―白銀side―
4月26日
-横浜基地シミュレーションルーム-
結局、ロリコンの噂が流れていたのは俺と霞を知っている数名に留まっていたので、俺の社会的な死という最悪な自体は避けることができた。
しかし意外だったのがこの噂の出処だ。
速瀬少尉にロリコンと言われたあの訓練の後、以前も同じ噂が出回ったことから気になって独自で調べてみたところ、さほど時間も掛からずに判明した噂の発生源は霞だった。
なんでも以前霞の前で夕呼先生と会話していたときに出た「ロリコン」の意味を、霞の世話役であるピアティフ中尉に尋ねた際、意味を聞かれたピアティフ中尉が俺のことを勘ぐり、そこから噂が根付いたようだ。ピアティフ中尉が俺を疑ったワケも、霞に近しい男性が俺だけだったという単純だが無視できないという点からだ。そりゃそんな状況で「ロリコンって何ですか?」なんて霞から聞かれたら真っ先に俺のこと疑うよな。
こんなことで斯衛との繋がりが切れるとは思わないが、一応夕呼先生に今回の噂騒動について広まらないように頼んでおいた。
もし万が一にでもこのことが悠陽に伝わったら、白銀家取り壊しなんていう笑えない事態になるかもしれない。普通だったら笑い話で済むんだが、今はとてもじゃないが笑えない。寧ろ怖い。
「おぉ、やってるやってる。流石に途中参戦は拙いし、今回は観戦だけで我慢しますか」
XM3装備機体特有の激しい揺れを再現しているシミュレーターを横目に、一人管制室で作業している涼宮少尉に挨拶してモニターに映し出されている戦闘を眺めてみる。
「うわっ!A-01の皆もう小隊単位での3次元機動なんてモノにしてるの?」
「出来るのは今残っている隊長達だけですよ。新入りの子達が早々に落とされちゃいましたから、出来てるように見えるだけです」
「流石の特務も一月じゃ錬度が足りないよな。まぁ出来てたら今回の合同訓練の目的である部隊運用のさらなる効率化なんてする必要ないか」
「それにしてもやっぱり斯衛の人って強いですね~」
「まぁ少数精鋭を語ってるウチみたいな部隊は、新入り相手に手間取る訳には行きませんから」
涼宮少尉と会話をしている間に、シミュレーターの方では剛田が副島・速瀬の前衛コンビを撃墜し、剛田が動きやすくなるよう伊隅・小林の後衛を相手取っていた篁の救援へと向かっていた。
「でも、この試合は俺達の負けか」
それにしても俺達の部隊員、強いのはいいけど本当に突撃前衛大好きっ子ばっかりだな~小隊組むとしたら俺が後ろに下がる他ないか?篁なんて後衛相手に距離取っているってのに、片手に長刀保持したままだもんな~普通は自分も銃手に取るだろ。
「中尉?数的不利も解消しましたし、今の勢いなら負けるのは私達の側だと思うのですが?」
「いや~伊隅大尉が上手いこと誘導してるよ。俺だって戦っていたら見事にハマってたと思うし、この状況なら気づかれることも無いだろう」
「CPの私でも分からないんですけど…大尉は何をしてるのですか?」
「地形というか、ビルに注目していれば直ぐに分かるよ」
「はぁ?」
―伊隅side―
副島と速瀬が落ちたか。いや、よく持った方だろう。数的有利とはいえ、あの武御雷を相手に不知火2機で押さえ込むのは元々無茶があったのだからな…XM3のお陰で武御雷の全身武器っぷりに拍車がかかっている現状では余計に。
特にあの二人は前衛ポジションということもあり、得意距離が長刀などの近距離だったのも武御雷相手には辛かった。予定では私と速瀬に副島と小林という前衛後衛で組む2機編成(エレメント)を考えていたのだが、開始直後の黒の武御雷による強襲でものの見事に分断されてしまった。この強襲で新入り達もほぼ全滅させられたし、この試合の序盤はあちらに握られていたといって良かっただろう。
だが、それもここまでだ。
「ヴァルキリー3(小林)エネミー2がこちらに向かってきている。エネミー1を引き付けたままエリアGへ移動。エネミー2が合流次第仕掛けるぞ」
「ヴァルキリー3了解!」
今まで切り込んでくる山吹の武御雷の足止めをしていた小林だったが、新たに出した指示に従って引き撃ちを交えて徐々に後退し始める。山吹の武御雷に乗っている奴ならば、こちらが何か仕掛けている事に気付くだろうが、仕掛けの種さえバレなければ私達の勝ちだ。
引き撃ちを始めて暫く、相手もこちらが何か仕掛けていることに気付いた様で、こちらに向かっている黒の武御雷と合流してから叩くことを決めたのか、今まで私達を攻め立てていたペースから少し動きが落ちついた。
「ヴァルキリー1、どうやら相手も感づいた様ですがこのままでいいんですか?」
「警戒されているみたいだが構わん、どうせこちらの用意した手も相手が合流してから発動だ。合流を急ぐというのであればこちらとしても有難い」
「了解!」
そして予定していたポイント付近で相手の武御雷が合流した。上手いこと誘導するのに弾薬を多少消費してしまったが、ここで決着を着ける分には問題ない。
あとは、タイミングだけだ。
「これより私の合図で奇襲作戦を行う。各自確りと役割を果たすように」
「「了解」」
私は返ってきた返答の中に声が震えている者がいない事を確認すると、一呼吸置いた後に奇襲の合図を出した。
「突撃っ!」
ドドドドドッ―
合図の返答代わりとして、小林の不知火から36mm弾をばら撒く音が戦場に響いた。
小林の射撃は普段砲撃支援をしているだけあり、一発も逸れることなく相手のいた場所へ降り注いだ。
今までの引き撃ち中心の攻撃から、打って変っての突撃攻撃にも相手は落ち着いた対応で放たれた36mm弾を回避すると、回避した動きのまま突撃して行った小林への追撃を放ってくる。が、それは私の支援射撃で防ぐ。結果1機が私達の注意から外れ、相手もその隙を見逃すことなく私に向かって突撃をしてきた。
「…掛かったぞ!」
そして私との距離が50mを切った瞬間、私は全機体に合図を送った。
バン!―
それは今まで戦略的に見て誰も居なかったはずの場所からの狙撃。相手がアラートを聞いたときには、もう避ける手段など残されていなかっただろう。
放たれた弾丸は見事山吹の武御雷の右腕部を打ち抜き、突撃の勢いも相まって体勢が崩れたところへ追撃の36mm弾が次々と着弾し、そのまま山吹の武御雷には大破判定が下された。
「良くやった宗像。今日の夕食奢ってやるぞ」
「ありがとうございます隊長。ですが中破判定受けた私の機体を即座に主機落として、撃墜判定だと誤魔化すなんてよく思いつきましたね」
「あの時は乱戦だったからな。1機や2機ならば判定を誤魔化しても気付かれることはないだろう。こちらも即座に攻勢を仕掛けたしな」
何者も居なかった場所からの攻撃の正体はこれだ。主機を落とすと反応が撃墜された戦術機と変わらないことを活かしたトリックプレー。成功する確率は高いと踏んだが、次からは使える手ではないだろうな。
その後、同じように隠していた撃破を免れた機体を今度は陽動に使い、隙の出来た黒い武御雷を十字砲火で撃破し、記念すべき初の模擬戦は私達A-01の勝利で飾ることが出来た。
―白銀side―
4月26日
-横浜基地斯衛軍執務室-
う~ん、空気が重い。昨日の敗戦が効いたのか見事にウチの部隊員達は落ち込んでいた。特に指揮を任していた篁の落ち込みっぷりは凄い。まぁ2機編成でA-01をあそこまで追い詰めたんだから、十分誇ってもいい出来だと思うんだけどな。
「お疲れ様だったな。特に篁は突然の指揮で大変だったろ?」
「すみません。負けてしまいました」
「いや、人数も揃ってなかったし、正式なフラッグ戦ってわけじゃないんだ。そこまで気にする必要はないぞ?」
「そうはいきません。斯衛部隊として敗戦をそのままにしておくわけにはいきませんから。次の機会には勝ちましょう!」
「おう、そうだな」
あれ?意外と大丈夫みたいだな…予想ではもう少しばかり落ち込むと思っていたけど、まぁBETA相手にしていたら敗戦には慣れてるか。
ちなみに剛田はストレスを晴らしにグラウンドで走っていたらしい。なんでも日が暮れるまで走り続けたそうで、今は両足に筋肉痛が襲っているようでプルプルと体が震えている。どうせならそのまま夕日に向かってダッシュし続ければ良かったのにと思う。
「今日から本格的に横浜に出向してからの仕事だ。精々こっちの人の迷惑にならない程度に仕事進めていくぞ」
「「了解」」
「んじゃ、先ず最初の仕事は訓練兵の訓練内容についてだ。現在訓練兵を受け持っている訓練教官に練成内容を確認し、聞いてきた内容はこっちで検討した上で問題が無ければ上に報告。この仕事はとある御方の進路において非常に重要な判断基準となっている。くれぐれも各自で勝手に判断を下すことの無いように」
「はっ!」
「そのとある御方というのは俺たちには教えられないのか?せめて男か女なのか、年齢はいくつなのか、どれくらいの身分なのかが分からないと、内容を検討するにも判断しきれねーぞ?」
俺の指示に対し剛田が質問を飛ばしてきた。中々に剛田らしくない鋭い質問だな。
確かに剛田の言い分は最もなのだが、その辺りの情報を教えると冥夜の存在が露見する可能性が出てきてしまう。悠陽の影武者として役をこなせる様にと、斯衛の中でも隠されているのだから、いくら仕事の上で必要な情報とは言え俺から話すことも許可されていない。
「残念ながらその人に関する情報については、教える権限を俺が持っていないので無理だ。だが斯衛側からの要望はこちらの書類に記載されているから、それを元に全員で検討していくぞ」
「了解、けどまた面倒くさい案件が舞い込んできたな。斯衛の奴が衛士なるなら普通は斯衛の訓練校に行くもんだろ?それを態々国連軍の訓練校だなんて、しかも斯衛の正規部隊一個使ってまでするなんてよ」
「それはそれはやんごとなき理由があったんだとよ。それにこの案件がなかったとしても、XM3関連で横浜に来ることになっていたし、移動に関しては変わらなかったと思うぞ」
「流石は派遣部隊ってことかよ。その内国外にまで行っちまうんじゃねーのか?」
国外ね~今のところ可能性は限りなく無いだろうな。上が俺を海外に出すことに渋っているし、何より今の状況で長期間日本を離れるなんて出来るわけない。
「いや、そこまでにはならないだろ。だから安心して仕事に打ち込むといいぞ。篁なんて直ぐに連絡付けてもう部屋から出て行ってるし」
「俺と一緒に答えを聞いていたと思っていたのに…何時の間に」
「剛田も見習ってさっさと行く」
「はいはい、了解」
さてと、剛田も出て行ったことだし、俺は俺の仕事をしますかね。
暫くはこのペースが続くことになりそうです。申し訳ありません。
今回のシミュレーターでの模擬戦のときに、「主機を落とすと撃墜機と反応が同じ」というのはこのssでの独自設定となっています。
原作ではどうなっているのかよく分からなかったので、勝手にこのような設定にしました。
それと次回投稿辺りに活動報告にてちょっとしたアンケを取るかもしれないです。もしよろしければご協力ください。