今朝からこの鎮守府に所属する事になった鳳翔が家事を手伝ってくれたおかげで、朝食の準備も早く終わった。味見もしたが、うむ、流石は艦娘の中で家事スキルが高いと話されていた事はある。というかそれ以上だな……
(いやいや、俺よりも味付け上手だし……)
「それにしても手馴れていますね、提督さん」
「えっ? そうかな? まぁ、養成学校時代から家事はしてたから、多分その影響かもな」
「まぁ‼︎ そうなんですか⁉︎ 私もたまに養成学校の学食にお手伝いとして行かせてもらっていたのですが、朝昼晩と学生で溢れかえっていましたよ?」
「だから、寮に備え付けられてある調理用具で調理してたんだ」
「そうだったのですね。それなら、これだけ料理ができるのもうなづけますね」
鳳翔は笑いながらそう言ってくれた。まぁ、嬉しくはあるが……
(何故か隣で榛名が不貞腐れてるな……なんでだ?)
「それにしても、榛名さんも手際が良いです。どこかで習ったのですか?」
鳳翔は榛名にそう問いかけた。問いかけられた榛名は急にふられて驚いたが、すぐにいつもの顔になって答える。
「いえ、習ってないですよ。ただ、安騎尭と一緒に暮らしていたので、安騎尭が遅い時は私が作っていたんですよ」
榛名は顔を少し赤らめながら答えていた。顔は少しうつむかせていたが、顔を見る限り嬉しそうに話していた。
「まぁ‼︎ そうなのですね‼︎ という事は、提督が小さい頃から一緒に暮らしていたのですね?」
その鳳翔の質問に今度は俺が答える。
「そうだな。俺が養成学校に入る前からの付き合いだ。この話は長くなるから、また機会があればにしてほしい」
「わかりました。ではまたの機会という事で」
「あぁ、助かる」
そう話し込んでいる間に、朝食の時間になった。その時には皆食堂に集まっており、各々が食べていた。その時の席で目の前がたまたま夕張だったから、工廠の設備も兼ねて話しかけた。
「そういえば夕張。錆び付いて動かなくなったパーツはどうした?」
いきなり話をふられた夕張は、口の中に物がある状態でこっちを向いた。口の中に結構な量を放っていたので、頰がリスみたいに膨らんでいる。そこで一瞬でも可愛いなと思ってしまった俺は悪くないはずだ。
夕張は口の中にある物をちゃんと噛んで飲み込んでから答えてくれた。
「そうねぇ……一応パーツは外しておいたわよ。隅の方においておいたけど、問題はないかしら?」
「そうだな。後でパーツを置いたところまで案内してくれるか?」
「良いけど……どうするの?」
「なに、その錆びたパーツを元の状態に戻すんだよ」
「元に⁈ でもどうやって……本部の方に持っていくの?」
「いや、その場で元の状態に戻す」
安騎尭の言葉に夕張は目を見開いて驚いた。確かに錆びたパーツを本部に持っていけば、直す設備もあり可能である。また、新しいパーツが送られて工廠での作業も何も問題なく進める事は出来る。
しかし、その場で元に戻すというのは聞いた事がない。と言うよりも、提督自身がそう言うのは前代未聞であると言えるだろう。
その発言を聞いた夕張は持っていた箸も落として驚愕していた。しかし、夕張はいつの間にか快感に震えていた。自分の中では、この鎮守府の中において自分以外に機械に精通している者はいないと思っていた。だが、そんな自分でもできないことはある。
確かにパーツのサビの除去は、設備が整っていれば可能である。しかしこの鎮守府は、安騎尭が来るまでほとんどの施設が使えなくなっていた。そんな環境の中で、工廠も勿論使えず、機械いじりも出来ず、夜眠る以外休憩と言うものも無かった。
しかし、安騎尭が来てから変わった。本当はまたろくでもない提督が着任するかと思った。それも杞憂に終わったのだが、まさか提督自身がさびついたパーツを直すと言い出すとは思わなかった。
だから夕張は打ち震えていた。自分がまだ見ぬ技術をこの目で、しかも間近で見れるかもしれないのだから。
「その、直すところを見ても良いかしら?」
「うん? あぁ、別に構わないが、見ていて面白いものでもないぞ?」
「それでも良いのよ。なんたって、ここの工廠は錆び付いたパーツを直す設備なんてないし、いざ自分でやろうと思ってもできないと思うもの。そんな技術を間近で見れるのよ⁈ 私としては見なきゃ損よ‼︎ と言うよりも見るしかないわ‼︎」
夕張は興奮した様子だった。これには安騎尭も面食らうが、こんなにも素直な艦娘の表情に、安騎尭も嬉しく思った。安騎尭は笑いながら言う。
「はは、そうか。なら、俺も無様な様子は見せられねぇよな。いいだろう。間近で見ていると良い。だけど、見ていてそんなに面白くない事は確かだからな」
「それでも良いわよ。面白くなくても、私にとっては治せる技術がどんな物なのかが重要なのよ。だから、つまらないとか面白くないとか、そんな事はどうでも良いのよ」
夕張はそう言って俺に笑いかける。その時の顔が可愛く見えたのは、気のせいではないだろう。
朝食が終わって、俺と夕張は工廠にいた。夕張に錆び付いたパーツのところまで案内してもらってた。
「これが錆び付いたパーツなんだけど……」
そこには、錆び付いたパーツが山のように置かれていた。
「結構多いな……」
「えぇ、外すのにも結構疲れちゃって……」
「そうか……それは悪い事をした。すまない」
「ちょっ⁈ 謝らないでよ‼︎ 私も好きでやった事だし、何よりまた機械がいじれて感謝してるのは私の方なの。だから謝らないで」
「いや、この事は、これまでこの鎮守府の悪環境に気付けなかった本部にも原因があるし、何よりも前提督がやらかした事だ。後任である俺は、前提督がやらかした失態も、清算の付けも、そいつがやらかしたすべての事について、責任を負う義務がある。だから俺は謝るんだ」
「……変わっているのね、貴方って」
「あぁ、よく言われるし、自分でも分かっているさ」
そう言って俺は錆び付いたパーツの側まで来た。そして、錆を取り除く準備をする。
「さて、んじゃ早速始めようか。来い、イフリート」
安騎尭がそう口を開くと、安騎尭の傍に炎が集いやがて形となっていく。そして形が整うと、炎は徐々に弱まっていたが、代わりに灼熱の色をした物体が安騎尭の傍にいた。それは人と同じ形をしていたが、そう見えるだけで、人ではない。その姿を見た夕張は驚いたが、安騎尭は構わずそれに話しかける。
「よぉ、イフリート。早速だが力を貸してくれ」
「久々だな、我が主よ。力を貸すのは良いが、まだその頼み癖は治らないのか?」
「まぁな。多分これは治らないんじゃないかな。何しろ俺は、例え契約している精霊であろうとも、その力を勝手に使うのは嫌だからな」
「全く、それが緊急事態だったらどうするのだ……」
「それは簡単だ。そんな事態にしなければ良いだけだ」
「……いつも思うが、我が主はやはり強引な考え方をしているな」
「……そんな考え方をしなきゃ、多分俺はやって行けねぇよ。特にこれからは……な」
「……まぁ良い。主には絶対の忠誠を誓ったのだ。我が主が我の力を何に使おうと、文句は言うまい」
「あぁ、間違った事には使わないさ。それは約束する」
「頼むぞ。それでは、我の力を我が主に譲渡する」
安騎尭とイフリートの手が繋がる。その繋がった部分が赤く光ると、イフリートは姿を消した。
「さて、早速やるか」
俺は錆び付いたパーツの山に手をかざした。そして意識をかざした手に集中させていく。
「ハァァァ……」
さらに意識を集中させていく。錆のついたパーツを、業火の……それ以上の温度で焼く。
すると、歯車の山が突然赤く光り熱を帯びる。その勢いは増すばかりで、やがて熱風を生む。
「なっ、なに⁉︎」
この光景に夕張は唖然とするしかなかった。
「よし、あと少しで終わる」
安騎尭はそう言うと、かざす掌にさらに集中を込める。夕張は熱風を手で遮りながらも安騎尭の掌を見た。そして夕張は目を見開く。何故なら、安騎尭の掌も紅く燃えていたからだ。確かにこんなにも近くで熱風にさらされていたなら、手が紅くなるのもうなづけるかもしれない。しかし安騎尭はこの熱風を起こしている張本人である。
夕張は思う。本来錆びたパーツは、それを除去できる設備があるなら簡単に行える。例え近くに無くとも、本部に持っていけばすぐの話でもある。だが彼は、それらを選ばずに今やっている方法をとっている。しかも、自分の体にダメージを与えてまでだ。
彼の顔は別に何かに耐えているような顔はしていない。だが、彼のかざしている掌が、彼に与えているダメージの深刻さを物語っている。普通の人であれば、とっくに止めている。
(なのに、どうしてこの人は止めないの? ただの錆び付いたパーツを直すのに、なんで自分に傷を負ってまで直そうとするの?)
夕張がそう考えているうちに、錆び付いたパーツの除去は終わった。
夕張がパーツの山に目を向けると、そこには真新しいパーツの山があり、さっきまで錆び付いていたとは思えない物であった。
「夕張、こんな物で良いか?」
安騎尭は振り向きながら夕張に言った。その顔は笑っていて、無理して笑っているようにも見えなかったが、夕張はそんな彼を心配する。
「貴方、大丈夫なの⁈ 掌が真っ赤になっていたけれど……」
「あぁ……これか?」
安騎尭は夕張に自分の掌を見せる。
「っ‼︎ これ……火傷どころじゃ無いじゃない‼︎ なんでそこまでして……」
「ここまでしないと、君達に誠意を見せれないって思ったから……」
「えっ……」
「前任の提督の所為で、君達に辛い思いを沢山させてきた。自分達の楽しみも奪われて、戦いに行く毎日で、生きるのに必死で、俺は、そんな事をさせたあの屑を許さない。そんな気持ちも勿論あるけど、それだけじゃ、これまで辛かった君達に何もしてあげられない。だから俺は、君達に辛い思いをさせたあの屑の精算に俺の誠意を上乗せして、今まで辛く生きてきた以上の、未来ある生活を届けたいんだ。だから本当は、こんなちっぽけな事じゃ足りないんだけど「……ちっぽけじゃない……」ん?」
「ちっぽけじゃないわよ‼︎ あんな奴に比べたら、貴方はずっとずっとずぅーっと私たちの事を考えてくれてるわよ‼︎ こんな、ただ、機械いじりや実験が好きな私の事でさえ、貴方は自分に傷を負ってまで一生懸命にしてくれるじゃない‼︎ だから……ちっぽけじゃない‼︎」
夕張は涙を瞳に浮かべながら俺に言ってくれた。俺がちっぽけだと思った事を、ちっぽけではないと。俺は思った。
前任の提督に辛い生活をさせられたにも関わらず、感情を封じ込めず、あの屑と同じ職業の俺にそんな言葉をかけてくれるのかと……。
(あぁ、その言葉でさえも嬉しく思うな……)
「……ありがとう、夕張」
「えっ⁈ ちょっ、ちょっと⁉︎」
俺は夕張を抱きしめていた。俺がなんでこんな行動を取ったかなんて分かりはしないが、ただ、今こうしておきたいのは事実だ。
「てっ、提督⁉︎ なっ、なんでこんな……」
「俺が今こうしておきたいから……それ以外に理由が見つからない」
「そっ、そんな事言われても……」
(……そう言えばすっかり忘れていた)
俺はある事を思い出して夕張を抱くのをやめる。それは、前提督がしでかした事に関わる事だったからだ。
「……すまない。急に抱きしめてしまって……」
「い、いえ……私も驚いただけです。謝らなくても……」
「いや、謝らなくちゃいけない。俺は前提督と同じような事をしでかした。急に抱きつくなんて、そんなの言語道断だ。だから、俺を殴るでも、砲弾を当てるでも、君が納得するまで好きにしてくれ……」
俺は床に正座をして、夕張からの罰を待った。
side 夕張
私はいきなり提督に抱きしめられていた。いきなりで驚いたけど、私に嫌な感情なんて持ってなかった。
私は前任の提督に幾度も慰み者として使われた。私の大事な物だけは守ったけれど……それでも自分のプライドはズタボロだった。私は、そんな生活が嫌で、いっその事死にたいとすら思った。
けれども前任の提督がお縄になった時は本当にスッキリした。これであんな生活は送らずに済むと。後からまた新任の提督が来るという話も聞いたけれど、私としてはどうでも良かった。
ただ、少しだけ怖かった。またあんな奴そっくりの性格をした提督が来るんじゃないかって。でもそれも杞憂に終わったの。何故ならそれが、前に馬鹿が何個も付くほど馬鹿正直な提督で、初日なのに哨戒任務にも尽くし、深海棲艦を素手で倒したって聞いたし、掃除もあっという間に済ませちゃうし……何より、私たちの事を大事に思ってくれると、その日だけで分かったわ。
そして今は、私のために自分に傷を負ってまでパーツの錆を落としてくれて……
でも、そんな事をちっぽけだと言ったわ。私にとってはちっぽけな事じゃない。だから私は彼に言ったの。ちっぽけな事じゃないって、貴方は私たちの事を良く考えてくれるって。たかだか1日過ぎただけなのに、他にも何か隠しているかもしれないのに、私は彼にそんな言葉を言って、そしたら急に彼が私を抱きしめてくれたの。
確かに驚いた。でも、本当に嫌な気持ちは感じなかったの。寧ろ嬉しさや、温かさを感じたの。口では慌てふためいていたけれど、心の中はとても満たされていたの。
そしたら急に提督が私から離れて謝ったわ。なんでも前任の提督がやらかした事と同じ事をしていたと言っていたけど、でも私は、それは違うと思ったの。
あいつがやった事は、他人の思いを踏みにじる行為。でも、彼が私を抱きしめた行為は、私に嬉しさと温かさを与えてくれる心強い行為。だから、抱きしめるが同じ行為だとしても、今私の目の前にいる提督の行為の意味とは違う。
今提督は、その行為が前提督と同じに見えたからこうして自分を貶めようとしている。でも、私はそうは思わない。根本から違うし、何より私は彼が私に抱きついてきて嬉しく思ったもの。
そう思って、私は提督のそばまで行って膝をついて、今度は私の方から抱きしめた。彼は驚いていたようだけど、今私は驚いてなんていない。今は、彼を抱きしめるのが嬉しくて嬉しくて仕方ない。そう思っている自分を知覚していたの。
side out
俺は何故か夕張に抱きしめられていた。だが……何故だ? 俺は前提督と同じ事をしてしまったというのに……
「なんで、俺を?」
「私、貴方をこうしているのが嬉しいみたいなの……貴方は前の奴とは違う。それが、今はっきりと分かるの。こうして抱きしめていると、温かくて気持ちが良くて……だから私は、貴方に抱きしめられても苦にはならないわ。だから、自分を陥れないで」
「……」
俺は何も言えずにいた。彼女が苦痛に感じていると思った行為をして、気付いた時には遅くて、ここで何をされようが文句は言えないって思った。でも、逆に抱きしめられてあ、自分を陥れないでと言われ、でも、そう言われるのが嬉しかった。
「……ありがとう……」
「良いのよ。私が好きでやってるんだもの。後少しの間だけ、こうしていて良いかしら?」
「あぁ、構わない。でも、俺も仕事があるから……」
「うん、分かってる。だから後もう少しだけ……ね」
そこから数分間夕張に抱きしめられていたけれど、俺は嬉しく感じて仕方なかった。