クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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調律者

ミスルギ皇国の皇居に連行されたセラ達だったが、咄嗟の機転でサリアを撒き、アンジュの案内で皇居内に施された抜け道を通り、一行は庭先へと続く壁面から外に出た。

 

陽光に僅かに眼を瞬くと、近くから声が聞こえてきた。 

 

「ママー、かくれんぼ!」

 

「ダメ! お絵描きが良い!」

 

子供らしき少女の声が複数―――物陰から様子を窺うと、広い庭先で遊ぶ十数人の女児達。そこに居たのは、アルゼナルの幼年部にいた子供達だった。

 

怪訝そうになるなか、視線を動かすと、子供達の中心には見慣れたピンクの髪があった。 

 

「こらこら、喧嘩しないの」

 

せがむ子供達をあやしながら、慈しむように笑うエルシャ。その顔は、アルゼナルで見ていたものと同じだった。

 

思わず見つめる中、不意に子供の一人がこちらに振り向いた。

 

「あ、セラお姉様とアンジュお姉様だ!」

 

壁の陰から窺っていたのに気付いた子供が声を上げ、他の子供達も反応して振り返る。

 

「えー? あ、ホントだ!」

 

「セラお姉様、アンジュお姉様、いつ来たの?」

 

「お姉様達も騎士団なの?」

 

瞬く間に取り囲まれ、無邪気に質問責めしてくる様子に面喰らい、戸惑う。

 

「あらあら、セラちゃんやアンジュちゃんを追い詰めるなんて、みんなやるわね」

 

楽しげに顔を綻ばせながら、歩み寄るエルシャ――それは、アルゼナルで顔を会わせていた時と何ら変わらないように見えた。

 

だが、彼女もサリア達と同じ濃紺の制服を着込み、そして先程まで対峙していたラグナメイルのライダーだ。

 

思わず、強張った面持ちを浮かべるが、エルシャは微笑む。

 

「良かったらお茶でも飲んでいかない?」

 

そして、極自然に誘う様に毒気を抜かれ、困惑する。エルシャは三人をテラスへと促す。テラスに備わったテーブルに腰掛け、エルシャは慣れた手つきで紅茶を注ぎ、差し出す。

 

自身も椅子に腰掛け、淹れた紅茶を優雅に飲む。しばし、静寂が満ちるが、やがて徐にカップに手を伸ばし、喉を潤す。

 

子供達の遊び声だけが満ちる中、エルシャが口を開いた。

 

「あの子達、今はこの『エンブリヲ幼稚園』で保護してるの」

 

「『エンブリヲ幼稚園』?」

 

「そ。私、園長さんなの」

 

戸惑うなか、エルシャは微笑みを崩さぬまま、視線を思い思いに遊ぶ子供達に向ける。 

 

「本当は、アルゼナルの子供達、みんな連れてきたかったんだけどね」

 

憂いを帯びた表情を浮かべ、曇るエルシャ。アウローラに避難できた者、遺体も残らず死んだ者、幼年の子供達の生死を分けたものは、ハッキリ言って運もいいところだ。

 

「ねえ、信じられる? あの子達ね、一度死んだの」

 

「「ええっ!?」」

 

予想外の言葉にアンジュやモモカは驚きを隠せず、セラは視線を厳しげに細める。

 

「でも、それをエンブリヲさんが生き返らせてくれたのよ」

 

「生き返…らせた?」

 

「そんなの、マナの光でも不可能です」

 

あまりに予想外な言葉に困惑を隠せず、モモカも戸惑う。

 

死者を蘇生する―――それは、いかに万能なマナでも不可能だ。もし、そんな事が可能だとしたら、それはまさに『神』の領分だ。

 

正直、荒唐無稽に近いような話だが、エルシャが嘘をついているとは思えない。

 

「エルシャ、あなた――自分が『何』をしているか、分かってるの?」

 

酷く抑揚のない冷静な口調でエルシャに話しかけるセラに、横にいたアンジュは思わず身を竦ませる。エルシャはそんなセラの『真意』を気づいてか、気づかずか―――図りかねる笑みを浮かべた。

 

「ええ――エンブリヲさんがね、あの子達が安心して暮らせる世界を創るんだって、言ってくれたの。私は、それに協力するって決めたの」

 

あの日、『奇蹟』を見た―――アルゼナルで死んだ子供の亡骸を前に哀しみに暮れるエルシャの前に現われ、傷を癒し、さらには喪った命をも生き返らせた。茫然となるエルシャに手を差し出し、エルシャはその手を取った。

 

そして、ミスルギ皇国に来て、彼女はエンブリヲに協力することを決めた。

 

「あの子達を守るためだったら何だってやるわ。人間の抹殺だって―――あなた達を殺すことだってね」

 

エルシャの視線がすっと細まる。それは、アルゼナルで見たことのない、冷徹な眼。今の彼女にとって、『子供の命』と『エンブリヲ』だけが、行動原理になっていた。

 

「!? エルシャ、あなた……」

 

その本気さを悟ったアンジュは息を呑み、そして唇を噛む。あのエルシャがここまで変わるのかと、サリアよりもショックを隠せない。

 

セラは無言のまま、無表情でエルシャを見据える。モモカも緊張した面持ちで様子を窺っていたが、不意に、ボールを追いかけていた子供の一人が転んでしまった。

 

「あらあら、大変!」

 

その光景に気づいたエルシャは、今しがたまでの剣呑な気配を引っ込め、すぐさま席を立って、転んだ子供の傍まで駆け寄り、抱き起こし、泣きじゃくる子供を抱きしめてあやす。

 

「―――行くわよ」

 

戸惑うアンジュとモモカにセラが告げ、飲んでいたカップを置く。

 

「でも……」

 

アンジュは躊躇するが、セラは小さく首を振る。今のエルシャに何を言っても無駄だ。それに、彼女自身がそう、決めているのなら、下手な説得など無意味だ。

 

「それに、『迎え』が来てるみたいだから」

 

セラがそう呟き、視線を別の方角へ向け、アンジュとモモカもつられてそちらへと向けると、庭に立つ木の陰から人影が現れる。

 

「クリス――」

 

現れたのは、クリスだった。クリスはサリアと同じく敵意に満ちた視線を向けていた。

 

「案内、頼めるかしら? それが目的でしょ」

 

図星なのか、反論こそなかったが、それでも不機嫌そうに顔を顰める。

 

「――相変わらず、嫌な女。付いて来て」

 

セラの態度に悪態をつき、背を向けると返事を待たず歩き出すクリスに、セラが続き、アンジュは今一度エルシャを見やるも、顔を上げて後を追った。

 

 

 

 

クリスの案内――といっても、クリスはただ歩いているだけで、セラ達はその後に付いているだけだった。皇居内を無言で進む中、アンジュが焦れるように口を開いた。 

 

「ねえ、クリス」

 

「――無理に話しかけないでいいよ。どうせあんた達、私に興味なんかないでしょ?」

 

素っ気ない口調で拒否するクリスに、アンジュは戸惑う。その強気な口調に、以前までのオドオドした様子は感じられず、困惑するが、アンジュも怯まずに話を続ける。

 

「怒ってたわよ、ヒルダとロザリー」

 

アウローラの食堂で憤っていた様子を思い出し、そう詰め寄るも、クリスは鼻を鳴らす。

 

「怒ってるのはこっち――私のこと助けに来るなんて言って、見捨てたんだよあいつら!」

 

怒りを露わにするクリスの脳裏には、アルゼナルでの出来事が甦る。迎撃に出ようとして、爆発に巻き込まれ、パラメイルと共に圧し潰された。

 

意識が途切れる前に聞いたロザリーの『助けに来る』という言葉だけを信じたが、結果としてクリスは救助されず、そのまま一度死んだ。

 

背中越しに感じる怒気に、セラは小さく息を吐く。

 

事の顛末は、ヒルダからも聞いていた。あの時、既に撤退戦に入っている中、クリスの救助に向かえるほど、余裕がなかった。結果的に見捨ててしまうことになってしまったが、あくまで不可抗力だ。

 

尤も、今のクリスにそれを言っても、言い訳にしかならないし、何を言っても聞かないだろう。

 

「でもね、エンブリヲ君は違う」

 

不意に立ち止まり、クリスの声は僅かな弾みを見せる。

 

「私を助けてくれた。私と仲良くなりたいって言ってくれたんだ。私はようやく手に入れたんだ、『本物』の友達を」

 

喜色に染まる顔で笑い、まるで得た『宝物』を逃さないように胸元で手を抱える。

 

サリアやエルシャのように、完全に心酔している様にアンジュは唖然となり、セラは小さく嘆息する。

 

エルシャはともかく、チョロさはサリアといい勝負だ。だが少なくとも、セラにはそんな行動こそが逆に胡散臭く見える。

 

少なくとも、何の見返りや思惑もなしに、そんなことをしたとは到底思えない。

 

(その辺は司令といっしょか)

 

弱った相手に差し伸べる優しさは、下手な言葉より強く浸透する。ある意味、洗脳より性質が悪い。

 

そこでようやくクリスは満足したのか、再び歩き出し、その後に続く。

 

「あの、アンジュリーゼ様。そのエンブリヲ様と言うのは、どちら様なのですか? お話を聞くと、慈善事業家か、カウンセラーの方でしょうか?」

 

肝心のエンブリヲに会ったことのないモモカがおずおずと問い掛ける。だが、当のアンジュも返答に窮する。明確に答えられるほど、アンジュも知っているわけではない。

 

「私もよくは知らないけど、神様――らしいわ」

 

サラマンディーネやジルから散々聞かされた呼称を、歯切れ悪く答えた。

 

「はぁ…」

 

返ってきたアンジュの返答にどう反応していいかわからず、モモカはそう答えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

やがて、一行は皇居内の資料を保管する蔵書庫へと案内された。部屋の入り口でクリスは用を終えたとばかりに顎をしゃくり、入室を促すとそのまま素っ気なく歩き去った。

 

取り付く島もない態度に、顔を顰めるも、ここでこうしていても仕方ないと、室内へと足を踏み入れると、部屋の奥から怒声に近い金切り声が聞こえてきた。

 

「この役立たず!」

 

罵る声と共に響く空気を裂くような音と、そのすぐ後に響く鞭打つ音。そして、その痛みに呻くようなくぐもった女の声―――

 

「これは四巻ではありませんか! 私が持ってこいと言ったのは、三巻です!」

 

再度振り上げられた鞭が下ろされ、鞭打つ音。あまり関わりたくはないが、セラ達は部屋の奥へと歩みを進めると、ガラス張りの壁面にほど近い場所に、一糸纏わぬ姿にされて猿轡を噛まされて拘束されたリィザと、そのリィザを鞭打つシルヴィアだった。

 

「この私に毒を盛るなんて、おじ様が助けてくれなければ、一生目が覚めないところだったのですよ!」

 

その時の怒りを思い出したのか、さらに強く鞭打ち、罵る。

 

「うっ! ううーっ!」

 

猿轡を噛まされているために、言葉どころか、悲鳴すら上げられない状態で、幾度も続く衝撃に呻くが、それでも矜持故か、リィザは鋭く睨み付ける。

 

「なんですか、その眼は!!」

 

その反抗的な態度が、余計に油を注いだのだろう。シルヴィアは、容赦なく鞭を浴びせ打つ。絶え間なく衝撃にリィザの肢体に赤い傷跡が刻まれる。

 

「おじ様のお情けで生かしてもらっていることを忘れたのですか!? このトカゲ女!!」

 

もはや私刑に近いような苛烈な所業に、轡越しに悲鳴を上げるリィザ。

 

「リ、リィザ……」

 

その異様な光景に、アンジュが戸惑いながら、思わず声を上げた。

 

「っ!!?」

 

掛けられた声に振り返り、アンジュ達の姿を見たリィザは、声を上げられないながらも、驚愕に眼を見開く。そして、シルヴィアもようやく気づいて顔を上げ、視界に入れた瞬間――― 

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

今しがたまでの高圧的なものではなく、恐怖に表情を歪ませ、無意識に車椅子をマナで下がらせて距離を取る。

 

「シルヴィア……」

 

「いやぁぁっ、来ないで! 近寄らないで、殺さないで!」

 

アンジュの呼び掛けも聞こえず、シルヴィアは首を振って、金切り声の悲鳴をあげる。アンジュと、その後ろに居るセラの姿に、以前の処刑台での仕打ちを思い出し、必死に締め出そうとする。

 

「殺しに来たのですね、私を! そんなそっくりな人まで連れてきて! お父様を、お母様を、お兄様を殺め、最後に私を殺しに来た! そうなのでしょう!? 来ないで、この殺人鬼! 化物!」

 

思いつく限りの罵声を叫ぶ姿に、もはや、かつてのような妹への親愛などなく、アンジュは悲しみと同時に怒りを覚えた。

 

「シルヴィア! セラは―――!?」

 

思わず腹が立ち、声を荒げるも、シルヴィアは耳を塞いで頭を振る。

 

「助けてください、おじ様! おじ様ーっ!」

 

「おじ様…?」

 

聞き慣れぬ人物に、アンジュは戸惑う。セラは呆れたように見つめていたが、不意に気配を感じ、視線を入口に向けると、足音が駆け寄ってくる。

 

「見つけたわ、アンジュ! セラ!」

 

間髪入れず、ターニャとイルマを伴ってサリアが部屋に飛び込んでくる。

 

「サリアっ」

 

アンジュが厳しげに睨み、セラは銃を掴んで突きつける。向けられる銃口に、サリアも怯む。忘れているが、サリア達は今、丸腰だ。一発、威嚇代わりに撃つかと内心、逡巡する。緊迫した空気が場を包むなか―――

 

 

 

「姦しいね」

 

 

 

不意に上方から、その空気を破るように嘆息混じりに呟いた。

 

セラは反射的に銃口をその方角へと向け、僅かに遅れてアンジュも部屋の二階へと続く階段に眼を向けた。中二階の書棚の並ぶ入口の踊り場に佇む一人の長髪の青年と、その横にはサリア達と同じ制服を着たナオミの姿があった。

 

ナオミの姿にセラも、僅かに表情を顰め、ゆっくりと銃口を下ろす。その様子にフッと笑みを零す。

 

「読書中は、少し静かにしてくれるとありがたいのだがね――」

 

青年―――エンブリヲは、小さく肩を竦めると、手に持った本を閉じる。

 

「やはり本は良い。この中には、宇宙の全てが詰まっている。それに比べて、世界のなんとつまらないことか――」

 

理解できないとばかりに大仰に悪態をつきながら、階段を下りてくる。ナオミも無言でその後に続き、二人はやがてセラとアンジュの傍まで歩み寄る。

 

「久しぶりだよ。本よりも楽しく、そして興味を引かれるものに出会えたのはね」

 

打って変わったように興味深く見やるエンブリヲに、アンジュは唇を噛む。

 

「エンブリヲ…っ」

 

「この方が…」

 

殴り掛かりそうになるほど、睨むアンジュと、モモカは怪訝そうに見ている。そんな様子にクスリと笑い、視線をセラへと移す。

 

「手荒な真似をして済まなかったね。君達と話がしたくてね、サリアやナオミ達に頼んで連れてきてもらったんだ」

 

「―――そうね。招待としては落第どころか、最低だったけど」

 

謝罪のような言葉に、悪態を返す。その切り返しにエンブリヲは、意外とばかりに眼を瞬く。だが、そこへシルヴィアの悲鳴が割って入った。

 

「おじ様、助けてください! この人達は化物です、早く!」

 

懇願するシルヴィアの言葉にアンジュが、再度怒鳴りつけようとするが、エンブリヲのため息が漏れる。

 

「シルヴィア、淑女があまり取り乱すものではないよ。それに、彼女達は仮にも君の『お姉さん』なのだからね」

 

あやすように嗜めるエンブリヲに、シルヴィアは声を詰まらせる。

 

「え…あ、え―――?」

 

エンブリヲの言葉が予想外だったのか、思考が理解できず困惑する。その様子に、エンブリヲは思い出したようにハッとする。

 

「ああ、すまない。そう言えば、まだ伝えていなかったね―――彼女は『セラフィーナ・斑鳩・ミスルギ』。アンジュの双子の妹で、君のもう一人のお姉さんだよ」

 

初めて聞く事実にシルヴィアは驚愕と嫌悪に眼を見開き、さらに畏れるように瞳を震わせる。内心、聞くに耐えない罵倒が飛んでいるかもしれない。

 

だが、セラは興味もなく、一瞥してエンブリヲに毒づく。

 

「その名で呼ばないでもらえる? 『神様』――それとも、世界を滅ぼした『悪魔』がいいかしら?」

 

サラマンディーネ達の世界で見たかつての文明を滅ぼした男―――無論、直接の原因ではないだろうが、最終的に手を下したのはこの男だ。そして、このイカれた『マナ』の世界を創った存在。

 

セラの揶揄に、エンブリヲは気分を害した風も見せず、逆に興味深いと顎をさする。

 

「驚いたな、つい先日にも、同じことを言われたよ。だが、勘違いしないでほしい――私は『調律者』。世界を調律する者だよ」

 

超然と己を誇示するも、セラは鼻で笑う。

 

「同じでしょうが―――尻尾を振る連中を煽ってるだけの、お山の大将気取り。もっとも、『マナ』(エサ)に群がるだけしかないクソみたいな世界だけど」

 

未だ怯えるシルヴィアを一瞥し、吐き捨てる。

 

「セラ」

 

ナオミが思わず嗜めるも、エンブリヲは苦笑を零すのみだ。

 

「これはまた、随分嫌われたものだ」

 

「むしろ、警戒されないと思っている方がおかしいわね。ドラゴン達の世界を滅ぼし、アウラを連れ去って利用した『マナ』でこの腐った箱庭(世界)を創った――」

 

「ああ―――『私』だよ」

 

セラの問い掛けを肯定するように、優雅に頷き返す。

 

ジルの話、そしてドラゴンの世界でサラマンディーネから聞かされた内容から、セラはこの世界の成り立ちを仮説立てた。並行宇宙にあった『この』地球に元居た人間達を滅ぼし、新しく『マナ』を使用することのできる新しい『人間』を創った。

 

そこから導き出される結論は、この世界は創造されて、せいぜい数百年程度の箱庭でしかない。

 

「それじゃ、司令が言ってたノーマをドラゴンと戦わせるようにしたのも――」

 

「それも『私』だ」

 

ジルから聞かされた内容に半信半疑だったアンジュも、この男が、『元凶』であると悟る。緊張した空気が漂い、一触即発のように対峙するなか、エンブリヲは肩を竦める。

 

「君達に見せたいものがある。来たまえ……君らも、訊きたいことがあるのだろう?」

 

こちらの心情を見透かしたように告げると、エンブリヲは踵を返して歩き出した。

 

「エスコートの仕方も最悪ね」

 

返事を待たずしての行動に、セラは大仰に悪態をつく。だが、訊きたいこと、確かめたいことが山ほどあるのも事実。

 

この不遜な誘いに応じてやるかと、セラは後を追うべく歩き出し、ナオミも迷うことなく後を追う。その様子にアンジュも腹を括る。

 

「アンジュリーゼ様……」

 

「悪いけど、ちょっと行ってくるわ」

 

不安げな表情で窺うモモカに断りを入れると、アンジュも後を追うべく歩き出す。エンブリヲが先導して蔵書庫を退出しようとするなか、サリアも続こうとするが、唐突にエンブリヲが立ち止まる。

 

「すまないが、しばらくの間、彼女らとだけにさせてくれ」

 

予想外の言葉に、サリアは眼に見えて動揺する。

 

「いけません! この二人は危険です!」

 

即座にサリアは反論する。そこには、単に主の身を案じる以上に、嫉妬と怖れが見え隠れする。だが、そんな様子もエンブリヲは、宥めるように制する。

 

「心配はいらないよ。ナオミも同行させる」

 

「しかし――!」

 

なおも言い募るサリアだったが、エンブリヲは態度を崩さない。 

 

「サリア」

 

宥めるように名を呼ばれ、サリアはそれ以上、何も言えなくなってしまう。そんなサリアの様子に軽く肩を竦めると、エンブリヲは部屋を退出し、その後をセラやアンジュ達が続けて出て行った。

 

姿が見えなくなると、サリアは悔しげに歯噛みし、怒りに拳を震わせる。

 

脳裏に、アルゼナルでのジルとのやり取りが甦る。これでは、同じではないか、と―――行き場のなり憤りに苦しむ。

 

そんなサリアに、ターニャとイルマは声を掛けることができず、ただ見守るのみだった。残されたモモカは、不安な面持ちでアンジュ達の身を案じるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻―――海中を航行するアウローラの医務室。

 

「セラやアンジュは捕まったか…」

 

医務室と言っても、簡易ベッドが二つ並んだ部屋を医務室代わりに使用しているだけのものだが、ベッドの一つに腰掛け、マギーに自身で抉った脚の手当を受けながら、報告を読んでいた。

 

アウローラは、なんとかあの窮地を脱し、そのまま潜行して逃げ延びていた。さしたる損害こそなかったが、肝心のセラやアンジュにはまたもや脱走されてしまった。

 

おまけに戦力のココやミランダまでそれに加わっていったのだから、結果的には戦力ダウンだ。

 

「ヴィヴィアンやタスク、裏切り者達は揃ってロスト―――大暴れして出て行った結果がこれとは、実に滑稽じゃないか」

 

報告書を一瞥し、嘲笑を浮かべる。

 

あれだけ啖呵を切っておきながらの失態に、それ見たことかと、呆れしかない。

 

「あの子達が護ってくれたからこそ、この艦は沈まずに済んだんだよ」

 

あのまま相手がアウローラに釘付けになるなか、離脱することもできた。だが、それでも責任を感じてか、アウローラが潜行するまでの時間を稼いでくれたことは事実だ。

 

「知ったことか」

 

咎めるジャスミンの言に、苛立たし気に舌打ちする。 

 

「ヴィルキスやアイオーンがなければ、リベルタスの完遂は不可能だ。だから、奴らを行かせてはならなかったのに!」

 

湧き上がる苛立ちを抑えられず、ジルは壁を義手でガンと叩く。振動にメイは圧倒され、身を竦ませる。

 

「すべてあいつの、セラのために! あの坊やが裏切ったのも、アンジュが折れなかったのも―――こんな事なら、早くにあいつを引き込んでおくべきだった」

 

その怒りの矛先がセラへと向かう。

 

ジルの考えを先読みし、先手を打たれてしまった。古の民であるタスクは、元々ジル達の側だ。そんなタスクがまさか、リベルタスを破綻させるような真似に加担するとは考えられなかった。アンジュにしても、セラを支えにして、これまで折れそうになる場面を乗り切ってきた。

 

いや、それだけではない―――思えば、セラが第一中隊に配属になってから、あまりに想定外のことが起こりすぎた。

 

苛立つジルに、ジャスミンはどこか嗜めるように口を開く。

 

「ジル――あの子達が出て行くという判断をしたのも、元はアンタが原因だろ」

 

ジャスミンが指摘すると、部屋に居たマギーやゾーラも表情を変える。

 

セラがここを出て行くと決めたのは間違いなく、ジルによる強硬策だ。従わせるために、モモカやミスティを人質にして脅すのは、さすがに彼女の叛意を煽るものだった。

 

結果は―――少なくとも、最悪に近い状況になってしまった。

 

「あそこまでやる必要があったのかい?」

 

そもそも、今回の一件、ジャスミン達は一切、聞かされていなかった。無論、そんな策を聞かされたら、止めに入ったのは想像に難くない。だからこそ、独断で強行したとも取れるが、それはジャスミン達、ジルに近い者にまで不信感を持たせた。

 

いくらリベルタスのためとはいえ、ジルのやり方はあまりに過激すぎる。

 

「前にも言ったけどね、あの子達は機械じゃないんだ。意思を無視して従わせるのは、あまりに乱暴すぎるんじゃないのかい?」

 

その指摘に、ジルは不快気味に顔を顰める。だが、その様は過ちを指摘されて、意固地になっているように見える。

 

「なら私も言わせてもらおう―――ジャスミン、お前がセラのことをもっと早く私に伝えていたら、こうはならなかったのではないのか?」

 

僅かな沈黙の後に発せられたのは、責任転嫁に近いような不満だった。だが、その点はさすがに後ろめたいものがあるのか、ジャスミンも気まずげに顔を逸らす。

 

「奴のことを早くに知っていれば、時間をかけて説得し、引き入れることもできたはずだ」

 

意を得たのか、ジルの口は止まらない。

 

今回の件も、セラにジルの策を先読みされたことによるものだ。だが、セラは赤ん坊の頃からアルゼナルにいたのだ。それこそ、10年前の敗北の後でも、その事実を知っていれば、セラを従順にすることもできたはずだ。

 

そうなれば、ジルの思惑はここまで狂わされることはなかった。あまりに都合のいい解釈だ。

 

「奴を早いうちに仕込んでおけば、我らの切り札にもなったはずだ。アンジュやサリアよりも有能な駒にな」

 

「司令!」

 

見過ごせず、ゾーラが遮る。

 

「どうだかね――あいつは、昔から可愛げがなかったからね」

 

そんなジルの言葉にも、ジャスミンは喰ったようにはぐらかす。ジャスミンにしてみれば、仮にジルの通りにしたとしても、素直に従ったかどうか怪しい。いや、思えば幼い頃から、随分と聡いとは思っていたが。

 

「はいはい、取り敢えずそこまでにしな」

 

それまで口を閉じていたマギーが不毛な言い合いを仲裁する。

 

「どちらにしろ、今後のことを決めなきゃならないだろ。あんたはまず、傷を治しな」

 

この状態のままでは、まずい。ただでさえ、不安定な状況の中で、首脳部が不和を持てば、このアウローラのノーマは、混乱に陥る。一度頭をお互いに冷やさせる必要がある。

 

ジルは不遜気味に顔を逸らし、ジャスミンやゾーラは不満を持ったまま、その場は一度解散になった。だが、その首脳陣の諍いに、入口にいたヒルダとロザリーが表情を曇らせのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何考えてんだ、あいつら。帰ってきたかと思ったら、しっちゃかめっちゃかにしていきやがって……」

 

アウローラの割り当てられた自室にて、下着姿でベッドに寝転がったロザリーが不満と憤りを込めて、セラやアンジュ達に悪態をついた。

 

消息不明になって、急に戻ってきたかと思えば、ドラゴンを引き連れて、さらには共闘の話――そして、ロザリーの知らない間に、またもや脱走と来たものだ。ロザリーでなくても、困惑するだろう。

 

そんな愚痴を、同部屋の隣り合わせのベッドに、同じく下着だけのヒルダが、無言でドリンクホルダーから水分を取りながら、無言で聞き入っている。

 

二人は、セラ達が脱走した経緯を訊こうと、ジルのもとを訪れたが、ジルの吐き捨てるような説明と、その後のジャスミン達のやり取りに、疑問を覚えていた。

 

そもそも、ヒルダもロザリーも当の話し合いには参加しておらず、催眠ガスで眠らされ、気づいたときには既に終わっていたのだから。

 

「理由があったんだろ。この艦から逃げ出したくなるようなさ――」

 

飲んでいたストローを口から離し、ヒルダも不満気に毒づく。だがそれは、ロザリーのそれとは少し違っていた。

 

行動を起こすにしても、ヒルダだけが蚊帳の外にされたのだ。正直、ヒルダも誘われたらセラ達に同行するのを躊躇わなかっただろう。

 

だが、セラが頼りにして巻き込んだのは、ココとミランダ。その現実にやや嫉妬めいたものを覚え、そしてセラが脱走という手段を取ってまで出て行ったということは、相当にジルとの話し合いが拗れたのは、想像に難くない。

 

「危ないかもね、この艦」

 

ヒルダのカンが、それをひしひしと伝えてくる。

 

先程のジルの態度、そしてセラ達の脱走―――どれを取っても、このアウローラを取り巻く状況は非常にまずい。

 

今のアウローラは孤立無援に近い。ジルがどう考えているかは分からないが、このままでは、野垂れ死にが関の山だ。

 

「これからどうすんだろうな…ヴィルキスやアイオーンがないと、リベルタスって続けられないんだろう?」

 

いくら考えるのが得意ではないロザリーでも、さすがに今の状況が芳しくないのは理解しているらしく、不安気に問い掛ける。

 

「だな。だったら…話は簡単だ。取り返すしかないだろ? セラやアンジュをさ」

 

ヒルダは、不敵に笑いながら、決意を秘めた。

 

奪われたのなら奪い返す―――そして、まずは今回の件で、セラを問い詰めると決めた。




お待たせしました。
リアルが忙しく、なかなか執筆時間が取れていません。

今回も言うほど進んでいません(汗


あのエロゲシーンまでは行きたかった―――でも、この中ではあんな事しません。代わりに、いろいろ大変なことになりそう。


楽しんでいただければ、幸いです。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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