遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト― 作:Rさん
絶対デュエル主義繁栄組織。
絶対デュエル主義反対組織。
対立した両者が直面したことに対して、僕は密かに息を飲む。
しかし、そんな緊張感を共有してくれる人物が、僕の周りには存在しなかった。
悪口を叩いていた相手が聞き耳を立てていたという最悪のシュチュエーションなので、一触即発を覚悟していたのだけれど、陰口をしていた側もされた側もまるで気にとめている様子がない。
明日宮は錆び付いたブランコに腰を落ち着けたまま、履いていた両の下駄を放り投げてしまったことによって露わになった素足と、ツーサイドアップの漆黒を揺らしながら、いつも通りの悟った目つきで、傍観者気取りに、おそらく、徹していた。
明日宮雅という人間が物事に動じないのはいつものことなので、その点については奇妙だとは思わなかったけれど、一方の鈴香にまで変化が見られないというのは不思議に思うべきことだった――敵対していた相手が目の前に現れたというのに、状況と態度がまるで噛み合っていない。
鈴香みつきは、色褪せたベンチから立ち上がろうとすらしないし、組んだ腕を解くことも、考えていないようだった。警戒するどころか、あくびをする始末である。
良くも悪くも呑気なものだ。
幸いなのか不幸なのか、その雰囲気は味方のみならず、敵にもまで当てはまっていた。
「……何をしていらっしゃるんですか、店長さん」
僕だけが肝を冷やしたという事実がもどかしく思えて、エプロン姿の店長さんへと矛先を向かわせる。
何をしているのですかというその質問は、ファーストエンドなる組織を名乗りながら登場したくせに、何食わぬ顔でブランコで立ち漕ぎをしているのは何故だという意味に他ならない。
質問を省略してオブラートに包んだのは、二十代の女性に対しての突っ込みとしては、ブランコというキーワードを出すことが、どうしても僕としては適切なものと思えなかったからだ。
「何って、運動よ。ここのところお店番ばかりで身体がなまっちゃったから極力動くようにしてるのよ。あっ、決してケーキの食べ過ぎを気にしているわけではないのよ。いえいえ、それよりどうしたの、ぼくくん。拍子抜けしてような顔しちゃって」
彼女も彼女で余裕たっぷりだった。普段通り、僕のことを『ぼくくん』などと幼稚な呼称で指してくる。あるいは刺してくると言っても間違いではないだろう。年上のお姉さんからそのような呼び方をされることに対して、強いダメージがあるわけではないのだけれど、ちくちくと爪楊枝で首もとを弄られているような何とも言えない気持ちになってしまうのだった。
「いや、ダイエットとかしている場合じゃないのではないでしょうか?」
「ダイエットじゃないわ」
「……え?」
「ダ・イ・エッ・ト・じゃ・な・い・わ」
「…………」
地雷を踏み抜いてしまったタイミングで、ようやく彼女は敵らしい殺気を持ってくれた。ニコニコと営業スマイルがニュートラルな彼女からはおよそ想像が付かないような影の落ち方だった。
木実近恵美とはまたひと味違った恐怖心を抱いて、冷や汗たらり。
「ダイエットがしたいなら、ジョギングでもすればいいんじゃないのかしら、暇なら石段を五十週どうぞ」
相手が誰であろうと、人を挑発するかのような発言はどこまでも健在で、まるで鼻であしらうかのように明日宮雅は隣へ毒を吐き捨てるのだった。
ぴきりと、店長に青筋が浮かぶ。
「あらあら雅ちゃん。まるで人事みたいに言ってくれるけど、あなたはどうなのかしらね。甘い物をいっぱい食べてるんでしょ」
「こちらのことはお見通しというのもお見通しなのよ。私はいくら甘いものを食べても体型に影響はないわ、あなたと違ってね」
「……くそ小娘が」
「何か言ったかしら、年増さん」
「なんでもないわよ、おチビちゃん」
絶対デュエル主義繁栄組織やら絶対デュエル反対組織とは何ら関係がない別のところで拮抗勝負が始まっていた。敵対組織というよりは仲良し同好会の方がお似合いではないだろうか。
「それにしても――」
と、店長は深いため息を吐いた後に本題を切り出した。
ダイエットの話題から逸らすために本題へと切り替えたのではないかと思ってしまうあたり、僕もまた、呑気の一員だったのかもしれない。
「それにしても、あなたたちの会話は聞かせてもらっていたけど、本当に主観でしか物事を語ってくれないわよね。ずるがしこいというか卑怯が極まってるわ」
――ねえ、反対派閥。
と、店長は明日宮によって開眼させられてしまった瞳を、鈴香へ――絶対デュエル反対組織へと向ける。
「主観でしか物事を語れないのはお互い様だろ。嘘はついてないさ」
組んだ腕を解くことなく、相手を見ることもないまま鈴香は敵意を向ける。なるべく敵対相手の姿を視界に入れたくないのかもしれない。
「真実を隠すこともまた嘘になるのよ。まあ、別に怒っているわけじゃないの。ただお互い公平にするべきでしょ。あなたたちのターンが終わったんだから次は私達のターンへ移行すべき、そう言いたいのよ」
「私達も、別に話し合いが終わったわけじゃないじゃない。まだ説明が不足しているさ」
「ワンターンキルでも狙っているのでしょうけど、それは通さないわよ」
「はいはい、わかりました。嫌々だけど、ターンを回してやるよ。それより、あんたと私はどこかで会ったことあったっけ?」
鈴香が横目で店長を捉えて首を傾げた。
「さあね。この町は狭いし、どこかですれ違ってたのかもしれないわ」
「……あっそ」
適当に軽くあしらわれて、いじけたようにそっぽを向く鈴香だった。
口振りからすると、どうやら鈴香と店長さんは知り合いというわけではないらしい。何となく疑問に駆られた。
「お互いに敵対してる組織なのに、敵の情報を知らないのか?」
「敵だからこそ、知らないというべきね」
鈴香に尋ねたつもりだったが、対応してくれたのは店長さんだった。
「まさか敵に対して人員の情報を公開するような愚かな真似はしないわ。それはお互いにね。スパイみたいなものなのよ。それに、私達と反対派閥が顔合わせたときは、どちらかのメンバーが消えることを意味しているのよね」
とても――
とても穏やかな話ではなかった。
「……消えるって、それは」
「まさにそのままの意味よ、ぼくくん。組織というから想像し難いのかもしれないけど、言ってみれば敵国の兵士同士なのよ私達は。相手側の組織に素性が割れれば最後。とても物騒よね」
などと人事のように言う彼女だった。
敵に見つかったら最後――現在置かれている状況にも適応されることなのだろうか。
「あっ、これじゃあまるでお互いの組織の力が均等かのように聞こえてしまっているかも知れないわね。はっきり言って私達ファーストエンドのメンバーは、無念だけど、反対派閥に身元が割れた時点で終わりなのよ」
「それは……どういうことなんですか?」
「主義の違いって奴よね。私達ファーストエンドが掲げている主義は基本的に争いごとを穏便に処理するたものなのね。フォーマットの統一と表現しておくわ。武器や武力を使わず、デュエルだけで物事を解決へと導くこと。それが絶対デュエル主義の根幹。だけど反対派閥――過激派はその枠に収まってくれないのよね」
「…………」
絶対デュエル主義。
あらゆる物事をデュエルで解決すること。
争い事の解決をデュエルで済ませることによって、武器や武力を破棄することに繋げる。底抜けに平和的な主義。
その平和主義に反対するWDという勢力は、つまり、デュエル以外の手段を良しとしているということか。
剣は銃より弱いというけれど、カードはそのどちらに対しても太刀打ちができない。
フォーマットの違い。
一方的な展開。
それではまるで……。
僕は気づかれないように、目だけを動かして鈴香を見た。
怒っているのか悔しがっているのかは定かではないけれど、少なくとも笑顔ではなかった。時折彼女が見せる、その疲れた顔を、僕はどのように受け止めればいいのかわからない。
「本当に過激派の連中は道徳という概念が抜けている。まるで自分たちがタイムマシンをゼロから作ったように言っていたけれど、実際は違うでしょ。ぼくくんに正確な事実が伝わるように話を端折らないで欲しかった」
「……タイムマシンを知っているんですか?」
タイムマシンという名称を彼女がナチュラルに出してきたことに驚いて、間抜けな声を出してしまったが、よく考えれば当たり前のことである。未来からやってきたWD。その敵対する相手であるところのファーストエンドが現代に潜んでいるということは、絶対デュエル主義繁栄組織の側もまた、時間を越える術を有していなければ事象が成立しないのだ。
「そもそもタイムマシンの基礎を最初に開発したのはファーストエンドなのよ」
「そうなんですか」
「ええ。けど、私達が本来所有していた完璧なタイムマシンは、反対派閥によって跡形も残らず木っ端微塵にされちゃったの」
「…………」
「しかも、過激派の連中はちゃっかりタイムマシンのコアを盗み出していた。それを再構成して作りだしたのが彼女たちが現在使っているマシンね。私達に取っては不幸中の幸いなことに、不完全な粗悪品らしいけれどね。盗人猛々しいわよね。もちろん、私達も私達で新たにゼロからタイムマシンを開発したわ。屈辱的なことに、完璧とはほど遠い劣化品になってしまったから手軽に時間を行き来できなくなってしまったの。それもこれも、過激派がこちら側の技術者を殆ど消してくれちゃったからなのよね」
消された――
その言葉の意味を僕は頭の奥で受け止めた。
否、受け止め切れなかった。
なんだそれは。
なんなんだそれは。
見る角度によってまるで話の印象が変わってしまうではないか。
鈴香の話を聞いた段階ではまるでファーストエンドが悪の組織であるという印象しか残らなかったけれど、そのファーストエンドの話を聞いている現状では、善悪の定義を付けることができそうにない。
過激派――その呼び名を鈴香は嫌っていたようだけれど、そう呼ばれてもしょうがないように今では思えてならない。
「それはフェアじゃねーよ。確かにWDの中にはそういう野蛮な行動を起こすメンバーもいるけど、全員がそうじゃない」
鈴香の反論だった。
けれど、それではまるで反撃にはなっていない。
「全員かそうでないかは関係がないのよ。あなたたちという存在が過激派を生み出していることに変わりがなく、危険を内包していることに偽りがないのよね。世界の秩序を乱す野蛮な連中よ」
「世界の秩序を塗り替えたのはそっちだろ」
「違うわ。もともとデュエル主義は大衆に受け入れいていたわ。あなたのように列を乱す人たちが存在しなければ、世界は平和になっていたはずなのよ」
「もともとだと? ご冗談を。デュエル主義を世界に根付かせたのはファーストエンドじゃないか。世界の基盤が変わってしまっていたから、後から生まれた私達は、デュエルをする以外の選択肢が端っからなかった。デュエルが唯一の生き方だと思いこんだまま寿命を迎えたやつらだって大勢いるはずだぜ」
「それの何が問題だというの? デュエルが主軸の世界で、デュエル漬けの人生を謳歌できたのだから大往生じゃない」
「それこそ主観的な意見だ」
「お互いにね。自分の主張をぶつけるということは誰かの主張をねじ曲げることなのよね。あなたがしようとしているのは、世界をねじ曲げることと同義ね」
「ねじ曲げたのはそっちだろ」
「やっぱり私達は表と裏ね。どうしたところで交われないの。私達は人の世を調整する側。あなたたちは人の世を壊す側」
「あれは人の世じゃない!」
鈴香の口調が荒くなった。
腕を組んだまま立ち上がることすらなかったけれど、しっかりした眼力を持ってして、目前の派閥に敵意を向ける。
「あんなのが人の住むところなのか! デュエル主義だとかなんだとか意味のわからないものを押し付けやがって! デュエルばかりが持ち上げられて、デュエリスト以外の職業がまるで存在の意味を失ったんだぞ。いや、デュエリストは職業、なんて、生やさしいもんじゃなかったな。なんせデュエリストにならなければ、人権さえも与えられないんだから。子供たちがスポーツ選手を目指せなくなった。警察官がファーストエンドに取って変わった。コックが軒並み包丁を捨てて、デュエルディスクを選んだ。結果としてデュエル以外のあらゆるものが衰退した。機械で大量生産された味けのない食料をいつまで口に入れればいいんだ。デュエル以外に興味を持たせないような世界に、存在価値があるのか? 希望も自由も可能性もない人生なら無くした方がましだろ」
「言いたい放題だけど、負け犬の遠吠えね。要するにあなたは逃げたんじゃない」
「なんだと!」
鈴香の話を聞きながら、僕の頭の中ではまた一つの疑問が解消されていた。彼女と初めて出会ったとき、未来の生活と現代の生活とのズレに文句を垂れていたけれど、表情と口調は明朗だったのだ。その意味を遅れて知った。
熱くなる鈴香に対して、敵側は余裕の表情さえ見せていた。
まるで獲物が罠にかかったことを喜ぶように、焚きつけることが本来の目的だったかのように、店長はブランコの揺れ幅を縮めることもせず、相手の裏側を攻めるように続けた。
「味けのない食事を食べさせられていると文句を言っているけれど、それはあなたが頑張らなかったが故の結果じゃない。真剣にデュエルのことだけを考えていれば、ちゃんとした食料が支給されていたの。私のように三桁以上を目指せばいいのよね」
三桁という単語に聞き覚えがなかったが、思い返してみれば思い当たる節があった。彼女がこの場に現れたとき、名前ではなく、IDで自己紹介をしていたのだ。カードショップの店長で彼女の存在は僕の中では定着していたので、いまいち印象に強く残らなかったけど。
推測すると、どうやら、そのIDの桁が未来の世界では重要な役割を担っているらしい。
「ちゃんとした食料ってのも所詮、機械生産に変わりはないだろう」
「ええまあ、そうね。それでも八桁以下と比べると天と地の差があるのよ。それに何より、大量生産品であろうとなかろうと、食事が与えられていることそのものを感謝しなさい」
「ふざけるな。感謝なんてできるわけがないだろう。人を家畜みたいに扱いやがって」
「大真面目なのよ、これは。大人の言うことはちゃんと聞きなさい――カードゲームをしているだけで、ご飯が食べられるのなら。これほど幸せな世界は他にないでしょ。これは、ぼくくんなら実感し易いんじゃないかしら」
にやにやと、明日宮ほどではないけれど、人の内側に訴えかけてくるような笑みを僕の方に一瞬向けて、彼女は言う。
「可能性も無い人生なら無くなった方がましだと、あなたは言ったけど、可能性って聞こえは良いけれど、違った見方をすれば博打と大差がなくなるわ。そうね、可能性はどこまでも可能性でしかない。不安定で不完全で不確かな不良品ね。サッカー選手になれる可能性。アイドルになれる可能性。宇宙飛行士になれる可能性。そんな可能性が自分の中にあると思うと、私でも魅了されちゃうものだけれど、それは光と闇が表裏一体であることを知らなければの話ね。なれる可能性があるということは、同時に、なれない可能性もあるということなの。可能と不可能は常にワンセットね」
「それでも、夢を見ることは生きる力になるだろ」
「夢は生きる力になるなんて言う限りは、夢は死の原因にもなりうるということを理解しておくべきね。生きることを夢とすれば万事解決するの。可能性は人の生きる道を惑わせる。だからファーストエンドは可能性という脇道を取り除いて、生き方を一本に絞ってあげてるの。迷わないようにね。まあ、人生何事も諦めが肝心よ。そんなこともわからないから過激派と呼ばれるの。あなたたちは世界の可能性を取り戻そうとしているみたいだけど、その身勝手な行動によってどれだけの人々の明日を奪ったの?」
「身勝手なのはあんたたちだろ。私達だって少しは犠牲を出したかもしれないけど、人々から自由を奪って、デュエルという鎖に結び付ける。その行為は支配に他ならない」
「確かに私達はデュエルを押し付けることと引き替えに自由も奪ったわ。けれど、表裏一体ね。自由と引き替えに不自由も奪っているのだから。平等よね。付け加えて、デュエルさえしていれば、人として普通の生活ができるように調整してあげているわ。もちろんデュエルで好成績を出せば、より良い未来がプレゼントされるのよ。何度も言うけど、カードゲームをしているだけで人としての生活が送れるのは、とってもありがたいことなの。感謝こそされても怒られるのは納得できないわね」
「お前たちが提唱している絶対デュエル主義を受け入れられない人たちがいたから、WDが生まれた。それはファーストエンドが整えた世界が完璧でなかったからだろ」
「その通りね。残念だけどまだ、世界は完璧な状態にあるわけじゃないの。それ故ね。過激派の存在を内包できないから私達は一時的に主義から逸れて反対派閥の根本を消し去るためにこうして現代に出張させられているの」
「……ん?」
と、僕は反射的に口を挟む。
「あなたたちファーストエンドが現代にやってきたのは、デュエルモンスターズを未来の世界で定着させるためだったんじゃないんですか? 口振りからすると僕にはまるでWDをどうにかするためにタイムスリップしているかのように聞こえるんですけど」
「デュエルを定着させることと、反対派閥をどうにかすることは別件よね。私達はデュエルモンスターズで世界をより良い未来へ導くために、過去を改変してデュエル主義を未来に根付かせた。それはとっくに達成して終わっていることなの。本来、この時代でのデュエルモンスターズは、漫画作品から派生した『ただのカードゲーム』でしかなかったのよね。未来で発達したそれを、漫画に先駆けて現代に定着させたの。デュエルモンスターズを『特別なカードゲーム』にするためにね。けれど、歪みが残ったの。歴史改変の後遺症とでも言うべきかしら」
「……その歪みがWD」
「後処理よね。これは。残った歪みを根本から正すために、再びタイムマシンを使って過去へ遠征しているのよ。私達は」
歪みの根本――
WDが生まれた理由――
それはつまり彼女たちが指すところの僕に当たるわけか。
ファーストエンドがおこなった歴史改変を正すのがWDの目的だが、遊凪御影という人間がデュエリストに戻ってしまったらWDという組織事態がなかったことになってしまう。だからファーストエンドがオフェンス、WDがディフェンスに回っているシュチュエーションだったのか。反対派閥を歴史上から抹殺しようとしているファーストエンドの暗躍を、阻止するためのWDによる防衛行動。
「僕から言わせてもらえば、正直、迷惑な話なんですよ。遠い未来の話なんて、僕には関係がないのだし、時間を跨いでまで巻き込まないでくださいよ」
そちらの問題は、僕の預かり知らないところで勝手にやってくれ。
本当に、心からそう思った。
「私達だって、巻き込みたくて巻き込んでいるわけではないの。ファーストエンドがしていることはステルスマーケットよ。人を制御するのではなく、導くための活動。あなたを直接的に巻き込んだのは私達ではなく、反対派閥の連中なのよね」
言って、店長は視線を鈴香へ向かわせる。
対する鈴香も、穏やかでない目つきで対抗する――対立する。
「この状況はイレギュラーなの。現代人に未来の事情を説明してしまうなんて、協定違反であり、法律違反よね。何を考えているのって感じ。頭おかしいんじゃないの?」
「それについては未来人として遊凪少年には、すまなかったと思ってる。だけど、仕方なかったんだ。私達は遊凪少年との接触に遅れた。ようやく見つけたときには――見つけなおしたときには、既にお前たちによって誘導されていた」
「言い訳よね。王手を決められたからといって盤をひっくり返すような卑怯な行為。もっとも私達の本来の予定では、ぼくくんをデュエリストに戻すのはもう少し先のはずだったけどね。高校生のあなたたちに合わせて言うなら、夏休み明けよ」
と言って、店長の言葉は明日宮へと軌道を変えた。
僕としては、デュエル主義を掲げているくせに、比喩は将棋なのかよと突っ込みを入れたいところだったのだけれど、シュチュエーションを尊重して自重した。
「明日宮雅。あなたが私達の計画を早めた。過激派の味方をしているように見えて、ファーストエンドによる誘導を助長していることについては、ずっと不思議に思っていたのだけれど、それは何故なの?」
「それもまた主観ってやつかしらね。自分の物差しでしか物事を考えられない愚かな人たち。私は別にWDにも、ましてやファーストエンドに協力しているわけではないの」
「……えっ! そうだったの雅様」
「悪いとは思わないけどね。あなたたちがそれぞれ抱えている問題があるのと同じように、私にも目的があるのよ。私の目的を達成するためには、あなたたちを利用するのが一番手っ取り早かった」
ふふふと、いつもの調子で嘲るように微笑む明日宮だった。
彼女の目的――除霊。
それが、この状況とどのように繋がってくるのかは僕の知るところではないし、知りたくもないことだった。
しかし――もう見て見ぬフリができないような状況に落とされてしまったらしい。
もはや、脇道に逸れることも叶わない。
「それじゃあ、まあ、そろそろ仕舞い支度に移行しましょうかね。最後に過激派とお話をしてみたかったから、こうやって直接コンタクトを取ってみたのだけれど、やっぱり反対側と交わることはできそうになかったわね」
――話し合いではなく、罵り合いに終わったわね。
そう言って、彼女はブランコの遠心力を弱めて、ゆっくりと足を地面へと降ろした。
「長かった小競り合いが、まさかこんな形で集結するとは思っていなかったけどね」
「……集結ってどういうことですか?」
「あれれ、ぼくくんには何となくわかってると思ってたんだけどね。まあ、良いでしょう。説明してあげるわね」
彼女は今後のアクションについての説明を始める。
それを耳で捉えながら、僕は思考回路へ意識を集中させる。
彼女たちファーストエンドの今回のミッションは遊凪御影をデュエリストへと回帰させることにあった。精神操作や脅しを使って無理矢理デュエリストへ戻すような過激なやり方を彼女たちは自らが掲げる主義がある手前、おこなうことができなかった。故に、ステルスマーケットのようなやり方で、偶然を必然で束ねるように秘密裏な活動に徹していたらしい。
しかし、そんな暗躍の最中、反対派閥のWDが防衛のためとは言え卑怯な手を使って計画をおじゃんにしたのである。
未来人であることのカミングアウト。
ターゲットである遊凪御影へのネタばらし。
そのようなファーストエンドにとってのチート技を決められたことによって、遊凪御影を自然な形でデュエリストに回帰することができなくなってしまったのだ。
彼女たちがしたいのは強制ではなく誘導。
タイムマシンが不完全である以上、やり直しは困難。
つまりファーストエンドに取っては身動きの取りようがなくなってしまったらしい。
これ以上ない禁じ手にして王手。
だから、彼女たちは仕方がないから、最終手段を実行せざる終えなくなったらしい。
それは単純明快。
至極簡単なこと。
「ぼくくんには――遊凪御影には世界から退場してもらうわね」
「…………」
思考が追いつかない。
本当のところは追いついているのだけれど、僕の特性が感覚を狂わせる。何としてでも脇道へと逃げ込もうとする理性が、ストップの看板で閉じられて立ち往生していた。
思い返すのは明日宮雅の言葉――命をかける覚悟だけはしておいてね。
そういうことだったのか。
どこまで想定しているんだ、あいつは。
「そ、それはダメでしょ、店長さん。あなたたちファーストエンドはデュエル主義なんでしょ? 僕を物理的にどうこうしようなんて、それじゃあ過激派と変わらない」
「残念ね。私達の主義が適応されるのはデュエリストに対してだけなの。デュエリストに回帰する可能性をなくしてしまったあなたには、人権はないのね」
「そんな! だけど、そんなことを!」
取り乱す僕。
「安心しなさい、遊凪御影――」
明日宮が言った。
「なんの為に私がデュエリストをしていると思ってんだ」
鈴香が続けた。
「絶対デュエル主義を掲げるファーストエンドに対抗するための最大の武器が他ならぬデュエルなんじゃねーか。デュエルの勝者が絶対の権限を得られる。その主義を世界に押し付けるためには自分たちがルールに従順でなくてはならない。ファーストエンドの最大の弱点だぜ。眼には眼を歯には歯をだな。余興はこのぐらいにして、手っ取り早くアンティデュエルをしようぜ、おばさん」
「お、おばさんですって!」
「遊凪少年を賭けた争奪戦だ。私が勝ったらあんたらは遊凪御影から手を引く。あんたが勝ったら遊凪御影を好きにしてもらってかまわない。そのときは私達WDはおとなしく歴史上から消えてやるよ」
「おばさん呼ばわりしやがったことに対しては本当に物理的に叩きのめしてやりたいところなのだけれど、ここは大人としてぐっと堪えてあげるわ。それにしても、やっぱりそういう展開なのね。ここまでを想定してぼくくんに事情をカミングアウトしたのね。今まで水面下で足の引っ張り合いをしていた私達を、直接の殴り合いに発展させるための」
「なかなかの名案でしょう」
得意げに胸をはる明日宮だった。
絶対デュエル主義――デュエルの結果にすべてを委ねる生き方。
その主義を利用して、防衛から一気に攻める側に回り込む作戦か。
……それはなるほど、WDに取っては悪くない戦略のように思えるのだけれど、僕に取っては最悪の展開だった。一瞬にしてファーストエンドの誘導対象から抹殺対象へと反転してしまったのだから。
「人の命を賭けごとに利用するなよ!」
「悪い悪い。だけど、こうした方が話が簡単じゃねえか」
天真爛漫に微笑む鈴香だった。
いや、だから、一般市民である僕を巻き込むんじゃない。曲がりなりにも神様と言ってくれていたはずなのに、とんだ非道な状況へとご招待してくれる。
「アンティデュエルねえ。確かに私としてもその方が形式上デュエル主義を守れるのだから悪くはないわね」
「そうだろうとも」
「だけど、その申し出は受けられないわ」
店長さんは――ファーストエンドは言う。
「私達には絶対デュエル主義があるからデュエルの結果に従順でなくてはいけない。けれどあなたたちは違うでしょ? デュエルの結果がどうあれ、ぼくくんを見殺しにはしないはずよ」
「見損なわないでもらいたいね。他のメンバーはどうか知らないけど、少なくとも私は約束を破ったりはしない」
「それこそ知ったことではないわ。あなたが約束を守るかどうかなんてわからないもの。そもそもアンティルールで賭けられるのは自分自身に関係のあるものだけよ。私はファーストエンドのメンバーではあるけれど、ファーストエンドそのものではないわ。あなただって、遊凪御影を賭けの対象にはできない。よってアンティルールは成立しないの」
「だったら遊凪少年は私の所有物とすればいい。人権がないなら人ではなく物扱いだろ。おばさんが賭けるのは、そうだな、あんた自身だ。私が勝ったらおとなしくWDに身柄を引き渡してもらう」
「まあ、そういうことならアンティルールの成立を認めてあげてもいいわよ」
「よし! そうこなくっちゃな」
「だけど――」
「なんだよ。まだなにか文句があるのかよ?」
「あなたがデュエルできるなら、ね?」
意味深に言って、店長は細腕に付けられたデュエルディスクを見せびらかすようにした。
鈴香は食費のためにデュエルディスクをカードショップに売却しているので、現在の彼女は腕に機械を装着していない。デュエルディスクがないからデュエルができないと主張したかったのではないかと、僕は一瞬勘違いをしたのだけれど、見当違いもいいところだった。
――カードショップにデュエルディスクを売却している。
「うああああああっ!」
と鈴香が悲鳴を上げた。店長のデュエルディスクを見た瞬間に青ざめたようだ。今までなるべく己の敵のことを視界に入れないようにしていたし、光量が少ない環境だからデュエルディスクの形状までははっきりと認識できていなかったらしい。
「お前! なんでそれを!」
鈴香が取り乱して、ここでようやく組んでいた腕を解いて、ベンチから腰を浮かせた。
「今更気がついても、もう遅いわよ。わからなかったのかしら? 私が何の手段もなしに、あなたたち過激派の前に姿を見せるわけがないじゃない」
言って、店長はデュエルディスクを細い指で操作する。
瞬間、僕の身体は金縛りにあったかのように動かせなくなった。それは他の二人にだって適応されているらしい。鈴香はベンチから立ち上がろうとしている途中だったので、必然、中腰の体制から先に進めない。明日宮はもともとブランコから動く気があったのかどうかは知らないけれど、「あれ、なにかしらこれ? すごい」などと呑気に感心していた。
「どうかしら、ぼくくん? 思い知ってくれたかしら、過激派が過激派である由縁を」
固まって身動きが取れない僕たちを嘲るかのように彼女は言った。
首から上しか操作できなくなった僕は、唯一頼りにできる口先だけで、何とか抵抗を試みる。
「なんなんですか、これは」
「それは私より過激派に聞いて欲しいことなのだけれど、いいでしょう。私が説明してあげる」
公園のオブジェに近い状態になってしまった僕たちの周りを優雅に巡回しながら、彼女は続けた。
「過激派の連中はデュエル以外の力を平気で使ってくるやつらなのよ。これはその一つ。ソリットビジョンシステムを応用しているのかしらね? 詳しいことは私にはわからないけど、脳の電気信号を上書きして他人の身体を意のままに操ることができるのよ。本当に恐ろしわよね。この兵器に対応するためのオートジャミング機能を開発するまでに、ファーストエンドのメンバーが何人消されてしまったことか」
「……そんなことがありえるんですか」
「ありえるから、今あなたたちはピンチなのよ。あっ、もしかしてファーストエンドである私がこの機能を使ったことに対してありえないと言っているのかしら? もちろん私が普段使っているデュエルディスクには、こんな非人道的な機能はついていないわよ」
「だったら、どうして」
「どっかの間抜けな過激派がデュエルディスクを敵側に売り払ったりするからよね」
「……………………」
未曾有のピンチを招いたのは鈴香だったらしい。
食費のために、彼女はデュエルディスクをカードショップに売った。そして店長さんはカードショップを営業していた。そのときは、どちらの組織も相手側の顔を知らなかった。つまり鈴香は途方もなく馬鹿なことをしてしまったのだ。
思わず、首を動かして、鈴香の中腰姿勢へと視線を合わせてしまう。
「てへっ」
「てへじゃねーよ! 何を馬鹿なことをしてるんだ!」
「しかたねーだろ。背に腹は代えられないっての」
「どう考えてもあっちの方が腹だっただろうが」
「あのときは食事より優先するべきことなんて何もなかったんだよ」
絶対デュエル主義に背を向けたからこそ起こったハプニング。
デュエルを人生の主軸としていなかったWDだからこそ招いた事故。
デュエルディスクより食事を取ったやつの末路。
アホに巻き込まれる僕。
「…………なんてこった」
そんな僕たちの無様な醜態を見回しながら、店長を心底楽しそうに上品な笑い声をあげていた。
「笑っちゃう話よね。この時代では製造していない形状のデュエルディスクだったから、もしかしてと思って解析してみたの。そしたらビンゴよ。過激派のデュエルディスクでしたって話。まあ、さすがにアホな過激派でも危険な機能が付いたデュエルディスクをそのまま野に放つような真似はしなかったようね。ちゃんと機能に強力なプロテクトが仕掛けられていたわ。私が解除できたのは動きを封じる拘束システムだけっていうのが残念ではあるけれど。まあ、全部解除できたところで、人を意のままに操るような非道をするつもりはないから、これで満足だけどね」
ワンクッション、笑い声を挟んだ後、店長は鈴香の目前に立って、その細い人差し指を彼女の鼻先へと押し付ける。
「これで正真正銘のチェックメイトね。あなたが動けないんじゃデュエルはできないのだし、私の不戦勝にしておいて頂戴。ぼくくんが消えたあとに、あなたという存在がどうなるのかは知らないけど。まあ、生きていたら憶えておきなさい、切り札は最後まで取っておくことよ」
「卑怯者が」
鈴香にできることは強気の姿勢を保ったまま吐き捨てるだけだった。負け犬の遠吠えであり、捨て台詞だ。
どうやら鈴香のアホに逆転の一手は期待できそうにない。もちろん、僕は最初から何もできやしない。ワーストデュエリストとして成り行きを見守るだけだ。
唯一期待できそうな奴へと、アイコンタクトを送る。
「無力で無様ね。遊凪御影」
なぜだか罵倒で返された。
ふふふと他人事のよう微笑む姿に、今回ばかりは絶望感を与えられてしまう。
このあと、僕がどのようにして世界から退場させられてしまうのかは想像もできないことだし、想像したくもないことだった。
人として扱われないと言っていたし、どっちにしてもろくな結末は迎えられそうにないだろう。
僕は死ぬ。
享年十六歳だった。
生まれ変わったらまた合いましょう。
などと、あのときのようにギャグで済ませられない事態が、足音を大きくして迫ってきていた。
こんなことになるなら心残りを精算しておけば良かった。
走馬灯を頭の中で展開しておきたいところだったのだけれど、心音の主張が強すぎて集中力が保てない。
「落ち着きなさい、遊凪御影――」
と、明日宮はいつも通りの口調で意識が向かう先を持って行く。
「――あなたには切り札が残っているでしょう?」
心の隅をつつく言葉。
切り札――僕が思いついたのは、明日宮の力だ。黒い靄。僕の意識を乗っ取って、代わりにデュエルで相対してもらえればこの場をやり過ごすことは十分に可能だ。身体の自由を奪われている状態で明日宮がその力を発揮できるのかはわからないけれど、発揮してもらわなければ、僕の明日がなくなってしまうのだ。
だけど――
だけど現実は違った。
それは、現実が違ったと言った方が、あるいは、適切だった。
「御影に何かしようってんなら、まずは俺を通してからにしてもらおうか」
と――
キザなセリフを吐きながら、そいつは現れた。
「な、なに? いつのまに!」
取り乱す店長。
それも無理からぬ話である。
こいつはいつだって気配もなく突然姿を見せる。いつだって僕の周りにいて、僕の隣にいないやつ。
「さぁ、御影を賭けたデュエルってんなら、俺が相手になるぜ」
古い。
とても古いデュエルディスクを構えながら、ワックス特盛りの髪をなびかせて、威勢だけで口を開く。
「あなたは誰なの!? どうして拘束システムが適応されないの! その番型のデュエルディスクにはオートジャミングは搭載されていないはずよ!」
「常識に支配されない非常識な男――」
それは、僕に取っての呪い。
それは、ひとりのデュエリストをワーストデュエリストへと突き落とした決定打。
それは、見て見ぬフリの始まり。
それは、親友。
しかし、明日宮に取っての本筋。
「それがこの俺、神路明だ。御影のピンチに颯爽と現れる男が俺だ」
――どうして神路明が自由に動けるのか。その疑問の答えを脇道に逃がしてやることは、もうやめよう。
認めるときがきたのだ。
封印していた記憶を呼び覚まそう。
非現実的な現実と対面しよう。
神路明に人間の常識は通用しない。
彼は――とうの昔から、死んでいるのだから。