遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト― 作:Rさん
状況はおおよそ明日宮雅の予定通りに、どうやら進行しているらしい。
彼女の目的は僕に取り憑いている神路明の除霊にあった。しかし、明日宮の存在を関知した彼は姿を隠していたのだ。
神路明の存在は僕にとっての呪いであり足枷だ。彼の存在があるからこそ、僕はデュエリストへ戻る訳にはいかなくなった――彼とデュエルで決着を付けることは、即ち彼がこの世から消えること、成仏を意味していたからだ。
明日宮は姿を隠した神路明を引っ張り出すために、だから、巧妙で緻密な計画を立てていたのだ。
神路の不在を強調してほのめかして、一時的にデュエリストへ回帰するよう僕を焚き付けた。それにまんまと乗せられて、タイミングを逃さない内にと、僕は木実近恵美との決別を急いだのだ。
そして鈴香みつきに未来人であることをカミングアウト――ルール違反をするように勧めたのも彼女だ。未来の事情を現代人に説明することによって、裏で活動していたファーストエンドを引きずり出し、未来人対未来人の直接対決を作りだすために。
その後の細かいアクションに対しても明日宮雅が大きく動揺していなかったことから、彼女が進行のすべてを把握していたと考えて間違いはないだろう。
未来人よりも近未来を知っている現代人――明日を見る女、明日宮雅。
すべては、僕をピンチに陥れて、助っ人として神路明を土俵にあげるため――彼を祓うために。
なるほど、明日宮雅の行動に一切の無駄がない。計画に一点の隙もなく、効率的でスピーディだ。ファーストエンドとWD、さらに僕にとってのメリットがないどころかデメリットが大きいことを含めなければ、完璧な進行役として手を叩いて喝采してやってもいい。
アフターサービスも充実だ。神路明がこの世から消えるということは、僕がデュエルをしない理由が極端に薄くなるということで、つまりファーストエンドのステルスマーケットに誘導されやすくなり、WDという組織そのものが消失する可能性が高くなる。そのあたりも含めて、未来の事情を開示するように鈴香をたぶらかしていたのだろう。自分本位の僕でも流石に未来の世界に大きな影響があるとわかってしまえば、デュエルをしようにもできなくなってしまうからだ――呪いの上書き。
置かれている状況を百パーセント利用した明日宮の策は、悔しいことに、想定外を含まないまま達成を迎えようとしていた。
「おかしいわよね。ぼくくんの交友関係はファイリングしていたはずなのに、あなたの存在は初耳だわ。接点のある男性は千代田喜四郎だけだったはずよ。……となると過激派のメンバーなのかしらね」
「どう思ってくれても構わねえぜ。望まれれば何にでも成れる男、それがこの俺、神路明だ」
「いや、WDにこんな変な奴はいない。誰だよお前」
「……お嬢ちゃん、撹乱作戦だ。俺の素性をあやふやにしておいた方が動揺を誘えるだろうが」
「えっ、何を言ってるんだ?」
「…………」
デュエルディスクを構え合うふたりに、鈴香が口を挟んだことで、神路明が額を押さえて肩を落とした。
素性をあやふやにするよりも、正直に幽霊であることを申告した方が動揺は誘発し易いのだけれど、それを言うと僕が怒るから彼はなるべく口にしないのだ。
「WDでないということは、現代人なのよね。ファーストエンドじゃないことは確かなのだし」
「まあ、そういうことになるな。俺という存在を敢えて定義を付けるなら現代人というより、過去人だな」
「よく意味がわからないのだけれど……」
「気にするなよ。そんなことより、とっととデュエルしようぜ、お嬢さん」
「そのつもりなのだけれど、私としてはあなたが未来人なのか現代人なのかを明確にしなくちゃならないのよね。対戦相手の時代に合わせたカードを使うことがファーストエンドとしてのルールなの」
「そいつは失礼したぜ。俺が何者なのかは置いておくとしても、安心しな、未来のカードなんざ持ってねーからさ」
「了解。その申告が嘘か誠からは考えないことにするわ。信じてあげる」
言って、彼女はエプロンからデッキを取り出してデュエルディスクにセットする。
自らのルールに従って現代のカードプールに合わせたデッキを使ってくれるらしい。こちらとしては助かるが、状況が状況なのに従順なことだ。
しかし、神路のデッキは現代のカードを使っていると言うより、どちらかと言えば過去のカードを使っているので、彼女が時代に合わせたデッキを使ってくれたとしても完全なフェアとはならない。
「アンティデュエル。私が勝ったら遊凪御影を見捨ててもらうわ。あなたが勝ったら、どうしましょうか?」
「二度と御影の前に姿を表すな。それでいい」
「いや、そんな柔らかいのじゃダメだ。身柄をWDに引き渡してもらう」
ふたりの交渉に中腰姿勢の鈴香が割って入った。
「お嬢ちゃん、悪いけど、これは俺と彼女のデュエルなんだ。間に入らないで貰えるか」
「融通の聞かない野郎だな! どっちにしてもあんたには関係のないことなんだから、少しは私の味方をしてくれてもいいじゃないか」
「悪いけど、御影以外の味方をするつもりはない。俺に口を出したいなら御影に生まれ変わって出直すことだな」
「……意味がわかんねえよ」
神路を説得するのは無理だと悟ったのか、鈴香は黙って目を伏せた。その場のテンションから発せられる言動に、ちょっぴり引いているのかもしれない。長年連れ添っている僕としても目に余るぐらいなのだから、初対面では無理もない。
そんな鈴香と反対に、神路は目つきを変える――道化からデュエリストへと。
現状――
現状、未来人であり絶対デュエル主義反対組織WDによって開発された拘束システムによって、僕を含めって三人が行動不能な状況は未だに継続中だ。動ける人物はふたり――正確にはひとりなのだけれど、僕の中では幽霊だろうがなんだろうが神路明は人物扱かいだ。
ふたりの内ひとりは、現在進行系で拘束システムをデュエルディスクから発生させている女性――絶対デュエル主義繁栄組織ファーストエンドのメンバー。目下で僕をこの世界から退場させることを企んでいる人物であり、ファーストエンドとWDを比べてどちらが正しい組織なのかを区別することは話を聞いただけでは難しいのだけれど、今に限って言えば僕の敵だ。
向かい合うのは神路明。拘束システムの適応外にいる彼は、霊体であることが功を奏して肉体に縛られることなく、自由に動くことができ、このシュチュエーション下に置いては、確かに明日宮の言う通り、逆境に対する切り札とするには打って付けな存在である。
自分自身のことをアンティとしたデュエルを神路明に任せるのは、いささか不安ではあるのだけれど、まさに手も足も出せない僕では贅沢を通すことはできないだろうから、口を挟めない。
いろいろな不満や不安に押しつぶされそうになる僕を置き去りにして、デュエルは始まった。
「俺は手札から《プロト・サイバー・ドラゴン》を通常召喚」
先行1ターン目、神路がデュエルディスクに叩き付けたカードは、当時から彼が愛用していた《サイバー・ドラゴン》のモンスターだ。暗闇の中でのっそりと機動音を響かせながら、怪しく光る眼をサーチライトに見立てて、目前の敵――未来人にしてファーストエンドのメンバー、ID:276を名乗るカードショップの店長を照らし出す。
「続けて手札から装備魔法、《流星の弓―シール》を《プロト・サイバー・ドラゴン》を対象に発動。このカードを装備したモンスターは、その攻撃力を1000ポイント下げる」
手足のない機械竜には、もちろん弓矢を操ることはできないらしく、装備魔法のグラフィックが表示されない代わりに、モンスターを包み込むように淡い縁色の光が発生した。その光は装備したモンスターの攻撃力を1000ポイントダウンさせる代わりに、直接攻撃の権利を寄付させる装備魔法カード。バトルフェズがおこなえない先行の第1ターンで発動させても本来の用途では活用できない代物だ。ましてや攻撃力が100しか残らないようなモンスターにあてがうべきカードではない。
プレイミスともふざけているようにも取れる神路のアクションは、しかし確かに意味のある一手なのだ。
一見、無意味に思えるこの一連の行動を、僕は知っているし体感もしている。
「もちろん、ただ無闇に攻撃力を下げただけじゃないぜ。追加オーダーだ。手札から《機械複製術》を発動。このカードは、攻撃力500以下の機械族モンスターを対象にして、同名のモンスターをデッキから2体まで呼び出すことのできる魔法カードだ」
フィールドの機械族は《プロト・サイバー・ドラゴン》のみだ。その元々の攻撃力は1100ポイントであり、素の状態では複製の対象圏外だった。だから対象内へと攻撃力を調整するために神路は装備魔法を挟んだのだ。
名称を利用した機械竜の大量展開。
神路が好んで使う戦術。
ちぃーちゃん風にいうところのマイフェイバリットパターン。
「出揃え! 《サイバー・ドラゴン》たち!」
フィールドに展開される2体のモンスター。手足の無い機械竜が夜空をバックにソリッドビジョンの力を借りて姿を表す。個々の眼光、そして咆哮が、己の敵を威嚇する。
「なぁに?」
と――しかし、大量のドラゴンたちに狙われているにも関わらず、店長は肩透かしを食らったかのように大きく眉を落とすだけだ。
彼女の立場に立ってみれば、それも無理からぬ話だ。意気込んで挑んできた奴が、古い戦術を型落ちのデッキで披露して、得意顔になっているのだから。
「《プロト・サイバー・ドラゴン》が出てきただけでもびっくりなのに、《流星の弓―シール》まで使うものだから、なにをするつもりなのかと思ったら、たかが《サイバー・ドラゴン》を2体展開しただけじゃない。《プロト・サイバー・ドラゴン》を弱体化させてまですることかしらね」
「悪いかよ」
「悪いわよ」
神路のセリフに即答で返して、そのあと「あっ、勘違いしないでね」と続けた。
「別にあなたの戦術そのものは問題ではないの。悪いのは私の時間感覚ほうね。おかしいわよね。間違ったかなぁ。確か今の環境では《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》はまだにしても、すでに《サイバー・ドラゴン・コア》は刷られていたはずなんだけどね」
「安心しなよ、お嬢さん。時間感覚がおかしいのはあんたじゃなくて、俺の方だからよ。時間の流れさえも超越する男、それがこの俺、神路明だ」
なんだかよくわからないことを、決め顔で言うのが彼の癖だった。基本的に目立ちたがり屋であり、言動に深い意味を持たない人間なのだ。
神路のデッキは肉体を失ってから変化がない。
彼は実体を持たないので、現物のカードを手にすることができないのだ。
彼のデッキは数年前で止まったままだ。
成長する余地はない。
「俺は、カードを一枚伏せてターンエンド」
「はい、ストップ」
ターンの移行を言い渡されたところで、店長が待ったをかけた。
このタイミングで巻き戻しを主張するということは、神路のエンドフェイズかあるいはメインフェイズに発動できるカードが手札にあるということなのだろうか――しかし、店長の言葉はゲームに直接関係することではなかった。
いや、むしろよりゲームの根幹に関わることだったか。
「ちょっとちょっと、さすがにこれは私としては見逃せない事態よね。どうしてあなたはフィールドにモンスターを揃えたままターンを終了しようとしているのかしら?」
「何が言いたいんだ、お嬢さん」
「何がじゃないわよ。おかしいわよね。モンスターが3体もいるのに、どうしてあなたは次に繋げようとしないの? リンク召喚は……、まだできなかったわね」
と口を滑らせたのを誤魔化すように咳払いをした後、
「やり方はとても不格好だけれど、レベル5のモンスターを2体揃えたのだから、エクシーズ召喚ぐらいはしておいてもらいたいわ。私としては舐められてるみたいで嫌なのよ。特別にターンエンドは聞き逃してあげるから、せめて《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》を出してからターンを回してもらいたいわ」
当たり前のように、召喚を催促する店長さんだった。それはファーストエンドとしての恫喝ではなく、デュエリストとしての助言なのだろう。
しかし、何度も繰り返すが神路明は新規のカードを手にすることができないので、もちろんエクストラデッキにも変化をもたらせない。
当たり前のことを当たり前にできなくなってしまったのが彼だ。肉体のみならず、デュエリストとしての楽しみを大方失っている。
「期待に応えられなくてすまないな、お嬢さん。これが俺にできる精一杯のおもてなしってやつさ。我慢してくれとは言わないが、ちょっとばっか目をつむって欲しいもんだな」
「つまらない男ね」
「よく言われる」
ふたりのやりとりを聞いて、鈴香が顔色を変えた。「おい」と僕に呼びかけて、意識を誘導する。
「あいつ、大丈夫なのか? こんな時にナメプしてやがるんだけど……」
「大丈夫なのかどうかは僕にも判断できないよ。キミたちには舐めてるように見えるかもしれないけど、あれが彼の全力なんだ。正直なところ、あれでは勝機が少ないだろうけど、いま動けるのは神路だけだから泥船に乗ったつもりで任せるしかない」
いまの僕にできることは、ワーストデュエリストとして成り行きを見守ることだけだ。明日宮が言っていたことがまたしても事実と重なっていて、露骨な舌打ちをしてやりたい気分だった。
「それじゃあ、私のターンね。イレギュラーなアンノウンの襲来に、ワクワクしてたのだけれど、これじゃあ思ったより楽しめそうにないわね」
落胆を隠すことなく、彼女はデュエルを続行する。デッキからカードをドローして、手札の2枚を人差し指と中指で挟んで引き抜く。
「私はあなたみたいに手を抜いたデュエルはできないから全力でやらせて貰うわね。スケール1の《クリフォート・ディスク》とスケール9の《クリフォート・ツール》でペンデュラムスケールをセット」
彼女は聞き慣れないカードを魔法・罠ゾーンの両端にそれぞれ置いた。
刹那、殺風景な夜空を彩るネオンのように、光の柱が彼女を挟んで左右へ出現した。追って、それぞれの柱の中点に収まるようにして、モンスターが影を落とす。
その形状から察すると、神路の《サイバー・ドラゴン》と同じく、機械族のモンスターだと思われる。同じ種族ではあるのだろうけれど、毛色はまるで違っていた。《クリフォート》モンスターは機械竜や人型ロボットのようにようにわかりやすいものではないし、表情もない――顔は付いていないのに、なぜだか生物めいた印象を見るものに与える。
その独特のフォルムは、何とも形容し難いが、近いのは《巨大戦艦》シリーズのような飛行物体をモチーフとしたものだった。《巨大戦艦》がSFチックで宇宙向けと分類するならば、《クリフォート》はファンタジー色が強く、大気圏内向けだ。その巨体と細かく施された装飾が、夜の背景で不気味に映えていた。
「おっ、なんだなんだ! モンスターカードを魔法・罠ゾーンに置いて何をしよってんだ」
「あら? あなたはまだペンデュラムモンスターを知らなかったのね。それなら丁度いい販促になりそうね。しっかりとペンデュラムモンスターを味わってから帰って頂戴ね」
ペンデュラムモンスター――現代に置いて、最近登場したばかりの新しい要素を持ったカードだ。モンスターカードでありながら魔法カードのようにしてペンデュラムゾーンに置くことで効果を発揮できると聞いている。
魔法・罠ゾーンの右端及び左端に新設されたペンデュラムゾーンは、以前までと同じように魔法・罠カードを使うために運用することも可能だが、ペンデュラムモンスターが収まることで役割が変化する。
「《クリフォート・ツール》のペンデュラム効果を発動。800ライフを支払うことで、デッキから《クリフォート》カードを1枚手札に加えるわね」
店長はデッキから選んだカードを公開する。《クリフォート・シェル》なるモンスターカードだった。
モンスターカードでありながら魔法カードのような用途でも活用でき、E・HEROにおける《E―エマージェンシーコール》のように、デッキからモンスターを呼び込める強力な効果まで備えているとは恐れ入った。
「あら、ここで驚いた顔をするのはまだ早いわよ。まだペンデュラムモンスターの真骨頂は披露していないわよ」
言って、彼女は3枚のカードを手札から選び取る。
ペンデュエルモンスターの真骨頂――ペンデュラム召喚。
ペンデュラムゾーンの左右にセットしたペンデュラムモンスターのスケールに合わせて、モンスターを同時に展開できる召喚方法。エクストラデッキからでも呼び出せると聞いているが、今回は手札からのみの召喚らしい。
レフトにセットされたモンスターのスケールは9、ライトにセットされたスケールは1。つまり、ペンデュラム召喚の対象となるのはレベル2~8のモンスターだ。
永続魔法カードのように運用して、アドバンテージを消費しないばかりか、なおかつモンスター展開の足場となってくれるとは、なるほど販促の価値があるカードたちだ。
「ペンデュラム召喚。現れなさい、レベル8の《クリフォート・アクセス》、《クリフォート・エイリアス》。そしてレベル6の《クリフォート・ゲノム》」
ペンデュラム召喚によって展開されたモンスターは3体。形状は個々によって異なるが、《クリフォート》の例に漏れず、同系統の雰囲気を持ったモンスターだった。
攻撃力は《アクセス》と《エイリアス》が上級モンスターに相応しい数値の2800ポイント。《ゲノム》は一歩引いて2400ポイントだ。
高攻撃のモンスターが大量に繰り出される様は圧巻で、敵対している側としては驚愕から肝を冷やしたけれど、直後に《クリフォート》モンスターのテロップに表示された攻撃力が軽快な効果音と共にダウンする。みんな仲良く、1800ポイントで統一されていた。
「なんだ? どういうことだ、モンスターが弱っちまったぞ。ペンデュラム召喚ってのはモンスターを弱体化させちまうのか。購買意欲もげんなりだ」
挑発を交えて嘲笑する神路だった。
確かに、せっかくモンスターを揃えても、攻撃力が低級モンスターレベルに下がってしまってはありがたみが薄れる。
しかし、それはペンデュエル召喚のデメリットではなく、どうやら《クリフォート》モンスターの特性だったらしい。
「私が出した《クリフォート》モンスターは、特殊召喚で呼び出した場合に、攻撃力とレベルが変動してしまうのよね」
ペンデュエラム召喚は特殊召喚扱いになるらしく、だから弱体化してしまったという訳か。
せっかくモンスターを揃えられても攻撃力が1800ポイントでは《サイバー・ドラゴン》の敵にはなりえない。ならばホッと一安心――するにはまだ早い。
攻撃力も下がったが、レベルも下がって4で統一されていた。つまり後続、エクシーズモンスターの登場が控えているということだ。
「残念ながら、《クリフォート・ツール》のデメリットで私は《クリフォート》モンスターしか特殊召喚できないのよね。エクシーズ召喚はできないわ。それに、販促もあるしペンデュラムだけでやるべきよね。もっとも《クリフォート》は特殊召喚ではなく、アドバンス召喚によって真の力を引き出せる特性を持っているのよ。だから《クリフォート》にとっては、ペンデュラム召喚は足場を固めるための手段に過ぎないのだけれどね」
言って、彼女は残った2枚の手札から1枚を選択した。
「《アクセス》と《ゲノム》をリリースして、《クリフォート・シェル》をアドバンス召喚」
アドバンス召喚――慣れない名称に耳が出遅れたが、それは僕がデュエリストだった頃からあった要素だ。昨今では大型モンスターは特殊召喚によって呼び出すことが多くなっていたから、忘れがちになってしまったのだけれど、フィールドのモンスターを墓地へ送って手札から高レベルのモンスターを通常召喚することをアドバンス召喚という。レベル5以上は1体、レベル7以上が2体だ。
新たに現れた《クリフォート》は、巻き貝のような形状をしていて――しかし比喩ほど柔らかい印象ではない。聞く者に威圧感与える機動音を響かせながら、それはフィールドに降りたった。
「アドバンス召喚により、攻撃力は下がらず2800のまま。さらに、《クリフォート・シェル》は《クリフォート》モンスターをリリースして召喚に成功した場合、1ターンに2度の攻撃が可能になるのよ」
「《サイバー・ツイン・ドラゴン》と似たスペックだな。やってくれるぜ、お嬢さん」
神路は呑気に構えているようだけれど、事態はよろしくない。
「加えて、《クリフォート・ディスク》のペンデュラム効果が適応されるわ。フィールドの《クリフォート》は攻撃力を300ポイント上げる」
店長の《クリフォート》モンスターはペンデュラムゾーンからの補助によって攻撃力が微力ながらアップしていた。
たかが微量な上昇と侮るなかれ、3100ポイントで2度の攻撃ができるモンスターと2100ポイントに強化されたモンスターは、2100ポイントの2体と攻撃力を自ら調整して100ポイントしか残っていない機械竜を薙祓って尚且つ神路のライフを削りきることのできる範囲に入ったのだから。
それだけでもピンチ極まりないのだけれど、一難去ってないのにまた一難がやってきた。
「リリースされた《クリフォート・ゲノム》のモンスター効果発動。あなたのリバースカードを破壊するわ」
「……やってくれるじゃねーか」
ここでようやく神路の表情に曇りがあった。相手がいくらモンスターを揃えても、打開できるだけの役割を、そのリバースカードが担っていたらしい。
「仕方ねえか、リバースカードオープンだ!」
《ゲノム》の効果対象となった伏せカードを彼は発動させる。《リミッター解除》だった。速攻魔法のそれは、自軍の機械族の攻撃力を倍にする効果を持っている。機械族の共通の切り札であり、時代を越えて活躍できるカードだ。ターンのエンドフェイズ時に効果を受けたカードが破壊されるデメリットはあるが、それでも1ターンの延命には繋げられる。
――これもまた油断。
機械族共通の切り札。
守りより攻めに真価がある。
時代を問わずに活躍するカード。
残された1枚の手札。
伏線は直後に回収されるだろう。
「弱いものいじめよね、これは」
なぜか――
なぜか、対戦相手に同情するかのように、彼女は目を細める。残った最後の手札に何度か目配せをして使用するかどうかを迷っているようだったが、決意を瞳に載せて、彼女は最後のカードをデュエルディスクに読み込ませる。
「王手ね。手札から速攻魔法、《リミッター解除》を発動」
せめてもの同情とばかりに、攻撃は1度だけだった、対象は《プロト・サイバー・ドラゴン》、100ポイントだった攻撃力が《リミッター解除》によって200となっていたモンスターだ。攻撃役が、《シェル》か《エイリアス》かなんて関係がない。同名の強化カードによって6200ポイントと4200ポイントに上昇している以上、どちらで攻めようとも、どの道、神路の敗北は決定事項だ。まだ彼には手札が残されているけれど、その青ざめている様子から《オネスト》は握っていないと窺える。
実に呆気ない結末だった。
谷がなければ山もなく、撮れ高が生まれない。
生産性がなく、毒にも薬にもならない。
自分がアンティにされていることなんて関係なく、小指ではじかれるように敗北へ向かう神路明の姿を目にして、どうしようもなくいたたまれなくなって、僕は目を伏せる。
時代は移り変わっていく、置き去りにされた彼はどこまでも無力で――滑稽ながら、それは僕にも当てはまることなのかもしれないと思った。
レーザー光線が地面を焦がしながら機械竜に迫り、やがて爆発音と共に神路の悲鳴がこだました。鈴香の声も混じっていたかもしれない。
ライフポイントがゼロになったことを表す効果音が、とてもチープに聞こえた。
「しっかり受け止めなさい、遊凪御影」
デュエルにいっさい関与していなかったはずの明日宮が、なぜか、まるで勝ち誇るかのように、したり顔で口を開く。
「ご覧の通り、あなたの切り札は現実においてはまるで役に立たない存在なのよ。どれだけ後生大事に抱えていても、助けにはなってくれないわ。良くない物――過去の思い出はさっさと祓い捨てましょう」
それはまさしく余計なお節介だった。