―白銀side―
1月26日
-B4F廊下-
まりもちゃんによる斯衛軍も真っ青な訓練が始まり1週間が過ぎた日の夜、久しぶりに夕呼先生から呼び出しを受けて俺は執務室に向かっていた。
―コンッコンッ―
「失礼します」
「来たわね白銀。アンタ大分扱かれたみたいじゃない。まりもの訓練を見てヴァルキリーの皆が震え上がっていたわよ」
「ええ、今まで受けた訓練でもトップレベルに壮絶なものでしたよ。無事な自分を褒めたいくらいです」
うん、思い出すだけで手が震えてくる。少なくとも記憶の上で体の出来てない1週目でも、あそこまでの地獄は見てないぞ。伊隅大尉がまりもちゃんを恐れる気持ちが理解できたよ本当。
「まぁそこらへんの話はいいわ。それでアンタを呼び出した理由なんだけど、明日から斯衛軍に戻ることになったから」
「…いきなり過ぎるでしょ!さっきだってまりもちゃんがツヤツヤした顔で「明日もよろしくね♪」なんて言ってたんですよ!?」
「そりゃまりもにはまだ伝えてないからね。別にいいじゃない。このくらい日常茶飯事だったんでしょ?」
「う゛っ」
こっの人は~記憶の中でもっっっと無茶振りしてるからって今でもしていいわけじゃないでしょうが!
まぁそんなこと面と向かってなんて怖くて言えないから従うけど
「分かったようね。それじゃさっさと荷物まとめなさい。足は用意してあげるわ」
「了解です」
「もっと喜びなさいよ。まりもの訓練から開放されるのよ?」
「ここで迂闊に喜ぶとまたネタにされそうなのでしません」
「アンタもツマンナイ奴になったわね~記憶ではもっと馬鹿じゃなかったかしら?」
駄目だ、何度この世界を繰り返しても俺がこの人を言い負かせる日は来ることはないのだろう。
……帝都に行ったら良い胃薬でも買い込んでおくか。
「ツマラナイ奴ですいませんね。じゃあ俺これから荷物纏めたり忙しいんで、部屋に帰りますけどいいですよね?」
「もう用もないし帰っていいわよ~それに斯衛に行っても直ぐに戻ってきてもらうから」
「了解っす。じゃあ失礼しましたー」
1月27日
-帝都城1Fエントランス-
明星作戦に出立して以来帰っていなかった帝都だったが、先の戦いの影響もあって彼方此方に廃墟が目立ち、町を歩く人々にも暗い雰囲気が立ち込めていた。
それにしても夕呼先生一体どんな内容の書類を渡したんだよ。さっき担当官に渡したらえらい慌てようだったぞ?
「この書類を見せれば直ぐに戻って来れるだろうけど、それまでの間くれぐれも間抜け晒すんじゃないわよ?」なんて言われてきたけど、アンタのおかげで早速怪しくなってきましたよ。今だってほら、なんか紅蓮閣下が部下っぽい人引き連れて俺に向かって来てますもん。帰還申請に将官が出張るなんて一体どんなことが書いてあったんだよ!?
やっぱりNeed to Knowも重要だけど報・連・相も重要だな、うん。
―紅蓮side―
-帝都城3F紅蓮執務室-
あの〝横浜の女狐"から先の作戦の生き残りである白銀が目を覚ましたと連絡が来たと思えば、一週間と間を置かずに返してくるとは一体どんな裏があることやら。
勿論素質に優れ、将来有望な斯衛であった白銀家の嫡男が帰ってくることは喜ばしい。喜ばしいのだが、それまでいた場所が場所だ。
G弾の検査などと言われ今まで手出しが出来ずにいたが、そうでなければ直ぐにでも取り返していただろう。斯衛軍内部での女性人気もあったしの。
一体どのような要求をしてくるのかと腹を括って、女狐が用意したという運ばれてきた書類を確認すると、
「1つ、白銀武少尉の名前の変更。(変更する名前は本人に決めさせること)
1つ、白銀少尉を1階級特進させ中尉にすること。
1つ、それらの事務処理が終わり次第、白銀少尉を横浜基地へ出向させること。」
と、理解に苦しむ内容が書かれていた。
2つ目と3つ目の要求はまだ理解できる。大凡今後国連軍で検査をするにあたり今の白銀の階級では不都合があり、かと言って国連軍では斯衛軍から出向扱いとなっている白銀を昇級出来ぬ為であろう。
だが、この名前の変更とは一体…白銀という苗字は一般人は使えぬ名だ。同姓同名の者がおり都合が悪いということも無い。単なる気まぐれと見過ごすことも可能だが、相手はあの女狐、用心するに越したことはなかろう。仕方ない、些か大仰だが儂が出向くとしよう。
普通であればこのような要求は無視するものだが、AL4計画が我が国主導で行われている限り、斯衛があの女狐に逆らうわけにもいかん。やれやれ、これが済んだら白銀相手に模擬戦でもしてストレス発散と行こうかの。
―白銀side―
-帝都城エントランス-
普段は修練場や戦術機のシミュレーターで激を飛ばしている紅蓮大将がエントランスに現れると、辺りにいた斯衛(武官文官問わず)全員が一斉に敬礼し、暫し時が止まったかのような静けさがエントランスを支配した。
これは大将という立場もあるのだろうが、それ以上に紅蓮本人の持つオーラとも言うべきものの影響が大きだろう。その証拠に真正面に見据えられた俺の背中からはびっしょりと汗が出ている。
「久しいな白銀。体はもういいのか?」
「はい、ご迷惑おかけしました。まだ検査は控えているのですが、次の検査まで少し間が空くので斯衛の方に顔を出しておこうと」
「なるほどの。白銀は渡された書類の中身について女ぎt…オッホン、向こうから何か聞かされはしなかったか?」
おっさん…幾ら心の中でそう思っていても口に出しちゃ拙いでしょ。つか、夕呼先生はどんなこと書いたんだよ。紅蓮大将青筋浮かべてるぞ。
「いえ、着いたら渡せとしか。一体何が書かれていたので?」
「まだ伝えることは出来ぬが、お主にとって悪いことは書かれてはおらぬぞ。安心せい」
「分かりました。では失礼します」
「ん?これから用事でもあるのか?」
「これから部隊の方へ挨拶に修練場へ行くつもりだったのですが、まだ何かありましたでしょうか?」
「それならば都合がいい。挨拶が済んだら儂と模擬戦と行こうではないか」
「………え゛っ!?」
「なんじゃその顔は?まさか儂との訓練が嫌なのではあるまいな?」
アンタの訓練は扱きどころか殺戮だろうが!!練習を無事に乗り切った兵を見たことないぞ…けど、まりもちゃんの特訓に比べたらマシか…
「いや~紅蓮閣下も仕事が忙しいでしょうし、それに自分の戦術機もないみたいなので「ならば用意しようではないか」えっ!?」
「なに、白銀は先の作戦で論功行賞に選ばれておったしの。快復祝いも込めてだ。それとお主のような若造が閣下などと呼ぶでない。気色悪いぞ」
何だと!?もしかして戦術機の用意をさせることが、夕呼先生の要求だったのか?そうでもなければ直ぐ横浜に戻る予定の俺に戦術機なんて渡すはずないしな…
まぁいいや、貰えるものは貰っておこう。ただ、まだ黄色の斯衛に武御雷は用意してないだろうから、以前と同じ瑞鶴になるのか?だとしたら横浜の不知火の方が使い勝手いいんだが…
「どうした急に黙り込みおって。そんなに論功行賞に選ばれたのが意外だったかの?」
「え、ええ。撃墜されたのでまさか貰えるとは思わなくて。一体何が評価されたのでしょう?」
「BETA撃破数と味方の撤退支援だな。お主たちの奮戦が無ければ軍の被害は更に大きくなったであろう」
「それなら隊長が表彰されるべきでは?BETA撃破数も隊長たちの方が自分より倒していたと思いますが?」
それに俺は京都防衛戦で既に論功行賞を表彰されている。こういったものは余程の戦果を挙げなければ、そうそう連続して表彰されることなどないぞ?
「あぁ、それなんだが言ってみれば繰上げじゃ」
「繰上げって、それって隊長たちに何かあったってことですよね?一体何があったのですか!?」
「少し落ち着け。儂の執務室に来て話そう。このような場所で話すことではないからの」
紅蓮大将に言われて辺りを見回すと周囲にいた人達の気まずい顔があり、それを見た途端に頭の中が急速に冷えていくのを感じた。
「…了解しました」
なんとか絞り出した声は酷く無機質的なものだった。
-紅蓮執務室-
部屋に入り紅蓮大将の秘書であろう人から用意された合成玉露を飲み終えると、徐に紅蓮大将の口から先のH22横浜ハイヴ攻略戦『明星作戦』の内容が語られた。
斯衛軍全体としては被害はそこまで大きくなかったようだが、やはり前線にいた幾つかの部隊は壊滅的被害を受けており、その中に俺の所属していた第二連隊第14中隊も含まれていた。
「お主が所属していた第14中隊だが、ほぼ全員がG弾の爆風に巻き込まれ、生き残った者も副隊長の宮本大尉と鳴神中尉以外は衛士への復帰が難しく除隊しての。補充人員もおらんので解散しておる。後で生き残った者達でまだ斯衛にいる者の現在の所属を伝えよう」
「そうでしたか。教えていただきありがとうございます」
そう…だよな。先に防衛線へ下がっていた俺のいた所でも機体が転倒するほどの衝撃が襲ったんだ。前衛としてBETAを牽制していた隊長達は爆風に飲み込まれて当たり前だ。
全員が無事でいるなんて思っていなかったけど、それでもショックが大きいな。心を落ち着かせるためにも後で慰霊碑へ挨拶しに行こう。
「少々気が沈んでいるようだの。模擬戦はまた次の機会にでもして、今日は仲間への挨拶を終えたら帰ってよいぞ」
「お心遣い有難うございます。まぁ帰るって言っても家がないので宿舎になりますけどね」
「なんじゃ?戦術機よりも家を用意したほうが良かったかの?」
「いえ、戦術機の方が嬉しいです。戦術機がないと衛士の意味がないですし」
「ふむ、まだ心は折れておらぬようだな。安心したぞ」
「暫くは心の整理が必要ですけど、死んでいった仲間のためにも俺が挫けるわけにはいきませんよ」
「なるほど、その覚悟があるならば問題ないの」
「へっ?」
「明日付になるが白銀、お主を中尉に任命することになった。今後も斯衛として将軍の剣の役割を果たすように」
紅蓮大将は机の中から1枚の紙を取り出すと、内容を簡単に読み上げてから俺の目の前に置いた。
取り上げて内容を自分でも確認すると、確かに明日付けで俺が中尉昇進となっている。理由としては京都防衛戦から明星作戦までの功績を評して、ということらしい。
なんとも緩い気はするが、こうも衛士が次から次へ戦死している現状では、これといった試験も無しに上がれるほど昇進自体が緩いのだろう。流石に佐官ともなれば試験は存在するだろうが…
「…っ、はっ、謹んで拝任させて頂きます。今後も人類の刃としてこの命燃やし、BETA共の手からこの星を取り戻すことを我が剣に誓います」
「その言葉しかと受け取ったぞ。それと中尉昇進に伴いお主の所属が今までの第二連隊から、今度作られる対外派遣隊の第一小隊小隊長へ変更になる。その説明も含めて話があるので明日もう一度ここに来るように」
「はい、分かりました」
「で、これが言っていた元14連隊の今の所属だ。挨拶してくるといい」
「では失礼しますっ!」
新たに紅蓮大将から渡された用紙を確認すると、今も斯衛軍に所属している4名の他に戦死した6人の名前も記されており、その中には確かに隊長の名前も含まれていた。
腕前だけで言えば月詠中尉と遜色がないレベルの人でも、現状じゃ運が悪ければ死んでいくんだよな。
やっぱXM3は横浜で独占するじゃなくて、斯衛や国連軍側にも配っておきたい。記憶の様にクーデターが起きた場合大分不利になってしまうが、そもそもクーデターを起こさせないよう舵取りすればいいんだ。横浜に帰ったら夕呼先生に相談してみよう。