クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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デザイア

アウラの都を襲った時空嵐―――その中より出現したドラゴンの軍勢と戦闘に突入するなか、巨大な三つ首竜を駆る巨大な影に対して挑むサラマンディーネだったが、外套で覆っていた姿に眼を見張っていた。

 

「これはいったい……?」

 

自身の前に佇むのは焔龍號と―――いや、龍神器と似通った形状を持つ機体だ。確かに、所々の差異は見える…だが、基本的なフォルムは同一といっていいかもしれない。

 

異質なのは、全身を黒鉄のような鎧で覆い、その左腕は先程切り落とされ、代わりに龍が巨大な剣と変化して一体化している。そして、その頭頂部には蛇を模ったような像が不気味に飾られている。

 

それは、サラマンディーネが紐解いたこの国のかつての古代の記録に残る蛇神を思い起こさせ、思わず呟いてしまった。

 

だが、その戸惑いは一瞬の油断となり、戦場では命取りとなる。

 

呆けるサラマンディーネに向かって、夜刀神と呼んだ機体が不気味に紫紺の眼を輝かせ、一気に距離を詰めた。

 

ハッと気づいた瞬間には、激しい衝撃が機体を襲った。

 

「きゃぁぁぁぁっっ!」

 

振り払われた巨大な剣に機体を弾き飛ばされ、衝撃に呻く。

 

体勢を崩す焔龍號に追い打ちをかけるべく、再度襲い掛かろうとする敵に対してサラマンディーネもすぐさま体勢を戻し、右手のブレードを振り上げる。

 

振るわれる巨大な剣を受け止めるも、その衝撃に焔龍號の右腕が振動し、機器がショートする。まともに受けてはダメだと瞬時に察したサラマンディーネはすぐさま距離を取ろうとするが、それを見越したように敵は左腕を大きく薙ぎ、次の瞬間刀身にいくつもの線が走り、それに沿って刀身が分解する。

 

それまで強靭な刃だったものが、しなる連接剣のごとく動き、それを叩きつけるように振り下ろす。不規則な軌道を描きながら剣が襲い掛かり、それを紙一重でかわす。

 

(強い―――! ですが、この動きは……?)

 

数度打ち合っただけで眼前の敵が並々ならぬ相手であると理解するも、それより不可解なのは相手の動きがこちらを先読み――いや、馴染み深いもののように錯覚する。

 

だが、逡巡する暇すら与えぬとばかりに相手は再度急接近し、巨大な刀を振るう。だが、剣をあわせるたびにその感覚は強くなってくる。

 

(覚えが…覚えがあります―――この動き、この剣技は―――!)

 

既視感が徐々に『確信』へと近づく。だが、それに至ることをサラマンディーネの理性が否定する。

 

(あり得ない……あり得ないはずです―――!)

 

内からの叫びを乗せるように大きく振り払ってしまう―――だがそれは大振りになってしまい、相手は機体を屈ませて苦もなくかわす。

 

迂闊と毒づく間もなく、サラマンディーネは致命的な隙をつくってしまったと息を呑むも、相手はそれを衝くこともなく、そのまま距離を取る。

 

一瞬、戸惑うもこちらも距離を取る。今のはチャンスだったはずだ――なのに何故攻めなかった……いや、考えるまでもなかった。

 

そんな隙を衝くまでもない―――明らかに見下されていると感じ、無意識にサラマンディーネは唇を噛む。

 

【―――変わらんな、その熱くなると動きが単調になるのは】

 

不意に聞こえた声に、眼を見開く。

 

それは眼前の機体の乗り手のものであり、同時にサラマンディーネが決して聞き間違えるはずもない『声』だった。

 

操縦桿を握る手が汗ばむ。息が乱れ、動悸も激しくなる。

 

動揺が満ちていくも、それをなんとか抑え、サラマンディーネは気丈に顔を上げる。

 

「やはり――『あなた』なのですね。でもどうして…なぜそこに居るのですか――――『兄上』!!!」

 

隠せぬ葛藤を混ぜた声を張り上げ、サラマンディーネは叫んだ。

 

ドラゴンを駆逐していたセラも突如聞こえたその声に思わず動きを止める。それは離れた位置にいたアンジュやリーファ、タスクも同様だった。

 

「兄………?」

 

一瞬、聞き間違えかとセラは眉を顰めた。だが、サラマンディーネの叫びは真に迫っていた―――そして、それに応えるように焔龍號の眼前にて制止していた機体の胸部ハッチが開く。

 

ゆっくりとスライドするハッチ――固唾を呑んで見守るなか、コックピットから人影がゆっくりと顔を出す。白日の下にその姿を晒したのは、『白』だった。

 

搭乗する『黒』とはまるで対照的な真白い長髪が風に揺れる。ハッチの上に立つと、手に持っていた刀を立て、柄に手を置いて顔を上げる。

 

泰然と佇む姿は隙がなく、その口元には不敵な笑みが浮かぶ。その双眸は蒼穹に染まり、唯一サラマンディーネやリーファとの共通点に見える。

 

その姿にセラが戸惑い、眉を顰める。

 

確か、この世界では男はすべてドラゴンへと姿を生まれた時には遺伝子調整されて変えると聞いた―――あの男がサラマンディーネやリーファの兄だというのなら、何故人の形態を取っているのか…いや、それ以前に明らかに敵対行動に出ている時点で油断はできない。

 

「そ、そんな……」

 

離れた位置でサラマンディーネの発した言葉に思わずを動きを止め、それを視認したリーファは動揺を隠せず、掠れた声で息を呑む。

 

「ちょっと!」

 

「しっかりしろ!」

 

動きを止める黄龍號にアンジュやタスクがフォローのために近づく。だが、ドラゴン達はまるでこの光景を見守るようにその場で静止し、沈黙している。

 

動きを止めているとはいえ、未だ時空嵐の轟音が戦場に響くなか、対峙する焔龍號だったが、不意にハッチが開き、サラマンディーネもまた機外へと姿を現した。

 

滞空する焔龍號と夜刀神―――そして対峙するサラマンディーネと兄と呼ばれる男、サラマンディーネが強張った面持ちで口を開く。

 

「こうして顔を合わせるのは久しぶりですね……『トウハ』兄上」

 

その言葉に男――『トウハ』と呼ばれた男は小さく笑う。

 

「さて―――私が追放されてからの歳月など、忘れてしまったな……このようなカタチで再び逢いまみえるとは思わなかったがな」

 

不遜気味に揶揄すると、サラマンディーネの顔が苦々しく歪む。無意識に手を握りしめ、震わせる。

 

「兄上、お聞かせください―――何故、あなたがエンブリヲの下にいるのですか? 何故、私達に敵対するのですか?」

 

動揺を抑えるように問い掛ける様に、傍で見守っていたセラが眉を顰める。なにか、彼女らしくない―――相手が兄だからとも思ったが、不意に昨夜の出来事が過ぎる。

 

かつて、自分と同じようにアウラに縋るこの世界を否定した者をサラマンディーネは追放した―――なら、その相手が眼前のこの男なのか…逡巡しながら推移を見つめる。

 

だが、サラマンディーネの問い掛けに沈黙したまま―――眼を閉じ、泰然とするトウハにサラマンディーネの焦燥は募る。

 

「私のせいですか? 私が、あなたを追放したから―――っ」

 

懺悔めいた言葉がその口から出ようとした瞬間、冷たい殺気がサラマンディーネの身体を射抜き、思わず口を噤む。

 

「相変わらず思い上がりが過ぎるな―――これはオレの意思、オレが決めた道だ。かの者のに従っているのはただの利害の一致に過ぎん」

 

冷淡な口調で告げる言葉には、何の迷いもない―――そして、何の躊躇いもなかった。

 

「オレの考えは変わらん―――縋るしか生きることができないこの世界は存在する価値はない」

 

「兄上――!?」

 

ぶつけられる言葉にサラマンディーネの苦悩が満ちる。刹那、トウハの乗る夜刀神の眼が輝き、左腕の巨大な剣を構える。

 

「問答など不要――オレを止めたければ、お前の正義を持って黙らせてみろ!」

 

トウハの姿が夜刀神の中に消え、左腕を振りかぶって急加速する。焔龍號に迫るなか、サラマンディーネもハッと我に返り、反射的にコックピットに滑り込む。

 

間一髪で迫る夜刀神の振り下ろした剣を焔龍號はブレードで受け止める。振動するなか、歯噛みするサラマンディーネだったが、夜刀神は右手を引き、密着した状態で繰り出した。

 

サラマンディーネは反応が遅れ、重い一撃が焔龍號に叩き込まれ、衝撃で機体が大きく揺さぶられ、弾かれる。呻くなか、焔龍號を背後に回ったアイオーンが受け止め、サラマンディーネは眼を見開く。

 

「セラ?」

 

驚くサラマンディーネを一瞥し、セラは機体越しに夜刀神を睨みつける。

 

「兄が碌でもないのはどこも一緒か」

 

思わずそんな愚痴が出る。それが聞こえたのか、相手は不遜に笑う。

 

「エンブリヲから聞いた――適合者、いや…国に捨てられた哀れな姫よ」

 

口ぶりからセラのことを知っているようだが、揶揄するような物言いに思わず眉を顰める。別に皇女などということに何の感慨もないが、馬鹿にされたのはムカつく。

 

「何故ソレを助ける? ソレはお前にとっても敵だろう、偽りの世界の姫よ」

 

だが、慇懃な物言いで問い掛けるトウハに小さく鼻を鳴らす。

 

「彼女には一宿一飯のカリがある――それだけよ、なにより…あの胡散臭い男についているなら、私の敵よ」

 

セラには主義主張は関係ない。今、自分が最善と思えるように決める――なにより、彼女の何かが『あの男』を警戒させている以上、セラがその側につくこともない。

 

その応えにトウハは小さく肩を竦める。

 

「成る程、気に入らないか―――シンプルでいい」

 

その返答が気に入ったのか、トウハは害した様子も見せず左腕を振り上げ、剣を掲げる。

 

「なら、共に斬り捨てるのみ!」

 

刹那、一気に飛び出す夜刀神がアイオーンと焔龍號に向けて剣を振りおろし、セラは咄嗟に焔龍號を弾くように離し、その空間を剣が薙ぎ、衝撃が突風を巻き起こす。

 

僅かに煽られ、体勢を崩すアイオーンに向けて夜刀神が定め、襲い掛かる。振り下ろす剣をレーヴァテインに受け止め、捌く。

 

だが、夜刀神もその巨大な刀身をまったく物ともせず、まるで蛇のように刃の連結部をしならせながら斬撃を放つ。得物というよりは、まるで別の生きている何かが襲いかかるような動きだった。

 

交錯するセラが歯噛みする。

 

(疾い―――っ!)

 

ぶつけられる剣と動きにセラは気圧される。

 

この動きは修練を重ねた武芸者そのものだ。しかも、サラマンディーネやリーファのそれよりもより洗練されている――アルゼナルで訓練を受けたとは言え、セラは格闘に護身術を合わせた程度のものしかない。パラメイルを操るにしてもある程度の体術は必要だが、それを極めた者に対しては不利は否めない。

 

だが、それに臆するようなつもりは毛頭なかった。

 

セラもレーヴァティンを振り被り、夜刀神と斬り結ぶ。振るわれる刃を紙一重で避け、応戦する。アイオーンの斬撃も幾度も降りかかるも、夜刀神は悠々と回避し、脚を振り上げてアイオーンを弾き飛ばす。

 

「っ――!」

 

衝撃に歯噛みするセラはアイオーンのスラスターを噴射させて踏み止まるも、トウハは口元を薄く歪め、夜刀神の左腕を後ろに引いて鋒に右手を這わせる。

 

身構える夜刀神の姿勢に呆然と見入っていたサラマンディーネはハッと気づく。

 

「いけない――よけてっっ!!」

 

無意識に声を張り上げる。刹那、夜刀神は翼をフルブーストで機体を加速させる。空中を矢のように疾走する夜刀神が繰り出した左腕の突きがアイオーンに襲い掛かる。

 

衝撃と金属の砕ける音が次の瞬間、木霊する。密着した状態で左腕の剣を突き出す夜刀神の一撃はアイオーンの右肩を掠め、装甲を穿いていた。

 

咄嗟に反応できたのは、セラの戦士としてのカンか――あの構えを取った瞬間に感じた殺気にもし、僅かにでも遅れていれば、間違いなくコックピットごと貫かれていただろう。

 

「ほう? なかなかいい反応だ―――だがっ!」

 

かわされたことに驚くでもなく、感嘆したがすぐさま捻るように突き出していた左腕を右に向けて振り払った。

 

「斬り返し―――っっっ!!」

 

初手からの連撃は、予想できていなかったため、さしものセラも反応できず、袈裟懸けに振り下ろされた斬撃がアイオーンの装甲を裂き、衝撃が機体を揺さぶる。

 

だが、セラも吹き飛びながらもレーヴァティンを発射する。夜刀神はすぐさま体勢を戻そうとするも、巨大な左腕の重心が戻らず、僅かに被弾する。

 

「セラ!」

 

そこへ焔龍號が突撃し、夜刀神に向けてブレードを振り下ろす。夜刀神も剣を振り上げて受け止め、金属の交錯が火花を散らす。

 

鍔迫り合いのなか、歯噛みするサラマンディーネに対してトウハは不敵に笑う。

 

「兄上、エンブリヲに与するばかりか、どうして同志達の死を汚すのです!」

 

エンブリヲに与する理由も分からず、なによりアウラ奪還のために散ったドラゴン達の遺骸をこのように辱めるのか―――次々と湧く疑問と葛藤がサラマンディーネを迷わせる。

 

「世界の浄化とやらにしか生きれなかった者に新しい生を与えただけに過ぎん――」

 

だが、そんな激情するサラマンディーネに対して無機質に返す。戸惑うサラマンディーネにトウハは冷めた失望を向ける。

 

「お前はドラグニウムに耐え切れず、死んだドラゴンを見たことがあるか―――」

 

唐突に投げ掛けられた言葉に眼を剥き、動きが止まるサラマンディーネに衝撃が襲う。焔龍號に穿たれた拳が弾き飛ばす。

 

「な、なにを――?」

 

「お前は、体内から沸き上がる不快感に苛まれるドラゴンを見たことがあるか―――」

 

呻くサラマンディーネだったが、困惑する様に夜刀神はさらに横殴りに蹴りを叩き入れ、焔龍號の機体が大きく仰け反る。

 

衝撃とともに掛けられる言葉に反応できず、成すがままになり、サラマンディーネの悲鳴が木霊する。

 

「姉上!」

 

その様子に呆然と事態を見守っていたリーファが耐え切れず、アンジュやタスクを振り切って飛び出す。一気に上昇した黄龍號が夜刀神から焔龍號を守るように割り込み、その身を盾とする。

 

「お前も邪魔をするか、リーファ」

 

「っ、兄様! 何故、このような暴挙を――姉上にまで!」

 

未だ眼前の光景が信じられないように叫ぶリーファにトウハは何の感慨も見せず、話す舌などないとばかりに無言で二機を弾き飛ばす。サラマンディーネとリーファの悲鳴と共に二機は吹き飛んでいく。

 

焔龍號はなんとか空中で踏み止まるが、黄龍號は地上へと落ちていく。

 

「リーファ!? っ!」

 

ハッと顔を上げると夜刀神が剣を振り上げ、焔龍號を弾き飛ばす。激しい振動に揺さぶられ、苦悶を噛む。

 

「そうまでしてアウラに尽くして何になる――」

 

追撃せず、サラマンディーネ達アウラの民の意義を否定し、憮然と言い放つトウハにサラマンディーネは顔を顰める。だが、それでも唇を噛んで操縦桿を強く引く。焔龍號のスラスターが噴射され、一気に飛び出す。

 

ブレードを振り上げ、斬り掛かる焔龍號に夜刀神もまた剣を振り上げ、刃を交錯させる。

 

「兄上! アウラは、我らの母! 我らの希望! アウラがいなければ、この世界は!」

 

悲痛な声を上げるサラマンディーネとは対照的にトウハは感情を宿さない無機質なものに固まっていく。鍔迫り合いで引き合うなか、夜刀神は刃を再度解除し、幾重にも分かれる。その反応に勢いを逸らされた焔龍號が前のめりになる。

 

その空いたボディに夜刀神の引いた右腕が鋭く叩き込まれ、衝撃が機体を揺さぶる。

 

「なら、それを証明してみせろ――オレを倒してな! 飛槍突斬!」

 

追撃をかけ、連接剣を薙ぎ、刀身が焔龍號を弾き飛ばす。間髪入れず刃を連結させ、鋭く突き放つ。空気を裂くように渦の衝撃が焔龍號に激突し、サラマンディーネの悲鳴が響く。

 

その光景にセラは舌打ちし、夜刀神に斬り掛かる。

 

レーヴァティンを振り上げ、上段から斬り下ろすも、夜刀神は身を捻ってかわす。だが、セラは間合いを離さず斬撃を振るう。

 

相手に攻撃させまいと息つく間もなく連続で攻撃するも、相手を捉えられない。セラも焦燥を抱きながら、操縦桿を動かす。

 

レーヴァティンの一撃を夜刀神が受け止め、鍔迫り合いになりながら互いを睨む。

 

「まだ目醒めぬか―――」

 

不意にトウハがボソッと漏らすも、セラには聞こえず、夜刀神は大きく振り薙いでアイオーンを弾き飛ばす。距離を取り、3つ首ドラゴン『ヒュドラ』の背中に跨ると、右手を翳す。

 

それに呼応して今まで静止していたドラゴン達が再び動き出し、セラ達に襲い掛かる。それだけに留まらず、再度背後にシンギュラーのワームホールが開き、ドラゴンの軍勢が姿を見せる。

 

「ちょっ! 冗談じゃないわよ!」

 

地上へと落ちた黄龍號を受け止め、タスクと共にフォローしていたアンジュは息を呑む。ただでさえ多勢に無勢――おまけにブリック級やガレオン級の増援など、冗談ではない。

 

無数のドラゴンが迫った瞬間、背後から別の咆哮が響いた。ハッと背中を振り向くと、大型のドラゴン達が群をなしてこちらへと飛んでくる。

 

遅まきながら、大巫女が向かわせた部族が到着したのだ。ドラゴン達は咆哮を上げ、ヴィルキスや黄龍號、グレイブをすり抜けて機械化したドラゴンに掴み掛り、空中で木霊する。

 

【リーファ様、今リーブラ他3部族が到着しました、彼らに当たらせます】

 

そこへ避難を指示しているナーガからの通信が入り、リーファは衝撃を受けていた心に少しばかり安堵が生まれる。

 

「なんによせ助かったわ、タスク! 私はセラ達の応援に回るわ! その子をお願い!」

 

「分かった!」

 

応援に余裕が生まれたのか、アンジュがヴィルキスをセラ達のいる場所へと飛翔させる。タスクは未だ動けない黄龍號に話し掛ける。

 

「大丈夫?」

 

「――不甲斐ありません」

 

タスクの呼び掛けにリーファは忸怩たる面持ちで言葉を濁す。

 

アウラを取り戻すために命を懸ける―――とんだ大言壮語だと思った。『身内』が敵になったということで動揺してしまったのだ。

 

「あの人は、君のお兄さんなんだろ……」

 

タスクはそんな心境を察してか、言葉を掛けるもリーファは口を噤む。

 

「姉上と私に優しくしてくれました――でも!」

 

未だ現実が受け入れられないのか―――呆然とした面持ちで顔を上げる。空中では、ドラゴン達が入り乱れて戦いを繰り広げ、それらを遥か頭上から見下ろす夜刀神に唇を噛む。

 

リーファはトウハが何故出奔したのか知らない――サラマンディーネも話してはくれなかった。故に、混乱し、葛藤に苛むなか、タスクは声を絞り出す。

 

「だったら、自分で納得するまで訊くべきじゃないか」

 

迷いながらもそう声を掛けられ、リーファは眼を瞬く。

 

「ここで悩んでいても何も変わらない――だったら、自分納得するまでやるべきだと俺は思う」

 

リーファの姿が不意に昔の自分に重なる――現実に眼を逸らし、そして自ら動こうとしなかったあの頃に。だからこそ、リーファを奮い立たせる。

 

「俺も手伝う、だから君の思うままにすればいい!」

 

その言葉にリーファは眼を瞬き、そしてストンと内に落ちるように響く。やがて、呆然となっていた面持ちに微かに気持ちが入り、操縦桿を握る手が強くなる。

 

「タスク殿、感謝を――手伝ってもらえますか?」

 

「もちろん!」

 

力強く頷くタスクに勇気づけられ、リーファも葛藤する思いを秘めながらも立ち上がる。そして、黄龍號とグレイブが並んで浮上すると、ドラゴン達の入り乱れる戦場へと突入する。

 

戦場は混乱に満ちていた。

 

機械化したドラゴンの死徒とドラゴン達が無数に飛び交うなか、セラやサラマンディーネもそれらに応戦していた。

 

レーヴァティンを振り上げ、ドラゴンの首を斬り飛ばすが、既に命などとうにないドラゴンは残った腕を振り上げ、手首が銃口に切り替わり、至近距離で銃弾をバラ撒く。

 

舌打ちして回避し、距離を空けながらレーヴァティンの銃口を向け、トリガーを引いた。放たれた一撃が身体を撃ち抜き、閃光の華がその身を包み、消滅する。

 

だが、セラの表情に安堵はない。

 

(厄介ね――)

 

状況が予想より悪いのは断言できる。未だ開かれたまま固定されているワームホールから途切れることなくドラゴンの群れが姿を見せている。

 

こちらが一体倒してもその倍近い数が増援で来るのだ。対し、こちらはサラマンディーネを筆頭に士気が低い。ドラゴン達の同属意識が強いことはこの数日間で理解したが、それを逆手に取られた格好だ。

 

こちらの内情に通じている相手がいる以上、このままでは押し切られてしまう。

 

(そのためにも、奴をどうにかしないと―――)

 

視線をドラゴンの背で静観する夜刀神に向ける。機体の性能はアイオーンや焔龍號と同等、乗り手の腕は悔しいが自分よりも上――なにより、サラマンディーネやリーファには感情が枷になる。

 

「やれるか――」

 

考えるまでもない。セラは操縦桿を握り締める。アイオーンの強化を使用すれば、技量の差はなんとか埋めれる。腕の差は機体性能でカバーするしかない。

 

だが、再びドラゴンが無数に牙を向き、思考を中断させられる。舌打ちして回避するも振り切れない。

 

その時、下方から銃弾が轟き、ドラゴンの身体を撃ち抜き、機能を停止させる。ハッと振り向くと、ヴィルキスが急上昇してきた。

 

「アンジュ!?」

 

「セラ、お待たせ!」

 

眼を見開くセラの前でヴィルキスは剣を抜き、ドラゴンの身体に突き刺し、僅かに怯んだ隙に力任せに穿った剣を振り下ろした。

 

機械の身体を切り裂き、赤黒い液体を撒き散らしながら、ドラゴンは機能を停止し、地上へと落ちる。

 

「大丈夫、セラ?」

 

「ええ、ありがと――タスクとあの子は?」

 

「タスクが守ってるわ、それよりもどうにかしないとこのままじゃヤバイわよ!」

 

アンジュも現状が悪いということは理解している。それに対してセラも頷き、どうにかこの囲みを突破しなければと思考を巡らせる前で、焔龍號が追い詰められていた。

 

焔龍號に対してガレオン級を素体にしたドラゴンが数体で迫る。

 

サラマンディーネは歯噛みしながらバスターランチャーで狙い撃つが、ガレオン級は機械の身体に埋め込まれた粒子を放出し、全身を覆う。

 

霧散する粒子の中に触れたビームが減衰し、威力が拡散する。息を呑むサラマンディーネだったが、ガレオン級は口の中に銃口を出し、逆に応射した。

 

火線に晒され、焔龍號は気圧される。

 

(このままでは―――!)

 

回避に徹するなか、サラマンディーネもまた思考を動かす。この状況をなんとか打破しなければ、このままではあちらの世界に攻め込む前にこちらがやられてしまう。

 

だが、無数のドラゴンに兄の駆る夜刀神、そして未だその背後には時空嵐がその威力を維持したままドラゴンの都を呑み込まんと鎮座しているのだ。

 

止まっているおかげで避難の時間は稼げているが、それでも焼け石に水―――どの道、大巫女の居る神殿がやられれば、そこですべて終わりになってしまう。

 

(やるしかない、のですか……)

 

サラマンディーネの思考をもってしてもこの状況を打破する手が見えない。最後の手段は、焔龍號の切り札である『収斂時空砲』を使用すること。

 

ラグナメイルを模倣した中で唯一、相手と同じシステムを積んだ―――サラマンディーネや久遠の技術をもってしても模倣するのが精一杯だった切り札。だが、それ故に不安定さは否めず、先のアルゼナルでも連続しての使用で回路が一部焼き切れた。

 

なによりその威力は絶大だ。アルゼナルで試射したのでその威力はサラマンディーネにも身に染みている。この状況を打破するにはその『切り札』を使うしかないが、こんな場所で使用すれば、都にも甚大な被害を齎してしまう。

 

そのために使用を躊躇していた。焦りと葛藤に一瞬―――隙ができた。

 

僅かに鈍る動きのなか、焔龍號を照射していたガレオン級がそのままの体勢で翼を羽ばたかせ、一気に迫る。ハッと逡巡から戻った時には遅く、大きく口を開き、焔龍號に喰らいつき、衝撃が機体を揺さぶる。

 

「うぁぁぁぁっっ!」

 

呻き声を噛み殺すサラマンディーネだったが、焔龍號を咥えたままガレオン級は大きく首を振り、焔龍號を投げ飛ばす。

 

遠心力に機体を圧され、歯噛みするサラマンディーネはスラスターを噴射させて、機体を制止させ、踏み堪えるも、無理な制動と立て続けの衝撃で焔龍號のシステムがエラーを起こす。

 

「っ!?」

 

予想外の事態にさしものサラマンディーネも驚愕に眼を見開く。瞬時に拙いとシステムの再起動をかけるも、反応が遅い。

 

空中で棒立ちとなった焔龍號はもはやカカシだった。そして、そんな状態を見逃すほど、相手は甘くもない。ガレオン級が再度口を大きく開け、喰らおうと――今度はその機体を噛み砕かんばかりに、顎に鋭利な牙と金属質の刃が拡がる。

 

焦燥にかられるサラマンディーネが迫るガレオン級に思わず眼を閉じ、衝撃に身構えた瞬間―――横からの別の衝撃で機体が横へと吹き飛ばされた。

 

掠れた声を上げ、閉じていた眼を開いて今自分がいた場所を見やる―――そこには、焔龍號を弾き飛ばしたアイオーンの姿があった。

 

「セラ…―――!」

 

名を呼んだ瞬間、アイオーンはガレオン級に噛み付かれ、巨体の衝撃を直に喰らう。

 

「ぐぅっ」

 

反射的にレーヴァティンを振り上げ、ドラゴンの口を塞いで串刺しだけは避けられたが、それでも機体に掛かる衝撃は大きく、セラは歯噛みする。

 

咄嗟に動けたのは偶然だった―――ドラゴンの攻撃を受けていた焔龍號の動きが止まった瞬間、セラは反射的にドラゴンの囲みを強引に突破して焔龍號を弾き飛ばした。

 

身代わりになったが、なんとか耐え切る。

 

すぐさま振り切ろうとした瞬間、背後から別のガレオン級が急接近し、アイオーンの背中に組み付き、スラスターを掴み、封じる。

 

「なっ―――!?」

 

その行動に驚く間もなく、次々とアイオーンのもとにガレオン級やブリック級が殺到する。一体が組み付き、その上からまた一体、アイオーンの姿を覆い隠すようにドラゴン達が掴みかかり、アイオーンはドラゴンでできた檻の中に閉じ込められてしまう。

 

「こいつら、何を―――!?」

 

完全に動きを封じられてしまい、セラは戸惑う。空中で拘束されるアイオーンにアンジュやサラマンディーネ、そしてリーファやタスク達も訳が分からずに戸惑うが、それに答えるように『絶望』が鎌を擡げた。

 

周囲に複数のガレオン級が取り囲み、その口を開き、砲口を覗かせる。そして、そのガレオン級を従えるヒュドラがその巨体で見据え、その背で佇む夜刀神がその左腕を檻へと突きつけると、ヒュドラの三つ首の口内だけでなく、全身の至る場所から砲口が展開され、無数の砲口が拘束されるアイオーンに向けられる。

 

その光景にアンジュやサラマンディーネが一気に青褪める。

 

「ちょ、何をするつもり―――!?」

 

眼前の光景に震えながらアンジュが声を張り上げるも、応えなどなく、砲口の先端に光が収束していく。進んでいく光景が絶望を具現化していく。

 

「まさか、アイオーンに集中砲火を浴びせる気なのか!?」

 

「そんな!? アレだけの熱量を一挙に浴びたら――――!」

 

タスクの叫びにリーファもまた悲痛な声を上げる。収束していく熱量の勢いは尋常ではない。いくらアイオーンといえど、アレだけの熱量を浴びれば――――

 

「一瞬にして…蒸発してしまう――――――!」

 

その『未来』を予感し、サラマンディーネは動揺を隠せず、動悸が一気に激しくなる。

 

「兄上、やめてくださいっ! 彼女は―――!?」

 

サラマンディーネは夜刀神に、トウハに叫ぶも反応はなく、無常に収束する光がより輝きを増し、周囲を照らす。

 

「っ、動きなさい! 動いて、焔龍號! 今動かなければ、私は―――!」

 

必死に操縦桿を動かし、焔龍號を再起動させるべく声を荒げるサラマンディーネ。その一方で、アンジュは形振り構わず剣を薙ぎ、銃弾を撃ち込みながら突き進む。

 

「どきなさいっ、どけっ! どけって言ってんのよっ!! また、私の前で奪うな――――!」

 

眼に涙を浮かべ、歯を喰い縛りながら必死に手を伸ばそうとするも、『その時』が残酷にも訪れる――――収束していた砲口が一斉にレーザービームを斉射し、ひとつになった巨大な閃光がアイオーンに襲い掛かる。

 

その熱は拘束していたドラゴンの皮膚や装甲を紙細工のごとく灼かし、消滅させていく。暗闇に包まれていたセラの視界に真っ白な閃光が映った瞬間、アイオーンは熱光に呑み込まれ、その中に機体を掻き滅されていった――――

 

「セ…セラァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

刹那、手を伸ばすアンジュの悲痛な叫びが轟いた。




本当に遅れて申し訳ないです。

今回から登場したトウハのキャラ付けで思った以上に難航し、書いては消し、書いては消しの連続でなかなか進まず、気づけば前回から4ヶ月近く経っていました。

どうにかキリのいいところまでは進めました。
この先のシーンも少し書いてはいるのですが、予想以上に長くなりそうだったので、ここで区切りました。
次はいつとお答えできませんが、可能な限り早く仕上げますので、気長にお待ちいただければ幸いです。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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