?」

急に闇から浮かび上がったように出現した早霜に、提督は肝をつぶして思わず飛び上がりそうになった。

「三分と四十一秒前からです。私のような者にも気を使ってくださるなんて、司令官、いい人なのね。フフ、フフフフフ……」

「い、いやぁ、べ、別に……」

――三分だって? 全然気配なかったぞ?

「早霜は何食べるの? 最中でも羊羹でも、今夜だけは何でもあるわよ」

「フフフ、ありがとう初風さん。では、最中、いただくわ」

「司令官も、さっきからラムネばっかじゃない。そういえば、特別にスポンヂケーキもらってきたから司令官も食べましょ」

「ああ、そうだね」

「初風さん、司令官のためには一生懸命なのね」

早霜がいたずらっぽくいうと、初風は真っ赤になって首を振る。

「は、はー、違うし。別に司令官なんか気にしてないしー」

初風はそう言って肩をいからせながらお菓子を取りに行ってしまった。

「早霜さん、あまり初風をからかわないでください。一度へそ曲げると、あとで大変なんだから……」

トビウメ提督が苦笑いすると、早霜は口の前で手を組んでクスクスと笑う。その表情は年相応の少女の屈託ない笑顔だった。

「ごめんなさいね。わたし、とても楽しくてつい……。フフ、フフフ…」

相変わらず笑い声は不気味だったが、トビウメ提督は初めて安心したような親しみこもった笑みを浮かべて早霜を見つめた。

――『とても人懐っこい船だぞ』か……。そうかもね

トビウメ提督はふとそんな言葉を思い出した。

「間宮さんのラムネ、美味しいですか?」

早霜の問いに、トビウメ提督はにうなずいた。

「砂糖も香料もレシピどおりだから、やっぱり自分たちで作るのとは違うよ。特に那智さんが作ると甘みが足りなくてね……」

 巡洋艦以上の艦では消火用の炭酸ガス発生機をラムネ製造に転用し、水と砂糖と香料を混ぜて自分たちで作ることもできるのだが、前線では砂糖の供給も不安定で、さらに艦娘個人にも得手、不得手や味の好みにばらつきがあるため、間宮のようにいつも美味しいラムネができるとはいかなかった。

「司令、早霜、食べていますか?」

アイスのスプーンをペロペロ舐めながら、不知火がやってきた。

「不知火さん、これから最中をいただくところよ」

「なら結構です。姿を見せなければ呼びに行こうかと考えていたところです」

 トビウメ提督は少し呆れて言った。

「ぬい……じゃなくて、不知火、アイスはまだいくらでもあるから、そんな意地汚くスプーン舐めなくても大丈夫だよ」

「ぬっ! し、不知火は決してそのような……」

不知火は頬を赤くしてもごもごと誤魔化す。

 そこへ扶桑と山城が連れ立って一同の元へやってきた。

「トビウメ提督、今日は山城だけでなく、わたくしまで呼んでくださり、ありがとうございました」

「扶桑姉様と一緒に美味しいものが食べられて、今日は山城にとって二百十三日ぶりに不幸ではありませんでした」

「今回の作戦、みんなのため、扶桑型も全力でがんばりますよ、提督」

扶桑が穏やかな笑みを浮かべてそう言うので、トビウメ提督も笑顔でうなずく。

「今日は長旅だったので二人とも休みます、お先に失礼しますね」

二人はそう挨拶すると、頭を下げて内火艇の係留されている舷梯を降りていった。

 提督はちょっとホッとしたように手足を伸ばす。

「扶桑さんが同じ戦隊で行動できるからよかった」

「扶桑がなにかに取り掛かると、山城も急に元気づくようです。許されるなら扶桑を旗艦にしたほうが、指揮が取りやすいように見受けられました」

不知火もそう言ってうなずいた。

「あの二人帰ったのね。はい早霜、最中よ。あと司令官のケーキ。お代わりあるわ」

お菓子を取りに行った初風が戻ってきた。トビウメ提督はケーキがのったお皿を受け取り、一口大に切り分けた黄色いフワフワのスポンジを口に含む。軽やかな食感とともに口いっぱいに甘味が広がる。甘さ控えめなんていう中途半端なものではなく、砂糖を十分に使った甘いケーキだ。トビウメ提督はしばし無言で間宮自慢のスポンヂケーキを堪能した。

「編成についての意見具申、されるのですか?」

「やれることはやるよ」

提督は迷わず即答したので、不知火と初風は顔を見合わせた。今まで軍令部の作戦に消極的だった提督が、急に積極的な姿勢になったのが二人には引っかかった。

「みんな~、お菓子まだ沢山あるわ~、早くしないと荒潮達が全部食べてしまうわよ~」

「ちょっと駄目よ!」

「ギンバエ行為は許しません」

 荒潮がこちらに向かって挑発的に呼びかけたので、初風と不知火は血相かいて走っていく。残されたトビウメ提督は波の音に耳を済ませながらぼんやりと真っ黒な海を見つめている。傍らに立っている早霜はそんな提督を観察するようにじっと見つめていた。

 

 

 

 雲が流れると強烈な太陽がダークグレーの艦の上部構造物やリノリウム張りの甲板に再び照りつける。エメラルドグリーンの海面に波が立つと、陽光がギラギラと反射する。重巡那智の羅針艦橋の一フロア上にある主砲指揮所にいる二人は日差しのことなど微塵も気にする様子もなく、双眼鏡を顔から離す。

「右舷対艦戦闘、外筒砲射撃用意。目標、1の浮標」

マツエダ提督の号令を那智は復唱し、ブザーとともに前後五基の砲塔がゆっくりと右舷へ砲身を向ける。

「目標、1の浮標。方位〇八四、距離一五五、砲撃準備よろし」

「撃て!」

 提督の号令とともに前甲板、一番砲塔の二門が立て続けに発砲、空へ砲声が響くが、それは重巡洋艦の主砲発射の轟音にしてはかなり控えめな音だった。というのも、号令ともに実際に火を吹いたのは、二十・三センチ砲の砲身上部に平行して装着された直径五センチの小型砲だった。

 五センチ外筒砲。泊地で砲戦演習をする際に主砲に装着する小型砲で、実戦を想定し、同じ砲戦の指揮命令手順をふみつつも、実戦より近距離に位置する海上の模擬標的を狙い撃つ訓練で、主砲の砲身と連動して狙いを定めることができるので、実戦の動きをる程度シミュレーションしつつ狭い水域でも実施できる。また訓練に高価で貴重な実弾を消費することなく射撃訓練ができ、射撃回数をおさえることで主砲の砲身寿命を伸ばすこともできる。

「第一射、夾叉。第二射、遠い」

 続けて三番砲塔の外筒砲が撃った。二秒半後、百五十メートル先の「1」とペンキで書かれた木製のブイが水柱に粉砕され海面から姿を消す。

――三射目で命中。さすがだ

「第三射、命中! 次、目標、右舷、二の浮標」

マツエダ提督は心中で感心しつつも、次の攻撃目標を指示すると、那智は復唱し、主砲を一斉に二の浮標へ向けはじめた。

 提督が艦橋構造物の指揮所から眼下の主砲を見下ろすと、砲塔の天井に積まれた演習用砲弾の格納箱から一人でに砲弾が動き出し主砲の砲身にくくりつけられた5センチ砲弾の薬室に滑り込んでいく様子が見えた。

 ここはナムル島から三千キロ近く離れた大平洋の西の端、赤道直下に位置する連合艦隊最大の艦隊演習用海域、ギンガ泊地。大小無数の島々に囲まれた約五十キロ四方の海域で、海面は年間を通して穏やかなうえ、全域が遠浅の海なので敵潜水艦の侵入も難しい海域だった。また近くには有数の燃料供給拠点のショウナン軍港があり、大規模艦隊の泊地、訓練海域としてこの上ない立地だった。

 マツエダ提督は修理を終えたばかりで転属してきた重巡那智の調整と能力測定を兼ね、重巡高雄、駆逐艦三日月を伴ってギンガ泊地へとやってきたのは昨日のことだ。

 那智が外筒砲ですべての浮標を破壊したので、マツエダ提督は外筒砲の用具納めを命じた。

「那智君、実弾を撃ちに沖へ出よう」

 十分後、演習海域の中心へ向けて重巡那智は速力二十ノットで波をかきわけ進んでいた。後続には駆逐艦三日月が観測と周囲警戒のため追随している。

 ベルの鳴動とともに、再び那智の主砲塔が一斉に左舷へ旋回を開始した。

「左舷砲戦、交互打ち方用意」

マツエダ提督の号令とともに各砲塔の左砲身が一斉に仰角二十度まで持ち上がる。

「交互撃ち方、準備よし」

「左舷対艦戦闘、撃ち方はじめー」

「撃ち方、はじめ!」

那智が叫ぶとともに、一番から五番主砲塔の左側の主砲が実際に発砲炎を履く。指揮所のガラス窓がビリビリと震えた。

 およそ二十斉射を終えたところで提督は砲撃やめを命じる。熱せられた砲身から湯気が立つ。

 マツエダ提督が羅針艦橋の屋上のようになっている防空指揮所へ降りていくと、クリップボードを手に、砲撃の記録をとっていた秘書艦の高雄が振り返り、両耳に詰めていた綿をとった。

「さすが妙高さんご自慢の妹さんですね。いずれも設計時の諸元以上の成績です。一門あたり毎分三・四発発射。発射速度は設計値以上の速さです」

「おお、高雄ちゃんより早いね」

マツエダ提督は少し驚いて言った。

「ええ、妙高型重巡洋艦はその拡張強化型である私達高雄型にとって姉も同然の存在ですから、私も鼻が高くなる思いです」

高雄は嬉しそうに笑う。提督はなるほどとうなずいた。実際、那智の諸元、練度ともに期待通りのものだった。

「一斉射で五回ほど撃ったら、ギンガ島に戻ろう」

 マツエダ提督は伝声管に口を近づけて叫ぶ。

「左舷対艦戦闘、想定目標距離一万五千。一斉撃ち方用意」

那智指揮所の那智が応答し、再びブザー鳴動とともに全主砲塔が今度は左舷へ向けて動き出す。

「全門撃ち方、準備よろし」

スピーカーから指揮所にいる那智の声がしたので、マツエダ提督は耳に綿を詰めてから伝声管に叫ぶ。

「撃ち方はじめ!」

猛烈な爆轟とともに十門の主砲がほぼ同時に硝煙を吐いた。

 高雄と提督は指揮所に据えられている大口径の双眼鏡を覗きこむと、数十秒後にはるか遠方の海面に白い水柱が何本も立つのが見えた。

 初弾弾着を待つことなく各砲塔は砲を水平に戻し次発装填に取り掛かる。およそ二十秒後、すぐに砲身が一斉に持ち上がる。各砲身が止まると共に二回目の斉射が空に響く。高雄は双眼鏡で弾着を確認すると、弾着の散布界を確認し記録する。

「非常に狭い範囲にまとまっています。よいですね!」

 散布界とは、特定の標的を狙って各砲が射撃した際の着弾がばらつく範囲のことで、ある一点狙い撃った場合に弾着が散らばらずにまとまっていれば、それは射撃精度が高いことを示している。凄まじい発砲音と耳に詰めた綿のせいでマツエダ提督には高雄の言葉は殆ど聞こえなかったが、何を言いたいかはすぐにわかった。

 那智が五回目の一斉射を終えると、マツエダ提督は砲撃やめと叫んで主砲指揮所へ上がった。

「お疲れ様、今日の砲戦演習はこれまで。ギンガ島へ帰還しよう」

「了解した。演習終了。帰還する」

「高雄ちゃんも驚いていたが、重巡那智が優秀な艦だということはよくわかったよ」

マツエダ提督はメガネをかけなおしながら、那智を労ったが、那智は難しい顔をして腕を組んだ。

「万全ではないが、射撃系統の機械的な動きは悪くなかった。だが……散布界が修理前よりやや広い。前はもっと集中できた。観測系統と射撃系統、光学系統には若干の調整が必要だ」

マツエダ提督は嬉しそうにうなずいた。

「素晴らしい。明日、引き続き調整し万全な状態にしてもらいたいな。ひょっとすると、うちの艦隊のエースになるかもしれない。高雄ちゃんも驚いてたよ」

マツエダ提督の言葉に、那智は照れくさそうに外の海へと目をやった。打ちひしがれた自分の自尊心が久方ぶりにかすかに潤ったような感覚がむず痒かった。

 ショウナン港の方角へと日が傾き、海面はオレンジ色の染まり出す。ギンガ港に近づくと、三本煙突の軽巡洋艦と二隻の駆逐艦が港に係留中の重巡高雄に横付けしている。

「見てください提督、鬼怒ちゃんたちが着いたみたいですよ!」

 ブーメラン島奪還のため本土から陸軍の師団を乗せた輸送船五隻を本土南端のニライニライ島からローリー泊地まで護衛してきた軽巡鬼怒と駆逐艦春雨、清霜だった。

「任務を終えたらこちらへ回航するよう言っておいたんだ」

マツエダ提督は那智に説明した。

「ちょっと遅いですけど、投錨したらみんなでお茶にしましょうか?」

「ああ、そうしよう」

提督がうなずくと、高雄は満面の笑顔でうなずいた。高雄の幸せそうな顔を見て、那智はこの秘書艦がそうした時間をなによりも大切にしている事がわかった。

――提督も艦隊も悪くはないな……。そういったところへ来られたことは感謝するべきことなのか

那智は自分に言い聞かせるようにそう思った。




5年間愛用してきた、小説書くのに使っていたポメラが壊れました。
本当は9月中旬にUPする予定が、伸びに伸びて結局10月になってしまいました。
ポメラは外のスキマ時間に書くのに最適だったのですが、なんともくやしいことです。新型を買う予算を貯めるまで、ますますペース遅れそうです。

とりあえず、カメヤマサイドの書き残しと那智サイドでした。拙作では一番エロいシーン終わってしまいました。間宮さんの浴衣……。
次は今月中にUP予定です。
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