艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ 作:Piyodori
「初風被弾!」
那智が叫ぶ。トビウメ提督は双眼鏡でその姿を探すが、視界は黒煙と炎に遮られてまったく判然としない。
『初風が応答しないの。敵戦艦の砲……』
長良からの通信が不吉な雑音とともに途切れた。重巡那智の左手遠方にオレンジ色の爆発が認められた。
「な、長良もやられた……」
後部マストと後ろ二本の煙突が完全に破壊され、船体後部から真っ赤な火の手に包まれた軽巡長良の姿が見えた。
「初風と長良へ信号。被害状況知らせ!」
提督は即座に叫ぶ。
――落ち着け、落ち着けよ。まだだ。まだ諦めるな。まだ皆連れて帰る方法があるはずだ
「長良より応答だ。後部兵装喪失スルモ、我航行二異常ナシ。砲戦ヲ継続ス」
那智が双眼鏡を握りながら長良からの発光信号を読み上げた。提督は少し安堵し双眼鏡を再びのぞき込む。
「初風は?」
「初風、未だ沈黙……」
「呼びかけ続けて! 初風救助に向かう。長良と不知火は煙幕を展張しつつ北へ逃がして」
沈鬱な表情を浮かべる那智へ提督は即座に命じた。
提督が低く垂れ込める煙の向こうに黒く浮かぶ異様なシルエットを確認したのはその時だった。
「正面、タ級戦艦……それも二隻も。 は、初風の目の前だよ!」
上甲板一帯から黒い煙を上げて停船している駆逐艦初風のすぐ背後に小島のような黒い戦艦の影が二つ浮きだした。どうも、二隻連れだって混乱する海域から一時退避をはかったところで初風とでくわしたようだ。
これまで遠距離を狙っていたために上を向いていた敵戦艦の砲身がゆっくりと下を向き、それを支えるカブトガニの甲羅のような砲塔が初風向けてじりじりと向きを変えつつあった。
「那智さん!」
「ああ、心得ているさ! 一番から五番主砲、再装填。左舷魚雷発射管旋回!」
「加古、敵の二隻目を狙え!」
提督はそう言って受話器をたたきつけると、はやる気持ちを抑えて静かに命じた。
「方位盤指示の目標。左対艦戦闘、主砲撃ちーかた、はじめー」
那智は一息深呼吸してからうなずいた。
「全門発射準備よろし。五番、一番、撃ちーかた、はじめ!」
那智はまず艦の最前部の一番主砲塔と最後尾の五番主砲塔からそれぞれ撃った。もう敵との距離も詰まり、双方とも水平に砲弾を撃ち合うまで肉薄しつつあった。間もなく敵戦艦の艦舷で二回ほど爆炎があがる。
「よし、命中! だけど、戦艦はさすがに丈夫だな……。続けて撃って」
あたえた損傷は大きくない。提督は残念そうに首を振った。だが那智は小さくうなずくと右手を敵戦艦へ向けて突き出した。
「次は、当てる! 二番から四番、てぇぇぇぇ!」
隣に立っていた提督は、その一撃に那智が全力を注いだことをその瞬間になってようやく理解した。測距儀から方位盤、そしてすべての砲にいたるまでの機能が一つの統一した意志を宿したように連動して一糸乱れず動き出す。艦のすべての兵装とそれを支えるシステムがその会心の一打を叩きつけるため、その力が集約されるエネルギーを提督は肌で感じとった。
――この一撃は、きっと当たる
轟音と火炎を伴って放たれた六発の砲弾は小さな放物線を描きながら、一秒足らずのわずかな差をつけて一斉にタ級戦艦へと襲いかかった。最初の一発は、初風を狙っていた後部三番砲塔の基部にめりこみ炸裂。その下の弾薬庫を誘爆させ砲塔は爆裂四散……というまでは上手くはこばなかったが、砲弾は砲塔の旋回軌条を大きく歪ませ砲塔はぴくりとも回らなくなり、太い砲身も根本から大きくねじ曲がった。二発目は後部マストの上半分を粉砕し空中線を完全に切断。もう二発はタ級戦艦の艦橋上部にある前部主砲射撃方位盤を跡形もなく吹き飛ばし、最後の二発も後部主砲指揮所と測距儀を完全に破壊した。
――さすがだ。敵の火器統制能力を完全に奪った
まるでオリンピックの聖火のように艦橋のてっぺんから火を上げる敵艦を見据えて提督は思った。
方位盤射撃ができなくなれば、精度の悪い各砲塔の照準器が勝手に狙いを付けてバラバラに射撃するしか方法がなくなる。近距離ならばそれでも有効だが、遠距離砲撃のために正確な発射解を得ることは到底不可能だ。
一方、那智は敵のダメージを確認する間もなく、艦後部の魚雷発射管から魚雷四発を後方のタ級二番艦めがけ海中へ放り出した。
駆逐艦初風を狙っていた砲塔は沈黙したが、提督が安堵するまもなく、その他の砲が一斉に重巡那智へ向けて旋回を始めた。
「一騎打ちだな」
「あれを沈める!」
提督と那智は顔見合わせてうなずくと、敵戦艦へ向けて進路をとった。
炎と煙に包まれた駆逐艦初風艦橋の床の上で、艦娘の初風はうっすらと目をあけた。艦橋の屋根は爆風でほとんど吹き飛ばされ、黒煙に汚された空が直接見える。
――わたし、まだ浮かんでたんだ……。司令官や不知火達は無事逃げられたかしら……
初風は体の痛みに耐えながらゆっくりと起きあがる。マストも屋根も原型をとどめていないが、船はまだ浮いていた。朦朧とする意識の中、初風はすぐ眼前の敵戦艦の影を見つけた。
「やっぱり、これでおしまいなのね……」
そのとき、敵戦艦の上部構造が火に包まれ、横から自分を押し退けるようにダークグレーの見慣れた型の重巡洋艦が突っ込んでゆくのが見えた。
――あ、あれは、妙高姉さんかしら……
ぼんやりとする意識のなかで初風はそう思ったが、すぐにそんな筈はないと悟った。同じ形だが、あれは今の自分達の旗艦である重巡那智だ。
「だめよ那智さん。あいつを連れて早く逃げて……」
通信機も信号灯も失った初風は声にならない声で叫んだ。
『初風ちゃん! 初風ちゃん! 無事? 応答して!』
艦尾の方から拡声器越しの声がした。ねじ曲がった伝声管のパイプにもたれかかりながらゆっくりと後ろを見ると、船体を大きく損傷しつつも、まだ元気そうな様子で艦首の錨甲板から手を振る長良の姿が見えた。
敵はあくまでこちらの退路を断つつもりらしく、重巡那智の進路を阻むようにタ級戦艦は右へ舵を切りながら右舷をこちらに見せていた。初風を守る形でその間に割り込んだ那智はそのまま敵の横腹へ突っ込む位置関係になった。那智の各砲塔は砲身を水平に戻し次発装填中である。その間にも敵の舷側に並んだ無数の副砲が一斉に光った。提督たちが身を隠す暇も無く、飛来した砲弾が艦甲板や下部艦橋に当たって炸裂し、爆発音と猛烈な振動が主砲指揮所を襲う。
「下部艦橋被弾。操舵室大破、第一指揮通信室火災発生。大丈夫だ、戦闘に影響はない」
砲弾が次々直撃するなか、那智は落ち着いた口調で、身をすくめている提督に報告した。提督は那智を見習うように居住まいを正すと、艦橋の窓いっぱいに近づく敵戦艦の横腹を見据えて首をふった。
「奴はぶつけてくる気だ……。艦を奴と水平にとって衝撃を受け流す。下手に距離をとったら並走して一方的に撃たれるよ。おーもかーじ!」
「了解、面舵一杯」
再び敵の主砲が火を噴き、那智艦橋のぎりぎりのところをかすめて第一煙突に大穴をあけた。
「間一髪だったな……」
あまりにも一瞬のことだったので、トビウメ提督は恐怖を感じる暇もなかった。
敵の砲火を受けながら、まるでスポーツカーが峠でドリフトするかのように那智の船体は舳先を急角度で右へ降り、船体がぐっと傾く。タ級もこちらを巻き込むように右旋回をかけてきているが、すんでのところで頭から突っ込むことは避けられそうだった。
トビウメ提督は羅針盤にしがみつきながらじっと傾斜が戻るまで待っていた。二艦は五十メートルの距離をあけてほぼ並走状態になったそのとき、トビウメ提督が叫んだ
「那智! サルヴォー!(斉射)」
提督の号令とともに、すでに真左を向いていた全主砲が一斉に火を吹いた。敵戦艦も同時に主砲を撃つが、那智が余りに右舷へ接近しすぎていたため、前後の砲塔うち那智をまともに射界に捉えられた主砲は二門だけだった。
そのうち一発は那智の後部第四砲塔を爆砕、もう一発は左舷艦尾に大穴を開けた。一方、那智の20・8センチ砲弾はすべて敵に命中し、タ級右舷の至る所で爆発と火の手が上がる。
「全砲火、開け!」
左舷に設置された持てるだけの12・7センチ高角砲や25ミリ機銃がすべてタ級めがけて発砲を開始する。それは敵も同じだった。タ級の巨大な煙突や艦橋の周囲に据えられた対空砲や副砲が一斉に那智の左舷へ砲弾を叩き込む。双方の真っ赤な曳光弾が空中に線を引き、お互いの装甲板をがりがりと削る。艦内の至る所から被弾の衝撃と爆発の振動が響き、艦橋を狙った敵の機関砲弾が主砲指揮所の窓を粉砕する。銃弾が装甲板や壁を削り、ガラスくずと鉄片がはね回った。タ級の真黒なゴツゴツした右舷側がみるみる迫り、ドシンという重い衝撃とともに船体が真横に大きく振れる。妙高型重巡の三倍近い排水量を持つ敵戦艦がその艦舷をぶつけてきたのだ。艦舷同士がぶつかり、甲板の縁がいびつにめくれた。
「さらに面舵舵きって!」
那智に提督は命じた。もろに衝撃を受けないよう右へ舵を切りながら重巡那智の主砲がさらに敵の船体を砕く。同時に、敵の砲火もこちらの機銃や射撃指揮装置を次々破壊してゆく。
破片の嵐の合間、トビウメ提督は敵の船体をまじまじと見つめた。ビルの窓から隣の敷地の高層ビルの窓を覗くかのように、窓の外にはちょうど、そびえ立つタ級戦艦の艦橋構造物があった。目線より少し高い箇所にクリスタル張りの部屋から黄色く輝く目でこちらを睨む白い影、マントをまとった銀色の長い髪の女がこちら憎悪の宿った目で見つめているのを提督ははっきりと見た。
――あれが深海棲艦……
提督はふと羅針盤から手を離して愛用のカメラを敵戦艦の人影へ向けて構えた。
「あぶない、伏せろ」
シャッターボタンが押されるのと同時に、那智が提督を突き飛ばした。最後にはっきりと見えたのは自分をかばう那智の制服の白い襟元だった。その瞬間、重巡那智の艦橋構造物を狙いっていた敵の5インチ副砲が艦橋左舷見張り所を吹き飛ばした。眼前に広がるオレンジ色の光と轟音、そして全身を棒で叩かれたような衝撃。その後に感じられた猛烈な煙と熱気。そして提督の意識はプッツリと絶えた。
『那智、艦橋に被弾!』
加古の無線電話を聞いた不知火は手袋越しに自分の親指の爪を噛みしめた。
大破した初風の元には長良が救援に向かったので、不知火は戦艦との一騎打ちを始めている那智と加古を支援するため、機関に増速の指示を出したばかりのことだった。右前方に見える重巡那智は艦橋付近から大きく煙を上げている。
――司令、那智さん……
不知火は憎悪に満ちた目で重巡那智と並走するタ級戦艦を睨む。
「不知火を怒らせたわね……」
だがその手前では、加古が果敢にも二隻目のタ級戦艦と全砲火による殴りあいの最中だった。
不知火は一瞬、敵の一番艦への憎悪のために目標選択に迷いを感じたものの、敢えてほとんど戦力を喪失していそうな一番艦でなく、加古を一方的に打ちのめしているタ級二番艦をターゲットに定めた。
『この、変態野郎!』
加古にとって深海棲艦はすべて「変態」だ。不思議に思ったトビウメ提督が以前聞いたところ、自分に命中弾を与えた敵艦は生理的にいけすかないらしい。
先のダメージによって射撃指揮装置が破壊された加古は、統制された射撃ができない状態だったが、重巡洋艦の開祖ともいうべき古鷹型重巡であるという意地もあって、まだ動ける砲塔はありったけの砲弾を敵戦艦へ叩きつけた。加古にとって幸運だったのは、敵戦艦が前方から迫る那智の魚雷に気づき、取舵に急速転舵したため、加古を粉砕しようと狙っていた火器の照準が一斉に狂ったことだった。惜しくも那智の酸素魚雷はタ級の海面下バルジからわずか五メートルのところを通過した。
戦艦による一斉放火を受けてあわや爆沈という危機から救われたものの、加古の上部兵装はほぼ壊滅し、有効な武装は艦尾近くに据えられた魚雷発射管に残る三発の魚雷だけだった。乱戦下、それも近距離、さらに元来の横着な性格も手伝って加古はろくな目標動作解析もせずに残りの魚雷を上甲板の左舷発射管から放り出した。
「あたしだって、やるときはやるからね!」
この日、加古は艦隊で一番ツイていた。前方から来た那智の魚雷に気をとられていた敵戦艦は、加古の魚雷発射に気付くのが遅れたのだ。すでに回避不能だったタ級の海面下四メートルのバルジに加古の酸素魚雷一本が突き刺さり、瞬時に炸裂した。魚雷は大きな水しぶきをあげてその船腹には直径3メートルの大穴があけた。
不知火は被弾によって水柱をあげるタ級戦艦をみすえて加古と敵戦艦の後方に進路をとった。左舷魚雷戦方位盤の照準器がタ級を捕捉する。
――的針三四○。速度二十一ノット。方位角○一九。信管撃発三秒……
不知火は射撃方位盤からの情報を統合し発射管に魚雷の調節を指示した。
行く手を阻む敵のエスコート艦を主砲で血祭りに上げながら、不知火はタ級戦艦へ向け前部魚雷発射管を左舷へ旋回させた。これまでの乱戦の最中、再装填と発射を繰り返し、発射管に残る魚雷は二本。不知火は命中精度を上げるため、敢えて被弾の危険を冒して艦の速度を落とした。
「一番魚雷管、放て!」
二本の魚雷は数秒の間隔をあけてトコロテンのように魚雷が発射管から押し出され、海面下に潜ると同時に速力50ノットまで加速し敵戦艦の後を追う。
敵戦艦が駆逐艦不知火の存在に気付いたのはその直後だった。加古に向いていた後部主砲塔がゆっくりと不知火へ向けて旋回をはじめた。すべての切り札を使いきった不知火はひとり冷笑を敵戦艦へ投げかけた。
「無駄よ。遅すぎるわ」
砲塔が止まり、真っ黒な砲口がまっすぐ不知火へ向いたとき、敵戦艦海面下二メートルの船体に最初の魚雷が深々と突き刺さった。隙間から一斉に海水が流れ込む。そこから十五メートル後方の弾薬庫横に二発目が突き刺さったとき、大型艦用にセットされた魚雷の遅延信管が撃発。タ級の右舷後方に巨大な噴水が持ちあがった。間をおいて二発目の魚雷が爆発すると、タ級の下甲板は火災と浸水、そして煙に浸食され始めた。
果たして、今の攻撃が敵戦艦に致命傷を与えられたのかどうか、不知火には判らなかったが、敵包囲網の一端を切り崩すことができたのは確かだった。
戦いも3話目。とりあえず海戦パートは次話で一区切りです。
戦闘編はささっと更新した方が良いので、次話「煙幕の向こうへ」は水曜日の夜中までにUPします。
※第五話「出港までの十五時間」は前話に統合しました。