―白銀side―
3月1日午後
-夕呼執務室-
あの後A-01のメンバーと軽い別れの挨拶をし、今回の出向最後の打ち合わせのため、現在俺は夕呼先生の執務室でソファーに腰掛け、コーヒーモドキを啜っていた。
俺の座った向かいには部屋の主である夕呼先生が、俺の中身のない頭を必死に絞って思い出した記憶を書きとめた用紙を睨みながら、右手に持った『コーヒー』を啜っている。
「夕呼先生~俺もコーヒー飲んでいいっすか?」
「別に許可なんて取らなくていいわよ。それにコーヒーモドキならそこに用意してあるじゃない」
ちなみに俺がクソ不味いコーヒーモドキを飲んでいる理由はこんなところだ。
…俺だってコーヒーってのを飲んでみたかったんだよ!記憶上でしか飲んだことないんだぞ!
「…何睨んでんのよ?」
「いえ別に何も…」
その後どうにかカップに注いだコーヒーモドキをなんとか飲み干す(処理ともいう)と、夕呼先生の方も結論が出たのか手に持っていた紙を机の上に放り出した。
「今後の方針は決まりましたか?」
「ここ来月までについては今までと変わらないわ」
「なら、次の任務も変更は無しですか?」
「ええ、今月に行われる佐渡島ハイヴ間引き作戦を、XM3の実戦証明に当てるわ」
幾千幾億と実戦をXM3と共に生き抜いてきた者としては、実戦証明など今更な話だがそれは数ある平行世界の話であって、この世界では漸く実機で動かし始めたばかりの戦場バージンなのだから仕方ない。
間引き作戦ならば比較的安全で被害も抑えられるし、性能評価の場としては申し分ないしな。今の時期にA-01へ教導した理由もこの作戦に間に合わせるためだったりする。
「未来を知ってるアンタから見ても、今の伊隅達なら問題ないレベルなんでしょ?」
「ええ、今の伊隅ヴァルキリーズは部隊単位であれば、世界最強の部隊だと胸を張って言えますよ。そうでなかったら出向の期間残っているのに斯衛に帰ったりしませんし」
「ふ~ん、なら万全ってわけね。なら白銀は予定通り間引き作戦には参加せずに、斯衛軍の内で動いてもらうわ。XM3の実戦証明が済めばアンタの名前を製作者として公開するから、斯衛の方でもある程度自由に動けるくらいの立場は作れるはずよ」
「出来るだけ太いパイプになるよう頑張りますよ」
「こっちには本人すら知りえない情報があるんだし、アタシの言うとおりにやっていけば何事もなく済むわよ」
う~ん、けど記憶じゃ貴女、結構な暴言ばかり帝国に言って無かったでしたっけ?そのおかげで横浜に対する印象が最悪で、色々現場で苦労した思いが…あっ、涙出てきた。
「そういやXM3を発表するのはいいんすけど、勝手に帝国に先行配布なんてしちゃってアメリカから怒られないんすか?」
「その為にアンタの名前を入れたんじゃない。帝国とAL4の協同で出来た物なら先に配ってもイチャモンつけてくる奴なんて出てこないわよ」
「クーデター誘導して軍事介入しようとする国がそんな簡単に引き下がりますかね?」
「そもそも向こうは今更戦術機のOSなんて興味ないわよ。実権を握ってるのはAL5側の豚共なんだから」
「G弾信者は戦術機のことなんて興味ない、ですか」
「そういうこと。まぁ時期が来たら頼りのG弾が効かないって分からせてあげるんだけどね」
うーわ、笑顔で言い切ったよこの人。けどG弾が効かないってどうやって認めさせるんだ?理屈で証明しただけじゃ絶対信じないような奴らだぞ?
「けどどうやってAL5の連中に納得させるんです?俺が言うのもアレですけど、あいつ等のG弾に対する自信はちょっとやそっとじゃ覆りませんよ?」
「自分の目でBETAに効かないところを見れば、そんな自信なんて簡単に無くなるわよ」
「えっ!?奴等が無効化した記憶があるんですか!?」
「アンタだって知っているでしょ?重力偏差の中、BETAが海の中から進行してきたことを」
「あぁ~アレは地獄でしたね…何とか人類が生きている状況で、海底からBETAが現れたんですから」
思い出すだけで嫌になる。勝ち目の無い消耗戦を繰り返しては、何度発狂したい感情に駆られたことか。それまで人間同士で争っていたこともアレだが…
「こっちからちょっと突っついてあげればAL5の連中のことだし、後はちょっとだけ調整してやれば勝手に先走ってくれるでしょ。それこそH1にG弾をばら撒く位の暴挙をね」
そういやどの記憶でもH1は健在だったんだよな。まぁアレだけデカくて深けりゃいくらG弾といえど、本体の重頭脳級には届かねえよな。
しかも今回は出てこないだろうが、記憶の中では最終的にГ標的なんつーもんが出てきて、超長距離からのレーザーでG弾がラザフォートフィールドを持続することが出来ずに、ハイヴ到達前に落とされるなんてこともあったしな~
「けど、G弾ばら撒いちゃって重力偏差は大丈夫なんすか?」
「そこは手を回すわよ。地球に大きな影響を与えるほど、無制限にG弾を使わせることはさせないわ」
「あぁ、納得です」
確かに植生が回復しないとはいえ、G弾を投下されたここ横浜でも新たに植えた桜は咲いたし、数年分のデータしかないが人体に影響が出たことも無い。
どの程度かは分からないが、人類の存亡に関わるような事態にはならないだろう。G弾20発分といわれる凄乃王の自爆があった2週目だが、それだけで海が干上がるようなことは無かったわけだし、単純に考えて20発までは大丈夫なはずだ。
「あら、もう時間ね。これからやる事は分かってるでしょうね?とりあえずはアンタのこと信用してるんだから裏切らないでよね?」
「大丈夫ですよ。夕呼先生の指示通り上手くやりますから」
「そう?ならいいわ。じゃあ次に会うのは合同トライアウトのときになるわね」
実戦証明が成功するのは夕呼先生の中で既に決定事項か。まぁ失敗するほうが難しいレベルだけど、一応実戦なんだし少しは心配とかしないか普通?
「と、そうだ。帰る前に霞にも挨拶しておきたいんすけど、今どこにいます?」
「今は無理よ。あの子『鑑』の所に行ってるから。今鑑に会ったらいけないって、アンタ自身分かってるでしょ?」
「そりゃ、まぁ」
常時因果を振りまいている状態の俺が今の純夏の前に現れようものなら、純夏の精神が受け取った因果に耐え切れずに崩壊してしまうだろう。
「社には何か手紙でも残しておきなさい。アタシが渡しておくわ」
「ならお願いします。純夏が世話になってるのに挨拶しない訳にはいきませんから」
話し合いが終わりその場で霞への手紙を書いて夕呼先生に渡すと、今回の出向でお世話になった京塚曹長と神宮寺軍曹、ピアティフ中尉に挨拶をして帝都へ帰還した。
特にピアティフ中尉には任務とはいえ、あの殺人的に忙しい中時間を割いて英語を教えて貰ったので、お礼代わりに今度出向してきた時には仕事を手伝いますよと言ったら泣き付かれた。
…ピアティフ中尉、そろそろ限界なのかもしれないな。
―悠陽side―
3月4日
-帝都城-
「真に喜ばしいことです。家格は山吹なれど、白銀の家は古くから続く我が煌武院家の一派。貴方が快復したとの報告を聞いた際には、我が祖父雷電も喜んでおりました」
ここは帝都城の一室、その中でも斯衛の赤以上でなければ使用することのかなわない最上級の部屋。
そのような部屋で私、煌武院悠陽の向かいに座るのは、つい先日G弾から快復したと報告があった白銀家現当主、白銀剣が頭を下げておりました。
「これ白銀、今の私は政威大将軍としているのではなく、同じ斯衛の煌武院家の当主としているのです。そこまで姿勢を正さずともよいのですよ?」
「いえ、それでも悠陽殿下は『公の場でタケル様、とお呼びしてもよいのですよ?』…分かった、待ってくれ言葉は崩す。『悠陽』これでいいだろ?」
「はい!」
「今は人がいないからいいけどよ。天下の政威大将軍が斯衛の末端である俺なんかに様付けなんてしてるのを聞かれちゃ、お互いに拙いだろ?それと今の俺の名は『ツルギ』だ」
分かっておりますよツルギ様。ですが、私にとって貴方は何時までも幼少期を共に過ごした幼馴染のタケル様なのです。
同じ斯衛の一派、同じ年に子供が生まれることすら稀なのに、タケル様と私は同じ日に生まれた者同士。生き別れとなってしまった双子の妹がいる私には、幼い日を共に過ごしたタケル様の存在というのはとても大きいのですよ?そんな貴方様から日常でも殿下などという役職で呼ばれるなど、耐えられるものではありません。
それに外を人が通る際には、扉越し控えている紅蓮に合図を遣すよう言い含めているのですから、そこまでタケル様が心配する必要などありませんわ。
「それにしても…剣様、以前お会いした時と比べて随分と雰囲気が大人になったように見受けられますが、もしや向こうで女性でも作られましたか?」
「ブッ、いっいきなりなんてこと言うんだ!?」
「無くなったとはいえ以前には婚約の話も出た間柄ですし、もしそうであれば祝辞の一つでもと思ったのですが…」
「前に会ったのだってもう2年近く前だろ?それだけ日が開けば何もなくとも少しは大人になるっての」
「なるほど、女性ではないのですね」
「ですから何もありません!」
成程、今ツルギ様には特に気になる女性はいないということですね。これは良い事を聞きました。早速御剣の方にも知らせて、あの子との婚約を進めなければ!
紅蓮から聞いたところによると、軍の方でも余程タケル様は女性に好かれていたようですし、手を拱いていては誰に奪われるか分かったものでは無いですからね。
「…悠陽は相変わらずだな」
「あら?もう少し将軍らしい方がよろしかったでしょうか?」
「いや、別に将軍になったからといって、悠陽そのものが変わることはないさ。俺も悠陽がそのままでいる方が落ち着くし」
…なるほど、タケル様が女性に好かれるわけが少し分かりました。
「そうですか?ならばツルギ様の前では悠陽のままでいましょう」
「自分っていう個人ではなく、公の何者かでいるというのも大変だしな。部下1人とはいえ部隊を預かる身となって改めて思うぞ」
「そういえば、こちらに帰ってきてから部下を持たれたそうで。挨拶が遅れたのもそのためですか?」
「ああ、何しろ初めてのことだからな。慣れないことばっかで手間取ったよ」
「紅蓮からは手馴れた様子だと伺っておりましたが、ツルギ様は相変わらず目標が高いのですね」
「いや部下の方がちょっとな…と、時間か。結局俺の近況報告だけで終わっちまったな。悠陽には随分と心配かけたはずなのに悪いな」
……いえ、もう充分に悠陽はタケル様から元気をいただきました。
「では、ツルギ様。去る前に一つだけお願いを聞いてくださいませんか?」
「…悠陽の『お願い』なら断れないな。どんなお願いなんだ」
ありがとうございますタケル様。
「次に、次に会う時まで笑顔でいらしてください。ツルギ様の笑顔を私は失いたくありません」
「分かった。悠陽を悲しませるわけにはいかねーしな。そのかわり、悠陽も次会う時まで笑顔でいろよ?」
「ツルギ様からのお願いなら断るはずもありませんわ。ふふっ、ですがこれではまるで子供の頃にした約束みたいですね」
「悪かったな。多少見た目が変わったところでどーせ中身は子供だよ」
コンッコンッ―
「殿下、ご歓談のところ申し訳ありませんが、そろそろお時間です」
「わかりました紅蓮。では白銀、今後も斯衛として臣民のために在り続けなさい」
「はっ、我が名と剣に懸けて」
「話は以上です。下がりなさい」
「はい、失礼しました」
ツルギ様、次に会う時までどうかご無事で…
―白銀side―
3月5日
-帝都城斯衛軍兵舎-
「漸く、半分終わったか?」
昨日は悠陽殿下へ帰還報告をする際に仕事を途中で切り上げていたため、残っていた仕事が今日の分と合わさり俺にとってハイヴよりも厄介な書類の塔が机の上に出来上がっていた。
それを午前中全部を使って何とか半分まで減らすと、漸く昼食を取る余裕が出てきた。
「こっちはある程度目処付いたから食事にすっけど、お前はどうする?というより終わるか?」
そう言って俺は唯一配属された馬鹿、じゃなかった部下である男に声をかけた。
部下である男の机の上にも書類の山が出来上がっていたが、俺が見る限りでは朝から減った様子は見られない。
「白銀隊長、俺はBETAを倒して日本を救うために斯衛来たんだ。決して書類仕事をする為に斯衛衛士になったんじゃねぇ!」
俺が問いかけると、相変わらず暑苦しい答えが返ってきた。
「つまり?」
「書類が終わらねぇ!」
「了解、お前の分も何か持ってこよう」
はぁ、紅蓮さん。どっちかっつーと書類仕事できる部下が良かったです。
俺は部屋を出た途端、ため息を吐いてこの人選をした紅蓮大将に心の中で愚痴を零した。
現在進行形で俺が気をもんでいる部下の名前は
悠陽目線で書こうとすると、どうしてもフェイブルの悠陽が出て来てしまう。
公式でアンリミ・オルタ世界の悠陽側をもっと取り上げてくれないかな~
あと、望んでる人は少ないだろうけど、剛田城二さん登場です。
※仕事の方も一段落着いたので、感想もいただければ返信出来るかと。お待ちしています。