クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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謀略の海

ブリーフィングを終えて一度解散となり、セラ達は一息つくべく、モモカが待っている食堂へ移動しようと決めた。

 

そんな中、リーファは一人、龍神器の整備をしたいとのことで格納庫へと向かった。それを見送るなか、セラはタスクに歩み寄る。

 

「タスク、いい?」

 

「え、あ、なに?」

 

不意に近づかれ上擦った声を出すタスクに周囲を憚るように、小さな声で話す。

 

「悪いけど、彼女の傍に居てあげてくれない? その方が彼女も楽でしょ」

 

その言葉にタスクの表情が微かに強張る。

 

ここはノーマの母艦だ。リーファはドラゴンの一員であり、尚且つ先日まで殺し合っていた。生身で彼女をどうこうできるとは思えないが、畏怖や嫌悪の感情は隠せない者も多いはずだし、それが先走って暴走しても厄介だ。

 

彼女も覚悟はしているだろうが、針の筵のような状態では心情的にも負担になる。タスクが傍に居れば、眼を光らせられるし、少しは気分も楽になるだろう。

 

「―――分かった、注意しておくよ」

 

戸惑いながらもセラの意図を察したタスクは、軽く手を挙げてリーファの後を追っていった。それを見送ると、セラもアンジュ達が待っている食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

取り合えずずの方針が固まった後、一行は艦内の食堂に場を移していた。

 

「ん、まーい! 久々のモモカ飯!」

 

数時間前とはいえ、既に夕食を済ましていたのに、ヴィヴィアンがプレートに盛られたモモカの料理に舌鼓を打っていた。

 

すっかり餌付けされているなと、苦笑いしか出てこない。食事に夢中になっていたヴィヴィアンだったが、その背後にマギーが近寄ると、眉を顰めながら身体をペタペタと触る。

 

「うひゃい? あはっ、あははははははっ!」

 

その感触がくすぐったいのか、ヴィヴィアンが大声で笑った。

 

「ホントに、キャンディなしでもドラゴン化しなくなったのかい?」

 

マギーは不可解とばかりに、首を捻る。ヴィヴィアンがアルゼナルで常時舐めていた抑制剤を溶かし込んだキャンディを制作していただけに、信じられないようだった。

 

「あ、うん。そう、らしいよ」

 

「大した科学力だねぇ…」

 

ニシシと得意気になるヴィヴィアンに、呆れとも悔しげにも取れるように頭を掻いて感心している。ヴィヴィアンも気になったのか、マギーに質問を返した。

 

「そうだ! 向こうのみんな、羽と尻尾あったんだけど、あたし何でないの?」

 

確かに、あちらでは人型を取っていた者はサラマンディーネを含め、みな尻尾と羽を持っていたが、ヴィヴィアンには無い。至極最もであろうが、問われたマギーは肩を竦める。

 

「バレるから切ったよ」

 

「うわ、ヒデぇ…」

 

あまりにあっさり言われた答に、ヴィヴィアンは非難めいた視線を浮かべる。

 

「―――どうしてヴィヴィアンをアルゼナルに?」

 

セラが不意にマギーに問い掛けた。考えればおかしな話だ―――ジルにしてみれば、ドラゴンの正体が人間だという事実は余計な混乱に繋がる。隠しておきたいはずだ、なのに何故、抑制剤を作ってまで、アルゼナルに加えたのか―――その問い掛けにマギーは表情を苦く顰める。

 

「まあ、取り繕っても仕方ないけど…最初は、単に情報のためだったのさ」

 

ある時のドラゴンとの会戦で、スクーナー級の子供らしきドラゴンの捕獲に成功したアルゼナルは、生体研究のため、管理委員会にも秘密に持ち込んだ。その過程でドラゴンが人間になった。その事実に当時の司令部が混乱したのは想像に難くない。

 

だが、意識を取り戻した少女は、負傷した際の影響か、記憶を失っていた。ドラゴン側の情報を引き出せるかもしれないという期待は空振りになり、ジャスミンにしても、マギーにしても判断を持て余したが、ジルはアルゼナルに加えると決めた。

 

調査の結果分かった高い身体能力は、処分するには惜しいと判断したのだろう。使える手駒の確保として、ジルはマギーに抑制剤の製作を任せた。

 

そして表向きにはデータを改竄し、ノーマの少女として『ヴィヴィアン』という名を与え、今日に至る。

 

話を聞いた限りでは、ロクでもない経緯だが、そのおかげでヴィヴィアンがあちらの世界で母親と再会できたのだから、ある意味ではジルの判断のおかげか。

 

「ふえー、あたしって結構波乱万丈だねえ」

 

話を聞いたヴィヴィアンは、まるで他人事のようにいつもの調子で感心し、そのやり取りを少し遠くで聞いていた、少し幼い三人の隊員が、可笑しそうにくすくすと笑っていた。

 

「それにしても、こんな潜水艦を用意してたなんてね」

 

アンジュは訝しげに改めて食堂を見渡す。先の脱出時は、話には聞いたが実物は見ていなかっただけに、合流した際は驚いたものだ。

 

「『アウローラ』って艦らしいぜ。リベルタスのために準備してたって話だ」

 

ヒルダが補足する。先の反乱の際にも使用されたリベルタスの旗艦―――タスク達の祖先、『古の民』と呼ばれるあちらの地球から逃れた者、そしてこの世界に元々居た人間達、それらは『マナ』の世界に不要なモノとしてエンブリヲから追われた。

 

この艦で幾度となく戦い、その都度改修を経て、紆余曲折を経てジル達の元へと齎された。10年前に起こしたリベルタスでも旗艦になり、リベルタス失敗後はアルゼナルの最深部で補修を受けていた。

 

「ベッドは少し狭いですが、とっても快適ですからご安心を」

 

モモカが控えめにそう告げる。ようやく再会できたアンジュに対する忠義心も久しぶりでも変わらない。

 

「そう、よかった」

 

モモカの様子に安堵したのか、何の気なしにアンジュがそう答えた。

 

「それより、サリア達に会ったのか?」

 

「いきなり撃たれたわよ」

 

ヒルダが真剣な面持ちで話題を変える。先程の話から、サリア達の不在を指摘され、思わず問い掛けたが、セラが苦く肩を竦める。

 

「そう言えばそうよ、いったい何があったの? どうしてサリア達が?」

 

アンジュも不可解といった面持ちだ。あの時は混乱したが、冷静に考えてみると何故サリア達が裏切ったのかが全くわからなかった。

 

サリアはジルに心酔していたし、エルシャやクリスにしても裏切るような素振りはなかった。そしてナオミも―――そこまで考えて、アンジュは失言とばかりにセラを窺うが、セラは小さく首を振る。

 

だが、ヒルダは難しげに眉を顰め、答えあぐねているとロザリーが苛立たしげに声を上げた。

 

「知らねえよ! こっちが訊きてえぐらいなんだよ!」

 

癇癪混じりに叫び、手を震わせる。

 

「いきなり問答無用でドカドカ撃ってきやがるし、こっちの話は全然聞きやしねえし、訳わかんねえよ!」

 

アルゼナルで死んだとばかり思っていたクリスが生きていたことに驚きと喜びを覚えたのも束の間、彼女達はエンブリヲから与えられたラグナメイルを使って撃ってきたのだ。当然、混乱と戸惑いの中、アウローラは必死に追撃を潜行でかわし、逃げ延びていたのだ。

 

怒りに震えるロザリーに同情しながら、ヒルダが補足する。

 

「そんな訳でこの艦のライダーは今、あたしらとゾーラ、それにココとミランダ。あとはあそこにいる新兵3人だけって有様さ」

 

ヒルダが指差すと、離れた位置でこちらの様子をチラチラ窺っていた3人が席を立ち、会釈する。

 

ノンナ、マリカ、メアリー。アルゼナルで訓練を積んでいた最後のライダー候補生。実戦経験どころか、まだ実機への搭乗時間すら短いが、現状では猫の手も借りたいため、繰り上げでライダーに任命された。

 

まだまだ不安が大きいものの、なんとか後方支援などは行えるほどまでになっていた。

 

「ゾーラお姉様が、まだ動けないから私がみっちり扱いてやったんだぜ! それで何とか───」

 

胸を張るロザリーだったが、三人は先程から様子を窺っていたヴィヴィアンの元へ駆け寄っていく。

 

「あの! お会いできて光栄です!」

 

「ほえっ? アタシ???」

 

突然のことに眼を丸くするヴィヴィアンに、三人は眼を輝かせて顔を綻ばせる。

 

「第一中隊のエース、ヴィヴィアンお姉様ですよね!」

 

「ずっと憧れていました!」

 

「大ファンです!」

 

代わる代わる賞賛の言葉を述べられ、ヴィヴィアンは気を良くしたのか、笑みを浮かべる。

 

「そっかそっか♪ よし、喰え喰え~!」

 

「ちょ、ちょっとあんた等! アタシにはそんな事一言も!?」

 

ロザリーはまさかの思い込みに顔を赤くし、上擦った声で抗議するも、ヴィヴィアンとの会話に夢中の三人には届かず、その様子にロザリーは悔しがる。

 

そんな様子に呆れたように肩を竦め、セラはヒルダを見やる。

 

「それにしても、司令は随分強引ね。何かあった?」

 

セラは先程のジルの様子に不審感を覚えていた。確かに以前から、強引な部分はあったが、今回は一際だ。エンブリヲを討つのを目的にしているとはいえ、気に掛かる。

 

「アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ…だっけ?」

 

話を振られたヒルダはやや難し気に顔を顰める。

 

「今はこの艦に乗ってる奴、みんな知ってるよ。司令が全部ぶちまけたからね。自分の正体も、リベルタスの大義ってやつも」

 

アルゼナルから脱出した直後―――命からがら生き延びたノーマ達は誰もが憔悴し、そして恐慌状態に包まれていた。

 

脱出できたとしても、これから先どうすればいいのか―――そんな不安に包まれる彼女達に向けてジルは高らかに告げた。

 

『人間の残虐さ、冷酷さは嫌というほど知ったはずだ! 私は、必ずや元凶であるエンブリヲを倒し、ノーマをこの呪われた運命から解放する! その日まで、諸君の生命、私が預かる!』

 

その言葉は寄り掛かるモノを必要としていたノーマ達に浸透し、ジルへの忠誠と依存心を高めるに至った。故に、この艦のほとんどのクルーがジルを妄信しているのが現状だった。

 

「意気込みはわかるけどさ、ガチすぎてちょっと引くわ」

 

ヒルダは呆れ気味にそう評するも、自身も今は従うしかないのが実情だ。

 

「―――厄介ね」

 

聞き終えたセラは舌打ち混じりに嘆息する。

 

人間、弱っている時に導いてくれる存在が現れれば、それがどんな相手でも依存しきってしまう。過去の歴史の中でも多くがそれによって悪辣な道を辿る。

 

ノーマ達を完全に指示下に収めた以上、ドラゴンとの共闘はジルの同意が不可欠。だが、あのジルがそう簡単に協力するとも思えない。

 

「でも、ジルはなんでそんなにエンブリヲって奴に拘っているのかしら?」

 

不意にアンジュが思った疑問を口にする。元凶であることを差し引いたとしても、ジルの鬼気迫る態度は不可解に思えた。

 

「さあ? 個人的な因縁でもあるのかもね。巻き込まれる方はたまったものじゃないけど」

 

「はなたにあの人の、なにがわかるのよ!」

 

思わず愚痴ると、背後から呂律の回っていない叫び声が聞こえてきた。やや眼を見張って振り返ると、厨房のカウンターから顔を出したエマがいた。

 

「え? か、監察官?」

 

酒瓶を抱えて、酒に酔っているのか顔を真っ赤にし、涙目になっているエマの姿に思わず、声が裏返る。

 

「ヒック! エマさんでいいわよ、エマさんで!」

 

酒瓶をどんと、自身が寄りかかっているカウンターに叩きつけるように置くと、呂律の回ってない口調でそうクダを巻いた。

 

「酒臭…っ」

 

呼気に混じる酒気に、アンジュは顔を顰め、セラも辟易とジト眼を向ける。

 

「いつから?」

 

「この艦に乗られてから、ずーっとこうなんです」

 

呆れ気味にモモカに問い掛けると、困ったように答える。つまり、一ヵ月間、ずっとこの調子ということだ。その間、ずっと相手をしていたのか、それとも押し付けられたのか―――どちらにしろ、傍迷惑な話だ。

 

「しょーがないでしょー! 殺されかけたのよ! あたし! 同じ人間に……ぐすっ、んぐぐ、んん! ぷはぁ! 呑まなきゃやってられないわ!」

 

アルゼナルで問答無用に撃たれそうになったことを思い出したのか、涙目で再び酒瓶を煽り、弱々しく吐露する。

 

「なのに…なのにね、司令ってばね、あたしのことをこの艦に乗せてくれたのよ。今までノーマにひどいことしてきたあたしを…むにゃ」

 

酔いが回ったのか、酒瓶を抱き締めたままカウンターにうつ伏せになり、寝息を立てるエマにどう反応すべきか、迷っているとマギーが頭を掻きながら近づく。

 

「まったく、風邪ひくよ」

 

唇を不満気に尖らせながらも、マギーはエマに肩を貸して立ち上がらせ、そのまま食堂を出ていった。すると、入れ替わるようにミスティが入ってきた。

 

アンジュが先程訊けなかった疑問を口にする。

 

「ミスティ、そう言えばなんであなたがここにいるのよ? それにその恰好?」

 

ミスティはアルゼナルの制服を着ている。アルゼナルから脱走する際に連れ出し、その後輸送機に置き去りにした彼女が何故ここにいるのか、戸惑いが大きい。

 

「ふふ、似合いますか?」

 

当人はどこか楽しげにスカートの裾を掴む。そして、セラに軽く会釈をすると、そのままセラとアンジュの席の前に座った。

 

「お久しぶりです」

 

「そうね」

 

はにかむミスティに相槌を返すセラにアンジュはますます混乱する。

 

「知り合いなの?」

 

疑問を浮かべるアンジュにミスティがアルゼナルを脱走し、その後の輸送機で置き去りにされてからの経緯を話した。

 

「後から聞いたのですが、お二人は姉妹でいらしたのですね」

 

「それで、どうしてあなたがここに? ローゼンブルムに戻ったんじゃなかったの?」

 

セラもその点が気になったのか、問い返す。その問い掛けにミスティはやや俯くも、やがて意を決したように顔を上げた。

 

「ずっと、考えていたんです。あなた様に言われたことを―――私が、どうしたいかを」

 

きっかけはセラから投げられた言葉だった。自分の意志で本当にやるべき事を決めろ―――それは、今まで言われるままに生きてきたミスティの価値観に大きく響いた。

 

皇女として生を受け、マナに祝福された―――両親に、きょうだいに、臣下に、国民に愛され、何不自由なく生きてきた。それに対して疑問を持たずにいたが、それがただ与えられているだけのものだと切って捨てたセラの言葉。

 

そしてなにより、アルゼナルがジュリオに攻められる―――それに恐怖と不安が大きくなり、ミスティは苛まれた。

 

「その時にあなたの言葉を思い出しました。そして、分かったんです―――私は、アンジュリーゼ様やあなた様に死んでほしくないと。だから、家出したんです」

 

「い、家出ぇ!?」

 

あっさりと言われたことにアンジュが上擦った声で驚く。おおよそ、ミスティからは予想もできない言葉だったに違いない。

 

「それだけではないんです。ミスティ様は、いくつかの物資を持って私達に合流されてきたんですね」

 

モモカがその時のことを語る。アルゼナルを脱出して1週間ほどし、物資の補給をどうにかしなければならないと真剣味を帯び始めた頃、アルゼナル近海にて潜水していたアウローラはひとまずアルゼナル跡にて残されているであろう物資を回収するため、海面に浮上した。

 

ちょうどそのタイミングで、ローゼンブルムの輸送機が空域に現れた。先行偵察に出ていたココとミランダは驚いたものの、通信から呼びかけてきたのがミスティだった。そして、モモカが仲介し、ジルに物資を持って合流したいという旨を伝えた。

 

当然、艦内は混乱と嫌悪に荒れた。当の人間に殺されかけたのだから当然だろうが、物資の補給は必至。そのため、ジルは万が一の場合は然るべき処置をすることで納得させ、合流を許可した。

 

そして、嫌悪感を満ちるアウローラ内ではモモカが常時付き添うことでなんとか、身を保護し、同時に艦内の雑用を手伝うことで少しずつ受け入れられた。ひとえに、モモカの存在があったからであろうが、もしモモカがいなければ、受け入れすらしてもらえなかっただけに、事の一部始終を聞いたアンジュは呆れる。

 

「―――本気なの?」

 

無言で聞いていたセラが一言、そう訊ねた。

 

「正直に言えば、まったく後悔がないわけではありません……」

 

表情を伏せ、どこか寂し気に顔を顰める。自分を愛し、育ててくれた両親、きょうだい、臣下、そして民―――それらの世界に育てられてきたのは事実だ。それが心地よく、そしていつまでも続くと思っていた。

 

だが、それはすべて自分が『人間』だからだ。もし、自分が『ノーマ』であったなら―――アンジュのように、正反対の扱いを受けていたかもしれない。そう思うと、ミスティは考えずにはいられなかった。

 

顔を上げ、セラをまっすぐ見据え、ぎこちなく笑う。

 

「でも、あなた様が私に教えてくれました。だから、大丈夫です」

 

自分の生き方を自分で決める―――ミスティはどこか吹っ切ったような表情で告げ、セラは小さく肩を竦める。アンジュも感心するように息を吐く。

 

「なんていうか、あんたってこんなに大胆だったのね」

 

どこか羨ましげに称賛する。自身が同じ考えに至るのに随分時間が掛かったことを考えれば、ミスティはある意味で一度決めたら一途なのかもしれない。

 

本人が決めたことにとやかく言うつもりもないし、なにより彼女自身が悩んだ末に決めたことなら、受け入れるべきだ。

 

「――――あなた、『いい女』ね」

 

「ふぇ?」

 

セラが漏らした言葉にミスティが戸惑ったように眼を白黒させるも、セラはそのまま続けた。 

 

「私が『男』だったら、惚れてるわよ」

 

「「なぁぁっっ!!?」」

 

さらっと告げられた突然の爆弾発言に、アンジュとヒルダは思わず上擦った声を上げ、当の向けられたミスティは顔を真っ赤にする。

 

「ふぇぇぇっ、あ、あのその――わ、私は女同士とか気にしませんし、吝かではないといいますか…むしろ、末永くお願いしますと言いたいところで………」

 

頭が混乱し、呂律が回らない口調で顔を羞恥で俯かせながら、萎んでいく声にセラが首を傾げる。セラにしてみれば、単にミスティの行動を彼女なりのジョークで称賛しただけなのだが、困惑するセラは唐突に両隣に気配を感じ、視線を左右に向けると、アンジュとヒルダが挟み込むように座っていた。

 

心なしか、表情が不機嫌そうになっており、セラはますます戸惑う。

 

「どうしたのよ、二人共。っていうか、なに?」

 

二人の突然の行動に疑問を口にすると、二人はツンとあさってを見ながら、不機嫌そうにしているだけ。

 

「ミ、ミスティ様、もしよろしければ、ミスティ様のお部屋でお茶をお淹れします!」

 

不穏な空気を察したのか、控えていたモモカが慌ててミスティの手を取り、引っ張り立たせる。当のミスティはまだ混乱しているのか反応せず、そのままモモカに手を引かれて食堂を出て行った。

 

あっという間に連れ出され、ますます困惑するセラにアンジュが不機嫌そうに口を開いた。

 

「へぇ、セラってばミスティみたいなタイプが好みだったんだぁ」

 

「は?」

 

トゲがある口調で揶揄するも、セラは訳が分からずに首を捻る。

 

「ナオミもそうだったし、ああいう可愛らしいのがいいってか! どうせあたしは生意気で可愛げはねえよ!」

 

ヒルダも嫌味混じりに揶揄し、大仰に悪態をつく。

 

「だから何なのよ、二人共―――ってか、痛いんだけど」

 

そっぽを向いて視線を合わせないのに、アンジュとヒルダは先程からセラの両腕を掴んでいる。心なしか、握っている力が妙に強い。そんな様子に機敏に疎いヴィヴィアンやロザリーも触らぬなんとやらと我関せずだった。

 

結局、二人の機嫌は悪いまま、セラが解放されたのは暫くしてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだったのよ、あの二人―――」

 

セラは一人、やや疲れた面持ちでアウローラの艦内を歩いていた。アンジュとヒルダはそのまま、シャワーを浴びに行くと言って食堂から出て行った。

 

その際にヒルダがアンジュに面を貸せと告げ、アンジュも真剣な面持ちで頷いていた。少なくとも、以前のような反目は見れなかったので、大丈夫だろうと放置したが、それでも先程の二人の行動は意味が分からずに戸惑うばかりだ。

 

「とはいえ、どうしたものか」

 

不意に立ち止まり、窓の外を見やる。といっても、今は潜行中で海底の暗闇しか見えず、外の景色はわからない。向かう先は考えるまでもないが、このままなし崩し的に行動されても困る。セラは思考を巡らせながら、天井を見やる。

 

(現状、ジルの同意なしにドラゴンとの共闘は難しい―――けど、今はこの艦のほとんどが司令の思うがまま…下手には動けない)

 

この先、エンブリヲと戦うにしてもドラゴンとの共闘は不可欠。だが、ジルがこのまま素直に応じるとも思えない。一番の楽な方法は、ジルを司令の立場から排することだが、アウローラの乗員のほとんどがジルの口車に乗っている以上、余計な混乱を招く。

 

ならいっそ、このままアルゼナルの協力を仰がず、というのも選択肢の一つではあるが。

 

(ジルはどう動くか―――)

 

問題はジルがまだ何を隠しているかだ。あそこまで頑なになるからには、なにかしらの『切り札』たりえるものを持っている可能性もある。だからこそ、強気になっているとも考えられる。

 

だとしたら、このまま放っておくというのも不安が大きい。思考を切り替えて、ジルの行動を頭の中でシミュレートしてみる。もし自分なら、『セラ』や『アンジュ』をどうやって従わせるか――――そこまで考え、一つの可能性が思い浮かんだ。

 

「まさかね……」

 

正直、そこまでやるとも思えないが―――自身の可能性に苦笑した瞬間、声を掛けられた。

 

「ココ、ミランダ―――」

 

振り返った先には、ココとミランダが佇んでいた。

 

「セラさん―――!」

 

「バカ、心配したんだから」

 

ココは眼に涙を浮かべ、セラに抱きつく。ミランダも眼を潤ませながら、泣きそうになっている。先程まで、先行偵察をしていて、帰還と同時にセラ達のことを聞き、慌ててやってきた。

 

「ごめんなさい、ナオミのこと」

 

セラの胸で泣きながら、ココはナオミのことを謝った。彼女が敵に回ったことにショックを受け、そしてそうさせてしまったのは自分達が何もできなかったからだ、と。

 

「―――――ココやミランダの責任じゃないわ。ナオミをあそこまで追い詰めたのは、私の責任だから」

 

ココを引き離し、諭すように告げ、それでも二人はまだ顔を顰めている。

 

「私達がいない間、二人共頑張ってくれたんでしょ? なら、それを誇りなさい」

 

ナオミが敵になったことにショックを受けながらも、なんとかアウローラの防衛を担い、今では二人も貴重な戦力だった。

 

その言葉に少しは励まされたのか、二人の表情が和らぐ。

 

「二人とも、少し頼みたいことがあるんだけど」

 

そんな二人を見ながら、セラは二人にある事を託ける。聞かされた二人は、困惑しながら互いに見合い、戸惑っている。

 

「あくまで可能性―――頼むわね」

 

そう告げると、二人は腑に落ちないものの、頷き返し、報告のためにその場を後にした。それを見送ると、セラは小さく肩を竦める。

 

「あとはタスクか」

 

こういった事を頼めるとしたら、後はタスクのみ。セラは、自身の考えが杞憂であってほしいが、ジルの行動如何では、最悪の事態を想定しておく必要がある。

 

「どう出る気かしらね、アレクトラ―――」

 

ポツリとため息混じりに漏らし、セラはタスクを探すべく格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 

夜も更け、アウローラは海の底で静かに身を休める。

 

そんな中、ジルは薄暗い私室で煙草を噴かす。足を載せている執務机の上にある照明だけが灯り、ジルを照らしている。

 

だが、煙草を吸いながらもジルの表情は決してリラックスなどなく、むしろ苛立ちを煽るように険しくなっている。

 

暗がりに映る自身の影を見つめながら、ジルは過去の記憶を嫌でも思い出す。

 

 

 

 

―――――……おかしくなっていいんだよ、アレクトラ………

 

 

 

 

記憶の中で囁く甘い声―――だがそれは、ジルの中の消えぬ炎を燃え上がらせる。

 

「エンブリヲ…っ!」

 

忌々しい記憶にジルは呪うかのような声を漏らし、煙草を握りつぶす。

 

「貴様だけは、必ず―――――そのためにもっ」

 

決して消えぬほどの怒りを秘め、ジルは自身の目的を達成させるために、どんな手でも使う。たとえ、何を利用しようとも、何を犠牲にしようとも――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け、アウローラは再び潜行しながら海中を航行していた。そして、昨日と同じくブリーフィングルームには、ジルを含めたアルゼナルの首脳陣、そしてセラやアンジュ、タスクにリーファといった面々が集まっていた。

 

(今のところは何もなし、か)

 

セラは入室するや、相も変わらず中央で不遜気味に座っているジルを一瞥する。まあ、さすがにあからさまにはしてこないとは思うが、セラはそれでも注意を払いながらジルの前にアンジュ達と並ぶ。

 

テーブルを挟んで座り、互いに視線を合わせる。

 

「良く眠れたか?」

 

「え、ええ」

 

「それは結構」

 

当たり障りのない会話から始まり、アンジュがやや戸惑ったように返す。その様を見つめながら、セラはジルの様子を窺う。

 

「それで、答は出たのかしら?」

 

「ああ、お前達に任務を与える」

 

セラが問い掛けると、ジルは二人を見据え、発された内容に身構える。

 

「ドラゴンと接触、交渉し、共同戦線の構築を要請しろ」

 

簡潔に述べられた内容に、アンジュはやや面を喰らったように怪訝そうになる。セラは無言のままだが、眼差しは厳しいままだ。

 

「どうした? お前達の提案通り、一緒に戦うと言っているんだ。ドラゴンどもと」

 

「本気?」

 

アンジュが訝しげな表情になる。隣で聞いていたリーファも同様だ。昨日は取り付く島もなかったというのに、一晩で180度態度を変えてきたのだ。疑うなと言う方が無理というものであろう。

 

「リベルタスに終止符を打つためには、ドラゴンとの共闘―――それが最も合理的で効率的だと判断したまでのことだ」

 

聞かされてはいなかったのか、ジャスミンやゾーラはやや戸惑いと驚きを隠せていないが、マギーやメイは対照的に、ホッとしたように安堵していた。

 

「信じてよろしいのですか?」

 

リーファが念を押すように問い掛けると、ジルは鼻で笑う。

 

「信じる信じないはそちらの自由だ」

 

リーファは納得しかねる面持ちだったが、その肩をタスクが叩き、笑いかける。その言葉にならぬ態度にリーファも渋々頷き返す。

 

「それで―――司令の考えを聞かせてもらえるかしら?」

 

セラは独り、ポーカーフェイスのまま先を促す。ドラゴンとの共闘――その言質は取った。問題は今後の作戦における指揮系統だ。共闘するとはいえ、二つは違う組織同士、おまけに先日まで殺し合っていた。混成しての作戦行動は容易ではない上、時間もない。

 

考えられるのは、各々が別の役割で実行すること―――それをジルも理解しているのか、不敵に笑う。

 

「作戦はこうだ」

 

作戦マップに地図が表示される。そこには、Δマークの機影が6機表示される。それは、サリア達のラグナメイルだった。メイが開発した発信機を以前の会敵時に打ち込んでいたらしい。

 

せめて、相手の本拠でも探らねばと考えたのだろう。それは功を奏し、彼女達の拠点が判明した。サリア達が現在、本拠としているのは『ミスルギ皇国』。

 

恐らく『エンブリヲ』も、そして『アウラ』もそこに居る可能性が高い。それはサラマンディーネからも聞かされていたリーファが保証した。

 

アウローラの戦力だけでは攻略が難しいが、ドラゴンという大戦力が加わったことで、攻略作戦が立てられた。まずは、ミスルギ皇国のアケノミハシラに向けて、ドラゴンの大群を持って南西方向から侵攻させて、サリア達のラグナメイルを誘き出し、陽動をかける。

 

その間、アウローラはラグナメイルが探知不能な深々度を航行して交戦中の背後に浮上してラグナメイルを挟撃、敵兵力を排除したのち、全兵力をもってアケノミハシラに侵攻、攻略するといったものだった。

 

(―――理には適ってるけど、これは…)

 

そう―――確かに、作戦としてはシンプルでセオリーなものだ。だが、このためにはドラゴン側に大きな負担を強いることになる。

 

ラグナメイル6機を誘き出すともなれば、相当数の数で陽動をかける必要があるが、なによりラグナメイルの戦力を釘付けする時間を稼ぐ必要がある。だが、無闇に大群で攻めても、ナオミのミネルヴァには、『収斂時空砲』がある。下手すれば、一撃で全滅させられる。

 

そうなれば、ドラゴン側には多くの犠牲が出るだろう―――作戦を聞いていたリーファの表情も厳しげに強張っている。いくらアウラ奪還のために犠牲は覚悟しているとは言え、これでは同胞達が『捨て駒』のように見える。

 

口にはしないのが、ここがまだ交渉の場だからだ。必死に自制するリーファに気づいたタスクが、思わず口を挟む。

 

「だが、これではドラゴンに多大な負担を強いることになる」

 

「―――陽動とはそういうものだ」

 

タスクの懸念を冷静に切って捨てる。反論したいが、現状では妥当な作戦のため、タスクもそれ以上反論できなかった。

 

アンジュも頭では納得はできなかったが、それを抑え込み、そして不意に浮かんだ疑問を口にした。

 

「ナオミやサリア達はどうするの?」

 

「どうする、とは?」

 

その問い掛けにジルはまったく無関心のように反芻し、戸惑う。

 

「助けないの?」

 

この作戦を聞く限りでは、サリア達とは正面を切って戦うことになる。確かに敵対してはいるが、元はアルゼナルの仲間だ。見捨てることは躊躇われたのだが、それに対してジルは嘲笑するように軽く息を吐く。

 

「奴らは我々を裏切り、エンブリヲについた―――持ち主を裏切るような道具は不要だ」

 

「道具って…だって、サリアよ!? それに、ナオミだって――!」

 

ジルの言葉を疑うように驚きの声を上げた。サリアがジルに心酔し、そして必死に力になろうとしていたのは知っている。クリスやエルシャもそうだ。それに、ナオミがそもそもエンブリヲについたのはセラのためだ。それなら、説得すれば助けられるのではと食い下がるも、ジルは鼻を鳴らす。

 

「すべてはリベルタスの道具にすぎん。ドラゴンどもも、お前達も、そして、私もな」

 

一蹴し、そして口元を歪めて笑うジルの顔には狂気じみた陰りが漂い、アンジュ達は緊張感を覚える。

 

「ドラゴンも…」

 

「どういう意味ですか? 我らに、いったい何をやらせるつもりですか!?」

 

もはや、我慢がならなかった。リーファも声を荒げ、ジルを睨みつける。それに対してジルは不敵に笑うだけで不遜な態度を崩さず、アンジュも声を荒げた。

 

「答えないと命令は聞かないわ!」

 

激昂する様にジルは顔を抑えて、笑いあげた。

 

「フッ…ドラゴンどもと挟撃? アハハハ!」

 

酷く不愉快な哄笑が響き、ジャスミンやマギー達も言葉を失い、誰もが困惑するなか、ジルは笑ったまま、口を開いた。

 

「そんなものは建前だ。真の作戦は、こうだ」

 

まるで馬鹿にするように自身の考えた本当の作戦、そして真意を告げる。

 

「アウローラは深々度を維持したまま戦闘を回避し、アメノミハシラ後方に浮上―――ドラゴンどもがラグナメイルを引き付けている間に、ヴィルキス、アイオーンを含めた全パラメイルで突入、エンブリヲを抹殺する! これがリベルタスの真の作戦だ!」

 

そう宣言する彼女の顔には、ハッキリとした狂気が宿っていた。眼をギラギラとさせ、こちらを屈服させんばかりに威圧するジルに、アンジュ達は嫌悪感を抱く。

 

「我らに『捨て駒』になれ、と―――とても組織の長の言葉とは思えません!」

 

「アレクトラ、考え直してくれ!」

 

リーファがハッキリと作戦を拒絶し、タスクも是正を訴えるも、ジルは鼻を鳴らす。

 

「ヴィルキス、そしてアイオーン―――それらはエンブリヲ抹殺のための切り札だ。それを危険に晒す真似などできん!」

 

そこでアンジュの堪忍袋の緖が切れ、怒りが爆発した。

 

「冗談じゃないわ! こんな最低の作戦、協力できるわけないでしょう!?」

 

両手をテーブルに叩きつけ、思わず立ち上がる。対立が深まる中、ジルはまるで折込済みとばかりに、肩を竦める。

 

「ならば、協力する気にさせてやろう」

 

ジルは徐に立ち上がると、デスクのボタンを押した。間髪入れず、壁面のモニターに、あるカメラの映像が映し出された。

 

ある部屋で両手足を縛られ、そして口を布で塞がれているモモカとミスティの姿があった。二人は呻きながらなんとか逃れようとしているが、余程強く拘束しているのか、身動きできずにいた。

 

「モモカ! それにミスティまで!」

 

予想もしなかった事態に、思わずアンジュが声を上げた。昨夜、ミスティを伴って部屋へ引き上げたモモカをジルは保安部を命令して捉え、アウローラのある部屋へと閉じ込めた。

 

「減圧室のハッチを開けば、あの二人は一瞬で水圧に押し潰される」

 

勝ち誇ったように告げる。二人が閉じ込められているのは、乗員を気圧調整するための部屋であり、圧力を一気にかけることもできる。そうなれば、人間の体など一瞬にしてペシャンコになる。

 

それがブラフなどではなく、本気だと理解した瞬間、ジルの周りからも非難が上がる。

 

「ジル、あんたの仕業かい!」

 

「聞いてないよ、こんなこと!」

 

「司令、いくらなんでもやり過ぎだ!」

 

ジャスミン達がジルの行動を咎めるも、煩げに一瞥するだけだ。

 

「こいつらは命令違反の常習犯だ。予防策をとっておいたまで―――あの二人を乗せていたのは、道具を従わせるための保険にすぎん」

 

ジルがモモカをこの艦に置いたことも、ミスティを受け入れたこともすべてはこのためだった―――アンジュが戻ってくることに賭けた上でのものだった。

 

狡猾なジルに対する怒りが沸き上がり、ギリっと歯を噛み、表情が険しくなるアンジュ。リーファやタスクも同じようになっており、一触即発の空気が漂う。

 

「救いたければ、作戦をすべて受け入れ行動しろ!」

 

「あんた、自分が何をしているかわかってるの!?」

 

「リベルタスの前では全てが駒であり道具だ。あの二人はお前達を動かす道具。お前達はヴィルキスとアイオーンを動かす道具。そして、ヴィルキス、アイオーンはエンブリヲを殺す究極の武器!」

 

もはや、ジルに話は通じない―――アンジュは悔し気に拳を握り締めるなか、場違いな嘆息が漏れた。

 

「道具…ね―――」

 

その呆れた声はこの状況で異質な響きとなって聞こえた。誰もが感情的になるなか、独りだけ静寂を保って一部始終を見ていたセラに全員の視線が集中する。

 

「ご高説ありがとう、司令―――交渉決裂ね」

 

静かに立ち上がり、セラはそう口にした。ジルと共闘はできない―――そう示唆させる態度にジルは眉を顰める。

 

「セラ、貴様―――」

 

「以前、言ったことがあったわね―――『私は、道具になったつもりはない』。あんたのその狂った妄執に付き合うつもりはこれっぽちもないわ」

 

ハッキリとした拒絶の言葉―――この女は何一つ変わっていない。いや、むしろ悪化しているといえるだろう。

 

「あんたのやり方は人間と一緒よ、従わない者はその意思さえ無視して無理矢理屈服させる。リベルタス? ふざけるな! あんたの目的はノーマの解放なんかじゃない! あんたの目的はエンブリヲを殺すということだけ、そんな独善に付き合うつもりはない!」

 

対峙するジルに事実を突きつける。リベルタスなんてものはただの建前―――この女の目的はただ、一人の男を殺すということだけ。

 

ギリッと噛み締めるジルにセラは鼻を鳴らす。

 

「図星? それだけ恨んでいるってことは、そのエンブリヲに(レイプ)されでもした?」

 

カマをかけるように口にすると、ジルの表情が一瞬強張ったのをセラは見逃さなかった。

 

「いいだろう、ならあの二人が潰れるのを見るがいい!」

 

「モモカ!」

 

ジルは自棄を起こしたように叫び、茫然と見守っていたアンジュが声を上げる。だが、セラは焦りを見せない。次の瞬間、モニターの向こうで減圧室のハッチが開放され、そこから姿を見せたココとミランダに眼を見開く。

 

「な、に……っ?」

 

「ココ、ミランダ?」

 

困惑し、眼を見張るジルとは対照的にアンジュは白黒させる。その間に、二人は拘束されているモモカとミスティの拘束を解き、救出していた。

 

「言ったでしょ、あんたのやり口は分かりやすすぎ―――化かし合いは、二手三手先を読んでおくものよ」

 

昨夜、セラがココとミランダに頼んだのは、モモカとミスティの監視だった。もしジルが強硬手段に出て従わせようとするなら、一番確実な手は何か? それは人質を取ること―――セラはともかく、モモカやミスティはアンジュの友人として効果がある。

 

あくまで可能性として託けたが、二人は未明に二人が保安部に連れ出され、減圧室に閉じ込められたのを確認し、タイミングを見計らって救助に動いた。

 

切り札を押さえられたジルは、怒りに拳を震わせ、バッとセラに振り向く。

 

「きさまぁぁぁぁっっ!」

 

激昂し、テーブルに上ってセラを捕まえようと義手を伸ばす。もはや力づくで従わせようとするが、そこへ素早くリーファが薙刀を構えて割り込んだ。

 

「させませんっ」

 

伸ばされた義手の一撃を薙刀で受け止め、それを捻って弾き飛ばした。生身でのやり合いなら、ドラゴンであるリーファの方が圧倒的に分がある。

 

「がっ!」

 

弾かれたジルはそのままテーブルから落ち、身を打ち付ける。小さく呻きながら、それでも立ち上がり、茫然としているゾーラを睨んだ。

 

「っ、何をしている、ゾーラ! 上官への反抗罪だ、こいつらを拘束しろ! 艦内にも警報を出せ!」

 

なりふり構わなくなったのか、そう叫ぶジルの姿に、セラは小さく息を吐くと、タスクに目配せする。

 

「変わったな、アレクトラ…」

 

セラの視線を受けたタスクが、落胆した面持ちで腰から小型のスイッチを取り出すと、それを押した。刹那、艦内の至る場所で連動して小さな装置に次々と電源が入る。

 

タスクの動きを確認したセラが素早くポケットから取り出した小さな機器を口につけると、アンジュにも有無を言わせず、装着させた。

 

突然のことに戸惑うアンジュだったが、すぐさまジル達の様子がおかしくなっていくのに気付いた。

 

ジル達は不意に、身体に異変を感じてバランスを崩す。

 

「な、なんだい、これは…」

 

ジャスミンも口元を手で押さえるも、誘う睡魔に勝てず、その場に崩れ落ちる。傍らのマギー、メイ、ゾーラは既に意識を手離し、デスクに突っ伏していた。

 

「ガ、ガスか……っ」

 

必死に意識を保とうとするジルがようやく排気口から漏れるガスに気付いた。

 

「そう、ただの催眠ガスだから死にはしないわ。しばらく眠ってもらうけど」

 

そんなジルに追い打ちをかけるように既にガスマスクを装着して防護しているセラが告げた。セラがもう一つ打っておいた布石―――元々、この艦はタスク達の祖先のもの。ならば、構造をタスクは熟知しているはずだ。そして、交渉が決裂した際に素早く脱出するためにガスの仕掛けを頼んだ。

 

「セラから頼まれたときはまさかと思ったけど―――残念だよ、アレクトラ」

 

タスクの失望を含んだ声に、ジルは唇を噛んだ。

 

ガスはアウローラの艦内中に充満し、艦内のいたるところで隊員達が倒れ始めていた。

 

「こ、これは、セラやタスクの言ってたプランB!」

 

唯一会議には出ずに、食堂で食事中だったヴィヴィアンはその異変に気付き、概要の説明を既に受けていたため、預けられていた防護マスクを装着すると、すぐさま食堂を出て行った。

 

「くそ、あの男の仕業か……なんでだよ、セラ……っ」

 

出ていくヴィヴィアンの背中を食堂で同じくガスを吸って意識を朦朧とさせるヒルダは、悔し気に呟き、そのまま意識を失った。

 

「貴様ら、何をしているか分かっているのか……っ!?」

 

この状況でまだ意識を保っているジルの精神力―――執念には驚くが、もはや動くこともままならない。長居は無用とアンジュ達が部屋を出ていき、最後に残ったセラが今一度ジルを見下ろす。

 

「今の会話を艦内に流さなかっただけでも、感謝してほしいぐらいだけどね」

 

呆れ気味に肩を竦める。

 

あのジルの言葉をそのまま艦内に流していれば、いずれにしてもリベルタスなど潰えていただろう。

 

「それじゃあ、さよなら、司令」

 

どこか憐れむように一瞥し、セラも部屋を飛び出していった。離れていく足音に、ジルは必死に閉じようとする瞼を堪える。

 

「ここまで来て……諦めるもの、か―――っ」

 

ガスのせいで満足に動けず、口元をコートの裾部分で押さえながら憎々しげに吐き捨てると、ジルは己の腰に手を回し、鞘に納めてあったナイフを抜いた。

 

そして、その刃を躊躇うことなく振り下ろした。




お待たせしました。しぶとく生きております。
コロナのおかげで、仕事が本当に忙しく、また健康も注意しながらなので、なかなか進みませんでした。
コロナのなか、社会自体がしんどい状況ですが、楽しんでいただければ、幸いです、

年内にどれかの作品をもう一つぐらいは投稿したいと思っています。
それでは、また!

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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