艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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戦闘詳報 2

 タロタロ泊地の大ドック建屋内。巨大なコンクリのバスタブのようなドックが二つ並んでいる。そのうち一番ドックと呼ばれる大きなバスタブでは、戦艦山城の巨大な船体が枕木に乗せられた状態で鎮座していた。建屋の壁面にある煤けたガラス窓からはオレンジ色の朝日が差し込んできた。

 まだ早朝にもかかわらず、ドックの排水が終わってすぐに工作艦娘の明石は、安全第一ヘルメットとツナギ姿となり、ドックの底でクリップボード片手に山城の船体の底を見て回っていた。

 ふだんは常に海面下に沈んでいる船舶の船底部分には、いつの間にかフジツボや牡蠣などの貝類や藻、イソギンチャクなどの様々な生物が付着してしまい、そのままにしておくと航行時に無駄な抵抗を生み出して速力低下や船体バランスと燃費効率の悪化を招くこともある。それを防ぐために保守点検や整備のたびに、海棲生物が付着しないよう赤褐色の特別な船底塗料を塗るのだが、それでも放おっておけば次第に効果は薄れ、船底は再び貝やフジツボだらけになってしまう。

 山城の船底もそうだった。喫水線のやや下までは赤い船底塗料が見て取れるが、そこから下は貝やフジツボ、牡蠣でびっしりと覆われ、元々何色に塗装されていたのかすら想像できない有様だ。

「やっぱり、船底の掃除からはじめないと駄目ですね」

まだ工廠の作業員が出勤していない大ドックで、明石は巨大な船体を見上げながらつぶやいた。

 山城は艦尾の衝突の他、左舷に魚雷二発を受け、側面に大穴が開いている。幸い高速修復剤の提供を受けているため修復作業自体は比較的スムーズに運びそうだが、本格的な修復に取り掛かる前に、様々な段取りを決めておかねばならない。

「スクレイパーでこそぎ落とした後、サンドブラストしたほうがいいかしら?」

 明石はクリップボードに綴じた書類に状況をメモして船底を見て回る。

「ムール貝に、牡蠣がびっしり……。これは工廠の皆も大喜びですね」

明石は艦底の陰になっている部分に無数の牡蠣殻がびっしりと貼り付いているのを見て声を上げた。

 そうしてチェクして回るうちに、明石は舷側に気になるものを見つけた。

――あれ? なんか擦った痕でしょうか?

喫水線の六~七メートル下にあたる側面の装甲板の一部だけ、他の部分より汚れが少ない箇所があった。直径四十~五十センチくらいで、その部分だけ何か擦ったような痕だ。明石は船体に沿って組まれた足場を登り、その箇所に近づいてみた。確かにその部分だけはフジツボや貝が強い力で押し潰されたように砕けていて、部分的に鉄の地金が出て赤錆が浮いている。

「おはよう明石ちゃん。朝から精が出るな」

出勤してきた作業員の一人が、ドックの底から声をかけた。

「おはようございます! ねえおじさん、船体の状況を確認してるんですけど、ここだけ何かぶつかった跡みたいなのがあるんですよ」

その作業員はどれどれと明石のところまで足場を登って船体の横腹を見る。

「あー、ここもそうか……」

その作業員は少し驚いた口調でそうつぶやく。はてな顔の明石に作業員は言う。

「あっち。左舷側の横っ腹にも同じようなのがあった。艦首のちょっと後方だったな。向こうのはもっと横に引っ掻いた痕みたいなってたが、高さはほとんど同じだ……。こいつは運が良かったな……」

明石もそこまで聞いてようやく合点がいった。

「やっぱり不発弾ですかー」

それは敵潜水艦が撃った魚雷が側面に直撃した痕跡だった。

 深海棲艦の魚雷は日本海軍のものに比べ機械的な精度が低いことで知られている。速力、射程は旧日本海軍の艦娘が使用する九十二式酸素魚雷に大きく劣るだけでなく、撃発機構の粗雑さにより信頼性が大きく劣ることがわかっていた。これらの痕跡により、少なくとも山城に命中した魚雷は四発だったがうち二本が不発だったことが判明した。

「扶桑でもいくつか魚雷が擦った跡が見つかったらしいし。それより驚いたのは陸軍の輸送船だ。二隻の船底に不発の魚雷が三本突き刺さってたっていうんで、軍の技官が今日から弾頭の撤去作業を始めるって騒いでた」

民間船舶と変わらない装甲のない貨物船の船底は薄いので、高速で魚雷が当たると外板を突き破ってしまうのだ。信管が作動して爆発すれば大惨事だが、不発の場合は横腹に突き刺さったまま港まで持ってくることになる。

「ええ~そんな何本も命中して、もし爆発してたら戦艦も輸送船も多分やられてましたよ」

明石は驚き半分、呆れ半分と言った表情で山城の船体を見上げた。

「ああ、不幸戦艦なんて誰が言い出したか知らねぇが、みんな言ってるよ。こんなツイてる姉妹はそういないって」

「そうですね……」

 明石と作業員は足場を降りながら今日からの作業手順を確認する。

「思っていた以上に艦底の付着物が多いので修復作業はサンドブラスターできれいにしてからやりましょう。運用記録を見ると、山城は定期訓練以外、ほとんど作戦行動をとっていなかったみたいで、そのせいか付着物が思った以上に多いですからね。扶桑の方はきれいなんですぐに修理に移れそうですけど」

「そりゃそうだ。明石ちゃんがこっちへ来る前、扶桑は最初の海戦でも弾くらって二週間前に修理したばっかだからな。とにかく職長に伝えて作業の準備する。」

「それよりおじさん。底の方、牡蠣がびっしりですよ。牡蠣汁に牡蠣飯、食べきれないくらいの量になりそうですよ」

明石がいたずらっぽく言うと、作業員の目の色が変わった。

「おい、ほんとか? バケツを用意しねぇと」

「一つや二つじゃ足りませんよ。じゃあ山城はお願いして、わたしはこれから扶桑のほうを見てきますね」

明石は舌なめずりしながら言った。

「あいよ、任しときな」

そうして作業員に後を託し、明石は一番ドックの外につながる階段へ向かった。

 

 

 

 エアコンが効いた涼しい室内で、マツエダ提督は椅子に座って、黒表紙に綴じられた第二次ブ島沖海戦の戦闘詳報、その第一版のページをめくりながら思わず顔をしかめた。

「これ、本当のことなんですか?」

 ここは外南洋戦域における連合艦隊の本拠地、ローリー泊地の戦域総司令部庁舎内の小会議室。ロの字型に長机を並べた向かい側には第二種軍装を着た、日焼けした壮年の男、外南洋戦域作戦本部に詰めているクスミ ショウイチロウ第二参謀室課長が座って無言で苦笑いを返す。元々は提督として外南洋で艦隊を指揮していたが、今ではローリー島で事務職の責任者を努めていた。マツエダ提督は二年余前にこの世界にやってきて提督として着任して以来、クスミからは艦隊運営について助言やサポートを受けるなど、なにかと世話になってきた。

 マツエダ提督は飛行艇に乗って約五時間半かけローリー泊地へとやってきたのだ。すぐに総司令部に顔を出すと、クスミ課長はあわてて迎えに出てきた。

「おおヒロ、わざわざ来たのか。ナイスタイミングだったな。数時間前にローリーから連絡機が来て、最初の戦闘詳報をもってきた。今写しを作っているからしばらく待っててくれ」

「本当ですか? それはよかったです」

それから会議室で待つマツエダ提督に戦闘詳報の写しが手渡されたのはそれから二時間半後、もうすでに日がオレンジ色になりはじめた頃だった。

 マツエダ提督が問題の箇所まで読み進めて困惑顔になると、向かいに座っていたクスミ提督は、そんなマツエダ提督の様子を見て楽しむようにニヤニヤと笑った。

「驚いたろ? 俺だって正直信じられないよ。ゲロ吐いて戦艦二隻がオジャンだ。コントにもなりゃしない……。参謀連中のなかには、前線の司令部が何か別の大失態を隠すために、こんな馬鹿話をでっち上げてるに違いないって疑うやつもいる」

 マツエダ提督は艦娘の山城と気弱そうで明らかにコミュニケーション能力が劣っていそうなトビウメ提督の顔を思い浮かべた。もし知らない艦娘だったらこんな与太話、まともに取り合わなかっただろう。だが、実際に山城の眼の前で、艦の床を汚してみたらと想像すると、マツエダ提督にはだんだん戦闘詳報の真実味を強く感じるようになってきた。

「とにかく思い違いはあってもこれが現場の最初の生の声だ。この後、GFの司令部や軍令部がどう都合良く書き変えるかわかったもんじゃないから、みんなこれは保存しとく必要があるって言ってるよ」

マツエダ提督はページを進めつつも、脳裏にはいたたまれなさが浮かび上がってきた。これを那智に読ませたら、彼女はどんな思いになるだろう、と。

――彼女のことだ……。落胆し嘆くに違いない……

マツエダ提督自身も暗澹たる思いに駆られてきた。

 戦闘詳報を読み終える頃にはすでに日が暮れ始めていた。マツエダ提督はクスミに誘われ、送迎のくろがねの後部座席並んで腰をおろした。くろがねは基地のゲートを出て夕暮れの市街地に向かう。外南洋最大の拠点とあってメジロ島の街よりはるかに賑わっており、軍用車だけでなく民間人の車の往来も頻繁で、出歩く人の姿も遥かに多かった。

 くろがねは数分かけ繁華街の端まで走ると道に面して立派な朱塗りの壁や柱が目立つ店構えの中華料理店の前に止まった。

 くろがねを基地に帰し、クスミについてマツエダ提督が押戸を開けて店に入ると、白い上着を着た支配人が恭しく二人を迎えた。

「いらっしゃいませクスミ課長」

「こんばんは。個室空いてる?」

「はい、空いております。こちらへどうぞ」

 支配人は二人を個室に案内し障子張りの戸を閉めた。二人はテーブルに着くと、すぐに瓶ビールが運ばれてきた。栓を開けて二人で乾杯してからクスミは遠慮がちに口を開いた。

「ところで、山城と交代して迎えた重巡の那智だが、どんな様子だ?」

「え? いや、うちの高雄や衣笠にひけを取らない優秀な艦娘です。少なくとも、今のところはそういう印象ですが……」

「そうか……。少し気性が荒いとか、その辺は大丈夫か?」

「ええ。いつも戦いのことばかり気にしていますが……。確かにちょっと硬いところもありますが。それでも艦娘です。一見男勝りですが、女性らしい、繊細で、また可愛らしいところもありますよ」

まるで必死に弁解するかのようにマツエダ提督が言うのでクスミは何度かうなずいてビールをすすった。

「それならいいんだ。……実はあの那智って艦、一年ちょっと前に上官だった提督から暴行・侮辱の罪で告訴されてるんだよ。それ以前も着任する提督と折り合いが悪く、何人もから解任されててる。中部太平洋ではそれなりの戦果を上げてたんだが、急にそんなことになって、結局外南洋の果てに留め置かれることなった」

マツエダ提督は驚いて言葉を失った。折しも、料理が運び込まれ、二人は再び黙って、青椒肉絲、酢豚、水餃子、チャーハンなどの料理が卓に並べられるのを待った。

 再び戸が閉められると、マツエダ提督は口を開いた。

「暴行と侮辱ってどういうことですか?」

「おれも詳しく知ってるわけじゃない。そもそも提督と艦娘の間には表に出てこないだけで、いろんなトラブルが発生してる。ただ、ヒロが引き取ったのが重巡那智だと聞いて思い出したんだがな……。どうも那智は当時、その上官を暴行し口汚く罵ったらしい。怒った上官は軍令部に訴え出て軍法会議だと騒いだそうだが、実態は痴話喧嘩レベルでまともな事件にはならん。ただ上官への態度、素行の不良は事実として、艦隊ごと冷や飯食いになっていたという話だ」

マツエダ提督にはちょっとした衝撃だったため、すっかり気落ちしたような表情で炒めものとチャーハンを黙々と口に運んだ。

「すまなかったな、変な話ししちゃって。ヒロが上手くやってんなら、おれが何か言う筋の話じゃない」

――那智君は、あのトビウメ君とも上手くやっていた……。そんな那智君が一体なぜ……

妙な苛立ちを覚えてマツエダ提督はコップのビールをグビグビと飲み干した。すかさずクスミがビール瓶を傾けて空になったコップにおかわりを注ぐ。

「その相手の提督はどうしたんですか?」

「確か艦隊を放り出し本土に抗議に出かけ、結局戻ってこなかった。よくは知らないが、優秀な男だったんで軍令部の作戦課に行ったらしいが、その後のことはおれにもわからない。心配になって変な話したおれが悪かった。難しい顔せんで、ほら飲もう、食おう」

「クスミさん、那智君は良い重巡ですよ」

クスミはうんうんとうなずいた。

「ヒロがそう言うなら、心配しない。艦娘にはいろんな変なやつもいるが、人間と違って性根の悪い子は一人だっていない。最近は直接面倒を見る機会は減ったが、そのことはおれだってよくわかってるよ。さぁ、つまらん話はこれまでにしよう。さぁ」

そう言ってクスミはビールのコップを手に掲げた。マツエダ提督は晴れない表情ながらコップを手に二度目の乾杯をした。

 クスミの手前、その後マツエダ提督は最大限夕食を楽しんでいるように振る舞ったが、脳裏には那智と那智を告訴した提督、そして今タロタロ泊地にいるトビウメ提督のことが頭から離れなかった。

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