クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ゆずれない想い

セラ達がアウローラで騒ぎを起こすより前――――

 

サリア達が現在、拠点としているミスルギ皇国のかつて、アンジュが育った皇居の一室に、エンブリヲと報告のために訪れたサリア達がいた。

 

海上でのドラゴンとの会戦は、圧倒的勝利というカタチで収めたものの、帰還したサリア達の表情はやや複雑なものだった。

 

「―――ナオミはどうしてる?」

 

エンブリヲも会戦の結果は既に知り得ているため、わざわざ訊ねるでも、報告を聞くでもなく、この場にいないナオミのことを訊ねた。

 

「帰還してから、ずっと部屋で籠って泣いてるよ、エンブリヲ君」

 

クリスがややぶっきらぼうに言い捨てる。

 

その理由は言うまでもない。ドラゴンの中に混じっていたセラとアンジュ―――なにより、セラとの邂逅が彼女の現在の状態を引き起こしたのだから。

 

サリア達もセラやアンジュ達が生きていたというのだけでも驚きだったが、それがドラゴンと行動を共にしていたのだから、内心の動揺は大きかったが、それでもナオミほどではなかった。

 

セラが生きていることを信じていただけに、ナオミは拒絶されることをまったく予想していなかった。なにより、彼女の眼の前でアイオーンを含めた敵機はすべて消え去ったのだから、アルゼナルでの光景をフラッシュバックさせたに難くない。

 

結果、情緒不安定になったナオミをサリア達がなんとか抑えながら帰還したのだ。

 

「―――行かせるべきではなかったか」

 

やや気難しげに顔を顰めるエンブリヲに、サリアが気遣うように首を振る。

 

「いえ、アレでよかったんです。少なくとも、何も知らずにいるよりはよかったかと」

 

「セラのあの態度、笑っちゃうぐらい予想通りだったけどね。あいつは、自分勝手に生きてる奴だから」

 

クリスが冷ややかに呟く。

 

ナオミとセラの会話をあの場にいた者達は聞いていたが、セラやアンジュが従うはずないとナオミ以外は少なからず察していた。

 

アルゼナルに居た頃から好き勝手にしていただけに、クリスも毒づくが、エルシャが困ったように嗜める。

 

「クリスちゃん、ナオミちゃんはそれだけセラちゃんのことを想ってるのよ」

 

クリスはフンと鼻を鳴らす。

 

「まあいい、そう遠くない内に彼女達は私の元へとやってくる」

 

断言するように呟くエンブリヲにサリア達が訝しげに眉を寄せる。だが、そんな疑問に答えることはなく、そのまま話を続けた。

 

「サリア、君達はそのまま戦闘待機しておいてくれたまえ。戻ったばかりですまないが、頼むよ」

 

「はあ、それは構いませんが…ナオミは?」

 

今の状態のナオミはとてもではないが、戦闘には出せない。そう懸念するも、エンブリヲは頭を振る。

 

「彼女には私が伝えておくよ、心配しなくていい」

 

口元で妖しく上げながら、エンブリヲは薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

ミスルギ皇居の一室―――元は来賓者をもてなすためにしつらえたと思しき豪奢な室内は、気品のある調度品が置かれ、部屋の端には大きなベッドが備え付けられていた。

 

その上にナオミはうつ伏せで倒れ、小さく泣いていた。

 

アルゼナルの狭い共同部屋時代とは比べ物にならないそのベッドも、何の慰めにもならなかった。

 

「セラ、どうして――――」

 

脳裏を何度も反芻するセラの拒絶―――それがナオミの心を締め付ける。

 

自分は、セラのことを一番理解していると思っていた。それは、他の誰にも負けないと―――だが、そんな自信は脆くも崩れた。

 

いや―――頭では理解していた。セラは、彼女は自分で決めたことは絶対に曲げない、と―――自分の道は、自分で決めると。彼女が拒絶するなら、自分はどうして『こんな場所』にいるのかさえ、ナオミには分からなくなっていた。

 

「ナオミ――――」

 

不意に呼びかけられた声に、ナオミはハッと我に返り、顔を上げると、部屋の中にエンブリヲが佇んでいた。

 

「エンブリヲ……?」

 

いったい、いつ部屋に入ったのか――だが、今のナオミは思考がうまく動かず、ただ茫然とエンブリヲを見つめている。そんなナオミに、エンブリヲが静かに語りかけた。

 

「ナオミ、まずは君に詫びよう。辛い思いをさせてしまった」

 

「え……?」

 

「私はセラやアンジュがドラゴンと行動を共にしていることを知っていた―――私は、敢えてそのことを伝えなかった。だが、それで君を苦しめてしまったようだ」

 

懺悔するような告白に、ナオミは気持ちが少し落ち着き、頭を振る。

 

「エンブリヲのせいじゃないよ―――なんとなく、こうなるんじゃないかなって思ってた。でも、そうであって欲しくなかった」

 

目元を伏せ、堪えるように手を震わせる。そんなナオミにエンブリヲは薄っすらと笑うが、顔を伏せているナオミは気づかない。

 

「ナオミ、君はこの程度で諦めるのかい?」

 

「え……」

 

不意にかけられた言葉に思わず顔を上げると、エンブリヲが穏やかに告げる。

 

「君はアルゼナルで、私に立ち向かってきた。圧倒的な力の差があるにもかかわらずだ。君のその心の強さを、諦めない想いを『ミネルヴァ』は選んだんだ」

 

「エンブリヲ―――」

 

励ましのような言葉に、ナオミは僅かながら、表情をやわらげる。

 

「君が強く望めば―――ミネルヴァが応えてくれる。行きたまえ、君の願いを叶えるために」

 

「―――うん!」

 

ナオミの眼に力が戻り、そして奮い立つように意思を固める。そして、そのまま部屋を飛び出すように後にする。去っていく背中を満足そうに見送り、エンブリヲは独りごちた。

 

「それでいいんだよ―――連れてきておくれ、『彼女』を」

 

妖しく嗤いながら、視線を窓へと向ける。祝福するような澄み渡る青空に向かって、4つの機影が飛び立つ。警護としてターニャとイルマを残し、サリア達はセラ達の捜索に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングルームでのイザコザから脱したセラ達は、すぐさま行動を開始した。

 

「タスク、あなたはアウローラを浮上させて!」

 

「分かった!」

 

タスクと護衛にと同行するリーファの二人がブリッジへと向かう。その間に、セラ達はモモカとミスティの保護に向かった。

 

タスクの仕掛けた催眠ガスで、アウローラのほぼすべての乗員はその場で眠りに落ちていた。ブリッジ内でもパメラ達は、コンソールや椅子にもたれ掛かり、意識を失っていた。それを横に、タスクは操舵席に近づき、艦の操作をオートに切り替え、続けて浮上シーケンスをセットする。

 

やがてシーケンスが開始されると、タスクとリーファはブリッジを後にし、格納庫へと急いだ。その間に、セラやアンジュ達は、モモカとミスティを連れたココ達と合流した。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

「モモカ、無事で良かった!」

 

無事な姿に抱き合う二人を横に苦笑し、ミスティに声を掛ける。

 

「無事だった?」

 

「はい、こちらのお二人のおかげで」

 

「ココ、ミランダ、ありがとう」

 

二人を労うと、満更でもないと照れる。そんな二人にセラは、やや苦く問い掛ける。

 

「二人とも、私達と来る?」

 

二人がセラ達に協力したことは既にジルの知るところになった。巻き込んでしまった後でこんな事を訊くのは卑怯だと思う。だが、二人の意思を確認しておきたかった。

 

その問い掛けに、ココとミランダは真剣な面持ちで見返す。

 

「私、セラさんに付いていきます」

 

「っていうか、ここまできて、それはないでしょ」

 

二人も、ジルの態度には疑問を持っていたが、従うしかない状況だったのは言うまでもない。だが、モモカやミスティを人質にして命の危険に晒したことや、ドラゴンの真実など、不信感がもう限界だった。

 

「ありがとう」

 

そんな二人に礼を述べると、すぐさま時間が惜しいとばかりに一同は、格納庫へと向かった。

 

やがて、アウローラのタンクから海水が排出され、船体が海面に向けて浮上していく。更衣室でライダースーツに着替えた一同は、タスクとリーファに合流した。

 

「海面に出たら、すぐにパラメイルで脱出するわ。準備を!」

 

「がってん!」

 

いつものように元気よくヴィヴィアンが答え、ココとミランダも自分の機体へと向かう。アウローラの制御を長時間、無人で行うことは乗員の危険に繋がるため、催眠ガスの効果もせいぜい30分程度だ。

 

浮上と同時に離脱すれば、追撃はできない。セラやアンジュも自身の機体に向かう中、セラが突然立ち止まった。

 

「セラ?」

 

突然のことに思わず立ち止まったアンジュが戸惑うが、セラの視線は厳しげになる。

 

「そう簡単には逃がさないってわけね」

 

呟いたセラの言葉につられるように視線を上げると、パラメイルの陰からジルが姿を見せる。

 

「また脱走か―――」

 

揶揄するような、それでいて怒りを滲ませながら睨むジルは、苦悶を必死に噛み殺している。よく見れば、右脚の腿にナイフが突き刺さり、鮮血が滲んでいる。

 

催眠ガスで落ちそうになる意識を覚醒させるために、ジルは己の右脚にナイフを刺し、激痛で強引に覚醒させ、片脚を引きずりながら、必死にここへとやって来た。

 

「無茶するわね―――右脚、使えなくなるわよ」

 

呆れたように諌める。

 

傷の程度から見ても、かなりの深手だ。早く治療しなければ、二度と歩けなくなってもおかしくはない。だが、そんな言葉を無視し、ジルは声を荒げる。

 

「逃がさんぞ、アンジュ、それにセラ! リベルタスを成功させるまではな!」

 

自身の腿に深々と突き刺さっていたナイフの柄を掴み、それを強引に抜き取った。刃によって塞き止められていた血が再び噴き出し、腿をつたって床に流れていく。

 

「アレクトラ、それ以上は!」

 

タスクが思わず叫ぶも、ジルはナイフを構え、必死の形相で突きつける。

 

「知ったことかっ、従わないなら、貴様らも手足の一本は使えなくしてやる!」

 

執念――いや、もはや狂気の沙汰だった。いっそ、痛々しくさえ思える。

 

「話すだけ無駄か」

 

その頑なな態度に肩を竦める。時間が惜しい――押し通ろうと、セラが前に出ようとするが、その腕をアンジュが掴んで止める。眉を顰めるセラにアンジュが真剣な面持ちで見やる。

 

「セラ、私に相手させて――私もいい加減、ムカついてるの」

 

怒気を強めるアンジュは呆気になるセラを横に前に出る。そして、ジルに対峙して口を開いた。

 

「リベルタスって、私やセラがいないとできないんでしょう? なのに、私達の意思は無視するの!?」

 

「道具に意思などいらん!」

 

間髪入れず返すジルの言葉に、アンジュはますます怒りを強める。

 

「なんなのよ、それ! 私達の意思を無視して戦いを強要するって、人間達がノーマにさせていることと一緒じゃない! なにがノーマの自由よ!」

 

「命令に従え! 司令官は私だ!」

 

問答にすらなっていない。いや、そもそもジルの中で自身の思い通りにならないことが認められないのだ。アルゼナルの頂点に立つ、自分にはその資格があると。

 

「――腐ってるわね」

 

『生殺与奪』すら、自分の権利だとでもいうような主張―――かつて、垣間見た人間達の傲慢さをジルにも見て、セラは軽蔑するように吐き捨てた。

 

「司令だからなんでも赦されるって……そんなの、クズも同然よ!」

 

やがて、アウローラは海面へと浮上し、船体が大きく揺れる。

 

「勝負しましょう」

 

「何?」

 

浮上による警報が鳴り響く格納庫で、アンジュが唐突に告げ、ナイフを抜き取り、ジルに向かって構える。

 

「少なくとも、あのドラゴンのお姫様は、人質なんて卑怯な真似、しなかったわ!」

 

一瞬、リーファを横眼で一瞥し、睨みつける。

 

サラマンディーネも一度はアンジュやセラをその手にしようと勝負を仕掛けてきた。だが、それでも卑怯な真似はしなかった。それに比べ、ジルのやり方は卑劣の一言に尽きた。

 

モモカばかりか、自分の立場を捨ててまでやってきてくれたミスティまで危険に巻き込んだことで、アンジュの怒りは既に頂点に達していた。

 

「アナタが勝ったら言うことを聞いてあげる、道具にでもなんにでもなってやるわ!」

 

ギョッとするような言葉にタスクやリーファが思わず息を呑む。

 

「アンジュリーゼ様!?」

 

その提案にモモカもまた、アンジュの身を案じて不安な声を上げるが、セラが手を上げて制する。驚くモモカを見ないまま、アンジュが背中越しにセラに振り返る。

 

「セラ、モモカと下がって」

 

その眼は決して自棄になったわけでもなく、決意に満ちている。その覚悟を悟ってか、セラはフッと、笑みを浮かべる。

 

「頼んだわよ。あの分からず屋に灸をすえてやりなさい」

 

セラらしい激励とともに、タスク達を視線で促し、揃ってアンジュから離れる。

 

「ご武運を、アンジュリーゼ様!」

 

セラに庇われながらモモカは、アンジュの身を案じながらエールを送る。それに気持ちを奮い立たせ、アンジュはジルに向き直った瞬間、ジルは一気に飛び出した。

 

片脚を負傷しているとは思えないその瞬発力で、一気に距離を詰め、ナイフを振り下ろし、アンジュもナイフで受け止める。

 

交錯する刃が擦れ合い、摩擦音を響かせる。

 

「この期に及んで、まだ我が儘とはな!」

 

「傲慢なのは、アナタでしょう!?」

 

鍔迫り合いながら、互いに睨み合う。

 

「エンブリヲを倒さん限り、リベルタスは終わらん!?」

 

「そのためなら、どんな犠牲も赦されるって言いたいの!?」

 

「その、通りだっ!」

 

ジルは渾身の力をナイフに込める。その勢いに押され、アンジュは弾かれる。だが、ジルも力が分散できず、すぐに追い打ちをかけられない。

 

なんとか踏み止まったアンジュがナイフを突きつける。ジルは舌打ちし、義手で突き出された刃を掴み取る。歯噛みするアンジュの前で、義手に力を込め、先程の衝撃で刃に亀裂が走っていたナイフが割れる。

 

「っ!?」

 

息を呑むアンジュに向かってジルは、左手のナイフを振り上げ、アンジュは反射的に後ろに跳ぶ。僅かに切られた髪が宙を舞い、モモカが声を上げる。

 

「アンジュリーゼ様!?」

 

刹那、セラは素早く腰にぶら下げていた柄を掴み、雛菊を引き抜く。

 

「アンジュ!」

 

声を上げると同時に、雛菊を投擲する。セラの声に一瞬、視線を向けると、自分が後退する進路上の床に小太刀が突き刺さり、眼に留めたアンジュはそのまま転がり、柄を掴んで引き抜いて立ち上がる。

 

アンジュが雛菊を構え、ジルも忌々し気に舌打ちする。脚からは先程からとめどなく血が溢れ、ジルの意識を朦朧とさせてくる。

 

だが、そんな苦悶を執念で振り切り、ジルは再びアンジュに襲い掛かる。切り払われるナイフを小太刀で受け、弾き、交錯を繰り広げる。

 

「アンタを信じてるこの艦のノーマ達の想いも裏切って、そんな戦い、何の意味があるのよ!?」

 

「お前なら分かるはずだ、皇女アンジュリーゼ!」

 

交錯の火花が散るなか、不意打ち気味に真名を呼ばれ、アンジュは一瞬、反応が遅れる。その隙を逃さず、ジルは上段からナイフを振り下ろした。

 

僅かに遅れながらも、アンジュは小太刀を逆手で上げ、受け止める。だが、深く振り下ろされ、腕力にものをいわせて押し込むジルにジリジリと耐える。

 

「すべてを奪われ、地の底に叩き落されたお前なら、私の怒りが!」

 

アンジュを見るジルの瞳に宿る狂気、怒り―――そして………憎悪―――その感情に、アンジュは気圧されそうになる。

 

「お前は私だ。お前が、お前達がエンブリヲを殺し、リベルタスを成功させるんだ! 全てを取り戻すために!」

 

「っ、なにが――よっ!」

 

だが、アンジュはジルの気迫を嫌悪し、柄に力を込める。次の瞬間、雛菊の刃が抑えていたジルのナイフの刃に亀裂を生じさせ、ジルが一瞬怯む。

 

刹那、アンジュは力をさらに込め、その勢いでナイフの刃を破壊する。砕け散るナイフに動揺するジルに向かってアンジュは考えるより先に大きく頭を突き出した。

 

アンジュの頭突きがジルの顔面に入り、大きく仰け反る。予想だにしていなかった反撃にジルも反応できず、そのままアンジュはジルの胸元を掴み、あらん限りの力で大きく投げ飛ばした。

 

巴投げのように空中に放り投げられるジルだったが、なんとか体勢を戻し、かろうじて手で床をついて着地した。

 

互いに息を切らしながら睨む両者。アンジュは徐に持っていた小太刀を床に突き刺す。ジルが得物を失った以上、そのまま攻めればいいのだろうが、それはアンジュのプライドからできなかった。

 

「『お前』、『お前』って、誰かに押し付けなきゃなにもできないなんて、空っぽなのね、アナタ!」

 

「っ!」

 

「全てを取り戻したい? アンタはただ、自分の失敗の尻拭いを押し付けてるだけじゃない! それに、何が正しいのかなんて分からない―――」

 

ノーマ、ドラゴン―――立つ位置によって、見方は変わる。単純な善悪などない、それぞれが譲れぬものを持つがゆえに対立し、ぶつかり合う。

 

だが、それでもジルのやり方をアンジュは認めることはできない。

 

「でも、アナタのやり方は大っ嫌いよ! アレクトラ・マリア・フォン・レーベンヘルツ!」

 

「黙れぇぇぇぇ!」

 

真正面から否定され、そして己の真名を呼ばれたことに逆上したジルが正面から殴り掛かるが、既に右脚の出血によってその動きはいつものキレがなく、アンジュはその突き出された拳打をかわすと、回転して回し蹴りをジルの延髄に叩き込んだ。

 

「がっ!」

 

衝撃がジルの体内に響き、そのまま床に叩きつけられた。背後に着地したアンジュは肩で息をしながら、ジルの様子を窺う。

 

「な、何故…何故分からん―――」

 

額から出血し、脳震盪を起こしながらも、気力で意識を保つジルは、己の敗北を受け入れられず、呪詛のように漏らした。

 

その言葉を聞きながら、アンジュは憐れむように見やる。

 

「どうして、『私』なんだ―――」

 

不意に呟いたアンジュの言葉がジルの耳に入る。

 

「『私』はこんなところで終われない、『私』は間違っていない―――今のアナタ、アルゼナルに来た頃の私とそっくりね」

 

どこか皮肉混じりに呟く。

 

ジルの執念の奥にある過去への固執―――その違いはあれど、かつてアルゼナルへと送られた頃のアンジュと同じだった。

 

かつてはジルも『皇女』だった。アンジュと同じく、両親に守られ、そして何も知らずに不自由なく暮らしていた。それを奪われ、アルゼナルへと叩き落とされた。

 

その時の衝撃は、想像に難くない。その果てに得た『リベルタス』(目的)―――だが、その失敗を認められずに、過去を直視しない様は、滑稽を通り越して憐れに思う。

 

「いい加減、自分の失敗を認めなさいよ。いつまでも立ち止まって、過去を見て見ぬふりをして、そんなのただの『甘え』じゃない!」

 

過去を受け入れる―――それが難しいことはアンジュにも分かる。今となっては皇女であった頃の『アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ』を記憶から消したいほどだ。だが、過去があったからこそ、今の『アンジュ』がある。

 

「『過去』は変えられない―――どう足掻いても、どんなに悔やんでも、どんなに喚いても、どんなに渇望してもね」

 

かつて、己の過ちに絶望していたアンジュを引き上げてくれた言葉―――アンジュはチラリと背中越しに背後を見やる。

 

アンジュの無事にタスク達やモモカは安堵の表情を浮かべ、セラはアンジュに満足そうに頷く。

 

「私には、『彼女』がいてくれた―――それが、『アナタ』との違いよ。私の意思だけは、絶対に譲れない!」

 

突きつけられた言葉に、ジルはギリっと奥歯を噛み締める。

 

「なにを、あまい戯言を……」

 

再度立ち上がろうと落ちそうになる気力を振り絞ろうとするジルにアンジュが身構えた瞬間―――別の声が割り込んだ。

 

「もう止めな、ジル! あんたの負けだよ、いい加減に受け入れな」

 

セラ達も視線を向けると、格納庫にマギーに肩を貸してもらいながら、ジャスミンが現れた。互いにまだガスの影響が残っているのか、足元がおぼつかない。

 

だが、ジルも既に限界に達していたのか、そのまま意識を失い、その場に倒れ伏した。それを確認したアンジュは、大きく嘆息し、肩を落とす。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

呼吸を整えているアンジュに駆け寄ってきたモモカが抱きつき、感涙する。

 

「ご無事でしたか、アンジュリーゼ様!?」

 

「…ええ」

 

身を案じるモモカに、ようやく呼吸が落ち着き、高揚も冷めたアンジュが頷くと、傍にセラが歩み寄る。

 

「お疲れ」

 

「ありがと」

 

労いの言葉に満更でもないと頬を掻く。そんなアンジュに肩を竦め、倒れ伏すジルを見やる。

 

「結局、こうなったか―――手段と目的が入れ替わった時点で、必然だったのかもね」

 

リベルタスという大義を手段とし、エンブリヲの抹殺を目的にとすり替えた時点で、ジルの暴走は既に止められないものだったのだろう。

 

「だけど、どうしてそこまでして―――」

 

なにがここまでジルを狂気に走らせたのか、それだけが分からずに戸惑うアンジュに、セラも眉を顰める。

 

「よほどの目に合わされたんじゃない―――誰にも言えないほど、ね」

 

不意に視線を傍にまで寄ってきたジャスミンとマギーに向ける。二人も複雑な面持ちでジルを見つめている。

 

恐らく、二人はジルになにがあったのかすら知らないのだろう。だが、『リベルタス』という目的のためにここまで従ってきた。ジルの意に沿うようにして、彼女の暴走を黙認してきた責任がある。

 

「でも、己の過去と向き合うことを放棄した時点で、彼女にとって『リベルタス』が『復讐』になった」

 

復讐―――陳腐だが、ジルにはそれしかなかったのだろう。それを悪いとは言わない。だが、そのために何もかも顧みないというなら、それに対する拒絶や反撃も覚悟しておくべきだ。

 

その道具としようとした者に敗れるのも、ある意味で因果応報か。セラの憐れみとも取れる視線にアンジュも複雑な面持ちでジルを見やる。

 

もし、『セラと出会わなかったら』―――不意にそんな『IF』を思い浮かべる。そうなったら、自分はどうなっていたのだろうか。もしかしたら、ここまで生きることすらできなかったかもしれない。倒れ伏すジルの姿は、未来の『自分』だったかもしれない。

 

そう思うと、自分の幸運に感謝した。

 

「さて、じゃあ行きますか」

 

感傷に浸るのは打ち切り、当初の目的を思い出し、アンジュ達は動き出した。

 

 

 

 

 

海上に浮上するアウローラの甲板上部ハッチが開放され、光が差し込む。

 

発着デッキには、既にアイオーンとヴィルキスをはじめ、タスクの飛行艇、リーファの黄龍號、ヴィヴィアンのレイザー、そしてココとミランダのグレイブが並び立つ。

 

「それじゃタスク、モモカをお願いね」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、任された」

 

「不埒な真似したら、私とあっちのドラゴン娘が容赦しないわよ」

 

モモカの身をタスクに預け、アンジュは睨むように脅すと、タスクは顔を引き攣らせ、たじろぐ。心なしか、隣で待機するリーファの視線もやや厳しげだ。

 

「そ、そんな事しないよ!」

 

上擦った声で首を振るタスクによろしい、とばかりに頷くと、アンジュはヴィルキスへと向かう。

 

「ヴィヴィアン、彼女をお願いね」

 

「がってん!」

 

セラの言葉に握りこぶしを見せるように頷く。ヴィヴィアンの背後にはやや緊張した面持ちのミスティが乗っている。

 

ミスティをこのままここに残していくことはできない上、ココやミランダでは、同乗したまま操縦するのはまだ難しいだろう。ヴィヴィアンも不安は残るが、それでも消去法でこうするしかない。

 

「が、頑張ります」

 

自身に活を入れるように頷くミスティに笑みを返すと、セラもアイオーンへと向かう。コックピットに昇ると、傍にジャスミンが歩み寄る。

 

気を失ったジルはマギーに介抱されている。脳震盪はそれ程深刻ではあるまい、むしろ右足の刺し傷の方が重症だ。止血したようだが、すぐに対処しないと本気で足を切断する羽目になるだろう。

 

「これからどうするんだい、あんた達?」

 

コックピットで起動シーケンス進めるセラとアンジュにジャスミンが不意に問い掛けた。徐に二人は手を止め、ジャスミンを見やる。

 

「こうなった以上、私らにあんた達を止めることはできない。だけど、どんな道を取るにせよ、苦しいものになるよ」

 

それがどういう気持ちで出たものなのか、セラにもアンジュにも、そして当のジャスミン本人も分からないかもしれない。ただ、彼女達の行こうとする道を訊ねたくなっただけなのかもしれない。

 

「―――私がやるわ」

 

一拍後、アンジュが決然と顔を上げる。

 

「あの人のやり方は間違っていたけど、やっぱり、ノーマの解放は必要だもの。だから、私がやるの、本当の『リベルタス』を! 私が―――――」

 

言葉を続ける中、アンジュは無意識にセラを見る。不安気に見つめるアンジュに苦笑し、肩を竦める。

 

「仕方ない、姉さんの頼みじゃ、ね――手伝ってあげるわ」

 

やや呆れながらも、そう返すセラに安堵し、言葉を続ける。

 

「『私達』が! 私達を信じてくれる人と、私達が信じる人達と一緒に―――!」

 

そう、自分達で信じる道を切り拓く。そう告げるアンジュにジャスミンも小さく笑う。

 

「そうかい―――まあ、これもあいつを止められなかったツケなのかもね」

 

少なくとも、ジャスミンはジルを止めるだけのことはできた。そうしなかったのは、彼女に対しての重荷を押し付けた後ろめたさと甘えがあったのかもしれない。

 

「『ツケ』は必ず清算しろ――――いつものあなたの言葉よ」

 

それに対してセラは皮肉混じりに嗜める。

 

「参ったね―――その通りだ。こいつは一本取られたね」

 

自嘲気味に笑う。ジルが再び眼を覚ました時、どういった行動を起こすのか―――まだ、己の狂気に従うか、それとも――――それを監督するのはジャスミンの仕事だ。

 

「それじゃ―――いくわ」

 

短く別れを告げると、セラは操縦桿を引き、アイオーンを発進させた。続くようにヴィルキス、そして他の機体も次々とアウローラから飛び立っていった。

 

雲一つない青空へと飛び立つ姿は、まるで彼女達の進む道の正しさと感じさせるように見え、ジャスミンは寂しげに見送るのだった。

 

空へと昇った一同は、抜けるような青空に開放的な気分になる。

 

並行し、編隊を組んで飛行するなか、アンジュはセラに問い掛けた。

 

「ねえセラ、これからどうする?」

 

「呆れました、何も考えていなかったのですか?」

 

あまりに無計画な行動にリーファも呆れた面持ちだが、アンジュが口を尖らせる。

 

「なによ、だったらあのままあそこにいた方がよかったの!?」

 

「そうは言っていません!」

 

思わず噛み付くアンジュに熱くなって反論するリーファに嘆息しながら、セラは口を開く。

 

「取り敢えずは、一旦落ち着ける場所を確保ね」

 

どの道にしろ、再び拠る場所を失くしたのだ。なら、このまま無為に飛び続けるわけにもいかない。当面の拠点を確保し、しかる後にサラマンディーネ達との連絡手段を探し、合流する。それが一番、現実的だろう。

 

(ミスルギ皇国に近づけば、なにかしら手段が見つかるか)

 

シンギュラーを開くのが暁ノ御柱に関係している以上、ミスルギ皇国なら、なにかしらの手段があるかもしれない。敵の懐に飛び込むという危険も孕むが、虎穴に入るのも仕方あるまい。

 

思考を巡らせていたセラだったが、突如レーダーが急接近する熱源を捉え、警告音を響かせた。

 

「散開!!」

 

咄嗟に叫び、操縦桿を切る。他の面々も反射的に動いたのが功を奏したのか、散らばって開いた空間を一条の閃光が過ぎる。

 

熱が大気を灼き、気流を乱す。息を呑むなか、前を見るセラに向かって前方から急接近する機影が映る。

 

機体はそのまま、アイオーンの横を過ぎる。すれ違った瞬間、コックピットに座るライダーの顔が瞳に映る。

 

「ナオミ―――!?」

 

驚くセラとは対照的にナオミは冷静にミネルヴァを反転させ、アイオーンに迫る。

 

「見つけたよ―――セラ!」

 

大切なモノを見つけたような、獰猛な顔で襲いかかった―――――――




いよいよ、次回から本格的にエンブリヲと絡みます。

とはいえ、原作のあのシーンどうしよ(汗

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き
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