「黙れ!お前に何が分かるんだ!お前は俺に従っていればいいんだ。酒だ、もっと酒を持ってこい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
最近、夜になると聡子に対して亮二が怒鳴り付けているのをよく耳にする。内容は、私が絵を描けないことにあるのだろう。
彼らの収入源は、ほぼ私だったのだから収入源が無くなり借金を作った亮二が荒れるようになったのだ。
ギリギリの均衡を保てなくなり、日常生活の崩壊は止まらない。
「一姫、ちょっとこっちに来い。」
「……はい」
覚悟はしていた。亮二は、使えなくなったものを切り捨てる目をしているのがわかる。
「俺は、お前に期待していた、全てを託した。それなのに、記憶を失った?絵が描けない?どうしろって言うんだ!」
「欲しくもない期待をされて、挙句の果てに切り捨てる。そんな考え間違っているわ……」
「黙れ!俺はお前の父親だぞ。子どもが父親に刃向うな!」
亮二が勢いよく手を振り上げた。
パンッ
見えてる光景が一瞬真っ暗になった。
「一姫ぃ!あなた、やりすぎですよ」
「逆らった罰だ!お前も同じ目に合うか?」
「姉ちゃんは……悪くない」
「なんだ雄二いたのか?聞こえんな。」
「姉ちゃんは悪くない!」
意識が
雄二……あなたが傷つくことは……
声を出すことが出来なかった。
「お前もか!」
パンッッ
聡子が怯えながら言葉を発する。
「あ、あなた、もうやめて!この子たちは何も悪く……ないじゃない!」
それから私の意識はなくなった。
ただ、聡子が母親ぶっていることに対して少し反感を覚えたことだけ覚えている。
気付くと私は布団の中にいた。日の高さから考えるにもう夕方だろう。斜めに差し込んでくる夕日が眩しい。
あたりを見回すと横には眠ったのであろう雄二と母の聡子がいる。
ここはどこだろう。ゆっくりと状況を整理していく。こういうときは変に焦らず順を追って状況把握するのが妥当だ。
まずは時系列。私の記憶では暴走する亮二に殴られたのが午後8時くらいで当たり前だが日は既に沈んでいた。
すると今は少なくとも日付を隔てている。
そしてこの場所。見たことがない部屋だ。あの洋風臭い家とは違うにおいがする。
自宅とは比べ物にならないくらい狭い部屋だが、なぜかとても落ち着く。
雄二と母さんが傍にいるからだろうか。この推察はすぐに否定できた。勿論、亮二がいないからだ。
父親がいない場所のほうが安心できるとは何とも皮肉なものだ。
まぁ、私は本来あるべき父親の姿を知らないから何とも言えないが、自分の父が常軌を逸していることは確信を持てた。
よく考えれば私が記憶を失ったらしい時以降、家族全員ゆっくり休めなかったものだ。
このように怯えず寝られるのも随分と久しぶりだ。
どこに来たのか分からないが、今はこの二人が起きるのを待ってからこの先のことを考えよう。
「…………」
また少し眠ってしまったようだ。もう既に日が落ちており時計は午後9時を回っていた。
「一姫、起きたわね。雄二も来なさい。」
「母さん、ここはどこなのかしら?」
「私達逃げてきたの、昨日の晩、父さんが酔いつぶれて寝てしまった後、以前から親戚といざという時は逃げるための準備をしていたの。それで狭いけどこの空き家を貸してもらってるわ。」
「父さんには、ばれてないよね?」
「ええ、大丈夫よ雄二。もうあの人は、ここには来ないわ。」
夜逃げして以来、聡子は、家計のために缶詰工場で働くことになった。最近は、スナックでも働き始めたようだ。雄二は学校に通っているが、私は体調のこともあり、家に残るようにした。慎ましいながらも平穏で幸せな生活に感じられた。
いつものように雄二の見送りをした時に、近所の主婦たちの会話が聞こえてきた。
「風見さん、夫に追われて夜逃げしてきたらしいわよ。」
「あら怖いこと、どちらが悪かったんでしょうね。」
世間の目とは残酷なものだ。実際に身の回りで起きていることも、他人の事なら軽々しく思えてしまう。当時者にならなけらば分からないくせに……
「私のせいで二人は……」
雄二には、私のせいでは無いと言われているが、どうしても考えてしまう。私が不幸にしている。その罪悪感が付き纏ってしまい、悲観的になってしまうのだ……
その日の夕方、母さんがスナックに出かけようとした時にその男は現れた。
「やっと見つけた、もう逃がさないからな」
風見亮二である。一年もの間、ずっと探し続けていたのだろうか。
「こんな所に住んでいたとはな、おかげで探すのに苦労したんだ。」
「あなた……」
「今更来てどうするんだ!母さんも、姉ちゃんも辛かったんだ。もう出て行ってくれ!」
「ガキは黙ってろ!」
亮二は雄二を突き飛ばした。仄かに酒の臭いがする。酔っているようだ。
「雄二!」
「大丈夫だよ、母さん」
「私達の所に来ないで……」
「一姫、お前もか!ガキがいると話にならん、雄二、一姫、酒を買って来い。強い奴だ。」
「雄二、一姫、行ってきて……ここは私が話をするから。」
「で、でも……」
「行くわよ……雄二」
母さんは、きっと私達を巻き込みたくないのだ。時間が経てば亮二も酔いが覚めて帰っていくと踏んでいるのだろう。だから今は雄二を連れて……
家を出るとドア越しに母さんの悲鳴が聞こえてきた。
「助けなきゃ……」
「雄二……今は母さんに任せましょう。」
「分かってるでも助けないと……母さんが!」
そう言うと雄二は戻ろうとしたが私は腕を掴んで止めた。
「ダメ……雄二まで行ってしまったら、雄二も母さんも……」
「ごめん、姉ちゃん。」
「待って、行かないで、雄二ぃぃぃぃ……」
私は懸命に雄二の後を追いかけて、結局部屋まで戻った。亮二が聡子に馬乗りになっているのが雄二の頭の横に見えた。
その後はよく覚えていない。気が付くと目の前には、血を流している亮二と、顔中痣だらけの母さんと、そして血の付いた包丁を握った雄二がいた。
「雄二……?」
「姉ちゃん……ごめん」
「いいの、それより母さんこれは……」
「いい?二人ともよく聞いてね。この袋に全財産があるわ。これを持ってどこでもいいから逃げなさい。後は母さんが何とかするわ。一姫、お姉ちゃんとして雄二のことをお願いね……」
「母さんも一緒に行こうよ。」
「ごめんね雄二……母さん疲れちゃった。少し休ませて頂戴。」
「……雄二行きましょう……」
「姉ちゃん……」
「ごめんね……雄二……一姫……」
私はこの後どうなるかは、見当が付いてしまった……しかし今それを話すことは出来なかった。
私達は、家を出た。そして駅に向かう途中で救急車が横ぎった。
「戻らないと……母さんが……母さんが……」
「雄二……」
「姉ちゃん、ダメだ!母さんは見捨てられない。俺が父さんを殺したんだ……母さんは悪くないんだ。だから戻らせて。」
「雄二……」
私は、雄二の目を見ることができなかった。余りにも痛々しく今にも大切なものが壊れてしまう寸前のような目をしていた。私はそれに
家の前には救急車とパトカーが止まっており人集りが出来ていた。
「雄二ぃ!」
私が叫んだ頃には雄二はドアへと走り出していた。警察官に止められたが雄二はそれを振り払って向かった。私も急いで後を追った。
「そんな……そんな……ああああああああ……」
ドアの向こうには血だらけになった亮二の隣で首を吊った聡子がいた。それを見た雄二は、ショックのせいか気絶してしまった。
その後、雄二は病院に運ばれ私も同行することになった。
「私は……」
何を考えていたのだろうか……この壊れてしまった日常で……私は……
うう( ;∀;)書いてる側からでも涙が出てしまうRoteroseです。本当、聡子母さん可哀想ですよね(´・ω・`)もっと幸せになれなかったものか…一姫お姉ちゃん大好きなはずなのにどんどん沈んでいってしまっているwそれでは第三話でまたお会いしましょう(。-`ω-)