―白銀side―
5月10日
-帝国軍本土防衛軍朝霞駐屯地-
斯衛軍から依頼されていた訓練内容の調査を始めて2週間が経った。
調査の方は担当教官が内定している神宮寺軍曹が協力的なことも手伝い、当初の予定を上回る程のペースで順調に消化していった。
さらに、仕事が早く済めばA-01とまた模擬戦を行えるという環境が、剛田の仕事速度が上げるカンフル剤となって以前のように仕事が貯まる事も無くなり、現在の部隊の状況は極めて順調であった。
また、出向当初は心配していた篁だったが、A-01を通して上手く横浜に合わせることが出来た様で、今では食堂でA-01と顔を会わす度に会話に花を咲かせている。
食堂といえば、A-01との模擬戦での敗北を慰めようと、京塚のおばちゃんが仕切っているPXに2人を連れて行ったところ、合成食料とは思えぬ味の料理にとても感動していたのを思い出す。これであの2人も横浜にいることに嫌悪感を感じることも減るだろう。
横浜に来てからここまでは極めて順調だ。
「こっからは俺達次第ってことですね鎧衣課長」
「やれやれ、田中少尉は現在のわれわれの立場が判らないようだね」
「おっと、失礼しました中尉」
「全く、私のようなくたびれた中尉が課長なんて冗談にもならないぞ?」
このようなコントを繰り広げている原因は、今の会話の相手である鎧衣中尉もとい、鎧衣課長との共同任務のせいであった。勿論俺から希望したわけではなく、いつの間にか夕呼先生の手によって決められていたことだ。おかげで俺は田中少尉という縁も縁もない帝国軍人を演じさせられている。
「香月副司令の頼みで君のような若い子と一緒に任務を行うとは、人生何が起こるか分からんもんだ」
「俺だって衛士になってこんな工作員みたいな真似をするとは思ってなかったですよ」
「それはいかんな田中少尉。人生とは不測の事態の連続なのだから、常に想定外に備えて準備をしておくものだぞ?私の息子を見習ってみてはどうかね?いや息子のような娘だったか?あ奴ならば今から太平洋の真ん中に放り出しても日本に帰ってくるぞ」
「流石にそこまでの生存能力は衛士に求められてないと思うんですけど…」
「さっき私が人生は予想がつかないと言ったばかりではないか。田中少尉だって突然太平洋のど真ん中でBETAと戦うことがあるかもしれないだろう。そのとき戦術機が使えなくなっら、君はそこで諦めてしまうのかね?」
「その前提がありえないんですよ!」
「これこれ、このような場所ではあまり大声を出すものじゃないぞ。田中少尉」
「くっ」
今俺たちがいる部屋は中々に機密の溢れている「現政権に対しクーデターを画策している者にとって、とてもとても大事な部屋」であった。なので、鎧衣課長の言うように大声を出したのは拙かったのだが、その原因を作った人に言う資格はあるのだろうか?
一応見つかったとしてもデータから身元がバレてしまうようなヘマはないとは言え、俺の顔というのは今や衛士ならば間違えようがないくらいに有名になってしまい、勿論潜入の際にメイクは確りとしているがそこまで安全ではないのが現状だ。
「私ならば例え見つかったとしても問題なくやり過ごせるが、君の場合はそうもいかないだから気をつけたまえ」
「了解っす」
それにしても管理が杜撰だな。部屋に入ってから1時間もしていないというのに、俺達の前にはクーデターの決定的な証拠がわんさかと集まっていた。
「この連判状を持っていったらクーデター潰せますよね?」
「まぁ確りとした足場固めもせずにクーデターを起こそうとすれば、どうしても脆い部分は出てくるというものだ」
「そんなものですかね」
「相手は国だからな。他のところに気を使いすぎて身内に構う暇など無いだろう。まして今は活動を開始した直後だ。人数はそれなりにいるとはいえここまで手を回す余裕はないのだろう。まぁ活動開始直後に私達みたいのを通してしまった時点で、このクーデターもいいように使われて終わりだな」
「やっぱりまだ泳がせておくんですか?」
「ああ、それが
「そうですか…」
大人達は皆腹黒だな~
「それにしても田中少尉は自分が狙われているというのに落ち着いたものだな」
「まぁこのクーデターの大元が国粋主義者だと聞けば予め予想出来たことでしたから。なんでも今の俺は
そう言って俺は俺のことを罵っている紙を片手にぶら下げた。XM3については自分達が使えないやっかみもある分色々書かれているな。それに俺はただの山吹だし、こういったものの対象にしやすいんだろう。
「上が上なら下も下だな。ある意味今この国で一番統率が取れている組織かもしれん」
「笑えませんよ。それ」
「しかし彼奴らの結束は侮れんものだぞ?動き出して一月と経たぬ間にこれほどの人員を集めたのだからな」
鎧衣課長から渡されたクーデターの名簿を見ると、現在の防衛軍准将や陸軍少将の名前も数名ほど含まれており、改めてクーデター組の力というものを思い知った。
「よくもまぁクーデター側がこれだけの人物を抱え込めましたね。おっ!?斯衛の人もそれなりにいるな~」
「斯衛側はそこまで権力を持っていない連中ばかりだから、そう警戒する必要もないがな」
「まぁ斯衛軍で上に立っているのであれば、色々と不確実なクーデターなどを起こすよりも、斯衛内部で発言していたほうがよっぽど可能性ありますからね」
「そういうことだ。しかし、ここまでの大捕り物となると捕らえたときに起こる騒動よりも、部下達の体力が持つかどうかの心配をしたほうが良さそうだな。今度上に人員の拡充を具申しておこう」
確かに鎧衣課長の言ったように斯衛を無視したとしてもクーデター側に少将やら准将がいるのでは、事を起こした際に投入される人員は権力に比例して膨大な数になるだろう。その全てを取り仕切るとあっては仕事量も膨大だ。
「これ、今のうちに准将とかは別件で引っ張って力削いでおいた方がいいのではないですか?このままではとても一部署でこなす仕事量には収まりきらないですよ?」
「しかしだな田中少尉。先のためにと今ここで我々が動いたとなると、ここの連中は余計警戒して出来なくなってしまうだろう。こういった事は一網打尽が確実なのだよ。まぁその時の混乱に乗じて刑が軽くなる者もいるのだがな」
まぁそのことは私の管轄外だよ。と言い残して鎧衣課長は資料漁りに戻っていった。
5月11日
-国連軍横浜基地夕呼執務室-
あれから見回りが来るまで資料を探り続けた結果、クーデター側の主だった首謀者達と、裏でクーデター活動の支援を担っている会社及び個人との取引情報、基地ごとに用意したのであろう各人直筆の連判状、等々クーデターを抑えるにあたって必要十二分といえる量を確保出来た。
しかし、この基地にはクーデター作戦を考え付いたであろうアメリカの存在は、いくら探そうともその影を見つけることすら出来なかった。
おそらくだが、夕呼先生達が求めていたものはアメリカの存在を確証できる証拠だったのだろう。帰り際の鎧衣課長のジョークのキレがどことなく鈍かったし、多分そうだ。
「これらが今回収集出来た書類と報告書になります。しかし、どうしてまた危険を冒してまで俺を鎧衣課長の仕事に付き合わせたんですか?はっきり言って足引っ張っただけでしたよ?」
「そうでしょうね。今回の仕事に関しては一片たりともアンタに期待してなかったし、
「ならなんで俺を連れて行かせたんですか?最初は顔合わせ目的で呼び出されたのだと思ったけど、そのまま仕事に連れて行かれるし…」
「エサよエサ。クーデターを画策する程の奴らの前に格好の獲物を差し出せば、何かしら反応があると思ったんだけど空振りだったわね」
「エサにするならそうだと最初に言ってください。それなりに寿命縮める思いもしたんですよ?」
「これで動きがあれば証拠集めなんて手間も省けたんだけど…連中、クーデターなんて画策するくせにこういうところだけはムカつくことに慎重なのよ」
おい、俺の苦労は無視かよ。まぁ分かっていたからいいけどさ!
「あぁ、だから潜入任務だってのに戸籍とかの処理がいつもより雑だったんですね」
「がっちり固めちゃ意味がないし、あくまで怪しい奴程度にしとかないとエサにならないからね。結局失敗だったけど」
「それでクーデターはどうするんです?証拠の品は集まりましたけど本命は手に入りませんでしたし、俺の囮もどうやら不発だったみたいですし、これでも予定の通り全員泳がしておくんですか?」
「こっちでコントロール出来なくなるまでは泳がしておくわ。連中もそこまで切羽詰っているわけでもないし、あと一年は準備に費やすでしょうから、暫くは放置しといて大丈夫よ」
こんなことを言っているが裏では既に色々とやっているのだろう。夕呼先生がたった1回の失敗ですんなりと諦めるわけがないし、アメリカが相手ともなれば未来の情報もそこまで威力があるわけでもない。警戒してもし過ぎるという事はないだろう。
「そうそう、アンタが希望していた品物、今回の仕事に出かけてる間に届いたわよ。アンタ達のハンガーに置いてあるから演習場使って試しt「ありがとうございます!それでは失礼しました!」…なんだかんだ言って白銀も紅蓮のおっさんと同列ね」
おぉ遂に頼んでいた物も届いたか。しかしそう数があるわけでもない演習場を貸切とは、夕呼先生にしては太っ腹だな。そんなことを思いながら、俺は自分達のハンガーへと走った。
ちなみに夕呼は一言も貸切とは言っていないのだが、白銀の都合のいい耳にはそう聞こえたらしい。
-横浜基地戦術機ハンガー-
「あっ、隊長。任務お疲れ様でした。隊長がここを離れている間に香月副司令から届け物がありましたので、とりあえず空いているハンガーに入れておきましたよ」
全速力でハンガーにたどり着くと、ちょうどハンガーで作業をしていた篁から届け物の説明を受けた。
「篁もお疲れ様。その届け物の事で来たんだ。届け物については俺がやるから、篁は今の作業続けてていいぞ」
「了解です」
逸る気持ちをなんとか抑えて届け物の入っているコンテナを開けると、中にはYF-23に採用されていた
「おぉ~頼んだ物はちゃんと揃っているな。しかもメンテ用の道具まで入っているのか、これならかなり無茶しても大丈夫だな」
「わっ!?隊長なんでそんなものがあるんですか?」
コンテナの中身に独りで唸っていると、後ろから覗いていたらしい篁が驚いた声を上げた。確かに日本では中々お目にかかれない品々であるし、この驚き様は自然かもしれない。
「ちょっとした伝が出来てね。前々から欲しかった物だから買っちゃった」
「いや買っちゃったって、そんな簡単に言わないで下さいよ。戦術機の武装が一体どれだけすると思っているんですかって、そう言えば隊長はXM3でお金持っているんでしたね」
「まぁXM3を開発したご褒美みたいなものだな。なんなら篁も使ってみるか?」
「いいんですか!?」
「剛田みたいに壊さないんであれば別に構わないぞ。例え問題が起きるほど消耗しても修理パーツは揃っているし、一週間もすればこっちでパーツを揃えることも出来ると思う。まぁライセンスねえから使えて部隊内だけだけど」
「ならこの銃剣タイプの突撃砲を使ってみたいです!私はアメリカに対してあまりいい感情は持っていないのですが、これだけは別です!この近接戦闘を十分に配慮されたデザイン、さらに拡張され装弾数の増えた弾倉、どれもが対BETA戦においてこれまでの兵器群を革新するものですから!それにですね………
おぉぅ、なんだこの可愛い生物は?いくら篁の好きな分野だとはいえ活き活きしすぎでしょ。いつもの調子は何処に行っちゃったのよ?
その後、新たな兵器の整備について俺が整備班と2時間ほど打ち合わせをしている間、篁は一度も降りることなく延々と戦術機を駆っていたと言えば、どれだけ篁が夢中になっていたのかが分かってくれると思う。もしくは初日にも関わらず銃身の交換が必要になる程だと言えば理解出るだろう。
この篁の頑張りもあり、今日のところは整備の話と銃剣の整備するだけで終わってしまい、心待ちにしていた銃剣や要塞級殺しには一度も振るうことは出来なかった。
5月12日
「これ、凄ぇぇぇ!」
「あぁそうさ!昨日の時点で充分予想していたさ!」
翌日には要塞級殺しが剛田に使われ、剛田が降りる頃には刀身の表面の加工が禿げてしまうほど消耗しており、俺が使う間も無く即整備送りとなった。
結局、俺が新兵器達を使えたのは武器が横浜に入ってきてから3日後のことであった。
活動報告でアンケート?(というより質問の方が正しい気がしますが)をしてますので、もしよろしければご協力ください。