満月の夜の狼男の日常です。ブラッドボーン発売記念じゃ!

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Blood Bone発売記念じゃ!


狼男の眠れない夜

 なにかおぞましいモノが月の下で蠢いている。

 そいつは私とは全く別の、人目を避けて夜に活動する存在だった。それは何というか、スーパーの魚介コーナーで嗅ぐ匂いを一〇〇倍に濃縮したような香りが、ひどく嫌悪感を抱かせてやまないものだった。

 とにかく、山上公園の国道沿いの入り口の側でそいつはもごもごと呻き声を上げながら、無目的に地を這っている。

 満月の夜。さんさんと降り注ぐ月の冷気が逆立つ黒毛に照り返っている。年中花粉症気味の私の鼻も、月に一度のこの時ばかりはぴたりと鼻水を収めており、まさしく地獄で一時の休息を味わっている気分だ。そんな折に、お気に入りの場所であるベンチの前を不快な匂いの塊に取られているのは甚だ癇に障ることだったが、しかし、相手がどういったものだか分からない以上、迂闊な手出しはよろしくない。そういった教訓を二〇年の散々な人生の内に、とりあえずは体得できた。

 それで、ベンチの前で蠢くものに話を戻すのだが、そいつにはどうにも意志というものが感じられず、つまるところ冬眠している節足動物のようにただ何となく、定期的に体といえるかも怪しい暗緑色の不定形な基質の体を震わせているように思えた。結論に至るまでそこそこの時間を必要としたが、つまりどうやらあの生物は無害らしい、ということだ。

「つまり、ブチ殺せるということね。Ok、今夜の獲物はあれよ狼男」

「……独り言を喋っていたか?」

「うん、割とはっきり」

 あっけんからと、不定形生物の観察を続ける私に割り込んできたのは、巨大なシミター担いだ銀髪の女だった。彼女は名前をジゼル・シューターという。そして、私にとってはあまり重要なことではないのだが彼女は人間ではない。アラビアンナイトの世界から飛び出してきたような恰好の彼女は、食屍鬼(グール)の怪物狩人(モンスターハンター)だ。 彼女とはこの街に引っ越してきた二年前の秋に成り行きで戦って、それで決着のつかないまま何となく仲良くなった。この国にいると平和ボケするとは彼女の言だ。

「じゃ、行きましょうか」

 踊り子じみた衣装の袖を振りながらジゼルは、銀杏の木の陰から遊歩道に飛び出す。私でなければ見逃してしまいそうな恐ろしく俊敏な動作を後から追う。寒くないのかなぁなどと露出した背中を見ながら遊歩道を駆ける。

 獲物に近づくなり、ジゼルは件のシミターを両手で振り回した。同時に刀身に絡みついていた二十四の斬糸が夜露のように煌めきながら中空を両断する。触れれば千切れそうなあの糸は、彼女曰く最新鋭の爆発反応装甲でさえ両断してのけるとのことで、その切れ味を味わった身としてはまあ、彼女の言葉に嘘はないのかもしれない。

 だが今回ばかりは無意味だったようだ。

 不定形なそいつは心太(ところてん)のように体を刻まれるでもなく、ジゼルの糸を全て弾き飛ばして除けた。どうやら不定形なやつの体表は見た目からは想像もつかないほどの硬度を誇るらしい。 

「ち、」

 苛立ちと共にシミターを振りかぶるジゼルに、不定形の暗緑色の体はその色を溶岩のように朱く染めて反応した。

 不味い。

 逆立つ首筋の毛に、左の回し蹴りが反応する。大振りな左足は背後からジゼルを刈り取り、その場から大きく吹き飛ばした。横目でジゼルの着地を確認……、

 意識の途切れた私のすぐそばを一陣の突風が通り過ぎた。首筋で感じ、横目で捉えたのは伸長した灼熱の長槍。狼男の反応を凌駕するかもしれない高速の刺突に、背筋を冷や汗が通り過ぎる。

「く、」

 背後からの突風に身を伏せて本来の姿勢。前脚を折りたたむように側転して距離を取る。背後のベンチは背中が当たって少し押し込まれただけで、ボルトが弾けてガタガタになった。炸裂するイメージ。ベンチと金属の柱。ベンチの側にある金属柱は周囲を淡く照らす街灯のものだ。

 丁度いい。握ってみて柱の太さを確認した私は、まず純然たる撲殺用の鈍器とした場合の感想を抱く。がダメだろう。ジゼルの斬撃が徹らなかった敵に私の打撃が通るはずもないのだから。では丁度いいの真意はなんだ?そうではなく、RPG風に喩えるならば属性が丁度いい。

 電柱を引っこ抜かない程度に折り曲げる。そのガラス張り先端が向かう先は、溶岩の輝きを宿した不定形の体だ。

 その使い道は騎士の棍棒とはまた違う。

 魔術師の杖だ。

 即ち、雷の魔法だ。

 硝子の悲鳴が夜の静寂を破る。

 紫電が闇夜を焦がし、不定形を灼き止める。時に鉄製の工具さえ溶かしてしまう電気の力は生物であるならば致命的だろう。そうあって欲しいと私は願うし、どうもそれで正解だったようだ。ぐちゃぐちゃに焦げた不定形は失敗作のパンのように固まってしまい、結局ジゼルのシミターが腹いせとばかりに八つ裂きにして、最後には公園から800メートル向こうのセメント車、あのタンクを積んでいて背後からセメントを吐き出す車のタンクに放り込まれた。きっと、奴は日本のどこかで道路にでもなるのだろう。

 

 「……さて、やるか」

 前座は片付けた、そう笑んでジゼルはシミターを担いで私の方を向いた。

 「もう、いい加減うんざりだが……仕方ない」

 私も、嫌々ながら拳を構える。今回の不定形をジゼルはお気に召さなかった、ということだ。戦闘欲求の解消に使われるのは不愉快だが、実のところジゼルと戦うのは悪くないと思う。戦いが楽しい、などとほざくような変態ではないが、体を動かすのは楽しいと言ったところだ。

 今夜ばかりは封じられた咢を広げ、牙を剥き出しに跳ね回ることが出来る。 

 獣の夜だ。

 満月の下では、狼男は眠れない。

 




黒歴史がまた一つ。


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