―白銀side―
6月10日
-帝国軍富士演習場-
『時間となりましたので只今より「斯衛・帝国軍合同軍事演習」を行います。斯衛と帝国の両代表とも部隊の準備はよろしいでしょうか?』
『こちら斯衛軍代表の第一派遣部隊隊長白銀剣中尉です。部隊の用意は整っております』
『本土防衛軍練馬駐屯地所属、第一中隊隊長沙霧直哉中尉。こちらも準備は出来ている』
『分かりました。それではこれより合同戦術機演習を開始します。部隊はそれぞれ位置に着いてください』
管制から指示を受け開始位置に着いたが…相手小隊との距離は直線距離で3000Mか。2小隊を相手にするのだから開始位置を線で結ぶと二等辺三角形の形になっている。固まった状態だったのならば最初の強襲で1小隊は落とせたのだが、こうなると持っていけて3機くらいか?
地形が市街地だから接敵するまでレーダーでしか姿は見えないだろうし、最初の強襲以外の戦闘は基本的に接近戦闘がメインになるだろうな。
…ん?相手沙霧中尉って聞こえたな。そういる名前じゃないし階級まで一緒となると、クーデター起こした人と同一人物か…
ああいうリーダーシップある人に残られると厄介だし、多少無茶であっても最初の襲撃で沙霧中尉を落とそう。
『
『ミスリル2了解しました』『ミスリル3了解だ』
よし、これで全員が囲まれる危険はなくなっただろう。流石にそんな状況になったらどうやって勝つかなんて言ってられないからな。
『それでは開始の宣言を斯衛軍大将の紅蓮醍三郎大将にお願いします』
『うむ、それでは試合開始っ!!』
マイクを通して鼓膜が割れるほどの大音量で試合の火蓋が切って落とされた。
開始の宣言とともに戦術機の出力を全開にすると、俺は最短ルートで沙霧中尉がいるであろう小隊に向かっていった。
だが相手も精鋭部隊を集めただけあり、今までのセオリーでは考えられなかったこの開幕直後の強襲にも確りと対応し、即座に陣形を組み直すと迎撃の36mm弾が進路上にばら撒かれた。
流石に鍛えているだけあって練度が高いな。この奇襲にも対応されたのは驚いたが、迎撃はただ進路上に撃つので精一杯か。これなら躱すついでに先頭の奴を撫で斬りくらいは出来るな。
即座に放たれた弾を判断しXM3の機動性を活かして躱すと、今まで道順に走らせていた機体を上昇させビル群の上に躍らせ、一気に相手小隊の懐へ吶喊した。
バババッ―
熟練者だからこそXM3によって限りなく0になった硬直時間にタイミングを狂わされ、正面から強襲している俺に射線を合わせる事が出来ず、綺麗な機体のまま敵小隊の懐へ潜り込むことに成功した。
「まず1機!」
α小隊の前に降り立つ時に右腕に握っていた長刀で先頭で立っていた
ファーストコンタクトで潰せた敵は1機だけか。4対1でこれなら上出来と言っていいが、あれだけ迫れたのに隊長機を落とせなかったのは痛い。先の強襲で隊長機狙いもバレてしまった以上、敵も次からは守りを固めてくるだろうし、また1対1になれるようなチャンスはもう来ないだろう。
それと離脱する際に咄嗟の判断で長刀1本投げちまったのもキツイな。相手に数で上回られたら防ぐのにも手が足りなくなる。
α小隊の狙撃範囲から離れた場所に機体を隠し戦域レーダーを確認すると、β小隊の方は剛田と篁の強襲が上手く決まったようで、残りの敵は1機のみとなっており、それも篁が地形をうまく利用して追い詰めていた。
そのままβ小隊の全滅を確認すると、止めを刺した篁から通信が入ってきた。
『ミスリル1、こちらミスリル2。敵β小隊の全滅を確認。私も当初の予定通り潜伏してのα小隊強襲に移行します』
通信を聞く限りだと既に剛田はこちらに向かっているようだな。通信が無かったのは俺が戦闘機動をとっていたからか?
『こちらミスリル1。了解した。敵α小隊だが残存戦力は3。前衛が突撃前衛1機の後衛が砲撃支援1機と打撃支援が1機だ。隊長機は突撃前衛に乗っていると予想。中々に動きが良いからくれぐれも気をつけろ』
『ミスリル2了k―ドンッ―』
通信を終えようとしていたところに轟音が響く。急いで戦域レーダーを確認すると、今までの間に接近していたのであろう剛田機が、単機で敵α小隊目掛けて強襲を仕掛けていた。
当然先程攻撃を受けたばかりのα小隊が警戒していないわけもなく、剛田の強襲は手前で押し留められ、α小隊へ攻撃が届く位置まで攻められずにいた。
『ミスリル1、ミスリル3への援護はどうしますか?』
『万が一を考えて一応向かうが、あくまで発見されないことを第一に移動しろ。そして戦闘圏内に着いても潜伏して暫くはα小隊を泳がしておけ。ミスリル3が拙い状況に追い込まれたら、当初の予定を破棄して2機同時でα小隊へ奇襲を仕掛ける』
『了解です』
―剛田side―
α小隊に単機強襲を仕掛けた俺だったが、敵の警戒網が思っていたよりも広く、こちらの攻撃範囲外からの狙撃によって一方的な状況に追い込まれていた。
くそっ、敵さん警戒網広すぎだろ!それと、どうせ倒すなら狙撃野郎を優先して倒してほしかったぞ
今はXM3の機動特性を活かして狙撃を躱してはいるが、こんなものに何時までも惑わされる相手ではないだろうし、何より一方的に攻撃されるという状況は好みじゃねぇ。これが近接格闘戦ならいくらでもやり様あるっていうのによ!
それに俺がこうして足止めされている間にも、残りの敵の大将機は俺を確実に倒そうと迫って来ているはずだ。流石にこの狙撃に接近戦が加わったら俺でも負けることも意識しなくちゃならねぇ。出来れば狙撃しているどっちかでも味方が倒してくれれば、まだやり様があるんだが…敵の隊長機がどこにいるか分からない現状、攻勢に出ることはないだろうな。
味方からの援護を期待して逃げ回り続けるも、どうやら相手さんには俺のことを見失うような馬鹿はいないようで、一息吐く間も与えないとばかりに狙撃の雨が降ってくる。ビル郡を盾にしてなんとか射線は遮っているものの、そのせいでビルを飛び越えて撹乱するといったことも出来ず、ただ道なりに相手の思うままに追い込まれている。
『こちらミスリル1。ミスリル3困ってるみたいだな。手助けは必要か?』
いよいよ詰みという所まで追い込まれた時、ミスリル1から通信が開いた。
『あぁ是非とも頼みたいね。狙撃支援している片方でも潰してくれたら、あんたの代わりに大将首取って来てやるよ』
『了解、では北側にいる奴を落とすから残りは任せるぞ』
『ミスリル3ry―ダンッ―…マジかよ』
俺が頼むと今まで狙撃されていた方角とは別の場所から銃声が響き、慌ててミスリル1が落とすと宣言していた機体にメインカメラを向けると、そこには狙撃姿勢を取ったままの状態で、管制部をペイント弾によって赤く染めた不知火がいた。
『俺はもう一度潜伏するから後はお前でどうにかしろよ』
『ミスリル3了解だ』
なんだよあの早業!?こっちが返事する前に狙撃が終わっていたぞ?アンタ前衛が得意じゃなかったのか?
ちなみに「マジ」という言葉遣いは隊長の口癖を借りた。使い所を知っているわけではないが、たぶん間違っていないと思う。
狙撃手を狙撃し返されたの見て自分の場所も危ないと踏んだのか、今まで雨あられと頭上に振ってきていた狙撃は今の一射によってすっかり沈黙し、俺はこの戦場で漸く自由に動ける空間を手に入れた。
ミスリル1から任されたのいいが、敵の位置が分からなきゃどうしようもない。居場所が敵味方に知れ渡っているのはおそらく狙われ続けた俺だけなので、敵が攻撃を仕掛けを待っていれば高確率で俺に来るだろうが、今まで狙撃から逃げ回っていたストレスが俺に待つという選択肢を選ばせなかった。
つまり…
『おらぁぁぁ!俺はここにいるぞぉぉぉ!!』
さっきまでの立ち回りとは真逆の、自分から上空に飛び立っては周囲に姿をさらけ出すという、間抜けもいいとこな立ち回りであった。
しかし、間抜けな立ち回りであっても高い位置から見渡すというのは、周囲を確認するという意味では有効であり、目標の隊長機ではなく狙撃機ではあったが敵機の姿を捉えることに成功した。
「さっきは散々好き勝手してくれたな。次はてめぇの番だ覚悟しな。って、何で弾切れ?」
敵機の姿と確認した俺は突撃銃から36mm弾を連射しながら敵機に迫るが、ここで突撃銃の弾が尽きるという予想だにしない出来事に焦ってしまい、素直に直刀に持ち換えればいいものを、武御雷の特徴であるマニピュレーターのカーボンブレードを用いた手刀攻撃で撃破してしまった。
………
……
…
『おい、ミスリル3?なに手刀なんか繰り出してんだよ。不知火で手刀なんてやったら一発でお釈迦だぞ?』
『スンマセン』
案の定武御雷にしか出来ない攻撃を出してしまった俺に、ミスリル1からのありがたい
『ミスリル1も説教は後にしてください。今は戦闘中ですよ?』
『…スマン。じゃミスリル3に対する罰は後で決めるとして、今はそれぞれ周囲の警戒を最大限しつつ、敵機を発見した場合は合図を出して待つように。残り1機だからと油断せずに最後まで気を抜かずにいくぞ』
『『了解』』
このまま説教が続くかと思われたが、横から入ってきたミスリル2の助け舟?によってこれ以上の追及は無くなった。
それから俺たちは戦場を動き回って敵の隊長機を探したが、敵機を発見したという報告は誰からも挙がらず、ただ時間だけが過ぎていく。
しかし、ステルス機能も無しにここまで見つからずにいるなんて相手さん凄ぇな。一応こっちはXM3で管制系も性能上がっているってのによ。
このまま時間切れになるか?という空気がこの戦場を観戦している者達の中で漂い始めた時、ミスリル1から通信が入った。
『こちらミスリル1。エリア北部のビル郡にて敵機を確認した。各自バックアップ出来る位置に向かいその場で待機。援護は俺のことが危険と判断した場合のみ許可する』
『ミスリル2了解』
『ミスリル3了解』
俺達がそれぞれ位置に付くと同時に、ミスリル1は両の手で握った長刀を突き立てるように構え、フェイントを挟むこともせずに一直線に敵隊長機に吶喊していく。
しかし敵はミスリル1の存在に気づいていたようで、このミスリル1の攻撃に合わせて長刀の袈裟切りを放つ。この袈裟切りを視界に捉えたミスリル1は、とても人とは思えないような反射で持っていた長刀を敵の剣線に捻じ込ませ、その結果両者の持つ刀同士がぶつかり合い―ギンッ―という金属音を戦場に響かせた。
索敵の際に周辺の音を拾うように設定していたため、機体のスピーカーを通して聞こえてくるこの音に思わず顔を顰めつつ、音の発生源たる両隊長機を見ると、どうやら長刀がぶつかった影響か、互いに刃が機体を捕らえることなく無傷のようだが、ミスリル1の選択した攻撃方法が突きだったため、敵と比べ体勢が伸びきっており些か分が悪い。が、この程度ならば援護は要らないだろう。
次の攻撃へ姿勢を戻しきれていないミスリル1へ敵の斬撃が襲い掛かるが、これに対しミスリル1は姿勢が整わないならばと敢えて機体支えることはせず、突きを放った姿勢のまま地面までの10mの間機体を自由落下させて敵の斬撃を回避し、攻撃を外して隙が出来た敵隊長機に向かって背中の兵装担架に装備している突撃銃から36mm弾を放とうと銃口を向ける。
だが、何かしら機体に異常でも起きたのか、敵機に向けられた銃口から銃弾が放たれることはなく、敵が放たれていたであろう銃弾への防御姿勢を取っていた隙を突き、機体を地面に擦らせながらも跳躍ユニットを噴かして敵の攻撃範囲から離脱する。
『ミスリル1何か機体にトラブルでも起きたのですか?』
両者の距離が開いたことで戦闘は膠着した時間が流れ始め、その間にミスリル2から通信が流れた。
『機体は問題ない。ただ、まだ1000発も撃ってない突撃銃の弾が切れていたせいで攻撃出来なかった。どうやら嫌がらせを受けていたらしい』
『なっ!?ならばこのことを本部に伝えて『駄目だ!』何故です!!』
『まぁミスリル1なら刀一本でもなんとかなるだろうし、報告しないことに俺はそこまで疑問に思わねぇけどさ、理由くらいは教えてくれよ』
敵と対面していることもあって、若干ぶっきらぼうな物言いのミスリル1に食ってかかるミスリル2を落ち着かせるため、俺からもミスリル1に質問を投げかける。
『今回の任務はXM3の性能を帝国軍に認めさせ、帝国軍でもXM3を採用させることだ。こんな妨害工作をしてくるような奴等相手に、こんなことで問題を起こすわけにはいかない』
『ですが!『それに相手が仕掛けた妨害を上回ってこっちが勝利すれば、相手としては認めるしかないだろ?』それでも報告はするべきです!』
『もう遅い。どうやら敵はこっちの都合が整うまで待つ気だったみたいだけど、そろそろ動くらしい』
ミスリル1の言葉を受け敵の姿を確認すると、機体のアイセンサーを使った光信号でこちらに向かって用意が整ったか確認していた。どうやら、ミスリル1が動かないことで、機体に異常でも発生したと思われたのだろう。
態々こんなことをしてくるとは相手さんは相当な紳士らしい。模擬戦とはいえここまで律儀な奴は斯衛軍でもそうそうお目に掛かれない。
しかし、こんなことをされてはこちらも機体に異常がない以上動かざる得ないぞ。寧ろこれで動かなければ戦闘不能と見なされて、本部からミスリル1は戦闘を止められるだろう。しかも、相手はあくまで親切心からこのような行動を取っている訳で、これを責めるのは筋違いもいいとこだ。
『ミスリス2、せめて報告するなら模擬戦が終わってからにしてくれ』
『了…解です』
ミスリル2は通信機越しにも分かる位に不満タラタラといった具合だが、ミスリル1の言葉に従った。
『ミスリル3、お前はどうなんだ?』
『端っから不満なんてねぇよ』
『そうか。じゃあ行ってくる』
そう言い残してゆっくりと敵に向かって進んでいくミスリル1を見るが、不思議と負ける姿が想像出来ない。状況は突撃銃が使えず、長刀も残り一本のみという決して余裕があるとは言えないはずなんだがな…
極東一の狙撃の姫と何度も同じ戦場を経験したタケルちゃん。そりゃ狙撃の腕前も半端なもんじゃないですよ。
何故装弾数及び装弾数の表記を誤魔化す程度の妨害だったか:帝国軍人ではそう簡単には武御雷に触れないので、比較的警備が緩い突撃銃しか細工出来なかった為。