機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
見つけ出せ 自分の可能性
──これは英雄と呼ばれた青年が争いの中に身を置いていた頃の話だ。
メメント・モリ攻略作戦を成功させ、次なる針路をフロンティアⅠへ向けたアークエンジェルは補給も兼ねてその道中でのコロニーにて束の間の休息が与えられていた。
息抜きでコロニーへ遊びに行く者、用はないからとアークエンジェルに留まる者、それぞれが思い思いの行動をするなか、翔はと言うと……。
【翔、いつまでも寝てないで起きようよ!】
自室のベッドで惰眠を貪っていた。コロニーに近づくまでの警戒態勢をガンダムブレイカー0のコックピット内で過ごし、入港してから自由時間を与えられた今の今までベッドでずっと眠っていたのだ。
だがそれを良しとしなかったのは翔の中に宿るもう一つの魂であるシーナ・ハイゼンベルグであった。彼女はインドアである翔と違い、どちらかといえばアクティブなアウトドア派なのだろう。内側から聞こえてくるシーナの声に翔はもぞもぞと身体を揺らす。
「……そうは言うけどな、この戦時下でぐっすり眠れるのは今だけなんだぞ。それに今この瞬間だって、いつこの自由時間が終わるとも限らないわけだし」
この世界に来てから長い日々を送っているが、もうかれこれぐっすりと眠れたのはいつだろうか? いや、もしかしたらずっと浅い眠りばかりだったような気もしてくる。
【でも……動ける身体があるのに動かないのは勿体ないよ】
「……」
もの悲しげに言われたシーナの言葉に翔はピタリと動きを止め、ゆっくりと瞼を開く。
彼女は何の他意もなく、今の言葉は本心からなのだろう。
翔の中に息づいているせいか、忘れがちだが彼女はもう本来であれば死んでいる人間であり、辛うじて翔に宿るお陰でこの世に繋ぎ止まっているが、もうその肉体は若くして失ってしまっている。
確かに休日として与えられている以上、その時間を好きに使うのは自由だろう。
だが自由に使える時間を体を動かさず、ただただ睡眠に使うというのは肉体のないシーナからすれば勿体なく、無意識でも羨ましいところなのだろう。
「……俺の身体をシーナに貸す」
【えっ?】
ポツリと呟かれた言葉にシーナは驚く。意識を向けてみれば、先程、梃子でも動かないとばかりであった翔は上体を起こしていた。
「……戦闘中、シーナの世話になる事は多かった。これからも多分、シーナの力を借りることになると思う。その時だけ俺の身体をシーナに委ねるのはちょっと酷いかなって……」
【翔……】
「束の間の時間なんだ。この休息はシーナに使ってもらいたい。まあ、その……男の身体だから嫌だったら良いんだけど」
確かにこの世界に翔を呼んだのはシーナであり、翔からしてみれば迷惑でしかなかった。
しかし今は自分の意思でこの世界にいるのだ。今の翔とシーナはお互いの存在を確かに認知した上で協力関係にある。しかし戦いの場でしか生の肉体を動かせないというのは酷な話だろう。だからこそ戦いと関係ないこの束の間の休息の間だけシーナに自身の肉体を預けて彼女自身にも息抜きをして欲しかった。
【……本当に良いの?】
「ああ。このままだと、只々時間を浪費するだけだからその方が有意義だろう。給金も出ているし、好きに使えばいい。どうせこの世界でしか使えないしな」
翔なりの気遣いに念押しで確認すれば男に二言はないとばかりの言葉に嬉しさが込み上げてくる。
【……じゃあ翔の身体、お借りします】
「ああ。その間は俺は意識の奥で寝てるから」
とはいえ翔も翔で精神的に休みたいのだろう。お互いに了承したことで意識は切り替わり、翔の意識は奥底に眠り、シーナの意識がこの肉体を支配し、その証にその瞳は紫色に変化する。
「……何だか久しぶり過ぎて新鮮だな」
ベッドから起きた翔ことシーナは手を開閉しながら五感を感じる。今まで体を使ってもそれは戦いの場だけだった為、この落ち着いた時間と久方ぶりの肉体は新鮮なものがあった。
「……なにをしようかな」
いざ肉体を借りたものの突然すぎて何をして良いか分からなかった。なにかする前に情報を仕入れようとアークエンジェルに搭乗した際、ルルから支給された携帯端末でインターネットを開き、最新の情報を仕入れようとする。
「──翔、いる?」
そんな矢先、扉越しにシーナにとっても聞き覚えのある声が聞こえてくる。
儚くもか細い声と共に次の瞬間、扉が開けば、そこにいたのはリーナ・ハイゼンベルグその人であった。
翔に用があったのだろう。
とはいえ目の前に如月翔はいるわけだが、面妖なことにそれは翔の身体であってその意識はシーナ・ハイゼンベルグなのだ。
暫くの間、翔とリーナが見つめ合う形になるなか、シーナは翔の真似でもしてこの場をやり過ごそうかと思い出した頃だった。
「……シーナお姉ちゃん?」
何と目の前にいる翔をシーナとして認識したのか、彼女の名前を呼んだではないか。
「わ、分かるの?」
「……この感覚はパナマで感じた事がある。今まで膜があるような感じだったけど、今はハッキリとシーナお姉ちゃんの感覚を感じられる」
エヴェイユを通じてシーナの意識に切り替わっていることに気付いたのだろう。
シーナでさえ驚くなか、半ば確信を持って強く頷く。
・・・
「なるほどね」
その後、つい数分前での翔とのやり取りを説明するとリーナは翔なりの気遣いに微笑しつつも改めて目の前の姉の意識が宿る身体を見る。
「シーナお姉ちゃんはどうしたいの?」
「それが浮かばないんだよ。こうして肉体を自由にできる日が来るなんて思ってなかったし」
ベッドに二人で腰掛けつつ、リーナも出来ることは協力したいのか、何かないかと尋ねるも急だったこともあり、中々悩ましいのか再び携帯端末の画面を見てはうーんと首を傾げて唸っている。そんな姿だけでも翔がやらない仕草である為、ついつい笑みが漏れてしまう。
そんな中でシーナの目に留まったのは一つの広告であり、化粧品の広告で美しいモデルの少女が映っているものだった。
「……リーナってお洒落だよね」
「そう言われるのは嬉しい」
暫く悩むようにその画面を見ていたのだが、不意に隣のリーナを見ながらその外見について触れる。
何だかんだと物静かなリーナはかといってファッションに疎いというわけでもないのか、下手をすればアークエンジェルにおいてリンやレーアなど比較的に年が近い少女達の中では上位に入る程、コスメやスキンケアの知識に富んでいるのだ。
「……お洒落したいの?」
「……そうだね、そういうの好きだったし。いつか可愛い服を着て、綺麗に仕上げた私が大切な人と素敵な時間 を過ごす夢。もう出来ないけどね」
シーナもまだ若い女性だ。戦時下であったとはいえ、まだやりたいことしたいこと、楽しみたいことは色々あっただろう。その一つが化粧やファッションだったのか、物寂し気な表情を見せるなかその心境を察したのだろう。そんなリーナの言葉に苦笑交じりに頷きながらも諦めてはいるのだろう、かつて少女として夢見た瞬間を想いながらどこかやるせない顔を見せる。
「まだ遅くないよ」
その瞬間、翔の耳を通じてはっきりとした物言いで告げられた言葉に暗い心境で下がっていった顔を上げてみれば、そこに真っ直ぐこちらを見据えるリーナの顔があるではないか。
「目一杯のお洒落、しようよ」
「でも、これは翔の身体だよ? お洒落はしたいけど男の人のお洒落がしたいわけじゃないし」
その両肩を掴みながら強い言葉で説得されるものの、自由にできるとはいえ、この体は自分のものではない為、咎める部分はあるし、それ以前にお洒落なら性別問わず何でも良いからしたいというわけでもないのか、首を横に振ろうとする。
「翔の身体でやるんだよ。女のお洒落を」
「えっ」
「大丈夫。翔は元々線が細過ぎるくらいだし、顔だって無駄に中性的なんだからイケる」
「で、でも翔が知ったら何て言うか……」
「翔だって分かってくれるよ。早く行こうっ」
リーナの思わぬ発言に思わず間の抜けた声を漏らしてしまうなか、お構いなしにリーナは翔の顔を手で掴んでは捻って角度別にその顔を改めて確認するなか、いまだ渋った様子のシーナを強引に手を引いて意を決したように部屋を飛び出していくのであった。
・・・
「……これは悪くないんじゃないかな」
それから数十分後、舞台をリーナにあてがわれた部屋に移るなか、リーナは目の前の人物に感嘆の声を漏らす。
だがそれは翔からすれば目を疑う光景だろう。
なにせ今、シーナに預けた自分の肉体は着慣れた服ではなく凡そ着ることは半ば絶対ないであろうと思っていた女性物の衣類、もっと言えばスカートを履いているのだから。しかもその髪もウイッグをつけており、今では腰元にも届く艶やかなロングヘアーとなっている。まさに女装という他なかった。
「……翔って原石だったんだね」
「うん、これは予想外だよ……。最初は乗り気じゃなかったけど、ドンドンと羽目を外すくらいには」
とはいえその一見すればどちらかにも捉えられるジェンダーレスな整った外見。インドアなわりには均整の取れたスタイル。改めて意識してみれば翔の外見は非常に美しい素材であり何の前情報がなければ十分に男性と悟らせるのは難しい程の仕上がりだ。これには思わず唸るリーナに室内の姿見で改めて自身の姿を見て、シーナも驚いた様子だ。
(いや、翔って原石過ぎない? 元々多少の手入れはしてたのは知ってたけど、肌は綺麗だし、こう言うと何だけど毛の処理はしっかりやってるし……。もう準備が整い過ぎちゃってて最果てまで来ちゃったよ)
一度踏み出してしまえば高が外れるのは簡単だったのだろう。一人の少女として違和感のない外見に仕上がった翔の姿を見て、久方ぶりのメイクとファッションを満喫したシーナはご満悦だ。
(まさかパットを着ける日が来るなんてね……。翔がチャーミング過ぎるからだよ)
最果て、というのは言葉通りだったのだろう。
両手で控えめな胸部に触れながら何とも言えない感覚を感じて流石にやり過ぎたという自覚はあるのだろう。苦笑した様子だ。もしも翔が何らかの拍子で意識を浮上させ、この現実を知ったら再び奥底に意識を引き籠らせることだろう。
「それじゃあコロニーの中に行こうか」
「えっ? でも……」
「肉体を手に入れたってことは五感を手に入れたって事だよ。それを視覚しか活かさないのは勿体ないよ」
準備が整ったとばかりにパンパンと手を払ったリーナは流れるようにコロニーへの外出を伝えると流石にこの格好で出かけるのは気が咎めるのか、渋った様子のシーナではあるがシーナと肉体を通じて接することが出来ている状況に舞い上がっている部分があるのだろう。リーナは半ば強引に手を取ると何とかアークエンジェルを抜け出してコロニー内に向かうのであった。
・・・
「……はい。これ最近、コロニーで流行ってるらしいっていう飲み物」
コロニー内にある大型ショッピングモールは多くの人々が何気ない日々の営みを過ごしており、このコロニーの外で起きている戦争など他人事のように思えてしまう。そんな雑多とした人混みの中、ベンチに座っては周囲をキョロキョロと見ていたシーナにトタトタと走ってきたリーナはクリームが巻かれたドリンクカップを渡す。
「美味しいっ!」
最初こそじーっと物珍しそうにドリンクカップを見ていたが、やがておずおずと一口口に運べば口内に流れてきた甘味に目を見開いたかと思えば、次の瞬間には瞳を輝かせて大喜びしている。
(……肉体を失って、自由になったこの意識が世界を越えて翔にまで届けられる程になったとはいえ、五感だけは今持っている肉体でなければ感じられない。ニュータイプやエヴェイユだって言ったって肉体があってこそ人なんだよね)
今、こうして何気ない時間を謳歌できているのはそれが出来る身体だからだ。今までその意識が翔の身体の奥底にあり、有事の際にしか顕現しなかった事もあり、改めて肉体への有難みを感じて何とも言えない笑みを零してしまう。
「はあー……。久しぶりに遊んだからから満足したぁー。早く着替えて化粧も落とさないと」
とはいえここまで羽目を外してしまったのは普段は翔の中で意識だけの存在として過ごしているからだろう。ちょっとしたストレス発散にもなり、そろそろ翔に悪いからとこの辺りでお開きにしようと考えていた途端……。
「あれ、翔とリーナじゃない。なにやってんの?」
「バンブラビ」
よりにもよってショウマとリン、レーアに遭遇したではないか。いくら化粧をしたとはいえ大元の顔を知っている者は翔だと気づけるのだろう。何気なく声をかけてきたリンに謎の擬音と共に思わず噴き出してしまう。
「しょ、翔なんだよな? その格好……いや、綺麗なんだけど……何で?」
(マズイマズイマズイ……ッ!? 私のせいで翔が女装趣味だと思われちゃう! ただでさえ翔ってばあんまり人と関わり合いを持たない方なのに、このままじゃ尾ひれがついちゃうよ!)
3人はこのショッピングモールで買い物をしていたのだろう。その最中で戦友の思わぬ姿とその美しさに混乱した様子で問いかけてくるショウマを他所に口をパクパクと開閉しながら思考を張り巡らせる。
「……この人は翔のお姉さん。さっき私も家族といるところを翔と間違えちゃって。それで翔の知り合いって事でコロニーを案内してくれてるんだ」
「わ、私は如月
翔の名誉を守るため、咄嗟に出たのはその身の偽りであった。とはいえフォローをしているリーナや流石にシーナこと椎名もこの嘘に無理があり過ぎるのは分かっているのだろう。苦し紛れに言った言葉の裏腹に冷や汗をダラダラとかいていると… …。
「あぁ、なんだ翔のお姉さんだったの?」
(リンちゃん!)
「……えっ、翔じゃないの?」
「そりゃあそうでしょ。あの子がこんなに愛想良くハキハキ喋れるわけないじゃない」
(リンちゃんッッッ)
何とリンはすんなりと受け入れたではないか。そのことに内心で喜んでいる椎名だがいまだ翔だと思っていたレーアの問いかけの直後に放たれた悪意なしの翔への言葉に止めてあげてと言わんばかりに叫ぶ。
「まあ確かに翔だとしたら、こんなにニコニコしないか。俺はショウマ! 俺達、実は翔の友達なんだ!」
「……翔ってもしかして嫌われてる?」
どうにもこの拳法コンビはこういうところがあるらしい。悪意なしの屈託のない笑顔と直面しながら椎名は何とか笑顔を取り繕うとするもあまりの言い草に引き攣ったままだ。
「あ、あぁっ!? ご、ごめんなさいっ! アタシ達、身内の人の前で好き勝手言っちゃって……っ」
「い、いや良いんだよ? 正直、翔にはもう少し社交的になってほしいところはあったしね」
流石に椎名の様子で自分達の言葉がどんなものなのかすぐに分かったのだろう。慌てて飛び上がって身長差のあるショウマの頭を掴んで一緒に頭を深々と下げるとこんなところで止めてくれとばかりに両手で制しながら普段の翔を振り返って苦笑する。
「翔は嫌われてないぜ」
あぁ、アタシったら何てことを、と一人、頭を抱えているリンを他所にショウマはまっすぐと椎名を見据えながら気さくに笑いかける。
「そりゃ最初は無口な奴だなーとは思ったけどさ。アイツはアレで冗談言えるし、話してて楽しいんだよ。何より強い! アイツが聞いたら否定しそうだけど俺はそう思う。だからこそ……いつだって支えてやりたい。もう見てるだけは嫌だ、動けないのは嫌だ。アイツの為に俺も強くなりたいんだ」
これまでの激動の時間を振り返りながらショウマはしみじみと懐かしむがそれ以上に新たな決意を表すかのように強く拳を握りしめる。翔とショウマは年が近いのと同性ということもあって一緒にいることが多い。下手をすればこの中では一番翔と絡んでいるだろう。
「……まあアタシは翔との付き合いは短いからアレだけど、でもあの子がアークエンジェルで大切に思われてることくらいは分かるわ」
「そっか……。うん、そう聞いて安心した」
リンはまだショウマほど熱く語れるほどの付き合いはまだない。
しかしアフリカタワーの一件を終え、アークエンジェル隊と再会した時の様子はリンの中でも根強く残っているのだろう。ぶっきらぼうに話すリンにその言葉が聞けて良かったと椎名は柔らかに微笑む。
「あのね、みんなにお願いしたいことがあるんだけど良いかな」
翔への好意を言葉で聞いて嬉しかったのだろう。胸の中の温もりがあふれていくのを感じながら椎名はゆっくりと四人を見渡しながら、改まって話す。
「翔のこと、よろしくね。翔は不器用な子だから迷惑かけたりしちゃうかも知れないけど……。アナタ達といれば、きっと翔も支えられると思うから」
翔が再びこの世界で戦う事を決意したのはレーア達の存在があったからだ。
それだけ翔にとってレーア達の存在は大きく、この世界において心の拠り所でもあるのだろう。翔をこの世界に呼んだ自分が頼めた義理ではないが、それでも翔を想ってそう言わずにはいられなかった。
「安心して。翔に助けられてばかりだけど、だからこそ私達が翔を全力で助けるから」
そんな願いを真っ直ぐに答えたのはレーアであった。レーアからすれば如月翔という青年は謎だらけの存在だ。しかしその多くの謎を上回るほどの信頼を築いてきた。翔が涙を流すのであれば、その涙を癒すための未来を切り開こうと思えるのだ。
「……ありがとう」
どこまでも真っ直ぐなその言葉と強い意志に触れて、静かに息を呑んだ椎名は僅かに微笑むとゆっくりレーアの前に踏み出して、そう告げたかと思えば両腕をその背中に回してレーアを抱きしめたではないか。
「……私が思う以上に大きくなってたんだね」
「……えっ」
その行動にレーアのみならずショウマ達も驚くなか、戸惑うレーアだが、その耳元で静かに告げられたその言葉にピタリと動きを止めてしまう。
「……不器用で危なっかしいから心配になっちゃうんだ。近くにいれば私が守ってあげなきゃって……。でも強くなってたんだね」
その言葉は翔に向けてだろうか?
しかし対面するレーアは自分を見つめる椎名の瞳に自分の中で誰よりも大切な敬愛する存在が重なって、まるで自分に対して言われているような気分になってしまうのだ。
「椎……名……?」
「……そう、私はシーナ。また会えるかは分からないけど、今日出会えたこと、こうして話せたこと、触れ合えたことは……忘れないから」
かつて翔と接している時に同じような感覚を味わったことがある。いや、今に至ってはあの時の比ではない。まるで本人を目の前にしているような……。目の前にいるのは翔に瓜二つな人物である筈なのに、そう見えないのだ。
「それじゃあ、みんな、元気でね」
これ以上はいけないんだと自分に聞かせるようにレーアからパッと離れると手を後ろで組みながら前屈みになるとウインク交じりに一方的に告げると返答を待たず、クルッとレーア達に背を向けて人々の雑多の中に走り去って、間もなくその姿を捉える事が出来なくなってしまう。
「なんかさ。椎名とは初めて会った気がしないんだよな。なんか似た雰囲気をどこかで知ってる気がする」
「あぁ、何か分かるかも。顔立ちは翔と瓜二つなのに、雰囲気がどうしてもあの子とは被らないのよね」
「そういや、翔がMSに乗って戦ってること知ってたのかな?」
「……どうでしょうね。アタシ達の言葉に引っ掛かった様子もなかったし」
束の間の出会いであったが椎名の微笑に何か既視感を覚えるショウマ。それは彼だけではなくリンも同じだったのだろう。リンが翔ではないとすぐに信じたのは椎名の雰囲気なのだろう。しかし彼女に似た雰囲気が何であるのか分からず、顔を見合わせては首を傾げてしまっている。
「……どこかでまた会えるよ」
「……そうね。そんな気がする」
幻ではないと身体に残る椎名の体温を感じるかのように自分の身体を抱くレーアにリーナは静かにその隣に立って声をかける。その手に携帯端末が握られており、いつの間にか椎名がレーアを抱きしめる様子とそれを見て驚いているショウマとリンの姿が映し出されている。その写真を見て、レーアは静かに微笑みながら何かを想うように仰ぎ見上げるのであった。
・・・
【……改めてありがとう、翔】
「気にするな」
数時間後、アークエンジェルが出港の準備にとりかかるなか、艦内を歩きながら内側から聞こえてくるような感覚に静かに答える。そうしていると向かい側からショウマやリーナ達が歩いて来るのを見かける。
「おっ、翔じゃん。ずっと艦内にいたのか?」
「お陰でぐっすりだ」
「あっ、そう言えばさっきリーナから写真を流してもらったんだけどさ」
ショウマ達も翔に気付いたのだろう。口々に声をかけるなか、相変わらずの仏頂面を見せる翔に何か思い出したのか、ショウマは自身の携帯端末を取り出すと開いた画面を翔に突き出す。
「お姉さんに会ったぜ。ここのコロニー出身だったんだな!」
そこには明らかに女装している自分の姿があったのだ。自分にそんな趣味はなく考えられるとすれば……。
【……】
(……)
【……見つけ出せ、自分の可能性】
(オイ)
この後、肉体を貸すことはしても意識だけはちゃんとしていようと決めた翔であった。
本当はZZのタイガーバウム回みたいな話で翔がなし崩しに女装するギャグ回を目指そうと思ったんすよ。でも気づけばこうなったんすよ。
おまけ
椎名&翔
【挿絵表示】
椎名「ほら翔、折角二人で並べる機会なんだから笑って! ハイライト取り戻して!」
翔「……笑えよ。これが五周年を迎えた男の末路だぞ」