遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト― 作:Rさん
初心者向けのスターターデッキをそのまま使って木実近恵美に勝てるわけがない――そう決めつけるのは早計である。
確かに木実近恵美はそれなりにデュエルに精通しているし、反対に僕はデュエルに接する機会をなるべく避けていたので、純粋な経験値を数値化すれば僕に勝機はないように思えるだろう。けれど、木実近恵美にはその特性故の弱点が存在するので、そこを利用できれば少なからずの希望を確保できるはずだ。
木実近恵美の特性――負けず嫌いの発展系。
常に全力を出さず、力を温存して物事に取り組む呪いのような特性だ。本来の力をセーブして、万が一にも負けた場合に、『あのときは全力でなかった』と自分自身の心を落ち着かせるためのセーフティー機能。
それは私生活のみならず、デュエルにおいても発揮されていることは、すでに確認済みだ。
彼女が双橋と初めてデュエルしたとき、己の特性を遺憾なく発揮し、切り札を温存して勝利を得ようとしていたが、結局のところ未知との遭遇に焦り、ライトロードの大型モンスターを展開をしたものの、しかし、エクストラデッキのモンスターは登場させていなかった。エクシーズモンスターやシンクロモンスターを呼び出せるチャンスがあったにも関わらずだ。
あのときの僕はシンクロモンスターどころかエクシーズモンスターに対しても馴染みがなかった為に違和感を感じなかったが、今ならばそれが彼女の特性に由来する愚行であったことがわかる。
デュエルで人となりが解析できるなどと半信半疑ではあったけれど、デュエリストとしての視点に立ってみれば全信無疑とまではいかないまでも『なくもない』程度には思えてしまう。
とにもかくにも、デュエルには絶対の勝利がないので、負けることをトラウマとしている木実近恵美としてはどうしても、もしもを想定しながら戦局を運ばなければならないのだろう。それは彼女のトラウマから精神を守るための防壁であると同時に、彼女の決定的な弱点でもあるのだ。
そして、僕は彼女のそんな弱点を逆手に取るための策を既に実行している。
目には目を。
刃には刃を。
ナメプにはナメプをだ。
全力を出さず余力を残しながら戦うことをしている彼女に対して、こちらも同様に全力を出さずに対応してやろうという算段だ。
木実近恵美に相対するには、初心者用デッキこそが、まさに打ってつけのアイテムに他ならない。
対抗策であり最善策だ。
普段から手を抜いたデュエルを繰り広げている彼女を相手取って、手抜きのデュエルで対抗しようというのだ。マイナスな戦術に徹する彼女よりも、さらに深いマイナスをぶつけて、手抜きを無力化してやるのである。
手抜き殺しの戦術と断言してもいいだろう。
それは彼女のセーフティー機能を無力化するだけには止まらず、むしろ敗北時のダメージを増加させられるので、それはつまり勝負において絶大なるプレッシャーを与えることができるのだ。
緊張感を持たせることで平静な状態を欠かせて少なからずプレイミスを誘発してやろうという懇談だ。
緊張感――敵に回すと恐ろしいものなのだけれど、味方に付ければとても頼もしい。
とは言っても。
とは言ってもだ。
いくら盤外戦術を駆使して、多大なるプレッシャーを与えたところで、それでも確実にデュエルで勝てるわけではない。彼女が万が一の敗北に備えたセーフティー機能のように、万が一で勝てるかも知れないタクティクスに他ならない。
僅かな可能性の向上。
その場凌ぎの付け焼き刃。
可能性を零から壱に押し上げるための苦肉の策。
初心者用スターターデッキではどう頑張ったところで結果はしれているのだし、そもそもの目的は木実近恵美に勝つことではなく、彼女に可能性を示すことなので、つまるところデュエルに持ち込めた時点で、既に目的は達成していると言っても過言ではない。
「所詮はお遊びか」
呟いて、僕は眼前の対戦相手へと意識を戻した――いつでもデュエルが開始できる段階に現状の僕たちはある。
対戦相手――木実近恵美の第二形態。
穏やかだった先ほどとは打って変わって、デュエルディスクにデッキをセットした彼女は、とても同一人物だとは思えないような形相に変わっていた。
刃物のような鋭い眼光であり、鈍器のように重たい視線だ。
今までは観戦者としての視点で見てきたことではあったけれど、上から見るのと正面から見るのとではまるで景色が違う。
ホントによくもまあ、毎回毎回、双橋のやつはこの悪魔を前にして堂々としていられたものである。感心を通りこして同情すら覚えてしまう。
お遊びか――なんてニヒルを気取ってみたものの、相対する立場にある彼女からはとてもそんな緩やかな雰囲気を感じられない。
彼女にとってデュエルは戦いであり、そして戦争なのだろう。土壌というか認識の違いが露骨に露わになってしまった瞬間だった。
震度を持った片足に拳で渇を入れて深呼吸を置いたところで、やっぱり全く、これっぽっちも動悸が収まりそうにない。
ナメプで彼女の平静を乱してやろうと企てていた僕ではあったが、これでは僕の方が冷静を保てるかどうかも怪しいものだった。
「…………」
「…………」
おかしなことに場面は硬直していた。
先攻後攻は既に機械によって決定されていて、手札だってデッキの山から引き抜いている状況だというのに、デュエルが開始される気配がまるでない。
にらみ合って。
瞳で牽制し合って。
どちらともなくデュエル開始の合図を宣言できないでいる。
脅えて動けない僕に対して――彼女はきっと怒りに我を忘れているのかもしれない。
それも当然のことだろう。さっきまで仲良しこよしでやりくりしていた関係だというのに、唐突に破局宣告をされてしまったのだから、それで裏切られたような気になってしまっても、僕としては知らぬ存ぜぬを適応できない。
見て見ぬフリが特別得意だったと自覚があったわけではないけれど、それでもこうしていざ逃げられない状況になってしまうと、どうしても後悔無しではいられない。
こんなことなら祭りになんか来なければ良かった――
こんなことなら木実近恵美と知り合わなければよかった――
こんなことなら生まれてこなければよかった――
後悔の連鎖が取り乱された思考回路を永遠と駆けめぐり、自分でもびっくりするような結論へと到達しそうになった。
まあしかし、心配には及ばない。
僕の人生は後悔と共に存在すると言っても過言ではないのだ。
例え彼女に決別を言い渡さなかったところで、結局はその選択を今後の人生を通して後悔しながら過ごしていたことだろう。二択で必ずハズレを引く体質ではあるが、そもそも選択肢に当たりが含まれていないのだ。
どうあがいても後悔するしかないのであれば、後悔を受け入れるのが最善の選択なのだろう――この選択こそがそもそもハズレなのだろうけれど。
「遊奈は――」
――と、沈黙を破るようにして、今までに聞いたことのない声色で木実近恵美が言葉を発したとき、緊張状態にあった僕の身体は反射的にびくりと動いたのだった。
身体に遅れて脳が言葉を受け取る。
こんなシュチュエーションで話題に上げるべき名前では決してないはずなのに。
「……双橋がどうしたんだ」
「あなたが彼女にどういう感情を持ってるのかは知らないけど、あの子はあなたに好意を持っているわけじゃないわよ」
「…………」
突然何を言い出すかと思えば。
なにをどう結びつけたのかは僕の推測できる範疇ではないのだけれど、どうやら彼女はなぜだかこの状況を招いた主軸が双橋にあると思っているらしい。
確かに彼女の置かれていた状況を思えば、そのように勘ぐられてしまっても仕方のないことなのかも知れないが、しかしそれは、とんだ筋違いというやつである。
まあ、しかしだ。
――双橋に好意がない、か。
驚くどころか、思い過ごしではなかったと安心するべきだ。
負け惜しみとかではなく、実のところ、そうだろうと思っていた。
木実近恵美の負けず嫌いを考えれば、例え恋愛であっても――恋愛ごっこであっても彼女は敗北を良しとしないのは明白なので、僕としては気恥ずかしいことではあるけれど、デュエルのライバルならいざ知れず、恋愛のライバルを容認するはずがないのだ。
何となくで、僕が木実近恵美の本心に察しがついたように、木実近恵美もまた双橋の心境を垣間見る機会があったのだろう。それがどういう場面でどのように考察付いたのかは僕の知るところではないけれど、その結論が確かに間違ったものではないだろうことは、やはり何となくで察することができる。
だから――
「わかってる」
僕は応えた。
「そんなのはわかってたよ。彼女は僕を気にかけてくれているようで、異性として意識しているわけじゃないんだろうなって、なんとなくだけどわかるよ」
これはただの反復方。
言霊を頼った頼りない行為。
ずっと見ない振りをして認識の外に埋葬していたものを掘り起こす作業。
デュエルをしない、デュエルは辞めたと――自分自身に言い聞かせてきたことと同じように、言葉として改めて口にして、そして己に認識させるのだ。
自分の声は、自分が一番聞こえるのだから。
「最初はさ。あいつは僕に気があるんじゃないだろうかとか、そんなバカみたいな思い違いをしていた時期もあったものだけれど、だけど、彼女が僕を意中として意識していないことは残念ながらではあるけれど、わかってた」
「そう。ちゃんとわかってたの。まあ、当然のことよね。私の本意に気づいて彼女の本心に気づかないなんてことがあるはずはないものね」
双橋遊奈の歩いた道には、いつだって迷彩柄の違和感が落ちていた。
ちょっぴり抜けたところのある彼女は、大事なことをポロポロと落として生きているのである。そこが御厨のお眼鏡に止まったわけでもあるのだけれど、僕としてはハラハラしてドキドキして、とてもではないけれど見ていられなかったりもする。
双橋遊奈は――
あいつは。
あいつは僕をデュエリストに戻そうとしていたけれど、それは僕の為なんかじゃ決してなかったのだ。
あいつにとって僕という存在は脇道で――
「…………わかっているなら、別に私を選んでくれてもよかったんじゃないの?」
「違うよ。勘違いしないでくれ。僕は双橋を選んだからキミと決別しようと思ったわけじゃない。何でも関連付けちゃダメだ。キミとあいつの件は切り離して考えてもらいたい」
「……」
「僕はキミとも――もちろん、あいつとも決別しなければならない」
そうだ。
そうなのだ。
僕が片づけなければならない宿題はなにも木実近恵美との関係性に限ったことではない。
間違ったまま、見て見ぬ振りをしてきた『鎖』を一つ残らず解かなくてはならないのだ。場面を埋め尽くすほどの溜まりに貯まったチェーンを一つ残らず処理しないことには、次のシュチュエーションへは進めない。
停滞するのはダメなんだ――どこかで得たそんな教訓を掲げながら、僕は続ける。
「きっと、僕がどうやってもデュエリストに戻らないと知ったら、そのとき彼女はどこかへ行ってしまうだろう」
「だからデュエルしてあげないの? それがあなたがワーストデュエリストであり続けた理由?」
「違うよ」
僕は即答した。
何にでも関連性を求めるのは、だから、ダメなんだって。
確かに全く関係がないというわけではないのだろうけれど、根本的なところでは重なっていないのだ。
「違うんだ。どっちにしても僕は彼女の要求に応えてやるわけにはいかない。僕がデュエリストに戻ったところで結果は変わらないのだから。僕がデュエリストに戻っても戻らなくても、結局のところアクションが起きた時点で、それがイコールで彼女とのお別れだ」
「…………」
そこまでは、いくら優等生な彼女であったとしても、理解が及ばないらしい。
散々、周囲からの意味深な言葉に翻弄され続けた僕が、やっていいことではないのだろうけれど、しかしだからといって彼女に事細かに状況の説明をするべきではないと思った。
彼女は少なからず双橋遊奈に対して察しているところがあるのかもしれないが、事細かに核心へ近づくべきではない。
それでいいと思った。
それがいいと願った。
負けず嫌いの彼女にとって、あいつの本心を――あいつの正体を僕より存じていないというのはある種の敗北感を強いられるものなのだろうけれど、安心して欲しい。知らないことがこの場合は勝者だ。
知らぬが仏。
無知は時として恥にならないこともある。
「なんにしても、どっちにしても、デュエルしようとしてるじゃない。それってどうしようもない矛盾よね」
「バレなきゃいいんだよ」
「酷い人。友達なくすわよ」
「その方がいいのかもね。双橋がとかキミがとかじゃなくて、僕は結局。ひとりでいるべきだったんだよ」
ひとりでいるやつにはひとりでいるやつなりの理由がある。
ひとりでいるやつはひとりでいるべきだったんだ。
僕はひとりでいるべき存在だった。
あいつは、どうなのだろう。
僕があいつの正体に何となく気が付いているのと同様にして、あいつも僕の心中を少なからず察していることだろう。
故にあの態度だ。
あの異変だったんだ。
僕はあいつを生殺しにして――
あいつは僕を生殺しにして――
お互いがお互いに妥協し合いながら、危うい綱渡りに幸せを見いだして日々を消化する。見たくないものを見ず、知りたくないことを知らないようにするために、麻酔薬を打ち合う毎日。正常だと思いたくないし、正しいとも感じられなかったけれど、人生ってやつは正しい道ほど険しくて辛くて、とても直視していられないのだ。
だから、僕もあいつも脇道に逸れた。
脇道へ逃げ込んだ。
それでいいのだと思ってた。
それでいいわけがなかった。
「そう……」
と、彼女はそれ以上の言及はせずに、まるで何も聴かなかったように澄ました顔で――あるいは済ました顔で、
「心残りが晴れたわ」
彼女は言う。
言って、目つきを変える。
第二形態から第三形態へ。そこで止まらない。飛び越して第五形態あるいは第六形態の眼光がそこにはあった。
僕はそんな彼女に怯みながら――いや、違う。いつの間にか僕の中にあった彼女に対しての恐怖心が、とても不思議なことに綺麗さっぱりなくなっていた。
ああ。
なるほどね。
彼女がどうして真剣勝負の直前に双橋遊奈の話題を持ち出したのかと少し引っかかってはいたけれど、それは彼女なりのスタンスに基づいた規定事項だったわけだ――自分の平静を乱されたとしても、相手には万全の状態でいて欲しかったわけだ。
それが彼女の戦術。
精神を壊さない為のセーフティー機能。
対立する相手と『同じ状態』で勝負に持ち込まないための策。
「ありがとう」
ちょうど――
ちょうど絶交のタイミングで打ち上がった花火の音に隠しながら、僕は呟いた。
考えてみれば簡単なことだった。
このあとに待ち受けている本道のことを思えば。
こんな脇道は恐れるに足りない。
見れば――
殺人鬼だとか、狂戦士のように錯覚していたのだけれど――対戦相手を見据えてみればなんてことはない。そこに立っていたのはひとりのデュエリストだった。
彼女はデュエリストで、ならば僕もデュエリストだ。
今ならばどちらともなく宣言できるだろう。
僕に取って、数年ぶりとなるその台詞を。
「デュエル!」
デュエル――と。
自分では言い終えたつもりだったのだけれど、実際には途中から言葉がでなくなっていた。
否――言葉を封じられた。
僕が掛け声を放つその瞬間。
デュだか、エの段階だかはとても不明瞭で、許されるものならば、ジャッジを呼んででもデュかエかで白黒つけたいところではあったのだけれど、そんな権利はもちろんのこと、そんな脇道へ逃げ込む隙すらもなかった。
瞬間――
瞬間、黒い靄のようなものが視界に入った。
狼煙のように下から上にかけてモクモクと上がって、僕の鼻先を掠めて脳天を覆うのだ。月明かりに加えて、遠くで上がった花火の光量だけが頼りの環境で、足下さえも認識しきれないというのに、はっきりと黒いそれを認識できた。
状況からして、デュエルディスクが故障して煙を噴いているのかと勘ぐってしまったけれど、よく思い起こしてみらば、僕は『これ』を知っているのである――数々の煮え切らない助言のようで戯れ言とも妄言とも取れる発言を繰り返す謎の多い女――明日宮雅が纏っていたものだ。
黒い靄の発生源は、明日宮から貰ったセンスのないTシャツ。
衣服の周りをぐるぐると、とぐろを巻くようにして――
思考が追いついたところで。
分かったところで。
気づいたところで。
後悔したところで。
それはもう、まさしく、あとの祭りだった。
『残念だけど、あなたの出番はここでお仕舞い――あとは精々、ワーストデュエリストとして指を咥えて見ていることね』
幻聴のような言葉が頭に響いたところで、視界が黒い靄に覆われていき、それと比例して僕の意識は薄くなっていった。
ブラックアウト――
さよならデュエル。
こんにちはワースト。
――本当は後悔なんてしたことねーよ。