遊戯王デュエルモンスターズWD―ワーストデュエリスト―   作:Rさん

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ロンリーデイズ 後編

 待ち合わせの時間になった。

 指定されていた場所に僕が到着する頃には、すでにちぃーちゃんの姿がそこにはあった。体育館の裏、運動部がジョギングで通るぐらいにしか使われないその場所は、秘密の会議にはうってつけだった。もっともデュエル部についての話合いをするだけなので、秘密にするようなやましいことはなにひとつないのだけれど、雰囲気を重んじる彼女としては、秘密組織よろしくこそこそとした密会がお望みなのだろう。

 ちぃーちゃんは日陰に置かれていたコンクリートブロックに腰をおろして、体育座りをしていた。両膝を腕でくるんで、太ももの間に頭を埋めている。

 はたして――彼女はいつからそこでそうしていたのだろう。

「どうも、こんにちは」

 本日三度目となる無難な挨拶を、僕は投げかけた。

「ん? あっ、岬野くん! ようやくきたねえ。待ち過ぎて、ちぃーちゃん干からびちゃいそうになってたんだからね」

 僕の存在に気づいた彼女はそう言って、ゆっくりと腰を上げた。そのセリフは突っ込みどころが多すぎる。僕は約束していた五分前に来たのだし、干からびるもなにもあなたは日陰で待機してたじゃありませんか。もしも本当に干からびそうになって日陰で体を休めていたのなら気の毒だが、だからそもそも約束していた時間に僕はやってきたんだって。

 埃を払うようにスカートをはたきながら、彼女は僕の背後に視線を向わせた。そして、僕が誰も引き連れていないことを悟ったらしい。

「あー。やっぱり部員は集まらなかったか。そりゃそうだよね。わかってるわかってる、岬野くんが無能だったから部員を集められなかったわけじゃないことぐらいわかってるよ。だからそんなに気負った表情をするのはやめてちょーだいよ。今日がダメだったら明日頑張ればいいんだよ。何事も諦めたらそこで終了さ。七転び八起きの精神を重んじて、次回も頑張りましょう。明けない夜はない。出口のないトンネルもないんだから」

 どうやら、励まされているらしい。確かに、『例の件』がおわずけにされたのは非常に心残りではあるけれど、それでもそこまで深刻に思いつめているわけではないのだ。それこそ明日頑張ればいいのだから。

 いや――明日はない。

 先送りになんてさせない。

 今日できることはその日の内に終わらせる。

「ちぃーちゃん。お疲れさま」

 僕は言いながら、彼女にパックジュースを渡した。爽やかな笑顔を作りながら颯爽と渡したかったが、演技力皆無な僕にそれは難しかった。ぎこちない顔になったと思うし、手元もおぼつかなかった。

「えっと、ありがとう。なんだい、デュエル部発足記念の前祝かい? 気が早いね岬野くんは。でもダメだよ。ジュースごときでちぃーちゃんのご機嫌取りをしようだなんて数年早いんだから。どんなに接待したところで、コスプレの件はデュエル部が発足してからじゃないと絶対になしだからね。前借はなし。利息もなし。有効期限はあり」

「べつに機嫌を取ろうとしているわけじゃないよ。加えるならデュエル部発足の前祝でもない。純粋に今日はお疲れさまって意味を込めての乾杯だ」

「ふーん。そうなんだ」

 意外だと言いたそうにしながら、ちぃーちゃんはストローを刺して、それを口に加えた。なんだろう。そこでそんな顔をされてしまってら、なんだか僕がつね日頃から何かを企んでいるみいじゃないか。

「ありがとうね」

「いえいえ」

 体育館の壁に寄りかかったちぃーちゃんに習って、その隣に僕も移動した。

 ふたりして、ストローで口を塞いだ。無言の時間である。

 日陰が涼しい。近頃は、太陽がきつくなっているからより強くそう思う。

 夏の訪れが刻一刻と迫っている。僕は暑いのが苦手なので、夏は嫌いだ。けれど寒いのが得意というわけでもないので、冬も嫌いだ。そうやって突き詰めていくと、僕には好きな季節なんてないのだということに気が付いた。

「なあ、ちぃーちゃん」

 目の前をジョギング中のバレーボール部が通ったとき、僕が口を開いた。

 バレーボール部員は楽しそうにデュエルモンスターズの話をしながら、あっという間に横切った。

「なに、岬野くん? まさかちぃーちゃんが口をつけたストローを狙っているわけじゃあるまいね! そうか、はじめからそれが狙いだったのだね!」

「違う! そうなことは企てていない。どれだけ僕のことを信用できてないんだ、きみは」

 乱されたペースを戻すために深呼吸をし、段々と背中を小さくしていくバレーボール部員たちを指さして、僕は言った。

「なあ、ちぃーちゃん。あの子たちの間に入ろうという気はないのかい? デュエルの話をしていたみたいだし、きっと話かければ仲良くしてもらえると思うよ。それにあわよくばデュエル部に引き抜けるかもしれない」

「それはないね。それはダメだ。それはできないよ。あの子たちはあの子たちの世界が、もう既に完成されちゃってるんだから、異物が入ってジャマをするわけにはいかないよ」

「異物って……」

「ていうか、あれれ? なんだい岬野くん、その見透かしたような言い草は。まるでちぃーちゃんに友達がいないことを知っているみたいじゃありませんか」

「うん、生徒会長からあらかたの事情は聞いたよ」

 ちぃーちゃんは僕の言葉を聞いて、乾いた笑いを見せた。そして、なにかを求めるように視線を青空へと向ける。

「生徒会長は立派な人です。ちぃーちゃんの悩みを嫌がらずに聞いてくれました。けれど、助けてはくれませんでした。『わたしが友達になってあげることは簡単だけど、それはあなたのためにならない』とかなんとか、理由をでっち上げて見事にスルーされました」

 その口調は、いつもの元気ハツラツな雰囲気を含んでいなかった。まるで詩を朗読するかのように淡々としている。

 生徒会長を良く知っている僕ではちぃーちゃんと同じ解釈をしてあげることはできない。生徒会長はただ面倒だったからちぃーちゃんと友達にならなかったわけではない。同情から始まった友好関係が正しいことだとは思っていなかったからだ。

 ……というか、改めて思ったが、あの人はどうして生徒のカウンセリングまで引き受けているんだ。それは生徒会の仕事から逸脱して教師の領分に達してるだろ。

「ちぃーちゃんは異物です。それ以上でもそれ以下でもありません。完成された世界に迷い込んだ汚物。絵画を汚す一滴の雫」

「それは、いくらなんでも悲観が過ぎるだろう」

「悲観だってしちゃいます。だって悲しいんだもん。どうしようもないんだもん。……誰もちぃーちゃんの相手をしてくれません。表面上ではにこにこしていても、内心ではちぃーちゃんを拒絶しているのは明白です。完成された世界の中にちぃーちゃんは不要なのでしょう。だから部活を作ろうとしました。ゼロから世界の構築をしようと思ったのです。でも、これがなかなかうまくいきません。みんな、デュエルに興味があるはずなのに、デュエル部には入ってくれません。なぜなら、デュエル部の部長がちぃーちゃんだからです。ちぃーちゃんは誰からも受け入れてもらえないのです」

「そんなことはないだろ」

「そんなことあります。否定するなら否定できるだけの根拠を示してからにしてください。ちぃーちゃんは口だけでは騙されません。そもそも岬野くんだってちぃーちゃんを必要としてくれませんでした。デュエル部の勧誘を手伝ってくれたものの、それでもデュエル部に入ってくれようとしませんでした。それは岬野くんがちぃーちゃんと一緒にいたくなかったから、だから他の生徒をスケープゴートにしようとしたのです」

「僕はそんなつもりじゃなかった。ちぃーちゃんが不要だったからデュエル部に入いることを約束しなかったわけじゃない。ただ、デュエルをするわけにはいかなかっただけで」

「何度も言わせないでください。ちぃーちゃんは言葉だけでは騙されません。本当だと言うのなら、デュエルができない事情を説明してくださいよ。説明されたところで、結局は言葉だけのことですが、それでも特別サービスで、いま説明してくれるなら信用してあげてもいいですよ」

「…………」

 僕は、しかし、何も言えなかった。

 あんな非現実的な話では、彼女の信頼は獲得できないだろうし、むしろ、疑心感を強める結果になることだろう。理由をでっち上げってしまっては、彼女がせっかく与えてくれたチャンスに泥を塗って応えることになってしまう。嘘をついていいかそうでないかのか、そのタイミングぐらいはわきまえている。

 何も言わない僕にあきれたのか、ちぃーちゃんは嘆息した。見限られた気がする。

「完成された世界の外側にいる人たちなら、きっと、ちぃーちゃんと同じ気持ちであってくれるだろうと思ってました。岬野くんを含めて、独りで寂しそうにしている生徒ならちぃーちゃんを必要としてくれるだろうと。けど、その考えは甘かったです。やっぱり全部ダメでした。誰もが独りでいることに孤独を感じているわけではなかったのです。独りの人は独りでいるなりの理由がちゃんとあったのです。ならば、ちぃーちゃんが独りになっている理由は明白です。ちぃーちゃんがみんなから疎まれているからなのでしょう。完成された世界の外側にも、ちぃーちゃんの居場所はありません」

「そんなことはないぞ――」

 何度目かわからない。輪郭の定まらない否定を、僕はする。

「そんなことはないんだぞ、ちぃーちゃん。きみにもちゃんと居場所はあるし、必要としてくれる人だって現れる。だから悲観することなんてなにもないんだ。ちぃーちゃんが言たんだぞ、『デュエル部に入るメリットは薄い』って。僕の言葉が信じられないのならべつにそれでも構わないけど、自分の言葉ぐらい信用してもいいだろ。デュエル部に人が集まらないのは、つまりそういうことなんだよ」

「……それも、やっぱり、どうでもいいことなんですよ。問題の先送りというやつです。デュエル部に需要がないことを理解しておきながら、ちぃーちゃんは勧誘活動をしていました。それは現状からの逃げですね。友達作りのための口実であるデュエル部。その勧誘をしている間は、あたかも友達作りに一生権命に取り組んでいるかのように自分自身を誤魔化せますから」

「きみは、難しく考えすぎなんだ。正面から誰かに歩み寄れば、それでよかったんだ。遠回りなんてせず、自分の口ではっきりとお願いすれば大円満な結果になっていただろうさ」

「ははは。そんなの無理に決まってるじゅないですか。というかそれが出来なかったから遠回りなことをしてたんですよ。逃げてたんですよ。……なんですか、『友達になってください』とでも言えばいいんですか? それで救われるんですか? いやいや、そんなこと言えるわけないじゃないですか、おかしいですもの。酷いですもの。ドン引きの対象です」

「残念だけど、僕の友達にそう言った奴はいるよ」

「あれ? 岬野くんって友達いるんだ。へぇー、ちぃーちゃんと同じ属性だと思ってたけど、そうじゃなかったんだね。ていうか、もしかしたら生徒会長とも友達なのかなぁ。だったらダメだよ。だったらダメだね。だったらダメだよね。ちぃーちゃん、見る目ないなぁ」

 ――本当はただ、友達の作り方がわからなかっただけなんだよ。

 彼女は最後にポツリと言った。

 独りの人にはそれぞれ独りでいるなりの理由がある。それは彼女であっても例外ではない。ただ、彼女の場合は孤独を望んでいなかった。つまりはそれだけのことだ。

 求めても与えられないことが世の中の常だ。

 独りになるのはとても簡単だ。寄ってきた人間を足蹴にすればいいだけのことなんだから。だが、逆は違う。独りからの脱却には葛藤が憑き物だ。

 友達の作り方?

 そんなのは僕の知るところではなし、そもそも友達の作り方なんてものは存在しないのだ。

 ――友達は作るものじゃないだろ。

「ちぃーちゃん。きみはわかってないんじゃなくて、知らないだけなんだ」

「なにが?」

「友達になるのに、邪推なんて必要なく、口実なんて邪魔なだけだ。ただ、きみが勇気を振り絞って、ひとこと言えばよかっただけなんだ」

「……どういう意味ですか。だから、『友達になってください』なんて、そんな恥ずかしいことは言えませんよ」

「違うよ」

 違う。

 そんなのは違う。はじめから友達になることを前提として築いた関係が、いい結果に繋がるわけがない。それは上っ面だけで、まるで張りぼてだ。友好関係を優先し、気持ちを犠牲してなんになる。

 生徒会長と双橋は、最初はただのクラスメートでしかなかった。双橋は生徒会長のことをよく知らず、生徒会長は双橋をよく思っていなかった。けれど、彼女たちにはお互いのことを理解するきっかけがあった。だから友達(ライバル)関係に発展できた。

 御厨は、『友達になってください』と、そんなセリフを吐いていたことがあったけれど、それは彼が双橋と関係を持ちたいと思ったからこその言葉だった――そこがちぃーちゃんとの違いだ。ただ独りで過ごすのが嫌だからという理由で友達を求めている彼女は、特定の誰かと友達になりたいと思っているわけではない。だからこそ、彼女はそのセリフに嫌悪を抱いた。

 知らないだけなんだ。

 ちぃーちゃんは知らない。

 僕は当初、双橋について嫌悪感を抱いてしまっていた。それは僕が彼女のことをよく知らなかったからだ――知ろうとしなかったからだ。

 彼女から一方的に友達視されていることに違和感があった。まるで異世界の住人と接しているような奇妙な感覚だ。そんな相手との友好関係が発達していくわけがないだろ。

 だけど、今は違う。

 双橋のことを知るようになったから、彼女のことを友達として見ることができるようになったのだ。

 つまり、そういうことだろ?

 ちぃーちゃんは友達になるための条件を知らなかった。

 ――相手のことを知らないで友達になんてなれるわけがない。

 デュエル部だってそうだ。友達から勧誘されてるのと、知らない相手から勧誘されるのとでは結果はまるで違ったことだろう。僕は最初、知らない相手であるちぃーちゃんから詰め寄られたとき、正直にうざいと思った。けれど、彼女のことをある程度知ることができた現状なら、その考えは変わっている。

 ちぃーちゃん。きみは知らなかったんだ。他人から友達に発展するためには順序があるってことを。

 相手のことを知り、相手に知ってもらう。それができて、ようやくスタートラインだ。

 今のネガティブなちぃーちゃんが、本当の姿なのだとしたら、明るく饒舌なときの彼女は偽者だった。友達を作ろうとあぐねいた結果、フレンドリーな性格を装って自分を偽わることになった。仮面を被ったまま挨拶をされても、反応に困っちゃうぜ。

 友達ができないのは、だからそういうことが原因なんだろ。深く考えすぎて、自分を偽って、そして迷走していたのだ。

 だけど、大丈夫だ。

 大丈夫だ、ちぃーちゃん。

 きみは誰かに哀れまれる必要なんてどこにもない。きみには自分の力だけで現状を打破できる。友好関係を築きあげるための有効なツールが目の前にぶら下がってるんだぜ?

「ちぃーちゃん。きみに魔法の言葉を教えてあげるよ。その言葉はきっと、きみの助けになってくれる。……そういえば、言葉は信じないんだっけ? うん。だったら実験して確かめてみようよ。その言葉がきみを救ってくれるか否か」

 僕は言って、そして合図する。左手を高らかに上げて指を鳴らした、ひとりのデュエリストを召喚するのだ。

 僕の出した合図に従うようにして、人影が落ちてきた。落ちてきた位置から推測すると、どうやら体育館の屋根の上から降ってきたらしい。青峰高校の体育館が異様に低いというわけではない。むしろ高い。だから、彼女がコンクリートの地面に華麗な着地をした瞬間に、僕は唖然とした。

 いや、どんな身体機能をしてるんだ!

 猫かよ!

「どうも、こんにちは。はじめましてですかね、ちぃーちゃんさん」

 猫娘などではもちろんなく、彼女は立派な人間で、双橋遊奈だった。高いところから着地したにも関わらず、まるでダメージを感じさせない。髪を耳にかけながら、何事もなかったかのように、にっこりと微笑んでいる。

「えっ、なに、どういうこと!? びっくり人間コンテスト!?」

 突然空から降ってきた双橋に対して、目を見開いてあからさまに驚いているちぃーちゃんだった。一瞬にしてネガティブモードからハツラツモードに変わってるあたり、それはもはや彼女の習性となってしまっているのだろう。

 ぶっちゃけ僕も双橋の登場の仕方には驚いている。合図をしたら出て来いと言いつけてあったものの、まさか屋根の上からダイブしてくるなんて予想外もいいところだ。

 まあ、そんな双橋の超人みたいな登場の仕方についてはあとでみっちりと問い詰めるとして、ここは円滑な進行を努めなくてはならない。動揺で作戦を乱すわけにはいかないのだ。

 僕は咳払いして、空気を整えた。

「彼女の名前は双橋遊奈だ。ちぃーちゃん、きみはこれから彼女に向ってひとこと――魔法の言葉を告げるんだ」

 デュエルをやめた僕には、とても似つかわしくない言葉だし、ましてや人に薦めるなんて、おこがましいにもほどがあるってもんだ。だけど、いいよな。困ってる子を前にして、なりふり構ってる場合じゃないよな。

 僕には言えない言葉だけれど、きみなら使えるよ。

 だから、ちぃーちゃん、きみは言え。

「おい、デュエルしろよ――ってな」

 

  *

 

 僕が新規の友達を作るうえで一番の弊害となっていたものを、逆手にとって有効活用しようという計画だった。

 デュエルをするだけで相手の気持ちが伝わってくると呉羽は言っていたけれど、それを過信しているわけではもちろんない。そんなスピリチュアルな話を鵜呑みになんてできない。

 しかし、実例を思い返せば、デュエルが何度となく友好関係の発展に繋がったのは事実だ。

 双橋と生徒会長はデュエルをすることで友達(ライバル)になることができた。

 呉羽とのデュエルは、僕が双橋についての考えを改めるきっかけになった。

 御厨はデュエルをすることで、友達申請をするチャンスを得ることができた。

 結果としてデュエルは人と人の関係を促進させるツールにはなっているのだ。だから今回、ちぃーちゃんの悩みである友達ができないこと――人と『知り合えない』ことを解決するために、デュエルしてもらおうという寸法である。

「えっ、デュエルしろよって……。そんなことを言えるわけがないでしょ! デュエルは友達とやるものであって、他人とするものじゃないんだよ。ちぃーちゃんは双橋さん……だっけ? 彼女とデュエルするつもりなんてないよ」

 そんな風に、せっかくのお膳立てを、当の本人によって乱されてしまうのも――実は予想の範疇だった。

 そもそもデュエル部の部員を集めたいというのであれば、入部を賭けてデュエルを申し込むこともできたはずだ。それが正しいやり方だとは僕には思えないけれど、デュエリストなら申し込まれたデュエルを破棄することなど出来ないはずだ。それはデュエリストたちのここ最近の言動を見ていれば明らかだ。

 だけど、彼女はそれをしていなかった。勧誘活動がトークだけで展開されていたのは、僕に引っかかりを与えてくれていた。口に頼ってカードに頼らないとうことは、つまり、デュエルでなんでも解決しようという考えが彼女にはなかったということだ。海外にしばらく滞在していたせいで、近頃急速に蔓延しているデュエル菌の感染から逃れていたのかもしれない。

 まさか『友達としかデュエルしてはいけない』などという、身持ちの固い思想を持っていたことについてはビックリだったけれど、それで僕の計画が破綻するということはない。

「断ってもいいよ。ちぃーちゃん、きみが双橋とデュエルするか否かは自由だ」

「だから断ってるでしょ!」

「せっかちで頑なだね、きみも。だけどそんなに早く結論を出す必要はないんじゃないかな。早計過ぎるとチャンスを逃すことになるよ」

「なにが言いたいの?」

「双橋が提示するぶつを見てから考えても遅くはない」

 僕が促すと、双橋が四枚の紙切れをちぃーちゃんに突きつけた。

 四枚の紙切れ――入部届けだ。

 僕と双橋と生徒会長と、おまけで御厨の、計四枚の入部届けを前にして、ちぃーちゃんは虚を突かれたくれたようだ。

「こ、これって……部員集められたの?」

「ああ、見ての通りさ。合計四人分の入部届けだ。これがあればデュエル部は設立できるだろ」

「…………」

 ちぃーちゃんは望んでいたぶつを前にしても、喜ぶことをしなかった。むしろ機嫌を損なわせてしまったらしい。鋭くなった目が彼女の本心表しているのだろうか?

 怒ってはいないとしても、警戒はさせてしまったかもしれない。こんなシュチュエーションでなければ、彼女は喜んで紙切れを掴んでいたことだろう。けれど、現状では怪しまれて当然だ。

「なにが目的なの? なにを企んでいるの?」

「だから言ってるだろ。双橋とデュエルしてもらうって」

「つまり?」

「その入部届けはデュエルの景品だ。きみが勝者になったならプレゼントするよ」

「……ねえ、岬野くんはちぃーちゃんをバカにしてるの? 言ったよね。ちぃーちゃんは仲の良い人たちの間に割って入るのが嫌なんだよ。それなのに、その入部届け、岬野くんの友達リストになってるんじゃないの? 少なくとも生徒会長と、その双橋って子とは仲が良いのよね? だったらダメだよ。だったら嫌だよ。だったらやめてよ。ちぃーちゃんが創部したかったのは、ゼロから友人関係を作りたかったからなんだよ。それなに、岬野くんの完成された友人関係の中に、ちぃーちゃんを放り込もうっていうの? だったらやめてよ。だったら嫌だよ。だったらダメだよ」

 ――勘弁してよ。

 と、ちぃーちゃんは顔を伏せた。

 小刻みに揺れている肩から、僕はなにも感じ取ることができない。ちぃーちゃんがどんな気持ちで人の輪に入ることを拒絶していたのかはわからないし、きっと説明されても理解はできないことだろう。

 でも、そのままじゃダメだってことはわかる。

 双橋が心配そうに、ちぃーちゃんと僕の間で視線を迷わせている。僕以上にちぃーちゃんのことを知らない双橋では、彼女にかける言葉を思いつけないのだろう。

 デュエルパートは丸投げしちゃったから、ここは僕が出ないわけにはいかない。

 出張らずにはいられない。

 ヒーローのように誰かを救うことは出来なくとも、お節介をかけることなら僕にだってできるんだ。

「ちぃーちゃん」

 僕は繰り返す。

「ちぃーちゃん、そもそもきみの言う完成された世界ってなんなんだ?」

「誰もが笑いあっている平和な友人関係、それをちぃーちゃんは完成された世界って呼んでる。ギスギスしたりしないで、心の底から友達と楽しく暮らしている人たちのことだよ。恨んだり妬んだり怖がったり、そういう一切の不安がない完璧な友人関係。友達の成功を素直に祝福できて、何があっても絶対に裏切らないような本物の友人関係。ちぃーちゃんはそれが欲しくて欲しくてたまらないんだ。でも、そんなの無理だった。ちぃーちゃんが入ろうとしたらギスギスしちゃうもん。形が歪んじゃうんだもん。だからちぃーちゃんは困ってます」

「きみはやっぱり勘違いしてる」

「なにが?」

「完璧な世界なんて存在しない」

 僕は言う。

 デュエルというコミュニケーションツールが使えない僕には、ただ言うことしかできない。喋ることしかできないし、言葉を投げつける他なくて、説得に興じるのが関の山だ。

「完璧な世界なんてどこにも存在しないんだよ。友達なんて、どこまでも記号でしかない。上っ面では仲良くやってるように見えるかもしれないけど、その実、腹の探り合いをしてるのかもしれないぜ。ちょっと揺れただけで呆気なく崩壊すること請け合いだ。確定なんてこの世になくて、信頼なんて目隠しにしかならない」

 僕は――

 僕はどうだろう。

 双橋や生徒会長と仲良くしてるけれど――詰め寄られているけれど、僕はそれをどう思っているんだっけ?

 うっとうしいと思ってるんだっけ?

 迷惑だと思ってるんだっけ?

 思ってるよな。思っちゃってるよ。本心をぶちまけると、自宅に押し寄せてくるなって思うよ。パーソナルスペースを心外するなって思うよ。プレイバシーを侵害するなって思うよ。

 だけど、無理だよな。

 離れて欲しいとは言えないよな。

 だって――僕は彼女たちと友達なんだから。

 離れてくれなんてお願いできないし、したくない。

 友人関係なんて、そんなものだろ。不満を心の中に押し込んで、上っ面だけでにこにこしてる。それは決して相手のことを嫌っているわけじゃなく――嫌われたくないからこそ、友好関係を切りたくないからこそ、何かを我慢してるんだ。言いたいことを飲み込んでるんだ。相手に合わせる努力が必須なんだ。

 倒れないようにバランスを取りながら、壊れないように注意しながら、落ちないように神経を張り巡らせながら、綱渡りの要領で友人関係を維持しているんだ。

 頑張らなきゃ保てない関係が、完璧な世界たり得るわけがない。

「だいたい、きみは間違えてるんだ。勘違いしてるし、思い込んでいる。友情による友人関係なんて最初から求めるな。気の合う相手とは稀にしか巡り合えない。親友と呼べる相手と出会えるのは奇跡が起こるより低確率だぜ。仮に本物の友情が芽生えたとしても、そんなのは時間と共に風化する。形あるものはいつか壊れるし、形のないものだっていつか消えるんだ。だから――だからみんな何かを我慢して、合わない者同士でチューニングしあって形を取り持ってるんだ。相手を知るところから始まって、嫌な面を許容する努力をすることが友人関係を維持する唯一の方法だ。だから完成品を求めるな」

 ――きみは、ちょっと夢見過ぎてる。

 僕は最後をそう絞めた。

 ちぃーちゃんは俯いたまま、引きつったように笑った。

 笑って、そして、場は沈黙した。

 うーん。

 意識が朦朧としてきた。夏の暑さにやられたのか、柄にもないことを口にしてしまったからなのかはわからない。たぶん、両方なのかもしれない。

 双橋が頬を固めて、口元をもごもごとさせていた。何かを言いたいらしい。けれど、それは今言うべきことではないと自重しているのだろう。空気の読めない双橋にしては珍しいことだった。

 そうやって、停滞していた空気は、当のちぃーちゃんによって崩されることとなる。

 下げていた顔を上げて、高らかな笑いを奏でた。それが本来の彼女なのかどうか、それは今となってはどうでもいいことだ。

 腹の底から沸きあがったかのような笑いは続く。心の中に溜まっていた長年の垢が声となって噴出しているかのように思えた。

 咆哮にも似た笑い声が途絶えたとき、ちぃーちゃんの目尻に涙が溜まっていることに気が付いた。それが笑い涙なのか、それ以外の理由によるものなのか、僕が述べたところで、それは推論にしかならないから、ご想像にお任せするスタンスとしよう。

「いやあ! さすが岬野くんだね! ちぃーちゃんのお眼鏡に適っただけのことはあるよ。いいよ、大丈夫だよ。心配しなくとも録音とかしてないから。学校中に言いふらしたりもしないから信用したまえ。おやおや、なんて顔するんだい岬野くん。冴えない顔がより酷いことになってるよ! ほら、双橋ちゃんも鳩が豆鉄砲を食らったような顔しなさんな! さあさあ、お望みのデュエルタイムといこうじゃないか、ぱぱっと華麗に勝利してデュエル部を完成させてやるんだよんっ!」

 現在の天気と酷似した曇りのないその笑顔が、無駄に眩しかった。

 

 

 

 

「マイフェイバリット《レスキューラビット》のラビリーくんを召喚!」

 ふたりのデュエルはそんなセリフから始まった。

 ヘルメットを被った兎が、ちぃーちゃんのフィールドに姿を出した。300ポイントの攻撃力は小動物の容姿にピッタリとマッチしている。《レスキューラビット》はもちろん戦闘用のモンスターではない。自身を犠牲にして、デッキから他のモンスターを呼び出す能力を肝として運用する。

「ラビリーくんのモンスター効果発動しちゃうよ! フィールドのこのカードをゲームから除外することで、デッキからレベル4以下で同名な通常モンスターを2体特殊召喚するのだ。ごめんね、ラビリーくん。きみの勇士は忘れないよぉ」

 泣き声を作って《レスキューラビット》をデュエルディスクから取り除いたちぃーちゃんは、デッキから2体のモンスターを抜き出した。その動作のいちいちが大仰で、1枚カードを展開するごとにウェーブがかった長い髪が揺れ動いている。

 1枚のカードで、2体のモンスターをフィールドに揃えることのできる《レスキューラビット》はなるほどマイフェイバリットとするにはふさわしいカードだ。同じレベルのモンスターをフィールドに展開できるということは、そのままエクシーズモンスターの召喚に繋げることができるのだから。

「出番だよ! マイフェイバリット《ヴェルズ・ヘリオロープ》兄弟のヘンリーくんとロープくん!」

「…………」

 まあ、《レスキューラビット》の効果を使うためには2体の同名モンスターの存在が必須だから、短剣を構えたあのモンスターたちをフェイバリットに含めるのも理解できなくもない。

 それにしても、ちぃーちゃんのネーミングセンスには首を傾げざるを得ない。ロープくんはまだわかるけど、ヘンリーくんから《ヴェルズ・ヘリオロープ》は連想できないだろ。

「……か、カッコいい」

 双橋がポツリと呟いた。

 その感想はおそらく、《ヴェルズ・ヘリオロープ》に対してではなく、ちぃーちゃんが彼らに付けたニックネームに対してだろう。変なところで感銘を受けていらっしゃる。

「ふっふっふーん。ちぃーちゃん自慢のモンスターたちによって、双橋ちゃん、きみは完膚なきまでに叩きのめされる定めなのだよ」

「お生憎さまです。そんな理不尽な定めは、あたしのモンスターたちによって改変させてやりますよ」

「大きな口を叩いていられるのも今のうちだよ。このモンスターを見ても、その態度を保っていられるかな? レベル4のヘンリーくんとロープくんでオーバレイ! エクシーズ召喚! マイフェイバリット《ヴェルズ・オピオン》のピーちゃん!」

「それはどうだろうか!?」

 ちぃーちゃんの間抜けなニックネームを聞いて、僕はつい口を出してしまった。

 禍々しいオーラを全身から放つ漆黒の竜が、あまりにも不憫に思えたからだ。

 ヘンリーくんやロープくんも思い返してみればみるほど大概だったけれど、それはなんとか飲み込むことができた。でも、ピーちゃんはない。ピーちゃんはないよ! 責めて『くん』にしてあげるべきだ。

「なんだよぉ。岬野くんはちぃーちゃんのプレイングに対してなにか文句があるのかい? デュエルしないくせに」

「プレイングに対して口を挟んでるんじゃない! 僕が突っ込んでるのは《ヴェルズ・オピオン》についてだ!」

 ついでにフェイバリットカードが多すぎるんじゃないかと指摘しようと思ったけれど、冷静に考えれば、《レスキューラビット》からの《ヴェルズ・オピオン》召喚の流れを総称してマイフェイバリットとしているならば、理解できないこともなかった。マイフェイバリットカードではなく、マイフェイバリットパターンだ。

「なんだよ! 岬野くんはちぃーちゃんのピーちゃんに何か文句があるのかい!」

「違う! ちぃーちゃんのピーちゃんに文句があるんじゃなくて、ちぃーちゃんがピーちゃんと呼んでいることに疑問を呈しているんだ!」

 ていうか、ちぃーちゃんのピーちゃんって……。

 ややこしいにもほどがあるだろ。

「ねえ、双橋ちゃん。どうやら岬野くんがちぃーちゃんのネーミングセンスに批判的な意見があるらしいんだけど、きみはどう思う?」

「えっ、そうなんですか御影さん?」

「ああ、大いにあるね! 《ヴェルズ・オピオン》をちぃーちゃんと呼ぶのは……間違えた、ピーちゃんと呼ぶのは許せない」

「そうなんですか。あたしは凄く良いあだ名だと思いましたよ。可愛らしい感じがして」

「可愛らしいって……」

 カッコいい系のモンスターに可愛い系のニックネームを付けるから僕は怒っているんだ。

 ピーちゃんとか呼ぶから、威厳があるはずのモンスターが愛らしく見えてしまうじゃないか。己の尊厳を壊されてしまってはモンスターが可哀想である。

「双橋ちゃんはちぃーちゃんの見方だもんね。よって2対1で、岬野くんの抗議は却下します」

「民衆主義に乗っ取るな! 僕はそんなので納得しないぞ!」

「うわー、めんどくさ……」

「きみにだけは言われたくなかったよ!」

「ちぃーちゃんと双橋ちゃんはデュエルの真っ最中なの。忙しいわけなの。わかる? だから口を挟まないでくれないかな、勝負が停滞しちゃうじゃんか」

 迷惑だよね、とちぃーちゃんは双橋に同意を求めた。彼女は僕とちぃーちゃんを見比べて誤魔化すように微笑んだ。明確な返事を出すことから逃げたらしい。デュエルと僕とを天秤にかけた結果、どっちつかずの宙ぶらりんに落ち着いたのだろう。

 見方を変えれば、困っているように見えなくもない顔を双橋にさせてしまっては、僕としては一次撤退しないわけにはいかない。デュエルの邪魔をしてしまっていることは事実なのだし。この件は後日改めて追及しようと思います。

「よし、岬野くんは沈黙したね。それじゃあデュエルの続きと行きますか! ちぃーちゃんはピーちゃんの効果を発動だよ。エクシーズ素材をひとつ取り除くことで、デッキから《侵略の》と名の付いた魔法・罠カードを1枚手札に加える。エクシーズ素材のロープくんを取り除き、デッキから《侵略の侵喰感染》を手札に加えるよんっ!」

 ちぃーちゃんは《ヴェルズ・オピオン》の効果を使って、エクシーズ素材になっている《ヴェルズ・ヘリオロープ》を取り除き、デッキから永続罠カードを手札に加えた。

 明確にロープくんと言っているけれど、まさかちぃーちゃんには同じ柄のカードであっても違いがわかるのだろうか?

 まさかカードに目印をつけたりしているわけではあるまいに。

「ちぃーちゃんはリバースカードを1枚セッツしてターンエンディング!」

 独特の言い方でカード1枚セットしてターンを終了したちぃーちゃんだった。

 続く双橋のターン。

 ドローしたカードを手札に加えて、思案顔を始める。

「どうしたんだい双橋ちゃん?」

「い、いえ。なんでもありません」

 ちぃーちゃんから指摘されて、双橋は慌てて首を振った。なんとなく、僕には双橋の考えていたことがわかった。双橋も、ちぃーちゃんに感化されてモンスターにあだ名を付けようと思ったのだろう。

「あたしは手札から、《F・Aプラスチック・ウイング》を攻撃表示で召喚します!」

 安っぽい翼を携えたメタリックなアーマーに身を包んだ戦士、その攻撃力は800ポイントだ。即興でニックネームを付けられていないことに僕は安堵を隠せない。いまはまだ大丈夫みたいだけど、そのうち必ず双橋はモンスターにすっとんきょなネーミングを押し付けることだろう。彼女のデュエルをよく見学する身としては、それだけはなんとしてでも阻止したいところだ。あのカッコいい系の戦士たちに可愛い系のあだ名を付けられた日には、鳥肌のせいで、デュエル見学に集中することができないだろう。現状でもちょっと辛いところだ。

「えぇっ!? なにそれなにそれなんなのさ、そのモンスター!? ちぃーちゃん見たことないんですけど、聞いたこともないんですけど、かっけーなオイ! あとでじっくりまったりみっちり見せてね、双橋ちゃん!」

 やはり、ちぃーちゃんでも《F・A》モンスターを知らなかったらしい。目を丸くして幼い子供のように緑の目を輝かせるさまは彼女の身長とあいまって、小学生のように見えてしまう。

 一方で双橋は大人げがなかった。

「ダメですよ! デッキの内容を見られるというのは手の内を知られるのと同義です。あたしは滅多にデッキの改造はしないので特に見せられません」

「そんなケチケチしないでよぉ。減るもんじゃないんだし、モンスターだけでもいいから見せておくれよぉ」

「ダメったらダメです。どうしてもあたしのカードが見たいならデュエルをいっぱい挑むことですね」

「ちぇー。なんだよなんだよなんなんだよぉ。いいじゃんか、けちんぼな双橋ちゃんだね」

 唇を尖らせて拗ねる様子はまるっきり子供のそれだった。ちぃーちゃんが仮面を被るととても幼稚になるらしい。だから口数も多くなるのか。いや、仮面を被る前でも口数は多いほうだったな。

 双橋はマイナーなカードを使うことによる情報アドバンテージを戦略の一部として取り入れてるようなので、おいそれとデッキをさらすわけにはいかないのだろう。もっとも彼女と頻繁にデュエルをしている生徒会長は双橋のデッキの内容をほとんど把握しているらしいのだが、それでも負け越している辺り、情報アドバンテージはあくまでもエッセンス程度でしかないのだろうけど。

「さて、どうするんだい双橋ちゃん。きみが召喚したモンスターの攻撃力じゃあ2550ポイントの攻撃力を持つピーちゃんの足元にも及ばないよ。なんらかの手段で上級モンスターを呼び出そうとしたところで無駄だからね。ピーちゃんがエクシーズ素材を持っている限り、レベル5以上のモンスターは特殊召喚を許されないよ」

「わかっていますよ、そんなこと」

 ピーちゃんには特殊召喚を封じる能力があったようだ。デッキからカードをサーチできるうえに、メタ効果まで含めているとはなかなか優秀なモンスターだった。あのカードを突破するためには攻撃力の高い低級モンスターを用意するか、レベルを持たないエクシーズモンスターに頼る必要がある。モンスター破壊系のカードで手っ取り早く処理することや《月の書》などで裏側守備表示にして永続効果を封じてしまうのも選択肢か。

「あたしは《F・Aプラスチック・ウイング》に装備魔法、《フューチャー・ウエポン 先送りの弓矢》装備! 装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップします!」

 どうやら《フューチャー・ウエポン》には複数種類が存在するらしい。《フューチャー・ウエポン 時断ちの太刀》以外のものを見るのはこれがはじめてだ。

 弓矢を手にした《プラスチック・ウイング》の攻撃力が上昇し、1300ポイントになった。装備魔法で強化するのは良いけれど、このままでは《ヴェルズ・オピオン》の攻撃力には倍近く届かない。《F・Aプラスチック・ウイング》には攻撃力をアップする効果は付いていないので、双橋に目論見があるとすれば、あの装備魔法には攻撃力アップの他になんらかの効果が装飾されているのだろう。

「《フューチャー・ウエポン 先送りの弓矢》の起動効果を使います。1ターンに1度、フィールド上のモンスター1体を次の相手ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外します!」

「な、なんだって! ちぃーちゃんのピーちゃんを異次元に飛ばそうというのかい!」

「その通りです。《先送りの弓矢》で《ヴェルズ・オピオン》を指定します」

 未来の戦士が弦を引き、光の矢が漆黒の竜に突き立った。泣き声をあげながら姿を消したピーちゃんが可哀想に思えて、僕は目を背けたくなった。ネーミングは愛着を持っていけない。

 文字通り先送りにしかならない効果だったが、これでちぃーちゃんのフィールドにモンスターはいなくなった。《ヴェルズ・オピオン》のエクシーズ素材になっていた《ヴェルズ・ヘリオローブ》も墓地に送られる。

 ちぃーちゃんの場に伏せてあるリバースカードが《侵略の侵喰感染》であることが明白である現状、ダイレクトアタックは決定事項だ。

「行きますよ! 《F・Aプラスチック・ウイング》でちぃーちゃんさんにダイレクトアタックです!」

「オーノー!」

 安っぽい翼で滑空した戦士がちぃーちゃんに殴りかかった。どうやら低レベルな《F・A》の方々は意地でも攻撃時に武器を使わないつもりらしい。無駄なポリシーを持っていらっしゃる。

 ともかく、ダイレクトアタックは成功した。ちぃーちゃんのライフポイントは1300ポイント削られて2700になった。

「どうですか、高レベルのモンスターを出すだけが重要ではないのです。あたしはリバースカードを1枚伏せて、これでターン終了です」

「おっと、そうはさせないよ! 双橋ちゃんのエンドフェイズ時にリバースカードオープンだ! ご存知、《侵略の侵喰感染》! 1ターンに1度、手札とデッキの《ヴェルズ》モンスターを入れ替えるよんっ!」

 このタイミングでちぃーちゃんはデッキからモンスターを呼び出せるカードを発動させた。1ターンに1度の制約があるから、双橋のターンで発動させることによって、続く自分のターンでもその効果を発揮できる。

「ちぃーちゃんは手札の《ヴェルズ・ヘリオローブ》兄弟の三男であるローヘリくんをデッキに戻し――」

「この瞬間、手札から速攻魔法《サイクロン》を発動! 《侵略の侵喰感染》を破壊します!」

 永続罠の発動に、双橋が速攻魔法を挟んだ。

 うまいプレイングだ。先に《サイクロン》を打ってしまってはチェーンで《侵略の侵喰感染》を発動されてしまうが、後出しをすることによって、永続罠の効果を中断させられる。しかも手札の《ヴェルズ》モンスターをデッキに戻すのは《侵略の侵喰感染》の発動コストである。したがって、ちぃーちゃんは手札のモンスターをデッキに戻したものの、デッキからカードを手札に呼び込むことができなくなった。

 それにしても、ローヘリくんって……もしかしてちぃーちゃん、適当にネーミングしてるだけじゃないだろか、それこそ即興で言ってるだけな気がする。

「あうぅ……よくもちぃーちゃんのカードを妨害してくれたね! この仮は百倍返しにさせてもらうから覚悟しといてよね! 延滞金ももちろん加算するからよろしく!」

 双橋はこのターン、4枚のカードを場に出したから6枚あった手札は残り2枚になった。

 ちぃーちゃんは大型モンスターを手札1枚で展開することができたが、《侵略の侵喰感染》の効果を逆手に取られ、3枚の手札で落ち着いている。少々のディスアドバンテージを食らってはいるが、次にドローするカードもあわせれば4枚だ。手札だけ比較すれば、単純に双橋の倍である。双橋にはライフアドバンテージがあるとはいえ、油断は禁物だ。

「さあさあ、ちぃーちゃんのターンだよ! ドローイング!」

 その掛け声では意味が変わってしまうのだけれど、それで大丈夫なのだろうか。一応解説しておくと、ちぃーちゃんはカードをドローした。

 ……ちぃーちゃんが変な掛け声をするたびに、ちょっとだけ思考フェイズに入ってしまう僕は、もしかしたら頭の回転が鈍いのかもしれない。

「ふっふーん。ピーちゃんを退いたところで安心するでないよ。ちぃーちゃんにはまだまだ奥の手があるんだからね! 手札からマイフェイバリット《ヴェルズ・ケルキオン》のケルーンを召喚!」

 もうダメだ。これ以上は譲渡できない。どうやら彼女、デッキのモンスターすべてをフェイバリットカードとして扱っているらしい。特別感がまったくない。

「ケルーンの効果を使っちゃうよ。墓地からロープくんをゲームから除外して、同じく墓地からヘンリーくんを手札に戻す。さようならロープくん、ラビリーと仲良く眠るんだよぉ」

 泣きの演技をしながら、ちぃーちゃんは《ヴェルズ・ヘリオロープ》をゲームから除外し、そして墓地に残った2枚目の《ヴェルズ・ヘリオロープ》を手札に迎え入れた。

 エクシーズ素材になっていたときといい今回といい、ちぃーちゃんは率先してロープくんを取り除いているような気がする。同じカードでも優劣があるのだろうか……。たまたまであると信じたい。

「そして追加効果だ。このターンにもう一度だけ《ヴェルズ》モンスターを通常召喚できる。さあ、お帰り、マイフェイバリット《ヴェルズ・ヘリオロープ》のヘンリーくん!」

 これでまた、ちぃーちゃんのフィールドに2体のレベル4モンスターが揃った。また《ヴェルズ・オピオン》の召喚に繋げるのだろうか。もしそうなれば、このターンのエンドフェイズに戻ってくるピーちゃんと合わせて、2体の《ヴェルズ・オピオン》が揃うことになる。兄弟設定だったら良いのだけれど、姉妹だったらやだなぁと、デュエルとはなんら関係のない心配をしてしまう僕だった。

 しかし、幸いなことに、ちぃーちゃんが続いて繰り出したモンスターは《ヴェルズ・オピオン》ではなかった。

「レベル4のヘンリーくんとケルーンでオーバレイ! エクシーズ召喚! マイフェイバリット《ヴェルズ・バハムート》のハム助!」

「は、ハム助ですか!?」

 これにはさすがの双橋も反応を示した。彼女の感性をもってしても、ハム助は容認できなかったらしい。もっともリアクションをしただけで、否定的な意見を出すことはないみたいだけれど。

 ハム助は《ヴェルズ・オピオン》とはまた違ったフォルムをした漆黒の龍だ。凛と背筋を伸ばしたその姿から、本来は威厳を感じるはずなのに、変なニックネームを付けられているせいで、愛嬌があるように見えてしまう。

「どうだい、ちぃーちゃんのハム助はとっても可愛いだろう。可愛いだけじゃないんだぜ、効果だって強力なんだから! エクシーズ素材を1枚取り除き、手札の《ヴェルズ》モンスターを墓地に送ることで、相手モンスター1体のコントロールを得るのさ!」

 ちぃーちゃんが効果の発動を宣言したとき、双橋の口元がにやけた。またここでも双橋が有している情報アドバンテージが働いた。

 エクシーズ素材になっていた《ヴェルズ・ケルキオン》が取り除かれ、そして手札から《ヴェルズ・オランタ》が墓地に行った。ちぃーちゃんは手札を消費してまで、双橋のモンスターを得ようとしたのだけれど、それは失敗だった。

「効果の対象となったことで《F・Aプラスチック・ウイング》の効果が発動! このカードをターンのエンドフェイズ時までゲームから除外します!」

 ハム助が放った黒い吐息から逃げるように《プラスチック・ウイング》は安っぽい翼で飛び上がり、時空に穿った穴の中へ身を隠した。そのさいに手元から捨てられた《先送りの弓矢》が地面とぶつかって悲しい音をたてた。

「ええええっ! そんなのあり!? ちぃーちゃん手札無駄に捨てちゃったことになるじゃん!」

「そんなに悲観なさらないでください。《F・Aプラスチック・ウイング》は効果の対象になったときだけでなく、攻撃対象にされたときにもその効果が発動できますから。おまけに攻撃対象にされたときには付加効果として、攻撃してきたモンスターも同様にゲームから除外されます。ダイレクトアタックの権利が残っているぶん、《ヴェルズ・バハムート》の効果を使ったのは正解だったといえなくもないでしょう」

「そっかぁ。手札を消費したのは痛かったけど、致命傷にはなってなかったよね。だったら、ちぃーちゃんは偉かったってことだ。無駄死にした《ヴェルズ・オランタ》のオイランの敵討ちをやったるぞぉ! バトルフェイズに突入、ハム助で双橋ちゃんにダイレクトアタック!」

 煙幕のようなブレスが双橋に向って放たれた。《ヴェルズ・バハムート》の攻撃力は2350ポイントだ。このまま攻撃が通れば双橋のライフは半分以上減らされてしまうこととなる。

 しかし、煙幕に包まれた双橋のライフは想定したよりも減らされていなかった。

 その理由はオープンされたリバースカードにある。

「罠カード、《フューチャー・バトン》を発動させました。このターンフィールドから離れた《F・A》モンスターの攻撃力分、相手モンスターの攻撃力をダウンさせます」

 フィールドから離れていたのは《F・Aプラスチック・ウイング》だから、その攻撃力分の800ポイントの数値が《ヴェルズ・バハムート》の攻撃力から引かれていた。

 よって、双橋はライフポイントを2450ポイントまで残すことができた。

「んん? たったの800ポイント攻撃力を減らすためにわざわざカードを1枚消費したのかな?」

「違いますよ、ちぃーちゃんさん。《フューチャー・バトン》には第2の効果があります。このターンのエンドフェイズ時にデッキから《F・A》モンスターを特殊召喚できるのです」

「な、なんだって!?」

 大袈裟に驚くちぃーちゃんだった。両手をあげて、まるで降参しているようなポージングだ。

「まずいなぁ。まずいなぁ。まずいよねぇ。このままじゃきっと次のターンで双橋ちゃんはちぃーちゃんの愛するモンスターたちを全滅させにかかってくるに違いない。どうしよう、打つ手がまったくないや。しかたがないからここはブラフを伏せて双橋ちゃんに警戒してもらおう」

 ちぃーちゃんは演技臭いセリフを吐いて、宣言通り、リバースカードを1枚セットしてターンを終了した。本当に伏せられたカードがブラフなのかどうかは定かではない。

 エンドフェイズに入ったことで3枚のカードが効果の処理をはじめる。まずは《フューチャーウエポン・先送りの弓矢》で除外されていた《ヴェルズ・オピオン》がフィールドに舞い戻り、続いて自身の効果で逃亡を図っていた《F・Aプラスチック・ウイング》がフィールドに帰還して、最後に双橋が発動していた罠カードがその効果を発揮する。

「《フューチャー・バトン》の効果により、デッキから《F・Aダブル・バギー》をフィールドに特殊召喚します!」

 2台の全地形対応車を竹馬の如く乗りこなした未来の戦士がクラクションを鳴らしながら現れた。

 これで、双橋はフィールドにフューチャーカウンターが授与されるモンスターを2体揃えたわけだ。《F・Aダブル・バギー》は特例として2つのカウンターを得ることができるから、合計で3つのカウンターを確保できたことになる。

「あたしのターン、ドロー! スタンバイフェイズに入ったことで、フィールドの《F・A》たちにフューチャーカウンターが乗ります!」

「えっ、カウンターを乗せちゃうの? なにそれなにそれ何事ですか!」

「フューチャーカウンターを取り除くことで、戦闘に特化した《F・A》を呼び出すことができるのです。百聞は一見にしかずです。いまから実際に見せてあげますよ。まずは手札から《F・Aバックアップ・ディスク》を召喚します」

 胸の辺りに埋め込まれた光ディスクを見せびらかしながら、メタリックなアーマーに身を包んだ未来の戦士が出陣した。何度か双橋のデュエルを見学した僕でも、まだ《F・A》のすべて知ることができていなかったようだ。

「フィールドのフューチャーカウンターを取り除き、《F・Aプラスチック・ウイング》と《F・Aバックアップ・ディスク》を墓地に送ることで、エクストラデッキの《F・A》に召集をかけます! 」

 安っぽい翼に灯っていたフューチャーカウンターの光が大きく瞬いて、2体のモンスターを包み込む。その光が消える頃、双橋のエースモンスターが現れることだろう。

 エクシーズ素材のない《ヴェルズ・オピオン》では特殊召喚を封じることができない。双橋はそれを狙って《先送りの弓矢》で除外していたのだろう。さっきのターンでちぃーちゃんが2体目の《ヴェルズ・オピオン》を召喚していたら状況は変わってかもしれない。

「ひとつの過去が、より良い未来を作りだす! その鋭い兵器で、立ちふさがる障害を切り裂け! 特殊召喚、《F・Aスラッシュ・ジャイロ》!」

 戦闘機をモチーフにしたアーマーで、その身を覆った戦士が、オートジャイロの回転翼を担いで戦線にやってきた。僕にとっても、すでにお馴染みとなっているモンスターだ。

「おおっと! なんか強そうなの来た! なんだい、そのモンスターでちぃーちゃんのハム助に危害を加えようってのかい」

 双橋が攻撃できる的は、現段階では絞られている。攻撃力2500ポイントの《スラッシュ・ジャイロ》では《ヴェルズ・オピオン》には僅かだが届かない。たかが50ポイントの差が、結構大きかったりする。

「いいえ、このターンでピーちゃんも《ヴェルズ・バハムート》も破壊させてもらいますよ」

 さすがの双橋でもハム助はやはり受け入れられなかったみたいだ。頑なにフルネームで呼んでいる。

 もしかすると、彼女は2体目の大型モンスターの召喚を企んでいるのかもしれない。フィールドにはまだフューチャーカウンターを搭載した《F・Aダブル・バギー》が残っているのだ。

「あたしは、墓地の《F・Aバックアップ・ディスク》の効果を発動します。自らの身を世界から取り除くことで、過去になった《F・A》を現代に復活させるのです」

 つまり、《バックアップ・ディスク》を除外することで、墓地から《F・A》をフィールドに特殊召喚できるらしい。これで、新たな戦闘用《F・A》を呼び出す下準備が整ったということだ。

 突如フィールドに現れた光ディスクから、《F・Aプラスチック・ウイング》の映像が映し出された。その幻影は徐々に鮮明になっていき、最終的にくっきりとした実態を形成した。

「フィールドのフューチャーカウンターをふたつ取り除き、2体の《F・A》と引き換えに、次なる《F・A》を呼び出します――ふたつの過去が、より良い未来を作りだす! その燃え盛る兵器で、仇なすものを焼き払え! 特殊召喚! 《F・Aガントレット・バーナー》!」

 銀色の甲冑を右手にした戦士が、光の中から無駄にスタイリッシュな登場をはたした。2100ポイントの攻撃力は、墓地に眠る《F・A》の数によって上昇し、2700ポイントに到達する。

 これで、双橋はちぃーちゃんのモンスターを殲滅できるだけの布陣を整えることができたのだった。

「オーマイガッ! 双橋ちゃん連続召喚とかしないでよ! ちぃーちゃんがピンチになっちゃったじゃないか! 見て、残りの手札1枚しかないんだよ。これでどうやって《F・A》たちを倒せばいいてのさ!」

 セリフとは裏腹に、ちぃーちゃんの表情は楽しげだった。おそらく、なんらかの対抗手段はすでに用意されているのだろう。ブラフだと豪語していたあのリバースカードに自然と目が行ってしまう。

「ふっふっふ! なーんちゃって! 双橋ちゃんよ、きみはまんまとちぃーちゃんの策略にはまったのだよ! このリバースカードは、実はブラフなんかじゃないんだぜい! 罠カード発動、ちぃーちゃんの必殺奥義《激流葬》!」

 伏せられていたカードはやはりブラフなんかではなかった。《激流葬》はモンスターの召喚をトリガーとして発動する罠カードだ。その効力はフィールドのモンスターを根こそぎ破壊するもの。

 相手のターンにモンスターを殲滅できる効果は強力だが、フリーチェーンである《強制脱出装置》などと比べると優先率の下がるカードだ。採用率が低下する傾向にあるカードでも、このように実際に使われると軽視していたことを後悔したくなる。

「……っく」

 双橋の表情が歪んだ。彼女にとってもこれは予想外の一発だったらしい。

 罠カードによって発生した激しい水の流が、フィールドのモンスターを覆い尽くして消えていった。双橋の《F・A》はもちろんのこと、ちぃーちゃんの《ヴェルズ》モンスターも墓地送りになった。

 ……ちぃーちゃんよ、自分から愛するモンスターたちを全滅させてしまったが、それでいいのか? 背に腹はかえられないのかな。

「これで、双橋ちゃんの場はがら空きだ! 通常召喚の権利も使っちゃってるし、おとなしく次のターンでちぃーちゃんからのダイレクトアタックを受け入れることだね!」

 ちぃーちゃんが高笑いをはじめた。勝利を確信しているようだ。

 確かに双橋のフィールドにモンスターは残っておらず、さらに切り札たちは墓地に送られてしまった。《F・A》の弱点は大型モンスターの召喚に手間がかかることだ。フューチャーカウンターを必要とする以上、展開の遅さがネックとなっている。だから次の双橋のターンまで生き残ることができたとしても、切り札を出すのはさらにターンを待たなければならない。状況的には劣勢であることを隠し切れない。

 しかし――これでいい。

 双橋は負けることを前提としてちぃーちゃんとのデュエルに挑んだのだ。負けることが最重要と言っても過言ではない。もしも双橋が有利な立場になっていたとしても、彼女は頃合を見計らってワザと負けてくれたことだろう。そうするように頼んである。

 ちぃーちゃんに入部届けを受けとってもらうにはそれが一番楽なルートなのだ。デュエルで友情を育み、デュエル部は発足され、《例の件》も実行される。一石三鳥の、まさに完璧な計画だ。

 だからこそ、ちぃーちゃんとデュエルしてもらう相手に生徒会長を選ばなかった。負けず嫌いの発展形である彼女がわざと負けてくれるとは思えなかったからだ。双橋も負けず嫌いの部類ではあるが、そこまで融通の利かないやつではない。それに生徒会長は自分より優れている人間に敵意を向ける傾向にある。例えワザと敗北したとしても、その後、ちぃーちゃんに対して友好的な態度になるとは言いがたいのだ。双橋とのように友達(ライバル)関係に発展するのは極稀なことのようだし、御厨の事例を考えると、生徒会長にちぃーちゃんの相手をさせることは憚られた。

 あとはこのまま双橋がターンエンドを宣言してくれれば、それですべてが良い方向へ転がってくれる。

 双橋の言葉を借りるなら、ちぃーちゃんがデュエルを受けてくれた時点で未来への道筋は整っているのだ。

「…………」

 計画の完遂は目前だというのに、なぜだろう? 嫌な予感がどうしても拭えない。胸の底から靄が湧きあがってくるようだ。

 その不安の原因を考察してみた。

 そして行き着いたさきは、双橋の表情にあった。

 口元をおちつかない感じにもごもごさせている彼女は、何かと必死に葛藤しているようだった。見開いた目をぐるぐるさせながら、手札のカードを見つめている。

 いやあな予感だった。

 双橋は、手札から視線を僕のほうに移した。

 彼女の表情はとてもぎこちなくて、親に隠し事をしている子供のようなそれだった。

「てへぺろ」

 数秒間無言で見詰め合ったあと、彼女は舌を出してウインクした。

 いや……てへぺろじゃねえよ。

 僕の嫌な予感は的中していたらしい。

 うん。

 計画に穴があったとするならば、デュエリスは勝てるデュエルを決して放棄できないということを、僕が理解していなかったことにある。土台、現役のデュエリストでない僕に、彼女らの思考を理解するのは無理だった。

「手札から速攻魔法《異次元からの埋葬》を発動します。ゲームから除外されているモンスターを3体まで選択し、墓地に戻します」

「おおっ! そうか、双橋ちゃんは《F・Aバックアップ・ディスク》を墓地に戻して、墓地にある《F・A》をまた蘇らせようというんだね」

「ご名答です。あたしは《異次元からの埋葬》の効果で、ゲームから除外されている《F・Aバックアップ・ディスク》と《レスキューラビット》と《ヴェルズ・ヘリオロープ》の3枚を墓地に戻します!」

「えっ、ちぃーちゃんのモンスターも墓地に戻してくれるのかい? そんなことをしても双橋ちゃんのメリットにはならないよ。どころか、むしろちぃーちゃんにとって有利になっちゃうんだよ……」

「損得の問題ではありません。どんなことであれ、対戦相手に辛い思いはさせたくありませんからね。ちぃーちゃんさん、自分のモンスターがゲームから除外されたとき、とても悲しそうな顔をしていましたもの」

「双橋ちゃん……きみって良い奴だったんだね!」

「そ、そんなことありませんよ」

「ありがとう双橋ちゃん」

 お礼を言うその表情はとても朗らかなものだった。それがもしかしたら、ちぃーちゃんの本当の顔だったのかもしれない。

 彼女はゲームから除外されていたカードに「おかえり」と挨拶をしながらセメタリーへ収めた。それはなかなか美しい光景ではあったが、先ほど自分のモンスターを破壊していたあたり、彼女が本当に自分のモンスターを大切にしているのかどうか、疑念が先行してしまって感動を得られない。

「戻された《バックアップ・ディスク》をゲームから取り除き、再び効果発動。墓地の《F・Aダブル・バギー》をフィールドに生還させます」

 上級モンスターである《F・A》を双橋は選ばなかった。それはあるいは選べなかったのかもしれない。《F・Aバックアップ・ディスク》の効果対象はレベル4以下に設定されていると僕は予想した。

 双橋のフィールドが《激流葬》によって新地になったのと同様に、ちぃーちゃんのフィールドにもカードは残っていなかった。なにも臆することもなく、直接攻撃を仕掛けられる。

「バトルフェイズに入ります。《F・Aダブル・バギー》でちぃーちゃんさんにダイレクトアタックです!」

 陽気にクラクションを鳴らしながら《ダブル・バギー》がちぃーちゃんに突っ込んでいった。全地形対応車をぶつけることはせず、すれ違いざまに、軽いチョップが放たれた。紳士的である。

「よくもやってくれたねえ! ちぃーちゃんに恩を売ったからって、百倍返しがなかったことにはならないんだからね! 利息はなしにしてあげてもいいけど」

「悪いですが、催促させる暇は与えませんよ。手札から速攻魔法《コードネームチェンジ》を発動! フィールドの《F・A》を墓地に送り、デッキから別の《F・A》を特殊召喚します!」

「な、なんだってぇ!?」

 ちぃーちゃんが驚くのも無理はなかった。バトルフェイズ中の特殊召喚ということは、純粋に攻撃の権利が増えるということである。ちぃーちゃんのライフは《ダブル・バギー》の攻撃によって2700ポイントから1000ポイントまで減らされている。双橋が攻撃力1000ポイント以上のモンスターを出せばデュエルは終了するし、彼女が1000以下のモンスターを出さないわけもなく、つまり、デュエルはこのターンで終了だ。

 飛び出した《F・Aコンパクト・リング》の攻撃に当てられながらも、楽しげな悲鳴をあげる彼女の笑みが、僕の印象に強く残った。

 

  *

 

「ん。つまり、その子は友達を作らなかったんじゃなくて、友達を選り好みしてたってことだよね」

「選り好みって……尖った言い方をするね、涼城さんは」

「友達の輪に入れないっていうか、選択肢に数えられるのが嫌だったんだね、きっと」

「選択肢?」

「そ。選択肢。例えば、《威嚇する咆哮》と《ヒーローバリア》、どちらか一方を採用するならどちらを選ぶ?」

「そりゃあ、《威嚇する咆哮》だ。《ヒーローバリア》は1度しか攻撃を防げないし、《E・HERO》がフィールドに存在しないと効果を発揮できないからね。同じフリーチェーンのカードでもあるし、上位互換の《威嚇する咆哮》を選ぶのは当然だろ」

「ん。つまり、そういうこと。ちぃーちゃんは仲良くしている人たちの輪に入って、そこで二択にかけられるのを恐れていたんだと思う。長く一緒にいる友達と、新参者の友達だったらどうしても優先度が傾いちゃうからね。だから自分の優先度を高めるためにデュエル部を作ろうとした。独りで困っている子にターゲットを絞っていたのは、孤独な状況から救ってくれた恩義をその子たちに感じさせることで、自分の価値を高めたかったから」

「ふーん。そんなものなのかね。僕にはよくわからない考えだ」

「二択で絶対に選ばれない人間の悩みは、常人では理解できないわよ」

 とても寂しそうなトーンで、涼城さんは言った。相変わらず、スマートフォンに視線を向けたまま、机の上に肘を乗せて、つまらなさそうに頬杖をついている。

 ちぃーちゃんと知り合ってから、後日。僕は支給品を頂戴するため、彼女の教室に足を踏み入れていた。

 教室の中は静まっている。代わりにグラウンドの方から歓声が鳴り響いていた。聞いた話ではここの教室の生徒たちはグラウンドで小さなデュエル大会を開いているらしいのだ。

 教室に彼女以外の人物がいなくなっているということは、涼城さん以外の生徒がもれなくデュエリストであるということだ。流行も度が過ぎるとホラーである。

「それで、結局、デュエル部とやらはどうなったの?」

「ああ、それね。もともと、ちぃーちゃんがデュエル部を発足しようとしていたのは友達を作るためだったわけで、双橋と仲良くなれたみたいだから、部活の件は白紙に戻ったよ。結構気が合うみたいだよ、あのふたり。モンスターのニックネームについて議論を交し合う毎日さ」

「そ。だったら万事解決ね」

「万事解決、か……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 万事解決したにはしたのだけれど、僕としては非常に心残りがあった。

 デュエル部が破綻したということは、僕の野望が無に帰ったということなのだから。

 なんのために頑張ったんだかよくわからないし、そもそも僕は頑張ったのだろうか――頑張れていたのだろうか。無駄に部員を探し回っていただけだったような気がする。

 まあ、いいか、徒労ではあったけれど、その分ちゃんと収穫はあったのだから。

「ねえ」

「なんだい、涼城さん?」

「もし、きみがヒーローデッキを作ることがあったなら、そのときは《ヒーローバリア》を採用してあげてね」

「……お、おう?」

 なんだかよくわからないお願いをされてしまった。ヒーローデッキには、上位互換の《威嚇する咆哮》すらも採用にはならないだろうし、そもそも僕はデュエルをするつもりがない。意味のない約束だったけれど、意味がないなら頷いても問題ないだろうと僕は判断した。

「ん。じゃあこれ、いつもの」

「うん、いつもありがとう」

「お礼はなし。フェアな関係じゃなくなるから」

 僕は頷いて、涼城さんの手元から派手なパッケージの菓子箱の受け取った。

 支給品の授与も済んだことだし、僕は生徒会室に戻ることにしよう。これ以上道草に時間を裂いていたら、また生徒会長たちにストーキングされてしまう。

「それじゃあ、また来るよ」

「待って」

「まだなにか?」

「ちぃーちゃんに友達ができたみたいだけど、それってやっぱり同情からはじまった友人関係じゃないの?」

「違うね」

 僕は言う。胸を張って。

「僕たちがしたことは大手を広げて受け入れる体制を整えただけだ。そこに飛び込んできたのは他ならない彼女の方なのさ。だから同情からはじまった友人関係などでは決してなくて、彼女が求めたからこそスタートできた友人関係だ」

「なんだか屁理屈っぽい」

「悪かったね。スマートにことを運ぶなんて、そんな器用な真似はできないよ」

 どうしたって、主人公からは程遠いのである。

 デュエルをしない僕は、この世界で主役を張る資格がないのだから。

 ……同情からはじまった友人関係、か。

 先延ばしにしていた問題――生徒会長との関係性について、そろそろちゃんと向き合う必要があるのかもしれない。

「それと――」

 今度こそ、背を向けようとしたところに、涼城さんの声が追いかけたきた。

「私たちはこうやって昼休みに会話をするような間柄ではあるけど、友達なんかじゃないからね」

「なんだよ、改まって。言われなくとも理解しているよ。僕と涼城さんは友人なんかじゃない。わかってるわかってる。ちゃんと身の程はわきまえているよ」

「そ。だったらいい」

「どうしたんだ?」

「ん。別に深い意味があったわけじゃないよ。口に出しておかないと、気の過ちをおかしそうになるから、戒めとして定期的に声に出して自分自身に言い聞かせてるだけ」

「ふーん。……その気持ちは良くわかるかも」

「あっそ」

 冷たい吐息を最後に、僕たちの会話は途絶えた。

 今度こそ本当に、教室から出て廊下に進んだ。目指すは生徒会室だ。

 きっと、今頃は双橋とちぃーちゃんの騒がしさに、生徒会長が手をあげていることだろう。もしかしたら生徒会長も一緒になって騒がしさに拍車をかけているかもしれない。

 だったら嫌だなぁ、なんて思いながら、僕は頬を緩めた。

「待っていたわよ、岬野御影」

 と。

 廊下を渡り、階段に下り、踊り場を通過しようとしたそのとき、言葉通り、僕を待ちかまえていたかのように、腕を組みながらその人物は壁に背を預けていた。

 ツーサイドアップとアシンメトリーの組み合わせ、黒ずんで見える制服。

「えっと、僕になんの用かな?」

「用件はふたつあるわ。ひとつはその箱を謙譲しなさい」

「…………」

 別に彼女の言葉に従うような筋合いはないのだけれど、穏便に物事を運ぶために、僕は彼女にカラフルな菓子箱を渡した。

 もちろんすべてではない。箱の中には梱包がふたつあって、その片方を取り出して、残りを箱ごと渡したのである。

 彼女はそれで納得してくれたらしい。全部渡せと言われたらどうしようかと内心ひやひやだった。

「さて、ふたつ目の用件ね。近いうち、あなたに憑いている良くないものを祓いに伺うわ。その予告をさせてもらいに来たの」

「……良くないもの?」

「まだとぼけるのかしら。まあいいけど。あなたの意思とは関係なく、私の使命に従って勝手に祓わせてもらうから」

 彼女はそう言葉を吐いて、そして、ゆっくりとした足取りで、僕と入れ違うように階段を登っていった。 

 僕は呆気に取られて、声をかけることすらもできず、ただその長い髪を眺めているだけだった。

 階段を登る最中、彼女はふと足をとめて、そして思い出したかのように言った。

明日宮雅(あすみやみやび)。それがあなたをより良い冥府に導く者の名よ。覚えておいて頂戴」

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