艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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第二次ブーメラン島沖海戦 4/戦いのはじまり

 ブーメラン島に殺到した翔鶴航空隊のうち、最初に接敵したのは戦闘機隊だった。敵は島の北部沿岸へのんびりと進出してきた、たこ焼きにヒレが生えたような双発大型飛行艇で、戦闘形態へ変形すらしていなかった。零式戦闘機は瞬く間にこれに機銃弾を浴びせて叩き落とすと、次の獲物を求めて数隊に分かれて島の北方上空に散開する。続いてやってきた艦爆と艦攻は、ポート・フリスビー沖に展開しつつある深海軍の封鎖艦隊に高度三千メートルから一気に襲いかかった。不意に急降下爆撃に晒された深海棲艦の重巡一隻が二百五十キロ爆弾の直撃弾を受けて中破。軽巡二隻と駆逐艦四隻も大破炎上した。それに呼応して海面すれすれの低空飛行で北東から接近した九七艦攻が、封鎖艦隊の中核を成す重巡、軽巡を主な目標に雷撃を敢行した。不意打ちで一撃離脱に成功した艦爆隊に比べ、艦攻隊はすでに敵襲を察知した深海軍の対空砲火に迎えられた。そうでなくても、新海軍の防空火力は日本の艦船より遥かに強力で艦攻隊は敵艦隊陣の内側へ侵入する前にすでに三機が撃墜されてしまった。

 それでも九七艦攻は敵の高角砲弾が炸裂するなか、大型艦めがけてスロットルを全開にして、敵艦船を魚雷の射程圏内に捉えるべく、海面上わずか十数メートルの超低空を時速約四百キロで敵艦隊めがけて突入した。

 艦攻隊は、艦隊中央にいる重巡三隻とその周囲を囲む軽巡を目標に定めて接近するが、さらに四機が対空砲の直撃を食らってバラバラに吹き飛んだ。そんな絶体絶命の機上では無人の操縦席に備え付けられた雷撃照準器が標的の進路、速力に合わせた雷撃角度を計算し、機体は対空砲弾の爆風に煽られながらも定められたコースに向けて機首を向け、必中の距離になった時点で、各機が吊り下げた九一式魚雷を投下した。魚雷を放り投げた艦攻は速度を上げて一気に敵艦の上を飛び越えて再び低空飛行になり、全速力で離脱する。対空砲火は容赦なくそれを追いかけ、さらに二機が爆発したかと思うとすぐに海面に大きな水柱を上げて突っ込んだ。

 一方、海中を時速八十ノットで敵艦に向かう魚雷はゆっくりと敵艦の腹に向けて近づいていく。ただ、艦爆隊の奇襲後、回避行動を始めた敵艦隊は、各艦がまるで蛇がのたくるように進路を不規則に変えて航行し、艦攻隊が決死の覚悟で放った魚雷もその多くが目標からそれてしまった。それでも重巡一隻の右舷に一発、更に軽巡二隻に魚雷が命中し、軽巡一隻は即座に爆沈。また敵陣中央に突入できなかった二機は護衛の駆逐艦二隻に魚雷を命中させうち一隻が被雷後まもなく転覆するという戦果を上げた。

 一方、シューズ・ベラ島の沖からブ島方向へ航行中の空母翔鶴の艦橋では、艦娘の翔鶴が艦載機を指揮、管制しながら、各機からの報告を受けていた。ポート・フリスビー上空方面に進出した艦載機はすべての攻撃を終え、制空任務についている戦闘機を除いた艦載機が帰還をはじめている。

 一方、島の西部沖合に展開中の敵艦隊攻撃に向かった部隊は、今まさに攻撃を開始しようとしているところだった。島の西沖合に展開した敵艦隊を攻撃した航空隊は、すでに接近を敵に察知されており、序盤から苛烈な対空砲火に晒された。セオリー通りに急降下爆撃と雷撃機が呼応して同時に襲いかかるものの、艦爆隊は敵艦隊の高角砲がすでに弾幕を張っている中への突入を余儀なくされた。敵は戦艦三隻、重巡五隻を含む総数三十隻以上の大艦隊で、艦載機隊、雷撃隊いずれも戦艦を最重要目標に突入を開始したが、艦爆隊は急降下中に六機が被弾し、うち四機はオレンジ色の長い炎を引きながらきりもみ状態で墜落。戦艦二隻に辛うじて至近弾と直撃弾を得たものの、致命的な打撃を与えることができなかった。一方、三方に散開して低空を接近した艦攻隊も、まるで銃弾の暴風雨のように浴びせかけられる対空砲火をくぐりつつ、敵艦隊の中心へ飛び込むが、すぐに五機が撃墜され、なんとか魚雷を放つものの、戦艦一隻に一発命中、また重巡二隻に各二発の命中弾を与え各艦とも中破相当の打撃を食らわせるのが精一杯で、完全に撃沈できたのは艦隊外側の防衛ラインにいた駆逐艦二隻と軽巡一隻の計三隻にとどまった。

 ブ島のはるか東北東の海域にある航空母艦翔鶴の艦橋で艦載機の指揮・管制にあたっていた翔鶴は、攻撃当初からある種の困惑に囚われ、第二隊の攻撃開始時には明確な不安をいだき始めていた。それはブ島の北と西にいる深海軍の艦隊規模が作名命令を受けた際の提供された情報よりもかなり大規模であった一方、こちらは航空隊を三隊に分散してしまったので、敵艦隊に大きな打撃を与える事前の空爆が不十分に終わってしまったことだ。

 翔鶴は各地の航空隊から状況報告を受けると、すぐにそれを連合艦艦隊司令部が座乗している第四分隊旗艦の軽巡大淀へ転送していたが、司令部からの返答はただ一文「速ヤカニ第二次攻撃ヲ準備シ、敵艦隊ニ対シ、追加ノ航空攻撃を敢行スベシ」と返信があっただけだった。

 翔鶴は即座に艦内へ、艦載機の着艦と追加の魚雷、爆弾の用意を命じたが、これから帰投しつつある艦載機を収容後、武器を搭載して再度攻撃に移るには最短でも三時間半はかかる見通しだ。

 さらに翔鶴を悩ませたのが目的地上空に到達した第三航空隊からの入電だった。

 ブ島の南東の深海軍の上陸拠点、クラゲ海岸を攻撃予定だった航空隊は、そこで海岸一杯に展開する敵の真っ黒な上陸用舟艇と高度五百メートルくらいの高さにまで、係留索で地面と繋がれたグレーの気球が高度を違えて無数に上がっている光景に直面した。また浜辺の沖合には、数え切れない輸送船が浮かび、海岸と輸送船の間をハゼのようにヒレのついた上陸用舟艇が行き交っていた。グロテスクな舟艇は浜辺をはって次々に波打ち際から海岸へと上がってくる。

 艦載機からそれらの様子を聞き、翔鶴はうつむいて考え込んでしまった。浜辺には敵の上陸部隊が武器と補給物資を集積中だが、無数の阻塞気球が空からの攻撃を阻んでいる。気球はもっぱら航空機の接近を防ぐために上げられていた。特に急降下爆撃機や低空で火力支援を担う対地攻撃機は、気球とそこからぶら下げられたワイヤーに絡まる危険があり、容易に低空までは降りられない。そのため攻撃は高高度からの水平爆撃となるが、命中精度は低下する。またわずか二十機ほどの攻撃機で広い砂浜と沖の海面を埋め尽くす敵に効果的な打撃を与えることは不可能だった。

「一体、どの敵を優先的に叩くべきかしら……」

翔鶴は窓の空からブ島のある南の空を見つめた。艦娘は単独で自律作戦行動が可能な権限と判断力をもっているが、やはり機械だった前世の名残で、多くの艦娘は重要な決断を提督に依存していた。艦隊とともに提督が作戦に同行する最大の意義は、決断力を持つ提督の指揮にあった。

 数ヶ月前からナカツル提督には別の任務が課せられていたため、外南洋にたった一人で派遣された翔鶴は、当初から提督の座乗しない状態で単独での作戦行動を求められていた。

「提督。提督なら、この場合、どうされますか?」

翔鶴は自分の指揮官のナカツル提督のことを思いながら思案した挙げ句、最も妥当もしくは無難と判断されうる、陸海の敵全体をむらなく攻撃することを決めた。

 艦攻隊のうち陸用爆弾を搭載した機には海岸の陸上部隊を、また魚雷搭載機と艦爆にはそれぞれ敵戦闘艦と上陸用舟艇への攻撃を命じた。航空隊が散開するとともに敵の対空砲火が航空隊を襲う。クラゲ海岸を狙った艦攻隊は、阻塞気球に邪魔されて近づきづらい海岸の上空、高度二千メートルからの水平爆撃を実施し、対空砲と対空機銃に追われつつも、何とか爆弾を投下し空域から離脱した。一方、沖の輸送船団と護衛艦隊を狙った一隊は深海棲艦の防空ピケットラインからの対空砲火により、艦攻、艦爆いずれも次々にオレンジ色の炎を上げて墜ちていき、半数以上の機を失った。一方で、敵に与えた損害は輸送船と軽巡一隻を撃沈、輸送船二隻と駆逐艦二隻を損傷させただけで、到底犠牲に見合わない乏しい戦果だった。

 さらにポート・フリスビーの東北東の位置に新たな敵艦隊を捕捉したとの電信が、現場上空で観測任務に就いていた艦攻から翔鶴の元に伝えられた。

『戦艦二隻、重巡四隻、駆逐艦七隻、進路三四○、推定速力十八ノット』

それはシオイとカメヤマ提督が先ほど正体を捕捉しようとして果たせなかった深海軍の別動隊だった。

――ええ~、封鎖艦隊の近くに、そんな強力な別の艦隊がいるなんて……。もうすぐ第一分隊が突入を開始してしまうわ。急いで司令部に伝えないと。

翔鶴はすぐに長距離通信で連合艦隊司令部に状況報告を打電しつつ、攻撃を終えた艦載機に帰投を命じた。水雷戦隊を支援するためにもすぐに第二次攻撃の準備にかからなければいけない。ただ、一連の攻撃で翔鶴航空隊はすでに攻撃機の三分の一以上を失っていた。

 艦載機の第一波攻撃終了し、第一分隊の水雷戦隊がポート・フリスビー沖に突入するまで、あと二十分だった。連合艦隊司令部からは先程同様、「さらに航空攻撃を強化すべし」との連絡あるだけだった。その頃、ブ島の遥か西方では二隻の主力戦艦が衝突事故により戦闘能力を失っていたことは、翔鶴も第一分隊の提督や艦娘達はまだ誰も知らない。

 

 

 ブーメラン島の北端に位置する港町ポート・フリスビーでは、今日もある意味では平穏に時間が過ぎていた。南部から迫る敵陸上部隊の圧迫は緩慢で、空からの脅威も敵の長距離偵察機や艦載機が数日に一度、気まぐれに飛来して小さな爆弾を落として帰るだけだ。

 睦月型駆逐艦の艦娘、卯月は日課となっている、桟橋に係留されている駆逐艦卯月の点検だけ済ますとすぐに舷梯子を降りた。艦にこれといった損傷は無いものの、もう三ヶ月近くも港内に繋がれたままで、艦のいたるところに赤茶色の錆が浮かび始めている。姉妹艦の弥生から何度も小言を言われているので、稼働に影響がないように最低限の整備はしていたが、艦の見栄えには全く気をつかわなくなっていた。

 市街地はすでに全住民の疎開が完了しているためゴーストタウンになっており、交差点などの要所には塹壕が掘られ、無精髭の浮かぶくたびれた顔をした陸軍の兵士が配置についている。

「うーちゃん、つまらないぴょん」

卯月は誰もいない荒廃した市街地を抜け、港湾を囲む岬の突端にある小高い山へと足を向けた。

 山の頂上には土嚢と丸太でこしらえた即席の小さな監視哨があり、島の北側の海と空を監視している。

「おや、海軍の卯月ちゃんじゃんか。お散歩かい?」

げっそりと痩せた当直の兵士の一人が監視哨から顔を出した。

「うーちゃん、退屈でつまらないんだぴょん……」

卯月は髪をまとめているウサギ型の髪留めをいじりながらつぶやいた。

「卯月ちゃん、もう昼飯は食ったか?]

もう一人の兵士がそう声をかけたので、卯月はぱぁっと表情を明るくして聞き返す。

「もしかして、缶詰残ってるの?」

「いや、さすがにそれはもう無いよ。タロイモとお粥。食うか?」

卯月はすぐに苦い表情で首を振った。

「そ、それなら遠慮するぴょん……」

兵士たちは笑いながら監視哨の中に引っ込んだ。もう正規の食糧は底をつきはじめ、最近は芋や握り飯ばかりが配られるようになってきた。ただ、それもいつまでもつかわからない。

 卯月は監視哨の横に積まれた土嚢に腰をおろした。今日はやや薄雲がかかっていて、海面は淡い青みがかったグレーに見える。

 沖合いには二十隻以上の真っ黒な船体の異形の船がゆっくりとした速度で遊弋しているのが見える。ポート・フリスビーを海上封鎖している深海軍の艦隊だった。時々赤や黄色、青色に妖しく光り、常に陸地へ睨みを効かせている。もし封鎖艦隊がポート・フリスビーの市街地やブーメラン島の陸地に艦砲射撃を実施すればブ島守備隊も卯月たち輸送護衛艦隊も一瞬で壊滅するだろう。それでも、深海軍は何かを待っているように封鎖を続けていた。島の中部にあるクロコダイルクリークと呼ばれる川を挟んで、守備隊と深海軍上陸部隊は散発的な攻防戦を繰り広げていたが、未だ本格的な決戦は起きていない。今日も「比較的」平和な昼が過ぎつつあった。もっとも、その平和は今日が最後かもしれない。深海軍がその気になれば明日にでも卯月ら艦娘や陸軍の守備隊は最後の日を迎えることになるのだ。

――睦月たちははどうしてるだろう?

卯月はそんなことを考えながら沖合いをぼんやりと見ていた。しばらくは海風の音と南の方角から時折聞こえる地上戦闘の音が聞こえてくるだけだった。

 海上に異変が起きたのはしばらくしてだった。深海棲艦の艦隊が不規則に進路を変えつつ、それまでの複縦陣を解いて、ばらばらに動き始めた。

「あいつら何やってんだ?」

監視哨の兵士も気づいたようで、双眼鏡を目に押し当てて沖の彼方へ目を光らす。数隻の駆逐艦がどこかへ向け発砲し、硝煙により一瞬船体が隠れたのがわかった。

「撃ったぴょん! まさかこっちへ……」

「いや、砲身は沖へ向いてる」

叫ぶ卯月対し、双眼鏡を覗いていた兵士はそう否定した。それを証明するように上空に黒い煙の花がポンと小さく咲いた。対空射撃だった。しばらくして発砲音が遠く島にも響いてきた。その間に別の艦も空に向け射撃をはじめている。

「見えた! かなり高いところだ。航空機多数!」

卯月も立ち上がって大空を見上げた。今日は雲が多い。

「うーちゃんにはわかんないぴょん……」

そのとき、雲をつきぬけて小さい豆粒のような機体が敵艦隊めがけてほぼ垂直に急降下してくるのが見えた。

「あれは味方の艦爆だよ!」

卯月は興奮して叫ぶ。

「一時方向にも編隊! こっちへ向かってくる。日の丸が見えた」

卯月が北北西の空を見ると、薄雲の向こうに、こちらに向かってくる編隊が見えた。

「来たぴょん! 助けが来たぴょん! みんなに知らせてくるぴょん!」

卯月はそう言うと、大急ぎで麓の町まで駆け下りていく。その間に編隊は卯月達の真上を飛び越えて島の南部の方へと飛んでいく。

 卯月は息をきらせつつ、街の郵便局の建物まで駆けてきた。旧郵便局の建物は、臨時で卯月ら海軍と船団関係者の詰め所になっていた。

 ちょうど玄関口には船団の護衛で同行してきた、姉妹艦娘の弥生が白兵戦用の艤装を身につけたまま所在ない様子で立っていた。

「弥生、大変ぴょん! ついに助けが来たぴょん! 籠城生活もこれで終わりぴょ……うげっ」

卯月がしまいまで言う前に、弥生は艤装の主砲で卯月の腹をどついたのだ。砲身の先があばらの間にめり込み、卯月は悶絶して膝をつく。

「や、弥生、な、何するぴょん……」

身悶えする卯月に、弥生は目を吊り上げて低い声で言った。

「弥生、今は怒っていますよ。あれほど、ついていい嘘といけない嘘があるって言ったのに……。弥生、前に言ったよね……」

「うーちゃん、嘘なんかついてないぴょん……」

卯月が脇腹を抑えながらそう弁明すると同時に、空から発動機の音が響き、零式艦上戦闘機が低空でポート・フリスビーの街の上を飛んでいった。そして弥生にもその日の丸の色がはっきりと見えた。

「艦載機だ! 沖の艦隊を攻撃しているぞ!」

陸軍の兵士達が建物から飛び出して、港の方へ走っていく。空には戦闘機だけでなく、艦爆や艦攻の姿も見える。海の方からはかすかに対空射撃の爆発音も響いてきた。

「えっ? 本当だ……」

「弥生、どーしてくれるぴょん! うーちゃん、殴られ損だぴょん!」

弥生はしまったという表情で顔を背ける。

「し、しかたない……。卯月、今回のパンチは、次に卯月を怒る時までツケておいて……」

「どーゆーことだぴょん! なんでうーちゃんがまた怒られることが決まってるの!」

卯月は痛みを堪えながら猛然と抗議するが、弥生はすでに真剣な表情に戻って卯月の手を引っ張って立たせた。

「助けが来たなら、準備をしないと……。卯月、行くよ」

「は、話はまだ終わってないぴょん!」

そうわめく卯月を引っ張って弥生は郵便局の建物に駆け込んだ。

 建物の一階には、艦娘が乗艦・制御しない有人型貨物船の船長が詰めかけていた。その中に紺の詰め襟制服に身を包んだ色白の艦娘がいた。ブ島撤退のために派遣された輸送船団の中核を担っている陸軍の強襲揚陸艦娘のあきつ丸だった。

「海軍の連合艦隊が封鎖艦隊の撃滅と我々の離脱支援作戦を開始したであります。作戦が順当に進めば、敵封鎖艦隊は五時間後までに港口の確保を維持できなる予定で、それまでに全陸軍部隊を輸送船に移乗させる必要がありますな」

あきつ丸の報告に応じたのは、ヨレヨレの軍装を着て軍刀を手にした無精髭をはやした陸軍の守備隊長だった。

「町の守備隊は今すぐにでも乗船準備にかかれるが、問題は前線で今も敵と交戦中の部隊だ。段階的に手際よく後退させないと、港まで敵に戦線を一気に押し込まれることになる」

「なんか難しい話をしていて、うーちゃん退屈ぴょん……」

「しー、静かに……」

部屋のすみで聞いていた卯月がつぶやくと弥生が小声でたしなめた。そんな二人をよそに話し合いは続く。

「キスカの際は、将兵は全員かさばる装備、小銃を投棄し身軽な状態で迅速な移乗を実現した。ただ今は島内に既に敵が上陸している状況だ」

「むしろキスカよりガダルカナル島からの撤退を参考にすべきかもしれないでありますな……。ところで、白雪殿は前世ではガダルカナル島撤退作戦で無事に脱出した経験をおもちでしたな?」

あきつ丸は、末席に座っていたセミショートの髪をツインテールにしたセーラー服姿のおっとりとした雰囲気の駆逐艦娘に話を振る。呼びかけられた艦娘、吹雪型二番艦の駆逐艦娘白雪は今回、船団護衛の駆逐艦三隻の分隊旗艦の任にあった。

 白雪は急に話を振られ、ちょっとびっくりしたようにはいと返事をしてから言った。

「ガ島撤退時のケ号作戦は、常に敵の空襲を警戒しなければいけない状況だったため、島への接近は今よりも困難でした。ただ、ガ島でも、その後のキスカからの撤退でも、高速を出せる駆逐艦に分乗することになったので、夜間のうちに島を離れられれば敵の勢力圏外に離脱することができました。今回わたし達は輸送船と強襲揚陸艦、さらに護衛の駆逐艦と速力が大きく異なる艦が集まっているので、近海の制海権を確保しておかないと逃げ切れないと思います」

「確かに敵の強力な艦隊が近くに常駐しておるので、これが確実に除かれないことには、安全な撤退は困難でありますな」

あきつ丸も白雪の説明に賛同するように言った。

「いずれにしろ前線の部隊の撤退は最後になる。また、決して疑うわけではないが……。確実に海軍が敵を排除できる確証が得られるまで、警戒は続ける必要があり、武器や装備の投棄はできない。それだけはギリギリまで待って判断したい。実際、先の海戦では、味方は島に近づくことすらできなかったのだからな」

守備隊長の言葉に一同がうなずいた。

「報告ー! 沖合いに友軍の水雷戦隊! 敵封鎖艦隊と交戦を開始!」

 郵便局に駆け込んできた伝令がそう叫んだ。

「来たぴょん! 今度こそ勝利は間違いなしぴょん!」

卯月は飛び上がって言った。

「確かに今回は期待したい……」

弥生は噛みしめるように言った。

「ちょっと海を見てくるぴょん」

そう言って卯月は郵便局の外へ向かって走り出した。

「あ、卯月待って! 弥生も行く」

駆逐艦娘の二人を見送りながら、あきつ丸と白雪は、有人貨物船の船長や航海士らに向き直って言った。

「自分らの艦は、その他の貨物船より速力に勝るので最後に出発します。皆さんはいつでも船を出せるように準備だけはおいてください。まず撤収できる兵から輸送船に乗船してもらうであります」

あきつ丸の言葉に、守備隊長と輸送船の船長らは深くうなずいた。

 

 

 タロタロ島軍港に錨泊中の戦艦日向の下甲板では、煤けた第三種軍装姿のナス提督と同じく、ところどころ煤で黒く汚れた着物姿の日向が空になったバケツを手に、室内が真っ黒に焦げた機械室に佇んでいた。換気装置がフルで働いてゴウゴウ音をたてているが、重油が焼けた悪臭は当面取りのけられそうにない。

「やれやれ……。コゲ臭さ艦内中にひろがっている。しばらく取れそうもないぞ」

日向が肩をすくめてつぶやいた。

「それくらいは仕方ない。さてどれくらい時間を稼げるか……」

「もう間もなく第一分隊が最初の接敵を果たす頃だな。それにしても、まさか自分の艦に火をつけることになるとはね……。これは明確なサボタージュだぞ」

焦げた壁面や配管を見上げながら呆れる日向に、ナス提督は何度もうなずいた。

「苦労をかける。ただ、お陰で戦力温存に少し道が開けた。この艦が無傷であれば、この島の島民ぐらいは救えるやもしれん」

 出港の三時間前、日向は燃料系統の支線を航行には直接影響しない機械室に導き、意図的に配電盤の外箱を壊した上で火を付け、漏電と燃料漏れによる自作自演のぼやを演出したのだ。出撃直前の慌ただしい時に合わせてだったので、連合艦隊司令部は細かい原因究明をせず、また工廠関係者や妖精にはナス提督がいくばくかの軍票の力と間宮の助力により根回しが済んでおり、狂言火事が司令部関係者に勘付かれることはなかった。

 ただ、この行動は日向の指摘するように、明らかに作戦に対するサボタージュであり、敵前逃亡とも解釈される行動で、もし真相を司令部が知るところとなれば、ナス提督も日向も極めて厄介な立場に陥ることになる。

 ただ二人は、極めて拙劣な作戦指導を前に、どうしても保険をかけておく必要を感じていた。

「作戦が失敗し、連合艦隊が壊滅した場合、外南洋戦線の一角は崩壊したと考えるべきだ。それでも我々が生き残り、空母翔鶴と護衛の駆逐艦達が無傷で作戦を終えられれば、とりあえずこの島とシューズ・ベラ島の島民や軍関係者全員を避難させることは可能だ」

ナス提督はそう言いながら制服の袖をまくって腕時計を見た。

「さて、あと二時間半ほど時間を稼いだらゆっくり出港といこう。それまでには第一分隊による戦闘の帰趨が判明するだろう」

「ふむ、そうだな……。おや!」

日向はそう言いかけて虚空を見つめながら表情を険しくした。

「第三分隊から連合艦隊司令部に緊急電だ……」

ナス提督の表情も硬くなる。

「戦艦扶桑……、戦艦山城……、航行中に衝突し、戦闘能力を喪失……。至急、作戦計画の再考と対処を具申……。両艦とも、自力航行不能につき……。タロタロへ曳航せん……。第三分隊司令トビウメ アツオ……。君、大変なことになったぞ!」

日向が戦艦日向の長距離通信用空中線で拾った暗号通信を解読しつつ口にすると、大体の事情を察したナス提督も顔色を変えてうなずく。

「戦艦二隻が衝突……。一体何が……。とにかく上へ上がろう」

二人が上甲板へ上がり、艦橋へと歩きながら陸の方を伺うと、やはり同じ通信を傍受したのか、港内の通信所あたりが騒がしくなっているようで、制服姿の要員が右往左往し始めた。

「ん! 間宮が来るぞ」

日向が艦首の方へ首を向けると、給糧艦間宮が停泊している方向から内火艇が一艘近づいてくる。操舵輪を握っているのは艦娘の間宮だ。

「ナス提督、大変です!」

 内火艇から甲板に上がってきた間宮は開口一番に先の通信受電の旨を伝えた。ナス提督はうなずきながら戦艦日向でも受信したことを伝え、士官室へ招いた。

 三人は瀟洒な洋間の士官室のソファーに腰をおろした。気ぜわしそうな間宮とは対照的に、ナス提督はどこか緊張が切れたような、リラックスした様子で海図をゆっくりと広げた。

「今頃、第三分隊はちょうどこのあたり、速力十ノットも出れば日付の変わる前にここまで帰還できる距離だ。今頃、第四分隊がその後を追っているが、もしかすると洋上で合流するかもしれない。フルカワ司令長官代理は今後の作戦をどうするだろうね?」

「虎の子の主力戦艦二隻を失った。普通なら作戦中止、もしくは大幅に変更するべき事態だ」

日向がむっつりとした表情でそう断じた。間宮も同意とばかりにうなずく。

「そう。司令部がまともなら心配しない。でも、彼らは本当に『普通』だろうかね?」

ナス提督は自分の略帽を手でいじりながら、艦娘二人にそう問いかけた。

間宮は泣きそうな表情になる。しびれを切らした日向が強い口調でナス提督に言う。

「君、降って湧いた幸運をありがたがる気持ちはわからんでもない。だが、仮にも作戦が失敗しつつある時に少し喜びすぎだぞ! 特に艦を降りたら時には注意したほうがいい」

そう言う日向の言葉に、耐えきれなくなったナス提督が相好を崩す。

「いや私は別に喜ぶなんて……。間宮さん、自分はそんなに嬉しそうに見えますか?」

自分の頬に手をやりながらニヤニヤ顔で尋ねるナス提督を前に、間宮は困ったような笑顔を浮かべる。

「そうね……、心なしか、いつもよりもイキイキされているように見えますわ」

「それは、良くないですね……」

ナス提督は自分のあごをさすりながら芝居っ気たっぷりに神妙な表情をつくってみせる。

「まぁ、真面目な話、まだ安心はできません。日向、あと二十分で出港したい。出られるか?」

「ああ、十五分で出せる」

「よし。あと間宮さん、近場の敵潜水艦の様子はどうです?」

「複数の方角から味方のものではない近距離短波無線を複数回、受信しています。近海に敵潜水艦がいると考えるべきでしょう」

「わかりました。日向、沖合いの空母鳳翔に打電、第三分隊とタロタロを結ぶ航路上で対潜哨戒を厳とせよ、と。私は島の警備隊に駆潜艇や哨戒艇の出動を頼んでくる。戻り次第出よう」

「承知した」

 三人は立ち上って動き出した。

「さて、少しでも損害を減らさないと……。忙しくなりますよ」

「そうですね。わたしも引き続き通信傍受を続けます。……それにしても提督、やはり楽しそうに見えますわ」

ナス提督の言葉に、甲板を歩きながら間宮がからかうように言った。

「いやいや、山城と扶桑のおかげで、一筋の希望が見えてきただけですよ」

ナス提督はそう間宮に微笑んで、舷梯を降りていった。それからきっかり十三分後、ナス提督を乗せた戦艦日向は錨を上げて機関全速でタロタロ泊地を出発した。

 

 

 タロタロ泊地を出港して約二時間。連合艦隊司令部を伴った第四分隊はようやく輪形陣を組み、鈍足の輸送船五隻を護衛しつつ、速力十ニノットでブ島を目指していた。

 第四分隊の主戦力である戦艦比叡の右舷後方に配置されたのは重巡足柄だった。前回の戦闘による損傷も完全に修理され、外から見ると船体は真新しい軍艦色のペンキ塗装によりピカピカの新造艦のように見える。

 重巡足柄は今回、上陸支援の主力隊の一員に選ばれ、臨時で若い提督が座乗していた。急な編成割りで昨日突然決まったことで、艦娘の足柄がその提督と初めて顔を合わせたのは今朝のことだった。

 その提督は作戦に関係ないことでも何かと足柄にいろいろ話しかける男だった。

「今度、本土にご一緒できたら是非、金座通りにある洋食屋さんに行きませんか? 五丁目においしいメンチボーを出す店があるんですよ、足柄さん?」

「へ? ええ、そ、そうね。美味しいものなら何だって大歓迎よ、ええ……」

提督の話も上の空に、作戦のことを考えていた足柄は慌てて相槌を打った。

「いや~、今回足柄さんと一緒に出撃できるって聞いて、やったぜって思ったんですよ。ちゃっちゃと作戦片付けて、打ち上げに一杯行きましょうね!」

「そ、そうね……」

足柄は、笑顔でそう返答してからややもの憂いげな表情で海の彼方を見た。

――姉さん、どうしているかしら……。新しい艦隊でうまくやれているかしら?

足柄は遥か西方のメジロ泊地に転属になった那智のことを想った。

 そんな時、突然足柄の長距離無線用の空中線が味方の遠距離通信を拾った。

「あ、今第一分隊が突入を開始したようね。いよいよね。深海軍にこの前の海戦のお礼をたっぷり返してやる番ね。燃えてきたわ!」

急に熱っぽくなった足柄に、若い提督少し面食らったようにうなずいた。

「そ、そうですね……。がんばりましょう」

「ええ、戦闘の指揮は任せたわ。わたしはあなたが命じたことを素早く確実に完遂してみせるから」

提督は無言でうなずくのみだ。軍令部の指示により連合艦隊司令部付きの参謀連中とともに急遽派遣されてきた提督の一人で、実のところ良い意味でも悪い意味でも艦娘にしか関心がなく、脳裏のほとんどは作戦後の足柄との逢引きや本土のメンチボーことで占められていた。それ故、今ひとつ足柄と会話が噛み合わない。提督のほうも、足柄が戦闘のことばかり熱っぽく語るので、少し戸惑っている様子だった。

 足柄の空中線が遠く第三分隊の長距離通信を受電したのはそんな時だった。

「ええ、な、なによそれ……」

足柄は、トビウメ提督が発した戦艦二隻の衝突事故を告げる電文を受信し、思わずそう声を漏らす。足柄が見せた動揺の色を見て、提督も怪訝な顔をした。

「足柄さん、どうしたんですか?」

「大変……。たった今、第三分隊の戦艦山城と扶桑が衝突事故を起こして戦闘不能になったって……」

「はぁ~、マジですか……。第三分隊の主力じゃないですか! どうなってんだよ」

提督も取り乱した様子で言った。

「今、連合艦隊に作戦再考を意見具申してるけど……。一体どうなるのかしら」

足柄はそう言って、左前方に小さく見える、戦艦比叡の前方を航行している旗艦の軽巡大淀の方を見た。不安に駆られたのか提督はなにやらゴニョゴニョと愚痴り始めたが、足柄の耳にほとんど届いていなかった。

――ちょっと、戦艦山城っていったらあいつが乗ってる艦じゃない。あの人、一体何やったのよ? 姉さんが知ったらどんなに……。し、知らない! 姉さんにあんなことした奴のことなんか、わたしには関係ないわ! 関係ないんだから……

足柄は内心の動揺を抑えつつ、目の前の操艦と作戦のことだけ考えるように意識を向けるように努力したが、なかなか那智や第三分隊のことを完全に脳裏から追い出すことはできなかった。

 

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