艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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第一次ブーメラン島沖海戦/キルゾーン

 その後も二、三時間に一機ぐらいの割合で、深海軍の触接を受けながらも連合艦隊は白波を立てて躍進しつつあった。

 〇九三〇時。艦隊はついにブーメラン島の接続海域に入り、ブーメラン島の西北西およそ八十浬の地点で旗艦の戦艦金剛と扶桑、それに重巡摩耶から零式三座水上偵察機が一機ずつ、カタパルトから打ち出された。

 水偵が島の方角へ向けて飛び立つと、金剛にいる艦隊司令長官より増速と突入準備の指示があり、艦隊は一斉に南へと転舵しポート・フリスビーへと一直線に進路をとった。計画では目的地から50浬の時点で、港内の輸送船団や駆逐艦に待避準備を呼びかけ、そのまま最大船速で深海軍の包囲網に風穴をあける手筈となっていた。

 離陸から三十分後に届いた水偵の一次連絡によれば、事前の予報と異なり、厚い雲がブーメラン島近海の空を覆っているとのことだ。

 

「曇りか……。憂鬱になるな」

 

那智が空を睨みながらつぶやいた。

 深海棲艦が大量湧出する時は決まってその海域が異様な天候になるという妙なジンクスが艦娘や提督達の間でささやかれてきた。確かに、トビウメ提督の経験した海戦のうち、数度は酷い荒天や空が燃えるように赤紫に染まった異様な夕暮れの下に行われたこともあった。だが、突きぬけるような晴天下でも深海棲艦は容赦なく出現し襲ってくることも多く、トビウメ提督自身はそのジンクスを信じていなかった。

 

「あれはただの確率論だよ、那智さん」

「それはそうだが……」

 

提督はそう笑い飛ばして那智の不安を払拭しようとしたが、島に近づくにつれて雲は厚くなる一方だった。

 トビウメ提督は艦橋横の右舷見張り所に折りたたみ式のデッキチェアを引っ張り出してネズミ色の水平線を眺めることにした。天気が悪く、そのうえトビウオもイルカも、海鳥もいない退屈な景色である。ただ、あの焼け付くような日差しが雲に遮られたので艦橋内より外の見張り所のほうが涼しくて快適だった。

 

「貴様というやつは……。少しは緊張感を持ったらどうだ」

 

艦橋から出てきた那智が呆れ顔で言うが、デッキチェアに寝そべった提督は経木に包まれたおにぎりを見せる。

 

「一つどう? きっとランチしている余裕はないと思う。なによりも、食事も戦いだ」

 

柄にもなく凛々しい表情でそう言い放ってから、提督はニヤニヤ顔でおにぎりを差し出す。日頃なんでもかんでも戦いにかこつけて訓辞を垂れる那智の口調を真似てやりかえしたのだ。那智はぶすっとした表情で提督を睨み返した。が、那智はすたすたとそばへやってきて経木から一つおにぎりをつまんで食べ始める。

 

「それはおかか」

「うむ……」

 

 おかかのおにぎりを半分までかじったところだった。那智ははっとして首を巡らせた。

「扶桑より信号! 敵艦見ゆ! 十時の方向、距離およそ九万と六千」

二人は手にしたおにぎりを口に押し込んで艦橋へと戻る。

 提督は左舷見張り所へ飛び出し、備え付けの大口径双眼鏡をのぞき込んだ。左舷を走る僚艦と僚艦の間から遙か海上を臨むと、灰色の海に真っ黒な船体の影が並んで三つ、青いLEDのような燐光を光らせていた。

 

「まだ遠くてぼんやりしてるけど、おそらく巡洋艦クラスが三」

 

各艦から一斉にベルが鳴り、砲塔を回り始める。

 

「はじまるぞ」

 

艦橋構造物の一番上にある主砲方位盤が敵の正確な方角と距離と観測し始めた。もう間もなく火蓋がきられる……。

 

 

 旗艦金剛の艦橋構造物にある戦闘指揮所では艦隊司令長官のモトヤマと参謀のフルカワが大はしゃぎで双眼鏡を覗いていた。

 

「金剛、まだ撃たんのか。敵だ! 敵だぞ!」

「深海軍め、木っ端微塵だ!」

「ウェイトプリーズ、チョーカン。ファッツ? 敵艦がエスケープ始めたヨー!」

 

自分の方位盤で敵艦を観測した艦娘の金剛が言った。

 

「さては深海棲艦め、こっちの陣容に恐れをなしたな」

「我が艦隊は戦艦三隻を誇る陣容ですからな」

「金剛、予定より早いが全軍突撃だ。見つけた敵は全部蹴散らしてポートフリスビーへ突入だ。敵艦は射程に捉えしだい吹き飛ばせ!」

 

自信満々といった様子で金剛はうなずいた。

 

「オール・ライト! 皆さんついてきてきてくださいネー!」

 

間をおかず戦艦金剛の後甲板信号灯より全軍突撃セヨの号令が発せられた。

 

「突撃命令。速力23ノット。合戦準備!」

 金剛からの命令を受け、トビウメ提督と那智は羅針艦橋の一フロア上にある戦闘指揮所へと駆け上がった。戦闘指揮所は羅針艦橋よりかなり手狭だが、艦橋より高いぶん見晴らしがよく、方位盤射撃用の計器や通信機も備えられていた。

「思ったより早かったね。このまま余勢に乗って敵陣を突破するつもりらしい」

「ああ……。だが、偵察に出した摩耶と扶桑の水偵は戻ってきたのか?」

「え? そういえば……。とりあえず僕らも臨時で今すぐ飛ばそう」

 

提督の指示で、煙突後ろにある零式水上観測機を乗せた右舷カタパルトが風上の方へ向きを変えると、破裂音とともに機のプロペラが回り始めた。

 

「一番機エンジン、コンタークト」

 

那智が、偵察機のエンジンが無事始動したことを告げる。

 

「射出!」

 

提督の号令とともにバスン!という爆発音を響かせ、偵察機の機体がはしご状のカタパルトのレールに沿って海へ押し出された。急加速によって複葉の偵察機はすぐに揚力を得てゆっくりと高度上げて南へと飛翔する。すぐにも左舷カタパルトからも偵察機が同様に水観が発艦した。那智は後続の加古にも発光信号を送り偵察機発艦を命じた。

 

『メンドクサイヨー。テキハモウメノマエダヨ?』

 

加古から即座に返ってきた信号に二人は顔をしかめる。

 

「どうでもいい連絡は寄越すな。3分以内に発進させよ!」

 

そんな無駄な発光信号のやりとりを経て加古の後甲板からも偵察機が撃ち出された。

 

「加古の水偵には後方を警戒させて」

「ああ、我々は現在の敵情を何も知らない……。だが、敵は我々の動静を知っている」

 

那智の言葉に提督は無言でうなずいた。

 そんな那智艦上の二人の懸念も余所に敵艦を追って艦隊は南へと進む。だが、速力二十三ノットの突撃を突撃と呼ぶにはあまりに緩慢に過ぎた。鈍速の扶桑型戦艦を擁した艦隊には、陣形を保ったままそれ以上の速力で進むことはできなかったのだ。

 後刻、トビウメ提督はもう少し早く気付くべきだったと悔やむことになるのだが、本来、快速を誇る巡洋艦が23ノットまでしか出せない追撃者を振り切るのはたやすいはずだった。だが、深海棲艦の巡洋艦は絶妙に連合艦隊の砲撃射程圏外に位置しつつも決して艦隊の視界外まで逃れることなく連合艦隊をポートフリスビー沖へ引き込みつつあった。

 曇ってくるにつれ、穏やかだった海は徐々に荒れる兆しを見せ始めた。先ほどよりピッチングが激しくなり、船は波頭を越す度に前後、上下に激しく揺れた。

 

「水観一番機より入電! 我、敵艦隊発見。戦艦3、重巡……。クソッ、電信途絶えた」

「戦艦三なんて……。もうそれだけで五分五分の勝負だ。もしそれ以上敵がいたら……」

「いると思え。やはり楽観的すぎたか……。どうも我々は昔と同じ轍を踏むな」

 

『北方向ノ敵情及ビ避退航路ヲ索敵セヨ』

 

偵察機からの先に電信を加古も受信してたようで、那智が信号でそう命じると今度は素直に了解の応答があった。

 

「情報が古すぎた。一時撤退を具申するべきかもな……」

 

いつも好戦的な姿勢の目立つ那智らしからぬ言葉に提督は少し驚いた。だが、いざという時は退くことも勇気であることは提督にもわかっていた。

 

「しかたない、すぐ司令長官に進言するよ」

 

トビウメ提督が意を決し、信号で送るべき言葉をそらんじたとき、旗艦金剛より発光信号とともに、その後部マストに通信旗が掲揚された。

 

『敵艦隊見ユ。砲雷撃戦用意』

 

上層部は完全にやる気だった。トビウメ提督は眼前の戦艦金剛を睨みながらクソッと悪態を吐いた。

 

 

 前方、水平線の彼方に大小無数の黒い影が浮かぶ。青や赤い燐光を放ちながら扇状に布陣している深海棲艦の真ん中へ、連合艦隊は複従陣で突き進んでいた。敵艦隊もこちらへ向かって包囲網を狭めてきていた。双方は正面からぶつかる反航戦の様相を呈し、敵艦隊の姿はみるみるはっきりと大きくなってきた。

 戦艦金剛の戦闘指揮所では双眼鏡を手にしたフルカワ参謀が真っ青な顔で叫ぶ。

 

「方位○一○敵、戦艦タ級、二。ル級、一。重巡リ級、七。その他駆逐艦三十隻以上!」

「チョーカン! 軽巡多摩より入電ネ。方位二四○。タ級、一。リ級、三。軽巡洋艦多数を含む敵艦隊発見。ちょっとデンジャラスだよ」

 

さすがに、今まではしゃいでいた金剛も心配になってきたようで声のトーンが落ちてきた。こころなしか、前髪のアホ毛もしおれてきたように見える。

 

「いや、進路このまま。軽巡や駆逐艦の射程に入る前に、長距離砲戦で勝負をつけるぞ。扶桑および比叡に信号! 目標、左方の敵艦隊。再度正確な測距と同時に砲撃を開始せよ」

「オーケイ! 私の本気、見せてあげるネ!」

 

金剛は大仰に手を振りかざすと、艦橋最上部の測距儀を新しく現れたル級戦艦へ向けさせ、三角法で距離を測定する。すぐに発射解を得た金剛は前後四つの砲塔を一斉に左へ向けた。後続の扶桑と比叡もそれにならって砲塔を左へ向け、一斉に砲身を持ち上げる。

 

「OH! チョーカン。第二戦隊の那智より信号デース。水偵、ブーメラン島東方に戦艦三以上の新たな艦隊を発見。一時転進を具申す、と言ってマース。どうしますカ?」

「馬鹿な! ここまで来て転進などありえない。作戦に変更はないと伝えろ」

 

モトヤマ長官がそう怒鳴ったとき、参謀が叫んだ

 

「敵艦が撃った!」

 

深海軍の戦艦から一斉に煙が上がった。

 

「金剛、撃ち返せ!」

「イエース! 全門、ファイアー!」

 

旗艦金剛の主砲全八門が数秒ずつ時間をずらしつつ一気に火を噴いた。大きな火の玉と煙が立ちこめるが、直後、大きな轟音とともに周囲の海面から水柱が数本吹き上がり、周囲の硝煙を吹き飛ばした。

 

「ビーケアフル! 至近弾!」

 

金剛がそう警告の声を発した直後、艦橋構造物はもの凄い衝撃に襲われた。

 

 

 重巡那智の戦闘指揮所にいる那智とトビウメ提督は戦艦金剛の左舷舷側から爆炎が上がるのを目撃した。それを合図に、その他の敵戦艦と敵重巡洋艦も一斉に砲撃を開始した。左の艦列を進む味方の三隻の戦艦もやたらに撃ち始めて周囲は火薬の黒煙におおわれはじめた。

 

「戦隊旗艦へ信号! 目標指示、請え!」

 

 無線封鎖がなし崩し的に解除され、艦隊全体から悲痛な叫びが交錯する。

『敵水雷戦隊接近中にゃ! 奴らの魚雷の射程まで近づけちゃだめにゃ!』

 

それは那智の左後方を航行中の軽巡・多摩だった。語尾こそなんかおかしいものの、その口調も内容もきわめて切実で真剣なものだった。

 

 第一戦隊の多摩からの無線を聞き、那智はもどかしそうに提督を見た。

「戦艦の護衛が我々の任務だ。指示はまだなのか!」

だが、第二戦隊旗艦の摩耶からは依然、攻撃命令が来ない。そうしている間に、摩耶も立て続けに被弾し真っ黒な煙に包まれた。驚いている間もなく、重巡那智の左後ろを走る戦艦の左舷からは大きな水柱が二本立ち上る。水柱の力に押し倒されるように、巨大な艦橋が船体ごとぐらりと右へ傾いた。

「扶桑が魚雷を受けた……」

魚雷の直撃弾を受けたということは、それだけ敵の駆逐艦や巡洋艦が肉薄しつつある証拠だった。摩耶も金剛も敵弾を受けて損傷し指揮通信能力を失いつつあった。

 そこへ追い打ちのように飛んできたのが、重巡足柄率いる陽動の第三戦隊が壊滅したとの知らせだった。

 戦況はためらう者を置き去りにして変化する。最後の悪い知らせは不知火からで、艦隊右後方に敵の新手が出現したとのことだった。

 すでに序盤で手痛い打撃を受けて混乱しつつあった連合艦隊を、敵は完全に料理しようと包囲しつつあった。

 

「……退路を断たれます。早急に対処の要を認めます」

「決めるのが貴様の仕事だ……」

 

 不知火の無線と那智の声に押され、逡巡していた提督は無線機の受話器を掴んだ。

――たとえ死ぬとしても二度目だ。怖がるようなことか!

トビウメ提督は心中でそう自分を叱咤して受話器に叫ぶ。

 

「長良、不知火、初風。こちら那智・指揮所トビウメ。これより方位330に現れた敵艦隊を撃滅する。訓練でやったCA陣でいく。合図と同時に、方位270へ面舵転針。突入後散開して魚雷攻撃を敢行せよ。本艦と加古は北へ急速転舵後、敵戦艦を叩く。長良、分隊の指揮をお願い」

『了解、任せておいて! みんな、走るよ! 機関の準備はいい?』

 

すぐに最後尾の長良から応答があった。

 

「ど、どうだろう?」

 

受話器を置いた提督は、先生に答え合わせを求める生徒よろしく那智へと振り向いた。

 

「ああ、悪くはない。さぁ、いくぞ!」

 

那智は一瞬だけ提督に微笑み返すと、真剣な顔に戻って威勢よく叫んだ。

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