艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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銃剣とオムレツ弁当

 タロタロ泊地。駆逐艦不知火は日が暮れた港湾基地の建物をぬって、バスケットを抱えながら泊地の司令部庁舎の前へとやってきた。庁舎内全体が喧騒に包まれていたが、奥の中会議室の付近には「憲兵」の腕章をつけた陸軍の兵士二人が小銃を担いで入り口を見張っている。

「トビウメ艦隊の秘書艦不知火です。司令に差し入れです」

兵士二人が不知火をじろりと見下ろす。不知火も負けじと殺意百パーセントの視線を返すと、一人がちょっとたじろぐ様子を見せた。それは一昨日わざわざ駆逐艦不知火まで乗り込んできた憲兵隊の一人だった。

「司令にお取次ぎを」

兵士らは気まずそうに咳払いして会議室のドアをノックした。

「トビウメ提督の秘書艦が来ています」

中から入れと声が聞こえ、兵士がドアを開けると、十畳ばかりの会議室には、司令部付の参謀や憲兵隊付の陸軍の士官ら四人が尋問官のごとく部屋の真ん中に座っているトビウメ提督を囲んでいた。中心にはトビウメ提督がまるで死人のような顔で座っている。

「司令に夕食を届けに伺いました」

参謀の一人が舌打ちして腕時計を見る。

「ちょっと休憩とする」

四人はそう言うとポケットから煙草やライターを取り出しながら廊下へと出てきた。

 入れ違いに会議室に入りドアを閉めると、トビウメ提督はようやく儚い笑みを浮かべて見せた。

「大丈夫ですか? 司令」

「休み無しでしんどいけど、まぁなんとかね……」

 憲兵隊の身柄拘束から救ってくれたナス提督の要請を受け、トビウメ提督は引き続き、不知火と荒潮を伴って残りの味方艦隊の撤退援護のため駆潜艇やタグボートなどと一緒に外洋へと進出し、なんとか撤退しつつある第三、四分隊の残存艦が敵潜水艦隊の餌食にならないよう対潜哨戒を続けながら丸一日かけてほとんどの艦を無事にタロタロ泊地まで護衛することができた。すでに第一、第二分隊の水雷戦隊も、空母翔鶴らの機動部隊とともにシューズ・ベラ島へ撤退に成功し、作戦行動は完全に終了した。

 ただ泊地に帰ってきたトビウメ提督らを驚愕させたのは、直撃弾を受けた旗艦大淀の司令部施設の被害だった。たまたま連合艦隊司令部の要員らが詰めていたところに敵弾が飛び込んだため、参謀や幕僚、司令部要に数名の犠牲者と多くの重傷者が出て、大淀が入港してからの港内は修羅場になった。当然、すんでのところで難を逃れたフルカワ司令長官代理のトビウメ提督への怒りはすさまじく、即時身柄拘束を憲兵隊に命じたものの、今度もあの年配のナス提督が割って入り庇ってくれたのだった。

 ただ戦艦二隻が戦闘不能に至った経緯には説明は必要で、寄港後、身柄拘束を伴わない形での報告と聴取を受けることになった。それからざっと十二時間、トビウメ提督は会議室の一室で調査官が入れ替わり立ち替わりするなか、事故について同じ内容の供述を五回も繰り返し説明することになった。

 また特に問題になったのが、何故艦娘の山城が正気を失う事態になったのかという点だった。山城から話が聞けない状況で、憲兵隊や司令部はすぐに、トビウメ提督が作戦中の艦娘に破廉恥な狼藉を働いたという疑いを持った。実は憲兵隊による提督の検挙件数の半数以上が、提督による艦娘に対するセクハラ、痴漢行為という深刻な実態があり、今回も真っ先にそれが疑われることになった。

「そもそも、数々の修羅場をくぐってきた艦娘が、床に嘔吐された程度で我を失うような事態に陥るか! 嘘をつくならもっとまともな嘘をつけ!」

司令部付きの調査官は、トビウメ提督の供述を聞くやそう吐き捨てた。トビウメ提督自身も全くその通りだと思うものの、こればかりは真実だからどうしようもない。山城の最大の理解者である姉の扶桑も頭の打ち所が悪く、回復には週単位の療養が必要と言われており、山城の性格について参考になる供述を得ることはできない。普段から提督を知る指揮下の艦娘達はそろって、トビウメ提督には普段から気弱で、艦娘にいたずらをする度胸などないことを憲兵隊に訴えたが、憲兵隊は、身内の証言であてにならないとして全く取り合わない。艦娘にいかがわしい事をして作戦を失敗させ、味方に多くの犠牲を出させたとなれば、もはや社会的には死んだも同然だ。

――もしそう決めつけられたら、もう那智さんに合わせる顔がないな……

 そんな絶望の底にいたトビウメ提督を救ったのは、憲兵隊に呼び出された、山城の修理を担う工廠の担当者と工作艦娘の明石だった。

「ああ、あった、あった。山城の戦闘艦橋だっぺ? まったく、ゲロくらい自分で掃除しとけよって思ったけんど、戦闘中ならまぁしょーがねーかって、うちの班でジャンケンに負けた奴に掃除させたよ。なぁ明石ちゃん?」

無精髭を生やした太鼓腹の担当者は安全第一ヘルメットを抱えながら言った。

「ええ、最初見たときはうげげってなりましたけど、大淀の司令部施設の惨状に比べればまだマシですね。あっちはちょっと言葉にできない状況でしたから……。それにしてもあの程度で動けなくなっちゃうとは、艦娘にも思わぬ弱点があるものですねー」

明石も担当者に向かってうなずく。二人の供述により、トビウメ提督の痴漢疑惑はなんとか晴れた。

「みんな心配しています。耐えられなくなったら言ってください。憲兵を始末してすぐに脱出できます」

 不知火はバスケットからお茶の入った水筒と弁当を包んだ風呂敷包みを取り出しながら、小声で言った。

「またそんな物騒なこと言って……。大丈夫、もうすぐ終わるよ。だから変なことは考えないで。このお弁当は?」

「先程日向さんから、司令への差し入れとして頂きました。どうも間宮さんお手製のようです」

「ええ? また間宮さんが? どうして? ……まだ温かいね」

アルミの弁当箱の蓋を開けると、鮮やかな黄色いオムレツに真っ赤なトマトソースがかかった洋風弁当が顔を出す。ソースの匂いが二人の鼻腔をくすぐる。夕食をすでに済ませていた不知火も思わずつばを飲み込んだ。

「ぬいぬいも一口食べる?」

「え? いや、これはあくまで司令のために頂いたもの。不知火が頂戴するわけには……」

「いいから、いいから」

慌てて首を振る不知火に、トビウメ提督は割り箸を割って、オムレツの端を取り分けると弁当箱の蓋に載せて差し出す。

「お箸これしかないから、反対の端を使って食べて」

「あ、ありがとうございます……」

不知火はバツが悪そうにそう言うと、割り箸を受け取り、オムレツからこぼれたチキンライスをかき集めてから口に入れる。ふわふわな卵とトマトソースが口いっぱいに広がる。思わず不知火は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼し卵とライスとソースのハーモニーをしばし堪能した。名残惜しくも不知火はすべてを咀嚼し飲み込むとようやく目を開けて我に返る。トビウメ提督が口を半開きにしてよだれを垂らしそうな顔で不知火を見つめている。不知火は慌てて割り箸をぬぐって提督に返す。

「す、すみません。さぁ、早く召し上がってください」

「う、うん、なんかすっごく美味しそうな顔してたから……」

トビウメ提督はつばを飲み込み、割り箸を受け取るとオムレツ弁当の残りを食べ始めた。

「これは……、なかなか……、癖になりそうだね……」

「ええ、自分で焼いた卵焼きとは比べ物になりません」

不知火はそう言いながらコップに麦茶を注ぎ提督へ差し出す。提督はありがとうと言ってコップを受け取り、一気に飲み干す。

「昨日、初風と早霜の修理が完了しました。戦艦を除き、ほぼ全戦力を回復しましたが、重巡の主砲弾薬の供給が滞っており、現在の搭載率はおよそ七割です」

それは、良かったとトビウメ提督はうなずいた。

「それにしても、司令部もずいぶんと時間を取らせますね。山城の急性ストレス障害の原因は、司令部や憲兵隊もようやく納得したとのことでしたが?」

「え? ああ、そうだね。同じことを何回もしゃべらされているうえに、対潜戦の段取りでもいろいろとね……」

トビウメ提督は歯切れ悪そうに言った。

「そういえば、昨日は葬式だったって? 代わりに出てくれたみたいだね。嫌な役目やらせちゃって御免……」

「ええ、どういう風の吹き回しか、初風が一緒に来てくれました。ただの儀式にすぎません。どうということもないですよ」

 昨日は軽巡大淀に乗艦していて戦死した司令部要員五人の合同葬儀が営まれ、各艦隊の代表者が参列した。トビウメ提督も出席しなければいけない立場だったのだが、取り調べのため身柄を押さえられているため、なんとか出向かずに済んだのだ。もし参列していたら、「作戦を失敗に導いた大罪人」として一身に怨嗟の視線を集め、今頃はきっと胃に穴があいていただろう。そういう意味ではこの取り調べは不幸中の幸いでもあった。不知火と初風は、喪章をつけて焼香を終えるまで、大勢の提督や艦娘から憎々しげな視線を向けられたが、気丈な態度ですべてをはねのけ、最低限の義務を果たしたのだ。たださすがの不知火にも厳しい時間であったことは否めず、半ば強引に同道してくれた姉妹艦の存在はありがたかった。

「司令のほうが心配です。新しい問題でも発生していませんか」

「え? いやぁ~、大丈夫、ははは…」

トビウメ提督はそう言って視線を宙に彷徨わせる。

 実は山城と扶桑の衝突事故の他にもう一つ、トビウメ提督の指揮に対する責任を問う懸案が浮上していた。その追求の急先鋒は陸軍の師団司令部だった。トビウメ提督も驚いたことに、師団司令部のトビウメ提督に対する怒りは、あの敵潜水艦の狼の群れから逃れるための、あの悪夢の一夜の出来事に起因していた。

「トビウメ提督、貴官は戦艦二隻と陸軍の輸送船五隻を護送中、陸軍の護送船団に対し、指示に従わない場合は船団を雷撃すると脅迫したという抗議が、陸軍師団司令部から寄せられている。これは事実であるか?」

「ええっ、きょ、脅迫って、そんなこと……」

調査官からそう詰問されたトビウメ提督は思わず言葉を失う。全く身に覚えの無いことだった。

「師団司令部は連合艦隊司令部に対し、この件について、厳重に抗議し、説明責任と責任者の処罰を要求してきている」

トビウメ提督は調査官から突きつけられた陸軍の抗議文に目を通し、思わず目眩を感じた。抗議文には、あの夜、輸送船団が味方の水上機めがけて対空射撃を止めさせる時の駆逐艦不知火と輸送船団との間の無線電話のやりとりの記録も添付されていた。

『直ちにあらゆる発砲を止めよ。十秒以内に命令に従わない場合、直ちに魚雷をもって撃沈処分を下す』

――これは間違いない……。ぬいぬいだ……

この無線電話通信があった時、トビウメ提督は戦艦山城の夜戦艦橋にいて、不知火と陸軍の間にどういう応酬があったのかをまったく把握していない。だが不知火が全力で発砲を止めようとすれば、当然このように通告をするだろう。確かにあの時、陸軍の船団はなかなか射撃を止めず、やっと駆けつけてくれた味方機を撃墜してしまわないかヒヤヒヤしたのを思い出した。あの水上機は艦隊の命綱だった。それは絶対に撃墜させてはならない希望の星であり、どうやら自分の副官である不知火は当時それを守るため全力で事態に対処したのだ。

 トビウメ提督は大きくため息をつき、まっすぐ調査官を見据えながらゆっくりと言った。

「……思い出しました。今になってみればやりすぎでしたが、あの時は敵の潜水艦に取り囲まれている中、ああでも言わないと味方機が撃ち落とされてしまうところだったんです。あの水上機がいなかったら、山城と扶桑だけでなく、陸軍一個師団全て、そして僕も今頃、海の底だったでしょう。陸軍の方たちには、射撃を止めるよう何度もお願いしたんですが、一向に聞いてもらえなかったんで、ちょっと厳しく言うように指示しました。責任は艦娘ではなく僕にあります」

トビウメ提督がそう認めると、調査官の追求はさらに厳しくなる。

「訴えでは、言葉での脅迫に飽き足らず、貴官は実際に駆逐艦不知火の魚雷発射管を輸送船に指向し雷撃を図った、とある。それは事実であるか?」

トビウメ提督思わず額に手を当てて目を閉じる。それが真実であることはトビウメ提督にも察しがついた。もし射撃が止まなければ、不知火は躊躇なく輸送船を沈めていただろう。ただそれを言って司令部や陸軍が納得するとは思えない。いつもなら困惑して言葉を失うところだが、あのぞっとする一夜を思い返し、今日は珍しくいい加減な答弁が脳裏に浮かんだ。

「まさか……。み、味方を撃沈だなんて、そんなこと常識的に考えてありえないです。そもそもあの闇夜でよく魚雷発射管の向きまでわかりましたね? た、確かに指揮下の駆逐艦はいずれも咄嗟魚雷戦に対応できる態勢をとっていましたが、えっと、それはあれです。そう……あれ。えーと、浮上する敵潜水艦に備えたものです。そうです。記録にもあるかと思いますが、私たちは『狼』の群れに取り囲まれている状況です。魚雷もそのためのものです」

今夜に限って、珍しく人間相手に流暢に返答できた。調査官らは渋い表情になったが、追求は一旦止んだ。

 当時戦艦日向に乗っていたナス提督が艦娘の日向を伴って調査室に直談判に来てくれたのはその後のことだった。ナス提督と日向は、当時いかに同士討ちの危険が高く、トビウメ提督の強硬な指示がいかに的確だったかを供述し、弁護してくれたのだ。そこでは陸軍が、いかに敵味方の彼我を確認しない状況で発砲し、その行動が交戦規則を無視した無軌道なものであったかが明らかになったため、陸軍も引き下がらざるをえなかったのだ。

「あのナス提督って人と戦艦の日向さんって、あまり気さくな印象はないけど、このお弁当といい、憲兵隊のときといい、なんか妙に親切にしてくれるよね?」

 トビウメ提督はお弁当をむしゃむしゃ食べながらそう言うと、不知火もうなずいた。

「そうですね。実はさっき、不知火も日向さんから直々にお礼を言われました。『瑞雲を守ってくれたこと、感謝するぞ』とおっしゃっていましたね」

不知火の口マネはちっとも似ていなかったが、トビウメ提督はそれ以上に不思議そうな顔をした。

「ずいうん? ああ、確か水上機だったよね?」

「はい、うちでは運用していない機体です。不知火も航空機には詳しくありませんが、日向さんがおっしゃるには、偵察、哨戒、制空、爆撃、連絡などあらゆる任務に対応できる万能艦載水上機で、もし前の大戦であと二年登場が早く、量産にこぎつけていれば、戦況も大きく違っていただろうとのことです」

「へぇ……、そんなにすごい飛行機だったんだ……。うちでも使ったほうがいいのかなぁ……」

――なんか器用貧乏な飛行機って印象しかなかったけど、そんないい機体なら、もし那智さんに導入の相談したいたら、なんて答えてくれただろう……

オムレツを口に運びながら一瞬の妄想でトビウメ提督の意識は弁当の味と不知火の顔から離れたが、トビウメ提督はすぐに自分の意識を目の前のリアルに引き戻した。黙って口を動かしていると、不知火が口を閉じたまま提督が手にする弁当箱の中を見つめている。そこにはオムライスの最後の一切れが残っている。トビウメ提督は心中で少し笑う。

――まぁ常習性のある、魔力をもった美味さだったからな……

「ぬいぬい、最後の食べるかい?」

不知火は物欲しそうな顔からハッと我に返り首をぶんぶん振る。

「え? いえ、そんな。そ、それは司令のお弁当です!」

「いいから、いいから」

トビウメ提督は再び箸をひっくり返してからオムレツを掴み不知火の顔の前に差し出す。

「司令、それはいけません……」

「僕はお腹一杯になった。残すともったいないから、ほら」

不知火は少し顔を赤くして口を開けた。トビウメ提督が遠慮がちに開いた口にオムレツとチキンライスの塊をやさしく押し込むと、不知火は最後までオムレツを堪能するように噛み締めた。

 秘書艦との他愛ないやりとりは、どん底だったトビウメ提督の気分を心なしか軽くしてくれた。

――取り調べもあと少しだろう

提督は、美味しそうに口を動かしている不知火を見ながらそう見通した。

 不知火が弁当箱を閉じて、バスケットへしまい始めると、司令部付きの調査官らがノックもせずにドアへと入ってきた。

「聞き取りを再開する」

トビウメ提督はうなずいてから、不知火に向いた。

「もう少しで終わると思うから、みんなをお願いね。何も心配しなくていいから。とにかく変なことはしないで待ってて」

「はい、承知しています。ですが我慢ができなくなったら、いつでも呼んでください」

不知火はそう言うとバスケットを手に会議室を出た。すぐに小銃をかついだ兵士がドアを閉め、不知火の背中越しにガチャリと鍵の締まる音がした。挨拶がわりに、とりあえず最大限の敵意を両目に漲らせ、憲兵どもに威嚇の視線を送って冷や汗をかかせてから不知火は外へ向かって歩き出した。

 

 不知火は司令部庁舎を後にし、自分の艦に戻るため内火艇桟橋へ歩きかけると、庁舎の車寄せの脇にあるヤシの木の陰から、荒潮が姿を現した。

「荒潮ですか。そんな所で何をやっているんですか?」

不知火が呆れたように問うと。荒潮は不敵に笑う。

「ぬいぬい~、ほっぺにケチャップが付いてるわ~」

「ぬぬ!」

不知火は狼狽して思わず手の甲で頬を拭う。

「なーんちゃって~、やーっぱりお弁当をつまみ食いしたのね~」

荒潮はけらけら笑いながら言う。不知火は一杯食わされたことを悟り思わず顔を赤くする。

「不知火は、決してそのような! 司令が一口、どうしても食べてみろというので、ほんの少しお相伴に預かりましたが、不知火はつまみ食いなんて意地汚い真似はしません!」

慌てて否定する不知火を見て荒潮は笑い過ぎで目尻の涙を拭いながらうなずく。

「わかってるわー。ただ、秘書艦ってほーんと、役得が多いのね~」

――本当に忌々しい朝潮型め……。いつか必ず思い知らせてやるわ……

不知火は恥ずかしさと同時に冷たい怒りを燃えたぎらせて同僚を睨む。

「ところで、憲兵隊の警備状況、ちゃんと見てきたのよねぇ?」

表情はいつもの薄笑いを浮かべているが、荒潮の声のトーンは急に低く冷たいものに変わったので、不知火は再び虚をつかれた。

「提督にもしもの事があったら、わたし達で取り返して逃げないといけなくなっちゃうわ~。ほらぁ前の時代は自決の強要とかいくらでもあったじゃない~。もし提督がそんなことになりそうになったら、ちょーと荒っぽいことをしても仕方ないわね~。憲兵隊は、士官が毎日〇六三○に第三士官食堂でそろって朝食をとることになってるの。ちょうど勤務交代の境目で一日にこの時だけ一箇所に集まるから、もし吹き飛ばすならこの時がいいわね~」

――え?

不知火は思わず狼狽した。

「通信所、それから島の飛行場は荒潮たちの停泊地から主砲で十分狙えるから、荒潮かぬいぬいどちらかが通信所と格納庫と滑走路を潰しておく必要があるわ~。それに水上機や飛行艇の係留所は高角砲で破壊できるわね~。もし島内で憲兵や司令部、陸軍とやり合うには、艦の武器より白兵戦用の艤装を使ったほうが身軽で良いと思うわ~」

まさか荒潮から反乱を持ちかけられるとは思ってもいなかった不知火は目を丸くして、冷静かつ的確に段取りを話す荒潮を見つめる。どうも冗談で言っているのではなさそうだ。

「ね~、まさかブルっちゃってるわけじゃないでしょ~ね?」

驚く不知火を前に、荒潮が挑発するように言った。ようやく不知火も反撃に転じた。

「戯言も休み休み言ってください。まさか不知火が臆するなど……ふんっ。司令部の会議室の前に兵士が二人だけ。後は問題になりません。それよりも、これは暴挙に及んで解決する問題ではありませんし、司令のためにもなりません。それに日向さんも言っていました。司令部にも軍令部にも、司令をどうこうする権利はない、と。荒潮もくれぐれも軽挙妄動しないようにしてください。まったくこれだから……」

二日前、危うく憲兵隊相手に大立ち回りを演じかけた自分のことも忘れ、不知火は呆れたように笑って見せた。

「確かに最後の手段ではあるけど、準備だけは必要だと思うわ~」

「当然です。その時はきちんと初風や加古さんにも話した上で動きます。今はまだその時ではありません」

不知火がそう言うと荒潮は肩をすくめて背中を向けた。

「そうならいいけど~、じゃあもう少し様子を見るしかなさそうね~。先に休むわ~」

荒潮はそう言うと手をひらひら振って、夜の闇の中へ去っていった。

 不知火はため息をついて、バスケットを手に内火艇の桟橋へと歩き始めた。

――確かに、これから司令や不知火達はどうなってしまうのでしょうか……。こんな時、那智さんがいてくれたら……

不知火はふとそんな不安に捉われながら、間宮へお弁当箱を返すため自分の内火艇に向かった。

 

 同じ頃、工廠区画の大ドックでは大型の引き戸が開けられ、巨大な建屋内の照明の明かりがこぼれて灯火管制が敷かれた湾内の海面を四角く照らし始めた。すると前後計四隻のタグボートに曳かれた戦艦山城が、建屋内の水を張ったドックへ向けてゆっくりと曳かれていく。

「あそこに明石さんがいるわ」

 大ドック内の天井近くに吊るされたキャットウォーク上から作業を眺めていた初風が、ゆっくりと建屋内に入ってきた山城の船首上甲板を指さした。そこにはツナギにヘルメット姿で工廠の作業員に指示を出しながら立っている明石の姿が見えた。

「明石、ずっと働き詰めじゃない。大変だよねー」

眠そうにあくびしながら蘭干に寄りかかっていた加古が応じる。

「艦の損傷は扶桑さんのほうが軽いけど、艦娘の扶桑さんのほうが重傷だって話だね」

加古の隣で長良が体を伸ばす運動をしながら言った。

「損傷は山城のほうが酷いらしいんですって。艦娘のほうは、体はピンピンしてるけど、メンタルが大破してて、回復の見通しは立たないらしいわ」

初風は蘭干にのせた腕に自分の顎を乗せてドックに入ってくる山城を見ながら言った。少し離れた鉄階段の陰では、早霜が静かに作業の様子を見守っている。

「艦尾が真っ二つじゃん……。あのぶんじゃ修理に一月はかかるんじゃないかな……」

「そういえば、さっき不知火から聞いたわ。あのナス提督って人が山城と扶桑さんのために高速修復剤を分けてくれるそうよ。艦自体の修理は二週間もからないじゃないかって」

「あの人、太っ腹だね~」

長良が肩を回しながら目を丸くした。

「戦艦の日向さん、確か火事が起きた時も高速修復剤で急いで修理して出撃したって聞いたよ。補給に余裕のあるところは羨ましいねぇ~」

加古があくびをしながら言った。

「そういえば日向さんとこの提督、いつも間宮さんのところに出入りしてるわね」

「ああ、知ってる! 空母の鳳翔さんもよく一緒だよ」

初風の言葉に長良が答えた。

「そのお陰であたしら、帰港してから特別にケーキやら最中を一杯にごちそうになれたみたいなんだよね。初雪や朝風も喜んでたね」

トビウメ艦隊と対潜護衛に従事したその他二人は日向に招かれ、一昨日の夜に間宮から特別食としていっぱいのお菓子の提供を受けたのだった。

「出撃もしてないのに、ちょっと気が引けたわ……」

そうつぶやく初風に、長良が寄ってきてポンポンと肩を叩く。

「大丈夫だって! 作戦は失敗しちゃったけど、まだ目的の友軍の救助ができてないんだから、これから休んだ分を取り返して活躍すれば大丈夫だよ!」

長良は白い歯を見せて元気な声で言った。

 初風は弱々しい笑みをうかべてうなずいたが、それをじっと聞いていた早霜は眼下のドックをじっと見下ろしながら考えていた。

――司令部は、本当に『次』を用意してくれるかしら……

早霜は脳裏に、前世の辛い戦いの記憶を呼び覚ましながら、明石ら工廠作業員らの作業を見つめていた。

 

 それから三時間経ち日付が変わろうとする頃、「正式な処分は追って下す。許可なくタロタロ島から離島しないように」との言葉とともに、トビウメ提督への事情聴取は終了し、ようやく解放された。トビウメ提督の証言はすぐに司令部付の事務官によって戦闘詳報の一部としてまとめられることになる。

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