艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
重巡高雄の後甲板でマツエダ艦隊の面々は午後の喫茶を楽しんでいた。冷えた麦茶や烏龍茶、ビスケットなどが並んだテーブルをデッキチェアで囲み、入港したばかりの鬼怒ら三人が任務完了をマツエダ提督に報告した。
「道中、何の問題もなかったよ。無事ローリー島で輸送船団を後任の護衛駆逐隊に引き渡しました! ローリー近海で何度か敵潜水艦らしき通信はキャッチしたけど、それ以外は問題なしだったよ」
報告する鬼怒に続いて春雨もうなずく。
「兵隊さんや装備を満載した輸送船五隻の護衛でしたから、気を抜けませんでしたが、無事に済んでほっとしました」
麦茶の注がれたコップを両手で握りながら春雨が言うと、隣に座っていた清霜もビスケットを頬張りながら提督に尋ねる。
「ねぇ、あの人達、これからブーメラン島を取り戻しに行くんでしょ? わたしも奪還作戦に参加したかったなぁ~」
「後方線の防御もとても大切な戦いですよ。頑張っていきましょう」
三日月が生真面目に清霜を慰める。
「およそ、一個連隊……。足りるといいがな」
「それがさぁ、わたしたちがニライニライ島を出るとき、入れ違いで別の輸送船団が入ってきたんだ。積んでるのは陸軍の工兵隊だったんだけど、あの人達もブ島に行くらしくて、もう今頃ローリー島まで来てそうなんだよね」
鬼怒が輸送任務で見てきたことを語る。
「ブ島奪還後、島を要塞化するための工兵隊だろう」
「少し気が早すぎるような気もするが・・・・・・。素人の私には、それが正しいのか間違っているのか、判断つかない」
那智の推測を受け、マツエダ提督は率直に言った。
「鬼怒、ニライニライで他の戦線の話は何か聞かなかったか? 深海軍との戦いは外南洋だけではない」
那智の質問に清霜があっと思い出したように言った。
「そういえば、あそこで睦月ちゃんと望月ちゃんに会ったよ。二人ともこれまで北部大平洋戦線にいたんだって……。そしたらね、睦月ちゃんは『暇にゃし、清霜ちゃんも北方戦線に来るがよいぞ』って、望月ちゃんは『南洋戦線は激戦が多くてたりーから大変だね~。その点北方は潜水艦と寒さにだけ気を付けてれば楽ちんさぁ。水上艦なんかほとんど見ないからね~』だって」
それを聞いた三日月は顔をうつむかせ、肩を震わせた。ニライニライ島の姉妹達の声が脳裏によみがえり、三日月は耳まで真っ赤になってつぶやいた。
「すっかり、だらけきっちゃって……。わたしは姉妹艦として、とても恥ずかしいです……」
「ふ、二人だっていざとなれば、き、きっと頼りになるわ」
「そ、そうだよ。きっと、い、今は充電期間なんだよ」
高雄と鬼怒が苦し紛れに、必死にフォローする。
「中部戦線では先に大規模な機動部隊決戦があって以降、深海棲艦の活動は低調と聞いています、提督」
「敵は外南洋に艦を集めている可能性もあるわけか……」
マツエダ提督はふと無言でいる那智を見ると、思い詰めた様子で東の空をながめていた。
マツエダ提督は敢えて話題を変えることにした。
「暗くなるまでには少し時間がある。那智君、みんな集まっていることだし、兵棋演習をやってみないか」
マツエダ提督が思いついたようにそう言った。急なことだったが那智に断る理由はない。一つ返事で承知すると、高雄がすぐにテーブルの上を片付け、縦横に座標軸の入った作戦盤を広げる。
「じゃあ、那智君には青軍の艦隊指揮を執ってもらおう。赤軍の第一艦隊は鬼怒君、第二艦隊は……」
「わたし、わたしやりたい!」
「よし、じゃあ清霜が第二艦隊。第三艦隊は三日月が担当でいいかな?」
「はい、司令官」
「春雨君は青軍の輸送船団と護衛艦隊を担当してもらう。状況設定は春雨君の率いる青軍を赤軍の三艦隊が船団撃滅をはかりこれを追撃、巡洋艦と駆逐艦で編成された青軍の第一艦隊がこれをはばむという想定だ」
マツエダ提督はそう説明しながら、作戦盤の上に青軍、赤軍の艦隊のそれぞれの開始位置を指さしながら、艦船のかわりとなる将棋の駒を置いていく。駒は赤と青の二色に塗り分けされ「CA」(重巡を指す)とか「DD」(駆逐艦の意)と記入されている。
「勝利条件は輸送船団を作戦盤の西の辺まで離脱させられれば青軍の勝ち。一方、それを捕捉撃滅できれば赤軍の勝ちだ。布陣、兵力差ともに青軍不利な状況だがどうだろう?」
正直、眼の前の布陣には大いに引っかかるものを感じたが、那智はそれに言及せずにうなずく。
「ああ、問題ない」
「ふふふ、逃さないからね。こっちには高速戦艦があるもん」
清霜が嬉しそうに言った。
盤面に駒が配置される。西へ向けて複縦陣で遁走する青軍の輸送船団とその右で並走しつつある那智指揮下の青軍主力が単縦陣で並んでいる。兵力は重巡二隻に軽巡一隻、駆逐艦二隻という、那智にとってはなんとも曰く有りげな編成だ。一方赤軍の主力は、青軍の後方四時から六時方向に広く展開、さらに厄介な別動の水雷戦隊が北側から囲むように接近してきている。この布陣に駒を置くとき、マツエダ提督と高雄は何度も綴じ込み表紙に挟んだ冊子に目を通しながら指示だしていた。
兵棋演習とは、軍が作戦行動の学習や研究のため、作戦地図上で実際の戦闘状況の指揮のあり方や戦闘経過を再現するもので、現代のシミュレーションゲームに近いものだ。実際、どこの艦隊でも訓練や作戦立案に活用しており、艦娘であればお馴染みの訓練だ。
盤上で演習状況が開始されると那智は艦速を上げて駒を素早く進め、その後すぐに転針をかけた。春雨は速度の遅い輸送船団と敵の間に護衛艦を挟むように陣形を変える。
『右舷、対艦戦闘!』
どうしても那智の脳裏にブ島沖で聞いた主砲指揮所での号令が浮かぶ。
「船団はいただきだよ」
鬼怒の動かす水雷戦隊が迫る。敵艦隊の射程に入り、鬼怒は砲撃を開始した。自分の攻撃ターンに砲撃を宣言し、命中判定のためサイコロを振る。出た目は4だった。
「青軍の駆逐艦2に命中判定」
賽の目に対応した判定表によれば、敵水雷戦隊の一斉射撃のうち、1~2発が青軍の駆逐艦に命中したらしい。続けて鬼怒が損害判定のサイコロを振る。出た目は2。損害判定表では「2」は小破判定が割り当てられていた。
「初弾命中かぁ、まあまあだね」
清霜と三日月が動かす艦隊もまもなく青軍の那智艦隊を射程に捉えるだろう。青軍の攻撃ターンとなった。那智は自分の艦隊の重巡二隻で鬼怒の赤軍艦隊の軽巡洋艦と駆逐艦を攻撃すると宣言し、サイコロを振る。
一隻目の重巡は「5」、二隻目は「1」の目が出た。一隻目の砲撃が初弾命中、二隻目ははずれだった。
「うわっ、やられちゃった?」
頭をかく鬼怒をよそに那智は損害判定のため、再びサイコロを振ると「6」が出た。
「ぎゃあ!」
「すごーい!」
鬼怒が顔を押さえて呻き、駆逐艦達が声を上げる。
「赤軍の軽巡に砲撃命中。大破、火災発生」
マツエダ提督が損害表を読み上げる。幸先の良い立ち上がりといって良かったが、那智は難しい表情で腕を組んだ。おのずと過去の記憶が呼び起こされる。
「へーぎえんしゅう?」
「そうだ、兵棋演習だ。図上で艦隊行動や作戦指揮を学習、研究するためにおこなう訓練だ。そうだな・・・、カタカナ語で言えばシミュレーションとかいうやつだ」
五ヶ月前、タロタロ泊地の提督執務室。困惑顔で聞き返すトビウメ提督に、那智は普段あまり使わない横文字言葉を織り交ぜて説明した。テーブルに並べられた駒や各種表などを見てトビウメ提督はうなずいた。
「なんか戦争ボードゲームみたいだね」
「英語ではウォーゲームと言うそうだぞ。だが、これも大切な訓練だ。遊びじゃない。よし不知火、ひとつ相手になってやれ」
那智はそばで見ていた不知火に言った。不知火はうなずくと、相変わらずの無愛想な顔をトビウメ提督へ向けて言い掛けた。
「司令、シメ、シュミ……シ」
「不知火、無理しなくていい」
「ぬっ・・・・・・」
カタカナ語をさっそく噛んだ不知火を那智がフォローする。
とりもなおさず、不知火相手にトビウメ提督は那智の手ほどきを受けながらテーブルの上で艦隊戦にとりかかった。
ルールを良くわかっていない初めてやるゲームがうまくいくはずもなく、トビウメ提督の艦隊はあっという間にバルチック艦隊も真っ青なT字不利に陥り、次々と大破、撃沈の判定を受けていく。
「ひ、ひどい状況だ」
ゲームとはいえ一方的な敗北を喫したトビウメ提督はげんなりとした表情でうなだれるが、那智は盤面の一点を指さした。
「そうだな。ただ、この残った戦艦がやっと、あの敵戦艦を射程に捉えたぞ。どうする?」
「じゃあ攻撃しよう。うち艦隊には戦艦いないけどね・・・・・・」
トビウメ提督はサイコロを放ると命中判定がでた。那智にうながされ、損害判定のためもう一度振ると「6」の目が出る。
「おお、これは一撃大破だな」
不知火の戦艦は機関損傷、推力喪失、弾薬庫火災という想像するのも恐ろしい状況になった。
「これは形勢逆転もありえるぞ」
不知火は何も言わなかったが、額に青筋を立てて表情をひきつらせている。
次にトビウメ提督の重巡が砲撃すると、不知火側の重巡が中破し、事実上の戦闘能力を喪失した。
「し、不知火を・・・・・・。お、怒らせましたね・・・・・・」
「そ、そんな・・・・・・」
不知火は顔を紅潮させてつぶやく。恐れをなしてたじろぐ提督の肩を那智が叩いた。
「心配するな。不知火はいつも全力投球だ」
次のターンで不知火の砲撃もトビウメ提督の艦に相当なダメージを与え、双方の艦隊とも距離が開いているにも関わらず満身創痍となった。
トビウメ提督はやや優勢でありながら、何故か不可解そうに腕組みして盤面を見つめる。
「どうした? 勝利とはいえずとも、最初にしてはまぁまぁな戦況だぞ」
那智にそう聞かれた提督は首をひねる。
「洋上訓練とかでも、現実にはこんな当たらないよね。損害判定も砲弾一撃の威力が少し強すぎるような気がするんだけど、これでちゃんとしたシミュレーションになってるのかな?」
「一応、連合艦隊司令部と軍令部が監修した全軍統一の判定表を採用しているんだがな・・・・・・」
トビウメ提督の疑問に那智は困惑顔になる。
「いっそ、はずれ判定と小破判定のしきい値をあげて命中率と被弾率を下げたほうが少し現実的になるんじゃないかな・・・・・・。あ、ごめんなさい。素人の思いつきだから気にしないで」
よく考えず口からこぼれた疑問を提督は慌てて打ち消した。というのも、那智も不知火も急に険しい顔つきで黙り込んでしまったからだ。普通、門外漢の自分が事情も知らずに偉そうなことを言ったら、プロたる艦娘は良い顔をしないだろう。
「なるほど……。それは面白いな。確かに兵棋演習が実戦の困難さを的確に反映しているとは言い難いな。ここは一つ、貴様の言うとおり判定表を変えてみるか。どうだ、不知火?」
「構いませんよ。実戦で最高の実力を発揮するのが不知火達の仕事です。訓練は困難な状況の方が効果的です」
「よし、今からそれでいくぞ」
その後は急に砲弾が当たらなくなり、ダメージも限定的で、双方消耗戦を繰り広げた末に勝負はドローとなった。
「し、不知火は、け、決して悔しくなど、あ、ありません」
素人に敗北寸前まで追い込まれた不知火は悔しさに身を震わせながら言ったものだ。
「一つ、提案したいのだが・・・・・・」
那智はマツエダ提督に判定表の難易度を上げることを提案した。マツエダ提督と高雄は驚いたようだったが、提督はすぐに提案に賛成した。
「さすが最前線の部隊は違うな。高雄ちゃん、これは試してみる価値あるよ」
鬼怒や駆逐艦娘達は嫌そうな顔をしたが、次のターンから新しいルールでのウォーゲームが始まった。
途端に遠・中距離の被弾率と損傷率が格段に下がる。マツエダ提督は先ほどの冊子を手に盤面を見ている。実際の展開状況は違うものの、この提督が那智に何を期待しているのかはおのずと判った。
――ブーメラン島沖のあの戦いを再現しろということか……
那智はあの日のことを思い返しながら青・赤両軍の展開状況をもう一度見回す。春雨が守る鈍足の輸送船団は逃げ切れそうもない。春雨の駆逐隊は船団に密着して避退をはかる。
那智は春雨の耳元に何やら小声でささやきかえた。春雨は一瞬、えっと驚くが次のターンで一気に速力を上げて護衛艦隊の進路を反転させた。これには赤軍の三人も仰天する。
「ええ、輸送船団を見捨てちゃうの?」
鬼怒の言葉に、春雨は不安そうな眼差しを那智に向けるが、那智はそれでいいとばかりにうなずいた。
「輸送船団いっただきー」
清霜がさらに戦艦を含む船団との距離をつめる。一方、那智と対峙する赤軍の鬼怒と三日月は一斉に砲撃を続け、那智の駆逐艦一隻を撃沈した。
春雨の駆逐艦は船団から離れ、単縦陣になって反航状態になったところで煙幕展張を宣言した。輸送船団と敵の間に煙のカーテンができ、一時的に敵は直接攻撃することができなくなった。同時に赤軍の三人に判らないようにテーブルの下から審判役の高雄へ、針路や座標を記した札を手渡した。それは今自分の艦隊が魚雷を撃ったという宣言だった。那智は敵に十分接近した段階で一気に単縦陣から単横陣に艦隊の陣形を変え、鬼怒と三日月の艦隊に真横から突っ込ませる。
「えええ! そんな無茶な~」
「これじゃあ全滅してしまいますよ」
あまりにも無謀な突撃に鬼怒と三日月が驚きの声をあげる。那智の艦隊はバラバラになり統制を失ったが、それは鬼怒と三日月も同じで組織的な追撃が不可能になった。
マツエダ提督と高雄は冊子を見ながら笑みを浮かべる。
「輸送船団の撃滅は清霜に任せて!」
清霜の動かす艦隊は煙幕の向こうに隠れた輸送船団の追撃を続ける。一方、春雨の艦隊は再び海域離脱をはかっていた。
「砲撃! 目標、護衛艦隊。撃てー!」
攻撃ターンを迎えた清霜は威勢良くかけ声を上げながらサイコロを投げる。難易度が上がったとはいえ腐っても戦艦。その砲撃は一撃で春雨艦隊の駆逐艦一隻を大破・航行不能にさせた。
「ああ、そんな……」
春雨はか細い声で悲鳴をあげる。
「ふっふーん! 戦艦清霜、最強でしょ!」
清霜艦隊の旗艦はいつのまにか『戦艦清霜』になったようだ……。
「次は武蔵さんの番だよ」
再び清霜がサイコロを振る。戦艦の2番艦は『武蔵』になったらしい。
「は、はずれてください~」
手を合わせて祈る春雨の願いが叶ったのか『戦艦武蔵』の砲撃は命中しなかった。
「ああ~、武蔵さんの下手クソ~」
八つ当たりに近い清霜の悪態に、今頃本土にいる艦娘の武蔵はくしゃみをしているに違いない。
次に青軍の攻撃ターンになったところで高雄が魚雷の到達を宣言した。
「清霜ちゃんの艦隊を春雨ちゃんの酸素魚雷が捉えたわ、この座標で進路一一〇だから先行する4隻が命中範囲に入りますね」
「え、え~そんな・・・・・・」
清霜の顔が青くなるが、春雨は無情にサイコロを振る。先頭を走る直衛の重巡に魚雷一発命中で中破。続けて続航する『戦艦清霜』に魚雷三発命中で大破火災炎上、さらに後方の『戦艦武蔵』にも魚雷二発が命中し主砲が使用できなくなった。
「え~左舷? え? 航行不能~?」
清霜は愕然として肩を落とす。那智は、ほっとしたように笑みを見せる春雨の頭を撫でた。
「よしよし、よくやったぞ」
「はい、那智さんのおかげです」
マツエダ提督と高雄もうなずいて、青軍の善戦を称える。
「船団から離れたときはどうなるかと思ったが、赤軍をこうまで撃退するとは思わなかったな」
「そうですね。見事な采配ですね、那智さん」
「いや、わたしも、こうもうまく魚雷が当たるとは思っていなかったのだが……」
やはり机上の演習だけあって、那智には少々出来過ぎた展開に思えたが、今は喜んでいる春雨の健闘を称えることにした。
一方、ほぼ勝利を確信していた赤軍の鬼怒は頭を抱えてうめく。
「追撃戦とかいっても、これもう負け戦じゃない? ねえ?」
今輸送船団を追撃できるのは鬼怒艦隊の先頭を走る駆逐艦二隻のみだった。
一方、青軍の春雨の残存艦は再び脱出をはかりつつ船団の直衛に戻ろうとする。次のターンで『戦艦清霜』が消火に失敗し弾薬庫火災で爆沈した。なまじ自分の名前なんか付けたものだからショックは倍増だ。清霜は目尻に涙を溜めながら必死にサイコロを振る。なんとか武蔵は沈没を免れそうだったが、ただでさえ鈍足なところへ、損傷で速力二分の一しかだせない判定が出たため、もはや青軍の船団追跡は不可能だ。
結局その二ターン後、青軍の輸送船団は無事戦闘海域を離脱し、今回のウォーゲームは青軍の戦術勝利に終わった。
「これではブ島沖での戦いを再現しろ言っているようなものだ。あいにく、同じようにはいかなかったが、これで満足か?」
「いや失礼、気付くほうが自然だね。ようやく連合艦隊司令部の作成した戦闘詳報が手に入ったから、あの時と似た状況で那智君がどう動くか見てみたかったんだ」
マツエダ提督は冊子を持ち上げながら恐縮したように言った。
「そうか・・・・・。兵棋演習だから青軍の勝ちとなったが、実際、私の戦隊はほぼ全滅。春雨の護衛艦隊も離脱できたのは半数。普通、薩摩の『捨てがまり』のような、自分の艦隊をすり潰して時間を稼ぐ戦術はたやすく決断できるものではない……」
捨てがまり。戦国時代末期の関ヶ原の戦いで、西軍の島津軍が戦場から離脱する際にとった捨て身の時間稼ぎ戦術で、自分の軍を小分けにして何度も追撃者へ突入させ本隊が離脱するまでの時間を稼ぎ、敵に突入した部隊は全滅するまで足止めをはかるという、半ば特攻にも近い決死の戦術だ。
「そうか、じゃああの時のこと、もう少し詳しく教えてくれないかな」
「皆さん、夕食の準備ができたそうですよ。演習道具を片づけたら上陸しましょう!」
基地の係員から知らせを受けた高雄がそう伝えると、空腹だった一同がご飯だー!と声を上げる。鬼怒と駆逐艦娘達は使った道具を畳むと、大急ぎで内火艇のある方へ走っていく。
「ビールくらいは出るそうだ。今夜くらい一緒に飲まないか?」
「そうだな・・・・・・今夜は。いただくとするか」
那智もかすかに笑みを浮かべた。
マツエダ提督は立ち上がり、椅子にすわる那智の肩に手をやり立ち上がる那智をエスコートするように引き上げた。
「さぁ提督、那智さ……。えっ……」
高雄は残った二人を促そうとして思わず言葉を呑んだ。
別に何気ない仕草だったが、何故か高雄の心のすみに鋭い痛みが走った。
マツエダ提督は艦娘に始終セクハラをするタイプの男ではなかったが、駆逐艦の頭を撫でたり、衣笠につつかれたり抱きつかれたりと逆にセクハラされたり、鬼怒と組んでストレッチをしたりと、日頃スキンシップする場面は多かった。高雄自身、それを目にしても別段、何も感じることはなかった。もっとも、衣笠のようにもっと気安く提督と触れ合いたいという思いはあり、純粋な羨ましさは感じていたが・・・・・・。だが、今のマツエダ提督と那智を見ていて、高雄はこれまであまり感じたことのない、理由のわからない違和感と辛さを感じ、二人に自分の異常を悟られまいと、逃げるように内火艇へ向かった。
同じ頃、はるか東方のタロタロ島。基地司令部庁舎の会議室では、白熱球の熱気がこもるなか、連合艦隊司令部の要員や参謀連中、そしてブ島奪還作戦に参加する提督たちが大テーブルを囲み、まさしく作戦の兵棋演習に取り組んでいた。
「第二分隊、これより第一分隊援護のためポートフリスビーに突入します」
審判役の軽巡娘の大淀がそう宣言し大きく広げられた専用の海図の上の将棋の駒を動かした。駒には第一分隊と第二分隊を示す漢字がそれぞれ『壱』、『弐』と記されていた。
第二戦隊を指揮する中年の提督が砲戦準備を命じる。第二分隊は二ターン後にポートフリスビーを封鎖している敵艦隊に接的し交戦を開始したが、複数の重巡と軽巡を含む敵艦隊との砲戦で苦戦を余儀なくされた。作戦通り第一分隊が接的したが、強力な敵艦隊に撃退され、より強力な水雷戦隊本隊となる第二艦隊が敵に挑むが、封鎖を突破することはできなかった。偵察機による最新の偵察結果を演習に反映した結果、作戦立案時より封鎖艦隊が増強されているため、当初の編成では打撃力不足というシミュレーション結果が出てしまったのだ。作戦の第二段階で第一分隊は損耗率五十パーセントを超え、第二分隊との時間差波状攻撃も不首尾に終わっていた。
「それまで。もう一度作戦開始時刻へ戻してはじめる。今度は第一分隊の接的後、威力偵察の終了と同時に第二分隊も突入を開始、封鎖艦隊に大穴を空けろ」
フルカワ司令長官によって演習は一時中断となった。戦艦を伴う第三戦隊の出番はまだなく、トビウメ提督は不知火とテーブルから少し離れた席につき、じっと成り行きを観察していた。
「おい、これで三回目じゃねーか」
隣に座っていた見知らぬ提督が独り言をつぶやく。この日の午後からはじまった『図上演習』という名目ではじまった兵棋演習は、フルカワの命令ですでに二回もリセットされていた。現在の計算では、急に作戦成功がおぼつかなくなったのだ。すでに日も暮れきっているのに、未だ作戦の第二段階より先に進めずにいる状態だ。
「分隊個別の戦力が足りないのなら、第一、第二分隊を統合して、決戦を挑んだ方が良いのでは?」
「敵戦力が増強されているならば、我々も投入する戦力を増やさねば作戦は成功しませんよ」
苛立ちをあらわにした提督数人が食ってかかる。
「今回作戦に参加する戦艦は全部で三隻。うち一隻から二隻をポート・フリスビー解放に使うべきだと思います」
「それはだめだ、上陸作戦に万全を期すためには戦艦の援護は不可欠だ。陸軍部隊の救出はあくまで高速の水雷戦隊主体でやるべきだ」
フルカワの反論にさらに多くの異議の声が上がる。
「そもそも、救出作戦と上陸作戦、どっちが大切なんですか?」
「皆さん静粛に、静粛に願います!」
軽巡艦娘の大淀が荒れはじめたその場を一生懸命しずめようとする。
第一分隊の指揮をまかされているシンドウという中年の提督が立ち上がった。
「偵察機の報告にあった、島北部に展開している艦隊には多数の給油艦が含まれているとの情報は皆さんもご存じでしょう。増強された敵軽巡や駆逐艦はその護衛艦と考えることもできる。給油艦はいつまでも封鎖艦隊と一緒にはいない。補給を終えれば奴らの根拠地へ帰る。給油艦が帰るときにその護衛艦がそのまま居座るとは考えにくい。敵の戦力増強は一時的な現象かもしれない。そうなれば現状でも勝機は十分あると考えます」
フルカワやその両側の参謀連中が感心したように声をあげた。
「さすがシンドウ提督、すばらしい洞察力だ」
疑問を口にしていた提督の一部はその意見に納得したのかおとなしくなった。フルカワの後ろに座っていた金モールを付けた作戦参謀が手を挙げた。
「そもそも、今日の演習を見ていて大いに疑問に感じられたのが、演習で使うダメージチャートの難易度です。特に我が方の酸素魚雷は敵の魚雷よりも、威力、速力、射程いずれも数倍のアドバンテージを持っているはずが、この演習では敵、味方いずれも同一の表を使うという非現実的な状況となっています。むしろ我が方の雷撃は命中精度、ダメージいずれも敵の倍の能力を付与しなければ、リアリティのある演習や作戦立案はできません」
「おお、確かに君の言うとおりだ!」
その参謀の意見をフルカワは拍手で絶賛した。一部の提督はそうだそうだうなずいたが、この話には大淀も難色を示す。
「えっ・・・・・・。それはさすがにどうなのでしょう? 判定表まで変えてしまうのは、不確定要素が増大してしまいますし・・・・・・」
「おい、そんなことしていいのか?」
そんなつぶやきが至る所から漏れた。先のシンドウ提督もそれには同意しかねたようだ。
「雷撃はそう簡単決められるものではありません。命中判定や威力判定の操作しての想定は危険を伴います」
トビウメ提督は隣に座る秘書官の顔を見ると、不知火は驚愕のあまり口をぽかんと空けたまま参謀連中とフルカワのやりとりを見ている。トビウメ提督自身、我が耳を疑うばかりのとんでもない事態が進行しはじめているの理解していたが、この議論の流れを止める術はもっていない。
「このままでは埒があかない。とりあえず新しい想定でやってみるとしよう」
懸念の声もよそに、フルカワ司令長官は新しい作戦状況で演習開始を命じた。
その後の演習は、(ある程度予想できたことだが)驚くべき展開が続いた。第一、第二分隊の時間差突入と酸素魚雷により、ポートフリスビー沖の敵巡洋艦は次々に轟沈、味方のあきつ丸を含む輸送船団は難なく離脱に成功、さらにトビウメ提督率いる第三分隊は敵高速戦艦を含む敵主力をブ島西方から駆逐し、第四分隊は何の抵抗もうけず島の南部に陸軍を逆上陸させることに成功した。島の完全奪還を除けば、ほぼ当初の作戦目標を満たす結果に終わったのだ。
不知火はぼそりとつぶやいた。
「驚きましたね、司令」
「うん、僕も驚いたよ。こうもご都合主義が通るとはね・・・・・・」
「そうじゃありません。彼らが決してふざけているわけではないことです。彼らは不知火が思っている以上に真剣です。不知火は、不知火は・・・・・・人間が少しわからなくなりました」
不知火の語尾が少し震えた。トビウメ提督は最初、不知火が怒りに震えているのかと思ったが、血の気の引いた青い顔を見て悟った。
――ぬいぬいも、僕と同じで怖いんだ。こんなデタラメがまかり通る状況が・・・・・・
トビウメ提督は勇気を出して秘書艦の小刻みに震える手を上から握りしめた。
「僕もすごい不安だけど、頭絞って乗り越えるしかない。なんとか生き残って、任務を達成する方策を考えないと・・・・・・」
汗ばんだ掌のぬくもりを感じ、不知火は少し落ち着きを取り戻して、強くうなずいた。
「了解しました、司令。司令が現状に不安を抱いて下さっていることは、不知火達にとってとても幸いなことだと思います」
不知火はそう言ってトビウメ提督の手を握り返した。
兵棋演習は二十二時を回ったところで終了となり、その日の提督会議は解散した。
トビウメ提督と不知火は連れだって司令部庁舎の廊下へ出る。
「もうこんな時間か。寝る前だけど何か食べたいな」
「そうですね、何かご用意します。」
二人とも夕食がまだだった。食堂の厨房へ向けて歩き出すと、ふと廊下のホールを行く重巡艦娘の足柄が歩いてくる。
「あっ、足・・・・・・」
「あらっ・・・・・・」
提督と足柄はお互いに気づき一瞬驚いた顔を見合わせる。トビウメ提督が足柄と顔を合わせるのは、那智が転属する日に埠頭で会って以来だ。不知火は順手に持っていたとがった鉛筆をすぐに逆手に持ち替えるが、当然、トビウメ提督は気付かない。足柄はすぐに敵意のみなぎった目でトビウメ提督を睨むと、八重歯をむき出しにする。
「グルル・・・・・・」
足柄はそう一声うなってから、顔をふんっと背けて足早に去っていった。不知火は一安心とばかりに鉛筆を再び順手に戻す。一方、トビウメ提督は肩を落とす。これまで関係の良好だった艦娘から今みたいにあからさまな憎悪の向けられるのは、トビウメ提督にとって非常に残念で堪えることだった。
「司令?」
「ああ、大丈夫。行こう」
トビウメ提督は意気消沈した様子で歩き出す。
「そういえば、足柄さんは今回の作戦に参加するのかな?」
「ええ、第四分隊の後発隊に名前がありました」
そうかと、トビウメ提督はうなずき、食堂へ向かった。
予定より半月以上の遅れでやっと更新できました。
待ってくださっていた方、本当にごめんなさい。
動きのないシーンを読者に退屈させないように書くのは非常に難しいですね。何度か書き直しましたが、あまりうまくいきませんでした。すいません……。
兵棋演習をルーツとするボードゲームのシミュレーションゲームはやってみると非常に面白いです。ただルール覚えるのが大変ですが。
史実を紐解くと、この兵棋演習で旧日本軍は作戦立案時に、似たような大イカサマをしたうえで大敗北を喫するという事例が何度かあったようです。
艦これ的には、ミッドウェー海戦では「慢心」がキーワードとなっていますが、それに加えて「イカサマ図上演習」が作戦指導上の誤りだったという声もあります。さて第二次ブ島沖海戦の行方はいかに……。
今月中はもう更新無理そうなので、せめて年内に最低一回は更新したいです。来月になれば新しいポメラが買えるので、少しは計画的になれるかな?