艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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※2025/03/06原稿修正。
誤字脱字の修正をしていたら、重複して違う話を投稿してしまっていたので、正しい話をUpしなおしました。大変失礼いたしました。


山城牡蠣

 ブーメラン島中部、最前線。クロコダイル・クリークと呼ばれる川幅約20メートルの浅い川をはさみ、両岸から赤い黄色の曳光弾が交錯、また迫撃砲弾の撃ち合い合戦が続いている。深海軍の勢力下にある南岸のジャングルの向こうから、深海軍の装甲車両がのっそりと姿を見せたのは日没からすで二時間が経過した頃だった。打ち上げた照明弾の白い光の中で、真っ黒なアンモナイトのような形の重装甲車両が三台、低木をなぎ倒しながらゆっくりと川に近づいてくる。

「十時方向に戦車だ! 戦車が来るぞ!」

銃声と砲声の合間に誰かが叫んだ。それを聞きつけたのか一番近い重機関銃陣地から機関銃がまっしぐらに銃弾を送り込み、赤い曳光弾の筋がその黒光りする奇怪な巨体に吸い込まれるが、銃弾はことごとくその厚い装甲に弾かれ、空に跳ね散る曳光弾が対岸からはっきり見えた。

 前線を預かる守備隊の小隊長は足元の有線電話のクランクを回して速射砲陣地を呼び出した。

「戦車が来ている。そっちから撃てるか? よし、すぐにやれ!」

小隊長がそう叫んでいる合間に突然先頭の『アンモナイト』が発砲した。貝殻の隙間から黒光りする砲身をにょきっと伸ばすと突然、川の北岸の陣地へ向けて榴弾を発射したのだ。戦車砲弾はすぐに重機関銃陣地に直撃し、オレンジの爆炎とともに土嚢もろとも陣地を吹き飛ばした。

「くそ!」

小隊長が叫ぶ。衛生兵が数人そのわきを駆け抜け、吹き飛ばされた陣地へ走っていく。衛生兵が向かっているが、あの爆発ではあの重機関銃班は誰も助からなかっただろう。

 一方、陣地左方にある、樹木や繁みで偽装された砲座からゆっくりと車輪付きの対戦車速射砲が前進し、砲口を対岸の『アンモナイト』へ向ける。

「てっ!」

掛け声とともに九四式三十七粍砲により直径37ミリの九四式徹甲弾が秒速約六百メートルの初速で撃ち出された。砲弾は一秒足らずで『アンモナイト』の殻に直撃し穴をうがった。すぐに先頭の深海戦車が殻の隙間から火を上げて停止した。

 速射砲班はすぐに薬莢をはじき出すと次発を装填して二両目の戦車へ砲身を向ける。その間わずか十五秒、第二射も目標を違わず二両目の戦車に命中し、爆炎を上げる。だがそれは当たり所が良くなかった。その『アンモナイト』は何事もなかったように前進を続け、砲身を伸ばすやゆっくりと狙いをつけ始めた。そこへ速射砲の第三射が追い打ちをかけるように命中し、ようやく二両目の『アンモナイト』も燃え上がり始めた。

 砲座では砲兵隊がすぐに次の砲弾を込めて三両目の戦車を狙う。

「弾が足りない! 速射砲弾、急げ!」

「残り五発です!」

それを聞き、一同は絶望感に襲われたが、そこへ場違いな女性のハスキーな声が響いた。

「対戦車砲弾の補給であります! 徹甲弾を優先して持ってきたであります!」

一同が振り返ると後方の塹壕から背負子を背負ったグレーの制服姿の娘が両脇に木箱を抱えて走りこんできた。

「お前は……」

それは陸軍所属の艦娘、あきつ丸だった。速射砲の戦車砲弾を納めた木箱を複数個抱えて走ってくるという、普通の人間には不可能な芸当を見せられ、一同は一瞬顔を見合わせた。

「陸軍の艦娘のあきつ丸であります。弾薬は自分が運びます! 射撃を続けてください!」

砲兵達はすぐにあきつ丸が置いた木箱を開け始める。

「装填急げ!」

速射砲が射撃を続けるなか、あきつ丸は背負子に縛った木箱をおろすとすぐに陣地の後方にある弾薬集積場まで走り始めた。

「敵戦車、後退!」

「敵の攻勢、止まりました!」

背中越しに前線の声が聞こえた。あきつ丸は少し安堵しつつも、次の襲撃に備え集積所まで走り続けた。

 第二次ブ島沖海戦の終了後、深海軍の陸軍部隊は島の北方への攻撃を強化し、クロコダイル・クリークを挟んだ攻防が激化していた。陸軍の守備隊はなんとか川岸での戦線を維持していたが、敵の攻勢激化により戦死者、負傷者が急増し、艦娘も戦闘支援のため前線への補給などの任務を買って出ていた。

 あきつ丸が再び速射砲の弾薬を担いで戻ってくると、前線部隊の小隊長が仁王立ちであきつ丸を迎えた。

「貴様は、一体何をやっておるか!」

頭からものすごい怒号を浴びせられた、あきつ丸は驚きつつも直立して木箱を置いて敬礼した。

「自分は微力ながら戦闘支援のため……」

そう言いかけたところであきつ丸は右頬に強烈な鉄拳制裁をくらい思わず目の前に星がちらついた。あきつ丸は少し吹き飛ばされて泥地に尻もちをついた。

「ここでの戦闘は貴様の仕事ではない! 貴様の任務は島の者を無事に島外へ運ぶことだ! こんなところの戦闘で死んだりすることなんぞ断じて許さんぞ! 判ったらさっさと港へ戻れ!」

そう一喝すると小隊長はすると踵を返して速射砲陣地を後にした。

 あきつ丸はずきずきする右頬を抑えながら立ち上がると、そばにいた砲兵が助け起こしてくれた。砲兵隊の班長もあきつ丸の肩をたたく。

「お嬢ちゃん、ありがとうな。ここはもういいから、早く港へ戻りな」

「おい、あきつ丸ちゃん。頼む、これだけ船にもって行ってくれ。こいつらだけでも本土に帰してやってほしい」

もう一人の兵士が小さな木箱と小判型の真鍮製のプレートにひもを通した、まるでペンダントのような認識票の束をあきつ丸に差し出した。それを見て思わずあきつ丸の顔が凍る。それは、このブーメラン島の最前線で戦死した守備隊兵士達の切り落とした指先を納めた箱と認識票だった。遺体を持ち帰ることはできない。せめて体の一部でも本土へ帰そうという前線での習慣だった。

「とても全員とはいかないが、この隊で集められたものはこれで全部だ。頼んだぞ」

あきつ丸は口元をぬぐいながら、悔しそうにうなずき、箱と認識票を受け取り、とぼとぼとポート・フリスビーへ向けて塹壕を歩き出した。殴られた際に口の中を切ったようで、舌に血の味を感じた。小隊長が右腰に軍刀を吊っていたことはあきつ丸も判っていた。あえて利き手でない手で自分を殴ったのだ。後方から再び機関銃と小銃の銃声が聞こえ始め、夜空に閃光が反射した。あきつ丸はやるせなさと無力感により両頬に涙がつたうのを感じながら『戦死者達』を抱えて北の港へ急いだ。

 

 

 

 タロタロ泊地の重巡加古に一艘の内火艇がやってきたのは、トビウメ提督達が扶桑姉妹のいる病院を訪ねた翌日の午前だった。極力他者との面会や接触を避けていたトビウメ提督だったが、さすがに自分の艦隊の整備を手がける明石の訪問には応対せざるをえないため、慌てて防暑服をきちんと着たうえで不知火、加古ともに甲板へと上がってきた。明石は工廠の作業員二人とブリキのバケツを両手に持って甲板に立っていた。

「トビウメ提督、おはようございます!」

「お、お疲れ様です、明石さん……」

訪問の意図を図りかね、トビウメ提督は戸惑い気味に挨拶した。

「扶桑さんの修理は昨夜から始まりました。高速修復材があるのでそんな二~三日中には大きな作業は終わりそうです。山城さんも昨日船底をきれいにしたので今朝から本格的に修復作業を始めています」

「そうですか。お手数をおかけします。とにかくよろしくお願いします」

トビウメ提督はそう言って頭を下げた。

「ところで今日は一体……」

「はい、今日はこれをお持ちしました!」

そう言って明石ら三人はブリキのバケツ合計六個を甲板に置いた。中には石ころのような黒いゴツゴツしたものが山盛りに入っている。それはバケツ一杯の牡蠣とムール貝だった。

「牡蠣ですか?」

「すごい量だね」

不知火と加古が首を傾げてバケツを覗き込む。

「はい、牡蠣です! これ全部、山城さんの船底から採れた牡蠣なんですよ!」

「あー、なるほどね~」

加古と不知火は納得したようにうなずくが、トビウメ提督はいまだ事情が判っていない。

 明石は昨日から戦艦山城の船底の清掃ともに大量の牡蠣やムール貝が採れたことを説明した。

「通常なら、慣例として工廠の関係者で頂くことになっているんですが、今回は普通以上に大量に採れたのでせっかくなら山城さんの指揮官にと思って、お裾分けすることにしたんです」

トビウメ提督をようやく事情を理解してうなずいた。

「それはわざわざありがとうございます。僕らが頂いちゃっていいんでしょうか?」

「ええ、遠慮しないでくださいね。山城さんはこれまで停泊していた時間が長かったようで、船底の付着物の多さがとびぬけて多かったんです。食べられる牡蠣も多くて、工廠のみんなも大喜びしていますよ」

明石は嬉しそうに言うと、黙って聞いていた連れの作業員らもうなずいた。

「そうですか……。ではちょっと気が引けますが、頂戴します。うちの艦隊の子たちに御馳走してあげられそうです」

「うわぁ、何にしようか、ぬいぬい。牡蠣飯? 牡蠣汁もいいよね?」

「確かに立派な牡蠣ですね。迷います」

加古と不知火はバケツの貝を覗き込みながら言った。

「ちゃんと養殖した牡蠣ではないので、必ずよく火を通してから食べてくださいね」

「はい、わかりました。本当にありがとうございます。引き続き山城さんの修理、お願いしますね」

「はい、お任せください!」

明石は溌剌とした声でそう言ってウインクした。

 明石らの一行が去ってから、三人はバケツ山盛りの貝の山を囲んで顔を見合わせた。

「すごい量だな……」

「これ、わたしらだけ食べきれるかなぁ?」

加古が嬉しそうに言う。

「このままにしておけませんから、いったん海水に浸けておきましょう」

不知火が言うので、三人は貝をさらに別のバケツに小分けにしてから海水で満たした。

「司令、夕飯までにどうやって食べたいか考えておいてください。ちなみに、不知火は酒蒸しを提案します」

不知火にそう言われ、トビウメ提督はバケツの牡蠣を困惑顔で見下ろす

「みんなはもちろん、好きなだけ食べていいんだけど、僕はちょっとなぁ……」

「? 司令は牡蠣がお嫌いですか?」

「いいや、牡蠣は好きなんだけど、これ山城さんの船底で採れたんでしょ? う~ん……」

昨日病院で会った山城の恐ろしい形相を思い出すに、トビウメ提督は自分がそんな物を勝手に食べたら、さらに良くないことが起こりはしないかと不安になった。

――なんか祟られそうだあんまり食べたくないけど、粗末にもできないしなぁ……

「あ! そうだ……。これだけ大量にあるから、色々助けてくれた間宮さんや

ナス提督達のところにもお裾分けしたらどうだろう?」

「そうですね。なかなかお礼をする機会もありませんでしたし、良い考えだと思います」

不知火もそう言ってうなずいた。

 この山城直産の牡蠣の山が、トビウメ提督を直感どおり、トビウメ艦隊をさらなる窮地に追い込むことになるとは、この時はまだ誰も知らない。

 

 

 重巡加古から離艦した明石の内火艇は作業員二人を桟橋に送り届けると今度は舳先を司令部前の桟橋に向けてスロットルを入れた。現在連合艦隊旗艦を預かる軽巡大淀はそこに係留されていた。

 明石はポンツーンに内火艇を停めると、牡蠣の入ったバケツを一つ下げて舷梯を登った。後部上部構造物は被弾して破損したままで、もうすぐ修理に取り掛かる予定になっていた。司令部要員はみな下船しているようで艦内は静かだ。

「大淀~! いる~? 入るよー!」

明石は大声でそう声をかけながら、無遠慮に大淀の艦橋構造物にずかずか入り込む。明石は大淀を呼びながら食堂や士官室を覗いてから最後に艦長室の前にやってきた。

「大淀~、まだ引きこもり中?」

明石はそう言って艦長室のドアをたたく。

「起きてるんでしょ? 大淀~」

明石がしつこくドアをたたいて声をかけ続けると、ようやく鍵の音とともに艦長室のドアが細く開いた。

「明石……」

戸とドア枠の細い隙間から眼鏡のレンズ越しに濁った眼差しが明石を迎えた。目の下にはドンヨリとした隈が浮いている。軽巡大淀は先の第二次ブ島沖海戦で唯一、死傷者が発生した艦だった。戦闘時には実際に提督が犠牲になるケースも時折発生していたが、旗艦に乗った司令部要員がまとまった数で死傷する事態は、戦況が押され気味となった最近でもレアケースだった。自分に艦に乗っていた者が死傷することほど、艦娘にとり不面目で、辛いことはない。今回の犠牲の責任はすべてトビウメ提督に帰せられつつあり、大淀を責める声は無かったが、大淀自身は結果の重大さの前に、自責の念に押しつぶされつつあった。実際、帰港後に損害調査と報告書の提出を終えた後は、呼び出しがない限り一切下船せず、自分の艦の艦長室にこもって塞ぎこむ日々を送っていた。

「うわぁ……ひっどい顔。ちゃんと食べてるの」

やつれた大淀の顔を見るなり明石が言った。

「何しに来たの、明石……。ごめん、今は独りにして……」

大淀はそう言ってドアを閉めようとしたが、明石はすかさず隙間に足を突っ込んで阻む。

「何しなびた大根みたいになってんのよ。連合艦隊旗艦の名折れもいいとこじゃない」

明石が挑発するようにいうと、大淀は少し気色ばんでドアを開く。

「何よ。明石は、自分の艦に乗船して命を預かった人達を失ったことなんてないでしょ! それがどんなに悲しくて、辛くて、恥ずかしいことなのか判ってないじゃない!」

大淀は上品ながらも少し声を荒げて言った。明石は笑みを浮かべたまま黙って大淀の言葉を正面から受け止めてから、落ち着いた声で言った。

「お互い、前世では辛いことを何度も経験したじゃない……。確かにこの世界では犠牲になる人は遥かに少なくなったけど、どうにもできないことってあるでしょ? それに大淀は今回、具体的に自分がどうしたら被弾しなくて良かったって思うわけ? わたしは戦闘のことはさっぱりだけど、今回みたいな乱戦のときには、そんなことは考えたって無駄ってことくらいは判るわ」

「そうだけど……。つい数分前に話していた人達が、一瞬で変わり果てた姿になってしまって……どうすればこうならなかったんだろうって、そればかり考えて……」

大淀の眼鏡の奥の目じりから涙が頬に伝う。

「仕方ないわね……。今はいっぱい泣いて、いっぱい寝て、いっぱいくじけたら、美味しいものをたくさん食べて、次の作戦に精一杯力を注ぎましょ。あたしたち艦娘にはそれしかできないでしょ?」

そう言って明石は、嗚咽する大淀の肩を抱きしめた。

 しばらく二人は抱擁をかわしていたが、明石は不意にくんくんと鼻を鳴らしてから不用意な一言をこぼす。

「大淀、ちゃんとお風呂入ってる? 髪に汗と火薬の臭いが染み付い、あ痛!」

大淀のゲンコツが明石の後頭部にさく裂し、二人はようやく抱擁を解く。

「これから入るところよ……」

大淀は真っ赤になって言う。

「グーで殴ることはないのに……。ま、でもちょっと元気になったみたいね。お風呂入ったら、ちゃんと食べること。そうそう、これたくさんあるから大淀にもあげる」

明石は自分の後頭部をさすりながら足元のブリキバケツを指す。

「ええ? 牡蠣? それもこんなに?」

「そう。戦艦の船底にもうびっしり。食べきれないからもってきたの」

大淀は驚くとともに改めて明石に向き直った。

「ありがとう、明石……」

大淀は再び明石を抱きしめた。

「良かった、笑顔になって。じゃあ私はそろそろ行きますね。貝はどう料理してもいいけど、必ず火を通して食べてね。じゃあまたね!」

明石はそう言うとバケツを残して甲板につながるラッタルを降りていった。

 

 

 

 トビウメ提督と秘書艦の不知火は貝で山盛りになったバケツ二つをもってまずは給糧艦間宮へと内火艇を走らせた。

 ちゃんと第二種軍装を身に着けて間宮の甲板に上がった提督を、いつも通りの割烹着姿の間宮が穏やかな笑顔で迎えた。

「おはようございます、トビウメ提督。今日はどうされたのですか?」

「いつもお世話になっています、間宮さん。実は、思いがけず食べきれないくらいの牡蠣をもらうことになりまして。それで、間宮さんには今回、お弁当とかいろいろお世話になったので、せめてものお礼で間宮さんにもお裾分けと思った次第で……」

「まぁ……、わざわざそれで? それにしても立派な牡蠣ですね。あら、ムール貝もあるんですね」

間宮はしゃがみこんでバケツを覗くと、大きな牡蠣殻を手にして嬉しそうに言った。

「ええ、なんか明石さんがいろいろ持ってきてくれたので。もしよければ主計課の皆さんで是非お召し上がりください」

「お気遣いありがとうございます、トビウメ提督。これだけの量だったらナス提督達にも少し分けて差し上げてもいいですか?」

間宮がそう言ったのでトビウメ提督と不知火は思わず顔を見合わせる。

「実は、ナス提督とカメヤマ提督にも今回、大いに助けて頂いていたので、別にご用意してあるんです」

不知火がすかさず説明すると、間宮はそうだったのねと言って笑った。

「ちょうど良かったわ。ナス提督と日向さん達、今ここにいらしてるので呼んできましょうか?」

トビウメ提督と不知火は再び顔を見合わせる。

「ではお願いします。この後戦艦日向を訪ねるつもりだったんです」

「わかりました。少しお待ちくださいね」

そう言って、間宮は足取り軽く艦橋構造物のほうへ歩いていく。

――やはり、間宮さんはあのナス提督と非常に親しいようですね……

不知火は間宮の背中を見送りながらそう思った。

 トビウメ提督がナス提督に渡す分のバケツを内火艇から引っ張り上げてくると、ちょうど間宮に連れられてナス提督と日向、それにサングラス姿のカメヤマ提督が甲板へ上がってきた。

「いよぉ、元気してたか?」

カメヤマ提督が調子よく手を挙げた。

「ええ、なんとか……」

 トビウメ提督が三人に挨拶し、これまでの助力に礼を述べた後、牡蠣を持ってきた理由を告げた。

「そういや、定期点検の時にたまにあったな、こういうの。でも、こんなもらっちゃっていいのか? うちは今、大鯨とゴーヤしかいないぞ」

カメヤマ提督がサングラスを外しながら間宮と並んでバケツの牡蠣を物色する。

「いいえ、どうか気にしないでください。皆さんには本当に助けていただいたので」

日向と並んで静かに見守っていたナス提督が口を開いた。

「そういえばトビウメ提督、昨日、メジロ泊地のマツエダ司令からGF司令部宛に、山城のこれまでの運用上の問題や精神的な弱点について報告し、今回の事故は一定期間運用してきた自分でも予見困難だったと訴える上申書が届いきました。司令部も山城を長く運用してきた指揮官の意見を無視することはできないでしょう」

「お兄さん、戦艦山城の前の提督が律儀な人で良かったな」

カメヤマ提督も笑って言う。

「司令部は、今は小言や嫌がらせをしてくるかもしれませんが、一過性のものだと思って、悲観しないでいてください。確かに作戦の結果は重大だったが、それはトビウメ提督一人の責任ではなく、また今回のことで彼らには君に何もできはしない。だから窮屈な状態も今しばらくの辛抱です」

「はい、ありがとうございます……」

――わざわざ上申書を出してくれるなんて。あの提督、ちょっと気になるところはあるけど、今の那智さんの上官が良い人そうなのはよかった……

トビウメ提督は複雑な感慨を飲み込みながらうなずいた。

 牡蠣を品定めしていた間宮はふと思い出したように不知火たちに向き直る。

「皆さんの艦隊では牡蠣はどう料理するかもう決めましたか?」

不知火とトビウメ提督はそろって首を振った。

「さっき貰ったばかりで、後でみんなで決めようと思っています」

間宮は少し考えこむ表情をしてから、差し出がましいかもしれませんがと前置きして二人に言う。

「もし良ければ、わたくしがなにか作って差し上げますよ。ナス提督のところには鳳翔さんもいらっしゃるし、二人でちょっと手をかけた物がお出しできるかもしれません」

「え? 本当ですか? どうしよう、ぬいぬい」

「ええ、良いと思います。間宮さんの手料理を食べる機会を逃す手はありません」

提督二人もそれはいい考えだとうなずいた。

 話は決まり、トビウメ艦隊の残りの牡蠣も持ってくることになったが、そこでカメヤマ提督がちょっと言いにくそうトビウメ提督に向き直る。

「お兄さん、確か写真撮るんだよな? 写真の現像ってできる?」

トビウメ提督はいきなりの話に驚いたが、うなずいた。

「モノクロなら、できなくはないですが。最近はやらなくなりましたが、どうしてですか?」

「実は急ぎで現像してもらいたいフィルムがあるんだけど、情報部の写真班が、司令部連中から別の現像の仕事を押し付けられたせいで、すっかり後回しにされて困ってたんだよ。俺も潜水艦の中で見様見真似で数枚やってみたが、どれも失敗しちゃって使い物にならなくって、やっぱ素人には無理があった」

そう言うカメヤマ提督に続き、ナス提督も口を開く。

「実はその件で、私もあとでトビウメ提督を訪ねようと思っていました。もし時間があるなら力を貸してほしい。非常に大切なフィルムで、一刻も早く現像したい」

それを聞き、トビウメ提督は一つ返事で引き受けた。世話になった恩人たちの頼みを断る理由はない。

「自分でよければ、お力になります。フィルムのサイズは?」

「高さ七インチのロールで6メートル」

すかさず日向が即答する。

「大きいですね……。わかりましたすぐに支度します。えーと場所は加古の写真室を借りるか……」

「そうですね。そこが一番広い作業場となりそうです」

トビウメ提督の言葉に不知火もそううなずいた。

「よければ日向の現像室を使ってもらっても構いません。戦艦なので部屋も一番広く、機材も充実していると思います」

ナス提督が言い、日向も無言でうなずいた。

「わかりました、ではそうします。一度戻り、すぐに戦艦日向にうかがいます」

「ああ、準備しておこう」

トビウメ提督に日向が答えた。

 トビウメ提督は間宮に、牡蠣は必ず加熱するよう念押しし、そして品目に一品、酒蒸しを追加するよう頼んでから、不知火に続いて甲板から内火艇へ降りて行った。

 

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