遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト― 作:Rさん
未知との邂逅
001
手紙に書いてある指定場所は校舎の屋上、そこに辿りつくまでに少しでも推論を固めておきたかった――けれど、その作業は現在、難航を極めているのだ。
そもそも、彼女が転校してきてからあまり間がないので、僕たちは挨拶も交わし合っていないし、クラスメイトになったことが唯一の接点という希薄な人間関係の中で、彼女から招集をかけられた意味を考えろというのは、いささか無理が過ぎる話である。
それでも頑張って必死に頭を働かせることによって思いつくことのできた候補は少なからず存在した。
可能性として大きいのは、彼女の名を借りた何者かが、悪戯で僕を呼び出したパターンだ。これならぎりぎり納得ができる。もっとも、それで納得してしまうと、今度は誰が何の目的でそんなくだらない悪戯をするのかを考える必要性が生まれてくるけれど。
本当に双橋本人が僕を呼び出したパターンも、可能性としては消えていない。このケースの場合は彼女の目的はおろか、その人物像までもが不透明なので、対応には細心の注意を払うことになるだろう。
どちらにしても屋上は本来、校則によって封鎖されているので、そんな場所をわざわざ集合場所に選ぶのだから、のっぴきならない事情が隠れているだろうことは想像できた。だからこそ、普段は使わない思考能力をフル活用しているわけだ。
もしかしたら、転校してきたばかりの彼女は校内のルールを隅から隅まで完璧に把握できておらず、いざ待ち合わせ場所に赴くと、そこが封鎖されている事実と対面して、屋上前の踊り場で赤面しながら僕を出迎えてくれるかもしれない。
「それにしても回りくどいことをする」
廊下を歩きながら、手紙を読み返した。
細い文字で場所と時間の指定が丁重な言葉で記されている。場所についてはともかく、太陽が沈み始める時間を指定されたのには困った。なにしろ、僕は部活動をしているわけではないし、一度自宅に帰ってから再度登校するような気力もなかったので、校内で時間を潰す必要が生まれたからだ。これは図書室でぱらぱらと本をめくることで何とかなったが。
相手がどのような意図があって僕を呼び出したのかについては、現地で待ちかまえている人物に直接会って解消するしかないだろう。そこで待っているのが彼女なのか、それとも別の誰かなのかについては重要ではなかった。
僕は階段に足をかけ、屋上を目指した。
予想していた可能性のひとつは外れたようだ、屋上へと続く扉の前に人影はなかった。
「ん?」
扉に施されていたはずの施錠がなくなっている。呼び出した人物が解除したのか、それともたまたま今日に限って教員によって施錠が外されていたのかは定かではない。
僕は少しだけ考えて、息を飲んで、ドアノブに手をかけた。よく考えてみれば、屋上に入るという経験は初めてのものだった。いけないことをしているような気持ちになってちょっとだけ遠き日の童心が蘇り、胸が高鳴ってしまう。
はたして――
そこに待ちかまえていたのは、紛れもなく双橋遊奈本人だった。
置物が一切ない広空間には、腰辺りまで伸びた頼りない鉄柵があるだけだった。これでは確かに生徒が踏み入るには危険だから封鎖されてしまったのも頷ける。
そして、そんな鉄柵に手をかけながら夕日を眺めている美少女の姿というのは、とても絵になるものだった。
「あ、よかった。来てくれたんですね」
錆付いた扉がぎこちなく閉まる音を聞いて、彼女はこちらに気がついたようだ。肩まで伸びた髪を手で梳きながら、彼女は安堵の仕草を見せる。僕が手紙に従ってちゃんとやってくるのかどうか、その確信を持てていなかったらしい。
確かに僕は基本的には面倒なことは嫌いな性格をしているので、滅多に物事に首を突っ込んだりはしない。けれど、今回はその性格が、好奇心に跳ね飛ばされたのだった。
「えっと、双橋遊奈で間違いないんだよな」
確認するような口調になってしまったのは、それは僕が彼女と初めて言葉を交わすからである。ファーストコンタクトの正しいやり方を、僕はよく知らないのだ。
「はい。双橋遊奈です。よかった。あたしの名前を覚えていてくれたんですね」
「覚えていたもなにも、手紙に書いてあったじゃないか。というか、そもそも一応クラスメイトなんだからさすがに認知はしているよ」
「そうでしたね。うっかりしてました」
彼女は小さく舌を出した。どこか柔らかい雰囲気のある子だと思った。
僕は手早く本題に入ることにした。なんだか、彼女のペースに合わせていたら、日が暮れてしまうような予感がしたからだ。
「僕を呼び出した理由について、聞かせてもらえるかな?」
「あ、はい。そうですね。手短に事を進めるのが好きでしたよね、
「…………」
そこで、僕はふたつの疑問を覚えた。
ひとつは、僕の方から彼女に名乗った記憶がないということだ。この疑問については、同じ学校に通っているのだから名前を調べようと思えばいくらでも調べることができるので、理解の許容範囲内に収めることは容易にできるか。
もうひとつは、難しい。
――どうして彼女は僕のことを下の名前で呼ぶのだろう。
「……きみ、もしかして、僕と面識があるのか?」
僕が慎重にというかびくびくしながら確かめると、彼女はなんでもないようにケロッとした態度を貫くた。
「あ、はい。そうなんです。あたしが小さかった頃にお会いしてますよ」
「そうなのか。申し訳ないけど、僕はきみのことを覚えてないんだ」
「ははは。御影さんがあたしのことを覚えていなくても無理はありません。あまり気にしないでくださいね」
屋上は、風の動きが少し強かった。
彼女の髪がそよそよと流れる様子を、僕は観察していた。僕の方からは彼女にかけるべき言葉がない。
一方の彼女も黙っている。懐かしい光景を眺めるようにして、潤んだ瞳で押し黙っていた。
「…………」
なんだか変な気分にさせられてしまう。こっちには面識がないのに、一方的に覚えられているというのはむず痒いものだ。やんちゃだった頃の僕は人に言えないような恥ずかしいおこないをしてきたわけであって、そういう僕にとっての黒歴史みたいなものを彼女が覚えているのではないかと不安になった。夕焼けに染まった屋上で、男女が見詰め合っているというのに、まったくロマンチックな雰囲気に浸れないのはそのせいだ。
教師にこの現状を目撃されて、こっぴどく怒られてしまうのではないだろうかと想像してしまって気が気でなくなっていることも考慮に値する。
そういえば、彼女はどうして屋上を待ち合わせ場所に選ぶことが出来たのだろうか。特殊なコネを持っているのか、それとも屋上がこの日に限って開かれていることを知っていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと、彼女が薄い唇を開いた。
「御影さんには、今回折り入ってお願いしたいことがあるのです」
「お願いしたいこと?」
それはどのようなお願いだろう。校内を案内して欲しいとか街を散策したいとか、もしくは友達を紹介して欲しいとか――彼女がもし人見知りをするする性格であるならば、そのようなお願いを僕にするのも頷ける。新規の友達と接するよりも、昔の友達を頼るほうが難易度は低いのだから。
しかし、彼女のお願いは、僕の予想とはだいぶ違った方面のものだった。
「あたしと、デュエルしてくれませんか?」
「…………」
自然と頬が固まってしまった。
彼女が言っている言葉の意味がわからないからではない。
デュエルとは、つまりデュエルモンスターズというカードゲームで対戦することを指している。
確かに僕は幼い頃からデュエルモンスターズに浸っていて、人生の思い出の一部分を担ってくれていると言っても過言ではないだろう。
僕はデュエルが好きで。
どこまでもデュエルモンスターズを愛していて。
けれど。
けれど――それは過去の話だ。
「悪いけど、僕はデュエルモンスターズを引退したんだ」
なるべく彼女の気を損なわせないように、真剣な面持ちで答えた。わざわざこのような場所に僕のような人間を呼び出してくれたのに、それがまったく意味をなさないとことだったと彼女が知ると、悲しい思いをさせてしまうと思ったからだ。
「あ、はい。知っています」
――どこまでも予想の外側を行く、彼女だった。
「……そうなのか? だったらどうしてデュエルを申し込んできたんだ?」
「あたしがここにやってきたのは、デュエルをやめてしまった御影さんを改心させて、デュエリストに戻すためなんです」
「…………」
デュエリスト、か。
久々にその名称を聞くと、むず痒いものがある。幼少の頃は自らそれを名乗って喜んでいたけれど、高校生になったいまでは嘲笑の対象だ。よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で言えたものだと懐かしく思う。
「いまさら、デュエルはできないよ。いくら美少女のお願いだからって、復帰するつもりはこれっぽっちも沸かない」
「び、美少女だなんて……そんなことはありません!」
おどけたつもりだったのに、突っかかってこられた。赤面しながら必死に抗議をする彼女が、謙遜のつもりなのか、自らの容姿を把握していないのかは定かではない。
「とにかく、僕はデュエルモンスターズを引退した。だから他を当たってくれ、この学校にはデュエリストが多いから対戦相手を探すのに苦労はしないだろうさ」
デュエルモンスターズ。
数年前にデュエルディスクと共に、とある企業によって生み出されたカードゲームのことである。プラスチック製のベーゴマや、ドット絵のテレビゲームが遊びの基盤を築いていたような時代に、ソリットビジョンシステムを使ったリアルなモンスターの立体映像を売りにしたこのカードゲームは瞬く間に世界に認知された。
とは言っても、当時はデュエルディスクの値段が高騰していて、一部富裕層の間にしか渡らなかったので、流行と言えるものではなかった。
近頃になって、ようやく安価なディスクが発売されるようなり、一般の人々でも親しめる娯楽として広がりを見せるようになった。
この青峰高校にも、その流行の波は押し寄せている。休み時間が訪れると教室のどこからともなくデュエルモンスターズの話が聞こえてきたり、昼休みになるとグラウンドはデュエルリストで溢れかえる。放課後にはカードショップへと向う制服集団が形成される。
どうやら僕と世間のブームは入れ違いをしてしまっているらしい。
つまり彼女はわざわざ僕に対戦を申し込まなくても、ボーっと教室でデュエルディスクを構えていれば、相手の方から寄ってくるのだ。
「違うんです。あたしはただデュエルがしたいってわけではなくて、御影さんとデュエルがしたかったから……」
ふたりの影は大きくなっていく、オレンジ色の光景が目に悪い。
いまにも泣き出しそうな表情で上目遣いをしてくる彼女に、返す言葉が見つからない。
デュエルなんてやっていてもしかたがないぞ、と優しく諭してあげるべきなのか。
お前たちみたいに僕は遊んでいられないと、厳しく離すべきなのか。
それとも一戦くらいは相手をしてあげるべきなのか。
――結局、僕はどれも選べなかった。
「きみのお願いを聞いてあげたいって、気持ちもあるけれど、ごめん。カード、全部処分しちゃったんだ」
「……え?」
彼女の表情が一変する。信じられないものを見る顔になった。
デュエリストにとって、カードは命と同じくらいに大切なものだ――と昔の僕は思っていたっけ。もしも幼少の頃の僕がこの場にいたのなら、カードを粗末に扱うようなやつを決して許さなかったことだろう。殴りかかっていても不思議ではない。
だから、彼女の気持ちがわからないでもない。
これでいいのだ――そう思うことで自分自信を納得させて平静を装った。
「ホント、ごめんね。わざわざ声をかけてくれたのに。無駄足を運ばせてしまったね。デュエルはしてあげられないけど、校舎の案内とか町内探索が必要だったら喜んで強力するから、また声をかけてよ」
「ま、待ってください!」
踵を返そうとした僕を、彼女は響く声で引き止めた。背負っていたリュックを掛け直す仕草がとても健気に見えた。
「わかってます。デュエルをやめたんだからカードだって持ってませんよね。わかってたことなんです。……ただ、わかっていても、いざ御影さんの口から聞くと衝撃を受けちゃって。でも、大丈夫です。御影さんのデッキはちゃんとありますから」
「…………」
彼女がなにを言いたいのかよくわからない。
僕は確かに、デュエリストを引退するに伴って、使っていたカードはなるべく余さず処分した。だから僕の愛用していたデッキは既にこの世界には存在しないはずなのだ。もし仮に、彼女がゴミの山から僕のカードを拾い集めていたとすれば、彼女と疎遠になることを考えなくればならない。
それともあるいはーー
「そんな顔しないでください。嘘じゃありません。御影さんがデュエルをする心を取り戻してくれたら、そのとき、あなたのデッキが生まれるのです」
「おい、それはいくら何でもロマンチック過ぎる言い回しだぞ」
「言い回しなんかじゃありません。あたしの言葉を信じてください」
「それは無理だ。僕はもう高校生で、きみの言葉を信じるにはちょっと歳を取りすぎた」
そう、歳を取りすぎたのだ。いつまでも遊びにばかり一生懸命になることはできない。将来のことだってあるし、現在の生活だってある。デュエルに時間を使うくらいなら、バイトをするなり勉強をするなりしたほうが後の人生のためになる。もっとも僕は労働も教科書を開くのも好きではないけれど、好きな方向にばかり転がっていられないのだ。
「御影さん……お願いです」
彼女はそれっきり目を伏せて何かに祈るように佇むばかりだ。
きっと、僕を勧誘するための言葉を彼女は持っていないのだろう。彼女がどうして、僕にデュエルをさせたがっているのかは謎だけれど、たとえ重要な意味がそこにあるのだとしても、僕には何の関係もない話だ。必死になってくれているところ申し訳ないが、僕はお人よしには成れないから、ほいほいと人に合わせてあげることはできない。
夕暮れが深まってきた。グランドから聞こえていた運動部の掛け声もなくなった。もうすぐ下校時刻が来る。
「きみも、早く帰らないと先生にどやされるぞ」
別れの挨拶としては我ながら上出来だろう。
僕は今度こそ踵を返した。
今度は止めに入ってくる気配がない。
彼女だって、いつか夢から覚めるときがやってくる。もしそれが遅かったなら地獄を見ることになるだろうから、早めに目覚ましをセットしておくことをオススメしたい。
僕は正しいのだ。
早期に目を覚ますことができたから。
現実はまだ青く、澄み切っている。
――寝つきは悪くなったけど。
「ん?」
屋上から校舎に戻るため、ドアノブに手をかけようとしたそのとき、それが勝手に回ったことに気がついた。
一瞬の間に僕は青ざめた。教師に見つかったとしたら、僕と転校生はこっぴどく叱られてしまうことだろう。怒られるだけならまだ救いはあるけれど、もしも停学とか退学に発展してしまったら、この先の人生に少なからず影響を与えてしまう。
僕のそんな不安は、しかし、杞憂となった。
「あん? なんだよ、御影じゃねえか。こんなところでなにやってんだよ」
すっとんきょな顔をして現れた男子生徒は、幸運なことに知り合いだった。
知り合い――
ワックス大盛りの髪を風に揺らしながら、彼は呑気にあくびをしながら僕を押しのけるようにして屋上へと踏み入った。
「屋上に人影があるから見に来てみれば、御影がいるとはなあ。……って、なんだよお前! もしかして転校生ちゃんとふたりでいい雰囲気だったのか!?」
「違う」
「いい雰囲気だなんて……そんな恐れ多いです」
僕は神路に空手チョップをお見舞いして、彼女は両手で顔を隠して小さくなった。
というか、女子生徒に恐れられてしまった。
ちょっぴりショックである。もう少し優しくしておけばよかった。
「あっ、っていうか、違う。御影! ここで会ったが百年目だ。今日こそは俺とデュエルしてもらうぜ」
頭を押さえてうずくまっていた神路が、衝撃をきっかけとしてなにかを思い出したらしく、ぴょんと立ち上がって戦闘態勢に入った。左腕につけたデュエルディスクを至近距離で構える。
もちろん、僕はデュエルディスクすらも処分したので、ディスクを構える代わりに冷ややかな目線を送ることにした。
「だから、僕はデュエルをしないんだって言ってるだろ。いつもいつもデュエルデュエルって、他にやることはないのかよ」
「なんだと! デュエリスとにとってデュエル以上に大切なことなんてあるわけないだろ。ぐだぐだ言ってないで勝負しろ、一戦だけやれればそれで俺は満足するんだ」
「あんまり僕に拘るなよ。他にもデュエリストならいくらでもいるだろうが」
「それはそれだ。デュエルするだけならいくらでもできるけどさ、俺はジュニアチャンプとデュエルがしたいんだ」
「……拘るなって、言ってるだろ」
幼い頃の僕はどこまでも呑気で、どこまでもバカだった。
だから気の迷いを起こして、デュエル大会のジュニア枠なんかに出場して、勝ち上がることだけを目標にして時間を無駄にしたんだ。カードゲームの大会で結果が出せたところで意味なんてないと、そんな簡単なこともわからずに。
「ちょっと、あなたなんなんですか! さっきから聞いてたら御影さんに馴れ馴れしく」
僕と御影との間に割り込んだのは転校生だった。なぜか僕を守るかのように大の字で神路に立ち向かっている。
「なんなんですかは、こっちのセリフだよお譲ちゃん」
「あなた御影さんとデュエルしたいんですよね」
「ああ、そうだとも」
「だったら、あたしを倒してからにしてください。あなたが御影さんに挑戦するに値するデュエリストなのか測らせてもらいます」
「ああっ? 何様なんだよ、お譲ちゃん。ぽっと出の外野ででしゃばってんじゃねえぞ」
「外野じゃありません」
彼女はそこで腰に手を当てて、胸を張った。妙に自信ありげな態度だ。
「あたしは御影さんの弟子なんですから」
「……はあ!?」
僕と神路の反応が被った。
幼少の頃の僕は確かにやんちゃではあったけれど、それでもガキ大将というわけではなく、友達は並列に結びついているものだと考えていた。いくらデュエルの腕があるからといって、弟子を取るようなことはしていなかったはずである。
「で、弟子ってどういうことなんだ? 僕にはそんな記憶がない」
「あたしは御影さんからデュエルのルールとか、とにかく大切なものを教わったんですよ。だから弟子でも間違いではないと思いますけど」
「そんな理屈って……」
だったら僕は教師のことを師匠って呼ばなければならなくなる。そんな新手のネズミ講があってたまるか。
「ははは! ルールを教わっただけで弟子ってか。なかなか面白い発想力してんじゃねえかお譲ちゃん」
開いた口が塞がらない僕とは違って、神路は愉快そうに笑っていた。
もしかしたら、それは、この場を和ませるための彼女なりのジョークだったのかもしれない。
もしそうだったならば、真面目な反応をするのは軽率だったかもしれない。こんなんだから僕はいつまでたっても空気が読めない人間を卒業できないんだ。
しかし――
「笑わないでください! あたしは御影さんの弟子であることを誇りに思っているんですから」
本人はいたって真剣に言っていたらしい。
けれど、言葉と反比例するかのように、頬を膨らませてぷんぷんしている姿はとても緊迫感に欠けるものだった。
むしろ和んだ。
「御影の弟子、か。それが自称かそうでないかはどうでもいいとしても、ちょっと面白いじゃねえか。いいぜ、相手になってやる」
神路が目を細めてディスクを構えなおした。
対する双橋の自信も崩れていない。勇ましい顔つきになると、リュックの中から小型のデュエルディスクを取り出して、左腕に装着した。
デュエルディスクはソリットビジョンにより、カードの立体映像が表示されるアイテムだ。カードだけでもデュエルができないことはないが、それの有無によって臨場感は天と地ほどの差が生まれる。昔は高価な代物だったが昨今では外国製の安価なまで出そろっていから、デュエルディスクなしでデュエルをするのは物好きだけだ。価格もそうだが、デザインも多種多様なものが存在し、デュエリストにとっての数少ないファッションポイントとなっている。
双橋のディスクは妙に取り回しのいい代物だった。展開システムが導入されていない機種だというのに、コンパクトに仕上がっていて、小さめのリュックにもスムーズに収納できるものだ。リュックと同じデザインをしているから、特注品であることが窺える。
反対側に立っている男のディスクは面白みがない、初期に出回っていた無骨で無難なデザインのものだった。僕の記憶が正しければ、小学校の頃から彼の愛用品となっているはずだ。
「女の子だからって、俺は手加減できないぜ」
「そんなのは必要ありません。全力でやらないとデュエルは楽しくありませんから」
「おっ、その言葉。御影の口癖だったやつじゃねえか」
「ええ、そうです。言いましたよね、あたしは御影さんの弟子だって」
「ちょっと、わくわくしてきたぜ」
なんだか、僕を放置して場が盛り上がってきたみたいだ。
よくよく考えれば、僕がこうしてここでデュエルを見守っている必要性はまったくもってないのだけれど、自分が居ないところで話題にだされることを思うと、離れるに離れられなかった。
「デュエル!」
二人の声がオレンジに照らされた屋上に響いた。
僕はふたりの伸びた影を眺めながら今日の夕飯について考えをめぐらせることにした。
*
青峰高校の第一校舎屋上では小さな警報音が鳴っていた。
神路のデュエルディスクからルール違反を知らせる警告が発せられているのだ。
どうやら先攻1ターン目からドローをしようとしてしまったらしい。ルールが変わったことにまだ慣れていなかったのだろう。
僕がデュエルモンスターズを卒業してからルール変更されていたそうなので、もし仮に僕がデュエルに復帰したら彼と同じ過ちを犯してしまうかもしれないので、神路の失敗を残念ながら笑ってやることができなかった。
「ははは。いやぁ、ミスったミスった」
照れ隠しのように神路は笑って、小さくなった声のまま、魔法・罠ゾーンとモンスターカードゾーンにカードを一枚ずつセットしてターンエンドを宣言した。
これで、神路の手札は3枚。場に2枚のカードだ。
「あたしのターンですね。あっ、ちゃんと観ていてくださいね、御影さん」
余所見をして、つまり僕の方に目配せをして双橋はデッキに指をかける。
そして、「ドロー!」という掛け声とともに大袈裟な動作でカードを引き抜いた。
「あたしは手札から『
場に現れたのは近未来の戦士を思わせるメタリック調のアーマーに身を包んだ人型のモンスターだった。右腕に装着されている腕輪をこれ見よがしに強調したポーズでの登場だ。
遅れて攻撃力を示すテロップが表示される。1600ポイントの数値だった。
「なんだ、そのモンスターは?」
神路が首を傾げた。
僕はデュエルを卒業しているから新規のカードに詳しくない。だから彼女が召喚したモンスターが知識になくともおかしくはなかったが、現役のデュエリストに知らないモンスターがあるというのは不思議なことだった。
しかし、デュエルディスクがちゃんとカードを認識しているから、正規品のカードであることは間違いない。単に神路の調査不足という線が濃厚か。自分が使っているデッキのテーマ以外のカードには興味が沸かない人だっているだろう。
「ふふーん。どうですか御影さん、なかなかカッコいいモンスターでしょ。なんだかデュエルがしたくなってきませんか?」
モンスターを召喚しただけでなぜか得意顔になっている双橋に、僕は曖昧な言葉を返した。
するとちょっぴり拗ねたように唇を尖らせ、彼女は対戦相手に向き直った。
「
「フィールドにある魔法・罠カードは俺の場にあるリバースカードだけ。こいつを崩そうってのか」
神路は悔しそうに歯噛みした。彼と長年付き合っている経験からして、その仕草は演技だ。現状で無力化されたとしても問題ではないカードを伏せていると僕は読んだ。
それにしても《
なかなか面白い効果を持ったカードだな。《コンパクト・リング》の効果で指定できるのは自分のフィールドのカードも含まれているみたいだし、《聖なるバリアミラーフォース》や《次元幽閉》といった攻撃反応型の罠カードを《ハーピィの羽根箒》や《ナイト・ショット》による破壊から防げるということか。
……おっと、いけない。
僕はデュエルを引退した身なのだ。うかつにカードのことを考えたら双橋の思う壷だ。
「あたしが除外するのは、もちろんあなたの場のリバースカードです」
指定した瞬間、《コンパクト・リング》の腕輪からレーザーが照射され、リバースカードは消失した。
これで神路の場には裏側守備表示のモンスターが一体だけになった。それはつまり双橋は妨害されることなく、安全に攻撃できるということだ。
「バトルフェイズに入ります。《F・Aコンパクト・リング》で守備表示モンスターを攻撃です!」
「おっと、大当たり。お譲ちゃんが攻撃したのは《シャインエンジェル》なのでした」
果たして、リバースされたモンスターは本当に《シャインエンジェル》だった。戦闘で破壊されることによって効果が発動するモンスターである。
《コンパクト・リング》の勇ましい蹴りが守備力800ポイントの《シャインエンジェル》を襲った。
……どうでもいいことだけれど、攻撃のときは未来のアイテムを使わないらしい。
「この瞬間、《シャインエンジェル》の効果発動! このカードが戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を特殊召喚することができる。俺が選んぶのはこのカードだ、現れろ《プロト・サイバー・ドラゴン》」
フィールドに呼び出されたのは、機械の龍だ。その大きさは屋上という限られたスペースにおいてギリギリのサイズだった。図体は大きくとも、攻撃力は1100ポイントだ。《シャインエンジェル》の効果対象内である。
攻撃力は《コンパクト・リング》より下ではあるが、油断は禁物だ。《プロト・サイバー・ドラゴン》はその効果によってフィールドに存在する限り《サイバー・ドラゴン》として扱うモンスター。たかが名前が変わるだけと思うなかれ、時には名前が大きなアドバンテージになることがあるのだ。
例えば《サイバー・ドラゴン》の場合、同じ名前のモンスターたちを融合させることによって、強力なモンスターへと変貌する。
それに機械族には優秀な攻撃サポート魔法が多い。《リミッター解除》や《パワー・ボンド》を使われたら1ターンで勝負が終わってしまうことだろう。
あの手足のない機械のドラゴンをフィールドに残すことが、いかに危険であるかは双橋にだってわかっているはずだ。
「なるほど、《サイバー・ドラゴン》デッキですか。少し型が古いように思えますが、それはそれで面白いですね」
「それはどうも」
「まあ、あたしの《F・A》のほうが面白いですけどね」
鼻をならして、双橋は次のカードを繰り出した。バトルフェイズはまだ終わっていないらしい。
「手札から速攻魔法、《コードネームチェンジ》を発動! フィールドの《F・A》と名の付いたモンスターを墓地に送り、デッキから別の《F・A》を特殊召喚します。フィールドの《F・Aコンパクト・リング》を墓地に送って、デッキから《F・Aスクリプト・コントローラー》を特殊召喚します」
未来的なデザインの機器をこれ見よがしに強調したポーズでそいつはフィールドに放たれた。スマートフォンに似ているその機器は、名前から察するにコントローラーだと思われる。
スクリプト、とは確か台本や脚本という意味があったはずだ。コンピューターのプログラム言語の一種でもある。
さて、このモンスターはいかなる効果を有しているだろうか。
「特殊召喚されたとき《F・Aスクリプト・コントローラー》の効果が発動します。自分のデッキの上からカードを2枚、永続魔法カード扱いで場に出します。この効果で場に出されたカードは次のターン以降の自分のドローフェイズ時に通常ドローをする代わりに1枚選んで手札に加えることができます」
「なるほど、つまりは未来をコントロールできるモンスターってわけか」
神路が相槌を打った。未知のカードに興奮している場合ではなのに。
《F・Aスクリプト・コントローラー》の攻撃力は1200ポイントだ。わずかな差で《プロト・サイバー・ドラゴン》はやられてしまう。速攻魔法の利点であるバトルフェイズ中の発動だから、双橋は問題なく戦闘を続行させることができるのだ。
ちなみに、永続魔法カード扱いとして場に出されたのはどちらもモンスターカードで、《F・Aダブル・バギー》と《F・Aプラスチック・ウイング》だった。どのような能力を持っているのかちょっとだけ興味がわいてしまう。
「……おっと」
僕を対象として双橋が微笑みを向けたことで正気に戻ることができた。危うくデュエルの世界に引きずり戻されてしまうところだった。
デュエルで攻撃がうまく通っているせいか、僕の注目を取ることができたからなのか、双橋の声はより明るいものとなった。
「《F・Aスクリプト・コントローラー》で《プロトサイバー・ドラゴン》に攻撃を仕掛けます!」
勇ましいかけ声とともにメタリックのアーマーが機械の竜へ突撃した。金属音と粉塵が聴覚と視界を一時的に塞いだ。
やっぱり、《F・A》モンスターたちは素手で攻撃をするらしい。もっともコントローラーを使って攻撃する場面は想像できないけれど。
ソリットビジョンによって発生した衝撃に当てられながら、神路は口笛を吹いた。
「やってくれるじゃねえか、お譲ちゃん。こりゃちょっと甘く見積もってたかもしんねーな」
「この程度でおどろかれては困ります。本番はこれからなんですから」
「オッケー、それじゃあ、本番がはじまる前に終わらせてやんよ」
「口だけにならないでくださいね。あたしはリバースカードを1枚セットして、ターンを終了」
状況だけで判断するなら、双橋のほうが有利だ。手札は3枚消費して残り半分となってしまったが、場にはモンスターが1体とリバースカードが一枚、そして永続魔法カード扱いになっているカードが2枚置いてある。
対して神路の手札は次のターンにドローすれば4枚まで回復するが、フィールドのカードは残ってない。そして《スクリプト・コントローラー》と《プロトサイバー・ドラゴン》の戦闘によって100ポイントのダメージを受けている。
……100ポイントは考慮する必要はなかもしれない。ライフポイントを軽視する傾向にある昨今のデュエル情勢では100ポイントのダメージなんて、かすり傷にもなりゃしない。
とにかく、アドバンテージは双橋に偏りを見せていた。
「俺のターン、ドロー!」
デッキから引き抜いたカードを見て、神路の眉間にシワがよった。それは昔からの彼の癖で、良いカードをドローできたときは人相が悪くなるのだ。
「『
「違います!」
神路の戯言に双橋が過剰な反応を示した。
その瞬間だけ、ほがらかだった雰囲気が殺気だったものに変わった。
「『
「……お、おう。そうなのか。それは失礼した。オーケー、ならそのより良い未来へのルートは閉ざさせてもらうぜ。手札から魔法カード《ハーピィの羽根箒》を発動、お譲ちゃんの魔法・罠ゾーンのカードをすべて破壊する」
羽箒が双橋の場を掃いていった。リバースカードだけでなく、永続魔法カード扱いになっていたものもすべて消し飛んだ。
《F・Aスクリプト・コントローラー》によって場に出されていたカードは、直接的にアドバンテージになっていたわけではないけれど、一度に3枚のカードを破壊されたのは屈辱だったのだろう。双橋は小さく呻いた。
「これで、より良い未来は選択できなくなったわけだ。あとは運にまかせてカードをドローするんだな」
「《スクリプト・コントローラー》の効果を妨害したくらいでいい気にならないでください」
「そっちこそ、これで俺のターンが終わると思ってもらっちゃこまるぜ。手札から、『融合呪印生物―光』を召喚」
神路が繰り出したグロテスクなモンスターを見るや、双橋の頬がぴくぴくと痙攣さしたのがわかった。デュエリストであっても女の子であることに変わりはないらしい。
「俺はこのままバトルフェイズに突入する」
「えっ? そのモンスターの攻撃力では『スクリプト・コントローラー』は倒せませんよ」
「ああ、わかっているさ。デュエルモンスターズは単体のモンスターのステータスだけを競うものじゃない。そんなことも御影に教わらなかったのか」
「そ、そんなことはわかっています!」
神路の言う通り、デュエルモンスターズは、モンスターをメインにして魔法や罠カードを駆使して戦うのが基本だ。けれど、神路のフィールドには攻撃力1000ポイントの『融合呪印生物―光』が存在するだけで、他にカードはない。双橋が引っかかりを感じるのも無理はなかった。
フィールドにモンスターを補助するカードが置いていないとなると、残る可能性は手札からのカード発動だ。手札から捨てることでモンスターの攻撃力を上昇させる《オネスト》や先ほどのターンに双橋がしたように速攻魔法を使うつもりなのかもしれない。
僕も思いつくようなことは双橋にもわかることだ。現に彼女は神路の手札に注意を向けている。
「おいおい、そんなに俺の手札をジロジロ見ないでくれよ。いやらしいお譲ちゃんだな」
「い、いやらしいって……」
「上ばっか見てないで、たまには下を見たらどうだ」
言葉をそのままで受けとって、僕たちは視線を神路の手札から足元に移動させた。はたして、そこには1枚のリバースカードがセットされていた。
そうだった。
《F・Aコンパクト・リング》の効果で除外されていたリバースカードが神路のバトルフェイズになったことで戻ってきたのだ。すっかり失念してしまっていた。
「もちろん。このカードは戻ってきたターンにでも発動できるんだよな、お譲ちゃん?」
「……ええ。《コンパクト・リング》の効果で戻されたカードはセットしたターンであっても発動は可能です」
悔しそうな双橋を見て、神路は口元を吊り上げた。
女の子に対して強気の姿勢を取ろうとするのは昔からの彼の癖だ。
「そんじゃ遠慮なくリバースカードをオープンさせてもらうぜ。罠発動、《リビングデットの呼び声》! 蘇れ、《プロト・サイバー・ドラゴン》」
神路が仕込んでいたのは自分の墓地からモンスターを戦線に呼び戻す永続罠カードだ。
床から這い上がるように蘇った機械のドラゴンを前にして、双橋は、しかし拍子抜けしたようだ。
「えっ、たったそれだけですか?」
確かに思ったよりも神路のリバースカードは状況打破にふさわしいものではない。蘇った《プロト・サイバー・ドラゴン》は《スクリプト・コントローラー》に倒されたばかりなのだ。似た効果でモンスターの攻撃力を100ポイント上昇させる《強化蘇生》で蘇っていれば相打ちに持ち込めたものの、これでは壁を増やしただけである。
「おっと、もちろんそれだけで終わらないぜ。たまには下を見ることも大切だけど、基本的には上を見るこった」
「やっぱり手札になにかあるんですね」
「ご名答。手札から速攻魔法、《地獄の暴走召喚》を発動! このカードはフィールド上にモンスターが特殊召喚されたときにのみ効力を発揮する。特殊召喚されたモンスターと同じ名前のカードを可能な限り特殊召喚できるのさ」
特殊召喚されたモンスター、それは《プロト・サイバー・ドラゴン》だ。
しかし、あのモンスターはその能力によってカード名が《サイバー・ドラゴン》に変化している。つまり、《地獄の暴走召喚》の対象になるのは《サイバー・ドラゴン》。
モンスター効果、魔法、罠を最大限に活用した戦術だ。
「さあ、仕事の時間だ! 現れろ、《サイバー・ドラゴン》たち!」
神路のデッキから呼び出された手足のない機械竜がそれぞれ咆哮をあげた。屋上のスペースには収まらないから、上空にその姿が映し出されている。
「……くっ」
鋭い眼光に見下ろされて、自信に満ちていた双橋の顔に陰りが生じた。さすがに攻撃力2100ポイントのモンスターを3体も展開されては苦しいか。
「お譲ちゃんにはそのまま絶望しておいてもらいたかったところだけど、悲しいことに救いは与えられる。《地獄の暴走召喚》のデメリットだ。さあ、お譲ちゃん。自分のフィールドのモンスターを1体指定して、そのモンスターと同盟カードを好きなだけ場に出すんだな。まあ、出したところで壁にしかならないが、1ターンの延命にはなるだろうよ」
双橋のフィールドには《F・Aスクリプト・コントローラー》しか存在していない。つまり彼女が呼び出せるのは攻撃力1200ポイントのモンスターだけだ。《サイバー・ドラゴン》に八つ裂きにされる未来しか待っていない。
とても絶望的な状況ではあるが、まだ勝負はわからない。次のターン、4枚もの手札があれば十分に逆転のチャンスはある。
だが――
「……出せません」
「あ?」
「あたしのデッキには、1種類ずつしかモンスターは入っていません」
「はあ!? マジかよ……こいつは滑稽だぜ! そんなハイランダー構築でデュエルが成り立つわけはねえだろうが」
笑いのツボが刺激されたらしい、神路の腹からの声が辺りに反響した。
気のせいか、《サイバー・ドラゴン》たちの表情も綻んでいるような気がする。
対戦中に相手をバカにするのはマナー違反のように思えるが、しかし、彼が笑うのも無理はない。
カードが一枚づつしか入っていないということは、つまり戦略を持てデッキを構築しているわけではないと取れるのだから。
けれど、一概に双橋が適当にデッキを組んだとは言い切れない。
《F・A》はそれぞれがシナジーのある効果を持ってはいないみたいだし、同名カードを複数枚デッキに投入するのが正解とはならない。
神路のバカ丸出しの笑い方をやめさせて双橋をかばってやることも考えたが、それは憚られた。
なぜなら、状況が悪かったからだ。
同じモンスターを複数採用していれば、少なくともこのターンは生き延びることができた。
そうーーここで双橋は負けるだろう。
彼女を守ってくれるのは、《F・Aスクリプト・コントローラー》のみ。魔法・罠ゾーンは吹き飛ばされた。速攻魔法が手札から発動できるのは自分のターンだけだ。手札は3枚あるけれど、双橋がファンデッキのような構築をしているのであれば『冥府の使者ゴーズ』や『速攻のかかし』などを投入しているとは考え難い。
そして、対する神路のフィールドには攻撃力2100ポイントのドラゴンが3体だ。2体のおまけまで揃えている。
いくらライフポイントを4000のまま維持しているとしても、このターンの戦闘で削り切られることは明白だ。
「あはははは! 御影の弟子を自称していたわりに、あっけないものだな。大口叩くから期待してたのに、てんでダメでやんの。粘りが足りないぜお嬢ちゃん」
「…………」
煽り文句に彼女は反応を示さなかった。ただ黙って5体のモンスターと向かい合っている。
まあ、このまま彼女が負けたところで、なにかデメリットがあるわけではない。ただ彼女が僕の弟子であるということを神路が認めないだけだ。というか、もともと僕だって彼女を弟子だと思っているわけではない。カードゲームを教えただけで弟子を名乗られても迷惑極まりない。
そう、はじめからなんの意味もない勝負だった。
所詮、デュエルに価値を見出すことなんて不可能なのだ。
「いくぜ、1体目の《サイバー・ドラゴン》で《F・Aスクリプト・コントローラー》を攻撃!」
バトルフェイズは始まっている。
ドラゴンが放った光線で、あっけなく唯一のモンスターは薙ぎ払われた。双橋のライフポイントが900削られた。
「続けて、2体目の《サイバー・ドラゴン》で攻撃だ!」
次の光線はダイレクトアタックとなって双橋を襲う。
一気にライフを1000ポイントまで減らされ、さらにその衝撃で彼女の細い体は後方に運ばれた。鉄柵にぶつかって小さな悲鳴を漏らす。
次の攻撃で双橋のライフポイントは消失することだろう。
ちょうど伸びた影もだいぶ長くなってきた。下校時刻を現すチャイムが学校中に広がる。
帰宅するには、ちょうどいい頃合いだ。
「最後だぜ。3体目の『サイバー・ドラゴン』でダイレクトアタック!」
咆哮がチャイムと合わさって二重奏になった。光の線が少女を目掛けて走って行く。
僕は冷めた目で自称弟子を眺めた。彼女は鉄柵を支えに使って立ち上がっていた。これからもう一撃お見舞いされるのだからわざわざあ立ち上がる必要なんてないのに。
ホント、デュエリストは無駄なことをするのが好きだ。
なんて――
そんなことはなかった――
双橋の目は未来を見据えていた。
「この瞬間を待っていました!」
突如、彼女を守るかのように一枚のカードの映像が浮びあがり、目映い光が放たれた。
その光を浴びて、浄化されるかのように、《サイバー・ドラゴン》のブレスは見えなくなった。
「なにごとだ!?」
「あたしが発動させたカードは《未来改変》です。このカードは自分のライフポイントの数値より高い攻撃力を備えたモンスターが相手のフィールドに存在する場合、墓地から発動させることができるます。その効果は、手札の《F・A》を1枚墓地に送り、このカードを除外することでバトルフェイズをスキップする」
どうやら、1ターンの延命に、彼女は成功したらしい。
これ以上長引くと教師に見つかる可能性があるのでここれで終わって欲しいと思っていた僕からすれば、いい迷惑である。
それは意味合いは違えど神路も同じだったらしい、思わぬ攻撃の中断に肩透かしを食らっている。
「あええ……。なんで、このタイミングで《超電磁タートル》みたいなカードが出てきてんだよ!」
「言いましたよね。《F・A》はあたしをより良い未来へと導いてくれるんです」
「キザに格好つけてくれちゃって。だがな、そんな抵抗は無駄だぜ。お譲ちゃんがしたことは単なる延命処置でしかない。2枚しか手札がない状態で逆転できるわけがねーだろ」
「安心してください。すでに逆転の準備は整っています。《未来改変》のカードは、単なる延命用のカードではありません。これは反撃の狼煙です」
「反撃だぁ?」
「このカードの第2の効果、発動ターンのエンドフェイズ時に相手フィールド上に存在するモンスターの数まで墓地から《F・A》を特殊召喚できます。あなたのフィールドのモンスターは5体。よって、ターンのエンドフェイズ時に5体の《F・A》が現れます」
双橋の墓地には《F・Aコンパクト・リング》と《F・Aスクリプト・コントローラー》、そして永続魔法カード扱いになっていた《F・Aダブル・バギー》と《F・Aプラスチック・ウイング》。そして《未来改変》の効果で墓地に送られたカードをあわせればちょうど5体の《F・A》がそろっている。それだけの数のモンスターが並べば十分に逆転も視野に入るだろう。
しかし、そんなに思い通りにことは運ばない。
神路のフィールドは潤っているのだ。
「俺のフィールドのモンスターに比例して特殊召喚できる、か。だったらそうだな。モンスターを減らせばオーケーだよな」
「ええ。そうです。例えばフィールドのモンスターを融合素材にしてモンスターを減らしていただければ、あたしが呼び出せる《F・A》の数も減ります」
「なんだよ、自分からそんなこと教えてくれるなんて。自暴自棄にでもなったのか。やさぐれ少女気取りか?」
「…………」
「まあ、いいさ。言われなくとも融合召喚するつもりだ。メインフェイズ2に入り、《融合呪印生物―光》の効果発動。このカードと融合素材モンスターを墓地に送り、融合モンスターを特殊召喚する。《サイバー・ドラゴン》扱いになっている《プロト・サイバー・ドラゴン》と《融合呪印生物―光》を墓地に送り、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を特殊召喚! さらに、手札から魔法カード《融合》を発動し、《サイバー・ドラゴン》3体を混ぜ合わせる。融合召喚、《サイバー・エンド・ドラゴン》!」
怒涛の特殊召喚で、二首のドラゴンと三首のドラゴンが出現した。
複数のカードを使って強力なモンスターを呼び出せるのが融合召喚だ。
攻撃力4000ポイントの《サイバー・エンド・ドラゴン》と攻撃力2800ポイントで二回の攻撃ができる《サイバー・ツイン・ドラゴン》が並んだ。
それはただ強力なモンスターが出現しただけにとどまらず、双橋がエンドフェイズ時に特殊召喚できるモンスターの数も大幅に減ったということだ。
一難さってまた一難という言葉がぴったりのシュチュエーションだ。
「ほーら、自信過剰なお嬢ちゃん。俺はターンエンドを宣言するぜ。御影の弟子を自称するってんならこの状況をひっくり返してみせろ」
「自称ではありません。あたしは御影さんの弟子です。《未来改変》の効果により、墓地から2体の《F・A》を特殊召喚です」
フィールドに姿を現したのは《F・Aコンパクト・リング》と《F・Aスクリプト・コントローラー》だった。他のモンスターも見て見たかったが、個人的願望をデュエルに挟むことは、デュエリストを卒業している僕にもできない。
「特殊召喚されたことにより《F・Aスクリプト・コントローラー》の効果が再び発動です。未来の選択肢が視覚化されて現れます」
デッキから取り除いたカードを見て、双橋の表情が緩んだ。キーカードを引き当てたらしい。
装備魔法カードの《フューチャー・ウェポン 時断ちの太刀》と速攻魔法の《フューチャー・アクセル》が永続魔法カードに変換された。
はたしてどちらが重要なカードなのか――
「ドローフェイズに入ります。通常ドローをおこなう代わりに、場の《フューチャー・アクセル》を手札に加えます。フェイズ移行、スタンバイフェイズ。ここで《F・A》の共通効果が発動し、それぞれにフューチャーカウンターが1つ乗ります」
フィールドのモンスターたちに光が灯った。《F・A》が持っているアイテムに輝きが集まって数字の形が作られている。
共通効果ということはすべての《F・A》モンスターがその効果を備えているということなのだろう。
カウンターの用途が気になるところだ。
「フューチャーカウンターは、過去を生き抜いて現在に繋げた証として送られる勲章。このカウンターが刻まれれば刻まれるほど、より良い未来へ近づいている証明となるのです」
「ずいぶんとロマンチックなことを言うな。だが、カウンターが乗ったところで、お譲ちゃんが勝てる見込みはない。貧弱なモンスターを並べても、俺の場にある強力な融合モンスターは倒せない。知ってると思うが、『サイバー・エンド・ドラゴン』は守備モンスターを攻撃しても戦闘ダメージを与えられる効果を持っている。守備表示にしても時間稼ぎにはならないぜ」
「わかっています。より良い未来に進むためには現状維持では望めません。あなたが強力なカードで立ちふさがるなら、こちらも強力なモンスターで対抗するまでです――フィールドのフューチャーカウンターを1つ取り除き、2体の《F・A》モンスターを墓地に送ることで、エクストラデッキから新たな《F・A》を呼び出します」
彼女の言葉に合わせて、1の形を作ったフューチャーカウンターが大きく瞬き、その光の中に2体のモンスターは飛び込んでいった。
夕暮れが、昼間のような明るさに変わった瞬間だった。
「ひとつの過去が、より良い未来を作り出す! その鋭い兵器で、立ちふさがる障害を切り裂け! 特殊召喚、『
渦となっていた光が収束し、新たなモンスターがフィールドを踏みしめた。
そいつは、戦闘機をモチーフにしたような鎧を身に着けていた。担いでいる武器はオートジャイロの回転翼に似ている。
特殊召喚された新たな《F・A》は他と比べて風格が明らかに異なっていた。
具体的にすると――
ちゃんと戦闘で使えそうな武器を持っていることかな。
「おおおっ? なんだか強そうなモンスターが出てきたと思ったら、たかが攻撃力2500の戦力外じゃねえか。そんなんじ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》すら倒せないぜ」
「ご心配無用です。この子が召喚されたことによって、未来への道筋は整いましたから」
「ほお。見せてもらおうじゃねえか、その未来ってやつを」
「あたしはカードを1枚セットして、ターンエンドです」
「…………はあ!?」
図らずも、神路とリアクションが被ってしまった。
自信満々な態度をしていたのに、彼女があっさりとターンエンドを宣言したからだ。
「おい、どういうことだよ」
あまりにも驚いたので、僕はつい双橋に声をかけてしまった。
彼女に動揺している気配は見受けられない。僕と目を合わせるとにっこりと微笑んで、その場で一回転をした。チェックのスカートがふわりと空気を含んだ。
どうやら、はったりではないらしい。
「大丈夫ですよ、御影さん。あなたの弟子が負けるわけありません」
「くそ、バカにしてんのか、お譲ちゃん! そんな大見得切られたら、嫌でもそのリバースカードが怪しいってわかるだろうが」
神路が怒るのも無理はなかった。
この状況なら初心者であっても彼女が伏せたカードを警戒するに決まっている。僕の推測が当たっていれば、《フューチャー・アクセル》が仕込まれているはずだ。
「バカになんてしてませんよ。御影さんのポリシーを受け継いで、いつだって真剣にデュエルをしています。それより、あなたのターンですよ。カードをドローしたらどうですか?」
「ふざけやがって、とっとと消しと飛ばしてやる。俺のターンドロー!」
1枚の手札を得た神路は、そこで腹を抱えて笑い出した。引いたカードがよっぽど状況に即したものだったのだろう。
おそらく、双橋が出したリバースカードを無力化できるものだ。
「あははははははは! 見ろ! 俺が引いたカードは《サイクロン》だ! このカードでお譲ちゃんのリバースカードを消し去れば、あとは攻撃して終了だ。どんなカードだかは知らないが、その目論見は破綻したな」
「それはおめでとうございます」
「……あん? なんでそんな冷静なんだよ」
「あなたが何を引き当てようと関係はありません。すでに未来への道筋は完成しているのです」
「負け惜しみってやつか」
「違います。あなたの《サイクロン》にチェーンしてリバースカードをオープンします」
「ああん⁉︎」
「速攻魔法、《フューチャー・アクセル》。自分フィールド上に、エクストラデッキから特殊召喚された《F・A》モンスターが存在するとき、ライフを半分払って発動します。フェイズをひとつ宣言し、このターンの宣言したフェイズをスキップします」
フリーチェーンのカードなら、どのタイミングで発動しても問題ではない。
もちろんこの状況でスキップの対象とするのはバトルフェイズが最適であり、実際に彼女もそれを宣言した。
勝利を確信した瞬間に逃れられてことで神路は寂しそうにしていた。夕暮れの風が彼の髪を揺らす。
「だ、だけど! たとえ戦闘が行えなかたとしてもその場しのぎでしかないじゃないか。次のターンになればまたバトルフェイズができるんだからよ!」
「言ったじゃないですか。より良い未来に進むためには現状維持ではダメなんです」
「次のターンで逆転できるとでもいうのか? やれるもんならやってみやがれってんだ。ターンエンド」
「エンドって言いました?」
「あん? そう言ったよ」
瞬間、彼女は僕の方に目配せを送り、おまけでウインクをした。
そしてデュエルディスクを操作する。
「この瞬間、《F・Aスラッシュ・ジャイロ》のモンスター効果が発動します。相手ターンのエンドフェイズ時にフィールド上の相手モンスターを1体破壊して、その攻撃力分のダメージを相手ライフに与えます」
「はあああああ!?」
その悲鳴の声に乗るようにして、《スラッシュ・ジャイロ》に担がれていた武器が宙を舞い、ぐるぐると無駄な起動を描いて《サイバー・エンド・ドラゴン》に直撃する。
派手な衝撃音とともに爆発が起こり、屋上一帯は粉塵に包まれた。
「うええええええ!」
また神路のデュエルディスクが音を発した。
それはライフポイントがゼロになったことを知らせるものだ。
デュエルは双橋の勝利で幕を下ろしたらしい。
「やりましたよ! ばっちり観いてくれましたか、御影さん!」
ガッツポーズで跳ね回る双橋に適当な返事を返しつつ、僕は神路の方を気にかけた。
彼の姿はちゃんとそこにあった。
崩れ落ちているけれど、それは問題ではない。
「嘘だろ……俺が御影以外のやつから黒星を取られるだんて…………」
なんだから成仏してしまいそうでいたたまれない。
まあ、しかし。これをきっかけに、彼が僕に拘ることをやめてくれれば、それで御の字になる。長い人生なのだからいつまでも同じものに縛られていては勿体ないのだ。それは友情だったり恋愛だったり、あるいはデュエルにさえ言えることだった。
デュエルから解放された僕が次に取り付く島は見つかっていないけれど、空白をキープすることは決して無駄なことではないだろう。
まあ、とは言っても、たまにはこうやってデュエルの観戦をするくらいなら罰は当たらないかもしれない。
なんて――
彼女の笑顔を見ているとそう思もえてしまう。
「御影さん、勝利の記念に写真取りましょうよ!」
「はしゃぎすぎだろ」
「いいじゃないですか、一戦一戦を大切にするのが御影さんの信条だったじゃないですか」
「そうだったっけ?」
「さあ、神路さんも一緒に……って、あれ? 神路さんがいなくなっていますよ」
半分になった夕日が照らす屋上には、二人分の影しか残っていなかった。
ていうか、敗者に記念撮影を求めるなよ。
どんな罰ゲームだ。
「気にするな。負けたのがよっぽど堪えたんだろうさ」
「そうだったとしても、挨拶もなしでいなくなるなんて酷いじゃないですか」
「あいつはそういうやつなんだよ。そんなことよりも、僕たちもそろそろ帰ろう。よかったらどっかで夕飯でも食べていこうぜ」
「賛成です。あたしずっとこの時代の料理が食べてみたかったんですよ」
「あん? この時代って……」
「おっと、失言です。この地域の料理を食べてみたいかなぁ、なんて」
「ふーん」
「ほ、ほら、そうと決まれば膳は急げですよ! オススメのお店を紹介してください」
「ああ。口に合うのかはわからないけど、僕のとっておきを紹介するよ」
「はい、よろしくお願いします」
ガシャリ。
校舎内に戻ろうと、出入り口のドアをあけようとしたところで不吉な音が鳴った。さっと、自分の頭から血の気が引いていくのがわかった。首筋から流れた嫌な汗が、シャツの繊維を縫うように背中まで走って悪寒に変わった。
「あの、どうかしましたか御影さん」
「やばい」
「はい?」
「鍵を閉められたみたい」
――デュエリストって。
どこまでも子供みたいなやつらなのだった。