遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト―   作:Rさん

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真夏のデッドライン 後編 001

 

 

 

 生徒会長に対して僕が抱いている印象を一言でまとめるとするならば、『嫌な奴』と語る他にない。

 これは冗談でも、ましてや照れ隠しなどでは断じてない。

 弱者の救済者であり才色兼備を着飾った彼女に対して反発意識を持っているだなんて知れ渡った日には、影で暗躍していると噂されている生徒会長ファンクラブの面々や、雑務を丸投げして楽をもらっている教師たちからは殺傷能力の備わった視線をぶつけられてしまう恐れはあるのだけれど、小声ながらも心の底から、彼女に対して並々ならない嫌悪感があるのだと主張させていただきたい。

 もっとも彼女は底知れぬ良い人であり、落ちこぼれからさらに落ちこぼれたような存在であるこの僕に対しても、とても親切を働いてくれている聖人君子なので、彼女からすると勉強を教えてたり弁当を作りったりと常に尽くしているのに、それらについて嫌悪感を持たれるいわれはないのだろうし、実際に僕が彼女に対して悪い印象を抱くことがそもそも間違いであることはしっかりと自覚はしているのである。

 恩を徒で返すというか。

 落ちこぼれが落ちこぼれである由縁というか。

 とんだ筋違いというか。

 理性ではダメなことだとはわかっているのだけれど、僕が彼女から好意的な行為を積まれる度にそれらは決まるべきところに決まらず、収まるべきところへは収まってくれず、反発作用をともなってどうしようもなくなり、胃の嫌なところに焼き付いてしまうのである。

 仮に木実近恵美の甲斐甲斐しい世話焼きの一面が僕ではなく、他の人物に向いていたとするならば、あの子は聖人だとか天使だとか評していたことだろう。

 人事だったならば、僕は彼女を受け入れることができていたし好意的に見ることができていたのだ。なんなら生徒会長ファンクラブに入会してやるのもやぶさかではない。

 現実というのはなかなか厄介なもので、思い通りにはどうしたってことが運んでくれないし、むしろ望まない状況にたたき込まれてしまうのが世の常である。人付き合いは物理の法則とは違う。S極とN極が必ずしも引かれあうわけではない。S極とN極が反発してしまうことだってあるし、S極同士が何かの間違いで引っ付いてしまうことだってあるのだ。

 理屈ではない部分において僕と彼女との相性は最悪だ。

 きっと彼女の方は僕に世話を焼くことによって満たされるものがあるのだろうけれど、それはまったく逆の効果を伴って僕の中に落とされていく。

 もしも僕が『鈍い人』だったのならば、きっと彼女が世話を焼く意味を考えこともせずに、美少女に寄生されているという事実に浸ってのうのうと流されて生きていたことだろう。彼女の人生設計にもと付いて難関の大学へ進んで一流企業に身を置いて、美人で有能な彼女と一緒になって優越感にまみれた人生のゴールみたいな極地へ誘われていたことだろう。

 しかし、残念ながら、どうやら僕にはそんな生き方はできそうになかった。彼女と出会った当時ならそんなビジョンを想い描きながら未来の幸せを信じて勉強という茨の道に進むのも悪くないと思えたことだろう。

 彼女の真意に気づいてしまったから。

 もともとの相性が良くなかったから。

 夢物語を想い描くにはちょっとばかり想像力が足りていなかった。

 幸せな日常はいつまでも続かない。いつか必ず変化は訪れるし、終わりは人生の付き物だ。

 明日宮雅にそそのかされたからではないにしても、終わってしまう前に終わらせてしまうことがこの場合の最善手だと思う――最善手であって欲しいと思う。

 勘違いしてもらいたくないのは、僕と彼女との関係は相容れないものではあるのだけれど、それは決して僕と彼女が対極に位置しているわけではないということだ。

 発想の逆転。

 磁石のS極同士。

 つまるところ、僕と彼女はどうしようもなく似たもの同士だ。

 ならば僕が彼女に抱いているどうしようもない嫌悪感の正体は、きっと同族嫌悪なのだろう。

 

 

 祭りは終盤に向かっていた。

 辺りを包んでいた騒がしい明かりは、ぽつぽつと畳まれていく出店の数に比例しておとなしくなっていく。買い食いや催しものを楽しんだ人々は最後に残ったメインイベントを堪能するために無骨な石段に足を掛け、山の頂上へと向かっているようだ。

 メインイベント――打ち上げ花火。

 メインイベントの打ち上げ花火なんて聞くととても大規模に思えてしまうのだけれど、生徒会長から聞いた話ではそれほど大々的なものではないらしい。実際、花火を目当てに遠方から足を運ぶような人は見られないし、テレビの中継が入ってくるようなこともない。小規模な打ち上げ花火をメインにもってくるなんて随分と寂しいことである。

 まあ、今はそんな町内のちっぽけさに感情を動かされていても仕方がない。僕に与えられた時間はごくわずかなのだ。無駄な思考に時間を使っている余裕なんてクリボーの攻撃力ほどもない。

 限られた時間の中で僕がなさねばならないことを道筋を立てて想い描く。

 まずは物品の入手、そして生徒会長とふたりっきりの状況を作ること、なのだけれど――

「どうしたものかな」

 するべきことは明白で、他に考えることなどなにもないのだけれど、どうしても意識がぼんやりと宙を泳いでしまう。

 石段で列を成している人の群れを少し引いた位置で眺めながら、暗雲たる気分を何とかごまかせないかとラムネのビンを傾けてみた。

 ビーダマが飲み口を塞いでうまく喉を潤してくれない。昔からラムネを飲むのが下手なのだ。いや、ラムネだけではない。何をやっても人よりうまくやれる事柄に思い当たる節はない。勉強だってスポーツだって人付き合いだってそうだ。生まれながらの劣等性であり、拭い去ることのできないワーストを背負っているのが僕だなのだ。

 そんな負けてばかりの劣等感と戦い続けているどうしようもない僕なのだけれど、唯一得意だと言えるものがあった。

 それが――デュエルモンズターズだった。

 とはいえ、正直なところデュエルモンスターズの才能があると思ってプレイしていたわけではない。得意不得意に関わらず、浸っていて楽しいと感じたことがあるのは後にも先にもデュエルモンスターズだけだった。

 好きこそものの上手なり――その頃の僕はその言葉を鵜呑みにしていたのだ。

 親に押し付けられる勉強三昧の日々嫌気がさした僕が、逃げた込んだ先が娯楽――つまりはカードゲームだったのだ。

 授業をおろそかにして塾をサボって、神路や他の友達とデュエルに満ち溢れた毎日を過ごした。今思い返せばそれは現実逃避に他ならない。

 デュエルという遊びに時間を使っている間は、勉強だとか劣等感だとか親の痴話喧嘩なんかを忘れられたのだ。最高の日々だったとはいい難いけれど、最適な日々をすごしているという自覚はあった。

 まあしかし、当然というか宿命というか、時間は移ろいでいくもので、永遠に続くと思っていた青春とも呼べる日々は、あっという間に過ぎさり、他のことをおざなりにしてデュエルと共に歩んでいた僕は、いつの間にかデュエルモンスターズの大会で優勝していた――それと同時に学校の成績は地に落ちて、両親とのズレも最低なものとなった。中学に上がる頃には家から摘み出され、祖父と祖母の他界をきっかけに一人暮らしを迫られ、現在の高校生活に至るわけだ。

 得る物のわりに失うものが多すぎた。

 親の束縛から解放されて気楽に生きていけるのだから、今となってはありがたくはあるのだけれど。

 けれど――

 けれど自由すぎて、ちょっぴり不安だ。

 高校生になった現在、親からの仕送りは生活に必要なレベルでは支給されているけれど、それもきっと早い段階で途絶えてしまうことだろう。だから僕はデュエルなんてしている場合ではなくて、勉強とか進学費を稼ぐとかそういうことに必死にならなくてはいけないのだ。

 なのにいつまで経っても何も進まない。

 焦りと苛立ちだけが、時の壁ともに迫ってくる。

「……取りあえず現状をどうにかする方が先か」

 花火を予告するメガホンのアナウンスにより、僕は我に返って現状と向き合った。

 とにもかくにも祭りが終わるまでになんとか案件を片付けなければならないのだけれど、肝心のパーツが足りていないのだ。条件のひとつを揃えるためには祭りの会場である現在地から離れる必要がある。つまりは山を降りてカードショップを目指すのだ。

 必然か偶然か、僕の手中には五枚のラッキーカードが揃っていて、生徒会長との関係性を整えるための一番簡単な方法は彼女と一戦交えることなので、要するに五枚のカードをデュエルディスクへと引き換える必要があるのだ。

 そうなると問題は時間である。

 仮に山を駆け下って目的の物を手に入れて休むことなく全力疾走でこの場所に戻ってきたとしても、次は行方知らずの生徒会長を人ごみの中から発掘するという大仕事が待ち構えている。

 どう考えても祭りが終了するまでには時間が足りなかった。

 今も運を頼りにして人が集まる石段を目を凝らして見張っているのだけれど、目に入ってくるのは浴衣姿のうなじばかりで、見知った黒髪の彼女を捕捉するすることができていない。もう既に山の頂上で待機していて、人混みに紛れながら花火が始まるのを待っているのかもしれないし、人が密集しているのが嫌で花火を無視して帰宅してしまった可能性も危惧できる。

 携帯電話の電波マークを何度確認したところでアンテナが立ち上がることはない。

 こんな八方塞がりの状況に陥るとわかっていたのなら、前もって計画を組み立てておけばよかった。

 明日宮だって明日宮だ。こういうことをさせたいのであれば、ある程度余裕を持って忠告してくれればよかったのだ。そういう気遣いをしていてくれたのならば、こんな忙しない状況へと追い込まれることはなかったのに。

「…………」

 いや、人に責任を押し付けて現実逃避を加速させるタイミグではない。

 時間に余裕がなくなってしまったのは全部僕自身が悪いのだ。時間を有限と勘違いして、やるべきことから目を逸らしていた。すべての原因は僕にあり、僕が主犯格になって片付けなければならない案件なのだ。明日宮はその手伝いをしてくれているだけなのであって、憎むべき相手ではない。

 だからこの逸る気持ちは罰であり、額から流れる冷や汗は罪の証だ。

「やれることをやるしかないか」

 とにかくこれ以上考えることに時間を使っているわけにもいかないので、僕は意を決して、間に合わなくてもいいからとにかく今の自分ができる最大限の努力をするために、山を降りることにする。花火が打ち止めになる前に戻ってくるためには、手足が振り千切れんばかりの気合を覚悟しておかなければならない。

 飲み残したラムネのビンを出店の店主に回収してもらって、気息付けにその場で深呼吸をした。

 覚悟を決めるとすんなりと心が冷静になってきた。

 鈴虫の鳴き声が茂みから耳に入ってくる。太鼓の音やラジカセから流れてくる和風のBGM、そして祭りのテンションに当てられた浮ついた人たちがほとんど山頂へ出払ったから、自然の音色が濃くなったのだろう。

 そういえば――

 そういえば、僕は何に対しての覚悟を決めたのだろう。

 山を下るための覚悟か、それとも生徒会長と向き合う覚悟か。

 はたまた――デュエルすることへの覚悟なのか。

「おっ、岬野じゃねーか。ようやく見つけたぜ。……いや、岬野じゃなくて遊凪だったけか? ややこしーなほんと」

 覚悟と向き合って、明かりから遠ざかろうとしたタイミングで、見知った女性と鉢合わせた。

 先ほど出会ったときとは違いエプロンをしておらず、隠れていたTシャツとホットパンツが露になっていて、目を引く長方形のダンボールを小脇に抱えていた。

 僕が小脇という単語を頭の中で反復させながら、舌先だけの適当な返事を返すと、呉羽美香子は派手な色の髪で作ったポニーテールを揺らしながらどうでも良さそうにあくびをこぼした。

 普段から眠気を抑えて生活しているような彼女ではあるけれど、今回は眠いというよりも疲れているというように思えた。

「ずいぶん気が抜けてるみたいだけど、なにかあったのか?」

「なにかあったもなにも、お前の連れのせいで出店のバイトを首になっちまったじゃねえか」

「あー、なるほど」

「もっとも祭りは今日だけだし、日給はちゃんと払ってもらえたから途中で仕事抜けられてラッキーって感じではあったけどよ。バイトが長続きしないって経歴がまたひとつ刻まれちまったと思うと憂鬱になるってもんだろ」

「きみでも憂鬱になることあるんだね」

「なにを当たり前のこといってんだ? なんなら年中憂鬱してるっての」

「意外っていうか、ごめんって感じだね。喜四郎が迷惑かけてこともあわせてあやまるよ」

「あん? 喜四郎ってのは誰のことだ?」

「さっき呉羽が喧嘩してた相手のことだよ」

「あの金髪坊ちゃん頭野郎か。次あったら坊主に刈ってやるからな」

 剣呑な発言を他人事のように聞き流した僕は、ふと疑問に思ったことを話の繋ぎにするような軽い気持ちで追求してみることにした。

 もしかしたら呉羽がデュエルのとき以外で眠そうにしているのは彼女が自己申告した年中憂鬱な気分に起因しているのだろうとかそんなことを考えながら脳をマルチタスクに切り替えて、

「そういえば、呉羽は勉強するためにデュエル辞めるって言ってたけど、こんなところでバイトしてて良いのか?」

「ん?」

 まぶたに溜まった眠気に起因したであろう涙を拭いながら、珍しいことに呉羽は驚いたように――罰が悪いように目を泳がせた。

「いや、まあ、あれだ。ずっと勉強してるのも限界があるからな。ちょっとばかし息抜きというか、文字通り一日限りのこづかい稼ぎってやつだよ。遊凪だって同じことしてただろ、カードショップでさ」

「確かに、勉強に集中するっていっても一日中ってわけにもいかないもんな」

「そうそう、どんなことでも一日中できるってわけでもないしな。適度に休憩を入れたほうが結果的に効率が上がるってガリ勉のダチが言ってた」

 確かにその通りに思えた。

 しかしながら、休日を入れることによって体や頭が怠けてしまって逆に次に始めるときに効率が低下してしまうなんてこともある。今だって夏休み明けを想像しただけで僕の脳は拒否反応を起こしそうだ。

 個人的な見解ではあるのだけれど、どちらかというと呉羽は休憩しないほうが効率よく勉強できるのではないかと思える。まあ、休んでしまった後で言っても気分を悪くするだけだと思うので空気を読んで余計なことは口走らないけれど。

「あっ、カードショップで思い出したけど、これ遊凪に渡して欲しいって頼まれてたんだ」

 と、呉羽は小脇に抱えた薄型の長方形ダンボールをこちらに向けた。

 ダンボールの側面にはキャンペーン用限定デュエルディスクと書かれていた。

「えっ、これはいったいどうしたんだ?」

 予想外の出来事にはうまく反応できないのが僕だ。願ったり叶ったりというか棚からぼた餅の事態を前にして、脳に向かうエネルギーが逆流を起こし思考回路に不具合が発生。結果、状況がうまく飲み込めない。

 戸惑いを隠せない僕とは対照的に呉羽の表情は明るくなっていた。年中憂鬱の対象外がデュエル以外で発生したらしい。

「いやさ、カードショップの店長さんに会ってよ。遊凪にこいつを届けるように頼まれたんだ」

「カードショップの店長……」

 思い当たる人物がいないわけではない。

 ジーンズにポロシャツ、セミロングの髪に泣きボクロを備えた人物の垂れ下がった目元を思い出しながら、差し出されたダンボールを疑心と恐怖に震える手で受け取った。

 箱を含めた重量でも見た目ほど重くはなく、むしろ軽いようにさえ感じられた。僕がデュエリストだった頃に所有していたデュエルディスクは初版に当たるもので、それを基準としてあるていどの重量は覚悟していたのだけれど、現代のものは改良されているらしく、良い意味で想像を凌駕していた。

「いや、違う。おかしな状況が続き過ぎて不自然だ。どうして呉羽がデュエルディスクを運んできたんだ? そんな鴨がネギを背負ってきたみたいな展開があっていいのか?」

「人のことを鴨とか言うんじゃねえよ。叩くぞ。親しき仲にも礼儀ありだ」

「あっ、口が滑りましたごめんなさい」

 気が動転して意味が微妙に合っていない諺を使った挙げ句、冗談に見えない呉羽の目つきに慄いたて、土下座に近い格好で頭を下げる僕だった。

 ある程度彼女との距離も縮まったし、今回は凶器も所持していないようだったから口元の気が抜けていたのだ。

 親しき仲にも礼儀あり。

 口は災いの元。

 肝に銘じておこう。

「でも、本当にどういう流れで呉羽がディスクを持てくる流れになったんだ? まったく繋がりというか、裏が見えるようで見えてこないんだけど」

「裏なんてねえよ。アタイがバイトを首になったあと気晴らしに祭り会場を徘徊してたらさ、カードショップの店長だって女からバイトの話を持ちかけられたんだ」

「バイト?」

「バイトだよ。遊凪にこいつを渡すだけの簡単な仕事さ。こんなボロい仕事で出店より給料よくってさ、もう笑いがとまらねえぜ」

 お金が絡んで話題のおかげか憂鬱が緩和されているらしい。彼女の眠っていた表情筋が一瞬だけ目覚めた。

 はてさて、それにしてもこれは偶然で片付けるわけにはいかなくなってしまった。偶然もなにも裏で手を回している人物が露骨に浮き出てしまったのだから、勘ぐるなと言われても無理がある。

 思い出すのはいつぞやのノースリーブ行き倒れ少女が口にしていた言葉――悪の組織には気をつけろ。

 当初から違和感を抱いていたが、通りがかっただけの客に店番を任せるような人間はどこからどう考えても怪しいやつに分類されるだろうし、そうでなくとも、いまこのタイミングでデュエルディスクをよこしてきたあの人物はどう考えても正常ではない。

 僕の周りには達観したような思わせぶりなやつらが潜めいているけれど、ここまで直接的に介入してくるとは珍しいことだ。

 明らかに正体を隠すつもりがない。

 挑発と受け取っても間違いではなさそうだ。

「あっ、しまった。店長には秘密にしておいって頼まれてたんだった」

「…………」

 一応、こそこそと隠密に段取りを運ぶつもりがカードショップの店長さんにはあったらしい。

 人選ミスにより思わぬ形で真実を暴露されてしまっている。

 いや、あるいはこれも彼女の意図したことなのかもしれない。

 なんにしても、周囲に踊らされている僕の人生に狂いはないか。

「それで、呉羽。このデュエルディスクは確か受け取らせてもらったけれど、僕はこのカードを渡しておくべきなんだろ?」

 言って、僕はポケットから五枚のカードを取り出した。

 もちろんデュエルモンスターズアイスバーに付属していた限定ディスクとの引換券である。

「えっ、ああ。確かにカードを回収しろとも言われてたな。どっちでも良いみたいなこと言ってたけどさ」

「どっちでもいいって?」

「どっちでもいいてよ。回収しても回収しなくても、なんならアタイがねこばばしても問題ないようなことを言ってたな。冗談なのかもしれねえけどさ」

「そうなのか。でも、このディスクはこのカードと引き換えにして貰える限定品なんだぞ。それをどっちでもいいってのはカードショップとしてはどうなんだ?」

「さーね。しらねえ。まあ、カードは預かっておいてやるよ。もちろんねこばばをする気はねーよ。今度カードショップの近くを通ったら渡しておくさ」

「そうしてもらえると助かるよ」

 五枚のカードを呉羽に渡しながら、僕は考える。

 大人の事情はよくわからないけれど、キャンペーン用のデュエルディスクを簡単に渡してしまっていいものなのだろうか? 供給している会社に怒られたりしないのだろうか?

 そもそも、このデュエルディスクは本当にキャンペーン用のデュエルディスクで間違いないのだろうか。中身がすりかえられているか、それ以前にパッケージから自作して作られたものである可能性もある。

 わからないことが多すぎるし、どうしたって不安要素を除外しきれないのだけれど、悔しいことに、どうしたって僕はこれからこのデュエルディスクのお世話にならなければならないのだ。深く考ない方が精神衛生上の観点から見れば正解だ。

「自分で言っておいてなんだけど、ホントはさ、あんまり行きたくねえんだよなカードショップにはさ。デュエルを引退するなんて息巻いた手前な。それにあの店長は苦手なんだ。アタイがデュエルモンスターズ引退したつってのに、しつこくカードゲームの魅力を語ってきやがるんだ。宗教の勧誘みたいでさ、たまったもんじゃねーぜ」

 気前だけはよかったけどな――と呉羽は吐き捨てた。

 

 

 

 

 運良く、デュエルディスクを入手することに成功した僕は呉羽と別れて次なるミッションに挑戦していた。

 件の生徒会長探しである。

 しかし、このミッションもどうやら心配していたほど難しいものではなかったようだ。祭りの中、人混みは山頂へと集約していくものだからてっきり生徒会長も人波の中に紛れ込んでいるものだとばかり思っていたのだけれど、実際の彼女は出店がある山の中枢で呑気にたこ焼きを頬張っていたのだ。売れ残ったものを貰ったらしい。美人は役得である。

 浴衣を腕まくりして付けられていたデュエルディスクが違和感と共に存在感を示していた。

 どうやら彼女、双橋との神経衰弱大会での決戦のあと、遊びでは勝敗をつけられないからと祭りのメインイベントの存在を忘れて今までデュエルにふけっていたらしい。

「でもね。遊奈ったら、花火のことを思い出した途端に、私を置いて走って行っちゃったのよ。花火は初めてだから見逃したくないんだって。今時そんな子いるものなのね」

「よかったよ。ちょうどキミとふたりきりで頼みたいことがあったんだ。浴衣にデュエルディスクの組み合わせは案外似合うね」

「そう? 浴衣に皺が出来そうだから外してしまおうと思っていたところなのよ。格好と言えば、あなたのセンスのないTシャツと大きなダンボールはどうしたの。あっ、いえ、それよりも頼みってなに?」

 話しながら歩いているうちに祭り会場から離れて人気のない公園へ戻ってきたタイミグだった。月明かりが頼りの薄暗い空間だ。

 僕は生徒会長と向かい合った。

 生い茂った雑草が足首に届いていてむずむずと神経を刺激した。僕は虫嫌いというわけではないけれど、気づかない内に蟻とか蜘蛛とかが身体に付いていたら叫び声をあげたりするタイプだ。

 一応、蚊除けのスプレーを吹き付けてはいるが、視線がついつい足下に寄ってしまうのは本能的なものなので意識は散漫してしまう。

 決して――

 決して、生徒会長と顔を合わせたくないわけではない。

「生徒会長。僕とデュエルしてよ」

「……えっ?」

 と、驚いたというよりは信じられないというふうに、彼女の瞳孔が開いた。

 それも無理はない。

 彼女の中にある遊凪御影という人物象は『デュエルをしない人』と認識を確かなものにしているだろうから。

 双橋遊奈からいくらデュエルをするように計らわれても、それを頑なに回避していた僕なのである。

 それなのに、今更急にデュエルディスクを向けられたとあっては、生徒会長が取り乱してしまうのも無理はない。

 いや、――生徒会長じゃない。

 木実近恵美としては取り乱さずにはいられないのだろう。

「なんで急にデュエルしようなんて言い出すの? 今までいくら遊奈に誘われたって頑なに断ってたじゃない」

「どうしてデュエルを、か。そうだね僕だって本当はデュエルなんてしたくなかったし、できればカードと関わっていたくないよ」

「それならどうして?」

「木実近恵美、キミのためだよ」

 僕は言う。

 それは忠告でもなければ警告でもない――宣告だ。

「木実近恵美。キミの人生計画を壊してやるよ」

 

 

 

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