遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト―   作:Rさん

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真夏のデッドライン 後編 002

 妹ちゃんの証言によると、木実近恵美は負けず嫌いの発展系だ。

 幼少の頃、今の僕のように何事においても負けに負け続け落ちに落ち続けて、いわゆる落ちこぼれだった彼女は、妹の影の力添えがあったおかげで現在の地位にまで登り詰めたのである。

 成金のように底辺から這い上がってしまった彼女は、無意識の内に負けることを恐れ、弱者を憂うようになったのだろう。

 それは一見すると素敵なシンデレラストーリーではあるのだけれど、世間の認識と彼女自身の世界には食い違いがある。

 負けを恐れるというよりは負けることをトラウマとし、弱者を憂うというよりは弱者からマウントを取ろうとしている。

 彼女と出会った当初はわからなかったが、日々の生活の中で価値観の違いというか、認識のずれがあることに気づいた。はじめに思った違和感は、同級生に勉強を教えられるほどの成績を持っているはずの彼女が、どうして落ちこぼれである僕と同じ高校に通っていることだ。

 経済状況や親の事情とかが関係しているのではないかと当初は思っていたけれど、定員割れを起こすような高校を間違っても選ぶような人では、木実近恵美はない――いや、むしろはそうすることが彼女らしいと、この場合は言うべきか。

 違和感の答えはいつだって彼女自身にあったのだ。

 常日頃から何事に対しても全力取り組まず、歩幅を落として余力を残している――優劣が生まれる事柄には例外無く。

 どんなにすぐれている人間でも状況によっては負けてしまうことがあるように、彼女だって万能ではないので、どんなに成績がよくても、山勘野郎にテストの点で負けてしまうことだってあるのだ。

 負けをトラウマとしている彼女。

 ちょっとテストの点で負かされただけで、御厨いわく、鬼のような形相で睨みつけるのである。

 睨み付ける――それは彼女にとっての敵意の表し方と周りには認識されている。彼女の狂気的なその片鱗を僕は一度だけ目にしているけれど、御厨の脅え方から察するに、彼女の狂気はまだまだ僕の知らない領域まで広がる余地がありそうだった。

 双橋のように運良くライバル認定を付けられれば行幸なのだが、そうならない場合の方が圧倒的に多い。

 さて、ここで問題視するべきなのは、彼女の精神面だ。

 精神面。

 世間と彼女自身との認識の齟齬。

 木実近恵美は妹ちゃんが言うところの負けず嫌いの発展系だ。

 負けた相手を敵視して、冷たい態度――というか睨みつけるほど憎んで、その相手を越えようと努力する。

 でも、それはたぶんちょっと違う。

 睨むのは何も敵意を表す時に使うだけではなかったはずだ。

 木実近恵美の睨みの本質は、脅えだ。

 負けたことで胃を痛めて、勝つことで安心感を得ている。

 そして、負かされた相手を睨みつける程度で済ませられるのは、彼女が常に全力を出していないからだ。

 自己保身。

 胃を痛める程度で済ませるための手段。

 自分自身で、『負けてもおかしくない状況』を作りだしている。

 テストの点数で負けてしまったのは、遊凪御影の面倒を見ていたから、勉強に当てるはずだった時間を適切に使えなかった。などと、そんな風に、負けることによる精神的な負担を和らげる為に、自我を保つための言い訳を、保険として彼女は付けているのだ。

 それは負けず嫌いの発展系の特徴でもあり、肝要な要素である。

 負けず嫌いな人間がよくやることだ。『負けたのはあれがわるかったから、あれをしていたら勝てていたのに』と言い訳を口にするように。

 実力では勝っている。

 運がなかった。

 体調が悪かった。

 逃げ道はいくらでも作れる。

 プライドや尊厳を守るために言い訳を並べたてる人は珍しくはなく、木実近恵美もその負けず嫌いの例外に漏れず、己の心理状況を正常に維持する為に言い訳を繰り出す。

 典型的な負けず嫌いではあるのだけれど、特殊なパターンではある――負ける理由を結果に先回りして、あらかじめ用意している。そこが彼女が負けず嫌いの発展系と呼ばれる本当の由縁なのだと思う。

 例えば、身の丈よりも随分レベルの低い高校へ進んだのだって、受験に失敗したときのことやハイレベルな学校で上位の成績を維持できなかったときのことを考えた結果なのだ。

 言い訳のための言い訳だって容易に用意できる。

 家から近いとか学費が安いとか、友達が同じところに通うからとか。などと、納得出来るそれっぽい理由を作って、木実近恵美は勝負から逃げ、負ける確率が比較的に少ない青峰高校へと逃げ込んだのだ。

 それだけ必死になって、プライドの逃げ道を作っても、稀にテストで負けることがあるのだから、名門校なんかに通っていた場合には、ストレスフルな高校生活が彼女を追い詰めていたことだろう――結果として彼女の自己保身のスキルは有能な働きをしてくれているわけだ。

 生徒会長へ立候補したのだって、他に候補がいなかったから、落ちている勝ちを拾いにいったに過ぎずない。

 もし仮に、他の生徒が生徒会へ立候補していたら、彼女は言い訳を作って、手を降ろしていたことだろう。

 ――私は勉学と遊凪くんのお世話で忙しいから、生徒会なんかに使う時間がないの。

 ――生徒会長は三年生がお似合いよ。私が出張る場面ではないわ。

 そんな言い訳を並べて、選挙から逃げるための口実を作っていたに違いない。

 まあ、結局のところ、運良く立候補者は現れず、競走馬のいない選挙レースで生徒会長の座についてからも、木実近恵美の負けず嫌いは収まることはなかったわけだ。

 僕が生徒会の仕事を手伝うと申し出た時も頑なに拒否をしていたのは、単に彼女が優しい性格をしているからであるというわけではない。

 ただの雑務であろうとも――ただの雑務であるからこそ、負けてしまう可能が拭い去れないのである。

 勉強とは異なり、ちょっとした雑用ならば、才能や努力は介入せず、万が一でも自分より効率敵に仕事を進められる人間が存在していても不思議ではない。だから負けず嫌いの発展系である彼女は他者を同じリングの中に入れようとしなかったのだ。

 彼女は僕の申し出を断った。

 仕事から――勝負に変わってしまうから。

 勝敗が付いてしまうから。

 優劣が生まれてしまうから。

 勝ちたいわけではなく、負けるのが嫌。

 それが彼女の本心であり、木実近恵美のアイデンティティだ。

 徹底した逃げ道クリエイター。

 だからこそ。

 だからこそ――僕は彼女に選ばれた。

 それは単に僕が落ちこぼれだったからというだけの簡単な話では済まない。成績が悪いだけの生徒なら他にもいくらでもいるのだ。あまり明確に示してしまうのはなんだけど、僕なんかより成績が悪くて素行がダメで顔が良くて根が優しい奴なんていくらでもいるのだ。

 けれど彼女は僕を特別扱いするのである。

 その理由は単純で明快。

 ずばり、僕がデュエルをしなかったからである。

 成績が悪くても。

 素行がダメでも。

 顔が良くても。

 優しくても。

 デュエリストだった時点で、彼女は特別視の対象から候補を外すのである。

 デュエルは勉強やスポーツなどとは違う。

 普段の努力がそのまま成果となって現れる競技ではなく、どんなに強いカードを積み込んでも、どんなにセオリーを学んでも、どんなに時間をかけてデッキを構築したところで、負ける可能が消えることはないのだ。

 場合によっては、上級者が初心者に負けてしまう可能性も生まれる。

 長年追い続けて、生活費を削って強いカードを集め、実戦の中でセオリーを学び、至高のデッキを組み上げて上級者と呼ばれるようになったところで、デッキ同士の相性や引きの強さに左右されれば、初心者と対等の戦局を強いられることになるだろう。

 なにより、初心者と上級者の境目なんて曖昧なものだ。カードプールさえあれば、あとは一定のセオリーを憶え、デッキレシピを入手すれば、誰とでも互角なデュエルはできるのだから。

 勉強やスポーツには底がなく、努力と才能を活かせばいくらでも高見を目指すことができるけれど、しかし、デュエルはある程度潜れば底に辿り着く。

 デュエルには上限があるのだ。

 レベルのカンストが訪れる。

 どこまで行っても遊びであり。

 所詮はゲームでしかないのだ。

 真剣に取り組めば誰とでも対等の勝負に持っていけるバランスが保たれており、桃栗三年柿八年などと言うけれど、八年続けても桃栗しか実らないのがデュエルモンスターズだ。時間を使えば使うだけ強くなれるわけではなく、一定の時間を使えば皆それなりに強くなれる。

 無敗は到底不可能で。

 不公平こそが公平であり。

 不完全こそが完全なのだ。

 しかし。

 しかしだ。そんなある種の欠陥を含んだカードゲームという文化は、プレイしていることが当然であるかのような雰囲気を世間が醸し出していた。

 デュエルしていることが当たり前で。

 デュエルしていないことが異端。

 デュエリストでなければならなくて。

 デュエリストでない者が、敗者だ。

 だから彼女はデュエルモンスターをやっているのだろう。負けず嫌いの彼女が、露骨に勝ち負けが付くようなことをやっているのだから、おかしくなってしまうのも無理はない。傍目にはデュエルディスクを構え合っているようにしか見えなくとも、彼女からすれば、それは真剣で斬り合っているも同義なのである。

 だから、彼女の目には僕が止まったのである。

 デュエルしない人間だったから。

 刀を持ち歩かない人間だったから。

 何事においても自分の上に立たない人間だったから。

「どうして急にデュエルしようなんて言ってくるの? あなたはそんな人じゃないはずよ」

 諭すような口調で、彼女は僕に語りかけた。

 虫の音色が微かに漂う茂みの奥の公園は、彼女の声を強くしているような気がした。

「ダメだよ。デュエルなんてしたら。それをしないのが御影くんのアイデンティティでしょ?」

「アイデンティティ、か。そうだね。デュエルしないことが僕の自己表現であり、デュエルしないことが僕の贖罪だった」

「だったらどうして? 今までだって散々拒み続けてきたじゃない。なのに今更さ」

 双橋と木実近恵美が初めて出会ったとき、双橋が僕をデュエリストに戻そうと躍起になっていると聞いた彼女は、双橋に肩入れしたフリをして僕にデュエルしてあげないのかと疑問符をぶつけてきたことがあった。

 たぶん、それは僕が女の子に迫られたくらいでデュエリストに戻るのか否かを確認するための問いかけだったのだろう。

 あれから時はそれほど経っていないはずなのに、何故だかふと思い出して懐かしい気持ちになってしまった。

「キミを遠ざけるためだって言ったらどうする」

「傷つく」

 驚いているのでも怒っているのでもなく、ましてや悲しんでいるのでもない――呆れているかのように、彼女は態度の中に溜め息を交えた。

「私、なにか御影くんから嫌われるようなことしてたかな」

「いっぱいしてるよ」

「例えば」

「出席日数」

「…………え?」

「出席日数だったら、キミに勝てるかもしれないって思ってたんだ。だけど、盛大に遅刻しっちゃった」

「…………」

 双橋と御来屋がデュエルをしたとき、御来屋が出した提案『けっこんを賭けたデュエル』を双橋がふたつ返事で飲み込んだことにショックを受けて、その日は枕と半日を共にしたのだった。他のことが頭から抜け落ちて、僕が木実近恵美に黒星を付けることのできるもっとも高い可能性を自ら壊してしまっていたのだ。

 情けない話だけれど、本当に出席日数などと、そんな事柄にしか僕は勝機を見いだせない。

 勉強は言わずもがなだし、男子の平均より少し劣る程度の体力では完璧超人の彼女に勝てなさそうだし、美術だろうと音楽だろうと手芸でだって無理だろう。料理はちょっとだけ自信はあったんだけど双橋が言うところの料理下手に該当してしまったらしい。

 まあ、何もできなくて当然だ――何もしてこなかったのだから。

 起源を辿れば、僕が何事にもワーストとなってしまったのはやっぱりデュエルモンスターズが原因だ。全てを投げ捨てて――などと言えば聞こえは良いのだろうけれど――実際のところ、僕は一時期の感情に執着して人生を築く為に必要だったあれこれを全て見落としてしまっていたのだ。

 見逃してしまったというか。

 視界が濁っていたというか。

 昔の方が視力は良かった筈なのに、視界は狭く不透明だったのだろう。

 双橋に気を取られて正気ならぬ勝機を失ってしまったように、過去の僕はデュエルに気を取られて周りどころか先の先まで失いそうになっていた。

 過去の僕が犯した大罪――怠惰は現在に至るまで僕を釈放してはくれない。若気の至りとして執行猶予くらいは欲しかったが、現実は裁判とは違う。デュエルを捨てて、苗字まで失っても、ずっとずっと足枷を外してもらえないらしい。

「遊んでいたら奈落に突き飛ばされるぞってか」

「なによ。急に」

「いや、これはこっちの話だ。独り言だよ。それよりもだ、憶えているか?」

「なにをよ」

「キミは僕が遅刻したとき、口では怒っていたけどさ。顔は笑ってたんだぜ」

「……それがなによ。別におかしなことじゃないわ。本気で説教するような間柄じゃないから、叱りつけるんじゃなくて撫でつけるだけに留めてあげてたんじゃない」

 撫でつける、か。

 やっぱりだ。

 彼女は弱者を可愛がっているわけじゃない。

 ――上から下を眺めてほくそ笑んでいるだけだ。

 弱い者の見方と言えば聞こえはいいのだけれど、それはつまり――人のことを弱者として認定しているってことじゃないか。

 それは人のことを思っての優しさではない。

 やはり、どうにもダメだ。

 どれだけを目を瞑ろうと努力したところで、いくら彼女の言葉を聞き流そうとしたところで、その言動を全てが僕には鋭利な刃物になって体内のいたるところを傷つける。

「僕がキミに勝てることを探してるのと同じように、キミは僕から『負ける可能性のある事柄』を警戒してたんだ。だからあのときキミは笑顔だったんだ。負ける可能性が、ひとつ消えたから。そんな風に内心でマウントを取り合おうとしている僕たちが正しい関係であるはずはないんだ」

 ふーん、とか。

 そんな風な顔を彼女はしていた。

 ちょっぴり怖くて、ちょっぴり魅力的に思えた。

「御影くんはワーストデュエリストのままでいてよ」

「ワーストデュエリスト? どういうことだよ。僕はデュエルモンスターズを引退したんだ。人生においてワーストの部類ではあっても、デュエリストではないよ」

「そんなことないよ。御影くんはワーストデュエリスト。だってデュエリストにとっての敗北はデュエルで負けることじゃないでしょ?」

「…………」

 なんとなくだけれど、彼女の言っていることの意味がわかったような気がした。

 デュエルモンスターズはカードゲームだ。ゲームということは、そこに公平性があるということで、どんなに連敗が続いている最弱なデュエリストであっても場合によっては、どんな相手にでも勝てる可能性を秘めているものだ。

 可能性。

 どんなに弱かろうと、努力しても結果へと結びつかなくとも、続けている限りは勝機はあるのだ。

 上下関係があやふやで不安定。

 人生とは比べものにならないくらい、下克上が容易。

 そんなある種の無限な可能性を破棄することがデュエリストにとって本当の敗北。

 だからデュエルモンスターズに置いてのワーストワンは――デュエルをしないデュエリスト。

「だから、僕はデュエルを辞めたって言ってるだろ。デュエリストなんて関係ないんだ」

「だけど、あなたはデュエルをしようとしてるじゃない」

「それは……」

 まったくもって返す言葉がなかった。あれだけ声を大きくしてしつこくデュエルを引退したなどと言ってた癖に、いざ他に方法が無くなったら結局デュエルに頼ろうとしている。

 デュエルを辞めたい癖に、現状で僕に残された手段はデュエルだけだった。

「矛盾かな、やっぱり」

「御影くんはバカだから、やっぱり自分自身のことも把握できてないんだね」

「ひどいことをいうなよ」

「自分のことは案外、自分ではわからないものよね」

「キミはどうなんだい?」

「ん? 私? 私は……」

 うつろうつろした瞳を斜めに落とし、彼女は、ぶらぶらと浴衣の袖とデュエルディスクを細い腕で振り子にした。

 なんだかとても間違ったことをしているような感覚に陥ってしまう。優しくしてくれる相手に向かって突き放すようなことをしているんだから当然の罪悪感だ。

 だけど、それでも。

 間違った道を進んでいるのだから方向修正はしなければならない。

「間違ってたんだよ、こんなのは。キミは僕で妥協して、僕はキミで我慢するなんて。そんなのは悲しすぎるぜ」

「私は妥協なんてしてないよ?」

「嘘だね。キミは自分の劣等感を抑えるために僕に取り入ったに過ぎない。一緒にいて劣等感を抱かない相手。一緒にいて優越感に浸れる相手。一生見下せる相手――」

 木実近恵美は恋人が欲しかったわけじゃない。

 ましてや人が恋しかったわけでもない。

「――自分の下に敷くための土台が欲しかっただけだろ」

「…………」

 驚いたように目を丸くする彼女だった。

 だけれど、それは驚いているのとは違うのだろう。木実近恵美は周囲からの認識とはずれた人なのだから。

「だったらどうなの?」

 と――

 それはどうしようもないくらいの開き直りだった。

「だったらどうなのよ。足りないものを補うのは当然のことでしょ。歳をとって足が悪くなったら松葉杖に頼るじゃない。同じなのよ。どうしたって安心も安定もできないから、あなたを利用して足場を固めようとしているだけじゃない。それのなにが気にくわないの。あなただって何か支えが必要なはずよ」

 確かに彼女が言っていることは至極もっともだ。

 僕と彼女が仲良くしていることによって、何かしら不都合が起こるわけではない。お互いがお互いの弱点を補い合うのだから、色々と妥協すれば、むしろぴったりの関係性だと思う。

 劣等感を抱かなくてすむ相手が欲しい彼女と、方向性を失った僕と。

 だけど、それでも。

 それは妥協でしかない。

「僕はキミと同じなんだ」

「同じ?」

「負けず嫌い」

 僕の発言を噛み締めるように彼女は数回首を上下に揺らした。そして、「ああ、なるほどね」「そうだったんだね」「とてもそうは思えなかったんだけど」と独り言のように呟いた。

「キミは劣等感に無自覚なのかと思ってたよ。いや、無自覚であって欲しいと期待してた」

「どうだろう。やっぱり劣等感に無自覚な人間なんて存在しないと私は思うよ」

「だろうね」

「ごめんね」

「いいよ。気にするなよ。そうやって素直な言葉をぶつけてくれた方が、僕としてはちょっとだけ気が紛れる」

 そう。

 そうなのだ。

 生徒会長の仮面を被ったまま、偽りの性格で迫って来られる方が何倍も怖いのだ。

 タダより高いものはないってね。

「わかったよ。そうだね。こんなのは悲しいよね。デュエルしよう御影くん」

 ――だけどね。

 と、彼女は続ける。

「勝ち負けなんて関係ないんだよ? あなたがデュエルすることそのものが私にとってはいけないことなのよ。あなたがそれを始めちゃったら私はもう近くにはいられない。怖くて怖くて仕方なくなっちゃうからね」

「僕はキミが怖いよ」

「言ってくれるよね。今までずっと黙っていてくれたくせに。御影くんってさ。そうやって頭の中で物事を処理する癖があるよね。アクションを起こすときはいつだってクライマックス」

「いいや。違うね。こんなのはクライマックスでも山場でもなんでもない。ただのちょっとしたプロローグさ」

「始まってすらいなかったんだね」

「当然だ」

「最期にダメもとで頼んでも良いかな?」

「なんだい?」

「私を助けるつもりで、今まで通りでいてよ。デュエルをしないワーストデュエストになって欲しいな。なにひとつ取り柄のない人間になって地べたを這いずりながら、私に圧を与えない唯一の存在になってよ」

 そうすることは簡単だ。

 だけど、僕にはもう、それはできそうにない。どうしようもなく相容れない性質の二人だったんだ。これからもこれまでも。

 キミは――

 キミは自分の本当にやりたいことをしろよ。有名な大学へ進んで一流企業に入って劣等感などとは無縁の幸せな家庭を作ってくれたまえ――などとわざわざ告げるのは野暮ったいので喉の奥に引っ込めて、僕は返事の代わりにポケットからデッキを取り出し、それを、デュエルディスクにセットした。

 彼女も、それを返事として受け取ってくれたらしい。デュエルディスクを対面で構えてくれた。

 本当は般若の面を拝見できるのではないかと、ちょっぴり期待と不安を織り交ぜていたのだけれど、彼女の面もちは逆に今までよりずっと穏やかに感じられた。

 夜風に合わせて、彼女の黒い髪は表情を不透明にした。

「ホント、今までのあなたはなんだったのよ――」

 それは生徒会長の捨て台詞だったのかも知れない。

 今までの。

 今までの僕。

 自分自身の証明か。

 地図はもちろんのこと羅針盤さえも持たざる僕は、ポインタの表示されないマウスのように、ただただ存在意義を求めて無軌道に円を描くだけの空々しい人間だった。

 どこへ行けばいいのかもわからず、なにを求めれば満たされるのかも不明確。

 先の見えないトンネルが怖くて、勉強やら何やらから逃げるために、いや――自分自身から逃げるために、デュエルへ逃避した当時の自分と同じように――デュエルから逃げるために趣味嗜好へ逃避していただけなんだ。

 一番楽な道に、自己のキャラクター性を投影していたに過ぎない。

 

 それは――

 

 さこつ。

 

 違う。

 

 くるぶし。

 

 違う。

 

 みみたぶ。

 

 違う。

 

 ひじ。

 

 違う。

 

 にのうで。

 

 違う。

 

 くびすじ。

 

 違う。

 

 つむじ。

 

 違う。

 

 うなじ。

 

 違う。

 

 

 わき――

 

 

 

 違う。

 

 

 

 それは脇であっても腋ではなかった。

 

 

 今までの僕は――

 

 

 脇道に逸れていただけなんだ。

 

 

  

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