クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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invisible heart

――――――――――――私は、いつもあの『背中』を追うだけだった……

 

 

 

 

 

 

(『ナオミ』―――これが私の名前。でも、これが真実の名前じゃない。ノーマだった私は、2歳の時に両親と引き離され、アルゼナルへと送られた)

 

ナオミがアルゼナルへと来たのは彼女が2歳の時だった。それも後から教えられただけで、どこまでが正しいのかは分からない。両親の顔もほとんどうっすらとしか覚えていない。

 

何故、ノーマであることを隠して育てようとしてくれたのか、それすらも今となっては分からない。だが、両親と引き離されたという現実は、たとえ自我が曖昧だとしても、大きな衝撃を齎していた。

 

ナオミはアルゼナルの環境にうまく馴染めなかった。ノーマのほとんどが赤ん坊の時に送られてくる。ナオミのような例は希有だ。それ故に寂しさがあったのかもしれない。そんなナオミは格好の的だったのかもしれない。

 

理由は子供なりの些細で幼稚なものだったのだろう。だが、ナオミは複数のノーマから虐めの対象になった。誰も助けてくれず、傷つくのが嫌で、ただただ耐えるだけだった。

 

そんな彼女に転機が訪れたのは、数か月後のことだった。いつものように虐められていた時、誰かが割って入った。いつまでも痛みがこないことに恐る恐る顔を上げると、そこには一人の背中――――

 

割って入ったそのノーマの少女が自分を虐めていたノーマを殴り返し、少女達は痛みに泣いて散っていった。そんな光景に呆然となっていたナオミに振り返った少女の顔が眼に入る。

 

少女の頬も殴られたのか赤く腫れていたが、そんな事は意にも返さないように見つめている。

 

「やられたくないならやり返せ―――そうやって我慢するだけじゃ、何も変わらない」

 

抑揚のない口調で掛けられた言葉は、ナオミの心に強く、そして遠慮なく響く。圧倒されるように呆然となるナオミに少女が背を向ける。

 

「弱いことは悪じゃない―――でも、弱いままでいることは罪よ」

 

最後にそう告げると、少女はそのまま去っていった。だが、ナオミの瞳はその背中を見えなくなるまで追い続け―――少女の眼だけをひたすら頭の中に反芻させていた。

 

不思議な感情だった。心臓の鼓動は忙しなく内で響き、熱くなる。

 

ナオミの心は、この時、『彼女』に魅入られてしまったのかもしれない―――――――――それが『セラ』との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

《ナオミ、聞こえる?》

 

主基の落ちた暗いコックピット内で、思考の海に沈んでいたナオミは、不意に響いた通信に引き戻された。

 

「聞こえているよ」

 

《ならいいわ、直にシンギュラーが開くわ。頼んだわよ》

 

短いやりとりを終え、通信が途切れると、ナオミは再び沈んだ顔を浮かべ、無意識に両手を胸元で握り締め、くぐもった声を押し殺す。

 

《シンギュラー反応あり、ゲート開きます!》

 

その時、全周波で別の声が飛び込み、ナオミはハッと顔を上げ、今まで切っていた動力源を起ち上げる。沈痛な面持ちではなく、戦意を滾らせ、操縦桿を握り締める。

 

不意に、左手の指に嵌められた『指輪』の宝石が輝き、それに応じてコックピットが一気に光に包まれる。点灯するモニター越しに見据える正面の空に紫電が走り、空間が歪んで、大きな裂け目が広がる。

 

かつては、この光景に何度も慄いた。だが、今はそんな動揺さえなかった。

 

やがて、シンギュラーが開き、巨大なゲートが広がると向こう側から無数のドラゴンが姿を見せる。ナオミはその光景を冷静に見つめながら、今一度胸元で手をギュッと握り締め、何かに誓うように決然と顔を上げた。

 

口ずさむは、『彼女』と何度も歌った『歌』―――――安らぎをくれた、喜びをくれた、希望をくれた……ナオミにとってこの歌は『彼女』との大切な絆だ。

 

やがて、ナオミの歌に反応して眼前のコンソールに紋章が浮かび上がり、システムが起動する。

 

 

 

『MODE:LUCIFER Iginition』

 

 

 

ナオミの心の昂ぶりに反応するように彼女の搭乗していた機体に変化が訪れる。全身の装甲がスライドし、漆黒の装甲の下から紫紺の粒子が放出される。二対の翼が割れ、全身を覆う粒子が洗礼するように装甲を黄金色へと変貌させていく。

 

蒼穹のバイザーで覆われたツインアイが輝き、マスクの外れた口部から漏れる気圧が大気を震わせる。その瞬間、ナオミは歌を終えた―――――――

 

「いくよ、『ミネルヴァ』」

 

その言葉が引き金になったように、ナオミの搭乗するミネルヴァの両肩が変形し、その下から現れた宝玉に粒子が収束し、巨大な奔流となって解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

解き放たれた二つの螺旋を描く閃光は一つになり、巨大な暴風となってドラゴンへと襲い掛かる。

 

「回避ィィィィィィィィィィィィィっっっっっっ!!!!」

 

咄嗟にその判断ができたのは、サラマンディーネにとって、無意識だった。だが、それも虚しく反応できたのは僅かであり、ディスコード・フェイザーの閃光がドラゴンの部隊を呑み込んでいく。

 

大型ドラゴン達は反応できず、絡め取られ、全身を蒸発させていく。周囲にいた小型ドラゴンに至っては一瞬で消滅した。無数のドラゴンを喰らった奔流はそのまま天へと伸び、消えていった。

 

ドラゴン達の部隊のほぼ中央がポッカリと開き、その破壊の凄まじさを物語る。衝撃に流されていたサラマンディーネはなんとか機体のコントロールを戻すと、すぐさま状況を確認した。

 

今しがたの攻撃は間違いなく『収斂時空砲』だった。眼前の機体群の中の一体が黄金色から戻っているも、機体のフレームから放たれる紫紺の粒子がその存在を際立たせている。

 

《姫様、これは!?》

 

思わずカナメが声を上げた。

 

「待ち伏せですっ」

 

苦々しい表情になり、歯噛みする。

 

《姉上! 今の攻撃で、部隊の3割近くが消失しました!》

 

リーファが悲痛な声で被害を告げる。ゲートを超えたと同時に放たれた一撃は、完全な不意打ちだったため、サラマンディーネの指示に反応できたのは極僅かだ。一部がポッカリと空き、部隊内に混乱が起こっている。

 

《待ち伏せされていた!?》

 

《じゃあ、リザーディアの情報は!?》

 

カナメやナーガも混乱しているのか、思考がうまく纏まらない。サラマンディーネは血を流さんばかりに唇を噛む。

 

(やはり、迂闊だったのですか―――っ)

 

内心、セラの忠告を無視していたわけではない。強襲に対しても何らかの対処手段を講じていることは覚悟していたが、『収斂時空砲』による不意打ちは完全に予想外だった。

 

『収斂時空砲』は使用するための条件がある―――エンブリヲを除けば、現時点で使用できる者がいないというのがリザーディアからの情報で、完全に油断していた。

 

ある意味、サラマンディーネは以前のアルゼナル襲撃を意趣返しされたようなものだけに、より怒りが増す。混乱するドラゴンに向かって、滞空していたラグナメイルが一斉に飛び出し、ビームを浴びせてくる。

 

その一撃にスクーナー級はおろか、大型ドラゴンさえも成す術もなく撃ち落とされていく。血飛沫を空中に咲かせながら海面へと落ちる光景に、リーファが顔を歪ませる。

 

《姉上、このままでは!?》

 

「今は敵の排除が最優先です!」

 

その様を目の当たりにしたサラマンディーネは己を奮い立たせるように叫び、操縦桿を引いた。スピードを上げる焔龍號をフライトモードからアサルトモードへと変形させ、先陣を切る

 

「全軍、敵機を殲滅せよ!」

 

サラマンディーネの号令に従い、リーファ達も続く。ドラゴン達もそれによってなんとか士気を上げ、応戦していく。

 

トリガーを引きながら迫る焔龍號を視認したナオミは眼を見開く。

 

「あの機体は―――っ!?」

 

見間違えるはずもない―――アルゼナルを吹き飛ばし、多くの仲間を死に追いやった機体の姿にナオミは眉を吊り上げ、操縦桿を引く。

 

それに呼応してミネルヴァも身構え、二対のウイングスラスターが拡がり、フレームと同じく噴射される粒子量が増し、機体を急加速させた。

 

接近する警告音にサラマンディーネがハッと顔を上げると、ミネルヴァが急接近してきた。両手に構えるライフルを放つ、二丁から放たれるビームの弾幕をサラマンディーネは歯噛みし、焔龍號を回転させながら掻い潜る。

 

ナオミは眉を顰め、両手のライフルを取り回し、二対を胸部前で連結させ、ロングライフル形態へと変える。両手で構え、収束される銃口から、二丁分の熱量が迸る。

 

熱量を増した一撃が襲い掛かり、眼を見開いたサラマンディーネは逆制動をかけ、機体の軌跡をずらし、射線を回避するも、掠めた熱量が装甲を僅かに融解させる。

 

「掠めただけでっ! ですが、懐に飛び込めば!!」

 

予想以上の威力に一瞬、気圧されるがすぐさま意識を切り替え、ミネルヴァに迫る。あの形状では、懐に飛び込めば取り回しがきかない。

 

そう直感して一気に急接近し、ミネルヴァに向かってブレードを振り上げる。だが、ナオミは両手のライフルをすぐさま腰部にマウントすると、背後に連結していた実剣を取り、振り上げた。

 

二つの刃がぶつかり、金属のぶつかる衝撃と振動が空気の波紋をつくり、火花を散らせる。だが、それも一瞬ですぐさま互いに離脱し、サラマンディーネはビームライフルを構える。

 

「逃がしません!」

 

逃げるミネルヴァに向けて連射するが、ウイングスラスターとバーニアを小刻みに動かし、機動力を活かして回避していく。

 

その動きは、まるで『アイオーン』を連想させ、サラマンディーネに嫌な実感を齎す。

 

「姉上!」

 

苦戦するサラマンディーネの援護に回ろうとするリーファだったが、そこへ別の機影が飛び込んでくる。反射的に薙刀を展開して薙ぐと同時に響く衝撃音が、機体を揺らす。

 

全身にブルーのラインが走るヴィルキスが剣を手に黄龍號に迫っていた。金属の擦れる音と火花が散るなか、リーファは歯噛みし、薙刀を回転させて強引に交錯を振り払う。

 

弾かれた黒いヴィルキスはすぐさま体勢を立て直し、ビームライフルを抜いて砲撃してくる。降り注ぐ弾雨のなかを掻い潜り、黄龍號も応戦して撃ち返す。だが、相手は軽快な機動で回避し、息を呑む。

 

「速い―――っ」

 

予想を上回る機動性に眼を剥き、リーファは誘導兵装を展開する。

 

「いきなさい、ファング!」

 

背後から離脱した六対の飛翔体が飛び、複雑な軌道を描きながら包囲するようにビームを浴びせかける。全方位からの砲撃にはさすがに分が悪いのか、相手の動きが僅かに鈍る。

 

「好機!」

 

その隙を逃さず、近接戦を仕掛けようとするが、別の砲撃が黄龍號を掠め、ハッと身を翻す。顔を上げると、同型のオレンジとグリーンのラインが入る二体が援護するように割ってくる。

 

「ぐっ―――!!」

 

瞬時に離脱するも、注意が外れたもう一機も反撃に回り、三体のコンビネーションで黄龍號を追い込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかね?」

 

戦場となっている空域からはるかに離れたとある暗い室内。そこに、一人の男の声が響いた。

 

「君の流した情報で、仲間が虐殺されてゆく様は―――哀れだと思わないかね?」

 

男が腰掛ける椅子の横の壁には巨大なマナのウィンドウが浮かんでおり、そこには今まさにくだんの空域で行われている戦いが映しだされている。

 

そして、口にした言葉とは裏腹に、男は頬杖を着きながら、実に愉しそうに語っていた。

 

「リィザ…いや、『リザーディア』か」

 

酷薄な微笑みを浮かべて揶揄すると、視線を前方へと移す。そこには、天井から両手を拘束されて、吊り下げられているリザーディアが悔しげに顔を歪めていた。

 

彼女は、衣服を身につけず、己の裸体を仇敵の前に晒していることに、激しい屈辱を覚えていたが、ドラゴンとしてのプライド故か、決して堂々とした振る舞いを崩すことはしなかった。

 

だが、そんな彼女の虚勢もエンブリヲにとっては、退屈を紛らわせる程度のものでしかない。

 

「随分長く、潜入していたようだが……さすがに君も『ミネルヴァ』のことまでは掴めなかったようだね」

 

その指摘にハッとする。泳がされていたことには迂闊としか言えないが、それでもミスルギ皇国の内情や、アウラの幽閉場所の探索、さらにはラグナメイルの仔細など、できる限りの情報は送った。

 

その彼女をもってしても、先程映像で見た『ミネルヴァ』の存在だけは掴めなかった。

 

「あの機体は、下等なサルどもに奪われた『ビルキス』の代わりに用意した。もっとも、その原型は違うがね」

 

リザーディアの疑念を見透かしたように呟き、まるで自慢するように言葉を並び立てる。

 

「あのフレームは『アイオーン』と同じものを使っている。ただそれ故に、扱いが難しくてね―――だが、『彼女』が適合した。『大切な存在』を守る力が欲しいと渇望する彼女に!」

 

もはや、リザーディアの反応など無視し、エンブリヲは大仰に笑う。

 

「そう―――『愛』だよ!」

 

酔うように告げるエンブリヲの言葉は、理解することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場は激しい砲火が轟いていた。2体のラグナメイルが縦横無尽に飛び回り、ドラゴン達を次々と屠っていく。ドラゴン達は懸命に応戦するが、未だ混乱から抜け出せないのか、精彩を欠いている。

 

そして、要のサラマンディーネはミネルヴァに抑え込まれ、振り切れずにいた。焔龍號とミネルヴァは空中を飛びながら、交錯を幾度も交わす。

 

焔龍號の振るうブレードをミネルヴァは両手剣:グラムを振り被り、激突の波紋が轟く。歯噛みし、サラマンディーネは操縦桿を強引に押し、パワーで弾き飛ばす。

 

吹き飛ぶミネルヴァに追い打ちをかけようとしたが、ナオミは背中のウイングスラスターを離脱させた。本体から離れた二基のウイングはそのまま自立飛行し、鋭い機動で焔龍號に襲い掛かる。

 

その動きを眼で追うが、真っ直ぐに突っ込んでくるスピードに反応できず、衝撃が機体を揺らす。幾度も焔龍號を掠め、翻弄する攻撃にサラマンディーネは苦悶を漏らす。 

 

その様子にセラが眼を見開き、ドラゴン達が命を散らせていく光景にヴィヴィアンが思わず叫ぶ。

 

「っ! やめろーっ!」

 

「っ!」

 

その惨状に、アンジュが唇を噛んだ。セラは無言で操縦桿を引き、機体を加速させる。

 

「セラ!?」

 

「サラ達を助けるわよ!」

 

いくらセラでも、友の窮地をこのまま見過ごすことはできなかった。その言葉にアンジュも意を得たりとばかりに不敵に笑う。

 

「そうね!」

 

「待て、セラ、アンジュ! 相手はエンブリヲだ!」

 

「黙って見てろって言うの!?」

 

タスクが制止をかけるが、二人は従うわけもなく、アイオーンとヴィルキスは、そのまま加速して前線へと突っ込んでいった。

 

「くそっ! ヴィヴィアン、しっかり掴まってろよ!」

 

「ほいさ!」

 

小さく舌打ちし、タスクも遅れまいと飛行艇を加速させ、二体の後を追って戦場へと突入する。

 

その間にもサラマンディーネ達は徐々に追い詰められ、精彩を欠いていく。数の優位は何の足しにもなっていない。

 

《右翼、損耗三割を超えました!》

 

《左翼、戦線が維持できません!》

 

通信から飛び込むカナメやナーガの声がさらなる焦燥感を煽る。

 

リーファはラグナメイル3機に抑え込まれ、身動きが取れず、その他の2機がドラゴンの密集地域で暴れまわり、被害の拡大は続いていく。

 

相手は6機だというのに、完全に戦況は傾いている。

 

(退くべきか、それとも―――!)

 

戦況に判断を下そうとするも、微かな迷いが隙を生み、焔龍號は急速で突貫してきたウイングビットに反応が遅れ、ハッと気づいたときには激しい振動が機体を襲った。

 

弾き飛ばされ、幾度もヒットアンドアウェイを繰り返す衝撃に嬲られ、体勢を崩した焔龍號に向かってミネルヴァはトドメを刺そうと一気に飛び出す。

 

「!? 速い―――!」

 

その加速に眼を見開くも、焔龍號は反応できず、サラマンディーネは思わず衝撃に構えるように眼を閉じる。肉迫するミネルヴァがグラムを振り上げ、真っ直ぐに振り下した。

 

だが、そこへ別の機影が飛び込み、振り下ろされた刃を受け止めた。グラムをレーヴァテインで受け止めたアイオーンの姿に、ナオミが驚愕に眼を見開き、慌てて距離を取る。

 

「セラ!?」

 

窮地を救われたサラマンディーネは戸惑った声を上げるが、セラは間髪入れず叫んだ。

 

「退け、サラ! これ以上、無駄に血を流させるな!」

 

焔龍號の前に立ちながら、そう叫ぶセラにサラマンディーネは悔しげに唇を噛む。敵を前に背を向けることを彼女の矜持と指揮官としての不甲斐なさが躊躇わせる。

 

「セラの言うとおりよ!」

 

アンジュもまた黄龍號の援護に回り、3機のラグナメイルに向けてライフルを斉射し、降り注ぐ弾丸が過ぎり、3機は動きを止めるが、ヴィルキスを視認し、動きが固まったようにその場で留まる。

 

それに眉を顰めるも、そのまま黄龍號の前につき、リーファに声を掛ける。

 

「大丈夫!?」

 

「この程度―――ですが、感謝を」

 

減らず口を叩くも、微かな安堵を滲ませる。その様子にフッと口を緩ませるも、すぐに引き締める。

 

「今は退きなさい! 逃げて、戦力を立て直すのよ! 勝たなきゃいけなんいでしょ!」

 

その言葉にリーファも忸怩たる気持ちで唇を噛む。

 

「姉上―――」

 

リーファも反論せず、指示を窺うようにサラマンディーネへと判断を委ねる。見渡す限り、戦況は予想以上に悪化している。

 

最初の一撃で部隊の3割近くを喪ったため、士気も低下し、統率も取れていない。このままでは、最悪全滅もありうる―――だが、ドラゴンの6割近い戦力を投入したこの作戦への大巫女を含めた神官の意気込みを見れば、簡単に退くこともできない。

 

「言ったはずよ、命の使いどころを間違うな! 無駄死にする気!?」

 

葛藤するサラマンディーネをセラが叱咤する。その言葉にハッとする―――自分達の目的はアウラを取り戻すこと、サラマンディーネ個人の悔しさと天秤にかけるものではない。

 

たとえ辛酸を舐めようとも、ここで無為に犠牲を増やすことではない―――遅まきながらそう悟ったサラマンディーネは判断を固める。怒りと悔しさから、操縦桿を握る手に力が入る。

 

「アウラ…」

 

無念の想いが募った。だが、すべては己の未熟さが招いたもの―――ならば、ここはこの敗北を糧とすることのみ。勝つために―――――

 

「全軍、撤退します! 戦線を縮小しつつ、特異点に撤退せよ!」

 

その決断に誰もが苦渋を覚えるも、その悔しさを今は抑え、ナーガやカナメも部隊を撤退させるために指示を始めた。

 

それを確認し、セラは無言で眼前の機体を見据える。先程から硬直したように空中で静止する機体に胸中を騒がせる動悸が激しくなる。

 

やがて、眼前の機体が持っていた剣を下げた。

 

「セラ……セラなんだね!?」

 

唐突に全周波で響いた声が戦場に木霊する。

 

「っ!!?」

 

「今の声って―――っ!?」

 

突然のことにサラマンディーネは撤退を止めて立ち止まり、アンジュも聞き覚えのある声に思わず息を呑む。そんな中、セラだけはまるで察していたように声こそ上げなかったが、動揺は隠せなかった。

 

今の声は――――その確信を証明するように、機体のハッチが開き、コックピットから人影が姿を見せる。濃淡なマゼンタ色に黒の意匠が入ったライダースーツにヘルメットを被った人物がそのままバイザーを上げ、その下に見えた顔に眼を見開いた。

 

「ナオミ…………」

 

それでもどこかで信じたくはなかった思いを裏切るように、セラはその名を呼んだ。

 

「セラ、セラなんでしょ!? お願い、顔を見せて!」

 

取り乱すように半狂乱で呼び掛けるナオミに、アンジュやサラマンディーネは唖然となっていたが、対峙するアイオーンのハッチが開放され、セラもゆっくりと姿を見せる。

 

「セラ…………」

 

顔を見せたセラの姿にナオミは眼に涙を浮かべ、安堵した面持ちを浮かべた。

 

「良かった、生きてた……やっぱり生きてたんだね」

 

感傷に浸るナオミとは対照的にセラの表情は硬いままだ。そして、ミネルヴァから姿を見せたナオミの姿にアンジュもまた混乱に陥っていた。

 

そんな棒立ちになるヴィルキスの前に3体が囲うように静止し、ハッと気づいたアンジュが身構える。そんなヴィルキスに対して無言で睨んでいたライダーの耳に、ドラゴンへと攻撃していた残りの機体から通信が入る。

 

《ドラゴン、撤退開始》

 

《指示を》

 

仰ぐ通信に、抑揚のない声で呟く。

 

「イルマ、ターニャ、追撃を。ただし、深追いの必要はないわ」

 

《イエス、ナイトリーダー!》

 

簡潔な指示に従い、漆黒のヴィルキスの二体が撤退するドラゴンへと追撃に向かった。それを一瞥すると、視線をヴィルキスへと戻し、徐に通信を開いた。

 

唐突に開いた通信画面に訝しむアンジュだったが、通信画面に映ったライダーの顔は、ヘルメットに覆われており、顔はバイザーで隠れており、判別はできなかったが、すぐに発せられた声色に息を呑んだ。

 

「やっぱり……」

 

聞き覚えるのある声に思考が帰結する前に、ライダーがバイザーを透過させ、その素顔を晒した。

 

「アンジュ、それにセラ―――あんた達…どうして?」

 

「っ!? サリア!」

 

通信画面越しに視認したライダーはサリアだった。その事実にアンジュは驚きを隠せなかった。だが、その視線は友好的なものではなく、戸惑いと敵意が満ちている。

 

「何で…何してるのよ、あなた!?」

 

混乱しつつも、真意を問い質そうとするが、それに対してサリアは苛立たしげに口を噛み、言い返した。

 

「質問しているのはこっちよ!」

 

にべもなく遮られ、続けて通信画面が開き、またも眼を見開く。

 

「本当に、セラちゃんとアンジュちゃんなのね」

 

「マジ、ビックリ。生きてたんだ、あんた達」

 

「エルシャに…クリスまで!?」

 

続けて表示されたのは、アルゼナルで共に戦っていたエルシャとクリスだった。二人とも、サリアと同じ意匠のライダースーツに身を包み、この眼前の3機に搭乗していることが嫌でも察せられた。

 

混乱が混乱を呼ぶ―――何故、ナオミやサリア達がこれらの機体に乗っているのか、そして何の目的でここに居るのか……困惑するアンジュは思考が回らず、セラもその様子を一瞥し、ますます表情を硬くする。そんなセラにナオミが呼び掛ける。

 

「セラ、それにアンジュ…どうして二人がドラゴンと一緒にシンギュラーから出てきたの―――?」

 

当初、ナオミ達がここに待機していたのは、ドラゴン達の大群が現れると情報を得ていたからだ。だが、その中にアイオーンやヴィルキスが混じっていたのには、戸惑いを隠せなかった。

 

純粋に疑問をぶつけ、不安を隠せないナオミにセラは強ばった面持ちのまま、口を開いた。

 

「それはこっちが訊きたいことだけどね―――ナオミ、それにサリア達も。どうしてあなた達がその機体に…エンブリヲの方についているの?」

 

混乱しているのはセラ達もいっしょだった。それに対して、ナオミも一瞬、ビクッとなるが、やがて意を決したように口を開いた。

 

「セラ、聞いて―――エンブリヲは、新しい世界を創ろうとしてるの。そこは、ノーマの私達が平和に暮らせる世界なんだよ。私達、もう戦わなくていいんだよ……」

 

切なげに語りながら、ナオミは手を胸元で強く握り締める。

 

「私、ずっと嫌だったんだ。私達を、セラを傷つけるこの世界が―――苦しかった、どうしてって………」

 

ノーマだと差別され、人間のために生かされる日々――まだそれでも耐えられた日々は、あの日最悪の裏切りによって潰えた。悔しさと悲しみが過ぎり、表情が歪む。

 

「だから、私は創るの! ノーマが…ううん、セラがこれ以上傷つかなくていい世界を! エンブリヲはそのための強さを私にくれた、セラを守れるだけの力を!」

 

「ナオミ……」

 

「このミネルヴァは、そのための機体なの。セラと同じ―――世界を創るための力。だからセラ、もう戦わなくていいんだよ。だから、私といっしょに――――」

 

縋るように、そして何の疑いもなく手を伸ばすナオミに、セラは厳しげな面持ちのまま、一瞬瞑目すると、喉の奥から絞り出すように声を発した。

 

「それはきけないわ」

 

「え………」

 

一瞬、何を言われたのか分からず、伸ばしていた手が止まり、呆然となるナオミにセラは言葉を続ける。

 

「その平和な世界で、エンブリヲに飼われろっての―――冗談じゃないわ。私は、自分の生き方を恨んだことなんてない。『私自身』が決めたことよ」

 

たとえ、選ばざるをえなかったとしても、今の生き方を選んだのは他でもない『セラ』自身だ。それを今更、捨てることなどできない。

 

「自分の生きる世界は、自分自身の手で掴んでみせる―――それが私よ!」

 

ハッキリとした拒絶の言葉―――それを理解したナオミは呆然となっていた表情に恐怖が差し込む。

 

「どうして……どうして、セラ!?」

 

瞳から涙が溢れ、半狂乱になって取り乱すナオミに、セラは唇を強く噛むも、応えようとはしない。その態度にナオミはセラの意思が固いことを嫌でも察し、項垂れるように顔を隠す。

 

「あは、ははは……やっぱりセラだ―――どこまでも頑固で、どこまでも強くて………だったらっ」

 

降りていた手が強く握り締められ、指輪が強く輝き、ミネルヴァのバイザーに光が灯る。息を呑むセラに向かってナオミが顔を上げる。

 

「無理にでも連れて行く!」

 

必死の形相で叫び、ナオミはコックピットに消え、セラも反射的にアイオーンのコックピットに戻った。セラも動揺を抑えながら操縦桿を握った瞬間、ミネルヴァが一気に接近し、グラムを振り上げる。

 

反射的にレーヴァティンを振り上げ、刃を受け止める。衝撃が空気を震撼させ、機体を揺らす。そのパワーにセラが歯噛みする。ミネルヴァから放出される紫紺の粒子が増し、それに呼応するようにアイオーンのシステムが起動した。

 

 

【MODE:BELIAL Ignition】

 

 

息を呑むセラの前で、アイオーンの装甲が変形し、真紅の粒子が放出されていく。周囲に蔓延する紫紺の粒子に反射するかのように満ちる粒子量が出力を上げ、セラは強引にミネルヴァを振り払った。

 

弾かれたミネルヴァはすぐさま両腰にセットしていたライフルを取り、アイオーンに向けて狙撃してくる。セラは舌打ちして機体を回避させ、距離を取る。追撃するミネルヴァにセラは唇を噛み、反撃できずにいた。

 

だが、ナオミはアイオーンを逃すまいと距離を詰める。

 

「セラ!」

 

思わずアンジュは助けに向かおうとするが、サリア達が阻んでくる。

 

「アンジュ、あなたの相手は私達よ!」

 

威圧するサリアに歯噛みし、サリアが行動に入ろうとした瞬間、通信が入った。怪訝そうになりながら、通信を開く。

 

「こちらサリア――え? しかし…」

 

その内容が思いもかけないものだったのだろうか、困惑とともに表情が硬くなるが、渋々といった様子で頷いた。

 

「了解しました、エンブリヲ様」

 

やや不満そうにしながらも、すぐに表情を切り替え、アンジュに向き直る。

 

「アンジュ、あなたを拘束するわ。それにセラもね―――あなた達にはいろいろと聞きたいことがあるから!」

 

突然の宣言にアンジュは戸惑う間もなく、サリアの乗るクレオパトラが発砲し、アンジュはヴィルキスを回避させる。距離を取るヴィルキスにサリアは左右のエルシャとクリスに声を掛けた。

 

「セラはナオミに任せる、私達はアンジュを捕らえるわ!」

 

「「イエス、ナイトリーダー!」」

 

指示に従い、エルシャのレイジアとクリスのテオドーラがヴィルキスに襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

本気で向かってくるサリア達に歯噛みし、応戦する。先行するテオドーラがビームを連射する。それを回避し、反撃しようとライフルを構えるが、回り込んできたレイジアがビームを浴びせかけ、慌てて身を捻る。囲うように攻撃する2機に翻弄されるなか、注意を外していたクレオパトラが突撃してきた。

 

凄まじい速度で振り下ろす刃をなんとか振り抜いた剣で受け止めるも、衝撃とともにヴィルキスに圧し掛かり、機体を揺さぶる。

 

それでもなんとか耐えるアンジュに、サリアの冷淡な声が届く。

 

「あなた、こんなに弱かったんだ―――」

 

聞こえるのは落胆―――そして、明らかな侮蔑だった。

 

「なんですって!?」

 

思わず反論するが、サリアは聞こえていないように、自ら悦に入る。

 

「ううん―――強くなったのは『私』、エンブリヲ様のおかげで、私は変わったの! エンブリヲ様への愛が私を強くしてくれたのよ!」

 

高らかに告げる言葉に思わず脱力しそうになるが、サリアはテンションを上げたまま強引に振り下ろし、ヴィルキスを弾き飛ばすと、追撃とばかりにその腹に蹴りを入れた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

衝撃に吹き飛ぶアンジュが、必死にヴィルキスの体勢を立て直すが、完全な隙ができた。

 

「今よ! 陣形、シャイニングローズトライアングル!」

 

それを逃すまいと、サリアが攻撃命令を下すが、フォーメーション名にクリスとエルシャは苦くなる。

 

「…ダサ」

 

クリスが思わずゲンナリと悪態をつき、エルシャも口には出さなかったが、内心は似たようなものなのか、引き攣っている。

 

「何か言った?」

 

ムスっとクリスを睨みつけるサリアに呆れたように肩を竦める。

 

「別に」

 

「了解よ」

 

白けた調子で返答したクリスをフォローするようにエルシャが了承する。

 

「いくわよ!」

 

技名を叫んでテンションを更に上げたサリアの号令に従い、レイジアとテオドーラが左右に分かれ、クレオパトラがヴィルキスにビームを浴びせ、アンジュは後退する。

 

だが、左右から回り込んだ2機が右腕からアンカーを発射し、ヴィルキスの両腕に突き刺さり、貫通した先で先端が割れ、拘束する。左右からワイヤーで引き、動きを封じられ、歯噛みするアンジュに向かってクレオパトラが正面からアンカーを発射し、ヴィルキスの首に巻き付き、三方向から完全に動きを封じられた。

 

「な、なによ、これ!?」

 

あんな盛大に技を叫ぶから思わず身構えたが、仕掛けられたのはあまりに単純なものだっただけにアンジュの心情は情けなくなる。だが、それに引っかかってしまい、動きが取れないヴィルキスに向かって、正面のクレオパトラのハッチが開き、顔を出したサリアが睨みつけながら、ライフル銃を構える。

 

「終わりよ、アンジュ」

 

この至近距離なら、携帯武器でもコックピットを狙い撃てる―――銃口を向けられ、追い詰められたアンジュは、悔しげに睨み付ける。

 

「よおおおおおおっ! ほいっ!」

 

緊迫した状況を破壊するように、突如ヴィヴィアンが頭上からダイブしてきた。そのまま、テオドーラのワイヤーにぶら下がり、サーカス芸よろしくとばかりに一回転し、その拍子にワイヤーに小型の爆弾を仕掛け、そのまま手を離す。

 

落下と同時にワイヤーが爆発し、その衝撃で切断される。

 

「ヴィヴィちゃん!?」

 

「う、嘘!?」

 

思わぬ人物の登場と展開に、エルシャとクリスも驚きを隠せなかった。そんな二人を尻目に落下するヴィヴィアンはその先へと回り込んでいたタスクの小型艇に着地する。

 

「ナイスキャーッチ!」

 

得意気になるヴィヴィアンを乗せ、タスクは機体を急上昇させる。真っ直ぐに上昇し、今度はレイジアに向けて機銃を斉射した。撃ち込まれる弾丸にエルシャも思わずワイヤーを解除して距離を取る。

 

「ヴィヴィアン―――!?」

 

予想していなかった元ルームメイトの登場にサリアも驚きと怒りを抱く。ヴィヴィアンも同じく行方不明になっていたのは知っていたが、この場に居るのは完全に予想外だった。

 

だが、それに気を取られたため、サリアの注意が一瞬逸れた瞬間、黄龍號がクレオパトラのワイヤーを薙刀で断ち切った。

 

「しま――っ!」

 

反動で体勢を崩すクレオパトラに、黄龍號はファングを展開してレイジアとテオドーラに向けて牽制する。

 

「無事ですか!?」

 

「助かったわ!」

 

解放されたアンジュはリーファに礼を述べる。だが、リーファの表情は硬いままだ。

 

(撤退は無理、ですか……)

 

内心で、自身に毒づく。既にドラゴンは残存部隊のほとんどがシンギュラーの向こう側へ撤退した。セラやアンジュ達が敵を引きつけ、殿を務めてくれたおかげだ。リーファはサラマンディーネ達が撤退していくのを視認し、小さく安堵の息をついた。

 

姉が無事なら、まだ希望はある―――ならば、自分はここで時間を稼ぐのみ。決意を固めるなか、最後のドラゴンが撤退し、残るは龍神器のみ。

 

「撤退、完了しました」

 

「姫様、お早く!」

 

カナメとナーガがそう報告するも、サラマンディーネは苦悶を浮かべる。

 

「まだセラ達が! それにリーファも!」

 

その言葉に二人もリーファの撤退が遅れていることを悟る。だが、もう特異点を維持するのも限界に近い。しかし、サラマンディーネはこのままセラ達を見捨てていくことはできなかった。

 

「セラ、あなた達も早く―――!」

 

サラマンディーネはミネルヴァと交戦するアイオーンに向けて通信越しに叫ぶ。だが、返事はない――焦れる気持ちのまま、今一度呼び掛けようとするサラマンディーネの耳にどこか苦い声が聞こえた。

 

《また、逢いましょ―――サラ》

 

短いながらも、それはサラマンディーネに向けたセラなりの激励だった。熱いものがこみ上げ、サラマンディーネは思わず飛び出そうとし、それに気づいたナーガとカナメは慌てて、制する。

 

「いけません姫様! 特異点が閉じます!」

 

「ここはお退きを!」

 

戻ろうとする焔龍號を必死に抑え、そのまま後退する。それでも必死に手を伸ばす。

 

「セラ――――!」

 

そんなサラマンディーネの叫びも、無慈悲に閉じたシンギュラーの壁に阻まれ、届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

シンギュラーが閉じたのを確認したセラは、小さく安堵する。

 

(サラ達は逃げれた―――なら、これ以上は無用!)

 

この場での目的は既に達した。今のナオミ達にはこちらの話は通じない―――ならば、ここは『逃げ』に徹するのみ。

 

必死に追い縋るミネルヴァは距離を詰め、グラムを振り上げる。アイオーンもまたレーヴァティンを振り被り、繰り出される互いの刃が干渉し、火花を散らしながら軌跡をずらす。

 

そのまま空中でぶつかるように組み合い、アイオーンとミネルヴァの粒子が干渉し合い、機体の制御系がショートする。

 

「あの機体と反応している!? ナオミ―――!」

 

理由は分からないが、ナオミの搭乗しているミネルヴァという機体は厄介な相手だ。これ以上は、消耗するばかりだと離脱しようとするが、それを察したナオミは気持ちを焦らせる。

 

「行かせないよ、セラ!!」

 

逃すまいとナオミはミネルヴァのウイングビットを展開し、背中から離脱した二基は弧を描きながら、左右からアイオーンに迫る。

 

急接近する反応にセラが身構えた瞬間、ビットの先端が分かれ、三つのアームの先端から光が迸り、左右対照になったその光のラインが繋がり、アイオーンの周囲に光の壁が生まれ、その中へと閉じ込められる。

 

息を呑むセラに次の瞬間、光の檻の中にエネルギーが迸り、電流になって機体を襲い、そのままコックピットにも伝わる。

 

「うあぁぁぁぁっっ!」

 

身体中を駆け巡る電流にセラが苦悶に呻く。

 

「セラ、ごめん! でも、少し我慢して!」

 

セラの悲鳴にナオミは罪悪感に顔を歪めるも、心を鬼にしてこのままアイオーンを連れて行こうとする。痺れ、意識を刈り取られそうになるが、セラは思念を飛ばし、外で飛行していたアイギスを呼び寄せた。

 

「きゃぁぁっ!」

 

アイギスがガトリング砲を放ち、ミネルヴァを牽制し、そのまま展開しているウィングビットに攻撃させた。被弾し、その衝撃で光の檻が消え、セラは操縦桿を引いて離脱する。

 

ヴィルキスと黄龍號はクレオパトラらと交戦を繰り広げていた。ドラゴンが撤退し、手が空いた残りの2機も合流してきたため、5対2になり、ますます分が悪くなる。

 

黄龍號がビクトリアとエイレーネ相手になんとか立ち回るなか、アンジュはサリア達に再度追い詰められていた。

 

「アンジュ、あなた達をエンブリヲ様のところに連れていく!」

 

「何がエンブリヲ様よ! あんた、あの気持ち悪い髪形のナルシストの愛人にでもなったの!?」

 

追い詰められながらも、悪態をつくアンジュにサリアの顔が憤怒に染まる。

 

「っ! あの方を侮辱するのは赦さないわ! エルシャ、クリス! もう一度、シャイニングローズトライアングルを――きゃぁぁっ!」

 

再び捕らえようとエルシャとクリスに指示を出し、動こうとした瞬間、サリアは頭上から衝撃を受け、叩き落とされる。

 

クレオパトラを踏み台にしたアイオーンにサリアが顔を引き攣らせる。

 

「わ、私を踏み台にしたぁぁぁぁっっ!!」

 

予想だにしていなかった仕打ちにサリアは思わず絶叫するが、そんなサリアを無視し、セラは振り返りざまにレイジアとテオドーラに向けてレーヴァティンを放った。

 

迫るビームにエルシャとクリスは慌てて回避する。

 

「くっ、セラちゃん!?」

 

「相変わらず、容赦ない!」

 

二人が回避するのを見越してか、確実に当てに来たセラに戦慄するが、そのおかげで隙ができた。そのままヴィルキスの手を取り、一気に加速する。

 

「セラ!?」

 

「逃げるわよ! みんな!」

 

アンジュの言葉を遮り、セラはリーファとタスクに呼びかけ、それに応じて飛行艇と黄龍號が相手を振り切る。だが、ナオミのミネルヴァが追い縋ってくる。

 

「『あっち』に戻れって贅沢は言わないわ! アイオーン、頼んだわよ!」

 

それを視認したセラがアイオーンにそう呼び掛けた瞬間、アイオーンのバイザーが光り、放出される粒子が増し、アイオーンだけでなく周囲に広がる。そこへ黄龍號と飛行艇が合流し、僅かに遅れてミネルヴァが手を伸ばしたと同時に、それらの姿は一瞬にして掻き消えた。

 

「な、何が起こったの……?」

 

突然の展開に、サリア達は困惑を隠せず、呆然となるが、寸前で伸ばした手が掴めなかったことに、ナオミは魂が抜けたように操縦桿から手を離し、その場で項垂れる。

 

「どうして……セラ……セラァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

ナオミの悲痛な叫びは、静まり返った戦場に虚しく響くのだった。 




お待たせしました。
今回はいろいろ書いてて辛かったです。

久しぶりにナオミ書いたのに、なんでこうなったです。

サラマンディーネはまた退場(笑

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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