あの後、俺は警察に連絡して、こちらまで来てもらうことにした。それまでは足柄とのデートは中断する羽目になったものの……
「本当に大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だよ。今日寝れば明日には治る」
「そんな単純なものじゃないでしょ⁉︎ それにそのままだと傷口からばい菌が入ってしまうわ……だから、これ使って……」
足柄から差し出されたものは、女性らしい綺麗なハンカチだった。それを広げると、足柄は少し畳んで帯状にすると、俺が傷を負っている左掌に巻きつけていた。
「ちょっ⁉︎ 何してるんだ⁉︎」
「決まっているでしょ⁉︎ 一時しのぎでも止血しようとしているのよ……。だってその傷は……私をかばってしたものでしょ?」
「……確かに俺は足柄をかばった。でも、あいつはもともと俺を刺す気で突きつけてきたんだ。だから、足柄が気にすることじゃ「気にするわ‼︎」……」
「だって……だって……私のために今日デートに誘ってくれて‼︎ それで偶々かもしれないけど……昨日私を馬鹿にしたこいつに、貴方は罰してくれた……。私はそれが嬉しくて……でも、それで貴方が私の代わりに傷付いて……そんなの、気にするに決まってるじゃない‼︎ ……好きになってしまった相手が傷付くのなんて……私……」
足柄は涙を流しながら俺の左手にハンカチを巻いてくれた。それも、自分の手が血で汚れても御構い無しにだ。
(それにさっき、俺の事を好きだって言ってたよな……)
俺は、自分が既にただの人間でない事ぐらい分かっている。精霊の力を自分の体に宿し、人と同じく疲れや痛みがあったとしても、痛みは寝れば治るし、疲れも数時間すれば元の状態に戻る。
だが……それは悲しい事だと思う。人として、本来ならばあってはならないと。人は……疲れや痛みを伴うからこそ、日々の日常に満足を得られたりするものだと俺は思う。疲れや痛みがあるからこそ、他人はそれを慰め、いつしか友情友愛を育むのだと。疲れや痛みがあるから……人は愛し愛される事ができると。
確かに俺は今の日常には満足している。と言うより、今の日常がつまらないわけがない。だが、この日常がいつしかいつも通りの日常になって、それが普通になってしまって……満足を得られず、友情も愛も感じなくなってしまう日が来たなら……?
(俺は……そうなる事が怖い。疲れも痛みも無い日常が薄れる、あるいはなくなるという事は、人の温かみも感じない……。ただの機械と同じになってしまう……俺はそれが……)
そう思ったら体が震えた。昔の俺なら、こんな事を思ったろうか? いや、思わなかったかもしれない。今よりも純粋な、あの頃の俺ならば、迷わず前を向いただろう。
そう体を震わせていると、俺の体を何かが温かく包み込んでいた。それは目の前にいる足柄で、背中を優しく叩いていた。
「足柄……?」
「なんで体を震わせてるか分からないけど……あなたの顔がとても寂しそうだったから……」
そうされていると、体の震えが止まった。安心感がして、さっきまでの考えがどうでも良く感じられるような……そんな気がした。
「……ありがとう、足柄。なんだか悪いな……本当なら、足柄を元気付けるために誘ったのに……」
「良いのよ。それに、私も十分助けてもらったもの」
「……いや、まだだ」
「えっ?」
「俺は君たちの提督だ。だから、俺が君たちの提督である限り、助けるさ。何があってもな……」
「提督……」
「だからさ、これからもよろしくな」
「えぇ。私の方からも、お願いするわね?」
「あぁ、それとさ……俺の事を好きだって言ってくれてありがとうな」
「えっ⁉︎ い、いやっ、その……それは……ね……。勢いで言ってしまったというかなんというか……」
「そうか……でも、それでも俺は嬉しいよ」
俺がそう言うと、ちょうど警察が来た。それと同時に救急車も来た。相手がそうとうムカつく相手とはいえ、殴ったものは殴ったのだ。まぁ、俺はそれ以上の事をやったわけだが……
(重傷だが命に別状は無いだろう。ただ、主犯は何箇所か骨折してるだろうが……)
俺がそんな事を思っていると、こっちに警官が事情聴衆しに来た。俺はあった事をそのままのそっくり言って、ゲスどもが言った記録も渡した。しかし、その警官も俺が左掌に傷を負っている事に気付き、俺も病院で見るようにと促してきた。だが俺はデートの最中のため包帯だけをもらってハンカチの上から巻いた。
そして警察が去った後、俺たちはデートを再開した。と、その前に……
「長門、いつまでつけるつもりだ?」
「えっ?」
足柄は驚いていたようだが、俺からは既に丸見えだった。
「いつから気付いていた?」
長門が物陰から出てきた。
「いつからって、最初からに決まっているだろ? あれだけ分かりやすいと、気づかないほうが難しい」
「なっ……そうなのか⁈」
「えっ? 私に言われても……」
長門は足柄にそう問うが、足柄の方は付けられていた事にすら気付いていおらず、いきなり問われてもそう言う言葉しかでなかった。
「まぁ、そんなわけでだ。長門、君は鎮守府に戻ってくれ。俺たちの方は大丈夫だし、それに榛名に頼まれての事なんだろうが、榛名の方にも大丈夫だと伝えてくれ」
「……分かった。ではそのように伝えておこう」
そう言って長門は鎮守府に帰っていった。
「さて、俺たちの方もデートを再開しようか」
「え、えぇ。でも、良いの?」
「ん? 何が?」
「何がって、傷を負ったままデートするの?」
「あぁ、それか。するよ。そりゃ、まだデートは終わってないし、何より夕刻になるまでは新しい仕事もないだろうしな。そういう訳で、デート再開するぞ?」
俺は右手を差し出した。足柄の方は少し戸惑ったようだが、結局は左手を差し出してきた。それを俺は握ってデートを再開した。
その後は、ぶらりとそこらを歩き、公園のベンチに座って一休みしたりとノンビリとした時間を過ごした。
そして6時頃には鎮守府へと戻り、足柄は自室まで戻って、俺は提督室の方へと言って仕事を再開した。再開はしたものの、書類は数枚しかなく、俺が確認して判子を押したらすぐに終わってしまった。
「ふむ……暇になってしまったな……」
俺がそう呟くと、榛名が俺の横に近づいてきた。
「安騎尭……その……」
「ん? どうした榛名」
「その、大した用事ではないのですが……」
榛名は目を上目遣いにしてもじもじしていた。おまけに頰まで赤らめていた。まぁ、その様子を見るのはとても可愛くて俺得なのだが……早く言ってくれないかなと凄く焦れてしまう。
そんな事を思いながら数分、榛名がやっと口を開いた。
「夕食まで、膝枕をしてくれませんか?」
「あぁ、構わないが?」
「あっ、ですよね……迷惑ですよね……って、えっ、え⁈」
俺はもう我慢ならずに榛名の頭に手を置いて撫でた。
「はわわっ⁉︎ あ、安騎尭⁈」
「別に遠慮しなくても良い。というか遠慮なんてして欲しくないかな。もう10年越しの付き合いにもなるしさ。というか時たま出る榛名の遠慮は俺にとっちゃ俺得な訳だけど、あまりに長くなったらこっちが焦れちまうよ。それで膝枕だろ? ソファにかけるか」
俺は榛名の頭から手を退けると、椅子から立ち上がってソファにかける。榛名も後からトテトテついてきて、俺の隣に座り、ゆっくり俺の腿に頭を乗せる。俺はそこから榛名の頭を撫でる。
「あっ……」
「どうだ? 気持ち良いか?」
「えぇ。とても落ち着いた気持ちになれます……」
俺はそのまま撫で続けて口を開く。
「本当は今日1日寂しかったんだろ?」
「……安騎尭にはなんでもお見通しなんですね……」
「まぁ、榛名のその様子を見たらわかるだろ? 伊達に一緒に暮らしてた訳じゃねぇよ。それに、俺も長く榛名に会えなかったら、寂しいって思うよ」
「安騎尭……やっぱり優しいです。いいえ、優し過ぎますよ……」
「そうかな? まぁでも、俺は榛名の事が好きだからな。まぁここだけの話、他にも好きな奴は出来るだろうが、その時は甲乙つけずに平等にその子が満足するまで愛するさ」
「それはなんだか悔しいですね……。そこは榛名が1番だって言ってくれないんですか?」
「悪いな。でも……誰かを放ったらかしにするってのは、俺はできねぇよ」
「……やっぱり安騎尭は優しいです……」
「俺からしたら……臆病者や卑怯者にしか見えねぇけど……」
「それでも、榛名は安騎尭は優しい人だって、そう思います」
榛名はそう言ってくれた。俺はそれに無言で、代わりに榛名の頭を撫でる事で返事代わりとした。榛名はそれから何も言わなくなったが、目を細めて気持ちよさそうにしていた。俺はそれを和むなと思いながらも、さっきの事を思っていた。
(優しいのは……こんな俺を受け止めてくれる榛名の方だろ……。こんなにも卑怯で、軟弱な答えしか出せねぇこんな俺を、笑顔で受け止めてくれるんだから……)
俺はそう榛名に感謝しながら、夕食まで頭を撫で続けた。