クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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隊長の葛藤

翌朝―――窓から差し込む光で眼が覚め、セラは軽く伸びをしながら身体をほぐす。

 

今朝はスクランブルもかかっていないので、ゆっくりとできる――小さく欠伸を噛み殺すセラに既に起きていたモモカが声を掛ける。

 

「おはようございます、セラ様」

 

「おはよ」

 

笑顔で挨拶するモモカに自然と返す。もはや「さま」づけで呼ばれるのも慣れた。最初は別に主でもなんでもないから、呼び捨てでいいと言ったのだが、モモカは頑として譲らず、結局セラが折れることになった。

 

モモカとしては憧れのアンジュと同じ容姿だからなのだろうが…この頑固さだけは驚嘆させられる。セラがベッドから立ち上がると、隣ではアンジュがまだ眠っていた。

 

いつもは同じようなタイミングで起き上がるし、起床の時間も決まっているので珍しいなと思いつつも、昨夜の件もあり、深く考えずにセラは着替えを始める。

 

モモカはアンジュに近づき、小さく声を掛ける。

 

「アンジュリーゼ様、起きてください。もうすぐ朝食のお時間ですよ――反省文なら、昨夜の内に私が書いておきましたので、御安心を」

 

そう言って指さす先には、流暢に書かれた原稿用紙があり、セラは心なしか呆れた面持ちだ。だが、アンジュはまったく反応せず、モモカも戸惑う。

 

「アンジュリーゼ様……?」

 

不審に思ったモモカが顔を近づけると、シーツの中から弱々しい呼吸が聞こえ、動揺する。その様子にセラも微かに顔を強ばらせ、ベッドに近づく。

 

「アンジュ?」

 

思わずシーツをずらすと、そこには顔を赤くして苦しげに呼吸を繰り返すアンジュが魘されており、モモカが動揺する。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

セラは無言で手をアンジュの額に当て、自身の額と比べ―――一瞬眼を閉じると、すぐにモモカに振り返った。

 

「モモカ、すぐに水とタオル――それと医務室でマギーから解熱剤をもらってきて」

 

「あ、はい!」

 

一瞬の動揺はすぐに消え、モモカは瞬時に身を翻して部屋を飛び出していく。セラは今一度アンジュを見やり、小さく肩を落とした。

 

 

 

 

「かぜぇぇ?」

 

その後――朝のミーティングルームにヴィヴィアンの声が響く。

 

「湯冷めしたらしいわ」

 

淡々と述べるサリアにセラも肩を竦める。考えてみれば、サリアはともかく、アンジュはお風呂場で――しかも外に長く居たせいで身体を壊しても無理はないだろう。というよりも、その原因の一端は間違いなくサリアにもあるのだが……その視線を感じ取ったのか、サリアは心外とばかりに憮然としている。

 

モモカが言うには、外の世界ではそういった病気に対しても『マナ』の力で事前に治癒する術があるらしいのだが、免疫ができにくい。長くアルゼナルで育った者達は体内に抗体などの免疫を持っているが、最近まで外の世界にいたアンジュは抵抗力が極端に弱かったのだろう。

 

「アンジュは復帰するまで待機――当面は私達だけで任務に当たるわ」

 

事態の説明を受けたヒルダ達はさも当然のごとくニヤニヤと笑う。

 

「休んだら罰金いくらだっけ?」

 

「――一日百万キャッシュよ」

 

厭らしい笑みで呟くロザリーにサリアが応える。別に声に出して聞くまでもないことなのだが、わざわざ口して笑い合う。

 

「かわいそうにねぇ」

 

「破産しちゃえばいいのに」

 

本人がいないところで随分好き勝手言い合うヒルダ達をセラは内心呆れながら聞き流していると、ヒルダが唐突にセラに呟いた。

 

「あんたも気をつけなよ? クリソツ女」

 

「そうそう、風邪をこっちに移されちゃたまんないからねぇ」

 

「ま、二人仲良く風邪で寝込んでくれても全然構わないけど」

 

口々に好き勝手言うヒルダ達にセラはジト眼で見やり、呆れたようにため息をつく。

 

「そうね、ご忠告痛み入るわ――でもまあ、なんとかは風邪を引かないっていうし……別に心配しなくていいんじゃない?」

 

投げやりにそう返すと、ヒルダ達は一瞬にして不機嫌になる。

 

「な、なんだとてめえ?」

 

「あら? 別にあんた達のことじゃないけど――自覚できるぐらいには利口ってことかしら?」

 

鼻を鳴らして小馬鹿にするセラにロザリーは怒りに震える。掴みかかりそうになるのを、サリアが眉間に皺を寄せながら口を挟む。

 

「そこまで! 訓練を始めるわよ、総員ライダースーツに着替えて5分後にデッキに集合よ!」

 

その命令にロザリーは舌打ちし、ヒルダは睨みつけながら一瞥し、クリスはやや不機嫌気味に出て行った。それを無視すると、サリアがセラをどこか睨んでいる。

 

昨日の一件でどうやらまだ敵意を向けているが、セラは敢えて無視した。

 

 

 

 

 

パラメイルを使用しての訓練を終えた第一中隊は帰還し、解散となった。アンジュがいないだけで、特に問題も起きず、訓練を終えた。

 

ヒルダ達がアンジュの容態にまるで祝杯でも上げるかのように喜々として引き上げる。他人の不幸は蜜の味というが―――あまりの小ささに呆れしかでてこない。

 

サリアは訓練中も終始睨んでいたので鬱陶しかったが…セラも特にすることもないので、引き上げていく。

 

「アンジュさん、大丈夫かな?」

 

居住区に戻るなか、ココが不安そうに呟く。

 

「ただの風邪みたいだし、数日休めば大丈夫でしょ」

 

幼年部の保健科目で風邪は『マナ』の力でも根絶できなかった病気の一つとして載っていた。それはウイルスがあまりに多様に渡り、様々な症状を引き起こすからだが、こじらせなければ2-3日程度で完治する。事実、幼年部でも時期によっては流行するため、ココやミランダもそれ程緊迫感はなかった。

 

「お見舞いに行ったほうがいいかな?」

 

「それで移ったらどうすんのよ」

 

嗜めるミランダにココは億劫になるも、どこか納得しなさげだ。

 

「確かに、移ったら大変だし、アンジュが早く良くなるように考えるしかないんじゃないかな」

 

ナオミが苦笑混じりに告げると、二人は頷く。

 

「それもそうね。じゃ、私達こっちだから」

 

「お休みなさい」

 

軽く一礼し、ココとミランダは自室へと続く通路に分かれ、セラとナオミは無言で歩き出す。

 

「……ねぇセラ、ひとつ訊いていいかな? サリアと何があったの?」

 

暫し無言だったが、ナオミが唐突に口を開き、昨日のことを訊ねる。昨夜は途中で有耶無耶になったものの、サリアが突然セラに襲いかかった経緯がまったく分からず、今朝もサリアがセラを睨んでいたのを見ただけに、不安を覚えていた。

 

「大したことじゃない―――別にナオミが思うほど深刻なものじゃないから」

 

「そう…なんだ……」

 

どこかうまくはぐらかされたことにやや不満気だったが、それ以上追求することはなかった。やがて分かれ道に来ると、ナオミはセラにぎこちなく笑い掛ける。

 

「セラ、お休み…アンジュのこともだけど、セラも体調には気をつけてね」

 

「一応予防薬は貰ったから。心配しなくていい」

 

そう言って軽く手を振ると、セラは自室に向かって歩き出し、ナオミは不安気な面持ちのまま、その背中を見送った。

 

部屋に戻ったセラが入室すると、モモカが不安な面持ちで振り返る。

 

「どう? アンジュの様子は」

 

「はい、少しは落ち着いたようなのですが、まだ熱が下がりません」

 

浮かない面持ちで話すモモカに相槌を返しながら、セラがベッドに近づくと、まだ顔は赤いが今朝に比べれば幾分か呼吸は落ち着いているように見える。

 

「それと、今朝言ったことはした?」

 

「はい、身体の汗は拭きましたし、解熱剤も飲ませました」

 

招集が掛かっていたので、セラはモモカにアンジュの身体の汗を拭くのと解熱剤を飲ませることを託けていた。早期の判断が功を奏したのか、アンジュの症状もそれ程悪化はしなかったようだ。

 

セラは徐にアンジュの首を起こし、持っていたベットボトルを開け、口元に口を近づけ、少しずつ飲ませていく。

 

「セラ様、それは?」

 

「ただのドリンクよ…汗で水分が飛んでるし、喉が炎症を起こしているから、少しでも水分を摂らせないと今度は脱水症状まで起こしかねないからね」

 

ボトルを半分ぐらいまで飲ませると、ゆっくりとアンジュを寝かす。

 

水分を摂ったことで少しは落ち着いたのか、微かに柔らぐアンジュの表情にモモカもホッと安堵の息をこぼす。

 

「それにしても、セラ様は博識なのですね。感心しました」

 

称賛するモモカに小さく肩を竦める。

 

「大したことじゃない…私も幼年部にいた頃はやられたことがあったしね」

 

苦笑混じりに応えながらセラはアンジュの額に濡れたタオルをのせる。その時、アンジュが微かに身じろぎし、口が小さく動く。

 

「…セ…ラ………」

 

か細い声で呼ぶ声に、セラは小さく眼を瞬く。

 

(どんな夢を見てるんだか……)

 

まるで求めるように手を伸ばすアンジュの手を握る。

 

「私は…ここにいる」

 

小さく呟くと、まるでそれが聞こえたようにアンジュの表情がどこか穏やかなものに変わる。

 

「セラ様は、まるで本当にアンジュリーゼ様の姉妹のようですね」

 

その様子にモモカは笑顔で告げるが、セラは肩を竦める。

 

「冗談? こんなに手の掛かる姉妹はいらないわよ」

 

軽口でぼやくセラにモモカは首を振る。

 

「ですが、昔シルヴィア様が倒れられたときのアンジュリーゼ様と同じだったので…あ、シルヴィア様というのはアンジュリーゼ様の妹君です」

 

「そう―――」

 

モモカの説明に若干表情を曇らせながら、セラはアンジュを見やる。

 

「―――『マナ』でもできないことがあるのね……万能の力とやらが聞いて呆れる」

 

「え……?」

 

「だってそうでしょ? 本当に何でも願いが叶うなら、病気なんて簡単に治せるはずでしょ」

 

セラの指摘にモモカはどこか複雑な面持ちで口を噤む。『マナ』は確かに人間の文明を明るいものへと変えた力だが、決して『万能』ではない。

 

「本当に『万能』の力っていうのは、病気どころか死んだ人間を生き返らせられるぐらいのものをいうでしょうね」

 

セラはアンジュの髪を掻きながら、ポツリと漏らす。その言葉にモモカはハッとする。アンジュは眼の前で母親を喪った。シルヴィアのことでうっかり失念していたが、それはアンジュの前で家族の話はするなという釘をさしていた。

 

「だけど…本当にそんな事ができたら、命の重みがなくなるわね―――重いから、生きるために戦うの。それがノーマなのよ――あなたも、ここで生きるなら、もう少し周りのことも考えて」

 

セラの言葉にモモカが小さく眉を顰める。

 

「あまりアンジュばかりを特別扱いするなってことよ―――『皇女』なんていう肩書きはここじゃ意味がないし、自分が『特別』だなんて思ってると、簡単に潰されるわよ」

 

モモカが調理場に入ってアンジュのために食事の支度をしているのは大多数のノーマが見ているが、元々栄養価だけ摂れれば、味なんてものは二の次――そこへ、これみよがしに見せられれば反感も煽るだろう。

 

そうなれば、アンジュはよりアルゼナルで孤立する――ただでさえ、ドラゴンとの戦いは命懸け……基地にいる時まで気を張り詰めさせ続けていれば、いつかはおかしくなる。

 

「アンジュが大切なのはいい――だから尚更、アンジュを甘やかさないで」

 

内心、サリアのことは言えないな、と……自身に悪態をつく。

 

「―――注意します」

 

その言葉にはなぜかモモカを御するような重みがあった。まるで――ジュライ…アンジュの父と話しているような―――そんな錯覚を覚えて顔を上げるモモカの眼にセラの胸元のペンダントが入る。

 

「あの、セラ様…そのペンダントは?」

 

ふと気にかかったモモカが訊ねると、セラが胸元のペンダントが露出していることに気づく。

 

「ああ、これ―――ただのペンダントよ。これがどうかした?」

 

「あ、いえ…少し気になっただけなので」

 

特に深い意味はなく、頭を振るモモカを一瞥し、立ち上がろうとするも、腕が離れない。気になって視線を向けると、アンジュの手がセラの手を掴んでおり、離れられない状態だった。

 

アンジュは苦しげだがまだ眠っており、無意識に掴んでしまったのだろうが、これでは離れられない。モモカも気づくも、どうすればいいのか分からずに困惑している。

 

セラは小さくため息をつくと、ベッドの傍にあった椅子を手繰り寄せ、その上に腰を下ろす。

 

「セラ様?」

 

「私のことは気にしないで休んで…離してくれないみたいだし」

 

やや呆れた面持ちで肩を竦めるセラにモモカは申し訳なさ気に頭を下げる。

 

「お願いします」

 

モモカが部屋の電気を消し、寝袋を広げる。

 

「なにかあったら、すぐに起こしてください」

 

それだけ託けると、モモカは寝袋の中に入る。それを一瞥すると、セラは月明かりに照らされるアンジュの寝顔を見つめる。

 

「まったく――世話かけさせないでよね」

 

軽く悪態をつくと、セラは手を握ったまま、アンジュのベッドに半身を被せるようにうつ伏せる。そのまま眼を閉じ、静かに寝息を立てながら眠りに就いた。

 

翌朝―――僅かに体調が回復し、眼を覚ましたアンジュがぼやけた視界のなかで、眼前にあるセラの寝顔に驚き、声にならない叫びを上げたのは余談である。

 

 

 

 

整備班が作業を行う格納庫にサリアが訪れていた。昨日のアンジュが倒れてから、訓練も問題なくこなし、さして問題も起こっていないことから、気分はいつもよりマシだった。

 

とはいえ、アンジュもずっとこのままではないだろうし、復帰してきて元の状態に戻れば元の木阿弥だ。そのためにも、どうにかしてアンジュをコントロールしなければならない。

 

その方策を巡らせながら、慌ただしく動き回る整備班を横に、サリアはヴィルキスへと近づく。やはり、この機体への憧憬を捨てることができず、焦がれるように見つめ、そして何故ジルは自分ではなくアンジュに、さらにはセラに与えようとしているのか分からず、苛立ちを煽る。

 

「あ、サリア。なんか用?」

 

唐突に掛かった声に顔を上げると、ヴィルキスの整備をしていたメイが顔を出し、見つめている。

 

「お疲れ。どう、ヴィルキスの調子は?」

 

「アンジュの扱いが乱暴だからすぐにボロボロになるし、メンテナンスも大変」

 

肩を竦め、ぼやくように漏らすメイに思わず指を噛む。

 

「ねぇメイ――ジルが言ってたこと本当なの? セラがヴィルキスに乗ったって?」

 

苛立つ思考のなか、不意に先日のジルの言葉が過ぎり、思い切って訊ねると、メイもやや難しげに表情を顰める。

 

「うん。詳しくは私も知らないんだけどね、前にアンジュがヴィルキスとMIAになった時に、近くでシンギュラーが開いたらしいんだ。その時にたまたま乗り込んだらしいんだけど……」

 

メイもセラ本人に聞いたわけではなく、ジルから又聞きで知っただけ。加えてジルからセラには一切この件を訊くなと厳命されてしまった。腑には落ちなかったものの、メイは命令通りヴィルキスの戦闘レコーダーを解析し、そのデータを提出していた。

 

「正直驚いちゃったよ――データの数値だけ見れば、セラを乗せるっていう判断も悪くないんだけどね」

 

どこか納得はしていなかったものの、その言葉にサリアはますます不機嫌になる。

 

「だけど、当面はアンジュが使うだろうからね――ちゃんとしておかないと」

 

「大事な機体なのに――」

 

無意識にボソッと呟く。それは、ヴィルキスの状態というよりも、自分の方がもっと上手く扱えるというプライドの割合が大きい気持ちから出たものだったが、それを聞き留めたメイはどこか困ったように笑う。

 

「仕方ないよね――稼ぎも危険も一番大きく抱えこんじゃってるんだから」

 

スパナを回しながらそう呟くメイにサリアが顔を上げる。

 

「え? 危険も……?」

 

一瞬、何を言われたか分からず、反芻するサリアに小さく頷く。

 

「うーん…なんていうんだろ――機体を整備していると、ライダーの気持ちが分かるんだ……」

 

ヴィルキスのシートを撫でながら、メイはどこか感慨深く告げる。

 

「もう誰も傷つけさせない――死なせない……ドラゴンの攻撃は、自分ひとりで受け止める―――なんてね」

 

その言葉にサリアはハッと気づかされるも、慌てて内心に首を振る。

 

「考えすぎでしょ……」

 

「そうかな…だけど、だからセラはアンジュを助けるんじゃないかな」

 

そう言って視線を背中に向け、サリアもつられてそちらに視線を向けると、そこにはセラのアーキバスが固定されている。

 

「セラには内緒なんだけど…セラの機体、けっこう無茶なチューンしてるんだ。でも、セラはそれを使いこなしてる―――セラ、アンジュのフォローをよくするけど、アンジュの気持ちをわかってるからじゃないかな」

 

セラはアンジュがヴィルキスに乗った最初の戦いで彼女を庇い、そして助けた―――それまでどこか対立し合っていた二人の関係が変わったきっかけだとはサリアも薄々察していた。それ以来、セラはまるでアンジュを守るように戦っている。

 

「無茶をするアンジュを死なせない―――なんとなくだけど、そう思うんだ」

 

はにかむメイに思わず並ぶヴィルキスとアーキバスを見つめる。並び立つ白と黒の機体に、まるでなにか見えない絆があるような感覚を憶え、サリアは押し黙る。

 

「それに…アンジュやセラが配属になってから、誰も死んでないよね。私達の部隊?」

 

その指摘に今度こそサリアは驚きに眼を見張り、息を呑む。

 

「班長!」

 

「あ、今いくー! それじゃあね、サリア!」

 

呆然となっているサリアを横に、メイは他の機体の元へと駆け寄っていく。それを見送ると、サリアはグルグルする思考のなか、格納庫を後にした。

 

サリアの足は自然と自室へと向かっていた。彼女はマメに毎日の日誌をつけていた。副長時代からずっと続けており、隊長になってから愚痴も私的感想の欄に多いが、サリアはそれよりも戦闘の戦果に眼を走らせた。

 

ゾーラが負傷したあの日からの戦闘結果を見直し、確かにあれ以後一人の死亡者どころか脱落者も出ていない。副長時代は何人も新人が入ってきたし、サリア達よりも先達もいた。だが、ドラゴンとの戦いの中でひとり、またひとりと死亡、戦線離脱した。その中には、サリアと親しい仲間もいた。

 

アンジュの独断専行やセラの行動にばかり目を取られがちだったが、確かにあの二人が入って――つまりは、サリアが隊長に就任してからひとりも抜けていない。念のため他の隊の戦績も検索してみたが、他の隊はやはり人的損耗が大きいため、なかなか部隊を運用できていない。

 

ただの偶然――アンジュやセラがキャッシュを稼ぎたいがために勝手に行動している…だから危険にさらされていないだけだ、と―――そう思えたら、どんなにラクか。

 

「アン―――今の私を見たら、あなたは何て言うかしらね……」

 

もう既に遠い過去のように思える――ドラゴンと戦って死んだ親友の名を呟き、サリアは天井を仰ぐ。あれ程上を目指して競い合っていた頃…何も考えずにいられた頃がすごく眩しい。

 

サリアは首を振る。

 

「こんなんじゃダメ! 今はアンジュやセラをどうにか従わせることを考えないと」

 

弱気になっていた自分に活を入れ、サリアは気分転換しようと部屋を出る。通路を歩いていると、前方の通路から今一番会いたくない相手が出てきた。

 

「……セラ」

 

「サリア――何か用?」

 

思わず名を呼んだことで振り返ったセラがどこか投げやりに応じたので、サリアは先日の一件を思い出し、睨みつける。

 

「そんなに睨まなくても、別に誰にも言ってないわよ」

 

やれやれと肩を竦めるも、サリアの表情は依然厳しいままだ。

 

「別にあなたがどんな趣味を持っていても私は笑わないし、関係ない――ただ、私に余計な迷惑が及ばない限りにだけど」

 

それは、余計なことをしたらどうなるか分からないという脅しだったが、ジト眼で見るセラにサリアはどこか憮然としている。

 

「セラ―――少し、話せない?」

 

唐突にそう切り出したサリアにセラは意外だったのか、一瞬眼を剥くも、小さく肩を竦める。

 

「いいわよ――なら、少し場所変えよっか」

 

ここだと誰に聞かれるか分からない――セラがそう促し、先に歩き出すとサリアも無言で続いた。移動する間は互いに無言のままだったが、やがて二人は居住区の外れにある外壁を削り開いたテラスに到着する。

 

ここは滅多に人も来ない場所で、邪魔を入れたくない場合は最適だった。

 

「で――話って?」

 

視線を合わせないまま訊ねると、サリアは困ったように顔を顰める。訊きたいことはたくさんあったが、いざその時となると言葉がでてこない。

 

そんなサリアを煽ることもせず、セラは無言で水平線を見つめている。

 

「ア、アンジュの調子はどう?」

 

やがて、どこか苦しげにアンジュの容態を訊ねると、セラは淡々と応じる。

 

「今朝には大分熱も下がったわ。あと2-3日すれば元に戻るんじゃない」

 

今朝はアンジュの悲鳴で起こされた――耳元で叫ばれてやや驚かされた。元はといえば、アンジュが手を離してくれなかったのでああいう状態になったのだが、当然のことながらアンジュは全然分からずに戸惑うばかりだった。

 

その後、熱を測り、まだ少し微熱があるということで寝させている。無茶をしないようにモモカに見張らせているが、強硬に出たらどうなるか―――と、場違いなことを考える。

 

「そ、そう―――」

 

言葉が続かず、サリアは内心で混乱し、必死になるが、そんなサリアにセラは口を開いた。

 

「アンジュが気に入らないのは、命令をきかないからじゃなく…『ヴィルキスに乗ること』、かしら?」

 

その言葉に心臓が大きく跳ね上がり、サリアは口をパクパクさせる。セラはゆっくりと振り返り、サリアを直視する。

 

「アンジュが墜ちた時…あなたはアンジュではなくヴィルキスの方を心配してたわね? 以前から気になっていたわ――ただの『ポンコツ』にどうしてあなたや司令が拘るのか――ね」

 

サリアは反論も取り繕うこともできず、苦々しげに視線を逸らす。

 

「私は別にヴィルキスが何なのか知りたいわけじゃない。けどね、アンジュが死んでもいいと思っているなら―――私は、誰が相手でもやるわよ」

 

その瞬間…視線が殺気を帯び、サリアは気圧される。

 

アンジュが気に入らないのは構わない。別に人となりまで受け入れろとはいわない。だが、命を懸けた戦いの場にまでそんな個人的な感情を持ち込むな、と―――少なくとも、仲間内から撃たれるような状況を放置している時点で、サリアもヒルダ達と同じだ。

 

「前にも言ったけどね…私は、味方を殺す奴には容赦はしないわよ――私はアンジュみたいにやり返さないほどお人よしじゃないからね」

 

殺気が緩み、晒されていたサリアは止まっていたように呼吸をする。

 

「……アンジュが先走るのは、ゾーラ隊長のことがあるから?」

 

サリアは思わず口走っていた。その言葉にセラが微かに眉を顰める。

 

「さっきメイに言われたの、アンジュが先走るのは、誰も死なせないからだって……」

 

「――本人がそこまで自覚しているかは知らないけどね」

 

そう応えたセラの言葉は、『肯定』だった。その答にサリアはますます混乱し、口を噤んでしまう。そんなサリアを一瞥し、セラは視線を外す。

 

「サリア――問題の起こらない組織ほど怖いものはないわよ」

 

「え……?」

 

「この世界に『完璧』なものってないってことよ……」

 

その最もたるのが、『ノーマ』だ。『マナ』を使えない人間社会の欠陥品―――森羅万象…必ずどこかに『歪み』を抱えている。

 

問題の起こらないものほど怖いものはない――何が間違っているか判別することができない、そんな状況で正しいか間違っているかの判断することができるはずもない。間違いを認識し、それを是正することで経験となり、自身の力になっていく。

 

「私は別に、あなたにゾーラ隊長や司令のようになれって言うつもりはないわ……サリアはサリアでしょ、それ以外にないんだから」

 

最初から隊長として振舞えるとは思っていない。

 

『自分』以外になることなど不可能だ。ひとりひとり違う――だからこそ、反発が起き、対立も起きる…それを受け入れた上で、隊長としての責務を果たせばいい。

 

「アンジュをどうにかしたいなら、『自分』で考えなさい」

 

これは他人から力を貸していい問題ではない。この先もサリアが隊長としてやっていくなら、これはサリア個人で解決しなければならない問題だ。

 

その指摘にサリアは唇を噛む。

 

セラの言葉は正論だ―――だが、それを素直に受け入れられるほどサリアは素直ではなかった。自身のプライド、アンジュとの確執、なにより自分よりも『なんでも分かっている』とでも言いたげなセラへの劣等感は簡単に受け入れられるほどのものでもなかった。

 

「あなたに…なにが分かるのよっ!」

 

癇癪を起こすように叫ぶサリアに、セラは無言のままだ。その態度がますます癪に障り、サリアはセラに掴み掛かる。

 

「セラ、あなたは確かに凄いわよ! なんでもできるし、何があっても動じない! けどね、私はそんな風にできない! できないのよ!」

 

胸倉を掴み上げ、涙眼で吐露するサリアの叫びは続く。

 

「あなたから見たら私は頼りにならないでしょうね! なにが足りないの! 教えてよ! なんでなのよ!?」

 

感情のままに叫ぶサリアの言葉を受け止め、サリアの肩で息をする呼吸だけが周囲に響く。その時、突如警報が轟いた。

 

【第一種遭遇警報発令! パラメイル第一中隊出撃準備!】

 

ハッと顔を上げるサリアを引き離し、セラは静かに告げる。

 

「サリア――ひとつだけ教えるわ。『答』は自分で見つけなさい」

 

自分自身で納得したものでなければ、受け入れることはできない。サリアは憮然としたままだったが、セラは気にも留めない。

 

「気持ちは切り替えて――死ぬわよ」

 

それだけ告げると、セラは駆け出し、サリアは小さく息を呑む。やや逡巡していたが、すぐに表情を引き締めて後を追った。




前半のアンジュがメインかと思いきや、後半のサリアとのやり取りがメインです。

この回はサリアとの関係がメインになりますので。

しかし、サリアは動かすのがむずかしい! いろいろ抱える人間って一番人間くさいんですけど、描写がむずかしいんですよね。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き
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