遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト―   作:Rさん

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真夏のデッドライン 後編 009

 神路明が出張ってきたところで現状の打開にはつながらないであろうことはある程度想定できていたことなので、僕としては実のところ、それほど肝を冷やすような結果ではなかった。彼の存在としての希薄さを持ってすれば、むしろこれが当然の結果であるとさえ言える。

 つまりは、泥船が沈むべくして沈んだ。それだけの話だ。

「あらら、デッドエンドね」

 何がそんなに嬉しいのか、明日宮は終始で呑気を貫いていた。体の自由が奪われている状況だというのに、表情や声色からはピンチという概念を一切匂わせない。どころか余裕さえもあるように感じられる。神路の敗北も、どうやら彼女にとっては予定調和の内に入っているらしい。ここまで掌中にあるのであれば、この先の僕にとっての未曾有の危機を切り抜ける方法さえも彼女は把握しているのかもしれない。

 しかしだからといって、彼女が事の顛末まで含めて物事を悟っているとしても、安心するべきではない。そもそものピンチを作り出したのは他ならない彼女だからだ。僕にとっての赤紙的存在が彼女といってもあながち間違いにはならない。彼女の行動のひとつひとつが、すべて余すことなく僕にとってのマイナスに作用していることを鑑みると、やはり全面的に信用してしまうのは自殺行為だ。ある種の敵として彼女をカウントしても罪には問われない。

 ふふふと、他人事のように口元を緩ませる明日宮雅。

 それとは正反対に、鈴香は中腰姿勢のまま、奥歯をぎしぎしと鳴らして目の前の敵をにらみつけていた。自身が所属している組織WDの、その宿敵であるところのファーストエンドに対する恨み辛みが視線に乗っているように思う。

 そして、そんな憎き相手であるところのカードショップの店長に、自らの秘密兵器を渡してしまって、あまつさえ使いこなされ、結果として窮地に追い込まれているのだからやるせない気持ちもあるはずだ。自責の念に駆られているのだろう。

 鈴鹿にもう少し考える力があったならば防げたアクシデント――デュエルモンスターズの布教をたくらむのがファーストエンドであるのならば、彼女たちがカードショップを経営していても不思議ではないく、むしろ合理的だ。そのことに気づいてさえいれば、WD製のデュエルディスクをむざむざと敵の手に渡さずに済んだのである。

 まあ、だからといって今更鈴香の失態をとやかく攻めたところでなんのメリットもない。仲間割れをしている場合ではなく、そして、状況を差し引いても愚痴を言う気にはなれなかった。

 空腹で行き倒れるレベルであったのならば、意識が朦朧として頭が回っていなかったとしても、それは仕方がないことだろう。

 背に腹は代えられないのだし。

 問題とするべきは過去ではなく未来なのだ。

 WDのメンバーとして僕を直接的に巻き込むのであれば、それなりに手厚いボディーガードを務めてくれなくては困るのだ。失敗は成功で取り返してくれ。

 頑張れ鈴香負けるな鈴香と心の中でエールを送ってみたけれど、それでご都合主義が起こってくれるわけでもなく、彼女はいつまでも中腰のままだ。「うおおお」とか「ぬあああ」などと根性を出して動こうとしてくれてはいるみたいだが、気持ちだけが先行して結果が伴ってくれなかった。

 一応、なんとか状況を打開してくれよういう気構えはあるようだけれど、気持ちだけでどうにかなるほど現実は甘くはない。心構えだけでどうにかできるのであれば人生に挫折はないのだ――まあ、現実というか、どちらかに分類するとするならば非現実的な状態に僕は置かれているのだけれど。

 頼りにはしてみたものの、本当のところ、彼女には始めからあまり期待はしていなかったので落胆もしてあげられない。

 とどのつまり、最後に頼れるのは自分自身しかいないということを、僕は経験則で知っている。

「ふむ」

 現実逃避から回帰して、状況を再度分析する。

 いやはや、状況を再分析するなどと明日宮と彩色ないぐらい呑気極まりない思考回路を我ながらしているものだ。

 何を差し置いても土下座して命乞いをすることがこの場合、普通なのかもしれない――命乞いが普通といえるような状況がもはや普通から逸脱していることなのだけれど、そんな倫理観や平和論を考えて未来の行く末を案じる暇すらもない。

 こんな情けない方法しか思いつかないということは、つまるところ、ほとんどお手上げなのだ。

「あらあら? えっと、こんなことをあなたたちに訊くのはなんだけれど、私は何をしていたのかしら」

 店長――ファーストエンドのメンバーは不思議そうに、薄い口紅で装飾された唇を尖らせながら、デュエルディスクに配置されていたカードを片付けていた。

 何をしていたも何も、あなたは僕の友とデュエルをしていただけですよ――そう素直に伝えてやるのが優しさとなるかはわからなかったので、僕の口は重かった。

 神路明の存在はだれにでも認識することができる。だけど、彼の存在を記憶として処理することができる人間は一部に絞られている。

 彼がデュエルに敗北するとともに姿を消したことで、店長から神路明に関する記憶が抜け落ちた。たぶん、それは鈴香にも適応されているはずで、例外にあるのは知る限りにおいて、僕と――そして明日宮雅だけだ。

 霊に憑かれた僕と、霊能力を有している明日宮雅。

 特別な枠に縛られたふたりだけが、神路明という概念を記憶として留めていられるのだ。

 彼のことを共有できる理解者が増えたことを喜ぶよりも、明日宮雅という他人が彼を理解してしまっていることに憤りを感じてしまうのは我ながら懐が狭い。

 明日宮は神路のことを良くないものだと言い、それを祓うためだけに未来人をも巻き込んで現状を形作った。けれど、どうやらその目的は未だに達成には至っていないようである――神路は店長とのデュエルで自身のライフがゼロになったとき、『すまねえ、御影。一旦隠れるぜ。後は自分で何とか解決してくれ』と言葉を残して視界から消えた。よって彼のセリフを基準として考えるのであれば、未だにこの世界には留まってくれているらしい。律儀にも、対戦相手と交わしたアンティールールをしっかりと守っている辺り、やっぱり彼もデュエリストだ。思想がファーストエンドに寄っていることがなによりの皮肉だが。

 僕はともかく、彼は大丈夫。

 神路明は生きている――僕の中で存命だ。

 そもそも神路明を成仏させる方法は、僕とのデュエルで決着をつけることなので、そんじょそこらの奴に負かされたからといって、拗ねてバイバイしてしまうような安い感じであっては困る――もっとも双橋に敗北したときの彼は、それなりに落ち込んでいる様子があったので、そのまま昇天してしまうのではないかと心配したものだが。

「うーん。私は誰とデュエルしてたんだっけ?」

「更年期障害か、ファーストエンドさんよ」

「ごめんなさいね。過激派さん。今はそんな安っぽい挑発に乗ってあげられる気分ではないの。何をしたってわけでもないのに、何故だか罪悪感に押しつぶされそうなのよね。例えるなら、無抵抗の相手を一方的にボコボコにしたような、そんな後味の悪さよ」

「その罪悪感の正体は、私たちを動けなくしていることへの引け目なんじゃねえのか」

「そう、なのかしらね? 過激派さんの小賢しい技術を使ってしまったから罪悪感が生まれてしまったのかもしれないわね。……うん。まあ、そんなところよね。だったらしょうがないわ、甘んじてこの不快感を受け入れましょう」

 神路によって空けられた記憶の穴は、頼んでもいないのに個々の脳が勝手に修復してくれるのだ。双橋は彼を忘却し、御厨の中では神路のことが僕に置き換わった。普段は不便で煩わしい機能なのだけれど、今回に限っては便利な方向に作用してくれている。

 とはいえ――

 とはいえ、一時的な混乱が想定していたよりも早期に終息を迎えてしまったことは悩ましいことだった。もちろん打開策を閃けるだけの時間はない――正直、時間があったところで答えを導き出せるような自信は、本当のところはない。自慢ではないけれど、時間をかければかけるだけ怠けてしまうのが僕なのだ。

「考え直してくれる気はないですか?」

 策を持たない僕は、仕方なく、直感で行動に移り、往生際悪く、彼女が向かう先を誘導する。

 それは、やっぱりダメ元ですらない。

 悪足掻きであり、時間稼ぎだ。

 僕は店長に言葉を向けながら、しかし意識は別のところへやる。四肢は動かせないので、目だけを動かして自分の左腕に装着したデュエルディスクを見る。月明りを反射してギラリと新品の光沢に目がくらむ。

 店長が駆使している拘束システムを無力化できるらしいオートジャミングなる機能が、このデュエルディスクにも搭載されているのではないかと期待してみた――冷静に考えてみれば、オートというからには既に発動していなければ辻褄が合わないのだし、そしてなにより、このデュエルディスクの出所は他ならない店長からなのである。彼女が敵に塩を送るような人だとはとても思えない。

「考え直すのは私じゃないでしょ。私だって出来れば穏便に事を済ませたかったわよ。強引なやり方は人々の混乱や反感を招いてしまうものね。今のあなたたちのように。だから汗水垂らして水面下でステルスマーケットに徹していたのよ。意識ではなく無意識の向く先を整えるためにね。それなのに、そこの過激派の大馬鹿者が私たちの努力を無駄にしたのよ。もはや後戻りなんてできやしないのよね。岬野御影という現代人が未来の事情を知ってしまったのであれば、世界から退場してもらわなくては危険なのよね。恨むなら過激派さんたちにして頂戴な」

「……どうして僕だけなんですか? 未来の事情が現代人に知られたことが危険だというのであれば、それは明日宮だって同じだ。だったら彼女にも同じく退場してもらわないと、僕としては納得できないですよ。むしろ、あなたたちにとって厄介なのは明日宮の方だったはずです」

 明日宮のことを引き合いとして出すことに躊躇はなかった。彼女は木実近恵美を壊した張本人であり、神路明を現在進行形で消し去ろうとしている奴なのである。庇うつもりなんてさらさらないし、どうせ僕がここでゲームセットになるのであれば、道連れにしてやっても罪悪感は芽生えない。

「あ、あなたって人はどこまでも愚かね」

 などと明日宮は口癖のように僕のことを抽象的になじってくるけれど、その表情は見慣れないものだった。瞳を大きな丸にして、露骨に驚きを露わにしている。彼女からすれば、裏切られたようなものなのだから、その反応は人間らしくあるのだけれど、当たり前でない人間に平常な仕草をされてしまうと僕としては調子が乱されてしまう。

 一方の店長は嘲笑するように鼻を鳴らして、細い腕を胸の下で組む。

「そうね。明日宮雅のようなイレギュラーな存在は、確かに私たちにとっては厄介極まりないわ」

「だったら、どうして明日宮に敵意を向けないんですか?」

「明日宮雅は世界にとっては重要でないからよ」

 ――あなたほどはね。

 と。

 最後に彼女が付け足したその言葉の意味を、僕はうまく飲み込むことができなかった。

 何をご冗談を言っているのだろう。

 馬鹿げたことを未来人はおっしゃる。

 オカルトじみた突拍子もない存在であるところの明日宮雅を差し置いて、ただの平凡な高校生であるところの僕が世界にとって重要な存在になり得るはずがない――いや、普通であって特別ではないとは、霊に憑かれた僕には言い切れないのだが、裏を返せばその点でしか人と違うところはない――秀でた能力もなく、唯一の取り柄からも離れた男だ。

 昔の自意識過剰だったころの僕だったとしても、明日宮より重要人物だと自負するようなことはしない。例え話を借りることになるが、誰だって威嚇する咆哮とヒーローバリアを比べればどちらの方が重要かなんて、その答えは明白だろう。

 自分を卑下ているわけではもちろんない。

 比べられる対象が神路明や御厨夏目であったのならば、僕だって多少は胸を張れる。

 比較対象が規格外だ。

 口に出さずとも、あからさまに戸惑っている僕の態度を汲み取ったのか、店長は話しを続けた。

「これは個体が持つ能力は関係ないのよ」

「……能力が関係ない?」

 それは身体能力や学習能力のことを指しているのだろうし、もちろんデュエルの腕前や人間性に至るまでを内包しているのだろうと察する。

 そういった『能力』が関係ないとするならば、何をもって僕が明日宮を差し置いて世界にとっての重要な人物と位置づけられるに至ったのだろうか。

 答えは――

 その答えは考える間もなく、すぐに発表された。

「これは影響力の問題なのよね。明日宮雅は確かに良くも悪くも人へ影響を与え得る危険性を持ってはいるけれど、世界の在り方まで変えてしまうほどの影響力は宿していないのよね。だからね。彼女が未来の事情を把握したところで、それによって未来が変動してしまうことはありえないの」

 引っかかってはいたことだ。

 SFに興味がない僕であっても、タイムパラドクスによる時間軸の改変によってもたらされる矛盾。つまりはタイムパラドクスなる概念があることは知っている。

 未来人が過去に介入することによって発生する齟齬。

 過去と未来でかみ合わなくなる道筋。

 現代人である僕や明日宮雅が未来の出来事を知ってしまったが故に、本来辿るべきだった未来がなくなり、新たな事実で上書きされる。

 机上の空論ばかりが創作物などで発展するばかりで、実体験が伴わないそれらの小難しい理屈を、彼女たちはそういう風に解釈しているということか――

 ――影響力のある者にしか未来に変化を与えられないと。

 だけど、そんなのは所詮――

「世迷言ですよ」

「あなたが言いたいことはわかるけれど、決まった法則がないのだから、私たちは持論を並べるしかないのよ。明日宮雅が未来を知ったところで、彼女は内包的な性質を持っているから、誰かの世界観を変えることができても世界に影響は及ばないのよね。遊凪御影、あなたと違ってね」

 繰り返される謳い文句に、どうしようもないほどの違和感を感じながら、干上がった喉に唾を送りながら話を続ける。

「僕もどちらかというと内包的な性格だと思ってたんですけどね。世界はもとより、他人にだって影響を与えられそうにありませんよ」

「まあ、確かに。ぼくくん自身が他者より秀でた影響力を持っているわけではないもの」

「……どういう意味ですか。僕に影響力があるからWDが生まれたと言っていたのではないのですか」

「ぼくくんというより、正確にはぼくくんを取り巻く環境に影響力があるのよ。例えば。明日宮雅もその環境の一部を担っているの。彼女がこうして場をかき乱しているのは、もとを辿ればぼくくんが関係しているからなのよね。なにより、ぼくくんがいなければ私たちファーストエンドがこうして動く必要もなかったのよね。あれやこれやの偶然や必然が交じり合って生まれた環境が、世界に影響を与えるほど大きな存在になってしまったのね」

「環境ですか……」

「ぼくくんが存在したからこそ生まれた特別な環境ではあるんだけど、思いあがらないでよね、これはぼくくんが先天的に有しているスキルなんかじゃ間違ってもないんだから」

 過ごしてきた環境。

 今までの生い立ち。

 落ちこぼれた過去。

 デュエルを始めた経緯。

 大切なものをなくした結果。

 生き甲斐を捨てる決意。

 それらを経て今の僕があり、そして結果的に未来を左右するほどの影響力を宿してしまったということだろうか――僕が今までしてきたことや、してこなかったことが混ざりあって積み重なって、あるいは混ざらなかったり積み重ねなかったがために、こうして危機的状況に追い込まれてしまったというのか。

 それでは、あまりにもあんまりだ。

 嫌でも思い出してしまう、幼少時代の異物感を――僕に非があるわけじゃないのにどうしても疎外されているような感覚に陥ってしまう。

 だったら、この異物感を解消するすべはひとつだ。

 僕が知る中でたったひとつの方法――

「デュエルしませんか」

「えっ?」

 この期に及んでみっともなく現実に縋り付こうとする。

 頭が錯乱しているのか、現実逃避をしながら現実を目指す。

「あなたたちファーストエンドの目的が、WDの起源となっている僕を世界から退場させることだったはずです。だったら、僕がデュエリストに戻れば万事解決する。あなたたちはミッションコンプリート。こっちは命拾いして万々歳だ」

「おいっ!? 遊凪少年、お前は私たちを見捨てるつもりなのかよ!」

 鈴鹿が条件反射のように割って入った。

 必死が滲み出た形相だった。

 女の子に幻想を抱いている僕としては、美少女にはそんな鬼のような顔をして欲しくないのだけれど、まあ、背に腹は代えられない。それに、僕の幻想はどっかの生徒会長によってほとんど崩壊してしまっていた。

 しかし、何を勘違いしていらっしゃるのだろうか。

 見捨てるもなにも、本音を吐露すれば僕が彼女たちWDに親切してやる理由が特にないのだ。こちらにデメリットがないのであれば多少は協力してやらんこともないけど、自分の今後がかかっているのであれば、優先順位は変わってくる。

 神路を留めることが、デュエリストを辞めた理由の大半を占めてはいるけれど、それだって場合が変われば心も動くというものだ。幸いなことに、彼は姿を隠してくれているので、今ならデュエリストに回帰したところで、口うるさく問い詰められることもないのだし。

 ばれなければオールオッケーだ。

 信念や感情なんてものは環境に合わせて移り変わっていくのがベターだ。臨機応変に生きられるのが人間の長所であり、ずるいところでもある。

 背に腹は代えられない、か。

 ますます鈴香を責められなくなった。

「いいわよ。デュエルしてあげる」

 ファーストエンドの一員がデュエルディスクを構えてくれたことに、肩が軽くなった――しかし、上げて落とされるのが僕の人生ではパターン化してしまったらしい。

「デュエルしてあげると言いたいところだったけど、そんな簡単なことでは、もうないのよね」

 演技がかった口調で、店長は残念と言わんばかりにかぶりを振る。

「ぼくくんを取り巻く環境はすでに変化しているのよ。状況が変わったと言うべきかしらね。未来の事情をカミングアウトされてしまった時点で、ぼくくんの意識は上書きされてしまっているの。意識が変われば当然、今後の振る舞いや生き方だって変化してくるのね。影響力を有する人間が予定になかった行動をすれば、未来の世界も変化するの。その変化した未来が私たちファーストエンドにとって有益なものであるのならば見逃してあげられるのだけど、そうとも限らないものね」

「僕が未来を知ってしまったことで、どういうふうに未来が変わるんですか?」

「それがわからないから困るのよね」

「わからない……?」

 未来からやってきたくせに、あまつさえ歴史を変えようとしているくせに、自分たちが過去に介入した後のことは知らないなどと無責任に言ってのけるのか、この人は。

 自然と目元に力が入ってしまう。

 そのことを機敏に察したらしく、店長はばつが悪そうになった。

「私たちだって、残念なことに万能ではないのよね。そこの過激派さんが言ったことを真似するみたいで嫌だけど、未来人だからと言って未来に期待はできないの。私たちが未来を改変することによって、その先がどうなるかなんて未知数なのよね」

「そ、そんな無責任なことがあるんですか。だいたい僕がデュエリストに戻れば、歴史上からWDという組織が根本から存在しなくなると言ってたじゃないですか。それは改変の結果を予測できているということに他ならないですよね」

「それは結果から見て逆算した消去法なのよね。どうすれば、WDを消し去ることができるのか歴史を紐解いて解析し、判明した一番可能性のある方法が、ぼくくんをどうにかすることだったのよね。まあ、それも既に過去のことよ。影響力を持っている人間が未来の事情を知ってしまったことで、この先が私たちファーストエンドにとってまったく予測できないものに変化してしまったのだから――」

 彼女が言いよどんだその先を、僕が繋げる。

「だから、消すってことですか」

 不確定要素の排除。

 サイコロの放棄。

 安心と共に不安を消し去る道。

 未来は未知で満ちている――本来ならば万能と呼べるタイムマシンも、人間が絡めばそうでなくなる。どうしても粗が出てしまうということだろうか。

 完璧はどうやっても作り出せない。

 思い返してみれば、彼女たちファーストエンドは一度歴史を改変しているのである。デュエルモンスターズという種を現代に撒き散らし、未来の世界で花を咲かせた。そのミッションを達成したものの、そこで生じたバグがWDの誕生を招いてしまったのだ。

 初めから完璧なんかではなく、確かなものなんてなにもない。

 人は予測道理に動いてくれないのだから、結果が不透明でも不思議じゃないということなのだろう。

  ぶっちゃけた話、あれこれ説明されたところで、タイムトラベルにおける歴史の動きや生じる矛盾なんてものは、僕には結局のところよくわからない。それは未来人であるところの彼女たちも同様なのだ。細かいところまで考えていない――やりたいことを、やりたいようにやっているだけ。

 つまり、ファーストエンドにとっては僕が未来を知ってしまった後では、ワーストデュエリストであろうがなかろうが既にそんなことは意味を成さないということらしい。

 逆に、WDは僕がデュエルをしないことが大前提の上に存在している組織である。ファーストエンドに僕が懐柔されるぐらいなら、未来の事情を晒してでも、賽の目に頼って未来を不確定にしてしまわざるを得なかったということだろう。

 WDは自分たちの存続を優先して、僕を危険な状況に放り込んだということか。

 まったく――

「僕に救いはないってことですか」

「まあ、そうなるわね」

 他人事のような軽い返事だった。

 店長がマイペースを貫いている理由は――こんな彼女にとっての何の役にも立たない与太話に付き合ってくれているのは、きっとだから心に余裕があるからなのだろう。

 考えるまでもない。

 僕たちは動けないのだし、逃げ出すことも抵抗することすらもできないのだから。いわば死刑台に縛り付けられたような状態の相手に、気まぐれで冥土の土産におしゃべりをしてくれているだけなのだ。

 その余韻ももうすぐ終わるらしい。

 店長はゆっくりとした歩幅で、僕に歩み寄り、目の前で停止した。

 首を前に倒せば、それだけで額がぶつかりそうな位置だった。双橋や木実近恵美とさえ経験のない距離間だ。

 彼女が長いまつ毛をしていることに気が付いて、同時に偽物だとわかって気持ちを落とされてしまった。

 そしてカラーコンタクトで膨張した黒目と視線が合った。

 人差し指の装飾された爪先が、僕の鳩尾にあてがわれて上下を這う。御利益のある銅像を触るような手つきだ。

「僕に影響力があるというのであれば、僕がいなくなってしまったらそれはそれで世界に影響が及ぶのではないですか」

 慣れない香水の香りに三半規管を狂わされながら、僕はみっともなく話を掘る。ちょっと考えればわかることなのに無知を装う――見て見ぬフリが僕は得意だ。

 店長にも僕の悪足掻きがわかっているのだろう。質問には答えてくれず不適に、あるいは素敵にほほ笑むだけだった。

 僕がいなくなるということは世界に影響を及ぼすのではなく、世界に影響しなくなるということだ。

 ただそれだけ。

 つまり、僕がいなくなることで本来現れるはずだった影響――WDの結成がなかったことになるだけだ。

 もっとも本当にWDという存在が綺麗さっぱりなくなるのかは、彼女たちにとってもわからないのだろうけれど。少なくともファーストエンドにとって有利になることだけは確かなのだろう。

 仮に僕がいなくなった後でもWDが存続しているようであれば、ファーストエンドは次の作戦を練り、実行する。

 虱潰しのローラー作戦の一端が僕を消すことなのだ。

 鈴香は観念したかのように顔を伏せて、明日宮は特に変わりなく平常運転で冷めた目を僕に向ける。

「安心していいのよ、ぼくくん。世界から退場させると言っても、なにも命まで奪おうというわけではないの」

「……えっ。そうなんですか?」

 晴天の霹靂というやつだろうか。

 安心していいのか、よくわからないことを店長が言ったので、僕は拍子抜けとも戦慄ともわからない感覚に襲われた。

「問題を解決するためには、ようするにあなたが現代に影響を与えないようにすればいいのね。だからつまり、現代におけるあなたを取り巻く環境をリセットできれば万事解決なのよね」

 僕ではなく、僕が置かれている環境に影響力がある――彼女はそう言っていたっけ。

 それは確かに、僕が消える必要はなく、環境を消すことで解決できることではある。

「環境をリセットなんて簡単に言いますね。僕を記憶喪失にでもするか、未来にでも輸入しようとでも言うんですか?」

「未来にお持ち帰りっていうのが最有力かしらね。記憶を消すこともできるけれど、WDにはそれを復旧させられる術があるから無駄だし、命を取るのはファーストエンドの主義に反することだもの」

「あなたたち未来人のタイムマシンは過去への遡航だけで、一方通行だったはずでは?」

「確かに、タイムマシンは不完全よね。狙った時間へは正確に飛べないし、飛べるのは過去へだけ。だけれど、それはタイムマシンに限った場合の話よね」

「……タイムマシンを使わずに僕を未来へ連行するってわけですか?」

「察しがよくて助かるわ。私たち未来人だもの、目的が達成できたらもとの場所へ帰らなくてはならないの。だから不完全なタイムマシンとは別にちゃんと時間を渡る方法を用意しているのよね」

 コールドスリープ――彼女は言った。

 人間を冷凍保存して長い眠りにつかせて、未来の世界で解凍する。その技術がWDはともかくとしてファーストエンドにはあるらしい。

 確かに、未来人が特攻隊よろしく過去の世界で永住するとは思っていなかったけれど、まさかそんな手口を使って住んでいたところへ帰ろうとしているとは驚きだ。現代の技術からはかけ離れた機器であるところのデュエルディスクを現代に持ち込んでいるのだからコールドスリープを実行できる機械を持ち込んでいたとしても疑問には思えない。

「ぼくくんが未来へ行けば、あなたを取り巻く環境は影響力を失う。私たちは手荒な真似をせずに済むし、つまりこれって最適解なのよね」

「…………」

 割り込む言葉は口を出ない。

 僕が少しばかり妥協すれば、命拾いできるわけだ。付け加えてファーストエンドに取っての楽園へ一歩前進するわけで、WDのことを気にかけなければ丸く収まるわけだ。

 願ったり叶ったり、なのだろうか?

「どうするの、遊凪御影」

 と、そこで追撃してきたのは、ファーストエンドではなく明日宮雅だった。

「あなたにとってどうすることが正解なのか、よく考えてから結論を出しなさい。ここに残って理不尽なストレスと戦う日々を選ぶのか、それとも未来へ行ってデュエル三昧の日々を選ぶのか」

 決めるのはあなたよ――と。

「…………」

 突きつけられたのは二択。

 それは、しかし、唐突に迫られては困ってしまうタイプのものだった。普段から優柔不断な僕にとっては、秒ではとても決められない。仮に一生をかけて考えろと言われても結論がでないまま生涯を閉じてしまうことだろう。

「無理よ。ぼくくんには選択肢がないんだから。迷える立場ではないの。あなたが選べるのは未来の世界で楽しく過ごすか、今ここで世界とさよならするかの二択。それって一択であることと変わらないわよね」

 マーキングのつもりだろうか。店長の鋭利な爪先は僕の上半身を未だに這い回っている。身体を動かすことができなくとも、感覚は健在しているので、こそばゆい感覚とも僕を戦いを強いられているのだった。時折心臓の辺りをとんとんとノックしてくるのが印象的だ。

 彼女の言うことはもっともで、僕には生き方を選ぶ権利すらないらしい。

 自由に見えて不自由なのが人生だ。

 幕を閉じるか――

 別の人生を選ぶか―― 

 選択肢なんて最初から無いに等しい。

 それはまるっきり僕の人生を体現しているようで、思わず笑ってしまいそうになる。

 色々と諦めてしまいそうになる。

 ――と、そのとき。

「そうは問屋がおろしませんぞ」

 不意に声が訪れた。

 それは、しわがれているのにどことなく芯が通った声だった。

 一瞬、

 一瞬で、店長は僕から指を放して、百八十度の方向転換で振り返る。

 後を追うように、僕たちも目だけを動かして声の方向に意識を向ける。

「お待たせしました、若人たち」

 年代物の帽子を取って、深々としたお辞儀をした人物に、僕は見覚えがあった。

 喜四郎――ついさっきWDの敵から得た情報を照らし合わせるとするならば、改めて千代田喜四郎と呼ぶべきなのだろうけれど、あのパツキン坊ちゃんカットのバカをフルネームで呼んでやる気は起きないので、身分の違いを一切考慮せずに喜四郎と呼び捨てで一貫してやる所存だ――そのブルジョアパツキン野郎の執事、大型リムジンを運転していた老紳士。

 名前までは知らないのだけれど、喜四郎からじいやと呼ばれていた人。

「あらあら。どこの誰だか存じ上げないのだけれど、老人ホームから迷ってきたわけじゃないわよね。拘束プログラム発動下でも動けている時点で過激派であることは確定ね」

「いやはや、まさしく。私もかつてはWDなどという組織で暗躍していた時期もありましたなあ……」

 デュエルディスクを構えて警戒態勢に入った店長と相対しているはずなのに、老紳士はまるで心ここにあらずという風に、夏の夜空を仰いで懐かしい思い出に浸かるように語尾を透明にする。

 装飾過剰な杖を突いてはいるものの、足腰にガタが来ているようには思えない。むしろ猫背気味の僕なんかと比べてもよほどまっすぐ背筋が伸ばされていた。老人ホームなどと店長は煽っているが、生活のお世話どころか病院に通う必要さえも感じられない佇まいだ。

 薄暗い空間というのも相まって、堀の深い顔からは表情が読み取れない。

「定年退職したのであれば、とっととここから消えて頂戴な。もっとも私とデュエルでもするつもりなのかしらね?」

「いやいや、滅相もありません。この老いぼれはとうの昔からデュエルとは無縁の生活を送っております。今更、若者に交じって遊んでもらおうなどとは思っておりませんよ」

「だったら何をしに来たのかしら?」

「なあに、引退した手前でWDのやることに手出しをするつもりはなかったのですがね、身内が粗相をしているとなれば話は別です。妹が関わっているとなれば老体に鞭打ってでも動くべきかと」

「……妹?」

 店長が不思議そうにするのも無理はなかった。僕だって同じように首をかしげるぐらいだ。

 老紳士の見た目通りの年齢をしているのであれば、相当歳の離れた妹がこの場にいなければ辻褄が合わない。もっとも実の妹ではないと仮定すればこの限りではないのだけれど。

 あっけに取られる僕たちの姿がツボにはまったのか、老紳士は帽子で顔を隠しながら明朗に笑い声を響かせる。

 やがて影から顔を覗かせると、眼光を鋭くさせた。

 喜四郎と一緒にいたときの彼とはまるで雰囲気がことなっており、同一人物なのかと疑わしくなるほど、柔らかい感じはなくなっている。

「私の名前は鈴香十五朗。そこで情けなくしているお転婆が実妹です」

 トンと、杖が地面を叩くと同時に、僕の身体にコントロールが戻ってきた。

 どうやらようやく、ターンが回ってきたらしい。

 

 

 

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