ハリー・ポッターと滅びゆく一族の末裔   作:水湖 玲

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秘密の部屋

何か不思議な夢を見た気がする。ジニーがまるで顔の中に手を突っ込まれて、頬を真横に引き伸ばされたみたいに笑う夢だ。気味が悪くて目を背けたかったが、できなかった。わたしにはあれがジニーではなくヴォルデモートだとわかって…

 

「…ヴォルデモート」

「おはよう、セレーン。ようやくお目覚めか」

 

聞いたことのない男の声がセレーンのまどろんでいる意識を無理やり現実に引き戻した。水音、かび臭い、薄暗い…見上げた先には日記帳で見せられたままのトム・リドルの姿。セレーンは身体を起こして注意深くトム・リドルと距離を取った。するとトム・リドルの背後に死んでいるかのように青白くなったジニーが横たわっているのが見えた。

 

「ジニーに何をしたの?」

 

セレーンはトム・リドルから決して目を離さずにジニーに駆け寄った。そして慣れた手つきでジニーに治癒を施す。セレーンの手から溢れる白くそして蒼い光にトム・リドルは目を細めた。愛しげにそしてどこか懐かしそうに。

 

「ジニーから生命力を吸い取って実体化しているのね」

「そう。よくわかったね。もう僕はほぼ実体だ。ヴォルデモート卿は復活したのだ」

「日記帳を媒体にして?」

「さすがはセレナの血を継ぐ者だ。その通り」

 

セレーンはちらりとジニーの足元に落ちている日記帳に目をやった。ジニーの生命力はセレーンが完全に回復させたが、急激な力の入れ替わりにジニーの身体がついて行かずジニーの意識はしばらく戻らない。ジニーが気がつかない間にヴォルデモートを倒してしまおう。

 

「ところでわたしに何の用?」

 

セレーンはヴォルデモートの気をそらして日記帳を破壊することにした。ただ、セレーンの知っている魔法で日記帳を破壊できるとは考えにくい。生きる人の生命力を吸い取り、記憶の欠片のようなものを実体化させられるほど強力なものなのだ。他の方法を考えないと…。

 

「僕について来い。強大な力でお前を守ってやろう」

「わたしにはダンブルドアがいる」

「ダンブルドアだと?あの老いぼれがどうした?なぜいつもお前たちはダンブルドアを選ぶ?」

「はい?」

 

ヴォルデモートが明後日の方を向いてイライラしながら何かを思い出している。その隙にセレーンは日記帳を懐に仕舞った。

 

「セレナもローレライも俺様の申し出を断った!セレナのことは愛してやったのに!セレナは俺様を拒絶した上、俺様を『蛆虫』呼ばわりした‼︎」

 

すごい祖母だな。セレーンはヴォルデモートを蛆虫呼ばわりした祖母のことを尊敬した。

 

「セレナは純血どころか王族の血筋。俺様に相応しいと、俺様の妃にしてやると言ってやったのに‼︎アイスワーズなんぞを選びやがった‼︎」

「アイスワーズ?わたしの祖父なの?」

「セレナが手に入らないならローレライでもよかった。しかしローレライも断った!何が『頭おかしいんじゃないの?』だ!ローレライもセレナに似て無礼なやつだった‼︎」

 

ヴォルデモートの独演は続く。セレーンの言葉も存在も今のヴォルデモートには届いていないようだ。母までヴォルデモートに思い切ったことを言ってたんだ。セレーンは感動していた。

 

「セレナもローレライもだめなら、お前でいい。セレーン、お前をこのヴォルデモート卿が築く王国の妃にしてやろう。今の俺様の姿ならお前に見合うだろう」

 

やっとセレーンに目を向けたヴォルデモートはとんでもない提案をしてきた。祖母と同級生だったなら、祖父ぐらいの歳のひとから求婚されてるようなものだ。

 

「……え、ロリコンなの?」

 

思わず口をついて出た言葉にセレーン自身も驚いた。しかしヴォルデモートはもっと驚いたようで目を見開き、口をぽかんと開けている。

 

「えーっと、だからセレナはわたしの祖母であって、その同級生だったやつがセレナの孫に求婚してるんだよ?自分で考えてもおかしくない?いや、別に歳の差婚を否定してるわけじゃないけど、わたしはまだ12歳だから、犯罪になると…」

 

セレーンは詳しく説明する。ヴォルデモートは自分を取り戻すのにしばらく固まっていたが、セレーンが説明を終えた後ようやく言葉を発した。

 

「どいつもこいつも無礼極まりない!ふざけるな‼︎なぜ俺様を受け入れない?権力、尊敬、地位、そして俺様からの愛、何不自由ない生活が待っているのだぞ?」

「権力?尊敬?地位?必要ないわ!それに一方的で独りよがりの愛情が何になるの?わたしは…わたしには…好きなひとがいるの!わたしはそのひとからの愛しか望まない!」

 

このとき、セレーンの中で初めてサムへの気持ちが、正体不明の想いがはっきりとしたのだ。こんな緊急事態なのに。いや、こんなときだからこそ気づいたのかもしれない。ヴォルデモートはセレーンとの距離を一瞬で詰めると、セレーンの顎を片手でつかみ、杖を突きつけた。セレーンは突然のことで杖を取ることもできなかった。

 

「……セレナも…ローレライも…まったく同じことを言った。なぜだ?お前らが愛する者だと?俺様はその愛する者を奪ってやったのに、2人とも俺様には見向きもしなかった!だが、今回も試してやろう!お前の愛する者はこの中にいるか?」

 

ヴォルデモートはシューシューと独特な音を出し始めた。ゴゴゴっという重たいものが擦れる音がセレーンの背後から聞こえる。セレーンは自分の背後に巨大な、ひとの顔の石像があったことを思い出した。そしてズルズルと何か巨大なものが這いずる音を聞いた。音からバジリスクを呼び出したのだと検討がついた。

 

「さあ、見てみろ」

 

ヴォルデモートはようやくセレーンを解放した。セレーンは素早く杖を抜き、懐からこっそり日記帳を取り出した。そしてバジリスクの目を見ないよう視線を下げながら背後をゆっくりと向く。一番初めに見えたのは、石化したハーマイオニーだった。そしてハーマイオニーと手を繋いだまま石化したロンが見えた。セレーンは小さく悲鳴をあげる。遂にハリーとサムまで石化した姿を確認し、恐怖のあまり涙がこぼれ落ちた。

 

「どれだ?ハリー・ポッターか?赤毛か?金髪か?」

 

ヴォルデモートも石化した4人に近づき、男子組に一人一人杖を向けながら尋ねる。しかしセレーンは頭をフル回転させて打開策を練っていた。4人はまだ石化しているだけで必ず助けられる。何か方法はないのか。何か。何でもいいから何か。年齢の割に明晰な頭脳を持ってしてもやはりセレーンは混乱していた。そのときだった。

 

「トム」

 

囁くような女性の声が聞こえた。もちろんセレーンのものでもなければ、ヴォルデモートであるはずもない。第三者の声だ。

 

「誰だ‼︎」

 

ヴォルデモートは動揺して辺りを見回す。セレーンもバジリスクがこの場にいることを忘れてきょろきょろした。石化した4人の斜め後方に目を閉じて身体を横たえるバジリスクの姿を見かけたときに、セレーンは肝を冷やした。よかった、バジリスクが目を閉じてて!

 

「トム・リドル!」

 

今度ははっきりと聞こえる。セレーンの手の中の日記帳が震え、セレーンは思わず日記帳を落とす。さぁーっと風が吹き、なぜか懐かしく優しい香りがした。風によって日記帳は勝手にめくれていき、とうとう最後のページにたどり着いた。ヴォルデモートもセレーンも動くことができず、ただ見守っていた。そして…

 

「また秘密の部屋を開いたわね⁇」

 

そこには何とセレナが立っていた。立っているといってもゴーストのようなものだが、確かに祖母である。トム・リドルと同じく、日記帳の記憶で見たままの学生時代のセレナであった。

 

「セレナ⁈なぜ‼︎」

 

驚きの余りヴォルデモートは杖を落とした。セレーンはすかさずその杖を呼び寄せて奪ったが、ヴォルデモートはそのことにすら気付かない。

 

「これはもともと私の日記帳よ!あなたが勝手に持ってったんでしょう!あのね、私がこれに何の仕掛けもしてないとでも?すぐにあなたがこれを盗んだってわかったわよ!」

 

え?祖母の日記帳だったの?セレーンはハリーたちへ静かに近づきながら、祖母の顔がもっと見える位置へ移動する。鋭い言葉を投げつけ続けるセレナにトムは口をぱくぱくさせた。

 

「まぁ、あなたならまた何かやると思ってたわ。だから私はこっそり盗まれた日記帳を調べて新しい仕掛けを付け加えたのよ。気付かなかったでしょ?ずっと私を見くびってたものね。それにしてもこれを分霊箱にするなんて恐れ入ったわ。さすがストーカー、吐き気がする」

「うるさい‼︎」

 

やっと出た反論が情けなく、トムは完全にセレナに言い負かされている。セレーンは唖然としながらも心強い味方の登場に感激していた。

 

「私を敵に回した時点でこの分霊箱は失敗に終わってるのよ」

 

セレナはそう言うと、トムと同じように奇妙なシューシューという音を出した。トムは明らかに慌てた様子で、セレナに対抗するかのように同じ奇妙な音を出す。恐らく蛇語だとセレーンは思った。バジリスクはゆらゆらと身を起こす。急いでセレーンは顔を伏せた。そして4人に危険が及ばないように、今のセレーンに出せる限り最強の盾の呪文で4人を覆った。

 

「セレーン、あなたはバジリスクの目を見ても平気よ」

 

唐突にセレナに話しかけられ、セレーンは顔を上げる。セレナの凛とした美しい様子に思わず見惚れた。トムは相変わらず蛇語でバジリスクに話しかけ続けているが、どうやら上手くいかないようだ。バジリスクはセレナへゆったりと首を垂れて、セレナの指差した日記帳に牙をたてた。その直後、もの凄い断末魔がトムから聞こえた。トムの身体に真っ黒の穴が開き、それがどんどんトムの全身を覆い尽くしていく。

 

「セレナ!!!」

 

最期に恨めしそうに叫ぶと、とうとうトムは消え去ってしまった。セレーンはほっとして膝から崩れ落ちる。セレナは蛇語でバジリスクに何かを言い、バジリスクはずるずるとどこかへ姿を消した。それからセレナはセレーンへ近寄ってきた。

 

「セレーン、会えて嬉しいわ。なかなか日記帳の外へ出られなくて悪いことをしたわね。あなたのおかげで私は出て来られた。バジリスクは二度と姿を現さないわ。秘密の部屋も二度と開かれない。これで私の役目は終わったわ」

「あなたは、ゴーストなの?」

「違う。私は魂の一部。トムの創り出した分霊箱とはまた違う方法で魂の欠片を日記帳に埋め込んだ。私たち一族には人間とは異なる魔法があるの。あなたもいずれは受け継ぐものよ。いつか直接会いに行く。それまで…」

 

すぅっとセレナの姿は景色に溶け込んでしまった。セレーンは自然と流れる涙に戸惑いながら、大切なひと全員が無事に生きていることを喜んだ。




今回はシリアスな場面なのに、遊んでしまいました。次回で秘密の部屋は最終回です。
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