―白銀side―
1月28日
-帝都城第一戦術機練習場-
「ヌオォォォッ!」
「フンヌッ!!」
カ゛ッキン-
昨日昔の仲間に会いに行くと誰もが嬉しそうな顔をして俺の帰還を祝い、そして死んでいった隊長たちの勇姿を丹念に語ってくれた。そのお陰で慰霊碑の前に立ったときには思い出がフラッシュバックして、思わず目尻から涙が零れちまった。誰にも見られてないよな?
慰霊碑に挨拶を終えた後はまりもちゃんの特訓による疲れが出たのか、宿舎に用意された部屋で日も沈まぬ内から熟睡した。そうしてしまった。
そのせいでいつも以上に朝早く目覚めてしまった俺は、ランニングでもしようかと外に出たところ、運悪く紅蓮大将に捕まり、正午を回った現在までマンツーマンで扱かれていた。
「グワッハッハッハッ!しばらく見ぬ間に随分とひょうきんな動きをするようになったの。フンッ!」
「ちょっと今試したい動きがあるので、それの練習を兼ねてです…よっ!」
ガッ-
「しっかし、初めて武御雷に乗るくせにもう乗りこなすとは、天晴れ通り越して驚きじゃよ!」
「俺も用意された戦術機がまさか武御雷とは驚きですよ。ラァァ!」
「先行機を全種用意したのは良かったのだがな、山吹以下の色について誰に配備するか揉めておったのじゃ。そこにお主が来たものだから丁度いいと思ってな。厄介事の種など早々に片付けるに限るわ!」
ガンッ-
「武御雷が厄介者になっていたとは…まぁ俺としてはそのお陰で乗れるので嬉しい限りですがねッ!」
ブン-
「ふん、動きが変わったと思ったら剣筋まで変わっているとはな。しかし、剣の腕前は以前より少しばかり落ちているぞ!」
「暫く横になっていたんで感覚が落ちているんですよ!」
ガンッ-
「ならばこの後は生身で剣術稽古と行こうかのッ!」
「それは大将命令であっても遠慮しますッ!」
カン-
「また儂の勝ちじゃの。思い描いているだろう動きは良いが、まだまだ機体が追いついてないぞ」
数合の打ち合いは俺の機体が握っていた剣が弾かれたところで終了となった。ちなみに言葉使いだが、「お主の顔でその口調は気持ち悪いから崩して話せ」と有難い言葉を練習前に頂き、すっかり荒くなってしまった。まぁ紅蓮大将ならいつものことだから誰も気に留めてないけど。
「だから練習中って言ったじゃないですか!それにしても本当に俺が武御雷貰っていいんすか?厄介払いするくらいなら色直して、赤や青の人に渡すことも出来たんじゃ?」
「あのなぁ白銀よ、武御雷も内装系は色によって変えておるんじゃよ。ただ色を変えただけでは上の者に失礼になろうが」
「そういえば瑞鶴もそうでしたね。現場にいたときは気にすること無かったので忘れてましたけど」
「それに先行機じゃし、上の者はあまり乗りたがっておらんしの。危険なんぞ戦場に出てしまえばどの機体もさほど変わらんというのに軟弱者が。ええいもう一戦やるぞ白銀!」
「うぇぇ!?」
「紅蓮大将!そろそろ時間に間に合わなくなりますので、稽古をつけるのはこの辺で抑えてください」
俺たちが会話しているところへ紅蓮さんの秘書が近づき、何とかこれ以上の扱きは避けられた。
「なんじゃ、もう時間だというのか。不完全燃焼だの~」
「もう正午を回っていますよ。白銀中尉も着替えて執務室までお越しください。中尉任命などの書類が山のように待っていますよ」
「うげっ、マジッすか~」
「マジ…?とにかく今日中に全てにサインをしてくださらないと、書類が無効になってしまうので気をつけて下さい」
「……はい」
てっきり既に終わっていると思っていた事務処理だったが、どうやら丁寧にも手付かずで残してくれていたようだ。紅蓮大将直々の扱きの後に書類処理って何この拷問?
1月28日深夜
-国連軍横浜基地-
なんとか書類を片付けこれで眠れると、宿舎に帰ろうとしたところを拉致され、気がつくと横浜基地に着いていた。どうやら即日で帰るよう書類に書かれていたらしい。因みに配属された対外派遣部隊にはまだ俺1人しか所属しておらず、よって拉致られたのも俺だけだった。
拉致の真似事をしたのは、「俺に危機感を持たせるため」と紅蓮大将が思いついたからだと、俺を乗せた車を運転していた斯衛の人が面白そうに伝えてくれた。
敵は夕呼先生だけじゃなかったか…
とりあえず出向許可を受付で取ると、その足で夕呼先生の執務室に向かった。
―香月side―
-B4F仮説執務室-
―コンッコンッ―
「失礼しまーす」
私が作業をしていると無遠慮なノックと共にこれまた無遠慮な声がこの部屋に響いた。
「あら、随分早かったわね白銀。待っていたわよ」
実際斯衛軍だからあれこれつけて2週間くらい向こうに拘束すると思っていたのだから、さっき門番から連絡があったときは驚いた。偽者の説も考え態々斯衛に連絡を取ると、受話器の向こうからしてやったりといった口調で紅蓮大将が本人だと言ってくれた。ご丁寧にも最新機である武御雷まで付けてだ。どうやらこの私に一泡吹かせたかったらしい。
まんまと一杯食わされた身としては非常に腹立たしいが、このまま苛立っていても仕方ないので部屋に現れた
「拉致同然で連れてこられましたから」
「言っとくけど、それアタシが指示した訳じゃないからね?」
「紅蓮のおっさんの思い付きみたいですね。運転手の人に教えてもらいました」
「あの爺、髪型と一緒で中々にファンキーなようね。まんまと一杯食わされたわ」
「へ~先生が一杯食わされるなんてあるんですね!(腹黒で他人を手のひらで踊るのを見て笑ってるイメージなのに…って、はっ!?」
ほほ~う。どうやら白銀も玩具にされたかったみたいね。
「あの~もしかして今の声に出て…ました…よね?」
「何のことかしら~説明してもらえないと分からないわね~」
「すみませんでした!!どうか、どうかご容赦を」
「腹黒でー他人を手のひらで躍らせてーそれを見て笑ってるような人間が容赦なんてするとでも?」
「やっぱり聞かれてた!?」
「覚悟しなさい」
「ひぃぃ~~~~」
………数十分後………
「あ~大分すっきりしたわね~白銀、もういいわよ」
「キ、キツかった。基地内10往復なんてもうやんねーぞ」
そう言って白銀はその場でヘタリ込んだ。なによ、ちょっとばかり部屋の掃除をさせただけじゃない。
「そういえば、アンタ名前はどうなった?一応変更させるよう斯衛に申請しといたけど」
「ああ、それなら
「ツルギ、ね~なんとも武家らしい名前になったわね。呆けていても斯衛は斯衛ってことかしら」
「いいじゃないですか別に名前の意味なんて。そんなことよりも、ここで活動するのに態々名前を変える必要なんてあったんですか?」
「もう1人のシロガネが来たときに色々記録があったら不都合でしょうが!もう一人のシロガネが来た場合、そいつが鑑が望んだシロガネなの。そのとき都合が悪いからって名前を変える訳にもいかないでしょう。それにもう一人もシロガネが現れないなら、その時はアンタの名前を元に戻せばいいだけなんだし」
コイツはアタシが意味ないことで、態々斯衛にお願いなんてすると思ってるのかしら?
「そういうことなら名前を変えるより、架空の人物を仕立てあげたりする方が楽なんじゃ?」
「アンタがこれからやることを考えると、存在しない人物にする訳にはいかないのよ」
「どうしてです?表に出るときは適当に代役立てたりすればいいんじゃ?」
「この世界の人間がXM3の機動概念説明出来ると思ってるの?」
「う゛っ」
どうやら白銀の中でも思い当たる節があるようで、顔を顰めて言葉に詰まっていた。
戦術機に疎い私でも今までとは違うと分かる程、XM3という1つのOSが齎す影響は大きい。
だが、影響が大きければ大きいほど不信感も募り、それは反対意見と形を変えて出てくるだろう。だがそれではカードとしての威力も下がってしまう。
それを防ぐためにも発案者である白銀には表に出て活躍し、XM3の力を外に証明して貰わなければならない。
「アンタにはOS発案者ってことで、色々やらせるからそのつもりで。そうそう今のうちから英語とか話せるよう勉強しときなさい」
「げっ!もしかして説明って日本語じゃダメなんですか?」
「当たり前じゃない。XM3の商売相手は近衛や帝国だけじゃないのよ?それに横浜は日本人も多いから日本語で通じるけど、本来国連軍内部での公用語は英語よ。斯衛から出向してる身分なんだから、アンタも少しは英語で話しなさい。日本語しか使えないんじゃ、そのうちトラブル起きるわよ?」
「でも俺英語なんて this is a pen くらいしか言えませんよ?」
コイツ…数多の記憶があるのにそれって…BETAのいない世界でも日本はアメリカと戦争でもしてるのかしら?
「仕方ないわね~ピアティフでも付けとくから教えてもらいなさい」
「ピアティフ中尉にっすか?夕呼先生程じゃないにしても、ピアティフ中尉も結構仕事抱えていますよ?」
「ならアンタ一人で勉強できんの?」
「無理です」
「ピアティフの仕事量がやばいことくらい分かってるわよ。でも現状じゃ他に手駒がいないし、増やしたところでAL5派の工作員を送り込まれるのがオチよ」
「そうですか。なら、なるべく迷惑かけないよう頑張るしかないか~」
「分かってくれたようね。勉強のほうは今度ピアティフに予定作らせるから、今日のところはもう帰っていいわよ。部屋はこの間と同じだから」
「了解です。それじゃ失礼しまーす」
白銀の去った執務室にキーボードを叩く音が響く。
「それじゃ、そろそろ動き出しましょうか」
部屋に入ってきた社に向けて、白銀の言うところの先生のように呟く。
まずはAL3の連中が隠していたESPを回収して、それと目障りなAL5計画の連中に爆弾でも落としてみよう。
「社、アンタのお姉さんが来るかもしれないわよ?」
社が首を傾げる傍ら、PCの画面には『ESPクローニングに関する報告』『G弾観測データ』という文字が浮かんでいた。
―白銀side―
1月29日
-国連軍横浜基地食堂-
昨日の疲れからか珍しく寝過ごしてしまい、朝食だか昼食だか分からない飯を食べているとき、その事件は世界を駆け回った。
『G弾データ暴露!犯人はキリスト恭順派の国連職員』
『G弾の影響は半永久的に消えない!?』
『各国でG弾脅威論勃発!!』
-夕呼執務室-
―バタンッ―
「夕呼先生!G弾のデータが!!」
「ノックもなしにうっさいわよ白銀。一体どうしたっていうの?」
「だからG弾のデータがニュースで出て「記憶でもあったことじゃない」時期が違いますよ!?」
「だって元々アタシがバラした事だし、アンタが現れた以上変化が出るのは当然でしょ?」
えっ?いや、まあ想定できたことだけど、肯定されるとは思わなかったぞ。
とりあえず原因は分かったし、今はXM3について話し合わなくちゃ。
「分かりました。とりあえず勝手に変わった訳じゃないんですね?」
「当たり前じゃない。もし何もせず変わった様なら寛いでなんかいないわよ」
「それならいいです。じゃあXM3についてなんですけど、何時から開発を始めるんですか?俺としては出来るだけ早くしたいんですけど」
「それならCPUがちょうど試作終えたところだから、後5日もあれば始められるわよ。アンタはそれまでに戦術機の勘取り戻しときなさい」
「それくらいXM3の機動を含めても、3日あれば完璧に仕上げられますよ。なんなら今のうちから簡単な動きは記録しておきますか?」
つか、出来ることなら期間は長く設けさせて欲しい。動きは再現出来るし、この世界で習得した動きも合わせれば、今までで最高の作品にする自信もある。
だが、いくら動きを上手く再現出来ようがこの体はこの世界の物であり、戦術機適性も歴代TOPを示したとはいえ、平均値から大きく逸脱するような数値ではない。向こうの世界で絶叫マシーン等によって鍛え上げられたシロガネタケルのような化物染みた体ではないのだ。
要は長時間の変態機動には(慣れれば多少は他の者より向上するだろうが)この世界の人間に毛が生えた程度しか耐性がないのである。そんな体でいつもの夕呼先生の無茶振りに答えようものなら、間違いなく身体を壊す。
自分で自分を拷問にかける恐怖…中々に恐ろしいぜ。
「そうね~データを取るだけだし、先に始めちゃってもいいわよ。データ取るときのシミュレーターは、怪しまれないためにも斯衛の名義で取りなさい」
「斯衛名義ってどんな内容で取ればイイんスか?」
「そんなの訓練でも何でも適当でいいわよ。日本人の多いここなら斯衛のアンタはある程度の融通は効くはずよ」
「そう言えば昨日武御雷搬入した時も対応良かったし、そう神経質になることも無いか」
「分かったらさっさと作業を始めなさい。いつまでもこの部屋にいるんじゃないわよ。怪しまれるでしょ?」
あっ、この声色はそろそろ切れる合図。
「イエスマム。白銀中尉今より作業に入ります」
「そういうのはいらないって、あっ、こら逃げるな!」
締まるドアの後ろから声が聞こえた気もするが、気にせずそのまま振り切った。余計な災難は降りかかる前に逃げ出すのが正解だ。